艦これ海上戦記譚~明け空告げる、海をゆく~   作:PlusⅨ

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第九話・同僚たち(2)

 海軍は毎朝八時が業務開始時間と定められている。朝八時ちょうどになると鎮守府敷地内に国歌が流され、それに合わせ国旗が掲揚される。

 

 その際に司令以下、鎮守府に勤める者たちは皆、掲揚される国旗へ向けて敬礼を捧げる。そのため、おおむねその十五分前には全員が国旗掲揚台の元へ整列するのが常だった。

 

 初霜は少し早めに、叢雲から予め聞いていた警備艦隊用の整列地点に着いていた。着いたのは彼女が一番最初であったが、すぐに庁舎の方から、叢雲と、そして白雪が連れ立ってやってきた。

 

「おはようございます」

 

「おはよう、初霜。そうそう、あんた達の紹介はまだだったわね。隣の彼女が白雪よ」

 

 叢雲に促され、白雪が微笑みながら会釈する。

 

「白雪です。初霜さん、よろしくお願いしますね」

 

「こちらこそよろしくお願いします。それと、練艦隊ではお世話になりました」

 

「あら、一緒に勤務していたかしら」

 

「四年前、私がまだ基礎教育過程の頃に乗船実習でご指導いただきました」

 

「四年前・・・ああ思い出したわ。あの時化がひどかった時ね。実習生がみんな船酔いしているにもかかわらず香取さんがカツレツを振る舞ったりしてたわね」

 

 その時の様子を思い出したのだろう、白雪はクスクスと笑った。

 

「あの実習のおかげで船酔いに慣れました」と初霜。「ひどい揺れを経験すると身体が麻痺する。と白雪さんに言われたのを覚えています」

 

「今はもう大丈夫? って、あれから何年も経っているものね。もう新人の面影は無いわ。すっかり一人前の顔付きよ」

 

 白雪の言葉に、初霜は少しくすぐったい気持ちで、「ありがとうございます」と礼を言った。

 

「ところで」と叢雲が周囲を見渡す。「まだ一人足りないわね。ねえ、初霜。村雨らしき人物を見かけなかった?」

 

「まだ顔を知りませんからなんとも言えませんが、少なくとも私たちと外見が同年代の人は見かけていません」

 

「ということは・・・拙いわね」

 

 叢雲が正門の方に目を向けながら眉をひそめる。初霜もつられてそちらを見た。

 

 初霜たちがいる場所から300メートルほど離れた場所にある正門の外には、いつの間にか人だかりが出来上がっていた。

 

「市民団体の方達ですか。もうあんなに集まっていたんですね。・・・静かだから気づきませんでした」

 

 初霜は感心しながら言った。何に感心したかといえば、その静けさだ。抗議集会という目的とは不釣り合いなくらい、和気藹々としてノンビリとした雰囲気がその人だかりにはあった。

 

 しかしそれも、よく観察してみればそれと分かるという話であり、遠目から一見した限りでは、勇ましい文言が記されたノボリが乱立し、そこに赤いハチマキを締めた群衆が正門を塞ぐようにして集まっている光景は威圧的に違いなかった。

 

「あの娘」と白雪。「きっとあれを見て、入るに入れなくなってるんでしょうね」

 

「あの様子だと主催している活動家たちはまだ到着していないだろうし、普通に素通りしても誰も文句言わないけどね」

 

 叢雲はそう言って、ふと何かに気づき、懐を探って携帯端末を取り出した。叢雲の手の中で携帯端末が音もなく振動している。

 

「村雨からの着信だわ。もしもし?」

 

 叢雲が電話に出ている間に、海尾も庁舎から姿を現し、初霜たちの元へとやってきた。

 

「司令、おはようございます」初霜と白雪は敬礼。

 

「おはよう。ところで叢雲は誰と電話しているんだ?」

 

