艦これ海上戦記譚~明け空告げる、海をゆく~   作:PlusⅨ

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第十七話・蘇える因縁

 時間は少し遡る。

 

 雷巡チ級による白雪への砲撃を確認した初霜は、即座に自らが囮となることを決断した。

 

 初霜は白雪へ発光信号を送ってその事を伝えると同時に、妨害電波の発信方向へ向けて、時限信管をセットした対空弾を仰角四十五度で発砲。そして再度回頭を行い、チ級へと針路を取った。

 

 発砲は敵への攻撃ではなく、初霜自身の存在を敵に暴露させるためのものだ。

 

 放った砲弾は時限信管によって高高度で爆散し、同じ方向に居る漁船群の近くに落ちることはなかった。

 

 これで付近にいる敵は初霜の位置に気づくはずだ。

 

 戦艦ル級のジャミングは最大30海里以上に達するので、ル級自体はまだ遠い可能性はあるが、しかしその場合、駆逐艦が先行している可能性が高い。

 

 そう考えながら初霜がチ級に針路を取り終えたころ、白雪から発光信号が届いた。

 

 

【了解、初霜は突貫せよ。初霜は敵を引き付けつつ南下せよ。村雨は漁船群の東側へ進出し、北へ避難誘導を行なえ。本艦は漁船群の西側にて避難誘導及び要救助者の捜索及び救助を実施する。尚、返信の要なし】

 

 

 白雪は初霜の独断専行を追認したうえで、それを積極的に利用する気だ。そして白雪は、この漁船群全てを守るつもりでいる。

 

「白雪さん、ありがとうございます」

 

 この短時間に、これだけ重大な方針と覚悟を決めた白雪に、初霜は感謝した。

 

(白雪さんの覚悟に応えるためにも、要救助者の安否を早く確かめないと・・・!)

 

 この霧の中で、彼の安否確認と、そして囮役を同時にこなせるのは、動体検知器を装備した初霜をおいて他に居なかった。

 

 初霜は動体検知器でチ級の動きを注視しつつ、各光学センサーと赤外線カメラ、そして電波探知装置の感度を最大限まで引き上げた。

 

 光学センサー、赤外線カメラにはまだ何も映らない。深海棲艦はほとんど熱を出さない冷たい存在なのだ。

 

 だが人間なら生きている限り体温をもっている。

 

 しかし霧が濃すぎるのと、そして対象となる熱源が小さすぎて赤外線カメラでもまだ捉え切れていないのだ。

 

 だから、近づくしかない。

 

 近づけば、熱を探知できるし、それにこのジャミング下でも救難信号を拾える可能性もあるだろう。

 

 動体検知器により、チ級もまた初霜に向かって動き出したのがわかった。

 

 その距離4000ヤード以下。霧が晴れていたなら、100m級の深海棲艦は手が届きそうなほど近くに見えるはずだ。

 

 そんな至近距離で、初霜とチ級はお互い真正面から接近しあう。彼我距離がみるみるうちに減っていく。

 

 距離3000・・・2000・・・

 

 ・・・1500、1000!

 

「取舵一杯!」

 

 正面衝突寸前に左へと舵を切った、それとほぼ同じタイミングで、初霜の正面で発砲炎と砲声が上がり、艦橋のすぐそばを砲弾が掠め飛んで行った。

 

「面舵一杯! 探照灯照射始め!」

 

 砲弾の衝撃波に艦橋を揺さぶられながらも、初霜は右に舵を切り替えしながら、右方向をサーチライトの強力な光で照らし上げた。

 

 チ級との距離は既に100メートルも離れていない。初霜はリンクしているセンサー類とは違う部分、自らの肌感覚で、闇と霧の向こうに巨大な気配が存在しているのを感じ取った。

 

 その存在の一部が、サーチライトの光によって浮かび上がる。

 

 すれ違うのは一瞬。巨大な影は、すぐに光の範囲から後方へと抜けていった。

 

 だがその一瞬でも、サポートAIが情報収集を行うには充分だった。フル稼働している各センサーが敵の正体を瞬時に分析し、結果を初霜に伝える。

 

 敵は雷巡チ級。そしてその個体識別情報までが判明した。

 

 あの“人喰い雷巡”である。

 

 その事実に初霜は総毛立った。

 

 奴だ。

 

 二年前の因縁の相手。

 

 初霜という艦娘の在り方を確定させるきっかけとなった、あの敵がここにいる。

 

 だが、しかし、それよりも更に重大な事実をセンサー類は捉えていた。

 

 救難信号の発信場所、そして赤外線カメラが感知した彼の居場所だ。

 

 それは、なんと、

 

「要救助者が、チ級の手の上に居るの!?」

 

 まるで捕らえられているかのようだ。これではチ級を攻撃できない。

 

 初霜は白雪の現在地を動体検知器と赤外線カメラで探し出し、その方向へ発光信号を送った。

 

【要救助者を発見。雷巡チ級に捕らえられている模様。本艦は敵をこのまま南へと誘因する】

 

【了解】

 

 白雪から返信を確認。発光信号の光は霧でかなりぼやけていたが、赤外線カメラではまだハッキリと捉えることが出来る。

 

 一方、後方へすれ違ったチ級は白雪ではなく初霜へと狙いを替えたようだった。

 

 チ級が初霜を追いかけるべく反転したのを動体検知器で確認し、彼女もまた南東へと針路を取る。

 

 まずはこのチ級を始めとして深海棲艦の戦力を漁船群から引き離すことが重要だ。

 

 初霜は漁船群の南側へと回り込む。

 

 そして漁船群の東側から迫ってくるであろう敵の注意を引くべく、その方向へ主砲を放った。

 

 漁船群が順調に北へと逃げていく中、動体検知器が東側から向かってくる二体の影を捉えた。

 

 妨害電波の発信方向とは別であり、またその大きさからみても恐らく敵は駆逐艦級だろう、と初霜は推測する。

 

 駆逐艦級との距離は動体検知器の探知距離ギリギリの10海里(約20000ヤード)。

 

 一方、後方から追いすがってくるチ級は5海里(10000ヤード)の距離に居る。

 

 初霜の主砲である12.7センチ連装砲の射程は12海里、有効射程距離なら5海里。チ級の装備する6インチ砲よりも威力は少ないが、射程は同等、そして命中率でははるかに上回る。

 

 初霜は、チ級と駆逐艦二隻なら砲撃戦でも充分に立ち回れる自信があった。

 

