戦闘民族サイヤ人の王子こそが最強であるべきなのだ!   作:ズラゴッグ

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・前回までのあらすじ
 アルティメットブラストの世界やフュージョンズの世界といった並行世界から、この世界が辿るだろう戦いの歴史についておおよその“知識”を得たターブル。
 それから1年後、導かれるように地球へやってきたターブルの冒険が始まる……。



其の3 赤の宝石と龍球

 ホイポイカプセルの下見を終えて東の都から飛び立ったターブルは、この付近のどこかにあるだろう村を探していた。

 彼が今、求めているのは戦闘ジャケットに代わる衣服と寝床だが、どこか適当に見つけた先の村に入り込んでそれらを恵んでもらおうという腹積もりだった。無論、恵んでもらえない場合のことも想定しており、その場合は力仕事で働いて稼ごうとも考えているのだが、一方で宇宙船ポッドを収納するカプセルを貰えないかという都合のいい期待もしていた。

 ほんの数時間前まではお金を稼いで買おうとしていたカプセルの値段は当初の予想をはるかに上回り、ターブルに逃避めいた願望を持たせるほど高額だったのだ。

 カプセルをどうやって手に入れるかは今やターブルの一番の悩みの種となっていた。

 

(カプセルのことはともかく、どうにかして衣服と寝床は調達しなきゃいかんな。その後のことは最低限のものを得てからの話だ)

 

 そんな風に思考を切り替えようとして、最低限のものという言葉から今の今まで気にもしてなかった、ある大事なことに気がついた。

 衣食住――最低限の生活の基本の1つ、食事をこの1年間とっていなかったのだ。

 

(コールドスリープに入っていたから問題ないとはいえ、前の星でもろくに食べてなかったな。流石にこのままではまずいか……)

 

 サイヤ人は一部の例外を除いてほとんどが大食漢だ。その例外が非戦闘タイプの者達で、戦闘力こそあるもののターブルもあまり食べない。実際、今も空腹感があるわけではないのだが、これから強く鍛えあげようとしている肉体には栄養が必要で、食べることは必須だ。

 とりあえず、何かを食べなければと考えたターブルは、近くの山間の渓流で大きめの魚を数匹捕らえる。さらにその途中で襲いかかってきたイノシシや翼竜もまた同様にして捕まえ、その全てを焼いて食べた。

 普通なら捕まえるのも丸焼きにするのも手間な作業だが、そこは流石に戦闘力4桁台なだけあって瞬時に用意することは造作もなかった。

 

(食欲がないと思ったが、食べたらイケるな……)

 

 以前との性格の変わりようのためか、はたまた1年間の絶食にやはり体が求めていたのか、捕らえた肉も魚も瞬く間に胃袋に収まった。

 ついでに村への行きがけの駄賃にと大きめの魚でも捕っていこうかとも思ったが、これは鮮度を考えてとりやめた。必要なら、村を見つけてからその近場で獲物を狩ればいいのだ。

 そんな寄り道をしながら、さらに100km近く移動した先でターブルはついに目的の村を見つけた。

 

「のどかで実におあつらえ向きな村があったじゃないか……、よっと」

 

 ターブルが見つけたのは、自然が豊かであまり広くはないが、程々に過ごしやすそうな小さな村だった。村の様子を上空から眺めてみれば、畑仕事なのか車輌で村のあちらこちらを掘り返している人達が見受けられる。

 遠目からではよく分からないが、新しく畑でも作るためにあちこち耕しているのだろうか。そう考えれば力仕事をする人手が必要に思えるし、その方が路銀を稼ぐには都合がいい。

 ひとしきり村の様子を眺めてからターブルは村の隅の方に降り立ち、近くにいた村人に話しかけた。

 

「こんにちは」

 

「ん? 見かけない顔の子供だな、こんなところまでどうやって来たんだ?」

 

「ボクは旅の途中でこの村に立ち寄った者です。何か働くことがあればお手伝いするので、余った衣服や食べ物があったら恵んで欲しいんです」

 

