艦これ海上戦記譚~明け空告げる、海をゆく~   作:PlusⅨ

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第十六話・決断

 逃亡を続ける作業艇が停止した。

 

 水上レーダーでそれを感知した次の瞬間、レーダー上の、その停止した場所に奇妙な影が生じた。

 

 電波の輻射面積は作業艇よりもやや大きい程度だが、同時に展開している動体検知器が、さらに巨大な物体の出現を検知していた。

 

 作業艇が停止した、その場所に、巨大な質量をもった何かが海中から出現し、それによって押しのけられた空気の波動を、動体検知器のセンサー・コールドアイが捉えていた。

 

 その全長およそ100メートル。

 

 レーダー上と動体検知器でここまで差を生じさせる巨大質量をもった存在など、初霜が知る限り一つしかいない。

 

 深海棲艦だ。

 

 初霜はすかさず宣言した。

 

「敵艦、見ゆ!」

 

 実際には見えてはいない。動体検知器によれば深海棲艦まで1海里も離れてはいないのに、しかし深い霧と闇はその巨大な姿を完全に覆いつくしていた。

 

 初霜は探照灯を始め航海諸灯の全てを消すと同時に、

 

「面舵一杯、最大戦速!」

 

 深海棲艦と距離を取るための右回頭を実施。

 

 さらに、

 

「デジグFCS1、2。アサインマウント!」

 

 FCSを動体検知器と連動させ、主砲を霧と闇の向こう側に居る深海棲艦へと向けた。初霜自身の腕にも、主砲の動きが感覚として伝わり、その人差し指に発射トリガーの感触が生じる。

 

 あとはこの疑似トリガーを引くだけで主砲は発射される。いや、その気になりさえすれば、そう意識するだけで弾は出る。

 

 だが、初霜は大砲を撃たなかった。

 

「撃ち方待て!」

 

 誤って撃たないよう、声に出して自ら宣言する。高いリンクレベル時は、ほんの些細な意識の乱れ、集中力の欠如による誤った思考が、ダイレクトに船体に伝わってしまう。そのため、こうやって自らの行為一つ一つを明確に発声して自らに宣言することが重要だった。

 

 初霜が撃たなかった理由は、そこにあの彼が居るからだ。ほとんど同じ場所に居た彼の生死は不明だ。だからその状況を確かめねばならない。

 

 しかし本来であれば、初霜はすぐさま撃たなければならなかった。哨戒行動中に接敵した場合、それが深海棲艦であるならば見敵必殺が交戦規定による原則だ。

 

 だが、今、初霜は第十一駆逐隊の旗艦である白雪から、彼の救助命令を受けている。この任務はまだ撤回されていない。だから、撃ってはならない。

 

 --などというロジックは、初霜の頭には無かった。

 

 初霜は純粋に、自らの意思で、撃たなかったのだ。

 

 本当ならば、撃っても構わない。いや、こんな至近距離に深海棲艦が出現した以上、何を置いても撃つべきなのだ。さもなくばこちらが撃たれる。撃たれる前に撃て、は交戦規程以前に、戦場に立つ兵士の本能でもある。

 

 だが初霜はその本能を無理やり抑え込み、いつ撃たれるかわからない状況下にあって、それでも彼の生死、安否を確認する方を選んだ。

 

「取舵一杯」

 

 一時的に深海棲艦から距離を取りつつ、今度は左に舵を取り、その周囲を回るような針路を取る。ここまで一分と掛かっていない。

 

 しかしこの短時間でも、深海棲艦から攻撃を受ける危険は数え切れないほどあった。

 

 なのに、攻撃は無かった。動体検知器にも相手の動きは検知されなかった。つまり身じろぎさえしていないのだ。

 

(まさか、私の存在に気づいていないの?)

