一人、二人は慣れていた。
百人、千人は我慢出来た。
一万、十万を殺して。
一千万人は、どうだろう。
イトーはその時、気が狂っていた。
犠牲者たちの心を吸い取った空は、今にも雨が降り出しそうだった。
地面には死体が、地平線の向こうまで敷き詰められてる。
所々では未だに火の手が上がり続け、黒い煙が空に昇る。
分解された肉片がその隙間を埋め、赤褐色の川が止めどなく流れ続けていた。
ここはある国の首都だというのに、生きている人間はイトー以外にいない。
『すべての……人々の和らぎある事を』
頭の中で天使が呟くが、その言葉に一切の慈悲は込められていない。
ただ今にも笑い出しそうな愉快さでその語尾を震わせていた。
与えられた衝撃によって三つの頭が重なっている複合物が綻ぶ。
破裂した妊婦の死体からは爬虫類のような赤子が引きずり出され、炭化した死体と絡まる。
歪な芸術品たちを視界に収めて、屍山に佇む影は漂う死臭で肺を一杯にした。
ふと天使の言葉が可笑しく聞こえて、イトーは笑いだしていた。
笑い声を頭のなかの天使以外、聞くものはいない。
生きているものは一人もいない。
総てが死者だった。
周りには、イトーにとって何処までも幸せで平和な世界が広がっていた。
老若男女、皆、平等に差別なく殺されている。
所謂、平等社会が一つの理想郷が完成していた。
争いは無く、悲しみもなく、ただそこにあるのは終着点のみ。
暫し幸せそうに笑い続けた後、骨と肉が積まれた場所でイトーは天を仰ぎ、辺りを見回す。
右足が赤ん坊の丸い顔を踏みつぶし、左足が首のない男の背に乗っていた。
左手には臓物の一部を握り、滴る血液が足元に落ちていく。
夥しい数の死体の山が、自らを中心に出来上がっている。
今の今までイトーは気づいていなかった。
これらが全て、人であると。
咽返る死の匂いが鼻を通し、脳の奥を揺さぶって僅かに残った正気が震えた。
視覚が訴える死の形や所業をイトーはゆっくりと目を瞑ることで、自覚から逃げだした。
『天へ』
心の中で懺悔を重ねながら、罪人として深く頭を垂れたイトーに拒絶はない。
語りかけてくる天使の意思を汲み取り、イトーは右手と同化した杖を展開させた。
爆裂の屑と呼ばれるソレは、魔法と呼ばれる力を宿していた。
その先端が開いた時、既に辺りでは小規模な破壊が発生する。
イトーは制御を天使へと委ね、自らをただの入り口として操作を行わなかった。
代償としてとしてイトーと哀れな犠牲者達に残った魔力を吸い取り、
一枚、一枚と開いていく花弁は自らを増やし、蠢き、放出される花粉が辺りへと散っていった。
墓地捧げられた花は、鎮魂のためでなく、次なる殺戮のために種をばらまこうと大きく芽吹きはじめる。
爆裂の屑の花びらは数十万人の墓標となった首都へと舞い、微かに残った魔力を奪われた死体たちは次々に崩壊を始める。
そして次なる大量虐殺を想像し、天使は楽しそうに呟いた。
『次は一億人ですね』