レイダーの支配するヌカ・ワールド。
そこからの撤退はおしよせる凶悪なレイダー共の追跡を振り払う命がけのもの――なんてことは、まったくなかった。
襲撃からすぐさま逃走へと切り替えて連邦へと向かったが。
町を出たあたりでアキラのローグスががっちりと脇を固め、レイダーの追撃はあの騒ぎを思うと全くなかったとは思えないが。不思議とハンコックらの一行の背後に現れたりはしなかった。
――結局はこれかよ
マクレディとケイトはガッカリしたものだが、それは2人だけのことのようだ。
それまで怪しげな状態のパイパーから目が離せないと必死だったキュリーは、さっそく治療をしたいと考えていたし。ハンコックはヌカ・ワールドを離れて連邦に入っても、口数は少なく何事かを考え続けているようであった。
彼ら一行を守り続けていたローグス達は連邦に入ったあたりから姿が見えなくなっていた。恐らくだが主人であるアキラのために戻っていったのだろう、キュリーはそう言っていた。
――サンシャイン・タイティングス
ミニッツメンによって開かれた居住地の中でもっとも安定して暮らしていられる場所といわれているそこは、アキラがヌカ・ワールドへと向かう際には必ず経由する連邦最後の拠点である。
とはいえ危険が全くないということではない。
ここに常駐するミニッツメン達はすでに近くに居を構えているレイダーの集団をいくつか発見しているし、危険なスーパーミュータントにして規格外の巨人、ベヒモスの巣も確認されてはいた。
朝、農民たちは日が出ると同時に起き上がると。朝食の前に土をいじる。
彼らが戻ってくるころ、ようやく若きミニッツメン達が起きてきて朝食が始まる。そんな時、ケイトはひとりで皆とは距離をとって食事をとっていた――ヌカ・ワールドから連邦へと帰還してはやくも3日が過ぎようとしていた。
キュリーはパイパーの治療で家に篭りっ切り。ケイトは正直、あのまるで作り物のように意思を持たないパイパーの姿を見たくないので病室には近づきたくない。
さらにハンコックは数日グレイガーデンに行ってくると言いだすとマクレディを連れてさっさと出て行ってしまった。
で、結局なにもすることがないケイトは。何かをやろうとした結果――農民達の手伝いってことで、土をいじっていた。
あのアリーナではチャンプだったこのケイト様が、だ。
そんなことをしている自分をらしくないな、と笑いながら。しかし不思議と心が落ち着くのも感じていて、なかなか新鮮な体験って奴を味わっていた。
「ケイト、そっちはどうだい?」
「クソッタレのゴミクズは全部引っこ抜いておいたよ。チマチマ、ウンザリさせられるけど」
「ははは、まったく同感だよ。もうすぐ昼飯だ」
「ああ、そう」
「ほらあれだよ、ミニッツメンの連中がやってくれてるとこさ」
顔を上げると、巡回から戻ってきたらしい若造たちが大騒ぎしてバラモンの解体をやっているようだ。
「リブ・ステーキかな。楽しみだ」
「――そういえば、ここではバラモンは飼育しないのかい?」
「ああ」
「普通はさ、乳が出るし肉にもなるってすぐ用意するものだって思ってたけど」
「ここは農業と林業しかやってないからね」
「林って?なんかやってた?」
「木材だよ。ロボット使ってるだろ」
「ああ、あれか」
「ボストンのダイアモンドシティからの注文が多いけど、バンカーヒルにも話をしてもらってる。
家畜は――今、ここには子供や動けないジジババがいないからな。当面はいらないんだよ」
「そういうものなの?」
「それにああいうのはレイダーの目に留まりやすいんだ。ここは今のところ静かだが、まわりにはやっかいなのがいるらしいって情報があるんだ。あんまり安全を過信しないで、自重するくらいでいいんだよ」
ミニッツメンの拓いた居住地に住む条件は誰かに守ってもらうことではなく。自分たちで自分たちの場所を守るという契約だと聞いている。だから傭兵など護衛を雇うことは許されていない。用意された武器、与えられた防具を着て自分が戦うのだ。
常駐しているとはいえ、騒ぎが起こればミニッツメンは戦うが。それは別にこの場所を守るためじゃない。獲物を襲うレイダー達を撃滅するために動く。この場所を守る居住者たちが逃げ出せば、彼らの家を守る者はいなくなるということになる。
「ねぇ」
「ん?」
「ミニッツメンが居住地を守らない――そんな話があるけどさ。それを信じてるのかい?」
