艦これ海上戦記譚~明け空告げる、海をゆく~   作:PlusⅨ

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第四話・今度こそ守護るッ(`・ω・´)!

 敵は意外なところから出現した。

 

「ここから南西200海里だって?」

 

 時刻は既に2000時を過ぎている。

 

 俺の言葉に、暗い艦橋の中、赤色を基調とした低い光度のスクリーンの向こうで、長門秘書艦が頷いた。

 

『ええ、間違いありません。監視衛星が六つの目標の出現を探知しました』

 

「監視衛星って・・・」

 

 俺は艦橋の窓から外を眺めた。

 

 今夜は月もない闇夜だった。頭上には雲が拡がっているのか、星さえも見えない。こんな状態で、レーダーにも映りにくい、赤外線でも捉えづらい深海棲艦の出現をどうやって探知すると言うのだろうか?

 

 俺にはさっぱり理解できないが、まあそこは科学の発展とやらで解決しているのだろう、きっと。

 

 俺がそんなことをぼんやりと思っている内に、長門秘書艦が言葉を続けた。

 

『この六目標が深海棲艦である可能性は極めて高いでしょう。その場合、針路や速力、陣形の組み方、また妨害電波らしき不明電波を受信したことから分析して、重巡一隻以上を含む三隻の戦闘艦。残る三隻は非戦闘艦と思われます』

 

「どう言うことだ?」

 

『戦闘艦と思われる三隻が、残る三隻を取り囲むように輪形陣を組んでいるんです。この場合、内側の三隻は護衛対象と言うことになりますが、大きさから見て戦艦や空母タイプでは無いのは確実です。となれば、護衛対象として考えられる艦種は自ずと限られます』

 

「ワ級・・・輸送艦か」

 

 俺の答えに、長門が頷く。

 

 輸送艦ワ級は人間型と非人間型の中間のような形状をした深海棲艦だ。

 

 全長70メートル、上半身は人間型だが、その下半身は巨大なタンクのような球状をしており、ここに何らかの補給物資を内包していると言われている。

 

 言われているとしか表現できないのは、その中身がいったい何なのか、それが未だ確認できていないためだ。三十年に渡る戦いの中でもこのワ級を拿捕できた例は一つもなく、また破壊した際の残骸からも、中身が推測できる物証は一つも見つかっていない。

 

 いや、もしかしたら中身自体は見つかっているのかも知れないが、その正体が何なのか皆目見当がつかないのかも知れない。

 

 とにかく深海棲艦は分からない事だらけだ。

 

 ただ、このワ級が補給を主目的とした非戦闘艦であることは確かだった。弾薬が尽きたと思われる戦艦や、艦載機が全滅した筈の空母が、ワ級と合流した途端に再び戦闘を開始したという事例は数限りなくあった。

 

 しかし、

 

「なぜ、今になって補給艦隊なんかが出てきたんだ?」

 

 前任者の活躍のおかげで、この付近に出現した大艦隊は全滅している。残存勢力と言えば今朝、ウチの鎮守府を空襲した空母とその護衛ぐらいなもので、その空母の航空戦力も、昼間の基地航空隊との戦いでほぼ全滅した筈だ。

 

『針路速力から見てそちらに接近していることから、やはりその付近に潜伏している残存勢力への補給が目的でしょう。もっとも、予想される潜伏残存勢力に対し、ワ級を三隻も投入してきたのは過剰に思えますが』

 

 これまでの記録から推測するに、ヲ級一隻と駆逐艦三隻ならワ級一隻でも十分事足りるらしい。三隻も必要とするなら大艦隊だ。

 

 だが、それほどの戦力がまだ潜んでいるとは考えづらい。

 

 そもそも、もしそんな艦隊が潜んでいたとしても、それはまだ戦闘行動を起こしていないのだから補給の必要性自体が無い。

 

