ワイルド&ワンダラー   作:鷹雪
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次回投稿は下旬を予定。


立つ鳥跡を濁さず

 様子が変だ、ハンコックがそのことに気が付いたのはオペレーターズの歓待を受けた後。別に疲れるようなことは何もなかったはずだったが、自分の後ろを妙に静かについてくるマクレディがさっさと戻ろうとだけ言ってからまったく口を開こうとしなくなったからだ。

 

「本当にこのまま帰っていいのか?どうせ男2人だけなんだ、少しくらいは羽目を外したって……」

「俺にはここの連中に払ってやるキャップはねぇよ」

「――そうかい。それなら俺は別にいいけどな」

「ああ」

「……」

「なぁ、ハンコック――市長」

 

 様子を見られている視線や、聞き耳を立てている奴がそばにはいないとわかってはいても。ここはレイダーの町だ。

 不用心に仲間意識丸出しで会話などしては、おかしなトラブルになりかねない。鋭い視線を送ると、すぐに市長がその後についてきたが。どうも集中力が保てていないようだ。

 

「なぁ、ちょっといいか?」

「――ああ、どうした?財布でも落としたか?」

「俺が?そんな間抜けじゃない」

「ならなんだ?」

「……俺達、なんでこんなところにいるんだろうな?そんなことを考える俺は――」

「ああ、おかしいな!」

 

 返事を断言してやるが、すぐにため息が漏れて「こいつもか」と胸の内でつぶやく。

 脳裏にはあの夜、屋上で互いにおかしくするものを打ち明けあった時のことが思い出されていた。

 

「そんなにあんたをイラつかせるとは思わなかった。ワリィ」

「いや、いいんだ。どうも俺達は似た者同士ってことだとわかって悲しみの涙を流してるだけさ」

「あんたもか?って、俺達がそうなのか?」

(チャンプもそうだと言ったら、こいつどんな顔をするのかね)

 

 当初、このヌカ・ワールドからやってきたゲイジと。この場所がアキラをさらった連中に関係あるに違いなく、その正体を明らかにするためという話で計画が立てられたわけだが。

 こうしてしばらく立場を互いに偽って同じところに過ごしていると、あの若者には別に色々と考えを持って動いているらしい、それがなんとなくだが伝わってくるのである。

 

 だまされた、とは思わない。

 だが話してもらえないのはなぜ?と何かの拍子で考えると、集中力は簡単に奪い取られていってしまう。これは危険を呼び込むことになる。

 

「お前もあのショーが勘に触ったか?」

「ショー?ああ、あれか」

「違うのか?」

「……俺はあいつがあんなに黙ってここにいる連中の王様になってるのが信じられないんだ」

「不安か?」

「どうかな、それはよくわからないが」

 

 自分が役立たずに思えるのが嫌なんだ、と続いたのでハンコックは目を丸くした。

 

「……マクレディ、お前たちはデキてるのか?」

「は?何を言い出すんだよ。怒らせたいのかよ」

「いや、でもな――」

 

 吐き出すときの表情はやけに苦しそうだった、ちょっとさすがに驚いた。

 

「いいよ、からかうんだろ。聞かなかったことにしてくれ」

「待て待て。確かに妙な間働きがあったことは認めるが、違うならそれでいいんだ。つまりお前は、あいつに不満があるってことなんだろ?」

「まぁ、たぶん」

「――なら安心しろよ。そろそろ市長のバカンスも潮時だ」

「っ!?ここを出るのか、出れるのか?本当に」

「レイダーの連中と小さいが取引の話をしちまったんだ。これ以上の長居すると、おかしな勘繰りをされちまうだろ」

「そうか、そうだよな。あいつはどうなる?」

「どうにかするだろうさ。そもそも俺達が気にしたってなにもできる事はない」

 

 アキラだって馬鹿じゃない。囮の2組のうち、片方が消えれば残った方の危険度が跳ね上がることは単純に理解できることだ。本心ではどう思っているのかわからないとはいえ、それを承知で無法者の王の時間を延長しようとはしないはず。

 したとしても、その時は自分で何とかしてもらうしかない――。

 

「それならやっぱり、俺たちはいったいここで何をやっていたって言うんだよ」

「バカンスさ。グッドネイバー市長の、バカンス。最初からそう言ってたろ。わかったらそろそろ泣き言はやめて、気合を入れて傭兵らしくしておけよ」

「……だな、わかりました。市長」

(ジェットでもやりてぇなぁ)

 

 マクレディのせいで自分も気持ちが沈みそうになるのを感じ、その空気を慌てて取り払う。

 

 しかしホテルの戻るなり、2人は驚きのあまり大口を開けて言葉を失う。

 腕を組んで難しい顔をしているケイトの前で、真剣な顔をしたキュリーは目の前に座る相手がほとんど反応していないことを直接に触って確かめていた。

 

「おい、そいつはどうした?どこで拾った、なんでここにいる!?」

「……さぁ、わかんない」

「いや、さっぱり事情が分からねぇ。どういうことなのかわかるように説明しろよ」

 

 面白いことに自分たちは囮である、そう覚悟してここに来たはずなのに。ハンコックとマクレディは、いきなり姿を現したパイパーの見たこともない様子に取り乱してしまったのだ。

 

 

――――――――――

 

 

 このパイパーはどうしてここに?