 初霜は引き続き南東へ進みながら、駆逐艦級へ向かって発砲を繰り返す。発砲後、敵からの反撃をかわすためにすぐに舵を取り、回避運動を行う。

 

 右に左にと切り返される初霜の航跡を追うように敵駆逐艦から放たれた砲弾が次々と着弾し、水柱をあげた。

 

 砲弾は大気を押しのけて進むので動体検知器で弾道をはっきりと捉えることができ、そのためある程度の距離を保っていれば避けるのは容易い。しかしそれでも二隻がかりの砲撃は油断できるものでは無い。

 

 これで後方のチ級までもが砲撃に加われば、流石に初霜も避けきる自信は無かった。

 

 が、どういう訳かチ級は攻撃を控え、徐々に距離を離しつつあった。

 

(撃ってこない? ・・・まるでこちらを観察しているようだわ)

 

 距離を離しつつも、針路は初霜を追い続けている。

 

 理由は不明だが、取り敢えず駆逐艦級二隻を先に叩けるならばそれに越したことは無い。初霜はチ級の動きにも注意しつつ、駆逐艦級からの砲撃を至近弾で回避する。

 

「大丈夫、まだ遠いわ!」

 

 水柱の飛沫をあびながら、初霜は自分自身に言い聞かせた。

 

 しかし、この霧の中、敵の砲撃もかなり正確だ。恐らくこちらが発する赤外線を深海棲艦に捕らえられたのだろう、と初霜は推測する。

 

 何しろ先ほどから発砲を繰り返しているのだ。IR低減装置でタービンからの排熱を抑えていても、発砲炎と、そして冷却が追いつかず熱くなってしまった主砲の砲身からの熱は隠しようが無い。

 

 初霜は数と正確さを増した砲撃を冷静にかわしながら、敵駆逐艦二隻との距離を詰めていった。

 

 初霜からは時折、牽制用に数発を撃ち返すだけで、まだ本格的には反撃しない。

 

 中途半端な距離で全力射撃を行なってもそうそう命中するものでは無く、却って敵を警戒させて遠ざけてしまう可能性が高い。だから初霜は牽制用の射撃にしても敢えて狙いを外して撃っていた。そうやって敵を引きつけるだけ引きつけるのだ。

 

 初霜の周囲を敵駆逐艦二隻からの砲撃による水柱が囲み始めた。耳元にも直接、砲弾が空気を切り裂く甲高い音が引っ切り無しに聞こえてくる。

 

 弾道が見えているとはいえ、回避のタイミングはかなりシビアになりつつあった。その緊張感は半端なものでは無い。

 

 撃たれているという恐怖、不安。加速度的に高まっていくそれらを意志の力で押し殺しながら、初霜は敵との必殺の間合いを図り続けていた。ーーー

 

 

 

 

 

 一方その頃、漁船群の東側を守る村雨もまた、接近しつつある駆逐艦ロ級一隻から砲撃を受けつつも、その間合いを詰めようとしていた。

 

 村雨の居る場所は霧もほとんどなく、空も薄明るくなっていた。

 

 既に肉眼でもはっきりと視認できる距離にいるロ級が、5インチ砲を立て続けに発砲しながら、村雨に向かって真っ直ぐに向かってくる。

 

 村雨は動体検知器を装備していないので、レーダーがジャミングによって機能低下している現状では弾道を見ることができない。

 

 そのため村雨はランダムに蛇行運動を行うことで相手の砲撃をかわしていた。今の所、うまくかわせてはいるが、しかし、

 

「でもでもこれって、ほとんどギャンブルみたいなものだけどねぇぇぇ!!」

 

 軽口じみた言葉だったが、すぐ真横に水柱が上がった衝撃に、悲鳴じみた叫びをあげてしまう。

 

 村雨は額に脂汗を浮かべながら、主砲の発射トリガーを引きたい衝動を必死に堪えた。

 

「まだまだ・・・まだだからね・・・!」

 

 駆逐艦が砲雷撃戦だけで敵を沈めたければ、敵の白目が見えるくらい引きつけてから撃て、と昔教わったことを思い出す。

 

 お互いに動き回る数千ヤード以上も離れた目標への命中率など、良くて一割に届くかどうかだ。その上、駆逐艦の12.7センチ砲など対艦戦闘では豆鉄砲ぐらいの威力しかない。

 

 それを補うためには、ギリギリまで接近して命中率を高め、集中的に砲弾を叩き込むしかない。

 

 敵の砲撃をかわしつつ間合いを計りながら、村雨はふと、姉妹艦である駆逐艦・夕立のことを思い出した。

 

 夕立はこの接近戦を誰よりも得意としていた艦娘だった。

 

 いつだったかの敵泊地への殴り込み作戦では、星明かりもない夜の闇の中、敵の大群の中へ単艦で飛び込み、大暴れするという真似までしてみせた。

 

 その結果、駆逐艦たった一隻で巡洋艦級を一隻轟沈、さらに巡洋艦級二隻と駆逐艦級一隻を大破させるという戦果を挙げてみせたのだから尋常ではない。

 

 まあその戦果と引き換えに夕立は船体を沈められてしまったのだが、本人とAIデータは僚艦だった五月雨に救助と転送されて無事に帰還を果たしている。

 

 なお、その殴り込み作戦では二日後の夜にも再突入が行われ、この時は駆逐艦・綾波が同じように敵中へと飛び込み、駆逐艦級四隻を撃沈、戦艦級一隻を中破という戦果を挙げた後に沈んでいる(艦娘とAIデータはやはり帰還しているが)。

 

 この二隻の戦いぶりは駆逐艦娘の戦闘力の高さを世界中に喧伝してみせたが、同時にその余りにも命知らず過ぎる戦いぶりに司令部が懸念を示し、駆逐艦による敵陣への突入は邪道の戦法と見なされ戦技として正式採用される事は無かった。

 

 生還した二人の艦娘も既に引退し、今では村雨の同期たちが襲名している。

 

 叢雲が「逆落とし」を村雨に教授してくれなかったのも、この理由からだ。

 

 だが、しかし、

 

「距離5000。いい感じ、いい感じ。じゃあ、いっちゃいますか!」

 

 村雨は大きく舵を切り、艦首をロ級に向けた。そのまま最大戦速で突っ走る。

 

「主砲連射、撃ち方はじめ!」

 

 村雨の前部主砲が轟音を発して火を噴き、毎秒一発の連射速度で12.7センチ砲弾が放たれる。

 

 距離5000ヤード以下で放たれた弾丸はほぼ直進弾道でロ級の身体をかすめていく。

 