「村雨さんです」と、白雪。「どうやら正門の人だかりに阻まれて、中に入ってこられないみたいですね」

 

 白雪は、叢雲の電話の遣り取りを聞きながら海尾に説明する。

 

「あ~、しまった。昨日のうちに注意しておくんだったな。しょうがない、迎えに行くか」

 

「その必要はないわ」と叢雲が通話を切って、言った。「村雨から“入るにはどうしたらいいですか”って泣き言の電話があったけど、通話の最中に気の利いた人間が迎えに来てくれたみたい」

 

「誰だ?」

 

「こういうのに一番慣れている人間よ。ほら、来たわよ」

 

 そう言って叢雲は正門を指差した。

 

 ハチマキ姿でたむろする群衆から、迷彩服姿の男と、その男に手を引かれて村雨が姿を現した。迷彩服の男は、正門の守衛だった。

 

 なるほど。と、その様子を眺めていた初霜は納得した。正門の守衛なら毎日のようにあの群衆を相手にしている訳で、それへの対応も慣れたものだろう。

 

 実際、そうだ。

 

 初霜の見守る先、彼は村雨の手を引きながら、周囲の人々と挨拶を交わしつつ悠然と歩いていた。それどころか時折立ち止まっては、人々と立ち話までしていた。

 

 ちょうど今も中年女性数名から声をかけられ、二人揃って照れくさそうに何かを否定している。おそらくカップルに間違われでもしたのだろう。

 

 海尾も、その緊張感のない様子に気がついたようで、

 

「なんだかなぁ。ああいう光景を見ると、むしろ真面目にやっている活動家たちが可哀想に思えてくる」

 

 海尾の言葉に、叢雲が肩をすくめた。

 

「別に、彼らだって私たちにアピールしている訳じゃないでしょうよ」

 

「じゃあ誰に向けてアピールしているんだ?」

 

「ここから遠く離れた本土の奥地に居る人たちに、よ。撮影用カメラいっぱいに群衆が映っていて、数分でも声をあげて拳を突き上げていれば、それでいいのよ。・・・それより、そろそろ急いでくれないかしら。このままじゃ本当に遅刻よ」

 

 叢雲はじれったそうに腕時計に目を落とした。時刻はすでに七時五十分を過ぎている。

 

 海軍は伝統的に五分前行動を常とするため、朝八時に整列して国旗へ敬礼するならば、その五分前には整列を完了していなければならなかった。

 

 守衛と村雨も、そのリミットが迫っていることにようやく気がついたようで、駆け足で正門をくぐり、敷地内へと入ってきた。

 

 それでもまだ整列位置まで300メートルほどは離れている。守衛が詰所の脇に立て掛けてあった自転車に跨り、後ろに村雨を乗せて、整列地点へ向けて走り出す。

 

 自転車は結構なスピードだった。村雨はなびく髪を手で押さえつつ、もう片手で落ちないように守衛にしがみつき上体を密着させていた。

 

 その光景に、白雪が微笑みながら言った。

 

「まるで青春の一ページね。なんだか懐かしいわ。ねえ叢雲」

 

「生憎と青春を懐かしむほど、まだ歳食っちゃいないわよ」

 

「私はちょっと懐かしいかも」と、初霜。「昔よく二人乗りをやってました。まあ、相手は同期の姉妹艦だったんですけど」

 

「初霜、それはどう反応すればいいんだ?」と海尾は苦笑。

 

「すいません、独り言です」

 

「いいさ。しかしあれ、もしかして当たってないか?」

 

「何がです?」

 

「いや、独り言だ」

 

 咳払いしつつ目を逸らした海尾の前に、自転車が音を立てて止まった。

 

「村雨、ただいま到着しました。遅れて申し訳ございませんでしたぁ!」

 

「まあ今日のところは不可抗力みたいなものだ。毎朝デモがあることを説明し忘れていたこちらの不注意でもある」そして海尾は守衛に向かい、「連れてきてくれて助かった。ありがとう」