 

 ハンコックらの疑問に対し、ケイトとキューリーの答えはまったく十分には程遠いものでしかなかった。

 市場に奴隷として運び込まれたのでさらってきた。複数の重度の薬物による症状がみられ、脳の活動が押さえつけられ田結果、目を開けても眠っているのと変わらない。このままだと自分から動くことは出来ないだろう。助けがいる。

 

 覇気、勇気、元気の塊のような女が、太陽の下でも幽霊のように呼吸以外は何もしていません、っという姿で静かに座っているのを見るのはひたすらに不気味というしかない。

 それが助けまで必要だというなら、もう死ぬんじゃないだろうか?などと不吉な考えも頭をよぎる。

 

(緊急事態、か)

 

 レイダーの町でなにも持ち帰れないだろうとあきらめかけてた矢先の事件に、ハンコックは自分らの首元めがけて刃が近づいていたようだ。このままではマズイ、ここにいるのがマズい。

 

「よし、わかった……なぁ、治療はできるのか?彼女は元に戻ると思うか?」

「――多分大丈夫だと思います。でも、ここではやりたくありません。回復させる途中でどんな症状を見せるかわかりませんから、動かせなくなります」

「そりゃ確かに問題だな。これは例えば、ってことで答えてくれ。誰かの助けがあれば、彼女はしばらくは大丈夫か?」

「大丈夫、というのがわかりませんが。手を引いて歩けば、彼女はそれに従ってくれるはずです。この町から出るつもりなのですね」

「え、ちょっと!?ハンコック、どういうことよ」

 

 キュリーは察したようだったが、ケイトは驚いていた。

 

「よし、聞いてくれ。こいつはマズい状況になったかもしれない。パイパーにはなにがあったのか知りたいが、それを今の彼女は答えられない。

 のんきにここでバカンスを続けながらは彼女の治療は望めなくなるかもしれない」

「なによ、それ。まるで連れてきたあたしが悪かったみたいな言い方じゃない」

「そうかもな、それならもっとやり方もあったかもしれないしな」

 

 ハンコックの軽口にケイトの顔から表情が消えた。これは良くないものだ。

 

「ワルの町の市長様には奴隷女がどんな扱いをされるのか、わからないってわけ」

「そこまで言ってないだろうが。でもシリアスになったのだからそのままでいてくれ、チャンプ。マクレディ、ここにいろ。俺は今からちょっと出てくる」

「ハンコック?」

「ここにはいられない。すぐに戻る」

 

 ハンコックはふくれるケイトらを残し、部屋から足早に飛び出していった。

 

 

 雇い主に2軍と称された暗殺グループは、ハンコック一行がとまるホテル――旧消防署をどうやって襲撃するかアイデアを出し合っていたが。日が落ちてくる頃、市場に新しい情報が流れてきた。

 どうやらレイダー・ボスとの会見を終えたハンコックが「もう雑魚寝は飽きた」と言って客分にふさわしい扱いをするように求めたというのだ。彼らの計画は再び白紙に戻されてしまう。

 

「クソ、ハンコックの野郎。あいかわらずいい勘をしてやがる」

「ちょっと待て、ということは俺たちのことを知っているってことか?それはマズいぞ」

「雇い主が俺達を裏切った?情報が漏れたのか?」

 

 不安を感じる。

 ハンコックが手ごわい相手であることはここにいる全員が理解しているが。ここまで問題がなかっただけに、これが自分たちの任務失敗につながるトラブルが起きているのではないかと考えないわけにはいかない。

 

「どう思う?逃げるか?」

「簡単に言うな。ここから出ると言っても簡単な話じゃないぞ。雇い主の計画が使えないというなら、ここの連中の追撃を振り払って出ていかなくちゃならない。荒野でどこまで逃げられるか――」

「まぁ、落ち着けよ。俺は思うんだがこれはトラブルじゃなく、チャンスじゃないかって思ってる」

「マジかよ」

「考えてみろ。ハンコックはきっとここへ取引を持ち掛けにやってきたんだろう。雇い主はそれを知って俺たちを集めた」

「ああ」

「あのホテルは市長に近く、客が押し込まれているから襲撃しにくかったが。聞けば新たに用意された家は、ヌカ・ワールドの外苑に近い一軒家だそうじゃないか。これはチャンスだ」

「だが警備は強化されるだろう?」

「それは――雇い主が動いてくれることに期待するしかない。警備が薄けりゃ、最高だしな。

 なぁ、もう俺たちはこの計画にどっぷりを頭からハマっちまってる。そいつの言う通り、今から抜けるとしても全員は生きて帰れないだろう?なら、やるしかねぇのさ」

「……だな」

「よし、それじゃ。警備のことは放っておいて。どう侵入するか決めないと時間がもうない」

 

 今夜決行、彼らの切符はそれだけは変えられない。

 

 

――――――――――

 

 

 コンドウ、キジマは選んだ彼らを2流の暗殺者と評したが、その基準は決して低いものではない。

 なによりも彼らが選ばれた理由は、その人外の能力の有無。

 

 レオの暗殺に失敗した連中は皮肉にもスーパーミュータントとレオが交戦する中で何もさせてもらえないまますりつぶされるという喜劇のような悲劇に終わったが。彼らほどではないとしても、今回のハンコックであれば十分に勝機がある。

 

 ――そう、思っていた。

 

 

 ハンコックの要求にこたえたオペレーターズは豪華――ではないが、一軒家を用意し。ハンコックらはすぐにそちらに移っていく。

 あんたらのボスに感謝するって伝えてくれ、ハンコックが案内をそうやって家から追い出していると。マクレディはさっそく家の中を歩き回ってチェックを入れた。

 

「まぁ、ここもたいしたもんじゃないが――今夜はゆっくりやすめるってことで」

 

 そして夜がやってくる。

 家の火は消され、どこからか数人の男女の寝息のようなものも聞こえていた。

 

 どこからだろうか、なにかをひっかくような音が数回。

 次にこぶし大の大きさしかない空調パイプから人の5本の指が生えだすと、そのまま音もたてずにそれを小さな侵入口として入ってこようとする。

 

 床に蛇の抜け殻のようになった人――一糸まとわぬ裸の男は、ぶるぶると苦しいのか痛いのか。体を丸め、声を押し殺し、ゆっくりと骨格が戻って普通の姿を取り戻していった。

 汗だくになったそいつは静かに立ち上がり、扉のドアのカギを内側から解除して仲間を次々と招き入れていく。

 

(奴らは寝室だ。そして――妙だな?男と女に分かれてる)

 

