変わっていく日々を君と   作:こーど

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第六話 絡む思惑取違え 中

 

 

 

 

 

午後の授業、その間の小休憩。

周りのクラスメイト達は机に突っ伏したり、頬杖をつきながら夢とうつつを行き来したり様々だけど、どうやら大半の人はお疲れのご様子。

もちろん、わたしも例に漏れず、天井を仰いで眠気をなんとか吐き出そうとしているんだけど。

それにしても、どうにも今日は授業が長く感じるなぁ。

頭の中を蕩かしちゃいそうなこの眠気は、そのせいかも。

 

そんな少し静かな倦怠感が漂う教室。

その雰囲気と淡い微睡みに身を任せていると、天井しか映っていなかった視界にひょっこりと友人の顔が加わった。

 

……なんだろう、この憎たらしまでのにやけ顔は。

 

良い事でもあったの、なんて風に理由を聞いてくださいってのが顔に書いてあるみたい。

聞くぐらい別にいいんだけど。

でも、それを口に出して聞くのは、なんだか上手いこと誘導されてるみたいで少しだけ癪だったから、何事かと視線だけで応えた。

すると、待ってましたと言わんばかりに友人は、

 

「いろはって付き合ってる人いたんだね?」

 

なんて言うと、にやけた笑みを深くした。

 

「ん?……はい?」

 

いやー驚いたよー、なんて言いながら演戯っぽく肩を竦める友人。

 

「私、マジで葉山先輩を狙ってるのかと思ってたけど、ブラフってやつ?やるなー」

 

「え?……えっ?」

 

ちょっと待って、なんのこと?

付き合ってる人がいる?

わたしが?

……そうかそうか、わたしは付き合っている人がいたのか、いやーまったく知らなかったなぁ。

 

なんて、落ち着くために胸中でとぼけてみる。

いや、そんなことしている時点で落ち着けていないのはわかってるんだけど。

でも、そんなことをしてしまうくらいには晴天の霹靂、眠気に誘惑されているわたしの油断を見事に突いた、そんなお話だった。

とりあえず、身に覚えがないから否定すべきなのだろうけど、驚いちゃってなんだかそのタイミングを逃してしまったなぁ。

まあ、それは後程。

それよりも。

ほんの少しの好奇心。

わたしと、その、お付き合いされている方って誰なんですかね?

あのーわたし彼女らしいのですが、存知あげないのですけどー。

 

「えーっと、聞きたいことはたくさんあるけど……」

 

たくさんあり過ぎて、選び放題聞き放題。

どれから聞き取りを始めればいいか迷うけど、とりあえず。

 

「四月一日、まだ先だよ?」

 

エイプリルフール。

微かでも春の気配がない今はもちろん四月じゃないし、三月にもなっていない。

つまり、今日は嘘をついてはいけません。

 

「もー、とぼけなくてもいいんだよー?二年の先輩と付き合ってるんでしょ?」

 

「二年の人と?わたしが?」

 

………ダメだー、初耳すぎてさっぱりわかんない。

 

そりゃ、二年生の人から告白されたことはあったような気もするけど、だけど、二年生どころか今まで告白されてそれを受け入れたことは一度もないし、返事を保留にしたこともないんだけど。

なのにもかかわらず、わたしは付き合っている人がいるのかぁ。

ふーむ、おかしいなぁ。

校内最速。

即秒回答。

そんな風に、わたしは情け容赦なくお断りしてたんだけど。

あ、いや、雪ノ下先輩には負けるかもしれなけど。

それでも、他の人よりかはズッバズッバと切り捨てていたと思うんだけど。

なのに、告白が成功しただなんて勘違い出来るような人はいるのかな?

……うーん、たぶんいないよね。

そうなれば、わたしの記憶ではこの友人か言うような、そんな二年生に心当たりはないんだけどなぁ。

 

「でも、いろはって葉山先輩みたいな人がいいのかと思ってたけど、そうじゃないんだねぇ」

 

しみじみと考えに耽るように頷く友人。

でもすぐ、にやにやと意地悪そうに口角を上げて、肘でちょんちょんとわたしをつついてくる。

その仕草になんとも言えない古さを感じつつも「そうじゃないって?」と先を促す。

 

「だって、えっと。あー、物静かそうって言うか、あんまり活発じゃなさそうな人だし」

 

「物静か?」

 

ん、んん?