 ロ級が方向転換して回避行動を取るが、村雨の主砲は砲塔を旋回させて狙いを外す事なく砲弾を浴びせ続けた。

 

 砲弾は三発、四発と海面上に現れているロ級の背面部をかすめ飛び、そして五発目が遂にその横腹に命中した。

 

 厚い肉の壁により砲弾は体表にわずかに減り込んだ程度であったが、遅発信管により砲弾が爆発、周辺の体表組織を抉るように吹き飛ばした。

 

 そのダメージに、ロ級が獣のような咆哮をあげる。

 

 ダメージは体表組織のみで致命傷には程遠いが、それでもロ級の動きを一瞬とはいえ鈍らせるには十分だった。

 

 そのわずかな隙に、村雨はさらに砲弾を浴びせ撃つ。

 

 六、七、八発と至近弾が続き、それを見ながら村雨は照準を修正、十発目から立て続けに命中弾を与えることに成功する。

 

 ロ級の全身が爆炎と水柱に包まれた。

 

 さらに動きが鈍ったロ級に対し、村雨は舵を切って船体の側面を見せる態勢へと移行する。こうすると被弾面積が増えてしまうが、同時に前後部合わせて三基の砲塔全てで攻撃することが可能となる。

 

「全砲門、斉射、撃ち方はじめ!」

 

 三基六門が一斉に火を噴き、村雨の華奢な船体を震わせた。

 

 もはや3000ヤード程度しか離れていない敵に砲弾が殺到し、ほぼ同箇所に集中着弾した。

 

 その破壊力は体表のみならず体内深くにまで達し、それにより砲撃用の可燃性物質に引火したのだろう、ロ級のクジラじみた巨体を前後二つに引き裂く大爆発を生じせしめた。

 

「うわわわわわ!?」

 

 その爆発が余りにも近かったために、衝撃波と横波が、村雨の船体を大きく揺らした。

 

 村雨はさらに回頭し、爆発地点から遠ざかる。

 

「ふぃ~、危なかったぁ。でもこれで一隻撃破だよ。ふっふっふ~。どう、白露型駆逐艦の実力、侮れないでしょ」

 

 沈みゆくロ級の残骸に指を突きつけ言い放つ。

 

 ほとんど独り言だが、戦闘中にテンションが上がって余計なことを口走るのは、彼女の癖みたいなものだった。ジャミングがかけられていなければ、もしかしたら僚艦からうるさいと苦情が来たかもしれない。

 

 と村雨はそこまで考えて、そうだジャミングだ、と思い出す。

 

 ル級のジャミングをなんとかしない事には、まだ霧が一部で立ち込めているこの海域ではあまりにも不利だ。

 

 せめて味方にも戦艦か重巡が居れば高度な電子戦を繰り広げることが出来るのだが、しかし、無い物をねだってもしょうがない。

 

「ま、ル級はまだまだ遠いし、初霜ちゃんも他の敵を上手く引きつけてくれたし、漁船群も順調に逃げてくれているし・・・このままなら、大丈夫だよね」

 

 一時はどうなるかと思ったが、取り敢えずは何とかなりそうだ。

 

 そう思った時--

 

 --村雨の目の前に、突如として、黒い影が浮上した。

 

 真正面、それも至近距離だ。

 

 真黒な紡錘形の身体の正面に巨大な一つ目が青く輝き、その下で牙を並べ立てた巨大な顎が、大きく上下に開かれていた。

 

 深海棲艦、駆逐艦ハ級だった。

 

「面舵! 最大舵角!」

 

 正面衝突寸前に、村雨はかろうじて右への回頭に成功する。しかし完全にかわしきれた訳では無かった。

 

「やばいっ!?」

 

 村雨は咄嗟に手近の手すりにしがみついた。

 

 彼女の視界に、艦首とハ級の頭部側が互いにすれ違っていく光景が映る。

 

 その次の瞬間、耳をつんざくような衝突音と共に、艦橋が突き飛ばされた様に右へと大きく傾いた。

 

「--ひっ!?」

 

 その激しい衝撃に村雨自身も吹っ飛びそうになるのを、手すりにしがみついて何とか堪える。

 

 村雨の船体とハ級は接触したまま、互いに左側面を擦り付け合いながらすれ違う。

 

「うわわわあ! わあああ!?」

 

 激しい振動と、大量の火花を散らしながら両者は交差し終え、ようやく離れた。

 

 ハ級が村雨の後部へと抜け、そのため今まで右へ大きく傾いていた船体が今度は左へと大きく振れ戻った。

 

 その揺れの中で、村雨はすかさず後部主砲二基を後方のハ級に向けた。

 

「こんのおおお!!」

 

 後部主砲二基四門が立て続けに火を噴き、まだほとんど離れていないハ級の後部をえぐっていく。

 

 ほぼ全弾が命中し、ハ級の後部をズタズタに破壊した。

 

 ハ級は後部側から大量の気泡を吹き上げながら沈み込んでいき、頭部側を高々と持ち上げた直立状態となって海中へと没していった。

 

「は・・・ハ級の撃沈を確認・・・」

 

 いまだ左右に大きく揺れる艦橋で、村雨は荒く息を吐きながら撃沈を宣言した。もう軽口を叩く余裕もない。

 

(また、いきなり現れた・・・!?)

 

 しかも今の出現の仕方は、敵にとっても想定外だったように、村雨には感じられた。

 

(まさか、ここ、本当に未知の出現海域なの?)

 

 考えたくもない最悪の可能性が彼女の脳裏をよぎった時、艦橋に警報が鳴り響いた。全周囲を警戒中の光学センサーが、新たな目標の出現を捉えたのだ。

 

「北の方角? 嘘でしょ!?」

 

 咄嗟に目を向けた村雨の視界に、最悪の状況が映し出されていた。

 

 センサーによって拡大された視野の中、霧の無い北の水平線に、新たに四隻の深海棲艦の影が見えていた。いずれも人型では無い。

 

 サポートAIが無機質に報告する。

 

『敵の増援を確認。数は四。種別、駆逐艦ハ級。単横列にて南下中』

 

「やっぱり、こっちに向かってくる!」

 

 折しも、漁船群の一部が霧から抜け出し、深海棲艦の前に姿を現してしまっていた。

 

 村雨は北に針路を変更。汽笛を吹鳴する。

 

「みんな、そっちに行っちゃダメぇぇぇ!」

 

 汽笛の巨大な重低音が、夜明け直後の白々とした空と海に長々と響き渡った。

 