 ターブルが話しかけたのは見るからに人が好さそうなお爺さんだった。遠くから村の様子を見て、あらかじめ断られにくそうな相手を選んだのだ。

 

「ああ、旅の途中に立ち寄ったのか。ふむ……もうじき夕方になる。家まで来れば婆さんが食べ物ぐらい用意してくれよう。服も他の村人に聞けば子供服の1着ぐらい用意できようて」

 

「ありがとうございます、お爺さん。ボクに手伝えることがあったら何でも言ってください。力仕事なら、だいたいのことが手伝えるはずです」

 

「はっはっは。見たところ、まだ小さい子供じゃないか。そういうことは気にしないでいいから、大人に任せなさい」

 

 それなりに綺麗な村だったのが幸いしてかはたまた老夫婦の人柄のおかげか、詮索されることも無しに子供だからと食べ物も服も用意され、さらに何日か泊まっていくようにとまで言われた。サイヤ人の成長具合は地球人とは違うとはいえ、たしかにターブルは4歳でまだ幼いが、こうも厚遇されるとは思ってもなかった。

 そうして老夫婦の家に招かれたターブルはお婆さんの用意した食べ物に舌鼓を打ち、いつの間にか用意されていた服に着替えて、そのまま1年以上ぶりのまともな寝床での眠りについた。

 

「……で、気がついたら朝になってたってわけだ」

 

 寝室に用意してもらったのは2階の客間だったので窓から外の様子を見てみると、まだ早朝にも関わらず村人の多くが既に外に出ていた。

 昨日の食事の際にお婆さんから聞いた話によると、この一帯を支配する王国の兵士が村のあちこちで採掘作業をしているらしい。彼らは国王からの命令で動いているために村人も逆えないのだが、せめてもの抗議の意味を込めてみんなで見張っているのだという。

 おそらくは村人はもう外に出ているのもその見張りのためだろう。兵士には横暴な連中が多く、見つかると面倒だからと連中が来ている時間は外に出ないようにとお爺さんからは言われているため、迂闊に外に出るわけにはいかない。

 洋服は手に入れたが働き口は期待できそうになく、かといってお金を貰うのは気が引ける。この村を出るか、もう少し留まるかで迷っているターブルとしてはこの手持ち無沙汰な時間を使って、今後の方針について考えるつもりだった。

 だが、この1年間でターブルの予定通りに進んだ事柄は少なく……それは今回もそうだった。

 

「おっと……! どうやら、閉じこもっているわけにもいかなさそうだ」

 

 遠くの方でガタイのいい村人と兵士達が揉めているのを眺めていたら、別方向からこの家の方へと重機が近づいてきていた。敷地内の庭でも掘り返すつもりか。いや、最悪この家ごと壊してしまうつもりかもしれない。

 

「よーし、戦闘民族サイヤ人の力を見せてやろうじゃないか」

 

 ターブルはスカウターを片手に、窓を開けて勢いよく飛び出した。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 少女は震えていた。それは単なる恐怖から来るものではない。理不尽への怒り、自らの無力への絶望、そして圧倒的な力を持つ支配者への反感……それらが入り交じったものだ。

 少女の父は巨漢であり、少々の無法には屈しない強い男だった。そんな父が数と銃の暴力に捻じ伏せられた光景を見せられたのが、つい先程のことだ。

 彼女らを縛り押さえつけるのは国だ。巨万の富を持つ王国と強力な国軍が敵なのだ。

 そんな相手に誰が勝つことができようか。それどころか、抗うことも逃げることも無理なのだ。

 

「許せない、絶対に許さないわ……!」

 

 その少女――パンジの国、グルメス国は大きな財力を持った豊かな王国とされている。

 だが、その実態は逆だ。国内の自然は荒れはてて、民は田畑や時には家をも奪われて苦しんでいる。国王とそれに従う一部の者だけが、その豊かさを享受していた。

 それゆえに軍隊は王に従い、自分達も恩恵を受けるために民を虐げることに迷いを持たない。

 国民にとっては絶望的な状況にあるが、そんな中でもパンジには一縷の望みがあった。

 