 昼間のハンコックの様子から思えば、傭兵とではなく女と一緒かと思ったが。やはり命の危険には敏感であるということなのか。彼らは散会し、1分以内に息を合わせて全員を始末しようと動く。

 

 運よくハンコックのベットが担当になった暗殺者は喜びに瞳を輝かせ。

 肘を曲げると、そこから飛び出してくる仕事道具。肘から生えていく蜂のような鋭いとげをせり出させていった。

 

――これで終わり。

 

 「……ウヒッ、ハンコック!」思わず言葉が漏れ、目の前の栄光に舌なめずりするが。

 奥の部屋で誰かの――男の悲鳴と破壊音が2度続くと、男女の寝室をつなぐ扉が破壊され。なにかがハンコックらの寝室に投げ込まれてきた。

 

 

 2人の男が唖然として固まる中。

 女性の部屋に明かりがともり、何が起きたのかを理解する。

 

「待ってたわよ、ダーリン。とりあえず一丁上がりってね」

 

 手には噴射音を響かせる異形の鉄バットを下げ、下着姿で会っても全く恥ずかしがるそぶりも見せないケイトが暗殺者たちを見て不敵な笑みを浮かべて仁王立ちしていたのだ。

 

 暗殺者たちの忍び足は完璧かと思われたが、部屋の入った瞬間からケイトは目覚め。

 彼らがベットのそばに立とうとしたところでいきなり闇の中でも構わずに逆に襲撃して見せたようだ。

 

 だが恐るべきはその正確性。

 カーテンが閉じられた全く光のない闇の中、噴射音と共に降りぬかれたたった3度ですべてを終わらせてしまったのだ。

 部屋に転がり込んできたガスマスクは文字通りバットによって顔を平らにされてしまい、それでも即死できたのは運がよかったと言えるだろう。運がない奴は窓側に倒れ込み、女のひとふりで吹き飛ばされた片腕と引きちぎれかけている片足の痛みとショックに声にならない悲鳴と恐怖にさらされ転がっていた。

 

ーー失敗した?襲撃を知っていた!?

 

 急展開を前に残る暗殺者たちの思考と余裕はあっさりと奪われる。逃げる、という選択肢だけはここまで来ては考えられなかった。

 そしてそれが彼らの最後となる。

 

 ベットの裾からライフルのマズル部分が飛び出し、暗殺者の足をすくって転がすと。反動で起き上がったマクレディは容赦なく転がった相手の口の中に銃口をたたき込んでから引き金を引く。

 ハンコックや逆に片腕だけを伸ばし、その手に輝くナイフが相手の首筋を軽く往復しながら這いまわせると。それだけで簡単にパックリと喉が裂かれたのか血と不気味な呼吸音が始まり、暗殺者は崩れ落ちていった。

 

「なんだ、もう終わり?」

「終わっていいだろ。こっちは殺されかけたんだぞ、馬鹿」

「だが終わった、それでいいだろ?」

 

 ケイトとマクレディが怒鳴り散らさぬようにハンコックは話をまとめたが。

 部屋の奥からパイパーの手を引いたキュリーがどちらも下着姿で現れるとさすがに呆れた声を上げる。

 

「おいおい、チャンプはまだわかるが。女性陣はちょっと危機感てやつが足りないんじゃないのか?」

「どうして?目の保養になるじゃない」

 

 ケイトは相変わらず堂々としたものだが。キュリーは言われて自分たちの姿を理解し、慌ててパイパーを連れて奥に戻っていってしまう。

 ハンコックは普段着で横になったので、マクレディもそれに倣って毛布を頭にかぶって眠っていたのだ。

 

「市長、まさかあんたこれを予想してたのか?」

「出来るわけがないだろう?俺は人気者なんだ、いちいち寄ってくる奴の素性を心配はしていられない」

「よく言うぜ……」

「落ち込むのは明日にしろ、マクレディ。外を確認しろ、淑女の皆様にはさっさと服を着てもらおう」

「逃げるのか?今から?」

「レイダーの町で騒ぎを起こすってのはどれだけ嫌な事か。俺と言う市長の存在の有難さを学びたくはないだろう」

 

 ハンコックの中ではすでにヌカ・ワールドから脱出する逃走経路がしっかと描かれていた。

 

 

――――――――――

 

 

 ハンコック襲撃される!

 

 この報告はすぐにはアキラの元には届かなかった。

 フィズトップマウンテンと事件現場はあまりに遠く、この夜の強い風が階下の騒がしさを彼が眠る部屋にまで届けることを許さなかったからだ。

 

 しかし明け方が近くなる頃、風が収まると。ついにアキラが目を覚まし、階下へと降りていく。

 どこからかもぐりこんだ暗殺者の一団がハンコック達を襲撃、彼らは反撃して即座にこのヌカ・ワールドを脱出した。

 

 

 運悪く出てきた彼の目の前を走り抜けようとしたレイダーをいきなり横から蹴りつけ、状況を聞き出すとアキラは激怒した。それは自分への怒りだ。敵地でレイダーを演じることに夢中になり、気を抜いていたのだろうか?

 キンジョウらの姿は結局現れることはなく、ゲイジもあれから役に立つ情報は持ってないという風に思わせようととぼけ続けている。

 

 そして――見逃したのだ。目の前にいたのに、仲間に迫る危険を!