「けっ、ケイト!?」
「なんだよ?」
「声を低くしろッ。そんな話、あいつらに聞かれたら――」
「あんたの方が声がでかいよ」
ケイトはカラカラと笑うと、農民は恐れた目で周囲を確認し。安心すると、その通りだと答えてきた。
「以前、スターライト・ドライブインの居住地が崩壊したんだ。あそこもミニッツメンが拓いた居住地だった」
「ああ」
「これは噂なんだが――あそこが崩壊したのは住人たちがまず逃げ出したからだって話があるんだよ」
「へぇ」
「なんでもあそこは掃除と住む家、畑なんかが作られて。これからってかんじだったらしいんだ。ところが今は何もない、住居らしいものはすべてなくなっているし。畑だった場所にも何も残ってないとか」
「だれかがぶち壊して、掘り返していったって事?」
「そうかもしれないがな。これも噂だが、住人たちが逃げたのを見たミニッツメンの連中が、そこらにあった旧世界のゴミを攻撃して爆破して回ったっていう――」
「それっていいじゃん!」
「噂だよ、噂っ!なんせ生き残りがいないんだからね、それでも。商人連中の話じゃ、あそこでとんでもない爆発があったのは違いないだろうってね」
「フーン」
「昔のミニッツメンはそこは違ったが、ブレストンさんは新しいやり方だっていうし。俺らも武器やらなにやら用意されてるんだ、逃げていいことはないしな」
弱い人々を守り、レイダーから人々を守る軍隊。
それがミニッツメンだとあのガ―ビーは言っていたと思うが。だとすれば随分と彼らは――世間で言われているほど善人たちだとは思われてないということか?
――いいや、関係ないしな
「それよりあんた、そろそろ風呂入ったらどうだ?」
「は?」
「というより洗濯だな、今日は日が出てるから午後からでも十分に乾くからさ」
「……そんな口説き方初めて聞いた」
「え?違う、違う。本当に言ってるんだよ、あんた匂うんだよ。嫌な臭いさ。
それにその服!土なんかいじったらその――下着丸見えで、目のやり場にも困ってるんだ。洗濯ついでに着替えたらどうだいってことさ」
ヌカ・ワールドに向かう時、ハンコックの女に見えるようにとへそ出しのドレス戦闘服のことらしい。
「なによ。4つんばいの背後は気に入っちゃったの?」
「やめろよ。俺は独身だけど、女は趣味じゃないんだ。そう言っただろ?」
「へっ、なんなら可能性を探してみたら?こっちも暇してるだけだし、ちょっとそこの納屋でオイタしたって……」
「なぁ?わかってると思うけどさ。
ここであんたに手伝ってもらいたいなんて言う家はうちくらいだ。それ、わかってるだろ?」
それはまぁ、事実だ。
手にジェット噴射装置付きの鉄バット(誰かの血付き)を軽々と振り回してた女だ。ヤバいって噂はとっくに広まっている。
「実際アンタには助けられてるんだよ。こんなことで揉めないでくれ」
「了解、お互いの利益のためって奴」
「そうだよ、それだよ」
「でも服ってこれしかないんだけど。まさか午後は裸でやれっての?うふ、それも面白そうだけど」
「ハナシ、聞いてわかってるって言っただろ?服は用意してある、それを着てくれるだけでいい」
「オーケー。今はあんたがアタシのボスだもの。どんな注文でも――」
「さっさと行って!石鹸を使うんだよ?匂うんだ、わかってるだろ?」
「だからわかってるって。この体、ピカピカに――」
少しからからかいすぎたか。
農民はもう聞いていられないとばかりにケイトに背中を見せると、頭の上で両手をひらひらさせ、ケイトを見ないまま立ち去っていってしまった。
とはいえ実際、彼には感謝すべきだろう。
周囲を見回すと、誰もケイトに視線を合わせようとしていない。(やっぱり苦手なんだよな)退屈で、そしてなんだか物足りない。悪いものがいる、刺激が必要なのだ。自分にここは合わない。
ケイトは言われた通り、寝に理に石鹸で全身を洗い。脱ぎ捨てた服は水桶に洗剤と一緒に放り込んだが。
農民は確かに服を用意してくれてはいた。
それは実に女性らしい、水色の水玉の入ったワンピース。今の戦闘ドレスですら不満だったケイトは、やはりそのワンピースを手にして表情はぐしゃりと潰れた――。
――――――――――
随分到着に時間がかあったな、そういうマクレディにハンコックは頷くが。帰りはどうするのだと聞くと、あいつを使わせてもらうのさとハンコックは崩れた高架橋を顎で示す。
あそこの上にはアキラが用意したベルチバード発着場がある。