 村雨の警告に、霧から抜け出した漁船たちが戸惑ったように速力を落とす。小型漁船は駆逐艦と比べて目線が低く、まだ北方のハ級が見えていないのだ。

 

 村雨は北上しながら漁船群を追い越しつつ、外部拡声器を最大出力にして呼びかけた。

 

「北方にも深海棲艦出現! 私が前に出るから、みんなは離れてついてきて!」

 

 この声が果たして漁船に届いているかどうか、それは定かでは無い。しかし、もし聞こえていなかったところで、漁船群に取れる行動の選択肢など北に向かう以外に無いのが現状だ。

 

 東からは戦艦ル級。南には濃い霧と、その中に雷巡チ級と駆逐艦ハ級が二隻。そして西はまだ暗く、さらに霧もまだまだ濃く残っている。レーダーが使えない中、まだ敵が出現するかもしれない海域で霧の中へ飛び込んで行くのは自殺行為に等しい。

 

 ならば、視界が晴れており、また島への帰投進路でもある北へ向かって、一か八か強行突破するしか無い。漁船の漁師たちはそう腹を括ったはずだ。

 

(私が盾になって、ここを突っ切る・・・!)

 

 村雨はもはや軽口も叩かずに、心中静かに覚悟を定めた。

 

 事に臨めば死中へ飛び込むことも躊躇わぬ心構えは、艦娘である以上、誰しもが持ち合わせているものだった。

 

 村雨は漁船群を追い越し、ハ級の単横列に向かって真っ直ぐに突っ込んで行く。

 

 その村雨の左側に、同じく敵へ向かって北上する艦が居た。

 

「白雪さん?」

 

 漁船群の西側に位置していた白雪もまた、漁船群に合わせ北上していたのだ。

 

 そして霧から抜け出したところで、村雨よりも先に北の敵影を発見し、そしてやはり彼女も北への強行突破を選択していた。

 

 位置的には、白雪の方が村雨よりも前に出ている。

 

 白雪から村雨へ発光信号。

 

【本艦後方5000から3000の距離につけ】

 

 さらに続けて、

 

【これより北方の敵へ突撃する。砲雷撃戦用意。我に続け】

 

「え、これって?」

 

 単縦陣による敵陣突撃、それはまさに、

 

「もしかして逆落とし? 待ってましたぁ!」

 

 駆逐艦の必殺奥義、逆落とし。軍によって禁じられたこの技を古参の先輩が自分と共に仕掛けようとしている。

 

 この事実に、村雨のテンションは最高潮に達した。

 

 村雨は白雪の後ろにつき、その後を追う。正式な単縦陣成形の信号を令さなかったという事は、これから回避行動のため、かなり突発的で変則的な操艦を行うという事だ。村雨は白雪の後を追うことだけに集中する。

 

 その時、彼女たちが向かう先のハ級四隻が、接近する白雪と村雨に気づき、左へと一斉回頭を行なった。

 

 これでハ級四隻は、白雪・村雨に対し右側面を見せながら東へと進む単縦列となった。

 

 これは北上する白雪・村雨に対する丁字戦法だ。

 

 北への進路を妨げる形に布陣したハ級四隻が、先頭の白雪めがけ集中砲火を浴びせかけた。

 

 白雪は急速左回頭。その数秒後、白雪の周囲を取り囲むように水柱が乱立する。

 

 夾叉弾だ。

 

 後方の村雨はその光景に息を飲みつつ、白雪の航跡を追って彼女も左回頭を行う。

 

 村雨の艦首に、水柱によって吹き上がった大量の海水が雨のように降り注いだ。その雨の向こうに、白雪の姿が見えた。

 

 どうやら白雪は無傷のようだ。

 

 その白雪が、今度は右へ急速回頭。同時に前部主砲を連続発砲。その狙いはハ級四隻の最も東側に位置する、単縦列の先頭艦に向かってだった。

 

 砲弾は命中しなかったものの、まるで相手の視界を塞ぐかのように、ハ級の前方に次々と着弾し、水柱を屹立させた。

 

 ハ級四隻は白雪に向かって更に発砲。

 

 対して白雪はランダムに回避行動を繰り返しながら、乱立する水柱を縫うように相手へと接近していく。

 

 その操艦は、追従する村雨から見て、まさに神業のように思えた。

 

 ランダムな蛇行運動による回避は村雨も先ほどやってのけたが、たった一隻の駆逐艦相手でさえギャンブルめいた行為だったのだ。それを白雪は、四隻からの集中砲火の中でやってのけている。

 

「さっすが元練習艦隊嚮導艦、ベテラン艦娘は格が違いますね!」

 

 そういえば白雪が練習艦隊時代、村雨も乗艦実習で世話になった覚えがあったことを今更思い出す。

 

 昔も今も終始温厚な笑顔を浮かべているイメージしかないが、この鉄火場で、白雪は今、どんな顔をして操艦をしているのだろうか。

 

 そんなことをふと思った村雨の視界に、白雪から発光信号が瞬いた。

 

【右対水上戦闘。短魚雷発射方向、右舷】

 

 いよいよだ。村雨はすかさず返信。

 

【射撃用意よし。短魚雷発射用意よし】

 

【敵と反航態勢になったところで個艦判断により砲撃開始。短魚雷については本艦の令により発射せよ】

 

【了解】

 

 白雪・村雨は蛇行運動を繰り返しながら、ハ級単縦陣の進行方向である東側へと移動していた。

 

 つまり当初はハ級単縦陣が横棒、白雪・村雨が縦棒となる丁字の態勢であったのが、 ̄/の態勢へと変化したのだ。

 

 白雪と敵との距離が5000を切る。

 

 互いの砲撃が直進弾道を描き、海面に着弾した砲弾が水柱ひとつを上げるに留まらず、水切りの要領で何度も跳躍し、互いの船体の前後を飛び抜けていく。

 

 距離4000。

 

 白雪の放った砲弾が海面を跳躍しながら先頭のハ級の水線下、艦尾付近に命中。ハ級は推進機関を損傷したのか、その速度が急激に落ちた。

 

 そのため後続のハ級との距離が詰まり、衝突を避けるためにこれらも速力を落として左右へと回頭していく。

 

 これによりハ級の単縦陣の陣形が崩れた。

 

 白雪はその機を逃さず左へと急速回頭、敵に右舷を見せる反航戦の態勢に移る。

 

 白雪の後部主砲二基も射撃を開始。

 

 それに従い、村雨も砲撃を開始する。

 

「目標、ハ級先頭艦! 全砲門斉射、 撃ち方はじめ!」

 