「相変わらず深海棲艦の考えていることはさっぱり分からないな。けれどこっちに向かってきているのなら早急に撃破する必要がある。・・・その目標の位置が南西200海里なら、まだ警備艦隊の担当区域の外だな。長門秘書艦、艦隊司令部の意向を伺いたい」

 

『参謀部からも“早急に撃破すべし”との意見が上申されています。担当区域外での武力行使の許可については、司令長官の決済が降り次第、南西警備艦隊及び本島の基地航空隊へ正式命令が発令されるでしょう』

 

「了解だ」

 

 多目的スクリーンから長門の姿が消え、代わりに五月雨、如月、木曾のアイコンドールの立体映像がその前に浮かび上がってきた。

 

 艦隊司令部から下されるのは担当海域外での武力行使許可であり、細かい兵力運用は俺の仕事だ。俺は艦橋に一緒にいる漣も含めて、作戦会議へと移行する。

 

 ちなみにオオカミさんは、食堂で夜食を作ってくれているので不在である。

 

「これからの方針だが、先ずは艦隊を二つに分ける。二正面作戦だ」

 

 俺の言葉に、全員が頷いた。

 

 本当なら四隻揃って全力で補給艦隊を撃滅したいところだが、この付近に潜んでいる筈の残存勢力の捜索も続ける必要がある。

 

「とは言え、昼間の航空戦の時に電子戦支援等が無かったことから考えて、敵の残存勢力に重巡級以上の戦力が居る可能性はほぼ無いだろう。だとすれば夜間哨戒機との海空協同攻撃が可能なら駆逐艦一隻でも対処できる。一方で補給艦隊には重巡を含む戦闘艦が最低でも三隻居ることから、こちらに主力を差し向ける必要がある。と、言うわけで・・・」

 

 俺は木曾に目を向けた。

 

 彼女は俺の視線に、心得ているとばかりに頷いてみせた。

 

『ああ、任せろ。俺はSSSM装備数四十四発、同時斉射も可能な重雷装巡洋艦だ。重巡どころか戦艦相手にだって遅れは取らねえよ』

 

「その通りだ。まさに君はこの艦隊の切り札だよ。補給艦隊の撃滅は君に任せる。基地航空隊の電子戦支援機もそちらに回す。これで重巡級のジャミングに対抗できるだろう。それに、五月雨、如月」

 

『はい』

 

『ええ』

 

「木曾の支援に君たち二隻をつける。この三隻を持って補給艦隊撃滅部隊とする。隊の指揮は五月雨、君がとれ」

 

『はい、お任せ下さい』

 

「すまないな。結局、増援である君たちに全てを任せる事になってしまった」

 

『いいえ、状況を鑑みればこれが最善であることは誰でも分かります。それに、これは私たちに対する信頼の証だと思っていますから』

 

「そう言ってくれると助かるよ。・・・では、これより艦隊を分離する。五月雨、如月、木曾。よろしく頼む」

 

 三人のアイコンドールが敬礼。三隻は一斉回頭し、この漣から離れて行った。

 

「さてと・・・」

 

 ウィングに立ち、彼女たちが夜の果てに消えて行くのを見送った俺は、艦橋内へと戻った。

 

「漣」

 

「はい」

 

「寝ろ」

 

「はい?」

 

 漣が、何を言っているんだコイツは的な目で俺を見る。

 

「ちょっとご主人様、いきなり寝ろとか訳わかりませんよ。いや、もしかして、その・・・“俺と寝ろ"的な意味合いなんですか。二人きりになった途端にそんなこと言うなんて、ご主人様のケダモノ!」

 

 今度は俺が、何を言っているんだコイツは的な目で漣を見る番だった。

 

「勝手に妄想をほとばしらせるな。これからまた単艦哨戒任務だ。残存艦隊を発見次第、即戦闘になるんだぞ。だから、休める内にしっかり休んでおけと言う意味だ。その間は俺が見張りに立つ」

 

