ワイルド&ワンダラー   作:鷹雪

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RE:Public

 ザ・ボストン・ビューグル社。

 あの昔、私はそこの記者と何度か話をしたことがある。

 退役軍人として、法律家として活躍する妻の夫として。そして軍が絡んだ――訳アリの裁判について。

 

 彼らのことを覚えていたのは、あの時代にしては骨のある。政府や軍に恐れることなくモノを言う、そんな人たちという好印象を持ったことが残っていたからだと思う。

 

 その社屋の位置はボストンコモンから少し北側によった――グッドネイバーの近くにあることはわかっていたが。実際に行ってみたわけではないし、そのあたりはグッドネイバーを狙うスーパーミュータントやレイダー達でひしめき合っている危険地帯。

 

 ありがたいことにディーコンが案内を申し出てくれたおかげで、安全な睡眠時間だけでなく。建物までの数時間を安全にいられた。

 この辺の騒がしさは以前に体験していたので、ここまで静かにすんなりと物事が進むとは驚きだった。

 路地のどこかで銃撃戦らしい騒ぎが遠くで聞こえる中、唐突にディーコンの足が止まった。

 

「ディーコン?」

「ここがそうだ。おそらく今も居座っている奴はいないはずだ」

「――だが、この辺じゃさっきから銃声が鳴りっぱなしだぞ。危険な化け物の吠え声も聞いた」

 

 落ち着きなく周囲をうかがうブレストンはいくら警戒しても足りないのだろう。

 

「いい耳をしているな、ミニッツメン。あんたはその調子で自分の部下にもこの辺を歩かせようと考えないほうがいい。これは俺からの真摯な忠告だ」

「なにかおこっているのかい?」

「もちろんそうだ。いつもと同じ、グッドネイバー。あそこにいるハンコック市長が原因だよ」

「ハンコック?アキラと行動している?」

「ああ、あいつはまたとんでもない大悪党に気に入られたものさ」

「彼が何をしたんだ?」

「最後のミニッツメンは先ほどからこの周辺に興味がおありのようだ。

 ああ、ハンコックのしたことだったな。それなら簡単さ。なにも、なにもしない。ただ、自分は無期限の休暇だと言ってあの町から消えただけだ」

「それだけ!?」

「そうだ、それだけでここは大揺れさ。

 耳を澄ますだけでわかるだろう。ここは危険な火山地帯だなのさ。路地のどこからでもいつ噴火してもおかしくない場所だ。

 今は爆発の合図を待って必死に抑えているだけだ。ハンコックのいないあの町に誰が最初に足を踏み入れるかってね。まだそのエントリーは始まっていないようだ」

 

 空白状態を演出しているということなのだろう。なるほど、確かにハンコック市長は大悪党だ。

 

「彼はそうなることを見越して行動しているわけだね。それは怖い」

「その通りだ、レオ。ハンコックを殺したいやつらは今、大喜びしながらも実はまだ彼を内心では恐れてもいる。市長の命と町は欲しいが、うっかり手を突っ込んだら容赦なく殺しに来る。簡単には手を出せない。

 だがそれはいつまでも続かない、誰かがいつかやってくれる。そしてハンコックはそれをわかっている」

「――彼はそうなったら対処する方法があると思うかい?」

「ああ、もう手に入れてるだろ。アキラだ」

「……」

「レオ、本当はあんたわかっているんだろ?

 あの若造はレイダーを憎んでいる。憎むあまり、あいつらを根こそぎ殺せるとわかったら自分をレイダーにしてもかまわないとすら考える。感心できない小僧だ」

 

 ディーコンもまた、今のアキラに危うさを感じているような口ぶりだ。

 私はそれに同意しない、わけではないが。この危険な時代に、彼の戦う力を押さえつけるようなことは言いたくはない。

 Vaultから出たばかりの、あの不安そうで怯え切っていた少年のことを思い出すと――親でもないのに、一線を越えているだのなんだの諭していいものだろうか?