 

 電波探知装置でも、深海棲艦からのレーダー波は検出されていない。

 

 だが、しかし、

 

『妨害電波検知』

 

 サポートAIの報告により、初霜の意識野に水上・対空レーダーの画像がイメージとして出現した。

 

 その画像の一画、ちょうど深海棲艦が居る方向とは反対側が、真っ白に染まっていた。

 

 強力な妨害電波を照射され、こちらのレーダー波が攪乱されているのだ。

 

 しかもその妨害電波は、軍用レーダーとして使用可能なあらゆる周波数帯にまたがって発信されていた。

 

 これほどまでに広い帯域に渡ってレーダーを使用不可能にしてしまうほどの強力なバラージジャミングを仕掛けてくるのは、そう、間違いない。

 

 戦艦ル級。

 

 深海棲艦の数ある艦種の中でも、最も強力な電子戦能力と圧倒的な火力、そして堅牢な装甲を有した存在だ。

 

 それが、出現したのだ。

 

 初霜が「敵艦、見ゆ」と報告してから今まで一分少々の間、旗艦・白雪や、司令部の海尾から何の指示も無かったのは、ル級によるジャミングにより通信までも妨害されていたからだ。

 

 と、次の瞬間、初霜の視界に--正確に言うなら、光学センサーを介して初霜の意識野に拡がる外界イメージとしての視界に、ストロボスコープの光が瞬いた。

 

 それは一秒にも満たない一瞬の連続発光だったが、サポートAIはそこに仕込まれた高速モールス信号を正確に読み取っていた。

 

【旗艦・白雪より各艦へ。敵艦、見ゆ。戦艦・ル級一隻。他、駆逐艦級多数。電子戦、対水上戦闘用意】

 

(これは拙いわっ!?)

 

 初霜がそう思ったのは、命令の内容ではなく、発光信号という手段そのものに対してだった。

 

 おそらく白雪はジャミングのために初霜が検知した深海棲艦の存在を知らない。だから初霜が居ると思われる方向に向かって発光信号を行なったのだ。

 

 しかしその光はル級側に向いていなくとも、こちらの深海棲艦には見えているはずだ。

 

 初霜がそう予想した次の瞬間、動体検知器が爆発による衝撃波と、それよりも早く空気を切り裂いて飛翔する小型物体を検知した。

 

 衝撃波と飛翔速度から、それが6インチ砲の発砲、それも深海棲艦・雷巡チ級によるものだという情報が初霜の脳裏にもたらされるが、知りたいのはそんなことではない。その弾丸が向かう先だ。

 

 すぐさま、FCSがその弾道を予測する。

 

『白雪、直撃コース』

 

 サポートAIが音声で報告するまでもなく、その情報は初霜の脳裏に届いている。

 

 ほとんど同時に、初霜は白雪に向け発光信号を放った。

 

「白雪さん、避けて!」

 

 信号規約を無視した、悲鳴のような信号だったが、白雪はその意味を理解した。

 

 というより、戦闘配置によってリンクレベル最大にあった彼女の無意識と船体が、初霜からの警告により反射的に動いていた。

 

 初霜へ向かう針路から、妨害電波の発信方向すなわちル級へと回頭中だった白雪は、初霜からの警告信号を受け取った瞬間、右に取っていた舵を構造上の限界値まで舵角を取り、さらに右のスクリューの可変ピッチプロラの角度を逆方向へ変えた。

 

 これにより右回頭中であった白雪の船体は、右への最大舵角と、左前進、右後進の推進力によりさらに急激な回頭を行った。

 

 旋回半径を急激に狭めたことによって発生した遠心力により、白雪の船体は大きく左側へと傾く。

 

 その船体すれすれを6インチ砲の弾丸が高速で飛びぬけ、その先の海上に着弾して水柱を上げた。

 

「別方向からの射撃!? 初霜ちゃんの方向にも深海棲艦が居るのね!」

 

 白雪もその事実に気づく。同時に、それはつまりあの彼が深海棲艦の近くに居るという可能性にも気が付いた。

 

 であるならば、初霜に対し命令を下さねばならない。白雪はそう思い立った。

 

 下すべき命令の選択肢は、二つ。

 

 一つは見敵必殺。要救助者である彼の生存の可能性を無視し、敵を撃滅せよというもの。

 

 本来ならば、それでいい。非情だが、最優先すべきはこの海域から脅威を排除することだ。

 

 しかし・・・

 

(助けられるものならば、助けたい・・・!)

 

 あの彼も、そして今この霧と闇の中で右往左往している数多くの漁船たちも、何一つ失わずに守りたい。

 

 だが、もしもこの時、彼が放射性物質をもっており、かつ初霜に危害を加えようとしたあげくに作業艇を奪って逃走していたと白雪が知っていたならば、いくら温厚な性格の彼女でも彼を見捨て、見敵必殺を命じていたかもしれない。

 

 しかしその情報はジャミングにより遮断され、白雪まで届いていなかった。

 

(どうする? 私はどうすべき? いえ、違う。私は“どうしたい?”)