 

 怒れるオーバーボスにしてしまい、涙ながらに逃げていく下っ端を放って。アキラは獣のように方向を上げそうになる自分を抑えようと慌てて口元を手で覆った。冷静に、冷静にならなくてはならない。

 

(レイダーとしての人格に引きずられるな。染まれば、仮面は外せなくなる)

 

 今は良い面を見るべきだろう。

 とりあえずハンコック達はここにとどまらずに脱出してくれた。元々は、彼らに先に出ていくようにとのメッセージ代わりにオペレーターズに商談を持ち掛けるように命じたという一面があった。

 ハンコックならそのメッセージにすぐに気が付くだろうし、マクレディもプロだから逃げる時はきっと役に立ってくれるはずだ。キュリーやケイトが足を引っ張っても、悪いことにはならないはず――。

 

 そして彼らがここを離れたということは。

 

「僕も逃げださないとな……さて、どうするか」

 

 オーバーボスとしての仮面の下から、アキラが顔をのぞかせた。するとそれまで取り付いていた怒りはパッと霧散してしまう。そして何かを考えながら、どこかにいるであろうポーター・ゲイジの姿を探す。

 

 

 ポーター・ゲイジにとって、この夜は久々の悪夢の夜としか言いようがなかった。

 

 深夜に騒ぎを聞きつけ慌てて動いたものの、まっさおな顔のオペレーターズからの使者と共に状況は決していいものではないことを聞かされる。

 

 客人に用意した家には暗殺者らしき死体の数々が残され。肝心のハンコックらの姿はそこにはない。

 

 そりゃ当然だろう、自分がハンコックでも同じことを考える。

 自分たちの安全を預けるに値しないレイダーなどクソの役にも立たないのは明らかだ。さっさと逃げて、自分で自分の安全を考えなくちゃならない。

 それどころかレイダーと言うのは救いようがないわけで――。

 

 アキラと言うオーバーボスは時に妙に人懐っこかったり、やさしさのようなものを平気で示す奴だが。それにはまったく期待はしていなかったが、あえてゲイジはアキラに報告するのを”遅らせる”ことにする。

 

――今夜の騒ぎについて話がしたい。

 

 それぞれのレイダーのボスに向けてすぐに送り出されたメッセージに、最初の反応はなしだった。

 ゲイジハため息をつき、続けて同様のものを再び送る。こうなることを恐れていた、暴走だ、少なくともそうなろうとしているのかもしれない。

 

 その後、時間と粘り強さが勝利し。真っ青な顔のマグスとその弟と、メイソンはやってきたが。ディサイプルズのニシャだけはそのまま放置された。

 ゲイジはあきらめずに新しい使いに用件を伝えていると、部下の顔が「ひっ」と悲鳴と共に真っ青になったのを見て自分の持ち時間が無くなったのだと理解した。

 

「おはよう、諸君」

 

 オーバーボスの仮面をかぶりなおしたアキラは、皮肉の笑みと凍死させるかもしれないというほど苛烈な冷たい目を輝かせてそこに立っていた。

 

 

 まずはギクシャクしないように軽い挨拶から入り、なだめ称えながらも慈悲を求めず理性を願い。何が問題であったのか、だけを改めて伝える。

 ゲイジが語るのは昨夜の物語――それは不満に満ちたものではあるが、あとはあんたが判断してくれればいい。

 

 皮肉を全開にして上げ足を取るアキラからそこまで引き出すことは簡単ではなかったが、ゲイジはやり遂げた。だがそのせいで、現状がより深刻な問題を発生させてしまうのだが――それはもうしょうがないだろう。必要な犠牲ではあるし、なにより従わなかった奴が悪い。

 

 アキラは静かに、だが激しい言葉でディサイプルズに向け。何をやってるのか、こっちに来て説明してみろとオーバーボスの名前で命令を下した。今回はさすがにニシャは無視できなかった。

 そしてそのおかげで、一番最後にやってきた彼女をマグスはだいぶ落ち着き、顔色をよくして迎えることができた。状況は変わったのだ、アキラがそれを今から教えてくれるだろう。

 

「さて、俺はぐっすり寝ていたもので気が付かなかったんだが。目が覚めて驚いたよ。昨夜は大変だったそうだな?」

 

 アキラから不機嫌の塊がまず投げつけられるが、レイダーのボスたちは黙っている。これは開幕のあいさつのようなものだ、本番はここから始まる。

 

「俺が客人と認めた。グッドネイバー市長のハンコック氏にどこからか暗殺者が送り込まれたそうだな。でも、別に驚くことではなかったらしい。俺はそれを知らされないままゆっくり寝ていた。お前はそれを感謝しろと、ゲイジ?」

「――それについてはさっきも言ったが。俺に説明させてほしい、ボス。

 あの時は俺達にもなにがなんだかわかってなかったんだ。状況が分かるまで時間がかかったし、騒ぎによる混乱もあった、大きなものではないとわかったがそれだけにあんたを呼ばなくてもなんとかできると思ったんだ。

 

 もちろん俺はベストを尽くしたとアンタに言えるが。それが不満だったと言われても仕方がないことだとわかってる」

「今日は可愛いじゃないか、俺がそれを信じないと言わないと思わないのか?」

「あんたが決めることだ。あんたはここのオーバーボスで、ここにいる皆がそれを理解してる」

「それならお前の言う皆に聞いてみようか。

 メイソン!パックスは昨夜の騒ぎに何をやった?」

 

 メイソンに向けられる視線は冷たいものだったが、彼は動じることなくいつものように茫洋としながらもあっさりそれに簡潔に答える。

 

「なにも」

「なにも?」

「あんたと同じということだ。寝ていた、だがハンコックが消えたのは知っていた。俺はとくにどうするとも思わなかったし、あんたから指示もなかった。だから俺達は動かないと決めて寝た」

「フッ、アハハッ!こりゃ参ったな、パックスは俺が寝てたから自分もそうしたか」

「そうなるな」

「そうかい、それじゃ次だ。

 色々と興味深い話を期待している、オペレーターズはどうしてた。マグズ?」

 

 ゴクリ、とマグズは喉を鳴らす。昨日までは他に比べて頭一つ抜きんでて結果を出していたと思っていたのに。暗殺者共のせいで、一つ間違えばボスの怒りはまだ自分に向いていると理解したのだ。

 