「なんだ、そう言うこと\(//∇//)\ でも、そのお気遣いは有り難いんですけど、別に眠っていても周囲の様子は分かりますから、ご主人様が見張る必要は無いですよ」

 

「だが、それだと熟睡できないんだろう?」

 

「そりゃ、まあ、そうですけど・・・」

 

「オオカミお姉さんからも聞いたが、単艦哨戒任務の時はリンクレベルを落とせないから、ほとんど眠れないらしいじゃないか。けれど今回は俺も居る。レーダーやセンサー、目視見張りぐらいなら肩代わり可能だ。だからお前は休め」

 

「いや・・・でもぉ・・・」

 

 漣はそれでも渋った。

 

 そのとき、艦橋にオオカミさんが戻ってきた。暗がりの中でも、手にトレイらしきものを持っているのが見える。どうやら夜食のようだ。

 

「なに? どうしたの?」

 

 そう尋ねながら俺と漣に、トレイに載せた皿を置く。そこには三角に握られたおむすびが二つ載っていた。

 

 俺が事情を話すと、彼女はなるほどと頷いた。

 

「ま、漣ちゃんの不安も理解できるけどね。艦娘にとって船体は自分自身そのものだもの。代わりに見ておくから目を閉じて走れ、って言われたら誰だって不安になるわ」

 

「そう言われたら確かにそうだな。そんなデリケートな問題だったのか」

 

「でも提督の言ってる事が間違っている訳でも無いのよ。休める時にしっかり休むのも、一人前の艦娘としての条件ですからね。・・・漣ちゃん、提督一人に見張りを任せるのが不安なら、私も見張りに立つわ。どう、これでも安心できない?」

 

「ん~、確かに元重巡のお姉さんが立ってくれるなら心強いです」

 

 うーむ、俺一人だと頼りないと言われたも同じだが、しかし、オオカミさんは元重巡だけあって艦娘のことを熟知しているだろうから、そんな彼女が支援してくれるのは俺としても非常に助かる。

 

「でもでもですよ」と漣。「さみちゃん達が補給艦隊を迎撃に向かっているのに、私だけグースカ寝ているのも体裁的に拙くないですか?」

 

「意外とそういうところに気を遣うんだな」

 

「意外は余計です」

 

「ここは戦場よ」とオオカミさん。「余計な気遣いよりも自分のコンディションを最善に保つ事を優先しなさい。それにね・・・」

 

 と、彼女が俺に視線を向ける気配がする。

 

 オオカミさんは続けた。

 

「今回の二正面作戦。一番危険な作戦を任されたのは、漣ちゃん、あなたよ」

 

「ほえっ?(・Д・)? ごごご主人様、そりゃ一体どういうこったですか!?」

 

「大袈裟だな。そこまで危険な訳じゃない」

 

「そうなんですか」

 

「いざという時に、せいぜい逃げ場が無いくらいだ」

 

「それどうなんですかね!?」

 

「つまりね」とオオカミさん。「懸念すべき点が二つあるのよ。一点は、私たちが捜索している残存戦力が本当に正規空母一隻なのか確証が無いこと。空母が複数潜伏していて戦力を温存している可能性は無いとは言い切れないし、護衛の駆逐艦にしても三隻以上いるかも知れない」

 

「まあ、それぐらいは私も予想してますよ。でも無理押ししなければ、なんとかなる相手じゃ無いですか。単艦で殲滅せよって訳でもないですしね。だけど逃げ場が無いとなると話は変わってきますよ」

 

「もしも補給艦隊を討ち漏らしてしまった場合、その戦力は残存戦力との合流のため間違いなくこちらに来る。敵の補給を防ぐことができるのはこの艦だけってことだ」

 

「な、なるほど(・_・;」

 

 話を聞き終え、納得したかのような漣だったが、その声はかすかに震えていた。

 

「漣・・・」

 