 

 迷うだけの猶予はほとんどない。

 

 白雪は、船体が回頭を終え、ル級の居る方角へ針路を確定するまでの十数秒の間に、覚悟を決めた。

 

(全員を助ける!)

 

 白雪自らが囮となって敵を引き付け、その隙に漁船群を避難させ、かつ救難信号を出していた彼を捜索・救助する。

 

 かなり危険だが、それ以外に方策は思いつかない。そして旗艦たる自分が下した決断である以上、最も危険な役目は自身で担うべきだ。

 

 白雪はそう決意し、そのための指示を出そうとした矢先のことだった。

 

 白雪は、初霜が居る方向から発光信号と、そしてさらに別の光の瞬きを視認した。

 

【初霜から旗艦へ。我、敵艦へ突貫す!】

 

 発光信号に続いて、闇の中に砲音が複数回鳴り響き、闇の中を砲弾が空気を切り裂いて飛んでいく気配がした。

 

 別の光の瞬きは、初霜の主砲の発砲だったのだ。それもル級の方向を狙っている。

 

 白雪は初霜の意図を悟った。

 

「初霜ちゃん、あなたが囮になる気!?」

 

 しまった、と白雪はたった十数秒でしかない逡巡をそれでも後悔した。

 

 白雪が決断に要したこの短時間よりも早く、初霜は同様の決断を下したのだ。

 

 しかし、

 

「これが、あの子のッ・・・!」

 

 たとえ最適解とはいえリスクがある選択肢を、わずかの躊躇もなく選び取る。

 

 海尾が、初霜という艦娘を評して「どこかまともではない」と言った意味を、白雪はいま思い知った。

 

 だが愕然としている暇はない。初霜を止めなければ。いや、それももう遅い。既に初霜は囮として動き出している。

 

 ならばこのまま行くしかない。

 

「初霜ちゃんのバカッ、帰ったらお説教よ!」

 

 白雪は怒りに声を震わせながら、発光信号を行った。

 

【了解、初霜は突貫せよ】

 

 発光信号で返信し、続いて初霜と村雨それぞれに対し発光信号を送る。

 

【初霜は敵を引き付けつつ南下せよ。村雨は漁船群の東側へ進出し、北へ避難誘導を行なえ。本艦は漁船群の西側にて避難誘導及び要救助者の捜索及び救助を実施する。尚、返信の要なし】

 

 一秒にも満たない時間に高密度圧縮された発光信号だが、それでも敵に位置を知らせるには十分過ぎる。

 

 白雪からの信号を受け取った村雨は、白雪と初霜が、次の瞬間には敵の砲撃に捉えられてしまうのではないかと肝を冷やしながら自分の船体を回頭させた。

 

 村雨の位置はちょうど漁船群を抜けたばかりの海域だった。村雨はいったん、漁船群の南側に回り込み、そこから東に針路を向けた。

 

「っていうか、こんな突然に、しかも戦艦まで出てくるなんて有り得ないし~!」

 

 半ば自棄気味に叫びながら、村雨は全速力で漁船群を追い越しにかかる。

 

 同時にマイクのスイッチを入れ、外部スピーカーで付近の漁船に向かって大音量で呼びかけた。

 

「警報、警報、深海棲艦出現! ここから東方、推定5海里から30海里に戦艦及び駆逐艦多数! 付近の船舶は直ちに北へ避難せよ。繰り返す、深海棲艦出現―――」

 

 村雨の警報を聴いて、霧の向こうに浮かんでいた漁船の灯火が次々と北へ向かって遠ざかって行く。

 

 初霜や白雪がいる西側に比べ、東側はまだそこまで霧が濃くない。それに日の出の時間が近くなってきたこともあり、空がかすかに白み始めていた。

 

「警報、警報―――」

 

 何度も警告を繰り返しながら東進する村雨の視界が、だしぬけに晴れた。

 

 霧の範囲から抜け出したのだ。進行方向上に、白んだ空と、淡く薄い蒼色を帯び始めた海面の境界線が、水平線としてはっきりと見えた。

 