「だけどよ――まるで別物じゃねーか」
グレイガーデンを見てマクレディが漏らした感想がそれだった。
農作業を完全オートメーション化させたものの、それで完結してしまったせいで閉じられていたかつての農園はもうどこにもない。
ロボットよりも多いグールたちが、彼らと融和してここを立派な居住地へと変えていた。
「グールの町と言えばスロッグってのがあったが。アキラはここを第2のグールの町にしあげた」
「本当にやって見せたんだな、アイツ」
「それだけに色々と気も使ってる。ルールが厳しめなのさ。
まず自宅は許されてない。町が用意した共同住宅に入らなきゃならん。うまくやっていけない奴はそもそもこの町には送られないってわけだ」
「いい子ちゃんのグールが集められたわけか」
「ところがそれがそうでもない。グールと言えば薬物がついてまわるが、それに関してはフリーだ。銃でのトラブルさえ起こさないなら製造、使用、販売、流通も許されてる」
「なんだよそれ。そんなことでいいのかよ」
「俺もそうは思うがこれが面白くてな。なんとかやってるらしく、最近じゃサイコを求めてわざわざダイアモンドシティから買い求めてくる変人もいるらしい」
そう言いながらハンコックは屋台の一つに肘をつく。
「おや、これはこれは――」
「モーロック、商売はどうだい?」
「悪くないですよ。ダイアモンドシティにもこの腕は伝わっているおかげで」
「俺はそんなお前と話がしたくてな」
「……悪いんですが、裏のバイトからは足を洗ってまして。勘弁してくださいよ、市長」
「馬鹿、そんなことは言ってないだろ」
「そうなんですかい?てっきり、ダイアモンドシティでのジェットの売れ行きが不安でここを潰すとかなんとか」
「それくらいでダイアモンドシティを潰すとか言わないさ。使えない売人を変えるだけで問題は解決だ」
「じゃ?」
「俺の町に指示を送りたい。あと、最近の情報。最新のをな、すぐにかき集めてほしいんだよ」
「はァ。そんなことが必要で?」
「しばらく連邦を離れてたんでな。半月くらいだ」
「――店番、代わりに頼めますかね?」
「おい、マクレディ」
いきなりハンコックに呼ばれ、マクレディは「あ?」などと間抜けな声を出してしまう。
「お前、店番を頼む。いいだろ、コイツで」
「すべすべのスムーススキンですか」
「客だって並んでる顔の中にスベスベなのがいりゃ目立つさ。いい広告だ」
「おい、市長!おれはそんなことっ」
「まかせたぜ、傭兵」
農村で退屈にアキラを待つのはごめんだ。
そう思ってハンコックについてきたのに、とんだ見込み違いだったか――。
マクレディにとっては嬉しくない展開であった。
――――――――――
パイパーに見える症状はなかなかに重症のものであったが。長時間、そばで安全と誘導を行いながら治療法を考える時間があったことは悪くなかったと思う。
いざ、治療を始めると頭を切り替えると。キュリーは多くの選択肢を投げ捨て、短時間で決着がつくであろう方法を採用していた。
自我が茫洋とするほどの危険な状態からの覚醒にはいくつもの副作用や神経の負担が重厚にパイパーに襲い掛かってくるであろうことが予想されていたが。キュリーは再びパイパーを寝かせると、容赦なく尿管に管をぶち込み。生理食塩水を用意させると続いて治療薬となるものを次々とパイパーの体へとゆっくり流し込んでいく。
初日は何度か苦しそうに悶えることがあったが。
それが過ぎると小康状態を保ったまま、パイパーは昏々と眠り続けていた。その間、キュリー隣の部屋でちょっとした診療所を開いて居住者の相談を聞いたりしていた。
ケイトはどうやら今のパイパーが苦手のようで、露骨に避けようとしてキュリーにまったく会いに来る気配がなかったのはちょっと寂しかったが。
かわりにキュリーはアキラのことを考えていた。
自分たちのことを心配していないだろうか?暗殺者たちに襲われ、その足で一気に飛び出してきたのだ。残された彼は不安で、なにがしかの失敗などしてないか?
そして――そして思ったよりも強くこの連邦で再会することを楽しみにしている自分がいることに気が付く。
妙に攻撃的に思えるほど積極的で、強い渇望――早く2人だけになりたい。
そう思うと体の底でおかしな熱を感じ、なんとか抑えようと自分をしかりつける。
彼も――彼もこんな自分と同じ気持ちでいてくれるのだろうか?