「あの御方なら……あの御方ならきっと、私達を救ってくださるわ」

 

 今の絶望的なグルメス国を救えるかもしれない人物に少女は心当たりがあった。

 それは、“武術の神”と謳われた武天老師。亀仙人とも呼ばれる、かの人物ならば……あるいは民や国を救えるかもしれない。

 天を裂き、海を割り、山を砕く――武天老師にまつわる逸話の数々は、少女に淡い期待を持たせるだけの力があった。

 

「武天老師様なら、きっと私達を救ってくださる……」

 

 武天老師の居場所は訪れた者が少ないためかはっきりとしないが、南の海の先のどこかに住んでいるといわれている。

 パンジは誰にも話さずに独りで国を離れて亀仙人を探す旅に出ようとしていた。このままでは国が死んでしまう、その一心だった。

 だが、そんな彼女の前に一人の少年が現れたことが状況を一変させた。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 老夫婦の家の敷地へ入り込もうとする重機の前に躍り出たターブルは右手を重機を抑え、その進行を止めようとする。普通なら人間が止めようとしてもその人間ごと押し進むはずの重機が片手であっさりと止められてしまう。

 

「地面に埋まってるって宝石を掘り返すためにしても、家まで壊すことないだろ。お爺さんお婆さんが生活してるんだぞ」

 

「なんだぁ!? こ、このガキ……死にてぇのか!」

 

 重機に乗っている兵士が怒鳴り、いかにもガラの悪そうな兵士が2人、ターブルへと近づいてきた。

 

「ボウズ、大人の仕事の邪魔しちゃあいけねぇなぁ!」

「見かけない顔じゃないか、余所者か?」

 

「この国の兵隊さんとやらの戦闘力は、と……。なんだ、ここらにいるヤツらはどれも5から7か。やれやれ、殺さずに倒すのが面倒なぐらいだ」

 

 スカウターで目の前の3人を含めた、この村にいる兵士達の戦闘力数値を計測してみれば、村人とそう変わらないものからやや強いものまでの範囲内だった。おそらくはさっき数人がかりで倒された大柄の村人が一番高い数値を叩きだしただろう。

 

「なんだ? 妙な機械を持ってるな……」

「どうでもいいさ。こいつ、つまみだしてやる!」

 

 そう言って兵士の1人が頭を抑え込もうと手を伸ばすが、その伸ばしてきた手を潜り抜けてターブルが左手で軽くデコピンする。当人としては充分に手加減したつもりの一撃は兵士を軽く20mほど弾き、そのまま意識を飛ばした。

 

「くそっ、やっぱり加減の仕方が上手くいかないな……。これじゃあ、何人か殺してしまう」

 

「なっ!? ガキ、てめぇっ!?」

 

 驚いたもう1人の兵士が容赦なく機関銃を向け、躊躇なくそのまま打つ。

 

「ひょいひょいひょいのひょい」

 

 だが、ターブルは左手だけで射たれた機関銃の弾の全てをつまみあげてしまう。残像がいくつも見える左手と次々とその掌から落とされる弾丸の光景に、遠巻きに見ていた村人と敵である兵士達までがどよめきの声をあげる。

 

「ひえぇっ!? ウ、ウソだろ……!?」

 

 機関銃が弾切れになり、兵士は腰を抜かして悲鳴をあげる。そのまま背後に回り込んで当身を食らわせるとその兵士はあえなく意識を失ったが、その隙に右手で抑えられていた重機が解放され、操る兵士は隙ありとターブルへアームを向ける。

 

「この野郎、こいつで捻りつぶしてやる!!」

 

「ずいぶんと原始的な構造のメカだな……。これなら壊してもいいだろう、それっ」

 