 夜明けの海だ。

 

 太陽はまだその輪郭を見せていないものの、淡い光が幾重もの薄い帯となって放射状に空へと延びている。日の出まであと数十分というところだ。

 

 しかし村雨は、日の出直前の幻想的ともいえる海の景色には目もくれず、光学センサーを最大望遠にして水平線を捜索した。

 

 そして、僅かの間も置かず村雨は声を上げた。

 

「見つけちゃったもんね! 真っ正面に敵影視認!」

 

 水平線の向こうから僅かに顔をのぞかせているような、黒いシルエットが見えた。それは妨害電波の発信源の方角とも一致していた。

 

 間違いなく、戦艦ル級の影だ。

 

 まだ水平線よりも向こう側に居ながら、おそらく頭部だけは見えているという状態だろう。

 

「えっと、地理的光達距離って2.083×(√眼高+√全長)だっけ。私の艦橋の高さがざっと13メートルで、ル級の全長が約150メートルだから、ええっと・・・」

 

 ジャミングによってレーダーが使えないため、村雨は見えている情報のみで敵との距離を計算する。サポートAIを電卓代わりに使って導き出した距離は、約32海里(64000ヤード)。

 

 ル級の主砲である16インチ砲の最大射程は約35000ヤードなのでまだ射程外だが、しかし油断はできない。

 

 妨害電波の範囲内にはとっくに踏み込まれている上、その妨害電波を隠れ蓑として他の随伴艦が接近してくる可能性もあった。

 

 村雨のその予想通り、水平線上に新たな影が現れた。

 

 数は三。

 

 距離的にはル級よりもよほど近い位置に居るのだろう、クジラにも似た黒いシルエットが波を蹴立てながらこちらへと向かってくるのがハッキリと見えた。

 

 深海棲艦・駆逐艦ロ級だ。

 

 その姿が水平線の手前側に現れているということは、距離的には10海里も離れていないだろう。と村雨は見当をつけた。

 

 ロ級の主武装は5インチ速射砲、その最大射程は10海里前後なのですでに射程内に捕らえられている。しかし有効射程距離となると5海里以下だ。

 

 単に砲弾を遠くに飛ばす距離よりも、命中させることが出来る距離が短くなるのは当然だ。まして不規則に動いている目標に命中させる距離になるとそれよりもさらに短くなる。

 

 そしてこれはル級にもそのまま当てはまるし、当然ながら村雨自身にも当てはまる。

 

「ル級が32海里で、ロ級が10海里か。どっちも30ノットでこっちに来てるとしたら、それぞれの有効射程距離に入るまで、ロ級がざっと十分、ル級がざっと三十分ってところかな」

 

 村雨は、北上する漁船群に合わせて自らも北へ針路を取りながら、相手との接敵時間を計算する。

 

 ル級の電子戦支援を受けたロ級三隻は、漁船群に対し横一列になって接近しようとしていた。漁船群の東端で共に北上する村雨は、深海棲艦を右手に臨む形になっている。

 

「ル級がいなかったら楽勝なんだけどなぁ」

 

 村雨は苦笑気味に呟きながら、乾いた唇を舐めた。

 

 今のこの状態でロ級へSSSMを撃ち込んでも、ル級の電子妨害に遭い、命中率を著しく下げられてしまうので効果は薄い。そこにロ級自身の対空能力が加わるので、無駄弾にしかならないだろう。

 

 ただ、ル級自身がミサイル迎撃を行うその瞬間だけは、ル級がレーダーによる索敵を行う必要があるため、バラージジャミングが停止する。

 

 そのため、ル級にミサイルを撃ち込んでそれに対処させている間に、他の敵を攻撃するという手段も無いわけではない。

 

 しかしル級の対空能力は、ミサイル二十発以上を同時に撃墜するほどの高性能だ。村雨に搭載されている九発のSSSMでは焼け石に水ほどの意味さえない。

 

 せめて駆逐艦三隻がかりでSSSMを同時に撃ち込めば、その数は二十七発になるのでル級の対空能力を圧倒できるのに・・・

 

 ・・・と思ったが、初霜のSSSM搭載数は三発しかないことを思い出す。

 

「じゃあ二十一発しかないってこと? うあぁん、それじゃ困るんですけどぉ!」

 