「・・・む、武者震いってやつですよ。ご主人様」

 

 震える声を咳払いで落ち着け、さらに漣は胸の前で、握りしめた片手の拳を手の平にパンと打ち付けた。

 

「この漣は、あの“ソロモンの鬼神・綾波”の姉妹艦ですよ。重巡、空母、駆逐がナンボのもんですか。まとめて相手にしちゃりますよ(`・ω・´)b」

 

「おう、頼もしいな」

 

「んじゃ、私は決戦に向けて体力温存の為、遠慮なく休ませてもらいますね」

 

 漣はラフに敬礼しながら、艦橋の出口へ向かった。

 

「ああ、ゆっくり休め」

 

 去りゆく漣にそう声を掛けると、彼女は立ち止まって、肩越しに俺に振り返った。

 

「・・・夜這いしようとか、考えちゃダメですよ」

 

「考えるか!」

 

 暗がりの中、漣がヘラっと笑った気配がした。

 

 漣が艦橋を降りて行く。

 

 

 

 

 あいつめ、強がりやがって。

 

 

 

 俺の傍らで、オオカミさんが苦笑した。

 

「大した度胸ね、あの子」

 

「・・・・・・」

 

「見たところ、軍歴、まだ若いんでしょう? あの強がりっぷりは、それのせいかしら」

 

 でも若いって良いわよね〜、などど年齡を感じさせる発言をするオオカミさん。そんな彼女を横目に、俺はサポートAIに命じて艦橋内の多目的スクリーンに全レーダー及びセンサーの情報を複合表示させた。

 

「ねえ」とオオカミさん。「さっきの聞いてた? まだまだお若いですよ、とは言ってくれないのかしら?」

 

「それを言ったら、暗に認めているようなものじゃないか。そんな手には引っかからないよ」

 

「じゃあどう答えてくれるのかしら?」

 

「お互い同い年だろ。遠慮なくやろうじゃないか」

 

「・・・さては、人事資料を読んだわね」

 

「俺は司令だよ。部下の身上把握ぐらい当然だろう」

 

 基地の猫娘に人事データファイルを送信してもらい、合間を見てそれをチェックしていた。

 

「女の年齢は、知っていても言わないのがマナーよ」

 

「君の方から振った話題だ」

 

「ま、それはそうなんだけどね。・・・なんだかあなたが上の空みたいだったから、適当な話題を振って見ただけよ」

 

「そんな呆けた表情をしていたか?」

 

「それは元からゲフンゲフン」

 

 俺が睨んだ事に気付いたのか、彼女はわざとらしく咳払いをして、続けた。

 

「えっとね、何となくだけど、漣ちゃんのことが気にかかっていたのかなって思ったのよ」

 

「まあな、確かに気にかかる」

 

「どんな所が?」

 

 オオカミさんの声に好奇心が混じっていた。五月雨に向けていたのと同じだ。だけどあいにく、俺が漣を気にかけている理由は、彼女の期待とは違うものだ。

 

「あいつ、単艦での実戦はこれが初めてらしい」

 

「・・・それは気にかけて当然ね」

 

 漣は駆逐隊単位での出撃は幾度かあるが、単艦としての任務はこれが初めてだった。

 

 それに、オオカミさんが見抜いたように艦娘としての戦歴もまだ浅い。幾度か出撃しているとはいえ、実戦経験が豊富とは言い難かった。

 

 しかし、俺は漣を旗艦として出撃したことに後悔している訳じゃ無い。なぜなら、彼女は艦娘として必要とされる訓練を全て修了しているからだ。

 

 それはつまり艦娘に求められるあらゆる任務が遂行可能であることを意味しているし、同時に遂行する義務があるということでもある。そこに新人もベテランも関係は無い。

 

「あいつに不満がある訳じゃ無いんだ。あるのは不安だが、それは俺自身に対する不安だ」

 

「提督としての不安?」

 

