艦これ海上戦記譚~明け空告げる、海をゆく~   作:PlusⅨ

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ハーメルン初投降です。とりあえず、今日中に二話掲載。
以後、週一二回のペースで投降したいと思っています。

というわけで一話目はプロローグ、艦隊これくしょんの世界ではありませんのであしからず。


序章
護衛艦むらくも


 20XX年某月某日、南西諸島海域、1100

 

 天気晴れ、気温23度、風向風速NEから5ノット、風浪階級2、うねりNEから1、海面気圧1011.2ヘクトパスカル、雲形Ac、雲高6000フィート

 

 外国籍軍用船舶の監視を任務として行動中の【むらくも級護衛艦一番艦、DD119むらくも】の艦長は、監視対象が不審な行動を開始したとの報告を受けて、艦長室からCIC(Combat Information Center:戦闘情報室)へと入室した。

 

 CIC中央の艦長席に着くと同時に、哨戒配置についていた砲雷長に状況を問う。

 

「当該目標は1055頃、レーダー画面上で針路080度への変針を確認、速力を18ノットまで増速しました」

 

 砲雷長の報告に合わせ、CICの大型三面スクリーンの一つに周辺の海域図と、護衛艦むらくもを示す光点が現れた。そのすぐそばにもう一つ光点が現れる。監視対象として追跡している隣国のミサイル巡洋艦だ。

 

 海域図の右端には南西諸島の最西端に位置する無人島があり、その周囲12海里(約22.2キロメートル)を赤線が囲んでいる。陸上における国境線に該当する領海線である。そのさらに外側12海里を接続海域と呼ばれるオレンジ線が取り囲む。

 

 海域図左側にはスクリーン上端から、やや左下方に向かって白の斜線が引かれている。こちらは監視境界線である。

 

 この境界線を越えて航行する外国籍軍用船舶は監視対象となり、護衛艦及び航空機による追尾が日常的に行われていた。

 

 現在、むらくもが追尾監視しているミサイル巡洋艦は二日前にこの監視境界線を越え、それ以来、南西諸島に対して接近と反転を繰り返していた。

 

 艦長はその航跡をスクリーン上で確認する。相手を肉眼でも監視できる距離に占位して以来、ミサイル巡洋艦は概ね時速8〜12ノット(約15〜22キロメートル。1ノットは約1.8キロメートル)で半日ほど航行しては反転、という行動を繰り返していた。

 

 その目的はおそらく、南西諸島周辺海域の水温データ収集と、こちらの監視行動態勢の偵察だろう、と艦長は考えていた。しかしこれは特に珍しくもない状況である。この南西諸島海域ではしょっちゅう行われている両国の“平時における軍事行動”の一環だった。

 

 だが、今、相手の行動が、平時の軍事行動の枠を逸脱しかねない可能性があった。

 

 ミサイル巡洋艦が速力をあげて向かう先、そこにある無人島で、今、突発的な非常事態が発生していた。

 

 今朝早く、領海へと不法侵入した不審船が無人島へ座礁。乗組員数名が上陸したとの情報が入っていた。

 

 現在、無人島では海上での警察行動を担当する保安庁が特殊部隊を投入し、不法侵入者の身柄確保に臨んでいる。

 

 それに伴い、むらくもにも監視対象の行動に注意するよう命令が下っていた。

 

 思案する艦長の元へ、船務長が電報を手にやってきた。

 

「艦長、海幕からの緊急電報です。無人島から救助信号が発信されたとの事。なお、保安庁のものではありません」

 

「時間は?」

 

「1050頃です」

 

 ミサイル巡洋艦が南西諸島へ向けて変針増速したのは、その直後だ。

 

「わかった。船務長は現状を速やかに海幕へ報告。本艦は監視目標が接続水域へ入り次第、交戦規定に従い行動する」

 

「はっ。・・・艦長、艦内哨戒態勢を第二配備まで上げる事を具申します」

 

「ふむ」

 

 現在の艦内は、全ての武器を待機状態にした上で、それぞれの配置員を三交代制にしている。武器がすぐ使える状態にある他は、非番の乗員は居住区で寛ぐか、今はちょうど昼時という事もあって食堂では昼食を摂る乗員でごった返しているはずだ。

 

 船務長はその態勢を一段階上へと引き上げ、二交代制にしようと言っていた。乗員への負担は大きくなるが、その分、状況の変化に素早く対応できる。

 

「いや」と艦長は首を横に振った。「第一配備で行こう」

 

 艦長の言葉に、船務長や砲雷長だけではなく、CICで配置についていた乗員全員が息を飲んだ。

 

