ワイルド&ワンダラー   作:八堀 ユキ

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お待たせいたしました。
短編(?)終了後、アパラチアもワイルドになり滞っておりました。

次回投稿も未定(でもそんなにお待たせしないかと)


交錯 Ⅰ

 若かりし頃、ミニッツメンではグッドネイバーはちょっとした禁断の町のように扱われていた。

 

 自らをジョン・ハンコック本人だと名乗り。ただの殺し屋でしかないはずだったのに、彼は人々の手に武器を握らせ。彼らの先頭に立ち、レイダー共をそこから叩き出した。

 人々は彼を称え、彼が宣言した新しい隣人たちを迎える場所。グッドネイバーへと参加していった。

 

 その頃、ミニッツメンはゆっくりと崩壊し、なにもできることはなかったというのに。

 彼はそれを平然とやってのけた――。

 

「どうしたい?やっぱりこの門はくぐりたくはないものかい」

「――まぁな、感情の問題さ。わかってる、わらってもらっても仕方がない」

「そんなことはしないさ。あんたはこの連邦のヒーローだ。その名声を知っていれば、簡単じゃないことのひとつやふたつくらいはあるものだ」

「そういうことじゃ、ないんだがな」

 

 ガ―ビーは苦笑しながらそう言ってディーコンの脇を通り、門をくぐってグッドネイバーへと入る。

 

 

 ここはやっぱり空気が合わない。

 安全な場所だとは思う。明らかに小さな門の外と中では別物だということが。

 

 だがここは――やっぱり苦手だ。

 無秩序こそ自由と豪語するハンコックの町だから。

 

 グッドネイバーの住人たちは朝、この町を訪れたのがあのガ―ビーだとすぐに気が付いていたが。人だかりは一緒にいたディーコンと自警団がすぐに散らしてくれた。

 何軒か店先を覗くと、なぜかディーコンに連れられてサードレールでビールを注文していた――まだ朝なのに!

 

「こりゃ堕落もいいところだ」

「だからこそのグッドネイバーだ。あんたもここじゃ、その流儀に染まっておくべきだ」

「どうだろうな。気が付いたら路地裏で素っ裸で転がされるのかもしれない。間違ってるか?」

「いや!全く正しい。だが、それでもそうするべきさ」

「――そうかな」

「ああ」

 

 彼はそれ以上、しつこく言及しなかった。

 なんだか面白い距離をとる男だ。それによく考えればこうして酒場で並んでビールを飲むような間柄であったかどうかも思い出せない。だが、それでもいい気がする。

 そんな風に人に思わせてしまうのがこの男の魅力なのだろう。

 

 なら、その助言に今はしたがった方がいいのだろう。

 

 

 その日のガ―ビーはいつもとは少し違っていた。

 思えばミニッツメン崩壊からずっと「なんとかしなくては」「どうにかしなくては」と何事にも全力を傾けてやってきた。

 連邦は新たな局面へと進んでいってはいるが。ガ―ビーには新しい将軍、そして新しいミニッツメンが揃っているのだ。何を恐れる理由があるだろう。

 

 それでもやはりどこかで――不安は残っていたのだ。

 ゆるむことなく張りつめていたものが、なにかがハマったかのように緩んでしまう。楽しんで飲む、そんな簡単なことを忘れかけていたのだと思いつつ。この瞬間を大いに楽しみ始めていた。

 

 

 酒が入ったことで饒舌となり、同じ客の女性たちから武勇伝をせがまれると、これに大笑いしてから上機嫌で語り始めた。

 崩壊していくミニッツメン、仲間は失われただひとりだけでもその凶事を胸に孤独に任務を果たそうとした。

 連邦の果てにあるサンクチュアリで、将軍となるべき男との運命の出会いを果たし。彼に励まされ、新たにミニッツメンを創設。北部に住み着く最大のレイダー達との勝負へと乗り出していく……。

 

