鎮守府地下にある南方警備艦隊司令部。
その司令執務室で、海尾はぼんやりとした様子でデスクに広げた新聞を眺めていた。
本来ならとっくに官舎に帰ってくつろいでいるはずの時間帯だ--といっても、司令着任以来、業務に追われてロクに帰っていなかった--が、今夜ばかりは残業ではなく、出港中の白雪たちから緊急連絡があったときのために備えているだけである。
しかし、いくら出港しているからといって、非常事態でもない限り、司令が常に司令部に詰めている必要もなかった。
緊急連絡があれば仁淀が通報してくれるし、どうせ官舎は鎮守府のすぐ隣なのだから、短時間で駆け付けることが可能だった。
そもそも、これから艦娘たちがまだまだ増員される予定であり、そうなればローテーションを組んで常に誰かが出港するようになるのだ。その度に司令が司令部に泊まり込んでいては、帰る暇がなくなってしまう。
「公私の区別は明確にして、休む時はしっかりと休むことが重要よ」
という小言を、海尾は叢雲から不満顔で言われていた。
「せっかく再建業務も一区切りついたっていうのに、自分から仕事増やしてどうするのよ」
「俺が司令になってから最初の留守番だからな。念のためさ」
「気持ちはわかるけれど、それって部下を信用していないとも取られかねないわよ」
「承知しているよ。だから今夜だけだ。何事も無ければ明日は定時で帰宅する。・・・俺の都合で泊まり込むんだ。叢雲はもう上がっても構わないんだぞ?」
「遠慮するわ。上司がこんな小心者だって知った以上、独りにしておけないもの」
叢雲は皮肉交じりに軽口をたたき、そして今、執務室のソファに寝そべりながらテレビドラマを観ていた。
夕食はコンビニ弁当、入浴も鎮守府にあるシャワー室で済ませ、すっかりくつろいだ雰囲気の午後九時過ぎ。
叢雲の観ているドラマは面白いと評判の恋愛ものだが、彼女にとっては今夜初めて見るドラマだったので、物語中の登場人物の人間関係がまるで理解できなかった。
それでも他に観たい番組も無かったので惰性で見続けている内に、これが男一人と女二人の三角関係ものだということは理解した。
主人公らしきイケメン俳優が、今の恋人と、昔の恋人との間で右往左往しているようだ。しかもまだ昔の恋人に未練があるのか、あいまいな態度で二人のヒロインに気をもたせ続けている。
(なにコイツ、気持ちをはっきりさせなさいよ。イライラするわね)
この主人公を一発ひっぱたいてやりたくなってくる。なんでまたこんな気分になるのかといえば、
(・・・似てるわね)
顔以外は。と思いつつ、叢雲は執務デスクへと目を向けた。海尾は相変わらずそこで新聞を眺めている。
(別に仕事も残ってないんだし、こっちきて一緒にドラマを観てもいいじゃないの)
こういうドラマは誰かと一緒に他愛のないツッコミを入れつつ観るのが一番楽しいのだ。それにせっかくの二人きりの時間なのに・・・
と、叢雲は内心でため息をつきつつも、海尾に声をかけるのはやめておいた。
艦娘艦隊を率いる司令たち通称“提督”が、ああやって“新聞”を読んでいるときは、たいてい何かが起きる前触れであることを叢雲は経験的に知っていた。
これまでいくつもの艦隊に配属されてきたが、どこの司令部の提督もそうだった。
海軍報道部が発行している面白みのない機関誌を穴が開くほど眺めていたかと思うと、不意に出港や待機命令を下したりする。はっきりとした理由のない出港や待機命令など、部下にしてみれば正直、迷惑極まりないのだが・・・
しかし、そういうときはだいたい深海棲艦による襲撃が起きるのだ(起きないときもあったが)。
これはきっと、あの新聞には深海棲艦の情報が提督にしかわからない暗号で書かれているに違いない。
と一部の艦娘たちのあいだでは噂になっていた。
何故わざわざそんな回りくどい事をする必要があるのかはさっぱり理解できないが、そうでなければ、世の中の提督が皆、この実に面白みのない、堅苦しい内容の、はっきり言ってつまらないものを熱心に読んでいる事の説明がつかない。
と、以前所属していた艦隊で一緒だった重巡艦娘・青葉が力説していたのを、叢雲はぼんやりと思い出しながら海尾の様子を眺めていた。
海尾は、そんな叢雲の視線に気づくことなく新聞に目を落とし続けている。
叢雲がその新聞を読んだときは、じっくり読むほど重要な記事は無かったはずだが、彼が(自分を放っておいて)何をそんなに熱心に読んでいるのか。
(もしかして、噂の暗号がそこにあるのかしら?)