 第一配備は、完全戦闘態勢の一歩手前だ。非番はなく、乗員全員が配置につく事になる。食事や仮眠も、全て自分の配置で行うのだ。

 

 それはすなわち、事態が予断を許さない状況へと急速に傾きつつある事を意味していた。

 

「艦内哨戒第一配備だ」

 

 艦長はもう一度、念を押すようにそう言った。まるで自分自身に対して言い聞かせているようだった。

 

「了解しました。艦内哨戒第一配備を下令します」

 

「砲雷長、目標までの現在の距離は?」

 

「約5000ヤード(約4600メートル)を維持しています」

 

「2000ヤード(約1850メートル)まで詰めて並走しろ」

 

「了解」

 

 艦が針路を変更、増速し、CICがわずかに傾いた。ほぼ同時に、第一配備を報せる号令が入り、今まで非番だった乗員たちが次々と室内へと駆け込んできては、自分の配置に付いていく。

 

 同様の光景は艦内各所でも繰り広げられていた。

 

 居住区で仮眠をとっていた者たちはすぐさまベッドから飛び出し、また、食堂で昼食をとっていた者たちも、食べかけの食事をテーブル上に残したまま次々と席を立っていく。

 

 まだ入隊したての若い乗員は、残った食べ物を慌てて口の中にかきこみ、喉に詰まらせて目を白黒させていたところを、先輩に背中をどやされた。

 

「のんびり食ってる奴があるか! さっさと配置につくぞ!」

 

 若い乗員が首根っこをつかまれて食堂から連れ出された後、艦内の修理工作担当チームがテーブル上の残飯をポリバケツに放り込み、クリアになったその場所に次々と応急修理用具を並べていく。

 

 号令がかかってから三分と経たないうちに、CICに配置完了の報告が届いた。砲雷長が艦長にそれを届ける。

 

「配置完了しました。所要時間、2分48秒です、艦長」

 

「遅い。これは訓練ではない」

 

「はっ」

 

「船務長、海幕からの指示は?」

 

「接続水域に入り次第、海上警備行動を発令するとの事です。以後、交戦規定を厳守し、領海への侵入を阻止せよ。以上です」

 

「わかった。発令後、すぐに対応できるように備えておけ」

 

「了解しました」

 

「私は艦橋で指揮をとる」

 

 艦長は席を立ち、敬礼で見送られながらCICを出て行った。

 

 残った砲雷長は艦内電話で艦橋を呼び出し艦長がそちらへ向かった事を告げると、強張った表情で自分のコンソールに腰を下ろした。

 

 額に深い縦じわを刻んだ砲雷長の様子に気づいた乗員の一人が、近くにいた別の乗員と声を潜めてささやき合った。

 

「どうやら本気でやりあう事になりそうだな。しかし相手はスラヴァ級だろ。ロシアお下がりの旧式って言ってもSSM(艦隊艦ミサイル)18発、同時斉射9発なんて攻撃特化した艦に、くも級護衛艦が単艦じゃ分が悪くないか?」

 

「距離2000ヤードならSSMは近すぎて使えない。あり得るとするなら主砲での砲撃戦だろう」

 

「相手は確か130ミリ連装速射砲1基だったよな。それに対して、こちらは5インチ単装砲1基。ほぼ同口径とはいえ砲門数は相手が上か。やはり不利だな」

 

「砲門数が上って言っても連装砲と単装砲の差でしかないから、毎分辺りの発射数は互角さ。それに130ミリ程度ならいくら命中したって穴が開くだけで沈みはしない。昔みたいな20センチとか30センチ砲だったら魚雷攻撃並に真っ二つだが。・・・・それよりも問題は、海上警備行動程度の交戦規定じゃこちらから先制攻撃ができないことだ」

 

 二人はゴクリと息を飲んだ。

 

 今はまだグレーゾーンとは言え平時であり、相手が監視境界線を越えていても、ここは国際法上は公海である以上、こちらから攻撃する理由はない。少なくとも今、この瞬間においての意味だが。

 

 だが相手が現状をどう認識しているかは定かではない。そして相手の行動を見る限り、現状はグレーゾーンから急速にブラックへと染まりつつあった。

 

 艦橋へと昇橋した艦長は、そのままウィングと呼ばれる側面の張り出し部へ出て、2000ヤード離れて並走するミサイル巡洋艦を目視した。

 

 周囲を遮る物がない海上では、2000ヤード離れたとしても全長190メートル・11000トンを超える巡洋艦は一際大きく見えた。巡洋艦の鋭角な艦首が波を砕き、艦の前部から中部にかけてずらりと並ぶ巨大なSSM発射装置に降り注いでいる。