 振りかざされたアームを片手で受け止めると、そのままひょいと重機を持ち上げて50m以上先にある別の重機に投げつける。

 それぞれの重機に乗っていた兵士は一瞬、事態を飲み込めなかったが、生命の危機を感じて慌てて飛び降りる。直後に重機2機が衝突し、そのまま爆発を起こす。

 

「な、なんて怪力だ……。こいつ、まさか妖怪か!?」

 

「バケモンだ、このガキ! 逃げろ~~っ!」

 

 重機を破壊される一連のシーンに完全に戦意を失い、散り散りになってグルメス兵達は逃げていった。

 ターブルに気絶させられた兵士の2人は置いてきぼりだが、重機のアームを向けてきた残りの1人は他の兵士に紛れて逃げようとしていた。

 そうはさせまいとターブルはその兵士の目の前に回り込んで捕まえる。

 

「わ、悪かった! 許してくれぇ!」

 

「いくつか聞きたいことがある。正直に答えたら解放してやる。だが、嘘や陥れるようなマネをしたら……」

 

「わ、分かった! 答えるからなんでも聞いてくれ!」

 

「なぜ家まで壊そうとした? リッチストーンとやらを掘り返すなら、手間のかかる家じゃなく他から先にするべきだろう。何か別の目的でもあったのか?」

 

「あ、ああ……それは家の中に隠されてないか調べるためだったんだ」

 

「隠してないか調べるだと? どういう意味だ?」

 

「ドラゴンボールよ! グルメス王はリッチストーンよりドラゴンボールに躍起になってるから誰かが持っていないか探してたのよ!」

 

 思わぬところで出てきた『ドラゴンボール』という言葉に、横から割って入ってきた声の主の方へと顔を向けると、そこにはターブルと同じぐらいの背丈の少女が立っていた。

 

「キミは?」

 

「私はパンジ。この村に住んでる住人よ」

 

 そう名乗るとパンジは兵士に変わって話を始めた。

 

「少し前からドラゴンボールって球がこの村の辺りにあるはずだって、今まで以上に無法を始めたの。それからは村人の住む家だってお構いなしに壊しだしたの」

 

「なら、この近くにドラゴンボールがあるはずだって確実な情報があるってことか……。そうでもないのにそんな無茶はしないはずだよな?」

 

 ターブルが睨みながら問い詰めると震え上がった兵士は慌てて頷き、彼を放置してあった大きめの重機へと案内した。

 

「こ、こいつにレーダーが載せてあるんだ! これでドラゴンボール反応を分かるようになってる!」

 

 得意げに自慢する兵隊からレーダーを奪う。ドラゴンボール・エナジー・レーダー、通称ドラゴンレーダーとも呼ばれるそれには確かにそれらしい反応があるが、範囲がおおまかで分かり辛そうだった。

 

「そ、そうだろう! だから我々も採掘と並行して捜索していたが難航していたのだ!」

 

「……いや。このレーダー、ちゃんと範囲を絞れるな。拡大すれば簡単に探せそうだ」

 

「な、なにっ!?」

 

 どうやら彼らはレーダーの操作方法の説明もろくに受けずに使っていたらしい。

 ターブルはドラゴンレーダーを使い、わずか10分程であっさりとドラゴンボールの1つを見つけだした。

 

「星が5つ……五星球(ウーシンチュウ)か」

 

 五星球とドラゴンレーダーを懐に収めてから、とりあえず兵士は開放する。兵士は気絶していた2人を起こすとそのまま逃げ去っていった。

 その様子をパンジと並んで見届けていたターブルは呆れた様子でため息をつく。

 

「それにしても、宝石を掘り返させて贅沢三昧してるって話なのにドラゴンボールまで探してるのか。この国の王様はどれだけ欲張りなんだ」

 

「グルメス王を誑かしてる連中がいるのよ。それに、グルメス王がドラゴンボールを探してる理由は……」

 