 わざと、ではないのだろうが。そこにいたはずのアキラはすっぽりと抜け落ちてはいたけれど。

 伝え聞く物語が当人の口で語られる様子に皆が耳を傾け。このバーの歌姫もそれを気にして席を立とうとはしなかった。

 時が流れ、太陽は移動を続けていたが。ガ―ビーは絶好調のままだった。

 

 しかしそれは長いことではなかった――。

 

 

――――――――――

 

 

 表面上、グッドネイバーは市長が留守となっても平和を守ってきてはいたが。この時ばかりはさすがに騒ぎとなった。

 2台のロボットと犬が、”2人”の怪我人をメモリー・デンへと運び込んだからだ。

 

 それまでは酒場でのんきをしていたガ―ビーとディーコンも、知らせを聞くと酔いを吹き飛ばし。慌てて転がるようにしてメモリーデンへとおっとり刀で駆けつけていく――。

 

 そんな2人が知ることができたのは、置いてきたレオが片腕を失うほどの大けがをしているということだけ。

 体の大きなコズワースは事情を聞き出すがてらにと、この町の警備に連れていかれてしまい。エイダはといえば、Dr.アマリについて奥で一緒に治療に参加しているとかで。何が起きたのか知っているのは、そばで平然と体を横たえてはいびきをかいて寝ているカールだけなのだ。

 

「俺は馬鹿だ!将軍が大変な目にあっている時に、なんてことを――」

「ガ―ビー、落ち着けよ。こんな騒ぎになるとはだれも思わなかった」

「せめて部隊をかえさずにつれておくべきだったか。いや、そもそも昨日の騒ぎで将軍が言っていたじゃないか。騒ぎの中に別のものが混じっていたって。あれは――きっとレイダーだったんだ!」

「そんなわけがないってあんたも見ただろ?死人が持っていた武器はやけにいいものばかりだったじゃないか。レイダーというよりもあれは傭兵だった」

「そうか……それじゃ、あいつらは暗殺者だ!そうに違いない。

 だとすれば犯人はレイダーだ。あいつら、ミニッツメンへの報復として将軍を狙った?」

「支離滅裂になりかけてるぞ、ガ―ビー。落ち着けって。

 確かにレイダーならミニッツメンに恨みはあるだろうが。あの騒ぎからあいつらはまだ回復してないし。殺し屋を雇ったのならそういう噂はこの町できかないわけがない。俺は聞かなかったぞ、あんたはどうだ?」

「俺も……ないな」

「なら、違うんだろうな」

 

 とにかく情報が欲しかったが、それが手に入ったのは日をこえてさらに8時間を過ぎてからの子tである。

 

 ようやくのことひと段落ついたらしいアマリとエイダが奥から出てきた。

 Dr.アマリの顔は徹夜明けというのもあるのだろうが。疲れ果て、めのしたにくまができるまでになっていた。そんな彼女に2人は恐る恐る問いかけてみた。

 

「とりあえずまずは聞かせてくれ。あの男は、レオは助かるのか?」

「ああ……そうね、租についてはもう心配はいらないわ。彼は無事よ」

「彼は腕を怪我したと聞いたんだが――」

「怪我?ああ、確かにそうね。片腕はダメだったから、切り落としたわ。大丈夫よ」

「そんな……」

 

 ガ―ビーの世界が揺れる。

 入間はそんな皆の様子を見て「お茶を用意するわ。少し休憩しましょうよ」といって席を立つ。

 

「まったく、とんでもない患者を運び込んでくれたわよ。まぁ、こっちにしても”まったく割の合わない”話ではなかったからいいけれど。それでもいきなりって――」

「ああ、すまないな」

「本当にそうよ、ディーコン……あら、あなたなんでここにいるの?今日は予約は言ってないでしょう?」

「おいおい、客のプライベートをさらっと口にしないでくれ。それと、レオは俺の友人のまた友人でな。だから俺も心配している風にしてここにいるのさ」

「あなたに友人っていたの?それは驚きね――」

 

 遅れてエイダがあらわれると動揺しているガ―ビーは跳ね上がるように立ち上がる。

 思わず感情的な言葉が――口から飛び出そうとして慌ててそれを飲み込む。昨日は思えば自分らしからぬ浮かれた一日ではなかったか。こんな最悪な日を迎えたのは、本当に自分らしくいられなかったせいではないか。