わたしの面前で恋人、ではないんだけどそういう設定の人を悪くいうのは躊躇われたのか、かなり慎重に選ばれた言葉の中。

その中で別にとりたてて不自然ではないけど、物静かという言葉が妙に引っかかる。

 

「前から生徒会の関係でちょこっと見かけてたけど、もしかしてそこからってやつ?」

 

「生徒会で見かけてた?」

 

あ、あれ?

 

生徒会の二年生といえば、副会長と会計さんの二人。

確かに二人との仲は悪くはないし、生徒会での仕事で同じ場所にいることも多いけど、でも、その二人と付き合ってると勘違いされるほどのことはなかったはず。

そうとは言え、年頃の男女が集まる学校ならば生徒会で一緒に作業する、なんて他愛もない、ただそれだけのことでもあの二人は出来ている、なんて噂される可能性はないわけではないけど。

でも、それならなんで今になってなんだろう。

その二人とは、生徒会長になった当初から一緒に作業してるのだから、もっと早い段階で噂されるほうが自然だ。

今頃になって思い出したみたいに噂されるのは、すこし不自然。

と、なるとあの二人じゃない?

 

「いろは最近、朝の駐輪場であの人と居るのよく見たし。その為に駐輪場へ行ってたんでしょー」

 

「ちゅ、駐輪場」

 

駐輪場。

その単語を聞いて、ある可能性が頭を過ぎる。

二年で物静か。

生徒会関係でいて朝に駐輪場。

これは、まさか。

 

「まさか、まさかだと思うけど……そ、その言ってる人って、こう、ぴょこんって跳ねた髪の?」

 

「そうそう。っていろはの彼氏なんだから、いろはの方が詳しいでしょ?」

 

そう友人はわたしの問いに答えた。

 

「……まさか」

 

嫌な予感がした。

いや、予感というか。

何かが今、そう今になってやっと。

結び着いた、そんな感覚がした。

まさか、もしかして。

いや、彼のことだから、きっと、そうなんだ。

わたしが朝も昼も放課後も散々探したというのに会えなかったのは、運命の悪戯とか巡り合せとか、そんな偶然やオカルトみたいなもので会えなくなってたんじゃなくて。

もっと根本的に。

もっと単純に。

彼が、彼自身がわたしを、

 

―――避けていた。

 

そう思った瞬間に、体から熱が奪われる。

すっぽりと抜け落ちたかのような喪失感がわたしに風穴を空けた。

コンクリートで出来た丈夫な床が地震でもないのにぐらぐらと揺れている。

頭は真っ白になりながら、でも、色んな考えが渦巻いていた。

訳のわからない言葉の羅列が回り回って、猛り狂って、頭の中で溢れかえる。

彼がそうした理由。

彼がわたしを避けた理由。

それを回らない頭で必死に探しているんだと、自分のことなのに客観的に、他人事みたいにそう思った。

そして、そう時間は掛らず、どころか、数瞬でその理由に辿り着く。

彼が。

不器用ながらも優しい彼が、わたしを避ける理由。

それは。

 

―――こうなることを避けて?

 

「んん?どしたの?あれ、大丈夫っ!?」

 

わたしの突然の豹変に気づいたのか、友人はさっきまでの表情を一変させた。

それに、「大丈夫」と返してから、もう一度間違えないか、

 

「わたしと、その先輩が、付き合ってるって聞いたの?」

 

そう、震えそうになる声をぎりぎりの所で押し殺して聞いた。

 

「そうだけど・・・違うの?」

 

それを、その返事を聞いた途端、わたしは立ち上がって駆け出した。

彼女に何も返さずに、倒れた椅子なんて構わずに、足には情けないほど力が入らないまま、手を怯えているみたいにがたがたと震わしながら。

けど、それでも出しうる限りの全力で走った。

急がないと。

彼の、彼がいる場所へと。

 

 

 

 

 

    ×  ×  ×

 

 

 

 

 

廊下、いない。

階段、いない。

なら、教室。

 

教室の扉に手をかけて、なんの遠慮も無く、思いっきり叩きつけるようにして開け放った。

教室内で束の間の休憩を楽しんでいた一同は、荒々しい音に驚いたのか、こちらに視線を集めたまま呆気にとられて固まっている。

そんなことに構う暇なく、ここにいるはずの彼の姿をわたしは探した。

彼が居るはずの教室なのに、だというのに、ぐるりと見渡してもその姿が見当たらない。

なんで、居ないの?