 パンジは噂や伝聞で知ったという、グルメス王に起きた出来事を語った。

 グルメス王は数年前にリッチストンという世界最高の宝石が国中に埋まっていることを知り、採掘させて莫大な財力を手に入れた。それにより王は贅沢の限りを尽くし、元々の趣味だった美食を極めようとした。

 だが、美食を追い求めすぎた罰が下ったのだろう。王はいつしかそれまで以上に美味なものじゃないと食べられない、呪われた怪物に変化してしまった。

 怪物となったグルメス王は世界中の美味しいものを集めるために必要と、さらにリッチストンを掘り返させた。そのために山も田畑も湖も掘り返され、自然豊かな国のあちこちが荒れてしまい……今や国中の自然が死んでしまいかねない状態だという。

 だが、そうまでして得た財力で集めた世界中の美味珍味も、王の食事を支えるにはもはや限界となっていた。グルメス王は既に世界中のめぼしい美味を食べ尽くしてしまい、前以上に旨い食べ物が見つからなくなってしまったのだ。

 それで、どこで知ったのか7つ集めればどんな願いでも叶うというドラゴンボール探しに焦っているのだという。

 

「そうか、グルメス王は空腹で暴走してるのか……」

 

「でも、やっぱりグルメスは自業自得よ。でも、このままじゃグルメスと一緒にこの国まで死んでしまうわ。そして残るのはグルメス国の強力な軍隊だけ……」

 

「軍隊……今の連中みたいなのか?」

 

「軍隊を指揮してる上級兵士がグルメスの側近にいるの。あいつらはグルメスを利用してリッチストーンを自分達のために手に入れようとしているの。ドラゴンボールのことだって、きっとあいつらが教えたに決まってるわ……!」

 

 この国を元の平和な国に戻すには、グルメス王と側近をどうにかしなければならない。そしてそれは、強大なグルメス王国軍を相手にすることを意味する。

 

「……なるほどな。よし、この村には食べ物や洋服や寝床までお世話になった借りがある。ボクがグルメス王のところに行ってきて話をつけてこよう」

 

「無茶よ! グルメス王のところに行くまでに、大勢の兵隊が守ってるわ!」

 

「さっき見せたように、数は問題じゃないよ。それに一応、穏便に話を進めるつもりだし。……いや、そうも言ってられなさそうか」

 

 ターブルの目には遠くに見えるグルメス城の方角からグルメス王国軍のものらしき飛行機がこの村……いや、ターブル目掛けて向かってきているのが見えていた。

 

「離れてるんだ、パンジ。どうもあれに乗ってるヤツらは、ボクかこの五星球に用がありそうだ」

 

 

 ターブル達を目標にグルメス城から飛んできたグルメス軍の飛行機はパンジ達の村へは着陸せず、その上空を旋回し続けた。その代わりに、飛行機から大柄の男が出てきて、そのまま飛び降りた。

 男は巨大な金属製の六角棒を右手に持ち、足に装着した円盤上の飛行土台を器用に操作して落下速度や斜角を調整し、勢いを殺すことなく降下してくる。

 そうしてターブルの正面に上空から滑り降りるようにして男は降り立ち、降下の際につけていたゴーグルを外す。

 

「お前かぁ、この村によこした兵隊相手に大暴れしたってのは? ガキのくせに、ずいぶんと強いらしいじゃないか?」

 

 大男がそうターブルに話しかけると周囲を遠巻きに囲んでいる村人から『ボンゴだ』や『上級兵士だ』などという怯えた声が聞こえてくる。

 どうやら目の前の、おそらくボンゴという名の男はグルメス王の側近で実力者らしい。そして腕前にも相当の自信があるようだ。

 

「面白い玩具を使ってるじゃないか。そいつを使えば自在に空を飛べるワケだな……、それで空中戦に挑めるということか?」

 

「えっへっへっ、面白いじゃねえか。どうやら、ただのガキじゃなさそうだ」

 