 白雪と村雨の砲撃が先頭艦に集中した。

 

 大量の火柱と水柱が先頭艦を包み込み、相手はたちまち大炎上を引き起こす。

 

 白雪・村雨はその横を通り過ぎ、残る三隻とすれ違う態勢となる。

 

 白雪が短魚雷三発を発射。

 

 そしてわずかに間を置き、白雪から発光信号。

 

【短魚雷発射、三発】

 

「了解、短魚雷発射!」

 

 村雨のSSSM発射管から短魚雷が次々と発射された。

 

 計六発の短魚雷が、右往左往するハ級三隻に向かって突き進む。

 

 まず先に発射された白雪の魚雷が二隻に命中した。

 

 しかし一隻は仲間の影に隠れる形になり、そのため残る一本の魚雷は、すでに致命傷を負っていたハ級に命中し、その身体を粉微塵に吹き飛ばした。

 

 生き残ったハ級最後の一隻が、仲間の残骸の影から姿を現わす。

 

 そこに、時間差で放たれた村雨の魚雷が殺到した。

 

 駆逐艦一隻に魚雷三発。

 

 耐久限界を遥かに超えるダメージを受け、最後のハ級は巨大な水柱の中に消えた。

 

「いやったぁぁ!」

 

 多少のオーバーキルがあった以外はほぼ完璧ともいえる逆落としに成功し、村雨は歓声をあげた。

 

 しかし、そこにさらに白雪から発光信号が届く。

 

【北の方角に敵のさらなる増援を確認】

 

「えぇっ!? まだ出てくるの!?」

 

 白雪は右回頭、再び北へと針路を取る。

 

 それを追って同じく回頭した村雨が見たものは、やはり単横列で南下してくるハ級四隻の姿だった。

 

「これ、もしかしてさっきの“やったぁ”でフラグ立てちゃったとか?」

 

 でもおきまりのフラグと言えば“やったか?”だよねぇ。

 

 と、どうでも良いことを考えてしまった村雨の前で、白雪が再び、【我に続け】の信号を送ってきた。

 

 白雪と村雨は息つく暇もなく、新たな敵へ向かって突撃する。

 

 先程と同じ単縦陣で進む彼女たちに対し、新たなハ級四隻は横列陣形のまま反航してきた。そのため先程よりも早くに砲撃射程距離に達し、互いの主砲が火を噴いた。

 

 白雪・村雨は再度、蛇行運動を開始。

 

 左右に大きく避けることが出来る彼女たちに対し、横列陣形のハ級は隣に僚艦がいるため、小幅な回避運動しかできない。

 

 とりわけ内側の二隻は両側に僚艦が居るために回避スペースがほとんど無く、ほぼ直進状態となっていた。

 

 白雪はそれを見逃さなかった。彼女の砲弾が、その内側の一隻に集中する。

 

 数発の至近弾の後、一発がそのハ級に命中した。

 

 大きな損傷は与えていないものの、そのハ級だけ速度が急速に落ちていく。これで敵の一隻が落伍。

 

 そう見えた、次の瞬間、残る三隻が一斉に左右へと別れた。

 

 損傷した一隻と、その隣にいたもう一隻が転舵、反転し、白雪たちに艦尾を向けて同航態勢となった。まるで逃げるかの様だが、そうではない。なぜなら外側の二隻が左右へと別れ、白雪と村雨の両脇をすれ違っていったからだ。

 

 村雨はその意味をすぐに悟った。

 

「しまった、回り込まれた!?」

 

 回避行動を取れない内側二隻を囮に使った挟撃戦法だ。焦る村雨に対し、白雪から発光信号。

 

【前方の二隻を先に撃破する】

 

 白雪は蛇行運動を止め、直進針路で前方を進むハ級二隻を追う。しかしその前方二隻も、後部側に主砲を向けて発砲してきた。

 

 さらに後方へと回り込んだ二隻からも砲撃を次々と浴びせかけられ、白雪と村雨の周囲を水柱で取り囲んだ。

 

「ちょ・・・うわ、これーー本当にヤバイかもぉぉ!?」

 

 後方の敵とは、すれ違ってから回り込むまでのタイムラグのために距離がまだ離れていたものの、前方の二隻とはかなり距離が近づきつつあり、それこそ船体をかすめる様な至近弾が次々と飛来していた。

 

 そんな中でも白雪は冷静に砲撃を行い、一発、また一発と確実に敵へと命中弾を与えていた。しかし先程の様な二隻による全砲門一斉射撃や、雷撃戦が出来る様な態勢ではないために、なかなか敵に致命傷を与える事が出来なかった。

 

 一方、後方から迫る敵二隻との距離は徐々に近付きつつあった。村雨も後部主砲を使って敵へ反撃していたが、前後から砲撃を受けているこの状況で、白雪の様に、冷静に正確な射撃を行うだけの技量は彼女にはまだ無かった。

 

 村雨の艦尾すぐ近くに水柱が上がり、一瞬遅れて水中に没した敵の砲弾が爆発する。

 

 それはまさに村雨の艦尾真下だった。

 

 水中爆発の衝撃が、村雨の艦尾に襲いかかる。

 

「--くぁっ!?」

 

 背後から強烈に突き飛ばされたかの様な衝撃に船体が揺れ、さらに進路が大きく右へと逸れた。

 

 それはちょうど白雪が左へと回頭していこうというタイミングだった。そのため白雪と村雨は図らずも左右へと別れる形になってしまう。

 

 それに気づいた村雨はすぐに針路を戻そうと取舵を取った。

 

 だが、しかし、

 

「舵角が変わらない? --舵をやられた!?」

 

 村雨がその事実に気づいた直後、サポートAIが舵故障を報告した。

 

『油圧回路破損により舵機モーター圧力低下。舵機室で火災発生。操舵不能』

 

「応急操舵配置につけ! 人力操舵、急げ!」

 

 村雨の命令に、艦内のメンテ妖精たちが素早くダメージコントロールに動き出す。

 

 舵故障の原因は、水中爆発の衝撃によって艦尾の舵柄に強い負荷がかかり、それによって舵を動かすための油圧モーターが破損したためだった。

 

 それだけでは無く、油圧モーターにかかった圧力により電装系にまで過電流が流れ、それによって電気回路がショート、弾けた火花が配管から吹き出した油圧モータ用の制御油に引火し、舵機室を火の海に変えていた。

 

 だが、駆けつけた妖精たちは大火災を物ともせずに舵機室へと突入していく。

 