 

 むらくも級護衛艦よりはるかに攻撃的で威圧的なその艦影に、艦長は背筋に冷たいものを覚えた。

 

 その背後から、艦橋内で操艦を指揮する航海長が声をかけてきた。

 

「艦長、航海用レーダーで目標の増速を確認しました。現在21ノットです。こちらも増速します」

 

「わかった」

 

「第一戦速!」

 

 航海長の速力指示により艦は加速を開始した。艦内にガスタービンエンジンの甲高い唸りが響き渡り、増速した艦首が海面の波を砕いて、巨大な白波が吹き立った。

 

 雨のような飛沫が艦長の立つウィングにも降りそそぐ。艦長は艦橋内に飛び込みたい衝動をぐっと堪え、帽子と肩を海水で濡らしたまま悠然と艦長席へと戻った。

 

 濡れ鼠になることを予想できなかったのは失敗だが、冷静さを欠いた様子を部下に見せてしまう失態を犯すよりかはマシだった。だが、本当に冷静さを維持できているかどうかは、少し心もとなかった。

 

 しかし少なくともすべき事と、すべきでない事の区別はついていた。すなわち交戦規定の内容である。

 

 現代の改訂された交戦規定では、武力攻撃を受ける可能性がほぼ確実な場合において先制的な予防攻撃が認められている。しかし、この確実な場合とは攻撃用レーダー波の照射を受けた時だ。現代戦において、これは銃口を突きつけられたに等しい行為である。

 

 逆を言えば相手が明確にそういった行為を取らない以上、こちらからは軍事行動は取れず、あくまで警察行動の範囲内で対処しなければならない。

 

 つまり相手が武器を使用しないまま領海へ侵入しようとするなら、こちらも武器を使わずにそれを止めなければならないのだ。最悪、艦をぶつけて止めるという手段を取らざるを得ない。

 

 射程150キロメートルを超える長射程SSMや、精密誘導対空迎撃ミサイル、複合多機能レーダーまで搭載する新鋭軍事艦艇でありながら、選択できる戦術が帆船時代の海賊と変わらないとは皮肉だった。

 

 そして、それは当然のことながら、この艦と乗員に多大な出血を強いる行為でもある。

 

 艦長の最優先事項は、平時においては艦と乗員の安全であり、それを前提として訓練や任務の遂行がある。しかし有事では任務達成を最優先にしなくてはならない。艦の安全を考慮するのはその次であり、乗員の安全はそのさらに下だ。戦闘中ともなれば、武器の弾薬補給や応急修理が優先され、負傷者は放置される。

 

 有事では、人命の価値観そのものが変わるのだ。それを受け入れ可能とするのが軍人であり、軍隊である。死を覚悟せよ、という事だった。それも艦長である自分一人の死ではなく、乗員130名も含めてだ。

 

 そして、同じようにその覚悟は、今、目の前に迫りつつある無人島で任務に従事する保安庁職員も同じ事であり、また相手側も同様だった。所属国家に関わらず、この状況に関わっている全員が己と仲間の命を賭する覚悟で祖国を背負い任務に従事している以上、個人の思惑、信条が入り込む余地はどこにもない。

 

 それはブレーキのきかない破滅的な状況の一歩手前に違いはないのだが、哀しいことにこの現場にブレーキを踏める権限を持つ者は一人として居なかった。いや、そもそもブレーキなど端から存在しないと言った方が正しい。

 

 これまでの平時というものは、たまたま有事ではなかったという消極的な意味に過ぎず、その両方が明確に違うものだと保証できるものはどこにも存在しなかったのだ。

 

「間もなく接続水域に入ります。目標に対し国際VHS通信による無線警告を行います」

 

 艦長の了解を得て、通信士が無線の受話器を取り、オープンチャンネルでミサイル巡洋艦を艦名を名指しして呼び出した。

 

「貴艦は我が国の領海に近づいている。速やかに進路を変えられたし。繰り返す。貴艦はーー」

 

 英語、中国語で繰り返し流される警告に、しかし相手は答えなかった。

 

 艦長は無線警告を続けさせながら、国際信号旗による疑問信号の掲揚と、さらに探照灯による発光信号の実施を指示。

 

 だが、これらの通信に対する反応も無かった。

 

 それどころか、

 

「目標さらに増速、24ノット!」

 

「第二戦速だ。振り切られるなよ。 見張り員は目標の射撃管制レーダーのアンテナの向きに注意しろ。いつこちらに向けてきてもおかしくないぞ!」

 