 探るように煽ってみるが、乗ってこない。どうやら見た目ほど単細胞ではないようだとターブルはボンゴへの評価を少し上げた。

 だからこそ、この先の流れで戦うことはお互い分かりきっていたために、ひとつ忠告することにした。

 

「ただの子供じゃないと思うのなら、侮らずに最初からその武器を使って本気でかかってくるんだな。こちらも手っ取り早くて済むし、お互いのためだ」

 

「そうかい。なら……遠慮なく、そうさせてもらうぜ!」

 

 言うや否や、ボンゴはその巨漢な身の丈程もある六角の金砕棒を振りかぶる。ターブルはその大振りの一撃をギリギリで、だが余裕で躱した。

 

「ひょい」

 

「このガキ、速ぇじゃねえかぁ!」

 

 初撃でスピード差は分かったのだろう、ボンゴはすぐさま変則的な動きを混ぜつつ連続で攻撃を加える戦い方にシフトさせた。

 ボンゴの持つ六角金砕棒は真ん中を柄として先が両側とも打撃部分となっており、通常のものより多彩な攻撃を加えられる。また、搭乗している円盤上の飛行土台は、彼に空陸を問わない立体的な行動を可能とさせていた。

 これらの組み合わせにより、ボンゴは巨体に似合わぬ速さと変則的な動きを両立させていた。

 

「ぬおぉっ!? こいつ、ちょこまか動きやがる!」

 

「ひょい、ちょい、ほいっ」

 

 だが、立体的かつ高速で動きながら変則的な攻撃を連続で加えようとも、ターブルはその全てを避けていた。

 全力でかかってもかすり傷さえ負わせられない戦況はボンゴをおおいに驚かせたが、それでも彼から冷静さを奪うには至らず、すぐに奥の手を切る決断をさせる。そしてさらに何撃かの後、殴りかかった側の六角棒の先端が途中から切り離され、それらを繋ぐ鎖がターブルへと絡みついた。

 意表を突かれたこともあり、ターブルは感嘆の声をあげた。

 

「ほう! 捕まえられるとは思わなかった!」

 

「どうだぁ! このまま引きずり回してやろうかぁ!」

 

 スピードでは勝てずとも捕まえてしまえばこちらのものと言わんばかりに、ボンゴはそのまま自分の方へとターブルを引き寄せんとする。

 だが、ターブルは涼しい顔で特に力を入れている様子も見られないにも関わらず、ボンゴが全力で引いてもその場から一歩も動かせなかった。

 

「ぬぁにぃいっ!?」

 

「戦闘力数値43か……なるほど、今までの連中よりは何倍も強いな。それに、その装備を考慮すれば実質の戦闘力は50以上かもな」

 

 彼我のパワー差を見せつけられながらスカウターでボンゴの戦闘力を計測すると43と出た。村人や兵士達の戦闘力はどれも5前後がほとんどだったことからも、地球人としては破格だろう数値だ。

 

(さて、お遊びとしては楽しめたが戦闘力も測ったし、そろそろ終わらせるべきかな……)

 

 ターブルが戦闘を楽しむことから目の前の相手をどう手加減して倒すかについて意識を傾けて考えを巡らせだした、その時。

 

「おイタはそこまでよ! やめなさい、ボンゴ!」

 

 突然、戦いを中断するように上空から声が響く。その声にボンゴは舌打ちを1つして、ターブルを捉えた鎖をほどく。そうしている間に、今まで様子見をしていたのだろう飛行機が着陸してきて、その中から女が一人出てくる。

 おそらくは彼女もボンゴと同じグルメス王の側近である上級兵士だろうが、大男のボンゴとは対照的に美しい女だった。

 

「まさか、子供がドラゴンボールを持ってるとはね……」

 

 女の第一声はそれだった。ボンゴの時と同様、村人の話し声から彼女の名前はパスタということと、推測通りに上級兵士らしいことは分かった。

 だが彼女は敵意を見せることなく、笑顔を見せると柔らかい口調でターブルに話しかけた。

 