 

 礼を告げると、守衛はニコリと爽やかな笑顔を浮かべた。

 

「いえいえ、これも役得--任務ですから」

 

「やっぱりか」

 

 微妙に悔しそうな海尾と、イイ笑顔でサムズアップする守衛。

 

「ん? なになに~?」

 

 当の村雨はその様子に何の話なのか理解できず首をひねったが、

 

 すぐに、

 

「あ・・あぁー!?」

 

 その意味に気づき、自分の胸元を両腕で覆った。それが却って両脇から圧迫する形になり、膨らみが強調される。

 

「え、えっちぃ~!」

 

「はて、なんのことやら」

 

 守衛は、赤い顔で睨む村雨に敬礼すると、自転車を返して颯爽と走り去っていった。

 

「あー、逃げたぁ~!!」

 

「うふふ」と微笑ましく見守る白雪。

 

「ねえ、あんた。羨ましがってたでしょ」と、叢雲が海尾を見る。いや、睨む。

 

「はて、なんのことやら」と、とぼける海尾。

 

 初霜は初霜で、駆逐艦にしては妙に発育が良いのね、と思いながら、同時に村雨の精勤章を確認していた。村雨のそれは四年であり、つまり初霜と同期生だった。

 

 その村雨の目が、初霜に向く。

 

「あ、初霜さんだね。私は村雨。よろしくね」村雨も、初霜の精勤章に気づく。「同期だね。でも初めましてだよね?」

 

「そうですね。きっと基礎教育期間中の教育隊が違っていたんじゃないですか? 私は佐世保教育隊でした」

 

「私は横須賀教育隊。でも同期がいるって心強いね。一緒に頑張ろうね、初霜さん」

 

「はい。それと、同期ですから呼び捨てで構いませんよ?」

 

「そう? それじゃあ--」

 

 村雨が何か言いかけたところで、国旗掲揚五分前を告げるアナウンスが流れた。それを聞き、初霜と村雨は私語を止め、国旗掲揚台に向かって姿勢を正す。

 

 海尾や叢雲、白雪や、周囲で整列する他の者達も皆、同じように姿勢を正し、あたりは咳ひとつ聞こえない静寂が満ちた。

 

 朝八時。国歌が流れ、その場にいた全員が掲揚されて行く国旗に敬礼。

 

 その後、業務開始を告げるラッパが鳴り響き、各自はそれぞれ持ち場へと散っていく。海尾たち南方警備艦隊の面々も地下司令部へと移動した。

 

 地下司令部の指揮所は、高い天井を持った広い部屋にいくつものコンソールが並び、壁際にある多目的大型スクリーンには海域図が映し出されていた。

 

 五人は部屋の中央に立ち、海尾が言った。

 

「さてと、先ずは新着任者の紹介といこう。初霜」

 

「はい」

 

 海尾に促され、初霜は自己紹介を行う。

 

「初春型駆逐四番艦、初霜です。よろしくお願いします」

 

 敬礼。合わせて皆、お互いに名乗り合う。紹介が終わり、海尾が司令席に着く。他の面々もその近くの空いたコンソールの席に着いた。

 

「では、司令」と叢雲。「朝の定例オペレーションブリーフィングを開始します」

 

 海尾が頷いたのを確認し、叢雲はコンソールを操作して今後一週間のスケジュールを大型スクリーンに示した。

 

「予定の確認をする前に、南方警備艦隊の現状について説明するわ。今、ウチは旧警備艦隊メンバーが全艦損傷して修理ドックに入ってしまったことにより、完全新設部隊と同様の状態にある。そのため目下の目標としては、この南方警備艦隊を早急に実戦投入出来るレベルまで練度を引き上げる必要があるわ」

 

 叢雲はいったん言葉を切り、白雪、村雨、初霜それぞれの顔を眺めた。

 

 そして、彼女は続けた。

 