 

 私が彼にしてあげられることなど、それほど多くはないというのに……。

 

 

―――――――――――

 

 

 ディーコンの言った通り、ビューグル社の中は無人だった。

 そしておどろいたが、記者たちの集まるフロアの中央から4分の3の床が崩落しており。ほとんどが滅茶苦茶にひっくりかえされていた。

 

「こりゃ、ひどくやられているな」

「中をのぞいたことはなかったが。こんなだったとはね」

「――騒ぎでどうにかなった、という感じじゃないな」

 

 あえてそれだけを口にしたが。”恐らく”だが、これは何者かがフロアの中心に向けて爆発物を投げ込み。フロアにいた記者たちごとなにかを消し去ろうとしたのではないかと私は思ったからだ。

 

 核攻撃で、建物の中の一部の床だけ激しくダメージを受けるというのはあまりにも不自然すぎる話だ。そして残って使い物にならなくなっている一部のターミナルが溶けているのも、その部分だけ経年劣化とは考えにくい。

 しかし、素人探偵にわかったのはそれだけ。2世紀前の事件を解きほぐすには時間も残された手掛かりも少なすぎる――。

 

「それで、ここではなにをするんだ。将軍?」

「私がひとりで調べて答えを探そうと思ってる、ガ―ビー。見たところ瓦礫の山ではあるけど、掘り起こすほどのものではなさそうだし」

「それじゃ――俺達はもういらないってことかい?」

「まさか、ディーコンとガービーにはグッドネイバーの様子を見てきてほしいと思ってる。まだ騒ぎになってないと聞かされたけど、ミニッツメンとして今のあの町の状況を見ておいた方がいいと思うんだ」

「それは構わないが……」

「そうだ!なんならコズワースやカールもつれて――」

「それは駄目だ、将軍。あんたをここにひとりでは残していけない」

 

 すると私の隣にエイダがたつ。

 

「2人でグッドネイバーにいかれてはどうでしょう?ここには私たちが残りますから」

「そうですね。それがいいでしょう、旦那様は私たちがお守りしますよ。なに、心配はいりません。やり遂げて見せます、命に代えましても」

 

 ロボットたちの言葉を聞いてもガ―ビーはまだ不安そうではあったが。ディーコンが彼の肩になれなれしく腕を回す。

 

「それじゃ、決まったな。ミニッツメンの大将、さっさとあんたの将軍を邪魔することはあきらめて。俺と一緒に背徳の町へと繰り出そうや」

「ハッ、全く面白くないぞ。ディーコン」

「いやいや、あんたはいいボスの下についているんだ。

 考えてみろ。ここからグッドネイバーはそう遠くない。俺達が行って、戻って。するとあら不思議、丁度遅めのランチタイムに合流ってわけだ」

「つまり?」

「つまり将軍様は、町からうまいメシと酒を俺達に運んで来いとそうご命じになられたんだよ。もちろん、そうとは気づかせぬように使いっ走りの俺達を思ってという体裁を整えてな」

「本当か?いや、彼はそんなことはしない」

「おいおい、本気か?こんなことはどこでも一緒さ。俺達のレールロードにだってしょっちゅう理由をつけては――」

 

 フロアに背を向け、2人の姿は消えていった。

 そうか、遅めのランチ。それは悪く無いな。

 

「それでは私も移動します、ひとりの方があなたも集中できるでしょう?」

「エイダ、助かるよ」

 

 答えながら私はまだなんとか動くターミナルを起動させながら近くの椅子を引っ張ってきて腰を下ろした。

 さて、なにか新しい情報があればいいが。

 

 

――――――――――

 

 

 画面に映し出されるリストには、用意されていた執筆中の原稿。まだ取材中の情報のまとめ。没にされてしまった過激な記事。

 これらに目を通しながら、私は自分がここに少し期待しすぎていたことに気が付いてしまった。

 

 ニックの教えてくれた事件のほとんどはすでに図書館で見ることができたし、彼の記憶によれば警察は全くだらしなかったということだったから。新しい展開があったわけでもない。

 リストにあるのも、どうやら急展開で暗黒街の暴れん坊を取り逃がすことを”決定”した警察の動きを追及するというものしかなく。エディ・ウィンターなる犯罪者の新情報はまったくなかった。

 

 その代わりにあの時代ではわからなかった、アメリカの暗い側面を知ることになる。

 食料配給に不満を持つ市民の暴動、治安維持の目的で国内のあちこちに配置した部隊がおこした暴力事件がもみ消される顛末。捕虜収容所から聞こえる劣悪な環境と虐待の噂。軍、警察、政治家たちの汚職。経営者たちは完全なる事業の機械化を実現しようと労働者たちから仕事を奪い、町に貧困が広がる様を。

 そして政府、それも大統領近辺にまで影響を与えるという影の政府”エンクレイヴ”。最近は活発に動き出しているとする取材途中のメモ。

 