「客人の相手は私が行っていた。だが――問題は起こってしまった。

 守ることは出来なかったけれど、その後でもできると思ったことは全部やったわ」

「ほう」

「客人たちの確保、現場の保全、暗殺者たちの情報も集めてるし……」

「それはもちろん雇い主についても?」

「ええ。ええ!もちろん」

「そしてわかってないんだな?なにも?」

「まだよ――まだ、何も出ていない。でも見つけ出す、必ずに」

「それでもがっかりさせられたのは事実だ。それでは最後、ディサイプルズは昨夜はなにをしてた?寝てた?それとも賢明な捜査とやらですでに真実を明らかにしたか?」

 

 アキラの態度に変化はなかったが、不思議と自信満々に笑顔のニシャは自分たちのことを語りはじめる。

「オーバーボス、あんたがこいつらに失望するのも分からないわけじゃない。こういう時の悪党の流儀ってやつをこいつらは何もわかっちゃいないんだからね」

「ほう、するとディサイプルズは他と違うのか」

「もちろんだよ、ボス。

あたしらはレイダーさ。あんな茶番を見せられたくらいで動揺なんてしない。ゲイジも意外に肝っ玉が小さいんだね」 

 

 ゲイジはニシャの言葉に不穏なものを感じながらも、今は沈黙を選ぶ。

 危険な笑みを浮かべ、アキラはニシャをうながす。 

 

「……続けろ」

「ボス。アンタはきっと満足してくれる。

 うちも騒ぎの現場を見たのさ。なにが起こったのかは一目瞭然、ディサイプルズは当然。ハンコックを追跡して殺せと命じたよ」

「ナニ?」

「だって当然だろ?

 あれはどう見ても”ハンコックの仕込んだ演技”なんだからさ」

「演技?今、お前は演技と言ったのか?」

「ボス、落ち着けよ。な?」 

 

 高まるその場の熱に危険を感じ、ゲイジが止めに入るが、もう遅かった。間違いなく今のは核地雷級のヤバイものをニシャは踏んでいた。

 

 

――――――――――

 

 

 ゲイジになだめすかされ、フィズトップマウンテンの頂上に2人だけで場所を移した。

 怒り狂ったアキラの顔はまさに修羅のそれとなっており。あの場にもうわずかでも置いていたら、ニシャもろともディサイプルズは死ねとでも叫びかねない剣幕になっている。

 

「なぁ、わかってるからそろそろ落ち着いてくれよ。あんたがディサイプルズを、ニシャを、俺を含めたここにいるやつらに失望するのはわかる。だが、それがレイダーってもんだ。そうだろ?」

「だから俺もバカに並べと?先に見える御馳走を無駄にして、目の前の骨にかぶりつくのが正しいとでもいうか!?」

「俺はアンタに説教してるわけじゃない。

 信じてくれと言ってるだけだ。彼らはここに必要だし、そしてこれは本当に残念なことだが。あんたはまだ彼らの経緯に対してオーバーボスとして報いてはいないってことを」

「……続けろ」

「俺たちは誰もこのトラブルを望んだわけじゃなかった。だって俺たちは何かを始めるために動き出したばかりで、まだなにもなしていないんだ。結果はこれからさ、ハンコックは耳ざといという話だからその前に来たのかもしれない」

「今更は本人に聞いて確認できないよなぁ」

「だが同時に奴の首には価値があるんだ。グッドネイバーの市長だぞ?奴に死んでほしい奴がこの連邦にどれだけいると思う。指の数だけじゃ全く足りないはずだ」

「ハンコックの話が、俺のこの怒りにどう関係があるって!?」

「そんな奴が背中を見せて逃げ出したら、レイダーなら思わず飛び出していって当然とは思えないか?」

「ゲイジ先生のレイダー講義か?クソの価値にも匹敵するようなそいつを教えてくれてありがとうございますって」

「なぁ、皮肉はやめて。もう一度だけ頭を冷やしてくれよ。

 先にあるヌカ・ワールドの栄光は次にあんたが連中の前で何を言うかにかかってるんだ。大きなことを成し遂げられるんだ、それをぶち壊したいわけじゃないんだろ?」

「そうか。ならまだ聞いてやるよ。俺にっ、どうしろと?」

 

――与えろ。

 

 ゲイジの答えは短いが、それを聞いてアキラは鼻で笑う。

 

「ミスしてよくやった、か。都合がよすぎて反吐が出るぞ、ゲイジ」

「ああ、まぁ。そういうことも必要な時が来るかもしれないが。それは今回じゃない、ボス。

 今回の騒ぎは結局のところ、まだ俺達が正しい関係になってはいないと連中が考えているからだ。あんたが与えれば、彼らは敬意をとうぜんのようにはらうようになるさ。それは間違いはない」

「目をつぶれ?なかったことにしろ?」

「そこまで俺はあんたに要求しちゃいない。それに実際の話、そんなことをする理由もない。

 ただ。怒るならまずはあんたの力を示すことから始めてくれと頼んでいるだけだ――」

 

 アキラが睨みつけてきたが、もうその口は皮肉を見せもしなければ吐き出すこともなかった。

 考えているんだ、ゲイジはそんな自分のボスが大好きだ。

 

「本当にそれが必要で、それをやるべきだというならしてもいい」

「ああ、アンタは最高のボスだ」

「だがこれ以上はないぞ」

「ああ、わかってる」

 

 ゲイジはうまくいったと思った。

 このボスは賢い、言ってることが実現できるかどうかをちゃんと見えている――馬鹿じゃないんだ。

 

 

 アキラの寝起きするフィズトップマウンテンの私室に、この遊園地のどこかで使っているらしい玉座のような装飾された椅子が置かれていた。

 今、彼はそこにだらしなくも崩れた格好で腰を掛け。手には半分まで飲み干された白く輝くヌカ・コーラ・クォーツが握られていた。

 

 ゲイジに連れられて3人のボスが部屋に入ってくると、アキラは傲慢な態度で彼らを迎えた。

 