と興味を惹かれ、叢雲はソファから立ち上がって、音を立てないように海尾の傍へと寄った。
横からのぞき込んでみると、紙面の内容は海軍各部隊の活動記録のようだった。それも軍事行動に関わるものではなく民間との交流イベントを中心としたものだった。
そこには近日着任予定の軽巡艦娘・那珂の記事もあった。
なんでも異動を前にコンサートが行われたらしい。別れを惜しむファンが大勢詰めかけ盛況だったようだ。
(なんだ、これを読んでいたのね)
叢雲は納得すると同時に拍子抜けした。
(これじゃ、暗号だなんだと勘ぐっていた私がバカみたいじゃないの)
かすかについた溜息に、海尾が叢雲の存在に気づいて顔をあげた。
「ん、どうした?」
「別に。熱心に新聞を読んでいたから、ちょっと気になっただけ」
「あ、ああ、そうだったのか」
海尾はさっさと新聞をたたみ始める。
叢雲が訊く。
「何の記事を読んでいたの?」
「何って、そりゃ、あれだ、あれ・・・そうそう、那珂の記事。彼女、こっちへの異動前にコンサートやったらしいな。まるで本物のアイドルのようだ」
「本物のアイドルなのよ。何? あんたも那珂のファンになったの?」
「どうかな。でも、ファンになるかどうかは別としてもコンサートを観る機会はあるだろうな。広報部がそれ用に別予算をつけてくれるそうだ」
「へえ、それは大したものね。・・・でもね」
叢雲は海尾の手元から新聞を取り上げて脇に退けると、彼に寄り添い、顔を近づけた。
「ど、どうした?」
「どうしたじゃないわよ。せっかくの二人きりの時間なのに、あんたは他の女のことを考えて上の空だったわけ?」
にっこりと笑顔で、しかし目は笑っていないまま迫ってくる叢雲に、海尾は、
(しまった。藪蛇だった)
と、安易な誤魔化しを後悔した。かといって正直に、
「自分の“前世”世界の情勢が書かれた記事を読んでいた」
と言っても信じてはくれないだろう。なぜなら、奇妙なことだが、その記事は海尾にしか読めないからだ。
自分にしか認識できない現象を他人に認めさせようという無駄な努力をする気は、海尾には無かった。
そんなことをしなくとも“提督はみんなそういう者だ”という共通認識が、提督同士には既にあったからだ。
だから海尾は自分の正気を疑わずに済んでいるし、同時にこの奇妙な現象を危機管理に利用することが出来る訳だが・・・
(さて、困ったな)
どうやって叢雲をなだめようかな。と、海尾は内心で悩みつつ、苦笑する。
彼女が本気で怒っている訳ではないのは、わかっている。
単にかまってもらえなかったのが面白くないので、怒ったフリをして自分から距離を詰めているのだから、むしろ可愛いくらいだ。まさにこれぞツンデレ、と言いたくなる。
ならばそれに応えて行動に移してやれば良いわけで、つまるところ海尾の方からも距離を詰めてやれば、あとは済し崩し的に夜の時間にもつれ込んで万事解決である。
が、しかし、
海尾はさっきまで読んでいた記事の内容が気にかかり、今、叢雲を抱くことに躊躇いを感じていた。
【南西諸島沖で操業中の漁船が、隣国の軍事艦艇に拿捕された疑い。付近を航行中の護衛艦数隻が救出作戦を開始か?】
海尾の前世、隣国との領土紛争が勃発しているその世界と、今のこの世界はリンクしている。前世で何か起きれば、それに近い“何か”がこの世界でも起きる可能性が高かった。
しかも先ほど現れたこの記事によると、前世世界では軍事衝突の可能性が高まっているようだ。ならば、こっちでも今夜か明日の内に何かが起きる可能性が高い。
その不安と緊張感が、叢雲に差し伸べようとした手を鈍らせた。