 私の持つ愛国心の方角が、銃と戦争から。法律と言葉による戦いへと変わった瞬間がそこに全て残されていた。

 そして――。

 

『本日、夕刻より開催されるポスト115で取材。スピーチはあのパターソン夫妻が出席する予定だ。以前に何度か紙面に登場してもらったが、絵になる家族とは彼らのことを言うのだろう。

 退役したばかりの元大佐はまだまだ若く、すでに軍では伝説の英雄だ。そしてその妻は敏腕の法律家として知られている。恐らくだが、こうした場所に彼らが熱心に顔を出すってことはあの2人には未来への計画があるように思う。出来ればほんの少しでもその中身を教えてもらいたいものだ』

 

 そう記したのは記者のイゴール・バックマン。

 彼のことは覚えている。ボストン・ビューグルで一番会った人物だ。身長が160センチちょっとしかなかったが代わり筋肉の塊をくっつけ、ふくれているようだった。

 活発で陽気。誠実な取材をもとに記事を書く、間違いなく本物のプロの記者だった。

 

「――ショーン」

 

 唐突に私は失った妻と、まだ会えぬ息子のことを思いだしてしまい、心が沈む。

 ケロッグを倒していこう、私はできるだけ過去に思いをはせないようにしていた――。

 

 息子は、ショーンはまだ生きている。ケロッグは確かにそう言った。今ではあの言葉だけが頼りで、それを信じるしかなかったが。問題はそこじゃない。

 彼と私との距離は相変わらず縮まる様子がないのが問題だった。

 

――インスティチュートの所在は不明、手掛かりとなるものはどこにも存在しない。

 

 だから私はこの先でも息子の姿を見ることなく、抱きしめることもかなわず。

 名前を呼ぶことも、言葉を交わすこともできない――。

 

 こんな世界に。こんな連邦に私はまだ希望にすがりついて、しがみついて生きねばならないのか……。

 

 建物の外、コズワースのそばで寝そべっていたカールが顔を持ち上げた。

 この時、レオの200メートル内へと静かに接近する存在がいた。しかしそれは獣の嗅覚で持っても霞のようなはっきりとはさせない。

 

 そいつの名はコンドウ。

 アキラへの牽制として今回、レオの暗殺を計画した首謀者その本人であった。

 

――ミニッツメンの将軍、フランク・J・パターソン Jrは死なねばならぬ

 

 この一念は深く、そして周囲が考えている以上に彼は本気であったのだ。

 失敗したからただ諦める、それは許されない。殺すと決めた以上は必ずそうする。 

 

 彼の兄弟たち――”小さな宝物”はアキラという光に惑わされ。同じく危険な存在であるこの男の脅威を誰も認識していない。それはコンドウしかわかっていないのだ。

 

 キンジョウがアキラを玩具にしている時から、実はこのコンドウはレオを気になって調べていた。

 

 この男はアキラと並んでVault111から出てきたのだという。

 200年の未熟な冷凍睡眠から目覚めたというのに今も生き続け。その存在は徐々にこの連邦が無視できないものへと成長を続けているのは明らかであった。そしてあのアキラは、この男の影響力を利用しようとしている気配がある。

 サカモトやキンジョウなどは「そうであったとしても。彼の手ごまのひとつでしょう」で終わるかもしれないが。コンドウにはわかるのだ。

 

 アキラをどうするにせよ、この男は倒さなくてはならない。

 そうしなければ連邦は、小さな宝物は大きな障害が育つのをただ指をくわえて見守っていた、などという未来が来るに違いない。

 

 

―――――――――

 

 

 建物ものの外でカールと待っているコズワースは、いきなり落ち着かなく立ち上がって周囲の匂いを嗅ぎ。行ったり来たりを繰り返す犬の姿にまったく気にしていなかった。

 困ったことに彼は体の大きくなってしまった自分の体のことを嘆きつつ、その場に何物も近づけまいと通りを左右に忙しく視線を動かすことしかしていなかった。

 

 しかしそれは建物の中にいるエイダも同じ。

 フロアからエレベーターへと続く廊下に立ちつくして何物も侵入を許さない、そんな風に考えていた。

 

 だが賢いカールの本能だけが告げている。ここに近づいてくる彼らとは別の”異物”の存在を。だが、それがなにかわからず。どこにいるのかもわからない。

 

 