 妖精たちは二手に分かれ、一方は火災の消火に、そしてもう一方は火の海の中で舵の手動操作ハンドルに取付いた。

 

 サポートAIからの報告。

 

『人力操舵可能、人力操舵用意よし』

 

「人力操舵始め! 取舵一杯!」

 

 火と煙と消化剤が吹き荒れる地獄の様な舵機室で、メンテ妖精は村雨の指示に従い手動操作ハンドルを力の限りに回し出す。

 

 舵角取舵30度。船体はようやく左へと回頭を開始した。舵柄そのものは無事であることを確認。

 

 しかし既に白雪とは大きく離れてしまい、そして後方のハ級にはさらに接近されてしまっていた。

 

 このままでは、各個撃破の憂き目に遭う。

 

(どうする? まだ白雪さんに追いつける? いや、それは難しい。だったらいっそ、不利を承知で反転、後方の二隻に単艦で立ち向かうか--)

 

 だが手動操作の舵では、今までの様な回避行動は不可能だ。

 

 これでは不利どころか、勝ち目など万に一つも無かった。

 

 万事休す。

 

 村雨が諦めかけた、その矢先--

 

 

 --村雨の前方、白雪が追いすがる同航のハ級二隻が、突如として同時に大爆発を起こしたのが見えた。

 

「おお! これってもしかして白雪さんの攻撃? さすが、やるぅ!」

 

 村雨は歓喜の叫びを上げたが、その直後に疑問を覚えた。

 

 いくら白雪の練度が高いとは言え、前部主砲一基のみでハ級二隻を同時に爆沈にまで追い込めるものだろうか。それに、あの爆発は主砲の攻撃によるものというよりも、むしろ魚雷攻撃によるものではなかろうか。

 

 村雨がそう考えていたとき、爆発によって海面を覆い尽くしていた大量の黒煙を突き抜けて、一隻の艦が姿を現した。

 

 駆逐艦よりも一回り大きなその船体は、5500トン級の軽巡洋艦に間違い無かった。

 

 それが発光信号を放ちながら、最大戦速、真反航でこちらへ突っ込んでくる。

 

【艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよ~。センターは任せてね!】

 

 そうか、あれが合流予定の新たな僚艦、川内型軽巡三番艦・那珂か。ハ級を葬ったのは彼女だと村雨は納得する。

 

 けれど、センターは任せてとかいきなり何を言っているんだろう、この人は?

 

 と、一瞬呆気にとられたが、前方の白雪からすぐさま発光信号が来た。

 

【村雨はそのまま急速左回頭せよ。急げ!】

 

 つまりこのまま取舵一杯を維持して左へと逃げろと。なぜかと言えば、それは那珂が突っ込んで来るからであり、ああ成る程、さっきの発光信号は白雪と村雨のど真ん中を突っ切って行くから避けろと言うことだったのか--

 

「--てぇぇ、待って、待って!? 近い近い近いからぁ!!」

 

 前方から那珂の船体が、右に避けた白雪とかすめるようにしてすれ違い、村雨めがけ真っ直ぐに迫りつつあった。

 

 先の深海棲艦とに続き、正面衝突の危機はこれで二度目だ。しかも今度は味方の艦とか洒落にならない。

 

 しかしなんとか村雨は左へと回頭し、ギリギリでの回避に成功した。

 

 彼女のすぐ真横、距離にして30メートル程度しか離れていない場所を、那珂が高速ですれ違って行く。

 

 その時、相手の艦橋の右ウィングに、こちらに向かってウィンクと投げキッスをする艦娘の姿を村雨は認めた。

 

 この危険な操艦で僚艦を衝突の危機に晒しておいて、その余裕と態度は一体なんなのか。村雨は怒りを通り越して呆れ果てた。

 

(むしろもう、感心するレベルだわ・・・)

 

 そう思っている間に、続けてもう一隻、同じく5500トン級の軽巡がやはり最大戦速ですれ違っていった。

 

 船体側面には「クマ」と記されている。球磨型軽巡の、球磨だ。

 

 那珂と球磨は単縦陣で、残るハ級二隻へと迫って行く。

 

 この軽巡二人は、味方との正面衝突の危険さえ無視して突き進んだ艦娘である。

 

 であるから、敵に対してはそれこそ全く躊躇う素振りも何もなく、まさにぶつける勢いで突撃を敢行していた。

 

 距離は一瞬で詰まり、ハ級二隻は慌てたように左右へと別れていく。

 

「右、もらうよ!」

 

「左、魚雷発射だクマァ!」

 

 すれ違いざまに左右へ放たれた魚雷により、ハ級二隻がほぼ同時に爆沈した。

 

【球磨ちゃん、ナーイス。で、次はどうしちゃう?】

 

【雑魚を瞬殺した程度じゃ、球磨はまだ満たされないクマ。もう少し楽しませろクマ】

 

【オッケー】

 

 次発装填装置が稼働し、空になったSSSM発射管に新たなSSSMが装填される。

 

 那珂と球磨に搭載されている発射管は二連装二基。搭載SSSMは無人機搭載用も含め各九発ずつであり、ハ級に対し二発を使用したため、残弾数は各七発だった。

 

 那珂と球磨は速度を落とすことなく、左へと回頭。東から迫りつつあるル級へと針路を向ける。

 

 東の水平線には既に太陽が昇り、その太陽を背にして巨大なル級のシルエットが水平線に仁王立ちしていた。

 

 その距離目算で約20海里。

 

 お互い、35ノットを超える速力で近づき合っているため、その相対速力は70ノットを超えており、それにより彼我距離が瞬く間に縮まって行く。

 

 彼我距離15海里。

 

 ル級の主砲の射程内である。その時、先頭を走る那珂は、ル級のシルエットが大量の砲煙に包まれるのを目撃した。

 

【ル級発砲! 来るよ、球磨ちゃん!】

 

【ゔおおおお!】

 

 那珂は右へ、球磨は左へとそれぞれ急速回頭。

 

 左右に大きく展開した二隻の間に、ル級の放った砲弾が着弾した。

 

 16インチ砲六基十二門の全門斉射である。

 

 駆逐艦の主砲とは桁違いの破壊力を持つ十二発の砲弾は、軽巡二隻の間の海面を丸ごと覆すかのような巨大な水柱を生じせしめた。

 

 着弾の衝撃と、それによって引き起こされた津波のような波紋が、左右に避けた那珂と球磨の船体を大きく揺さぶる。

 

 しかしそんな状態にあっても、この二隻は果敢に攻撃を開始した。

 