海尾のその様子に、叢雲が気づいた。彼女の表情に一瞬、不安の色が過ぎったのを、海尾は見た。
海尾に拒否された、と彼女は思ってしまったかもしれない。
海尾の不安が叢雲に伝わり、それが合わせ鏡のように二人の間で反射し合って、近づきつつあった二人の距離を止めてしまった。
「・・・」
「・・・」
わずかな沈黙の後、叢雲が海尾から目をそらし、上体を引こうとした。
海尾は咄嗟に、腕を彼女の腰に回し、引き寄せた。
「叢雲」
「なによ?」
不機嫌と戸惑いが混ざった彼女の問いかけを塞ぐように、海尾はその唇に口づけをした。
「んっ・・・」
叢雲は少しだけ抵抗しようとしたが、すぐに身体の力を抜いて海尾にもたれかかってきた。
叢雲の感触とぬくもりを感じながら、海尾は、余計なことを考えて不安になってもしょうがない、と己の考えを改めた。
平時から不安と緊張に苛まれていては有事の際に身体がもたない。だから、心も身体も休める時にしっかり休もう・・・・
と、いうわけで本格的に叢雲を求めようとした、
その時、
執務室に無粋な電話のベルが鳴り響いた。
いつもより喧しく感じるそのベルの音に、二人の身体がビクッと強張る。
「んもうっ!」
叢雲が不機嫌な声を上げながら海尾から離れ、卓上の受話器を取った。
「はい、こちら南方警備艦隊司令部! --って仁淀じゃない。何の用?」
『あらら、怖い声になってますよ、叢雲さん。私じゃなかったら苦情が来るところです』
「はいはい、悪かったわね。っていうかあんた、今の時間は待機モードのはずでしょう?」
『ええ、お邪魔かと思いまして。なので今もこうして音声のみです』
「余計なお世話よ。早く用件を言いなさい」
『海軍総隊司令本部の参謀部作戦課第5室長の海原大佐から、司令宛に電話です』
「海原大佐って前司令ね。電話の取次ぎなんか、あんたがやらなくても直接こっちに繋ぎなさいよ。あんたならどこからの通話か分かるんでしょ?」
『前司令と分かっていたから、私が出たんです。久しぶりでしたので色々と話し込んじゃいました』
仁淀の嬉しそうな声に、叢雲は呆れてため息をつきながら、海尾に受話器を差し出した。
「参謀部作戦課第5室長の海原大佐からです」
「海原さん、そんなところに配属になっていたのか」
第5室といえば深海棲艦の情報収集や分析、対策を研究する部署である。それにしてもこんな夜更けに何の用事だろうと思いながら、海尾は受話器を受け取った。
「海尾だ。繋いでくれ」
『了解しました』
回線が切り替わる。
『よう、久々』
「どうも。こんな時間にどうしたんです」
『こんな時間なのはお互い様だな。仁淀から聞いたが、お前さんもずっと残業続きらしいじゃないか。ちゃんと家には帰っているのか?』
「独身ですからね。気に掛ける程のものはありませんよ。むしろ参謀本部勤めの方が大変でしょう」
『参謀本部は24時間営業だからな。週末に帰宅できれば良い方さ。おかげで最近、嫁とギクシャクしてきてなぁ』
「はぁ、さいですか」
『この前、ついに禁断の質問をくらっちまったよ。“私と仕事、どっちが大事デスかー!”ってな。“もちろんお前だ!”と俺は迷わず答えたがな』
だから何だというんだ。と、海尾は思う。
こんな阿保らしい愚痴を聴かせるためにコイツは電話してきたというのか。切るぞこの野郎、と思って受話器を耳から離しかけたところで、
『で、本題だが』
と、いきなり話題を変えられて、海尾は慌てて受話器を握りなおした。
『確かお前さんのところに、今、初霜っていう駆逐艦娘が配属になっていただろう』
「ええ、それが?」
『・・・その初霜と因縁が深そうな相手が、そっちの担当海域近くをうろついているって目撃情報があった』