 恐れていたことがついに現実となる――。

 

 ターミナルを見つめ続けていたレオはその姿勢のままで、机のわきに立てかけていたマシンガンへと手を伸ばしていく。

 それは本能的なものだったが。その意味を理解しないままレオは疑問も持たずに動いていた。

 

 すると背後から声を掛けられる――。

 

「……信じられないな。まさか接近に気が付いていたのか」

 

 レオは顔色を変えずに自然にマシンガンを握ると椅子を回転させて声の主の方へと向き直す。

 フロアには彼以外に人影はない。また、そもそもここまで入ってくるには建物の入り口に立つコズワースとカール。この階のフロア前で陣取っているエイダをかわして来なければならない。

 しかしこの部屋にある扉はあれから開くことなく誰も部屋に入れたわけではなく。そもそもどこからどうやって進入を果たしたのかがわからない。

 

 だがレオは誰もいないフロアの一点を振り向いてからはじっと見つめ続けていた。

 すると揺らぎが見え、ステルス・ボーイの効果が切れた時のように白い修道着めいた服を着た若者がそこから立ち上がってきた。

 

 コンドウである――。

 

「偶然か?運が良かったのか?いや、それならこちらの位置までわかるはずもない。お前はそれでも”見ていた”な」

「……」

「どうした?言葉を忘れたか?」

「それを言うならそもそもどうやってここに入ってこれたんだい?」

「なに?」

「君は今、ステルスを解除して私に姿を見せた。余裕を見せたのかな?

 だけど納得できないことがある。ロボットたちの目をだますことはできただろうが、君がここにいるということはあのカールにも気づかれずにここに来たということでもある。

 それはただの遮蔽装置――ステルス・ボーイを使っただけでは不可能なことのはず」

「なにをいわせたいのかわからんね。ミニッツメンの将軍よ」

 

 レオはステルス装置を使用した戦闘はアンカレッジの戦場で散々に体験していた。

 中国軍は攻撃のほかに防衛部隊にも攻勢の特殊なメンバーをよく使っていた。いわゆるステルス装置と地形を使った部隊への襲撃のことだ。

 レオと友人のハロルドはこの連中への対処が得意中の得意で、コツを教えてくれと会いに来る兵士はあとを絶たなかったものだ。

 

 そんな彼の勘は200年以上氷漬けにされても、消えることはなかったらしい。

 

「不意打ちに失敗しても、姿を見せないまま攻撃すればよかっただろう。だが、君はそうしなかった。プライド?私は君に何かしていたのかな?」

「……なるほど、運がいいだけではなく。面白い考え方もするんだな」

「君の顔には”見覚えはない”が、ひとつ心当たりはある。昨日のことだ、騒ぎの中に不思議な人たちが混ざっていた。彼らとは結局話はできなかったし、レイダーか何かぐらいに考えていたが。どうやらあれは君が送り付けてくれたのかな?」

「なぜそう思う?」

「タイミングかな――彼らは運がなかったが。君はその襲撃が失敗に終わったことに気が付いて、すぐに私を殺すためにここに来た。するとそれだけ君が危険な存在なのだと私は考えることができる……」

 

 確信のない適当な理由を口にすることで時間稼ぎを試みたはずであったが。話していくうちにロボットたちとカールがまだ動きを見せないことから、自分は案外正解を言い当ててしまったのかもと考えが変化する。

 もちろんそれは目の前に立つコンドウの表情が不自然なほど変わらなかったこともその理由にはなる。

 

「理由は教えてもらえるのかな?」

「いいだろう――アキラを知っているな」

「君は彼の関係者かい?彼に何かをされた?もしかして実はレイダー、っていうならご愁傷さまとだけ。彼はどうもこの世界に存在するレイダーと言う存在が本当に大嫌いなだけなんだ」

「レイダーに見えるのか?この姿で?」

「違う?――ふん、そうなると奇妙な話だ。私が見る限り、君はアキラを憎んでいるね?」

「……」

「それとも恐怖を感じているのかい?彼が怖いのか?