「さっきは失礼した。なにせ目覚めからこっち不愉快な事ばかりでね、ちょっとした八つ当たりみたいなものさ。お前たちもそう思わないか?」

「……」

「まぁ、いいや。

 色々とつまらないことがおきてしまい、俺としちゃなにがどうなってこうなったと知りたくてたまらないところだが。そこにいるゲイジ先生がもっと別のことに注意するべきだという。まったく、驚いたろ?」

 

 3人のボスがゲイジを見るが、そこには「なにを言いやがった?」と全員が言っていた。

 

「オーバーボス、そんないじめないでくれよ。あんたにそんなことされた俺はもう、半ベソかいて縋り付くしかない」

「フン……それじゃ話の続きからいこうか。ニシャ、ハンコックはどうした?」

「……まだ捕らえてないよ、ボス」

「ディサイプルズが今の今まで追いかけてるのに、グッドネイバーの市長はまだ自由に逃げ回ってるということか」

「いや、少し違う。あんたがゲイジと消えた時に部下には手を引くように指示を出した。新しい報告は入ってきてないから、もしかしたら――そういうことだ」

「うーん、なんだか少し気分がよくなってきたようだ。

 これまでのディサイプルズの働きは満足していた。そんなお前たちがボスの機嫌を損ねることしかできない間抜けだなんて、考えなくてもよくなったみたいだ」

「勇み足ってやつだったのかも。あんたが指示を出してくれりゃ、そんなことにはならなかったはず」

 

 今のも暗に最後まで知らずにいたオーバーボスを皮肉る言葉にも聞こえるが、アキラはそこはあえて聞かなかったふりをするようだ。

 

「それならたくさん反省が必要になるだろう。ちょうどいいものがある、それを役立ててくれ――ゲイジ!」

 

 アキラがそういうとカウンターの下から布の束を取り出し、ゲイジはそれをニシャに差し出した。

 

「オーバーボス、これは?」

「それをもってドライロック・ガルチへ行け。お前の場所だ」

 

 3人のボスの顔に驚きと喜びが走る。

 ここにきて唐突に論功行賞が始まるなんて考えてもいなかった。

 

「感謝するよ、あたしらのオーバーボス」

「これ以上は失望させてくれるなよ、ニシャ。ドライロック・ガルチ、だ」

「あ、ああ」

「行けよ、楽しんで来い」

 

 そういうとさっさと追い出し、続いてオペレーターズのマグスに目を向ける。

 

「オペレーターズには色々期待していたわけだが、あまり楽しい思いは出来なかったと思う。お前はどうだ?」

「私たちは十分に働いたと自負してるわ。完璧ではなかったけれど」

「んん――美人の強気は絵になるが、それを本気で言ってるとしたら困ったことだ。俺が客人だといったのに、お前はその客人を襲われた上に、逃げられてもしまっている」

 

 マグスは黙っていたが、実際は彼女もハンコックらを追うように指示を出そうとしていた。

 だがゲイジからメッセージを聞き、オーバーボスがまだこの騒ぎを知らないこと、ニシャがここぞとばかりに出てきているせいで衝突が起こりかねないことを考え。あえて引いていた。

 

 それはここにいる弟にも申し渡していたから今はまだバレてないはずだが、不安を見せないようにここはあえて強気を見せていた。

 

「とはいえ、いいだろう。一枚持っていけ、ギャラクティック・ゾーンだ」

「正当な評価をもらって感謝するわ、オーバーボス」

「そのかわりにお前には今回の失態の尻ぬぐいもやってもらう。ハンコックの暗殺は誰が計画したのか、おくりこんだ奴を調べてもらうぞ」

「当然だと思う、必ず犯人を見つけるわ」

 

 2人目が追い出され、その背中をゲイジは満足そうに眺める。ここまでは願い通りに進んでいる、このまま最後まで行けばいいが――。

 

「さて、メイソン。パックスなんだが、どうしよう?」

「おいおい、アキラ?」

「――あんたがオーバーボスだ。あんたが好きなようにすればいい」

 

 メイソンは相も変わらず茫洋としていて、感情を見せない。こんな時でもこの男は群れのアルファということか。

 

「パックスに関しては思い出せることは少ない。お前はまず、自分の部下の処分を俺に求めた」

「それはあんたが好きなようにした」

「その後も大した動きは見せてないな。やる気も見せないが、消極的ではないという」

「パックスはそうだ。それが俺達だ」

「その調子で俺から旗を一枚持って帰れるとでも?」

「――女を贈るつもりだった。あんたに」

「女?まだお前の部下か?」

「違う、ダイアモンドシティの女だそうだ。なにやら記者をやってるらしい、美しくもあった」

(んん?)

 

 なにやら特定の人物の顔が思い浮かぶ。正論が大好きな、しゃべりっぱなしの美人記者。

 

「それを俺にくれると?」

「興味あるんだな」

「お前が美人だというからな、そりゃ興味を持つさ」

「だがもう無理だ」

「なぜだ?」

「ハンコックの女にやった。あいつもその女が欲しいというからな」

 

 なぜかキュリーではなく、ケイトの顔が思い浮かぶ。ま、彼女なら心配ないか――。

 なにやらはっきりしないメイソンにゲイジは「おい、メイソン」と焦って声を上げるが、本人は相変わらずまったく気にしてはいないようだった。

 

「言葉を飾ることはしないんだな、パックス」

「その必要がないからな、当然だろう」

「ゲイジ、彼にも旗を――ただし、パックスにはひとつ聞いてもらうことがある」

 

 サファリアドベンチャー、あそこには友人となったシート―となかなかに”楽しい”装置がある。オペレーターズやディサイプルズには渡したくない場所だが、パックスならどうだろうか?