夢を見ていた――それはすぐにわかった。
まだ、なにもかもがあって。あの子にもまだ輝く未来があると信じられるくらいには、幸せが自分にもあった。
自分が知っていることなんて大したものはない。まだ自分に自覚が足りなかった頃は恥ずかしさもあって、武勇伝とかなんとか言って話を大きくして聞かせていたが。「本当にあの子が信じたらどうするの?」という彼女のもっともな意見を聞いてから、それもしなくなった。
それでも。
それでもあの子は俺の話を聞きたがってくれた。
だからできるだけ面白く思ってもらえるように頑張った。
口下手だし、表現もおかしいことはたくさんあったけど。色々な話をした。薄暗い部屋、ベットの中のあの子。俺はそのわきで椅子に座って今夜も必死になってる。そしてきっとドアの外ではそんな親子の様子を彼女も笑みを浮かべて聞いてくれているはずだ。それがよかった、それだけでよかったのに――。
――もっと聞かせて。もっと聞かせてよ。
さすがにしゃべりすぎた。このまま次の話を始めたら、終わるのは明日の朝になってしまう。
――でも聞きたいよ。もっと聞きたいよ。
今日はここまでだ。また次、次に話してやるからさ。
――でも聞けないよ。もう聞けないよ、僕は。
何を言っているんだ。お前には未来があるさ……。
なんてむなしい言葉だ。ベットの中のあの子はいつの間にかこれが人だったのかと信じられないほど肌が青黒く変色し、フェラルのように醜く顔が崩れ。真っ黒な穴となった眼と口はもう動くこともなく――。
屋台に寄りかかって寝ていたマクレディは飛び起きると、脇に立てかけていたライフルを掴み――そのままひっくり返った。
並んでる屋台からは一拍を置いて笑い声が上がる。「寝ぼけたか?」「よく寝てたよ」グールたちの声が聞こえる。
早鐘のように音を立てている心音と恐怖に見開かれた目は左右を確認する。
危険はない。留守番をするように言われ、退屈だからと寝ていただけだ。ただ――そう、あれはただの夢だ。
握りしめたライフルから震える指をゆっくりと引きはがすように動かす。
無様だった。ただ無様、なんて姿だ。「チクショウ」思うように手が動かないことが腹立たしい。
するとそこにニュッとしわくちゃのグールの顔があらわれた。
「おい、にいちゃん。大丈夫かい?」
「あ、ああ。ちょっと寝ぼけてた。それだけさ」
「……悪夢を見てたんだろ?ちょっとうなされてたみたいだからな。どれ、手を貸そう」
「――助かるよ、おっさん」
一度だけ強く握りしめて、まだ震えていることを悟らせたくなかったがどうだろうか?
グールは何も言わずに手を掴むと立ち上がれと引き上げてくれた。
「悪いな、本当に大丈夫だから」
「ああ――あんた、ひょっとしてデイジーが可愛がってた傭兵じゃないかい?」
「へっ、こんなところで彼女の名前を聞かされるなんてな。いや、一応ここはグールの町って事だから別に不思議じゃないのか」
「知らんよ。というより、彼女の勧めで俺はここに来たんだ」
「へぇ、彼女が」
「肌がつるつるだったころは大工をやってたんだ。でもこんな世界だからな、色々馬鹿をやって。気が付いたらグッドネイバーでゴミ拾いさ」
「よく聞く話だな」
「ああ、そろそろ違う話ができるようにするべきって言ってくれてな」
「それも彼女らしいな」
「んん……茶でもどうだい?ヤバいのは入れてないよ」
「水があればそっちのほうが」
「構わんさ」
透明の液体の入ったボトルを渡される。
「しっかしまだ戻ってこねーのかよ」
「いや、戻ってきたぞ。ほれ……んん、どうやらあっちもよくないことがあったようだ」
「えっ?」
「ま、頑張りな。兄ちゃん」
グレイガーデンの音質の方角から、屋台のオヤジと並んで歩いてくるハンコックの姿が見えた。
遠くだとよくわからないが――グール同士だと遠目で表情でも見えるのだろうか?
――――――――――
パイパーの治療はキュリーが想定した以上に素晴らしい進展を見せた。
翌日には目を覚ますとそこからは右肩上がりで調子を上げ。同時に閉じられていた彼女の口を止めるものも何もなくなった。
しかしこれが大変に困った事態を引き起こした。
体はまだ本調子では全くないであろうに。精神だけは爆発的に回復をみせ、その勢いに任せて口から言葉がポンポンと飛び出してくる。だがこれがさっぱり何を言っているのかわからないのだ。
疑問を口にしたくても声を上げる隙はないし。ようやく落ち着いてきたかと思ったら、エネルギー切れを起こしたロボットのようにばったりと倒れて眠ってしまう。
おかげで彼女の身に何が起きたのか、なんどか話していたようにも思えるが。さっぱりわからないままだった。
これは誰かの助けが必要だ、ここにきてようやくキュリーはそのことに思い至った。
グレイガーデンからベルチバードに乗ったハンコックとマクレディは無口のままだった。
数時間後には仲間と合流する――それで何かが始まるのだろうか?