「ボク、お姉さん達はあなたとケンカするつもりはないの。お互いのため、ここは平和的に取引といかない?」

 

「取引、だと?」

 

 パスタの言葉にターブルは訝しげに応える。パスタは逃げ帰った兵士達の報告からターブルが自分達に挑んできた理由が村人のためだと理解していた。

 

「ええ。あなたがここで矛を収めてくれるなら、リッチストーンの採掘はこの村からは手を引かせるわ。それは前提条件ね」

 

「前提?」

 

「そう。それでね、ボク……お姉さん達にそのドラゴンボールを渡す気はないかしら。お礼にこれをあげるわよ?」

 

 パスタが見せたのは1枚の、コウモリをあしらったグルメス王国の金貨だった。それを見たターブルは少し考えるそぶりの後で、無言で指を3とした。

 

「ちゃっかりしてるじゃない。ふふ……嫌いじゃないわよ、そういうコも」

 

 そう言ってパスタは金貨を3枚放り、それとほぼ同時にターブルもドラゴンボールを放った。

 

「取引成立ね」

 

 パスタはドラゴンボールが本物かどうかを確認すると満足げに頷いた。

 

「そうそう。ボク、名前を聞いてもいいかしら?」

 

「……ターブル」

 

「またどこかで会いましょう、ターブル。その時にあなたが敵じゃないことを祈ってるわ」

 

 意味ありげに微笑むとパスタはそのままボンゴを引き連れて飛行機で飛び去っていった。何かの含みがあったのだろう彼女の真意はターブルには理解できなかった。

 

 

「あのボール、あいつらに渡しちゃっていいの!?」

 

 パスタ達の飛行機が遠くの空に小さく見える頃になって、パンジが駆け寄ってきた。

 

「あれは別に今はいらないし、この村に手出ししない約束をするのにちょうど良かったからね」

 

「それはそうだけど……、あいつらはグルメス王をたぶらかしてリッチストーンを手に入れようとしてるって話よ。約束なんて守るかしら」

 

「この村の1つぐらい、ボクを敵に回さずにドラゴンボールが手に入るなら手放してもいいと思ったのさ。リッチストーンは他の村から掘り返せばいいのだからね。少なくともボクがいる間に約束を破って、ボクを敵に回すほどあの女は頭が悪そうには見えなかった」

 

「違うわ……! それじゃダメなの、この村だけ助かってもダメなのよ。今はもうこの国全体が死にかけてるのよ!」

 

 この村が救えたから良いというターブルの言い分をパンジは真っ向から否定した。彼女は村だけでなく国全体の平和を願っていたのだ。

 ターブルはそんなパンジをしばらく見つめると、懐からドラゴンレーダーを取り出す。

 

「分かったよ。じゃあ、最初の予定通りにグルメス王に会って話をつけてこよう。あいつらがドラゴンボールを持っていったおかげで、このレーダーを使えば城までの道案内になってくれる」

 

 ターブルはパンジにそれだけ言うとそのまま離れ、一晩泊めてもらったお礼を老夫婦に告げに行った。その様子をパンジはぼんやりと見守っていたのだが、荷物を持って家からターブルが出てきたのでもう一度話しかけに行こうとした。

 最初に止めたように、王様に1人で会いに行くなんて無謀にも程があると言おうと思っていたのだが……しかし、ターブルは家からそのまま空へと浮き上がり、そのまま城の方へと向かって行った。

 

「えっ……!? なんであの子、飛べちゃってるの……?」

 

 飛行機と同じくらい速く飛んでいくその姿を遠くに見つめ、しばらくパンジは呆然と立ち尽くしていた。

 

 

* * * * *

 

 

 太陽がちょうどグルメス国の真上に昇った頃、パスタとボンゴの乗る飛行機とその背後をつけたターブルはグルメス城へとたどり着いていた。

 ちなみにターブルはまだ気配を消す技能は身につけていないため、地球人では達人さえも目で追えない超スピードで移動することで追跡を悟られないようにしている。よほどの広い空間で遠目から見られるでもない限りはバレないだろう。