 だから私を殺そうとしたのか。他人に任せて失敗しても諦められないほどに」

 

 コンドウは――若者はレオの前でため息をつく。

 

「まったく信じられないな、自信を失いそうだ。偶然でもひとつふたつ程度の正解なら笑っていられるだろうが。そう何もかも正解とあっては、お前の脅威評価は甘かったということになる」

「私としてはあきらめて帰ってくれると嬉しい。私は別に君と戦う理由はないからね。

 ひとつ望みがあるとするなら、私の若い友人の過去について何か知っているなら彼に教えてあげて欲しい」

 

 それはまったく思いついたままに口にしたことであったが、それまで無表情だった若者の顔にはひびが入り。衝撃と苦笑を浮かべながらも、その目には危険な光が見え始める。

 

――残念だ

 

 私は心の中でつぶやいた。どうやらうっかり彼の地雷をわたしはことごとく踏んでしまったようだ。

 戦いは避けられそうにない――。

 

 

――――――――――

 

 

 レオがひとりこもっているはずのフロアから、レーザー音とマシンガンの発射音が始まると。

 それを合図にしたかのように、戸惑っていたカールは狂ったように建物に向かって吠え始め。ロボットたちのセンサーはいきなり最大警報を鳴り響かせた。

 

「パピーちゃん?旦那様?旦那様っ!」

「これは……戦闘音!?」

 

 エイダの戦闘用ロボットとしての判断の切り替えは決して遅いものではなかったが。この場合は出遅れた時点で何もかもが後の祭りであったとしか言いようがなかった。

 通路で回れ右をすると、フロアの中へと突撃していくエイダだが。扉にたどり着く前に、目の前の鉄扉に部屋の中から衝撃音がすると、アサルトロンの体は来た道を吹っ飛ばされて押し戻される。

 

「押し入れないと!?解析開始――」

 

 直前に不自然に中から扉をドカンと音を立てて響かせたのはなにかでそれを封印されたとみるべきだろう。

 しかしアサルトロンであるエイダの頭部には高出力のレーザー砲があるのだ。これがあれば、ただの鉄扉に何をしようとも簡単に――。

 

「解析終了、2分ですって!?」

 

 どうやら事態は最悪の奉公へと転がり始めたようだ。エイダの記憶に、古い友人たちの最後がよぎる――。

 

 

 焦るエイダと違い、そとにいるコズワースはさらにひどい体たらくであった。

 彼にできたことといえば、騒ぐカールをあろうことか考えもなく建物の中へと導き――それでも賢いカールは崩れて危険であろう階段へと飛び込んでいったが。

 思考は混乱して、ただ「旦那様」と「大変です」を繰り返すことしかできない。

 

 アキラがコズワースの改造を嫌った理由がここにある。

 そもそもが戦闘用ではないうえに、ショーンのナニーでもあったコズワースに戦闘時に冷静に判断するという切り替えは難しいのだ。

 

 昨日には一台と一匹だけでスーパーミュータントの部隊を打ち負かして見せたとはいえ。

 目の前に敵がいなければ、絶大な攻撃力を持っているといっても宝の持ち腐れでしかなかった。

 

「ショーン坊ちゃん、旦那様が!ああ、私はどうしたら――緊急プロトコルの作動を確認。一時的に勘定プログラムをカット、サブ・ブレインとの接続を確認。問題、新たな救出計画を立案せよ」

 

 それまで感情的だったコズワースの声が無機質のそれに代わると、彼の中には実現可能と思える新しい計画が次々と提案が始まった――。

 

 

 しかしフロア内での戦闘は時が過ぎるだけ、激しいものとなっていく。

 

 

 コンドウとレオの対決は、コンドウが服の袖口からなにかを入り口の扉に向けて投げはなったのを合図に始まった。

 それはただの緑色のゴムボールのように見えたが。フロアに通じている唯一の扉にたたきつけられたそれは液状となって飛び散り、すぐにも固まると扉を封じてしまう。

 

 これで2人はここから逃げることは困難になった――。

 

 コンドウは銃器の類はこの時になるまで一切持っているようには見えなかったが、レオは彼が動くのと同時に容赦なく銃口を向けて引き金を引く。

 次々と放たれていく5.56ミリ弾のお返しにと青いレーザー光が放たれた。

 

 

 この時点ではレオにまったく問題があるようには思えなかった。

 確かに密室に2人で閉じ込められるというのは、痛い失敗ではあったけれど。先制攻撃を回避し、その手に握る大口径の反動の強いマシンガンがあれば。中央のフロアがない分だけ、レオが敵を追い詰めるのは難しくはなかったはずだ。

 

 異変はコンドウが、涼しい顔でフロアを走り回ってレオの狙いから逃げていたが。

 そのかれがひょいとーー床に対して直角に立っている壁の上を重力を無視して走り始めたあたりで悪夢は始まった。

 