畑仕事、飲んで騒いで、思えば平和な居住地での生活ってのはケイトが味わったのはいつ以来だろうか?
あの妙に煽情的で異様な性能を持つ戦闘ドレスは結局のところやめてワンピース姿で過ごしていると、それまで彼女を避けていた人々との距離が少し狭まってきたようだ。
だが――夢の時間はそろそろ終わりらしい。
病室からはハイになったパイパーの声が聞こえてくるし。そして今はこちらを指さして歩いてくるミニッツメン達がいる。
「ね、ちょっとあんたに言っておきたいことがあるんだよね」
「ケイト?どうした」
「ありがとね。こんなあたしでも使ってくれてさ。結構あんたの畑、楽しかったよ」
「……そう。行くのかい」
「じゃあね、愛してる」
立ち上がって軽く手とくるぶしについた土を払うと、投げキッスを残して歩き出す。
青空の向こうから近づいてくるベルチバードの姿も見え始めていた――。
それは少しだけ過去の話。
コンコードでプレストン・ガ―ビーの一行がレイダーと交戦し、レオを連れてサンクチュアリへと向かってしばらく。
連邦の北部に残された旧世界の道路に人影はほとんどなく。わずかな旅証人やスーパーミュータントの部隊くらいしかなかった頃。
Mr.ハンディを連れVaultスーツを着たやたら目立つ旅人は不思議な場所を通りかかった。
そこは彼も知っていた。昔彼の自宅があったサンクチュアリにほど近い場所にあった巨大な採石場。
しかしどうしたことか、そこは今や見る影もなく。水で満たされ、すっかり水没して役に立たなくなっていたのだ。
「ご主人様?」
「――ちょっと寄ってみようか。気になるしね」
男はロボットにそう答えると、採石場の中へと入っていった。
驚いたことに底には先客がいた。
腰を下ろして背中を向け、引っ張り出してきた配線をぶつくさと文句を呟きながらいじっているようだ。
「……だろ……でよ。また――」
「やぁ、ちょっといいかい?」
声をかけるとしかめっ面で振り向いてきた。
どうやら立ち位置的に太陽の逆境になってしまっているようだ。
「ここに人がいるとは思わなかった。なにをしているんだい?」
「……見てわからねぇのか?修理だよ、この糞ポンコツのな。まったくちっとも言う事を聞いちゃくれない」
「君ひとりだけ?」
「見りゃわかるだろ?俺以外の奴はこんな場所、時間をかける意味もないってさっさと出ていったさ。諦めが悪かったのは俺だけ、だからここには俺しかいないんだ」
「ここはどうなってるんだい?」
「ああ、水の事か?地下水らしい。
ここにはそいつをくみ上げて排出するポンプもパイプもある。どちらも調子は最高ってわけじゃないが、電源だけは入っている。それでどうにかなれと頑張っているが、どうにもならなくて困ってるのさ」
「困ってる?まさか、ここを使うつもりなのかい?」
Vaultスーツを着た男が驚いた声を上げると、先客は不愉快そうに顔を歪めた。
「なんだよ、悪いか?それより思ったんだが、あんた暇そうだな。ひとつここでキャップを稼いでみないか?」
「稼ぐ?ここで?」
「今話した通り、電源は問題ない。恐らく水中にある連結部分のいくつかが破損しているんだと思う。ここにはダクトテープもあるから修理も出来る。それをあんた、どうだい?」
提示された額と作業の説明に、しかしVaultスーツの男は素直には聞くつもりはなかった。
「随分と安い仕事だが。その程度ならあんたが自分でやったらいいだろう。
それにまだ日が高いとは言っても、ここで水泳を楽しむ季節でもないだろう。それじゃやらないよ」
「まいったな――」
「さ、提示額を上げてくれ。それなら私もあそこでひと泳ぎして君の作業を手伝わせてもらうよ」
何度かのやり取りがあって、交渉がまとまると先客は契約の証と挨拶を兼ねて手を差し出した。
「それじゃ交渉は成立だ。俺はサリー。サリー・マンティスだ」
「レオだ、それでいい」
そういって2人は固い握手を交わした。