 そんな無意味な思いが、彼を不自然に理性的にふるまわさせ、エイダを怒鳴りつけ、なじることなく。こんな状況におちいった説明だけを求めた。

 

「――前兆は何もありませんでした。数時間ほど、レオは部屋の中で作業を続け。私たちは邪魔がないように外で警戒を」

「なにがあった?」

「それは突然でした。中でレオが異変を感じたような兆候を感じました。

 侵入方法は不明ですが、確かに彼と同じ部屋に何者かが存在していました」

「襲撃を受けたのか」

「その通りです。こちらも助けに入ろうとしましたが、侵入者は唯一の出入り口に細工をしていたようで手間取りました」

 

 

 エイダは突入の際の記憶を思い返す――。

 

 

 

 異常を示すレオの姿に、自分たちの組織の未来への不安と恐怖を抱いたコンドウだが。

 いくら己の優秀さを知っているとはいえ、彼が恐るべきは目の前で苦しんでいるレオ以外に入ることを知ることは出来なかったことは彼の責任ではないだろう。

 

 へーゲン砦でおきた事件――観測者によってレオとカールに行われた所業の結果。

 それが巡り巡ってこのような状況になると、あの時の観測者が理解していたとは思えない。

 そしてコンドウが今、恐れるべきはレオだけではないということも。

 

 

 エイダだけでは苦労した封印された扉も。

 毛を逆立てて戦闘モードとなった危険な獣が加わると、それほど難しいものとはならなかったらしい。

 

 最後の一撃でもろとも突き破って見せた生きた弾丸は室内に真っ先に突入すると、敵と守るべき人に向かって飛んでいく。

 そこに頭部レーザーを照射しながらエイダが走り込めば、コンドウはたちまちにして窮地へと陥った。

 コンドウは彼の勝利を前にして、最後に判断を誤ってしまったのだ。

 

 世界は、連邦は、敗者に対しては容赦はしないものだ。

 

 限定された空間、対人戦のエキスパート。1台と1匹。

 いくら異能力者とはいえ、コンドウがこれから逃れる可能性は限りなくゼロに近く。そして実際、逃げようとする近藤を追い詰めただけで戦闘らしいものは一切なかった。

 

 近くでまとわりつくカールに、離れたところから空間を削ってくるエイダ。

 コンドウはなんとか壁際まで寄ろうとしたが、その前に叩き伏せられ、エイダに拘束されてしまった。

 

「……状況を再度分析中」

「――うゥ」

「レオに危険な症状を確認。あなたに聞きます、なにをしたのですか?」

「フン。ガラクタにやられるとはな。最悪だ」

 

 うつ伏せになったまま、コンドウはそう強がったが。直後に足首に違和感となれない激痛が走り、若者らしい悲鳴を上げた。

 カールが足首に噛みついてこれをあっさりと噛み砕き。エイダは情け容赦なく反対の足をレーザーで貫いて見せたのだ。

 

「もう一度だけチャンスを与えます。会話ができないとなればアナタは不要な存在です。すぐに処理することになるでしょう」

「……」

「レオに何をしたのです?もしくは何があったのですか?これが最後です」

 

コンドウは咳き込み、唇の端から血の泡を吹きながら声を上げる。

 

「毒だ。毒を使った」

「――なるほど。彼を助ける方法はありますか?それをこちらに提供する意思があなたにありますか?」

「……難しい話になってきたな」

「判断は迅速に。時間には限りがありますよ」

「救う方法はある。助けてやってもいい」

「はい」

「だから――」

 

 

 エイダの言葉に「それで?」とディーコンは続きを促した。

 なんとも訳が分からない話だった。

 エイダたちの話が事実ならば、襲撃者はレイダーではないらしい。それどころか立場が危うくなるなりレオの生死にあまり興味すらないようにも思えた。それなのに、暗殺だ?