「いっくよ〜! 対水上戦闘、SSSM攻撃準備!」

 

「目標、戦艦ル級。発射弾数二発、SSSM発射始めクマぁ!」

 

 ル級に対し、那珂と球磨から各二発ずつ、計四発のSSSMが発射された。その四発のSSSMは上空へ向けて高く舞い上がる。

 

 SSSMは通常、自ら電波を発して目標をレーダーで探し出すのだが、それとは別にジャミングに対抗するため、妨害電波そのものを捉えてその発信源に向かって行くという機能を持っている。その機能により四発のSSSMは高空からル級へと弾頭を向け、真っ直ぐに突入を開始した。

 

 しかしその存在にル級も気づく。

 

 ル級はすかさず対空防御を開始。大出力を要する無差別バラージジャミングを一時停止し、代わりに強捜索用レーダー波を輻射してSSSMの正確な位置、速度を把握する。

 

 一方、SSSMは、目標としていた妨害電波が消失した事により、すかさずレーダーを起動してアクティブホーミングを開始、こちらもル級の正確な位置を補足する。

 

 しかしル級は、これに対しチャフ弾を放出。ル級の頭上に放たれた数発のチャフ弾が破裂し、その巨体を包み込むように大量の金属片が雪のように舞った。

 

 この金属片によりSSSMのレーダー波が撹乱されるが、しかしSSSMは弾頭部の光学センサー既に起動しており、これによりル級のシルエットをカメラで捉え、それを目標に軌道を修正する。

 

 ル級、尚も迫るSSSMに対し指向性の強力な電磁パルスを発信。

 

 これによりSSSM四発中、二発が内部コンピュータの電子回路を焼き切られ制御不能となり、海面へと墜落していった。しかし残る二発はこれを凌ぎきり、ル級への命中コースを維持し突入を敢行する。

 

 この一連の電子戦の攻防に要した時間は、ほぼ一瞬である。

 

 ル級は電子戦によるソフトキルから、対空砲火によるハードキルへと移行。5インチ砲及び機銃による弾幕を展開。レーダー照準による正確かつ高火力による濃密な集中猛射により、残る二発のSSSMもまた敢え無く撃墜されてしまった。

 

 だが、しかし、

 

「まだまだ行くよー!」

 

「SSSM発射だクマぁ!」

 

 那珂と球磨はさらに二発ずつ、計四発を発射。

 

 その四発は先ほどの四発とほぼ同じ飛行経路、電子戦、そしてル級による対空砲火により、やはり敢え無く撃墜された。

 

 これではほとんど墜とされるために撃ったようなものだった。

 

 ル級の対空対処能力は同時二十発まで対処可能であることは承知の事実であるから、たかが四発のSSSMなど無意味である。

 

 まして那珂と球磨SSSM搭載数は、予備弾を除けば最大八発しかない。二隻合わせても十六発全てを発射しても足りはしない。

 

 しかも、ここまで逐次発射を繰り返してしまった事により、今や二隻のSSSM保有残弾数は、予備弾を除けば二発ずつしかなかった。

 

 それなのに、

 

「第三弾、いっくよー!」

 

「残らず喰らっとけクマぁ!」

 

 那珂と球磨は躊躇うことなく残された二発をそれぞれ発射した。これで二艦が自力で撃てるSSSMは無くなってしまった。

 

  残る予備弾一発は無人偵察機用である。そして、その無人偵察機はもはや、既に--

 

 SSSM四発中二発がやはり電子戦に敗れ墜落する。

 

 ル級はソフトキルからハードキルへと移行、ルーチンワークの如く上空のSSSMへ対空砲火を浴びせようとした。

 

 

 まさにその時、

 

 

 ル級は、己の足元めがけ、海面すれすれを低空飛行しながら接近してくるクアッドコプターの存在を初めて探知した。

 

 それは那珂と球磨が放った二機の無人偵察機であった。

 

 四つのローターを四隅に装備したX型の機体の中央にSSSMを搭載し、波が打ちかかるほどの低空飛行でル級めがけ接近する。

 

 その存在に気づいたル級は、対空砲火の狙いを二機の無人偵察機に変更、足元に向け弾幕を張る。

 

 しかしル級の対空火器は上空への命中精度は高くとも、下方向へ撃つことは想定されていなかった。

 

 二機の無人偵察機は、海を波立たせるだけの弾幕を潜り抜ける。

 

 ル級は対空火器による撃墜が難しいと判断し、この無人偵察機の遠隔操作を断ち切るべく電磁パルスによるEMP及び再度バラージジャミングを開始する。

 

 だが無人偵察機はその電子攻撃に何の影響も受けなかった。

 

 なぜならこの無人偵察機は艦娘達によって遠隔操作されていたわけではなく、ル級の移動予測地点を目指して予め入力された飛行経路を辿っていただけのプログラム飛行だったからだ。

 

 レーダーを使っていたわけでも無いため、受信アンテナから電磁パルスを受信して電子回路を焼き切られることも無く、バラージジャミングも無意味だった。

 

 無人偵察機はル級の妨害行為を無視して、プログラムされたポイントでSSSMを短魚雷モードで投下、反転して離脱にかかる。

 

 その時、球磨の無人偵察機がついにル級の弾幕に捉えられ撃墜されたが、それがル級の最期の反撃となった。

 

 ル級の真下に潜り込んだ二発の魚雷が信管を起動、巨大な水柱と衝撃波がル級の巨体を飲み込んだ。

 

 ル級の両脚にある推進機関、150メートルもの巨体を支える脚部の各関節、そして要である腰部、下半身のあらゆる場所に構造限界を超える過負荷がかかり、その全てを破壊する。

 

 魚雷爆発の水柱が収まった時、ル級もまた同時に崩れるように倒れ伏し、もう一度巨大な水柱が跳ね上がった。

 

 だが、かろうじてまだ片腕を海面につき、上半身を起こしている状態だった。残る片腕で構えた主砲ユニットが、那珂と球磨に向けられる。

 

 しかし、その目の前にあったのは--

 

「残らず喰らっとけ。そう言ったはずだクマ」

 

 高空からの位置エネルギーを運動エネルギーに変え、それを推進力に加算した事により音速を超えた二発のSSSMが、ル級の胸に直撃した。

 

 戦艦の主砲にも匹敵するその破壊力に、ル級は上体を仰け反らせ、仰向けに海面へと倒れた。

 

 そして、もはやそこまでだった。

 