 全弾同時発射しても一発当たるかどうかでは話にならない。

 

 そもそもそれ以前に、白雪と初霜はあの霧と闇の中で深海棲艦相手に格闘中だ。とても村雨の支援をしている余裕なんてないだろう。

 

「てことは私一人でル級とロ級三隻を相手しなくちゃならない訳ね・・・もしかして、私の人生ここで終了かしら?」

 

 短い人生だったなぁ。せめて彼氏ぐらい作ってから死にたかったなぁ。と不吉な考えが頭を過ぎったが、

 

「わわわ、ダメダメ、こんなこと考えてたらホントに死んじゃうから! 絶対に切り抜けてやるんだから! たとえミサイルが使えなくったって、まだ主砲も魚雷もあるんだよ。なんとかなるなる!」

 

 でもどうせこんな事態になるのなら、せめて逆落としの極意ぐらい、叢雲さんから聞き出しておけばよかった。

 

 なんてことを考えていた村雨の視界の中で、こちらに向かってくるロ級の前に水柱が上がったのが見えた。

 

 立て続けに上がったその水柱は、砲弾の着弾によるものだ。

 

 敵の砲撃か、と村雨は一瞬思ったが、遅れて聞こえてきた砲声は、敵とは反対側の西側からだった。

 

「味方の砲撃? もしかして初霜ちゃん?」

 

 囮役の初霜が霧の中から発砲し、存在を暴露しているのだ。

 

 ロ級も初霜の存在に気づいたのだろう、三隻中、二隻が南へと針路を変えた。

 

「初霜ちゃん、無事でいてよ・・・」

 

 仲間の安否を気遣いつつ、村雨は自らに向かってくる、残るロ級とル級に再び目を向けた。

 

「さぁて、村雨、やっちゃうからね!」

 

 

 

 

 その頃、南方警備艦隊司令部では、海尾と叢雲がスクリーンに映し出された海域戦況図を見上げていた。

 

 深海棲艦出現の情報が司令部にもたらされたのは、戦艦ル級によるジャミングが行われる十数秒前だった。

 

 救難信号発信の報を受け現場海域へ急行中だった基地航空隊の夜間哨戒機が、戦艦ル級一隻と駆逐艦ロ級三隻が突然出現したことを確認。それを通報した直後にジャミングを仕掛けられたのだ。

 

 現在、哨戒機はル級の電子戦攻撃及び対空攻撃の範囲外となる高度・距離を維持しながら現場海域周辺を飛行中だ。

 

 そのため司令部には引き続き現場の情報は入ってくるものの、当然ながらジャミング範囲内に居る十一駆には最初の通報以来、情報は届いていない。

 

(迂闊だった!)

 

 海尾は声を出して罵りたい衝動を必死に押しとどめた。

 

(深海棲艦が居るかもしれないとは予想していたが、まさか、戦艦まで含む艦隊がいきなり出現するなんて思わなかった。とはいえ、何の指示も出さずに部下を霧の中へ突っ込ませてしまうなんて!)

 

 後悔しても仕方ないことは分かっているが、しかしあまりにも想定外過ぎる事態だった。

 

 もっとも、この状況を説明できる解釈は二つあった。

 

 一つは出現海域を包囲している大艦隊と、その上空を常に監視飛行している大量の哨戒機、さらに宇宙空間から見下ろす監視衛星、この厳重な監視体制の全てを、敵の艦隊がすり抜けてきたか、それとも・・・

 

 ・・・いま十一駆が居るこの海域そのものが、これまで未確認だった新たなる出現海域だったのか。

 

 どちらも普段なら妄想レベルの可能性だ。しかし、現実に敵はそこに居る。

 

(そうだ、敵はそこに居るんだ。だったら今は、それにどう対処するのかが重要だ)

 

 海尾は気持ちを切り替え、再度、海域戦況図を見上げた。

 

 哨戒機からもたらされる情報によって逐次更新されるそれは、霧の外に居て可視光線による光学センサーでも捕捉可能なル級とロ級、そして村雨の正確な位置。

 

 さらに赤外線センサーによって霧の中の漁船群と、白雪、初霜の大まかな位置が表示されていた。

 

 霧の中の艦船の位置が大まかにしかわからないのは、霧によって赤外線が拡散されてしまうためだ。

 