 

「サファリアドベンチャー、そこに行け。ただしすべては渡さない。

 あそこには共に戦った友人とその家族たちがいる。彼らに俺はその礼として隣人となる権利を与えて報いたい。そこはお前が好きに使えばいいが、彼とその家族が主張することはできるだけお前にはかなえてもらう」

「俺がそれは嫌だと言ったらどうする?」

「帰れ、おまえにはなにもない」

「俺がその約束は関係ないと言ったら?」

「お前は死ぬ。俺が必ず殺してやる、オーバーボスが誰なのかわからない奴と同じ目に合わせてやる、約束は信じろ」

「オーバーボス!」

 

 ゲイジは声を上げるが、アキラは変わらない。

 意外にもメイソンはすぐに「わかった、アンタの願いを聞く」と答えたので、レイダーの旗はメイソンの手に無事に渡され、パックスもサファリアドベンチャーを手に入れることとなった。

 

 

――――――――――

 

 

 どうなるかと冷や汗が出たぜ、そう口にしてほころぶゲイジを僕は見つめた。こいつはもう終わったつもりらしい。

 

「まだ終わってないぞ、ゲイジ」

「あ?」

「まだお前が残っている。俺はお前の意見に耳を傾けた。しかしお前にも約束を守ってもらわないとな」

「何の話だ?」

「お前は俺にこのヌカ・ワールドのオーバーボスになれると言った。だが、お前は何も約束は守れなかった」

「お、おいっ」

「”誰かが”俺の場所に殺し屋を送り込んだ。”誰かが”俺の客人たちを襲った。”誰かが”誰とはお前たちは信じられないほど間抜けな成果、まだわかってもいない」

「……これは俺へのお仕置きというわけか?」

「はっきりさせたいのは、お前とは仲良しこよしでやってるわけでも。誰かの言うような信頼関係でも、ましてや利害が一致したものですらない。お前がその口で言ったように、互いの約束だけのつながりだが。それを軽く扱うような奴なら俺はそもそもここに来たのが間違いだったってことになる」

「――そりゃさすがに傷つくな、ボス」

 

 僕は鼻を鳴らす。

 

「被害者ゴッコをするつもりはない、やめておけ。お前はニシャを守った、お前の退屈なレイダー講義にはまだ出てきてないが、今回の騒動で一番妖しいのはオーバーボスの意向を踏みにじって追っ手を嬉々として放ったあいつらだ」

「そのうえディサイプルズは残酷で知られてるからな。確かに弁護のしようもない」

「だがお前は冷静に対処しろと言った。してやったぞ、それでこの騒ぎについてはどう決着をつけるつもりだった?」

「互いのきずなの深さを確認して、明るい未来へってのは。虫のいい話なんだろうなぁ」

 

 当然のことだ、反応なんてしてやらない。

 

「それと俺はここを出る」

「またかよ。今度は何が――」

「胡麻化しても無駄だ。お前は俺と約束した、ヌカ・ワールドのオーバーボスになれると。だが現実はどうだ?

 お前の言葉に誘われて戻ってみれば、自分のものだと欲しがるだけで俺の求めることはひとつも出来やしないクズばかり、これがレイダーの力なのか?俺はお前らの新しいパパか?」

「なぁ、そんなイラつかないで……」

「お前は俺を訪ね、『準備は出来ている』と言った。『ヌカ・ワールドはオーバーボスが戻ればすぐに始められる』。これはお前が俺に言ったんだ、ゲイジ」

「ああ、まぁ。そうだったかも」

「さらにお前は俺に奴らが出せる程度の敬意しか示せない奴らに仕置きをする前に評価に報いてやれとも言った。俺は罰することはせずに報いたぞ、貴様の言葉を受け入れた。それがあるべき貴様のオーバーボスのやり方か?」

「その言い方――あんたようするに俺に対して怒っているのか?嘘をついたと?」

 

 ゲイジの顔に厳しさが増し、奴は奴自身のあごに手を置いてそこをさすりだす。感情的になってるようだった。

 

「貴様が自分で言うほどに本当に有能であれば、この騒ぎは起こるはずがなかった。違うか?

 このヌカ・ワールドはもらってやってもいいさ、最悪なレイダーたち?まぁ、悪くもないかもしれない。だがゲイジ、俺にここから出ていくなと要求するならお前はいらない。ポーターをやめてもらおう」

「前にも似たようなことを言ってたっけ。俺を右腕にしたくないと」

「いうほど頭が回らず、口先だけの詐欺師に俺のポーターはまかせるつもりはないだけだ」

「オーバーボス、俺がアンタのポーターだ」

「なら証明しろよ、駄々をこねてもなにもないぞ」

 

 しばらく沈黙していたが、ゲイジは絞り出すように「あんたに従うさ、オーバーボス」と答えた。

 

「……それでいつ出ていくと?」

「まだ決めてない」

「どこに行くつもりだ?」

「ん?ああ、またお前の押し売りをうけて肝を冷やされるのはごめんだ。今度は指定させてもらう――そうだな、ダイアモンドシティの新聞だ。パブリック・オカレンシア、それに広告を依頼しろ。俺だけにわかるようなものをな」

「まるで謎解きじゃないか。それにパブリック、なんだって?」

「オカレンシア、だ。メイソンの奴が言ってたろ、ダイアモンドシティの美人記者がどうとか。”その噂”には聞き覚えがあるんでね」

「そりゃわかったが、つまりどこに戻るのかは言わないつもりなのか?」

「なんだ、俺に間抜けなパパを演じさせておいて。今度は俺のパパになりたいのか。門限が気になるか、ゲイジ?」

「そういうんじゃないんだが……困ったな」

 

 もったいぶっているのかわからないが、ゲイジが何か出し渋っている。

 

「連邦から新しい情報が来ている。あんたに知らせたかったが、この騒ぎで後回しにするしかなかったんだ」

 

 僕はいい気味だという表情を浮かべ、手に持った瓶をあおって空にする。

 正直、余裕が生まれ。ようやくレイダーから離れられると喜びもあって、舐めていたと思う――。

 

――数時間後、アキラの姿はヌカ・ワールドから消えていた。

 

 

――――――――――

 

 

 あまり知られていないようで、地味にしられていることだが。

 ヌカ・ワールドを囲む荒野――正しくは遠く離れた南側にひとりの青年が住んでいた。

 

