では本文です
「最近この辺りに不審者が出ているようです。皆さん帰宅する際は十分に気を付けてください」
帰りの会で先生が大きな声でそう言った。不審者と言うのは怪しい人のことだとプロデューサーは言っていた。突然裸になったり触ってきたりするらしい。
教室が騒がしくなる中、私の隣に座る桃華が凛々しい表情を浮かべながら手を挙げた。
「不審者はとーっても、危険ですわ! お付きの者を学校に連れてきてもよろしくて?」
「櫻井さん、それは名案ですね」
「当然ですわ! お付きの者は残念ながら1人しかいませんが、帰る道が同じ方々も、私と一緒に帰れば安心ですの」
桃華の提案にクラスのみんなが「おー」と感嘆の声を上げる。桃華はお嬢様で、お嬢様なんだけどみんなに優しいお嬢様だ。
私は桃華と帰りの方向が逆だ。いつも1人で帰っている。私も桃華みたいに一緒に帰る人が欲しいと思って、ゆっくりと手を挙げた。
「…………私も…………ペロ連れてきたい…………いい?」
「猫はダメです!」
みんなに笑われた。
*
放課後、不審者の話を桃華がプロデューサーに話すとすごく大げさに心配された。
怪我はないか、触られてないか、いけないものを見せられてないか……他にも色々聞かれて私の周りを困った様子でグルグルと歩かれた。
「いけないものって?」と聞くとプロデューサーは口を閉じて、コホンと咳払いをした。咳払いをしたと思ったらプロデューサーは仕事をする机の引き出しから紐のついたピンクの機械を取り出し、私たちに渡してくる。
「…………このピンクの機械………………いけないもの?」
私の言葉でプロデューサーは赤くなる。何だか今日のプロデューサーは少し変だ。でも私のために何かしてあげようと思ってくれてるのは伝わる。それがとても嬉しかった。
「防犯ブザーだよ。不審者が来たら紐を引っ張るんだ。そうすると大きな音が鳴る」
「………………大きな音が…………鳴って………………どうなるの?」
「えっと……近くにいる大人が助けてくれるはずだよ」
「それはとても良い品物ですわ!」
私は頷き、プロデューサーからもらった防犯ブザーを学校のランドセルに付ける。
桃華はまだ迎えが来ないみたいだけど、私の方が先に迎えが来ちゃったから先に帰ることになった。桃華に手を振り、事務所の去り際、私は小さく呟く。
「……プロデューサーは…………助けて………………くれないの?」
*
次の日の放課後、宣言通り桃華は黒い服を着てサングラス付けた人を連れて来た。ちょっとかっこいい。学校の中は勝手に入っちゃいけないみたいで、校門の前で立つ姿はなんだか犬みたいだ。
初めて会う黒い人にみんな興奮していて、腕にぶら下がったり服を引っ張ったりして桃華に叱られた。黒服の人もサングラスごしだから分かりにくいけど困った様子。
桃華は校門で別れる時に「道中気を付けて下さいですわ!」と不安を感じさせない元気な声で言うと、手を振って逆方向に向かった。
しばらく歩くと後ろから人の視線を感じた。
後ろを振り向くがそこには誰もいない。足を速めるが視線は私につきまとい、逃さない。
何だかそれがおかしくて思わずクスリと笑ってしまいそうになるが、それを表情だけにとどめた。鏡を見たらきっと変な顔をしているに違いない。
十字路を右に曲がり、その次の角を左に曲がったところで私はランドセルについた紐を引っ張る。
とんでもなく大きな音が鳴って、私は耳をふさいだ。
音に合わせて、背後から急いだ様子でプロデューサーが飛び出してくる。サングラスをかけていたが正体はバレバレだ。
「大丈夫か!! 雪美!」
プロデューサーが出て来たのを見計らい私は防犯ブザーの紐を元に戻す。
当然不審者などいないので、プロデューサーは辺りを見回し混乱している。
すかさず私はプロデューサーの手を取りこう言うのだ。
「………………プロデューサー…………一緒に…………帰ろう?」
サングラスかけたプロデューサーもちょっとかっこいいかもしれない。
おしまい。