「今ここに居るあなた達は、個々の練度は申し分ないけれど、チームとしてはまだ烏合の衆でしかない。という訳で早速だけど、明後日からあなた達三人による四日間の訓練出港を計画させてもらったわ。今日と明日については、出港及び訓練に向けて各自は準備を行うこと。--ここまでで質問は?」

 

 はい、と白雪が手を挙げる。

 

「準備だけで二日も使ってしまって良いの? 鎮守府再建業務も山積みと聞いたけれど?」

 

「それについては次に説明するわ。他に質問は?」

 

「ないです」と村雨。

 

「ありません」と初霜も首を横に振る。

 

「じゃあ白雪の質問に答えるついでに続きを説明するわね。先ず鎮守府再建業務だけど、これについては基本的に司令と私が担当するから、あなた達は気にしなくていい。その代わり、白雪」

 

「はい」

 

「南方警備艦隊の再編成及び訓練に関してはあなたに任せる。異論は?」

 

「私は無いわ。他の二人は?」

 

「ないです」

 

「ありません」

 

「じゃあ決まりね。それで準備に二日もかける理由だけど、二つあるの。ひとつ目は物理的な理由よ。あなた達も気づいていると思うけど、空襲被害のせいで係留岸壁が一隻分しか空いていないのよね。なので船体整備も交代でやらざるを得ないのよ。それともうひとつは出港の内容よ。今回は初訓練であると同時に海域哨戒も兼ねてもらうわ」

 

「えーっと」と村雨。「それってつまり、敵と遭遇したら即実戦てことですよね」

 

「そうよ。ま、白雪と村雨にはこっち来る時もやってもらったから薄々感づいていると思うけど、ウチの担当海域は私が入渠しちゃったこともあって、今はスッカラカンなのよ。近隣の警備艦隊が交代でこっちまで哨戒してくれているけれど、いつまでもそれに甘えるわけにもいかないしね」

 

「だから」と白雪。「チームとして実戦投入できるレベルに無くても、出さざるを得ないという訳ね。実戦も視野に入れて二日かけて万全の準備をせよ、と」

 

「そういうこと。訓練資料については白雪、もう持っているわよね」

 

「ええ」

 

「準備作業の細かい調整はあなたに任せる。私は司令と一緒に鎮守府庁舎で再建業務にかかるから、昼のオペで方針と進捗状況を報告してちょうだい。以上、質問事項は?」質問は無し。「司令、お願いします」

 

「うん。諸君、今日から新生南方警備艦隊発足だ。なかなか前途多難な船出だが、力を合わせ頑張っていこう。みんな、よろしく頼む」

 

 朝オペを終え、海尾は叢雲とともに地下司令部を後にした。

 

 残った三人は、白雪を中心として、先ずは訓練資料に目を通した。

 

 それによると出港期間は四日間。担当海域のほぼ全域を周りながら、駆逐艦三隻による陣形成形訓練に始まり、

 

 水中自走標的を使用した対潜追尾訓練、

 

 シミュレータによる偽造目標を使用した対空訓練、

 

 敵艦役を交代しながらの対水上戦訓練、

 

 さらに空中哨戒機の協力を得て行われる対空実弾射撃訓練、

 

 これらの訓練に加え、海域の各ポイント、各時間帯の水温分布及び潮流の観測を実施し、そして最終日には、新たに着任する二人の軽巡艦娘、球磨と那珂と海上で合流して、五隻でまとまって帰港することになっていた。

 

「おぉ・・・」村雨が気圧されたように声を漏らした。「またギッシリと詰め込んでありますねぇ」

 

「それだけ即戦力として期待されているということよ。でもきっと、海尾さ--司令にとってはまだ足りないと感じているはずよ」

 

「ま、分かっちゃいますけどね~。・・・ところで白雪さん」

 

「なにかしら」

 

「昨日から気になっていたんですけど、司令とはどんな関係なんですか?」

 