「ああ、漣が新人だろうがベテランだろうが使いこなして任務を遂行するのが提督の仕事であり責任だ。しかし、わかっちゃいるが、やっぱり重いな。・・・俺も、提督としての出撃は初めてなんだ」

 

「そうなんだ・・・」

 

 俺の心情の吐露に、オオカミさんは少しだけ黙った。その沈黙に、俺はかすかに後悔した。

 

 提督たるものが、こんな情けない事を言うんじゃなかった。

 

 そう思った矢先、彼女が「ふふっ」と笑みをこぼした。

 

「その気持ちは十分に理解できるわ。私もそうだったもの」

 

 その言葉に、俺は安堵する。

 

 提督としての威厳よりも、人間としての弱さを受け入れてくれたことに安堵するのは甘えなのだろうけれども。

 

 それでも、甘えついでについついこんな事まで聞いてしまう。

 

「どうやったらこの不安に慣れることができると思う?」

 

「・・・慣れは、しないわ」少し、声のトーンを落として、彼女は言う。「どれだけ訓練を重ねても、どれだけ出撃を繰り返しても、実戦を前にするといつだって、逃げ出したくなるくらい不快な緊張感に襲われるわ。実は、今だってそうなのよ」

 

「そうなのか。あまりはそうは見えないが」

 

「あなたも不安を感じていたようには見えなかったわ。でも、お互い白状したように、本当は内心じゃビクビクして怯えている。新人の頃なんか食事も喉を通らなかったわ。もしも成長した部分があるとすれば、そんな緊張や不安の中でも無理やり食べることができるようになった事くらいかしらね」

 

「今日のカレーは美味かった。食べるほどに食欲が湧いたよ。この夜食も」俺は手元のおにぎりを頬張る。「美味い。おかげで心に余裕を保てる」

 

「お褒めに預かり光栄よ。不安が多少なりとも紛れたなら、腕を振るった甲斐があったわ」

 

 オオカミさんの少し弾んだ声を聴きながら、俺は手つかずのままになっている、もう一つの夜食トレイを見やった。

 

 漣の分だ。

 

「・・・結局、強がってる様子が他人にわかってしまう内は、まだまだ新人って事か」

 

「夜食、持って行ってあげなさいよ。独りきりだと、きっと眠れないわ。こういう時は誰かと一緒の方が却って落ち着くものよ」

 

「夜這いを考えるな、と警告されたんだが」

 

「来るな、とは言われて無いでしょ」

 

「それもそうだ」

 

「あの子が安心して眠れるまで、手でも握ってあげたらどう?」

 

 そう言ったオオカミさんがニヤニヤ笑いを浮かべているのが、暗がりでも見えた気がした。そうやってすぐそっちの方向に話題を持って行きたがるのが、彼女の悪いところだ。

 

 ふむ、そっちがその気なら、

 

「だったら、君の手も握っててあげようか?」

 

「んにゃ!?」

 

 上ずった声とともに、暗がりの中で彼女のシルエットがかすかに跳ねた。少しからかってやろうと思っただけだが、なんだこの可愛い反応。

 

「え、あの、わ、私はその・・・遠慮しとくわ!」

 

「冗談だよ」

 

「あ・・・そ、そうよね。冗談よね」

 

「けどそこまで否定されるとかなり傷つくんだけど?」

 

「ご、ごめんなさい。傷付けるつもりはなかったのよ。それに別に嫌ってわけじゃなくて、その・・・手を握られちゃうと、なんか流されちゃいそうで・・・」

 

「流される? 何に?」

 

「何でもいいでしょ!」

 

 オオカミさんはそういうと、漣の分の夜食トレイを俺に押し付けた。

 

「ほら、さっさと行って来なさいよ。見張りは私に任せなさい。元重巡なんだもの、ワッチは専門職よ」

 

「はいはい」

 

 オオカミさんに背中を押され、俺は艦橋の階段を降りる。

 

「--冗談じゃなかったら、本気にしちゃうじゃない」

 

 背中越しにかすかに聞こえた彼女の声。

 

 ・・・オオカミさん、ちょっと初心(うぶ)過ぎやしないか?