 レオの顔に驚きが走り、両目が大きく見開かれた。

 背中の毛がゾワリと逆立つのを感じるが、逃げ場もないのでここから離れるわけにもいかない。

 

 そんな弱気にある一瞬をコンドウは逃がさなかった。

 壁の上を走り回る彼の袖が再び閃くと、レオは握っていたマシンガンにおかしな振動を感じて慌てて確認する。

 

 それは薄くて軽そうだが、投げナイフのようであった。

 しかしそれはただの人の手から放たれただけだというのんい、大口径のマシンガンの表面をあっさりと貫いて突き刺さっていた。

 

(これはマズイ!)

 

 このまま引き金を引いては、誤作動を起こして暴発でもしかねない。

 仕方なくレオはマシンガンを床へと放り出すが、コンドウは攻める手を緩めずに次の攻撃を投げ放って見せた。

 

 フワフワと放物線を描いて飛ぶ3つの塊――パルス・グレネードが投げ込まれてきてレオの足下に転がった。

 素早くひとつは拾ってを投げ返したが。もうひとつは間に合わないと判断すると、近くのガラクタを乗せた机をひっくり返して上から覆いかぶせ。そこから距離をとろうと反対側に自分の身体を投げ出していった。

 

 

 床の上へと滑り、痛みが走るがそれを押し殺してさらに匍匐前進。

 一拍を置いてすぐにも背後から衝撃が広がり、横になる体制にあったレオの体は持ち上げられて床の上を滅茶苦茶に転がった。レオは息が詰まり、軽く目を回したが。まだ戦える状態にある、正直なところこれは奇跡と言っていい――。

 

 

 コンドウは蜘蛛のように壁に垂直に立ってそんなレオの姿を見上げながら、ようやく立ち止まった。

 感心させられる、本当にこの男は手強い――。

 最初のレーザーにひるむことなく撃ち続け、続くナイフ攻撃にも生き延び。とどめとばかりにこの室内にあってこちらが範囲ギリギリでもおかまいなしにグレネードをくれてやったというのに。この男はまだ5体満足で生きている。

 

 ただの人間であるなら素直に死んでおくべきだったろう。

 

 だが武器を失ったのだ、これ以上は――終わってもいないのにそんなことを考えたのはコンドウの傲慢であった。

 床の上から痛みをこらえて立ち上がるレオの手には、レーザー銃――パラディン・ダンスから譲られたレーザー・マシンガンが握られていた。

 

 赤いレ―ザー光が壁の表面をたたくと、今度はコンドウが必死になって壁から零れ落ち。受け身も取れずに悶絶しながらも床の上を転がりまわって逃げ伸びる。

 

 

 レオの粘りが――いや、異能力者同士の戦いはこうして数分間の戦闘でも。未だ決着は見えてこなかった。

 

 

――――――――――

 

 

 エイダはフロアをふさぐ扉の前でもどかしい状況に立たされていた。

 

 センサーはこの上階へと外から駆け上ってくるカールを感知していたが、とにかくレオの安全が今は脅かされていることが問題であった。

 すでに解析結果が出てからずっと、頭部のレーザー砲を扉に向かって連続で発射しているが。不愉快なことにたった一枚の鉄扉であるはずのそれを貫くことができないでいる。

 

 こんなことをしている間にも、室内ではまるで腹をすかせたデスクローの檻に、エサ代わりに人間を放り込んだかのような騒ぎになっているようだ――一刻でも早く助けに入らなくてはならない。

 

 なのに最初の解析で建てた予想を裏切り、この立ちふさがる邪魔者が排除されるのは2分、3分、4分と増え続けている!

 

――エイダ、それは数字が残酷だからさ

――数字は事実しか教えてくれない。

 

 悩めるエイダにそう諭したのは、最初の主であるジョンソンではなかったか。

 なのに彼の言葉をかみしめながら、自分はまた再び無力感の中へと放り込まれようとしている気がする。

 

 オカシイな表現だがロボットは弱気になりかけてはいるが、エイダは暗殺戦闘用のロボットだ。

 感情と行動は切り分けて、迷いなく自壊の危険がたかまるレーザー砲の連続使用をやめようとはしない。

 

 そんな時だ、いつもと違い妙に冷静になったコズワースの声が受信機の向こうから飛び込んでくる。

 

(突入計画?ですよね?)