「関係?」

 

「以前、練艦隊で一緒に勤務していたってことは聞きましたけど」

 

「そうよ。それで?」

 

「えーっと、その・・・仲がよさそうだなぁ、って」

 

「そうね。仲は良いわよ」

 

「友人ですか?」

 

「昔はね」

 

「昔? じゃあ、今は?」

 

「上司と部下よ。そこはわきまえているわ」

 

 ニコリと微笑んで言い切った白雪に、村雨は、「あ~、そうですかぁ」と、大人しく引き下がった。

 

 初霜はそれを端で眺めながら、隊内の人間関係をなんとなく察した。

 

 軍隊もまた人間社会の縮図だ。かつてのような男所帯なら別だが、現代海軍は男女比率もほぼ半々であり、男女関係の話題は珍しいものではなかった。

 

 そして白雪は、村雨の探るような質問に肯定も否定もせず曖昧に答えている。

 

 質問の意味を理解していない訳ではないだろう。なにしろ、そういったことに縁の無い初霜でさえ気づけたのだから、それはつまり、そういうことなのだ。と、初霜はひとりで納得した。

 

 かといって初霜は、村雨と一緒になってそれを話題にするつもりは無いし、興味も薄かった。それよりも訓練即実戦になり得る現在の状況の方が気になった。

 

「あの、話題を仕事に戻しますけど」と、初霜。「船体整備の順番はどうしましょう。実戦に備えた出港準備とすれば、船体整備だけで一隻あたり半日はかかりますが」

 

 白雪が頷く。

 

「そうね。それに、できればもっと念入りにやりたいわね。でも私と村雨さんは哨戒航行しながらここに着任しているから、ある程度の準備はできているわ。だから初霜さんの船体整備に多めに時間を割いてもらっても構わないわよ」

 

「なら」と、村雨。「船体整備は初霜ちゃんからでいいですね。・・・あ、ちゃん付けで呼んでもいいよね?」

 

「ええ、構わないわ」と、初霜も砕けた口調で答える。

 

「あら、二人でばかり、ズルいわね」と白雪。「私もちゃん付けしてもいいかしら」

 

「おぉ、もちろんですよ~。あ、でもさすがに私たちからは白雪さんと呼ばせてもらいますけどね」

 

「そうね、仕事中は仕方ないかしら。それと船体整備の順番は、初霜ちゃん、村雨ちゃん、私の順番でいきましょう。あと、船体整備の際は他の二人も乗り込んで確認したいのだけど、いいかしら。これからチームを組んで動く以上、お互いの能力を把握する必要があると思うの」

 

「そうですね」と村雨。

 

 初霜も異論は無い。

 

 それを確認し、白雪は言った。

 

「それじゃあ決まりね。初霜ちゃんと村雨ちゃんは午前のうちに燃料、弾薬、糧食の補給手続きを済ませておいてね。私は三人分の整備計画とタイムスケジュールをまとめるから、それぞれ手配が済んだら報告すること。取り敢えず午前中はこんなところかしら。質問は無い? じゃあ、取り掛かりましょうか」

 

 白雪の指示により、初霜と村雨もそれぞれの業務に取り掛かった。

 

 三人は予定通り午前中で整備手続きと計画をまとめ、昼の定例オペレーションブリーフィングでそれを報告した後、計画通り、先ず初霜の船体整備から取り掛かった。

 

 係留岸壁の転送装置が作動し、そこに初春型駆逐艦の船体が姿を表す。

 

 岸壁で見守っていた白雪と村雨は、目の前に現われた船体を目にして、「へぇ」と興味深そうに声を漏らした。

 

「かなり大幅に改修されているのね。駆逐艦でここまで装備が変更されたのを見るのは初めてだわ」

 

「え~っと、パッと見ただけでも、主砲と、メインマスト上のレーダーが明らかに別物ですね~。それにSSSM発射装置と後部主砲が撤去されて、なんだか見慣れない装備が搭載されていますね」