 この辺りはヌカ・ワールドのレイダーたちが通りがかる商人を襲う狩場であったが。長い旅路に心を休める場所だけを必要とする商人たちは、ヌカ・ワールドではなく彼の家を訪れていた。

 そして青年は彼らを「友人」として向かい入れ、ひとときの休息と蒸留された水をふるまって歓迎してくれた。

 

 彼はこの 荒野の刺すように冷たく強い風を、照り付ける太陽で焼ける肌を。

 雨は時にあの時連邦を襲ったラッドストームと呼ばれた異常気象の全てを愛していると公言していた。

 

 その彼はこの日、蒸し暑い天気の中に異常気象の訪れを察してそのための準備をしていた。

 自分が拾っているゴミで、新しく組み立てている2台目の浄水器のタンクに新しい水を詰めた。ラッドストームの後、これを使って浄水器と発電機を簡単に水洗いできるようにするためだ。

 

 それを見た商人の中には「そんなことして意味があるのか」と笑うものもいたが、物を大切にしたい彼にはそれは必要なことで。大切にされた方もそれをオンに感じているのかわからないが、水と電気が機嫌悪くなるのは年に数回あるけれど。それで困るほどの事態になったことはないから、正しいのだと思える――。

 

「やぁ、お元気ですか」

「……!?ああ、いらっしゃい。ごめん、気が付かなかったよ」

「そのようですね。別に構いません、そのまま作業を続けてください。私は勝手にいつものようにくつろいでます」

「ああ、どうぞ――すぐに終わる、サカモト」

 

 まるで新調したばかりの服は荒野を歩いたにしてはどこも汚れてないうえに、見たこともないデザインのローブとズボンは白と銀に輝いてこの太陽の照り付けを反射してヌカ・ワールドからでも気が付くんじゃないかと思う。

 数年ほど前からここを訪れる商人たちの中に、このサカモトと彼の”家族”――青年はそれを光の兄弟たちと秘かに名付けていたが。どうやってここまで来たのかわからない、浮世離れした者たちが訪れていた。

 

 彼らは他の人たちと同じく自分も商人だと言っていたが。

 面白いことに全員が武器も、荷物も持たず。そして今回のように突然訪れて、好きな時に立ち去っていく――。

 

 

 悪いね、作業を終えてすでに椅子に腰を掛けて優雅に足を汲んで待っていたサカモトに青年は笑いかけた。

 構いませんよ、まるで自分がこの場所の主でもないだろうにサカモトは偉そうにうなずく。

 

「君の――兄弟?キジマがちょっと前にここに寄ってくれたよ。なんか通りがかったとかなんとか言ってたけど」

「そうですか」

「彼は?元気かな?」

「大丈夫でしょう。あれは口下手の上に自分のことは話したがらない。といっても……仲の良い兄弟と言うわけでもないですしね」

「家族は大切だよ。僕はそう思う、サカモト」

「ああ、それはもちろんそうですよ――エヴァン」

 

 サカモトはそう言って苦笑する。

 ”小さな宝物”……そこに所属する兄弟たちは不思議なことにほとんど全員がこの場所と主のことを気に入って秘密にしていた。

 連邦においては自分たちの存在をインスティチュートに匹敵するほど用心深く動く彼らだが、ここはなんといっても連邦に近いだけの場所で。エヴァンは人と交流すると言っても、自分が友人と呼ぶ人らの素性を明かすことはないことを知っていた。

 

「ちょうど今からお湯を沸かすところだったんだ」

「それなら確かにちょうどいいですね。実はお土産があるんです、あなたに」

「ええっ」

「なに、高価なものじゃありません。ただのお茶の葉です。水でもお湯でもどちらでも楽しめます」

 

 そういって袖の中から引っ張り出してきたものは薄い黄緑色をしたプラスチックケース。しかもこれもきれいに光り輝いている。

 (彼らは何でも新品みたいなんだな)

 エヴァンは助かる、嬉しいよと言いながらそんなことを思って苦笑した。

 

「あなたにと作ってみたら良いものになりそうで、つい力が入ってしまいました」

「君が作ったの?いいのかい、商売に使うんじゃないの?」

「大丈夫ですよ、これは一部ですから」

「そう……それじゃ有難くもらうね。さっそく使おう」

 

 お湯が沸くのを待つ間、2人は向かい合って当たり障りのない世間話をした。

 

「そうだ、お茶のお礼に何か持っていくかい?知っていると思うけど、僕はここでガラクタ集めをやってるからね。使ってないものも結構あるんだ」

「気にしないで、エヴァン。今日は本当に顔を出すだけのつもりで来たので」

「ああ、そう。最近は忙しいのかい?」

 

 何も知らないエヴァンのその無邪気な問いは、今のサカモトには深い意味を与えかねなかった。

 

「ええ、そうですね。トラブルがありましてね、少し騒がしくなってます。私もその関係で今回、女性をひとり運ぶ仕事を終えた帰りで」

「ふーん、あまり話したくないみたいだ。楽しいものではなかったようだ」

「それは正解です。とはいえ必要だからやらねばならないこともあるわけで――そう、でも思わぬ愉快なものも見られて私は少し気分がいいのです」

「へぇ、それは良かった」

「ええ、本当に見られて良かったですよ。兄弟達が失敗して顔を真っ青にするのは、ね」

「サカモト!?」

 

 サカモトは驚いたことに大声で笑いながら、お湯が沸きそうですよと言った。

 2時間後、遠くで不気味な雲が沸いている方角へと立ち去っていくサカモトをエヴァンはいつものように送り出した。結局サカモトは何を見たのか、失敗とは何かについては教えてくれなかったが。エヴァンは別に気にしていなかった。

 

 話の内容よりも、誰かと過ごした時間に価値がある。

 彼はそういう人なのである――。 




(設定・人物紹介)
・エヴァン
ヌカ・ワールドの離れにひとりで住む善い人。
彼がゲームに登場することになったエピソードは有名な話。


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