 しかも駆逐艦たちはIR低減装置によって赤外線の発生自体を抑えているため、小型の漁船以上に捉えづらくなっていた。

 

 それでも時折行われる主砲の発砲により熱源が発生し、それが艦娘たちの位置を示していた。

 

 特に目立っているのが初霜の存在だ。

 

 彼女は霧の中で派手に発砲を繰り返しながら、漁船群の南側へと移動していた。

 

 その後を追って、東側から接近しつつあったロ級三隻中、二隻が南へと針路を変える。

 

「初霜のやつ、囮になる気だな!」

 

 思わず声を荒げた海尾に、傍らの叢雲が落ちついた様子で答えた。

 

「大丈夫、あの子は動体検知器を装備しているわ。バラージジャミング下では敵味方問わずレーダーは使えない。その状態で霧の中に相手を引きずり込めるなら、アドバンテージは初霜にあるわ」

 

「しかし、初霜のすぐ近くにはもう一隻深海棲艦が居るはずだ。無茶が過ぎる」

 

 哨戒機は救難信号の発信源近くから放たれた、味方以外の発砲も捉えていた。

 

 つまりそこにも深海棲艦が居るということだ。

 

 そして初霜は、何を思ったかその直後に発砲元である救難信号発信地点へ向けて最大戦速で接近し、そこをすり抜けて南下した。

 

 その場所をすり抜けた瞬間、そこで何が起きたのか、その詳細を海尾が知るすべはない。

 

 しかし初霜は攻撃を受けることなく南下を続け、そしてその後を深海棲艦が発砲を繰り返しながら追いかけていた。

 

 いくら初霜が動体検知器地によって敵の位置を把握できるとはいえ、命が幾つあっても足りない行為をしている事には変わりない。

 

 そして、そのような行為を取った理由とは?

 

 叢雲が海域戦況図を眺めて、言った。

 

「白雪と村雨で漁船群を挟んでいるわね。このまま盾になって漁船群を逃がすつもりだわ」

 

「そうしたい気持ちはわかるが、しかし・・・戦艦を相手に駆逐艦が守勢に回ってしまっては勝ち目がない」

 

「じゃあ、どうするの?」

 

 叢雲の問いに、海尾は思考を巡らせた。

 

 現場の艦娘たちは我が身を省みず漁船の保護を選んだが、交戦規程では敵の排除が第一目的であり、それが難しいならば撤退と定められている。民間船舶の保護はあくまで可能な限りの範囲内の話でしかない。

 

 もっとも海尾自身も現場に居たなら、艦娘たち同様に漁船を守ろうとしただろう。現に叢雲との初出撃のとき、海尾はその判断を下している。

 

 しかし、今、彼自身は現場から遠く離れた司令部に居る。

 

 自分が安全な場所に居ながら、部下にその命を盾にしろと命じることは出来なかった。

 

(撤退すべきだ)

 

 漁船を最後の一隻まで逃がそうと頑張れば、下手をすれば彼女たちが全滅しかねない。

 

 現場の彼女たちに漁船を見捨てさせることは酷だが、やむをえない。海尾は決意を固めた。

 

 しかし問題は、その指示をどうやって白雪に伝えるかだ。

 

 海尾がその方法を考え始めた、その時、

 

『クマ~』

 

 司令部に突如として、奇妙な鳴き声が響き渡った。

 

「なんだこれ?」

 

「もしかして、くまの声?」と、真面目な顔をして、叢雲が言う。

 

「おいおい、熊がクマ~って鳴くわけないだろ」

 

「いえ、だからくまの声よ」

 

 何を言っているんだ叢雲は?