 下半身を失い、さら上半身に深刻な損傷を負ったル級は大破状態となり戦闘能力を喪失、周囲に大量の気泡を吹き上げながら、その巨体を徐々に水中へと沈めていこうとしていた。

 

 生き残った那珂の無人偵察機がその上空を旋回しつつ、ル級の最期を母艦である那珂に伝送する。もはや通信を妨げるジャミングも消失していた。

 

「ル級の沈黙を確認。やったね、球磨ちゃん」

 

「初歩的な手に引っかかる他愛もない奴だったクマ。それより霧の中の戦況はどうなっているクマ?」

 

「はいはい、ちょっと待ってね〜」

 

 那珂は無人偵察機をまだ霧のかかる海域の上空に飛ばし、レーダーと赤外線センサー、さらに自分の船体のソーナーも併用して霧の中の様子を観察する。

 

「ん~と、目標が六つ。スクリュー音から、一隻は味方の駆逐艦だね。SIFを探知、識別は初春型駆逐艦・初霜。残りの目標はみんなハ級っぽいね」

 

「駆逐艦一隻でハ級五隻を相手にしてるクマ? 面白い、早いところ加勢に行くクマ!」

 

「ん~、でも、もうその必要は無いかもよ。ハ級五隻中二隻は派手に炎上してるし、残り三隻には、ちょうど今、魚雷が三発向かってる」

 

「球磨のソーナーでも聞こえるクマ。初霜の魚雷クマね」

 

「しゃ、しゃ、しゃ・・・どっかーん。霧の中で爆発を確認。ハ級らしき物体三つの沈降音を探知。へぇ、あの初霜って子、やるう」

 

「初霜・・・例の事件で汚名を被っちゃいるけど、北方警備艦隊のエースとしても一部じゃ有名な艦娘クマ」

 

「ふ~ん、大したもんじゃない。まあ、それはそれとして、ところで球磨ちゃん?」

 

「なんだクマ?」

 

「第十一駆逐隊に司令からの撤退命令を伝えなくていいの?」

 

「そういえばそうだったクマ。--お~い、第十一駆逐隊、聞こえるクマか~。こちら今日から南方警備艦隊に配属される軽巡・球磨だクマ~」

 

「同じく那珂ちゃんでーす」

 

 無線が回復してから遠慮なく聞こえてくる二人の声に、白雪は半分ほど呆れながらも、返答を行なった。

 

「こちら第十一駆逐隊旗艦、白雪です。南方警備艦隊へようこそ。そして先ほどの支援、感謝します」

 

「固苦しい挨拶は抜きだクマ。それより司令からの命令を伝えるクマ。第十一駆逐隊は戦艦の有効射程に捉えられる前に海域を離脱せよ、だクマ」

 

「えっと、球磨さん。一つ確認したいのですが・・・。撤退の条件は、戦艦の有効射程ですか?」

 

「そうだクマ」

 

「では、戦艦を既に撃破した場合はどうなるのでしょうか?」

 

「そこは知らんクマ。球磨はただ、現場指揮官の判断に従うだけクマ~」

 

 球磨はしれっとそう答えた。

 

(あ、これは確信犯だわ)

 

 白雪がそう思ったのも束の間、すぐに通信回線から、海尾の怒鳴り声が日々渡った。

 

『くぉら、球磨! 那珂! なんで撤退命令を伝える前に戦艦に攻撃をしかけているんだ!?』

 

「勢い余ったクマ」

 

「それに反撃しちゃダメとも言われてないしね~」

 

『屁理屈にもならない理屈をこねるな。撃破できたから良かったものの、ル級の主砲を一発でも喰らってみろ。軽巡や駆逐艦じゃひとたまりも無いんだぞ』

 

「当たらなければどうということは無いクマ」

 

『やかましい。そもそも今さっき基地航空隊から電子戦支援機が飛び立ったという情報が入っところだったんだ。こいつが現場に到着すれば、お前らが無茶な攻撃をしなくてもジャミングにはある程度は対抗できたはずだ』

 

「なんだ、そういう事なら先に言って欲しかったクマ」

 

「まあ、でも敵はほぼ沈めちゃったけどね~」

 

「いいえ。まだ一隻、残っている敵がいます」

 

 不意に、そう会話に割り込んできた声があった。

 

 初霜だった。

 

 朝陽を浴びて真っ白に染まった霧の向こう側から、初霜の船体が姿を現わす。

 

「雷巡チ級。あの人喰い雷巡が、要救助者を手にしたまま、まだこの霧の中にいます」

 

 初霜はそう告げながら、人喰い雷巡のデータを各艦と司令部へ伝送する。

 

 球磨が受け取ったデータを眺め、不敵な笑みをこぼした。

 

「これが噂の人喰い雷巡かクマ。なかなか殺り甲斐がありそうな相手クマ」

 

 物騒なやる気を見せる球磨をよそに、白雪が訊いた。

 

「これはまさか、要救助者を人質に取っていると言うの?」

 

「そんなぁ」と村雨。「深海棲艦がそんな真似をするなんて聞いた事ないですよ」

 

『確かにイレギュラーな相手のようだ』と海尾。『しかしイレギュラーなのは人喰い雷巡だけじゃない。戦艦を含め深海棲艦が十七隻も予兆無く出現するなんて、まさに異常事態だ。やはり未知の出現海域で間違いない。ここに長居は危険だ』

 

「じゃあじゃあ、最後の一人は見捨てちゃうってこと?」と那珂。

 

 他の漁船群は既に北へ逃れており、限海域には、霧の中から救難信号だけが発信され続けていた。

 

『撤退だ』海尾ははっきりと告げた。『敵は一隻とはいえ、霧の中で救出活動を行うのはリスクが高すぎる。私は司令として、君たちの安全を優先する。--良いな、初霜』

 

 海尾は敢えて、初霜に対して念を押した。

 

 しかし、

 

「・・・・」

 

 初霜はそれに対してすぐには答えなかった。

 

 海尾の言葉を聞いていなかった訳ではない。無視した訳でもない。

 

 彼女はその時、別の声を同時に聞いていたのだ。

 

 しかしそれは音として聞こえた訳ではなかった。

 

 それは空気の波動。

 

 動体検知器が霧の中、あの救難信号が発せられているその場所から、わずかな波動が発せられたのを捉えたのだ。

 

 それがいったい、何を意味するのか、証拠はない。

 

 しかし初霜は、それが何であるのかを悟っていた。

 

 これは、悲鳴。

 

 人喰い雷巡に捕らえられた彼が叫んだ、悲鳴なのだと--

 

 

 


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