 

 しかもなんだか脈ありっぽいし、これならもう少しアタックすればあっさりいけちゃいそうな気がして、もう一度艦橋に戻ろうかなとも一瞬考えたが・・・

 

 ・・・その時、何故だか漣の姿が脳裏を過ぎった。

 

 本当、なんでだろう。不安そうな顔している漣をことが余計に気にかかってしまって、それで俺はオオカミさんのつぶやきが聞こえなかったフリをして、そのまま艦橋を降りたのだった。

 

 

 

 

 

 

 艦娘用の仮眠室は食堂区画にある。

 

 というか艦娘艦艇において人間用のスペースなんてものは艦橋と食堂区画ぐらいしか無く、他にはトイレと浴室だけである。

 

 そのため食堂区画は同時に調理場であり会議室であり、そして仮眠室でもあって、食堂区画の一部をパーテーションで区切った空間に簡易ベッドが置かれていた。

 

 プライベート空間としては質素にもほどがある構造だが、そもそも艦娘艦艇の乗員は艦娘一人きりなので、本来ならパーテーションで区切る必要さえないのだ。これは俺やオオカミさんが乗り込んでいる為の便宜的な処置であり、食堂区画には他にも二つ、俺とオオカミさん用に簡易ベッドが用意され、同じようにパーテーションで区切られていた。

 

 俺は赤い暗夜灯に沈む食堂に足を踏み入れ、漣用のパーテーションを軽くノックする。

 

「漣、起きてるか?」

 

 もしも眠っていた場合のことを考え、静かに声をかける。ちゃんと眠れているなら、それでいい。俺は大人しく艦橋に戻るつもりでいたが、

 

「ご主人様っ!?」

 

 パーテーションの向こうでバタバタと騒がしく音が立ち、出入り口用の隙間に架けられていたカーテンがフワリと揺れた。

 

 カーテン越しに漣が立った気配があったから、てっきりあいつがすぐにでも飛び出して来るかと思ったが、しかしそんな事はなく、そこで奇妙な間が空いた。

 

「漣?」

 

「あ・・・えっと、ちょっと待ってて下さい」

 

「何で?」

 

「シャワー浴びたばっかりなんですよ! 着替えたり、身だしなみを整えたりするからに決まってるじゃないですか!」

 

「あぁ。すまん、そこまで手間を掛けさせるつもりはなかったんだ。艦橋に夜食を忘れていっただろう。それを持ってきただけだ。食堂のテーブルに置いておくから、気が向いたら食ってくれ」

 

 それだけ言い残して立ち去ろうとしたが、

 

「えっ、ちょっと待って、待って!?」

 

 慌てて引き止める声に振り向くと、カーテンを少し開けて、そこに半分隠れるようにして漣が姿を見せていた。

 

 左右に結っていた髪型は今は下ろされていて、暗夜灯の赤く薄暗い光の下、肩口あたりまで伸ばした髪が、船体の揺れに合わせてさらりと揺れた。

 

「あ、あの、私の姿・・・はっきりと見えてますか?」

 

「・・・薄暗いから、ぼんやりとしか」

 

「それなら良いです」

 

 漣はそう言って、カーテンの隙間からこちらへと出てきた。ジャージ姿なのは、きっと寝間着がわりなのだろう。

 

 けれど髪を下ろした彼女は少しだけ大人びて見えた。

 

「あの、本当に見えてないんですよね」

 

「ぼんやりと」

 

「だからと言って、目を凝らして見ようとしちゃダメですからね!」

 

 じゃあ、どうしてその格好のまま出て来たんだ。なんて訊くのは野暮に過ぎるか。

 