 艦長は矢継ぎ早に指示を飛ばした後、自分の声が荒くなりかけている事を自覚し、一旦深呼吸して気持ちを落ち着けた。冷静になれ、と改めて自分に言い聞かし、そして艦内電話を手に取った。

 

「CICは攻撃用レーダー波の探知に努めよ」

 

 声を意識して抑えながら指示を下す。

 

 受話器を戻して、もう一度深呼吸を行った、直後、

 

「目標が転進!」

 

 見張り員からの報告に、外に目を向ける。

 

 ミサイル巡洋艦が、艦首をこちらとは反対側へ向けようとしていた。

 

 どうやら反転しようとしているらしい。相対速力が変わり、ミサイル巡洋艦の艦影が後方へと下がっていく。

 

 警告に従う気になったのだろうか。しかしそれでも油断はできなかった。

 

「こちらも反転しろ。接続水域から10海里以上離れるまでは距離2000を維持」

 

「了解。取り舵いっぱーい!」

 

 ぐっ、と艦が右に傾きながら、左へと転進していく。

 

 突然、艦橋に警報が鳴り響いた。

 

「!?」

 

 警報は状況によって音が違う。ブザー音のようなこれは、

 

「ソーナー探知!」

 

 すぐさま水中音探知を担当するソーナー室から報告が上がった。

 

「魚雷音探知! 方位300度、距離1000、尚も接近中!」

 

 まさか、と声を出すかわりに、艦長は即座に最大戦速を下令した。

 

「魚雷回避運動始め! 急げ!」

 

 まさか雷撃戦を仕掛けてくるとは。艦長は歯噛みした。おそらく反転中に、むらくも側から見えづらい反対舷側から発射したのだろう。射撃管制レーダーや砲塔の動きに注意をとられ、魚雷発射管の動きに気づかなかったのも後手にまわった原因だ。

 

 だが、そもそも現代戦において水上艦同士の雷撃戦など、ほぼ存在しないといっていい。

 

 どの国でも、現代戦に対応した軍艦には船体側面に小型魚雷の発射管が装備されているが、これは主に対潜水艦用であり、対艦戦闘への使用を想定していなかった。

 

 現代において対艦戦闘の主役は、射程、速度、命中率の全てを圧倒的に上回るSSMである。現代軍事艦艇の装備体系や戦術は、全てこのSSMによる超長距離射撃戦を前提としていた。

 

 しかし、今は最新兵器や戦術が使える状況では無い。むらくも艦長が体当たり戦法を覚悟したように、相手もまた廃れ果てた対艦雷撃戦を想定したのだ。

 

 そして、先制攻撃というパンドラの匣の蓋に、相手は躊躇わずに手をかけた。

 

「魚雷音ロスト! 本艦の航跡に入った模様!」

 

 パッシブソーナー(水中聴音機)は艦の後方の音を聞くことができない。自艦のスクリュー音が激しいノイズを発するためだ。そしてそのノイズに魚雷が紛れたという事は、もはや一刻の猶予もないという事を示していた。

 

 ウィングにいる見張り員が叫んだ。

 

「雷跡視認、右艦尾! 近い!」

 

 もはや逃れられない。むらくも艦長は己の死を覚悟した。しかしその口から出た言葉は、己の運命を呪う言葉でも、ましてや悲鳴でも無かった。

 

「総員、衝撃に備え!」

 

 艦長として、船乗りとして、軍人としての義務、すなわち被害を最小限に抑える為の命令。訓練として骨身に染み付いた艦長の命令は、即座に号令として艦内全体に下令され、全乗員が姿勢を低くして身近な物にしがみついた。

 

 艦長もまた座席の手すりを握りしめ、身体を硬くする。

 

 数秒、沈黙がその場を支配した。

 

 時が止まったかの様な静寂だった。

 

 不思議と、悲鳴の様なエンジン音も、うなり声の様な波濤の音も聞こえなかった。

 

 緊張で止めていた息が苦しくなり、ハッと息を吐いた。

 

 次の瞬間、全てをひっくり返す様な衝撃と爆発が、むらくもを襲った。

 

 

 




次回予告

 自分は誰だ。ここはどこだ。

 気が付くと見知らぬ海岸に倒れていた記憶喪失の男の前に、艦娘と名乗る少女が現れる。

 男は自らがおかれた状況を探りつつ、少女と共に「鎮守府」と呼ばれる場所へと向かうのだった。

 そこで、男と少女を待ち受ける現実とは・・・

 次回 第一章~海を守る叢雲~「第一話・守と叢雲」

「あんたが司令官? ま、せいぜい頑張んなさい」



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