 

 提案なのだろうが、送られてくる複数のそれはかなり乱暴だが。向こうの必死さが伝わるものばかりであった。エイダはその中で一番、マシと思えるものだけを選んでそのまま送り返してやる。

 

 背後の非常階段につながる扉が吹き飛び、カールが廊下をこちらに向かって走ってくるのを感じながら。エイダはひとまず冷静になり、コズワースの合図を待つことにした。

 

 

 部屋の中では死闘が続いていたが、均衡という天秤はついに傾きを見せた。

 

 流れの中で再び投げナイフが放たれると、今度はレオの右手の甲をすりぬけただけでざっくりと皮膚を裂き。痛みと共に血が流れだした。

 コンドウは空気日の匂いが微妙に混ざって漂ってきたことを感じ、勝利を確信した笑みを浮かべる。

 

「ナイフが当たったな?お前の皮膚を裂き、血が流れてここまで匂ってきたぞ」

「――随分ヤバい趣味を持っているんだね」

「フン、好きに言えばいい。だが、この勝負はこちらの勝ちだ、あの刃には毒が塗ってある。人であれば耐えられない毒がしっかりとな」

「!?」

「傷口からの痛みは鋭く、出血は妙にとどまることを忘れているはずだ。それが毒が効いている何よりの証拠」

 

 いきなりの若者からの勝利宣言程度では動揺はしなかった私だが、それに続いて放たれた言葉に顔色が変わる。

 胸に抱えた右腕からは傷口から鋭い痛みが伝わり、血は流れ続け。そればかりか徐々に指先から感覚が失われて広がってきているようだった。

 

 勝利宣言を口にしたコンドウの方はと言えば、レオの動きが完全に停止したことを察してさらに自身の勝利を確信する。

 それでもとどめをさそうと考え、右回りに回り込みながら机の影にもたれかかってうずくまるレオの姿を見つけた。あと数十秒であの体からは力が抜けるはずだ。その時こと近づいて、きっちり終わらせる。

 

 レオの体が傾いた――。

 コンドウの顔にさらに笑みが広がる――。

 だが崩れ落ちる、などと言うこともなくすぐに止まると。何かが体の影から床の上へと零れ落ちた。

 

「なっ、なんだそれはっ!?」

「……」

 

 レオは返事を返さなかったが、転がっていたのは多分だがレオの右腕である。

 だが、腕の付け根の部分は真っ赤にはれ上がって充血し。それより先。つまり上腕から指先までは、ゴツゴツと骨ばった緑の皮膚――スーパーミュータントのようになっていた。

 そしてそれはコンドウの予想を完全に裏切ってもいた。

 

「貴様!貴様は、ただの人間ではないのか!?」

 

 その意味するところが深くはわからないが、コンドウが予想もしていなかったことがレオの体に起きていたことは間違いなかった。

 だとしてもレオにとって喜ばしいことは何一つとしてない――。

 

 

「クッ……このっ……っ!」

 

 ついに私は、この痛みに耐えられずに武器から手を放してしまう。

 それがどんなに大変なことを招き、危険と後悔を招くか理解していたはずだが。ついにやってしまった。

 しかしそれではこの痛みは止まってもくれないし、感覚は指先からずっと広がってきていた。

 

(どうする?どうしたらいい?)

 

 毒が回ろうとしていることは理解した。だが、それはむこうにとっても想像通りでないこともなんとなく空気を察してわかってしまった気がする。

 このまま痛みと変化が続けば、冷静に施行することも期待できなくなるかもしれない――。

 

 私は「今こそ何かをしなけらばならない」という問いにすべてをゆだね、運を天に任せて私はもがくことをやめないでいようと決意する。

 

 握りしめた左のこぶしが強く握られ、左腕をガードするコンバットアーマーの手甲部分から簡易のパワーフィストを展開させる。

 

「はぁ、はぁ、いくぞ……いくぞ!」

 

 覚悟を決めると、私は左手を振り上げ。力の限りに変貌していく右手の上へと何度も振り下ろしていく。

 それはまるで罠に足を取られ、それでも生き延びようと暴れることで何とかしようとする獣のような姿。その迫力にさしものコンドウも何も言えなくなってしまった。

 

 

 うわあああああああああああああああ!

 

 

 レオの悲鳴が、無人であるはずだった新聞社の中で悲しく響いていた。


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