 俺は食堂の手近なテーブルに夜食のトレイを置いて、その横に腰かけた。

 

「漣、食堂のモニターにセンサー類の情報を表示してくれ」

 

「ん? ああ、了解です」

 

 俺の意図を察したのだろう、漣はすぐに食堂の多目的スクリーンに、艦橋に表示されているものと同じ情報をミラー表示させた。

 

 ただし夜間用に赤を基調とした薄暗い表示であり、スクリーンの光で目が眩むことがないように--何より漣自身の姿が照らし上げられないように、光量を最低限まで抑えられていた。

 

「見えてないですよね」

 

「大丈夫、大丈夫」

 

「見ちゃダメですからね」

 

「はいはい」

 

 しつこく念を押しながら、漣は俺と向かい合わせに座った。

 

 空調で空気が流れているのだろう、テーブル越しであるにも関わらずシャンプーの香りがフワリと漂ってきた。

 

「ほれ」

 

 と、夜食トレイを漣の前に差し出す。

 

「・・・いただきます」

 

 ぱくり、もぐもぐ、ごくん。

 

「眠れなかったのか」

 

「シャワー浴び終えて、これからちょうど寝付こうとしてたところです」

 

「そうか、邪魔したな」

 

「別に、良いです」

 

 漣が一つ目のおにぎりを時間をかけて食べていく様を、俺は暗がりの中で眺めていた。

 

 小口で少しつずつ食べるその様子は、昼食や夕食で勢いよくがっついていた時とは別人の様だった。

 

 漣はおにぎりを半分残してトレイに戻した。

 

「夕食の食べ過ぎちゃったみたいです。もう一個、どうします?」

 

「後で食べないのか?」

 

「食べたいですか?」

 

「くれるのか?」

 

「あげますよ?」

 

「食べさせてくれるのか?」

 

「食べさせて欲しいんですか?」

 

「いやいや、冗談だ」

 

「いえいえ、遠慮せずに」

 

 漣はもう一つのおにぎりを持って、俺に向かって差し出した。

 

「はい、あーんして」

 

「あーん・・・もが!? もががああ!?」

 

 こいつ、おにぎり丸ごと全部を口に押し込んでくれやがった。

 

 口の中いっぱいの米の塊を無理やり咀嚼しながら、漣にジェスチャーで水を要求する。

 

「み、みず? ミミズが欲しいんですか?」

 

 ちゃうわ! 何でジェスチャーで「み、水」と伝わるんだよ!?

 

「冗談ですよ。はい、お茶」

 

 湯呑にぬるめのお茶が注がれ、差し出されたそれで口の中のおにぎりをようやく飲み下した。

 

「プハァ・・・おい漣、俺を殺す気か?」

 

「それは、愛くるしい漣ちゃんにあーんしてもらえて萌え殺されそうだった、という意味ですか」

 

「ああ、そうだよ」

 

「え、マジ?」

 

「だから今度は、俺がお前を萌え殺させてやろう」

 

「そ、それって、どういう・・・あ、やばい」

 

「逃すか!」

 

 身を引こうとした漣を頭をガッと掴んで引き止める。もう片手には既に、漣の食べかけのおにぎりをスタンバイさせている。

 

「ほら、漣。あ~んしな」

 

「や、やだ。そんな大っきいの、入らな--もがああ!?」

 

 うーむ、おにぎり半分とはいえ全部入らないか。こいつ口小さいなあ。

 

 おにぎりが最初の三分の一程度になったところで俺は手を引いて、代わりにお茶を差し出す。

 

「ちゃんと飲めよ。吐き出すんじゃないぞ」

 

「ん、んぐ・・・ごくん・・・はぁ・・・うぇ~、白くてベタベタしたものが口の周りにいっぱいついてる~」

 

「変な表現すんな」

 

 念のために言っておくが、米である。ふっくらと炊かれた白米である。

 

「ちょっとしょっぱい味もします」

 