「なんですって・・・それは、まさか」
初霜と因縁深い相手と聞いて、海尾は真っ先に例の隣国の人間を思い浮かべた。
しかし、すぐに違うと思いなおす。
第5室という部署の性格と海域をうろついているという言葉から考えれば、答えは一つしかない。
「まさか、“人喰い雷巡”ですか」
『そうだ。二年前に仕留め損ねたアイツだよ』
「しかし人喰い事案は二年前の一度きりだけで、以後は起きてないはずでしょう。同一個体と判明した理由は?」
『深海棲艦にも個体差がある。それに加えてアイツは二年前の戦闘で、頭部の仮面に傷を負っているから、個体識別がわかりやすいんだ。ついでに言っとくと、“人喰い”をやっていないだけで、ちょくちょくあちこちの海域によく出没しているだぜ、アイツ』
「そうだったんですか」
『今日、民間航空機から入った通報だ。通商航路からは大きく外れた海域だったから早期対処の必要は無いが、お前さんのところに初霜がいるってことを思い出して、それで一応な』
「お気遣いは有難いですが、初霜との因縁は、そこまで気にする程のものですかね?」
深海棲艦が特定の個人を狙うという話は、今のところ聞いたことが無かった。そもそも深海棲艦に人間個人の区別がつくのかどうかさえ分かっていない。
だが、海原は、
『それがな、アイツばかりは特別なんだ。他の深海棲艦とは違った行動パターンが多いというか、人を喰ったのもそうだが、別の意味でも人を食ったような真似をしやがる』
「その食ったというのは、小ばかにしているとか、そういう意味の?」
『そうだ。例えば、民間船を襲うわけでもなくずっと後を尾けていったり、戦闘で反撃するわけでもなく、ただひたすらこちらの攻撃を避け続けたり。通商航路からはるかに離れた海域で、何もせずに突っ立っているところなんかも航空機に何度も目撃されている』
「また妙なやつですね」
まあ、人喰いの時点で奇妙な深海棲艦だとは思っていたが、海尾の思う以上だったらしい。
しかし海原は、真剣な声でこう言った。
『妙なだけならいい。だが同時に恐ろしい奴でもある』
「恐ろしい?」
『さっき少し言っただろう。戦闘で反撃するわけでもなく、ただひたすらこちらの攻撃を避け続けたりってな。この攻撃ってのは、戦艦、重巡、空母を含んだ艦隊によるものなんだぜ』
「・・・げ」
『小ばかにしてるってのは、まさにこれさ。アイツはこの二年、何度も現れているが、未だに沈めることが出来ない。しかもアイツは反撃ひとつせずに、こちらを試すかのように、悠々と攻撃をかわして、消えていく。・・・アイツに傷を負わせられたのは、これまでたった一度だけだ』
「ただ一度・・・二年前の戦闘で負わせた仮面の傷ですか。じゃあ、まさか、それをやったのは」
『そう。初霜、だ。アイツに傷をつけたのは彼女だけだ。いや、それどころかまともな交戦をした唯一の艦艇だろう。・・・こいつはまだ仮説だが、アイツはこの二年間、初霜を探していたんじゃないかと、俺は考えている』
「自分を傷つけた相手を探すために、あちらこちらの海域に出没し、反撃もせずにこちらの艦艇を観察していた?」
『あくまで仮説だ。だが実際に初霜と接近しそうな事態でもある。お前さんも用心に越したことはないだろう』
「そうですね。その通りだ。正直、私も今夜はどうにも気にかかることがあったから司令部に泊まり込んでいたんですよ」
『それはもしかして新聞記事か。お前さんの前世世界でも何か動きがあったんだな』
「敵対する隣国の海軍が、我が国の漁船を拿捕。その救助のため軍艦が現場海域へ急行中、だそうです」
海尾がそう言うと、傍らにいた叢雲が驚きの表情を見せた。海尾は咄嗟に受話器口を手で塞ぎ、叢雲に向かって、