この短い休憩時間、あの面倒が嫌いな彼が何もないのに教室の外へ出ることは考えにくい。

いや、もちろん何かしらの理由、そう、教師に呼び出されただとかトイレに行っているだとか、そういったことも十分にあり得るんだけど。

でも、教室内でぽつりと、そしてきっちりと椅子が仕舞ってある机を見つけても、それでもそう思えるほどわたしは楽観的ではないんだ。

 

彼が居ない教室をもう一度見回して、

 

「結衣先輩っ!教えて下さい!先輩は、先輩はどこに行ったんですか!?」

 

彼と親しい、奉仕部の仲間。

そして、わたしの大切なもう一人の先輩。

結衣先輩。

その姿を見つけたわたしは騒然とする雑踏を押し退けるようにして彼女の元へと駆け寄った。

 

「ちょ、ちょっといろはちゃん落ちつ―――」

 

「落ち着いてますっ!それより先輩はどこへ行ったんですか!?」

 

わたしの勢いに戸惑った様子で後ずさる彼女。

そんな風に先輩に突っかかるのは失礼だとわかっているし、申し訳ないとも思っているけど、でも今だけは許して欲しい。

 

「結衣先輩っ!」

 

突然のことにあわあわと慌てふためく彼女は「え、えっとね」と前置きをして、

 

「ヒッキー、今日は帰るって―――」

 

帰る。

その言葉。

その言葉にドクンと。

血管が切れるんじゃないかってくらい、心臓が破裂するんじゃないかってくらいに鼓動が大きく波打った。

視界に映るものがふわりと埃を巻き上げるみたいに浮き上がる。

 

「いろはちゃん!?ちょ、待って聞いて!」

 

何も言わず背を向けたわたしに彼女が声を掛けているのが聞こえた。

ごめんなさい、結衣先輩。

結衣先輩といえど、今は待つことも、聞くこともできません。

また後で。

彼を捕まえてから、その後にきちんと今回のことを謝りに行きますから。

だから、今は。

 

「失礼しますっ!」

 

開け放った扉を閉めもせずに、わたしは廊下へ、そして下駄箱へ向かって駆け出す。

 

 

 

 

 

    ×  ×  ×

 

 

 

 

 

下駄箱。

遠くからの喧騒が小さく響いているだけで、他の物音はわたしの足音と荒い息遣いだけ。

それが、この場に沈殿した静けさを掻き回している。

人の気配は、ない。

授業が一時間残っている今、こんな時間に、こんなところに、生徒が集まってでもいたらそれはそれで可笑しな話だけど。

下駄箱の金切音、靴を地面に置く乾いた音、鞄の中身が擦れる音。

人が下駄箱に居れば、当然聞こえてくるだろうそれらの音はどれも聞こえない。

それは、この場に誰も居ないという証明に他ならなかった。

 

上履きを履き替えることもせずに玄関から外へ躍り出る。

右を見る。

いない。

左を見た。

いない。

まだだ。

まだ諦めない、まだ諦めれるわけがない!

 

動揺、不安、混乱。

一体どの感情でこうなっているのかわからないけど、がたがたと震える体を無理やりに動かして走る。

口から吐き出される息が熱くて、口から吸う空気が薄くて、心音は早鐘なんてそんなもんじゃないくらいに早く脈打つ。

足は浮き上がるように力が入らず、手は上手く振ることが出来ず、体の一つ一つの部品が無作為に好き勝手に動いているみたい。

気を抜けば、いや、気を抜かなくたって、今に崩れ落ちそうな体と心。

それでも走って、走った。

玄関口からあの場所まで。

短くて僅かな距離だ。

なのに、そこへ辿り着く頃には息が吸えているのかいないのか、そんなこともわからなくなってきていた。

そして、やっと見えてきた並べられた自転車。

倒れ込みそうになるのを堪えて、この時間には誰もいないはずの駐輪場を見渡す。

駐輪場の屋根で出来た、日影。

そこから出てくる人影を見つけた。

すこし前かがみの癖っ毛のある人影。

 

―――見つけた。

 

急いで駆け寄る。

けど、その人影はわたしに気づいていないのか、気づきながらそうしているのかわからないけど、背を向けて自転車に跨った。

 

―――このままじゃ、追い付けない!

 

ここまで走ってきたわたしには、漕ぎ出した自転車に追いつけるほどの余力はない。

声を、言葉を出そうにも、息は絶え絶えで空気を吸い込むこと以外させてくれない。

ならば。

手を伸ばした、限界まで。

あと数歩、あと少し、あとちょっと。

でも、それでも届かない。

温かな背中にわたしの手は届かない。

 

恐れ、怖れ、惧れ。

また、わたしの前からいなくなる?