 

 二人は岸壁を歩きながら、係留作業中の船体を眺め、気づいた部分を列挙した。

 

 先ず前部甲板にある主砲は、白雪や村雨に搭載されているものと同じ12.7センチ連装砲であるのは確かだったが、砲塔部はより小型化されており、また砲身もほぼ真上まで向けることができる対空特化仕様になっていた。

 

 艦橋後部にそびえる鋭角的なメインマスト上には回転式のレーダーアンテナでは無く、ひし形のパネル状アンテナを四面に貼り付けた箱型構造物があった。

 

 中部から後部にかけては村雨が指摘した通り、本来、二基が搭載されているはずの三連装SSSM発射装置が一基のみとなっており、撤去されたその場所に、代わりに平たい長方形の構造物がある。

 

 そして同じく撤去された後部主砲の代わりに、半球状のレドームが搭載されていた。それはまるで、主砲から砲身を取り払い砲塔のみがそこにあるようだった。

 

 そのレドームを見て、白雪が首をひねる。

 

「メインマストのアンテナがフェーズドアレイレーダーだというのは見当がつくけれど、後部のコレは何かしらね?」

 

「う~ん、これもレーダーの一種ですかねぇ」

 

 そうやって二人で疑問に思っているところへ、船体の係留を終えた初霜が甲板上から声をかけた。

 

「桟橋をかけました。乗艦可能です」

 

「ええ、わかったわ」

 

「ねえねえ初霜ちゃん、後ろのコレなぁに~? レーダー?」

 

「ああ、アレですか」乗艦する二人を迎えながら、初霜は答えた。「レーダーに近いけれどちょっと別ものというか。試製動体検知追尾装置・・・モーショントラッカーとも呼ばれているものですね」

 

「動体? 動いてるモノを探知する装置ってこと? それってレーダーとどう違うの?」

 

「電波輻射じゃなくて、空気密度の変化を高感度センサーで測定するの。つまり物体が大気中を移動する際に生じる空気の流れを捉える装置ってところかしら」

 

「ああ・・・あー」

 

 わかったような、わからないような様子の村雨。

 

 そんな村雨に、白雪が助け舟を出した。

 

「要するに、レーダーやソーナーでも捉えられない目標を捉えることができる装置って解釈で良いかしら?」

 

「はい、そういうことです」

 

「ああ!」と村雨もようやく理解した。「ということは、これなら深海凄艦もバッチリ見つけられるってことなんだね!」

 

 そう、深海凄艦は高い電波吸収能力と静粛性を誇るため、通常のレーダーやソーナーでは探知し辛いという特性を持つ。しかしこのモーショントラッカーならば、質量を持つ物体が大気中を移動する限り、その位置を探知することが可能だった。

 

「すっご~い。まさに秘密兵器だね!」

 

 村雨の言葉に、初霜は苦笑した。

 

「そんなに大袈裟なものじゃないわ。探知範囲はせいぜい10海里ぐらいだし、それにもともと戦艦や重巡用に開発された装備を駆逐艦に無理やり積んだわけだから、見ての通り火力が半減しちゃったしね」

 

「そこまでして、どうしてコレを搭載したの?」と、白雪。

 

「幾つか理由があるんですけど、一番の理由は北方海域の天候ですね。あそこはかなりの頻度で霧だったり悪天候だったりしますから、視界がほとんど効かないんですよ。ひどい時は10メートル先も見えなかったりしましたから、こんな試作型センサーでもすごく助かるんです。で、海軍工廠の倉庫に余っていたコレを回してもらえる事になりまして、北方警備艦隊の誰に搭載させようかって話になった時に、ちょうど大破していた私に白羽の矢が立ったんです」

 

「なるほどね」と白雪。「大規模修理ついでに改造したわけね。ちなみにコレ、探知情報を私たちのレーダーにも同期できるのかしら?」

 