 

 と、海尾が首をひねったところに、仁淀が口を挟んできた。

 

「司令、今のは球磨型軽巡一番艦・球磨さんからの通信呼び出しです」

 

「くま?」

 

『クゥマ~♪』

 

 その通りだ、みたいなニュアンスでまた鳴き声が響き、正面スクリーンの一画に彼女の姿が映し出された。

 

『球磨型軽巡一番艦・球磨だクマ。南方警備艦隊司令部、応答願うクマ~』

 

 栗色の髪の、あどけなさを多分に残したその少女は、事前に渡されていた人事資料の写真よりもさらに子供っぽく見えた。

 

 もっとも、実年齢ははるかに上だと分かっているが、それでも、しかし・・・

 

「なあ、叢雲。こいつ本当にクマクマ言ってるぞ」

 

「まあ人事資料に嘘を書くわけないし、当然だけどね・・・」

 

『お~い、司令部~、居るのはわかってんだぞ、返事しろクマ~、居留守使ってんじゃねえぞクマ~』

 

「こちら南方警備艦隊司令部、司令の海尾だ。ずいぶんと口の悪い奴だな」

 

 まあ、語尾のクマが間延びしているせいで嫌悪感より脱力感しか沸かないが。

 

 海尾の返答に、球磨は八重歯を見せて「にししっ」と笑った。

 

『口が悪いのは生まれつきだクマ。そんなことより十一駆が面白いことになってるクマね。戦艦が出張ってるとか楽しそうな祭りだクマ。球磨たちにも一枚かませろクマ』

 

「一枚かませろって、お前たちの現在地じゃ増援には到底間に合わないはず--」

 

 海尾がそう言いかけたとき、仁淀が何かに気づいて、海域戦況図を拡げて周辺の海域も示して見せた。

 

 そこに、味方の反応があった。

 

「球磨さんと那珂さんから現在地が送信されてきました。漁船群の北方20海里です!」

 

「お前ら、なんでもうそんな近くにいるんだよ!? こっちが指示した航海計画と全然違うじゃないか!?」

 

『うわさの“人喰い雷巡”を殺れるときいて全速力で駆けつけてきたクマ♪』

 

「血の気の多いクマだな、お前!」

 

 というか、人喰い雷巡は警戒していただけで、こっちから進んで倒せと言った覚えはないはずだが。

 

『褒められると照れるクマ』

 

「褒めたつもりは無い。・・・が、しかし結果的には好都合だな。球磨、那珂の両艦はこのまま南下し、十一駆の指揮下に入れ」

 

『了解だクマ。で、司令から旗艦に指示はあるクマか?』

 

 球磨は、旗艦である白雪がジャミング下にあって司令部と直接連絡が取れないことも把握して、伝言を買って出た。

 

「撤退だ」海尾は迷わず答えた。「戦艦の有効射程に捉えられる前に海域を離脱しろ。漁船の被害はこの際、止む得ない」

 

『この司令、鬼だクマ』

 

「俺を非難したければ帰投してから直接言うがいい。全員無事に帰ってきたなら喜んで罵られてやる」

 

『罵られて喜ぶとか変態クマ』

 

「任務遂行前に罵ることは許可しない。さっさと行け」

 

『にしし、了解だクマ。ここから約二十分で戦闘海域に突入するクマ!』

 

 スクリーンから球磨の姿が消えた。

 

 海尾はコンソールの席に深く座り直し、自分の顔を手で拭った。

 

 そんな海尾を、傍らから叢雲が眺める。

 

「・・・白雪と初霜が、撤退命令を受け入れるかしらね」

 

「白雪は受け入れるさ」海尾は目元を手で覆ったまま答えた。「俺の見えないところで沈ませるわけにはいかないんだ。もっとも、白雪の過去を考えるなら、彼女にとって受け入れ難い命令だとわかっている。それでも、白雪なら従ってくれると俺は信じている。・・・ただ、初霜は」

 

「救命行為に関わる場面での複数回に渡る抗命行為と独断専行。それが初霜の北方警備艦隊時代の評価だったわよね?」

 

「・・・・・・命令は下した」

 

 海尾は目の上から手を放し、海域戦況図に目を移した。

 

 司令としての役割は、部下たちが安心して全力を尽くせる様、作戦を立て、そして退き際を見極めてやることだ。

 

「・・・後は、現場の彼女たちを信じるだけだ」

 

 そして、起きた結果の全ての責任を負うこと。

 

 その役割の重さを、海尾は徐々に実感しつつあった・・・

 

 




次回予告

 奴だ。

 二年前の因縁の相手。

 初霜という艦娘の在り方を確定させるきっかけとなった、あの敵がここにいる。

 闇の中、霧の中、過去に囚われた者たちが、明日を求めて咆哮を上げる。

次回「第十七話・蘇える因縁」

「行け、初霜! その身に代えて、必ず奴を救助せよ!」

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