「昨日読んだ小説の話題だよ、気にするな」
その下手な言い訳に叢雲はさらに怪訝な表情になったが、とりあえず口を挟むつもりは無さそうだったので、海尾は受話器口から手を放した。
『なるほど。ずいぶんと緊迫しているようじゃないか、そっちの“小説”は』
海原は見透かしたように笑った。
「では、海原さんの小説はどんな具合ですか?」
『俺のところか。評議会を裏で操っていた賢人会議の存在が明らかになった事で元老院が地方自治体連合との協定を破棄した結果、両者間で結ばれていた停戦合意の履行が怪しくなったために情報軍隷下偵察艦隊に監視任務が命じられたってところだ』
「・・・うん、そうか、わからん」
『まあ、わからんのは仕方ない。俺の前世は、俺のものでしかないからな。お前さんの前世とは違う。重要なのは、それが何を示しているか、だ』
「何を示しているんです?」
『近いうちにドンパチが起きる。そっちでな』
「用心しておきますよ」
『それがいい。だが四六時中、気を張り続けてたら身体がもたないぞ。提督たるもの悠然と構えて嫁艦とイチャコラしているもんだ』
言われるまでもない。ていうかあんたが邪魔したんだよ。と喉元まで出かけた言葉を飲み込んで、
「了解です」
とだけ答えて、海尾は受話器を戻した。
すぐに叢雲が「何の話だったの」と訊いてきた。
「うちの近海に深海棲艦の目撃情報があったらしい。二年前の人喰い雷巡だ」
「ふうん、それでウチに初霜がいることもあって通報してくれたってわけね」
「そうだ」
「で、何でそれから急に小説の話題になんかなった訳?」
「脈絡なく話題を変える人なんだよ、海原大佐は」
「変人なのね」
「ああ、変人だな」
色々と誤魔化してはいるが、変人という部分は間違ってはいないだろう。と、海尾は思う。
まあ、それはそれとして。
「叢雲。確か、球磨と那珂はもう前任地を出港しているんだったよな」
「ええ、彼女たちも哨戒と訓練を行いながらこっちへ向かっているわ。十一駆との合同は明後日の予定よ」
「ふむん」海尾は思案顔になり、そして言った。「予定を変更しよう。球磨と那珂の訓練は中止。哨戒しつつ早めに十一駆と合同させる」
「人喰い雷巡を掃討させるの?」
「いや、まだ管轄海域外だから、あくまで備えるだけだ。なかなか手強そうな相手らしいからな、念を入れておくに越したことはない」
「そうね、でも球磨たちの訓練を全部中止させる必要は無いわ。十一駆と球磨那珂は合同後、UHF到達範囲の半径10海里圏内でそれぞれ訓練させましょう」
「それが良いな。よし、じゃあ早速だが取り掛かるとするか」
「訓練予定と航海計画の変更に、その通報ね」
「結局、時間外労働をさせてしまうな。すまない」
「こればっかりは仕方ないわよ。--仁淀も手伝って」
『はい、了解しました』
その声と共に、待ち構えていたように仁淀も姿を現した。
叢雲と仁淀が仕事に取り掛かるのを眺めながら、海尾は再び、デスク上の新聞紙に目を落とした。
取り越し苦労であれば良い。と、海尾は自分にしか見えない記事を読みながら思った。
だがしかし、こういう時の希望的観測というのは往々にして外れるものだということを、彼は直感的に悟っていた・・・
次回予告
宮古島から南へ100海里。
例の漁船がその海域に到着したのは、すでに夜も遅い時間だった。
海に生きる者、海に理想を抱く者、そして海に復讐を誓う者。
三人の男たちの想いが、波間に揺られながら交錯する。
次回「第十三話・覚悟」
「俺は初霜に屈辱を与える」
「わかっている。それでも、お前があの娘と逢えば・・・そうすれば、お前も少しは救われるような気がするんだ」