 

「襲撃者は治療後にレオとの個人での会談を条件に出してきました」

「それをかなえると、お前はそう約束したのか!?」

「仕方がありませんでした、ガ―ビー。レオを助けるすべてはむこうが握っているのですから」

「ううㇺ」

 

 何やら必死に自分の中でしょうかしようとしているガ―ビーだったが。ここでDr.アマリが口を出してきた。

 

「そこからは私が話した方がいいでしょう。専門家だし、なにより私の患者ってことになったのだから」

「で、患者達の治療はうまくいってるのかい先生?かなり長い時間、かかっていたようだが」

「ああ、それはね――」

 

 自分から言い出したのにもかかわらず。いきなりアマリは答えずらそうに顔をしかめた。。

 

 

―――――――――

 

 

 暗闇の中から意識が引きあがるのを感じて目を覚ました。

 私はまだ――生きているらしい。

 

 最後の記憶がゴミの山の中で必死に自分の片腕を”潰す”という不快な作業であったはずだが。また、なにかがあったということなのだろうか?

 

 横たえた体を動かそうとすると、ほぼ全身から重なるようにして嫌な信号をいくつも感じた。

 腹の底にたまっているような泥のような不快感。筋肉の細胞にしみ込んだような倦怠感、流れる血とおなじく走り回るかゆみ。そして骨のきしむような痛み、当然だが包帯でこれでもかと厚くまかれた片腕――。

 

「かなりの重傷、ってわけでもないだろう?」

 

 自分にそう問いかけつつ、なんとかもがくようにして体を起こした。

 手術台の上に一枚の下着姿でいる。見回す限り、包帯を覗けば他に新しい傷をうけてはいないらしい。

 両足を床の上におろし、どんなもんかと試しに立ち上がる――すぐに腰を下ろした。

 

 尻と腿の間がスカスカに感じて、立ち続けることができなかった。

 筋肉がなくなったということではないから、これは歩くにしてもコツが必要だろう。

 とはいえこっちも元は最前線で色々なケガを経験してきた身だ。これならふらつきながらでも十数メートル程度は歩けるだろうと判断した。

 

 ここはどこだろうか?

 

 部屋の雰囲気から病院のようにも見えるが。そうでないようにも見える。

 頭が動いてないみたいだ。体の倦怠感に負けない、鈍さに苛立ちを覚える。なにかの薬の影響なのだろうか。

 

(もう動けるのか?頑丈だな)

 

 誰だ?

 人の姿を求め、足元がおぼつかないが多少は無理をして歩き出す。

 通路に出て左右を確認する。

 

(そちらから来てくれるのか?それはいい、退屈していたところだ)

 

 声がしたと思った方向に部屋がある。

 扉にもたれかかり、倒れないようにしながらゆっくりと開けていく。

 

(そうだこっちへ。もっとこっち。こちらからはどうにも近づけないのでね)

 

 無様な話だが、部屋の中に入る際に足がもつれて倒れ込むように入っていく。

 4つんばいになってしばし、体の悲鳴を聞き。それから顔を上げた――。

 

「なんだ、これは?」

(もう忘れてしまったのか、フランク・J・パターソン Jr。そういえば自己紹介はしてなかったな)

 

 1メートルほどの大きさの透明な容器の中にはオレンジ色の液体が満たされており。そこに人間がひとり、入っていた。

 それは小さく、小さくされ。もはや彼は外に出ることはかなわないのではないかと思った。

 

(私がお前の死を願い。自ら暗殺に出向いた張本人。はじめまして、私の名はコンドウ)

 

 手足を付け根から切断され、目が潰された若者。

 ”白人”の彼は不思議な名前で彼の方から自己紹介をしてきた。私はと言えば、呆然としてはいられないのだと自分に言い聞かせ。せめてなにか気の利いたことを口にしようとして――「これは悪夢かな」などと口にしてしまう。

 

 

 カプセルの中の若者が低く陰鬱な声で笑っていた。

 

 




(設定・人物紹介)
・コンドウ
これまで小さな宝物のメンバーの外見は描写されてなかった。


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