「可能です。ただし戦艦クラスによる電子ジャミングを仕掛けられた場合はちょっと難しいでしょうけど」

 

 深海凄艦には戦艦や重巡と呼ばれるものがいるが、これらはレーダー・ソーナーに対するステルス能力に加え、大規模かつ強力な電子戦能力を持っていた。

 

 特に戦艦クラスともなると最大数十海里に及ぶ広範囲なジャミングを仕掛けてくることがあり、その影響下ではレーダーはおろかミサイルの誘導、さらに僚艦同士の通信さえ封じられた状態で戦うことを余儀なくされる。

 

 そのため、人類側も対抗策として、深海凄艦を上回る電子戦能力を持ち、かつジャミング下でも敵を圧倒できる火力と装甲を兼ね備えた大型艦艇を建造する必要性が生じた。

 

 その結果、レーダーや長距離ミサイルの発達で一時は滅びたかに思われた大艦巨砲主義が形を変えて復活し、今、世界各国では戦艦や、それに匹敵する電子戦能力を持った巡洋艦(重巡洋艦)が大量建造されていた。

 

「とりあえずこれから作動確認を行いますので、どんな風に表示されるのかをお見せします」

 

 初霜は、白雪と村雨を艦橋へと案内する。

 

「結構アナログ計器が残っているんだね」と村雨。

 

「初春型は改修が遅れていたからね。私以外で大幅に改修した姉妹艦は、ネームシップの初春姉さんが対空システムを更新したぐらいかしら」

 

 初霜はそう答えながら、艦橋の多目的スクリーンにレーダー画面を表示させた。

 

「サポートAI、これよりレーダー作動確認を行う。対空・対水上レーダー及びモーショントラッカー起動」

 

『了解。対空・対水上レーダー及びモーショントラッカー起動。コールドアイ冷却開始』

 

「ねえ、コールドアイってなに?」と村雨。

 

「空気密度を測定するための高感度センサーよ。極低温で作動させるの。後ろの大きなレドームの中身は業務用冷凍庫みたいなものね」

 

 対空・対水上レーダーの作動確認を先に行い、それがちょうど終わる頃にセンサーの冷却が完了した。

 

 初霜は多目的スクリーンをモーショントラッカーによる情報の表示に切り替える。

 

 現れた表示は、自艦を中心とした俯瞰表示だった。しかし表示範囲は360度全周ではなく、60度の扇状に区切られた範囲のみが出力表示され、残りの部分はブラックアウトしている。

 

「索敵範囲はセンサーの前方中心軸から左右30度、仰角20度。センサー自体は360度に回転可能です。ちなみに今は、センサーは船体後方に向いている状態ですね」

 

「ん~、でも陸地もなにも表示されていないよ?」と、村雨。

 

「動体検知だからね、対象が動いていないと捕捉できないの。ちょっとセンサーの向きを変えるね」

 

 初霜はセンサーを沖へと向ける。それに合わせて扇状の表示範囲も90度回転し、自艦から正横方向へと向いた。その表示範囲内に、小さな光点が薄く長い尾を引きながら移動していた。

 

「センサーの索敵範囲内に移動目標を捕捉しました。距離は約3海里、約10ノットで北上中。大きさから見て漁船でしょうね」

 

 初霜の解説を聞き、白雪と村雨はウイングに出て、そこの双眼鏡でモーショントラッカーが捕捉した方位を確認した。初霜が言ったとおり、沖を小さな漁船がゆっくりと進んでいる。

 

 白雪が艦橋内の初霜に振り返る。

 

「いい精度ね。これなら夜間索敵時にも充分役に立ちそう。火力の減少は仕方ないわね。でも、その短所を補うためにチームを組むのよ。みんなで支えあいましょう。ね?」

 

「はーい。了解しましたぁ」と村雨。

 

「はい」と、初霜も静かに、しかし力強く頷いた。


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