 

「ドラゴンレーダーの反応でこのまま王様の居場所まで行けそうだが……コイツの精度がどこまでアテになるか怪しいし、過信は禁物か」

 

 念のためにとドラゴンレーダーを懐に入れて、代わりにスカウターを取り出す。

 

「こいつでボンゴとかいうでくの坊の戦闘力を探れば、居場所は確実に分かるからな。自分らの懐に収めるつもりでもない限り、城に戻ったらまずドラゴンボールを王様に献上するはずだ。そこを狙う」

 

 グルメス王を誑かしているとパンジが怪しむようなパスタ達がドラゴンボールを素直にグルメス王に差し出しているかは怪しかったが、その時はその時。

 スカウターで算出したボンゴの位置から追跡して、ついにターブルはグルメス王の居る謁見室……いや、食卓まで辿りついた。

 

「おおぉ……見つけてきたか、3つめのドラゴンボールを。ならば、あと残りは4つ、急いで集めてくるのだ……!」

 

 部屋の中からグルメス王らしき男の声が聞こえてくる。スカウターの数値を見る限り、室内にいるのはグルメス王とパスタとボンゴのみ。今が好都合とターブルは突入を決断した。

 

「おっと、その前に聞きたいことがあるんだ。全員、動かないでもらおうか!」

 

「お前っ!!」

「ターブル!?」

 

 ターブルは部屋に入るとそのままボンゴへと一直線に向かい、腹部めがけて右の拳をめり込ませる。その一撃は強烈で、タフネスを誇るボンゴもあっさりと白目をむいて意識を失った。

 もっとも腕の立つはずの部下を一瞬で仕留められた驚きにグルメス王は肥大化している左目をぎょろつかせた。

 

「な、なんだ……、お前は……!?」

 

「近くの村で世話になった戦士……いや、武道家だ。村の人から事情を少しだけど聞いた。国中が王様と軍隊のせいで迷惑しているとな」

 

「……そうか」

 

「ドラゴンボールはいいさ。旨い料理をもらうか、元の姿に戻してもらおうとしてるのだろうことは分かる。でもリッチストーンを掘り返すのは止めてくれないとな……退治しちゃうよ?」

 

 ターブルが凄んでみるが、意外にもグルメス王は怯える様子を見せなかった。

 

「……それは違うな。ドラゴンボールはワシが使うために集めたわけではないし、今やあのリッチストーンとて好きで掘り返しているわけでもない」

 

「は?」

 

「グルメス王!」

 

 想像だにしなかった言葉にターブルは思わず聞き返した。

 同じ様に驚いたのだろうパスタの制止にも意に介さず、グルメス王は話を続ける。

 

「ワシがこのような醜い姿になったのもそうだ。全てがあやつらの思うがままになり、もはやワシは傀儡となり果てておる……。ワシがドラゴンボールを集めている理由も、それを渡せば元の人間に戻すと取引をしているからに過ぎん……」

 

「まさか……グルメス王でも軍隊でもなく、別に黒幕がいるのか……?」

 

「ワシも最近になってようやく全てがあやつらの仕業だと気づいた。まさか、最初にリッチストーンについてワシに教えたことすらあやつらの企みだったとは……」

 

「……感心しませんなぁ、グルメス王。いかに相手が子供だとて、無闇にそのことについて話すのは『あの方』への反抗と取られかねませんぞ」

 

 グルメス王の話を遮るように、王の背後……玉座の影から声が響いた。

 その影からひとかたまりの闇が離れて形を成し、グルメス王とは逆に右目をぎょろつかせた背の低い老人へと姿を変える。

 

「ドラゴンボールを預かりに来ましたぞ、グルメス王。我らが主――ルシフェル様の命にて」

 




 次回は、ターブルがグルメス王と取引? 黒幕・ルシフェルの正体は?
 『王族達の戦い』だ。

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