数日前と同じですり抜けて、零れて、消えていく?

こんなに頑張っているのに。

なんで、なんで届かないの?

 

「………っ!!!」

 

いや、わかっている。

限界だと、精一杯だと、自分に言い聞かせて、そう自分を騙していたってことくらい。

わかっていた。

これでは届かないとわかっていたのに、でも、これだけしか伸ばさなかったことくらい。

まだ、伸ばせるのに。

届いてしまったそのあとを、そんなものを考えていたから伸ばすことができなかった。

もし、届いたところで。

もし、それでも拒絶されてしまったら。

そんなことが頭を過ぎったから、わたしは精一杯の振りをして、被った仮面に全てを押し付けて、この手の届かない安全圏にわざといるんだ。

傷つけられない場所から動かないのに、傷つく覚悟も無いくせに、それなのに何かが欲しいなんて烏滸がましい。

 

あと数歩、あとすこし、あとちょっと。

ここから先は踏み込まないと、届かない。

伸ばさないと、掴めない。

わたしが欲しいもの。

彼に、わたしはなんて言った。

何が、欲しくなったと言った。

 

―――ここから踏み出さないわたしに、届くわけなんて。

 

伸ばした手を、わたしは下した。

ため息のように、わたしは大きく息を吐いた。

前に進む足を、わたしは止めた。

温かな背中から、そして、あの時の言葉からも目を逸らした。

 

―――諦めよう。

 

そんな言葉が、脳裏にチラついた。

諦める。

そうすれば、傷つくこともなければ、こんな思いもすることはない。

なら、そうするほうがきっと、楽だ。

楽な方へ、楽な方を、選んでしまえば。

 

そう思った時。

そんな時だった。

諦めの言葉の裏側から、キラキラとした新しい言葉が浮かんできた。

 

―――本物が、欲しい。

 

彼の想いは、切実で、純粋で、透き通っていて、眩しいくらいに綺麗だった。

そしてそれは、きっとわたしも、心の何処かで。

そう思っていた。

なのに、目を背けていたんだ。

 

―――ここで踏み出さないと一生掴めないよ。

 

わかってる。

ここで踏み出せないのなら、明日からも、一生わたしは踏み出せはしない。

 

―――このままで、いいの?

 

そう、自分に問われ、そして問う。

そんなの、そんなの。

 

―――嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌っ!

 

睨みつけるように目標を見据える。

肺がはちきれるんじゃないかってくらいに大きく息を吸う。

もう上手く力が入らない足に最後の力を込めて。

もう一度、下した手を彼に向けた。

思いっきり伸ばして。

 

「………っ!!!」

 

わたしは地面を蹴った。

今までのわたしを蹴り出した。

彼に向かって。

 

 

―――わたしは、飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第六話 絡む思惑取違え 中

 

 

 

 




 









お疲れ様でした。
拙劣で、疎漏な文章なのにもかかわらず、ここまでお読み頂きましてありがとうございます。


前回、六話は上下に分かれますと言いました。
『上下』と。
ですが、今回投稿したのは『中』。
そう、『下』ではなくです。

……へへっ、やっちゃいましたぜ。

う、嘘を言おうと思った訳ではないのです。
そう!
思った以上、想定外に文章が膨らんでしまっただけなのです!
……申し訳ありません。
いやはや、なかなか想定通りには書けないものですね。
物語を構築構成する力が身についていないようです。

話は変わりまして。
ようやく、あらすじを更新しました。
今までたった二行で、あらすじではなかったですよね。
あれは一口メモでしたね。
如何せん、投稿を始める際に物語をどう進めるか曖昧な所がありまして。あらすじを書けず仕舞いでした。
今頃になってある程度、物語の方向性が決まってきたので、あらすじを書く練習を兼ねて更新いたしました。
初心者である自分には、この短い分量に必要な情報を落とし込むという作業はとても難しく、上手くは書けてはいないかと思います。
これからも、何度か更新することになると思いますがお許し下さい。

さて、次話こそは『下』を投稿出来ると思います。
次話投稿が出来る時期は、お盆が多忙なのでおそらく八月末になるかと。
長らくお待たせいたしますが、もし引き続きお待ち頂けたなら恐悦至極に存じます。

それでは、皆様。
また次話でお会い出来ることを楽しみにしております。









 

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