 塩味の効いたおにぎりである。

 

「残りも食べさせてやろうか」

 

「遠慮します。腹ん中がパンパンなので」

 

「いちいちそう言う発言するのは、良くないと思う」

 

 お前も女の子なんだからさあ。

 

 そう呟きながら、俺は手元に残ったおにぎりを頬張った。中身は梅干しだった。自分の分も含めて三つ以上も食べると、さすがに腹がキツイな。

 

 とか思っていたら、漣が俺の方をまじまじと見つめていた。

 

「どうした?」

 

「どうしたもなにも、私を女の子扱いした直後に、何で当たり前の様にそのおにぎりを食べてるんですか!?」

 

「え? だって残すと勿体無いだろ」

 

「いや、でもそれ、食べかけ・・・」

 

「ん?」

 

 もしかして後で食べるつもりだったのか。それは悪いことをしたな。

 

「違います。そんな意地汚い理由じゃありません」

 

「もう心の声を読むなとも、意地汚いとも思わないが、じゃあいったい何なんだ」

 

「ここにきて鈍感キャラ発動ですか。あざといですよ、ご主人様。折り返し地点に差しかかったオッサンのくせに!」

 

「うるせえ、オッサン言うな」

 

「でもお兄さんと呼ばれるには、もう無理のある年齢ですよね」

 

「アラサーはお兄さんと呼ばれちゃダメなのか。そうか、もうダメなのか・・・」

 

「男の心理ってメンドくさい」

 

「実際、三十を過ぎるとなぁ、二十代の頃との差が如実に現れてくんのよ。それこそ、おにぎり三個半なんて楽勝だったのが今じゃかなり苦しいし、どれだけ食べても変わらなかった体重がすぐに増える様になるし、運動した後の筋肉痛が二日か三日遅れてやってくるし、お肌もすぐに荒れちゃうし、ほんと、歳を取るって嫌よねえ。いつまでも若いままの艦娘が羨ましいわ」

 

「後半いきなりオネエにならないで下さい。キャラ崩壊してますし、それ以前に普通にキモいですから。・・・それに言っときますけど、艦娘にだって悩みはあるんですからね。肉体的に成長しないってのも結構ストレスなんですよ。精神的には成長しているはずなのに、身体は子供のままで、何だかずっとモラトリアムが続いてるみたいなんですから」

 

「モラトリアムとか、難しい言葉を知ってるな」

 

「こないだ定期カウンセリングを受けた時にカウンセラーの先生から聞いたんです。そう言う艦娘もいるって」

 

「受け売りかよ。そしてお前のことじゃ無いのかよ」

 

「身体が成長しない所為で、大人になれない事への不安から悩んでしまう子も居たりするとか」

 

「逆に、いつまでも子供時代のまんま精神年齢も成長しない奴も居るとか言ってなかったか?」

 

「つまり、ご主人様みたいな?」

 

「そうそう。頭脳は子供、身体は大人、その名は名提督・海尾。って、やかましいわ」

 

「名提督じゃなくて、迷提督では?」

 

「それこそやかましいわ・・・と強く否定したいところだけど、正直、否定しきれないんだよなあ。何しろ俺だって提督になりたての初出撃だからなあ」

 

「・・・・・・」

 

 俺のぼやきの様な言葉に、漣は言葉を返さなかった。

 

 あいつの丸い瞳がわずかに伏せられ、ふいと俺から逸らされる。

 

 しかし、その表情が不安に曇っていたのは、見えていた。

 

「・・・本当に見えてないんですよね?」

 

「はっきりとは見えてない、と何度も言ったぞ」

 

「それって、実は割と見えているってことですよね」

 

「まあな」

 

 俺が肯定した途端、漣は俯いて両手で顔を覆い隠した。

 

「嘘つき」

 

「すまん」

 

 俺は大人しく謝罪する。

 

 だって、しょうがないじゃ無いか。

 

 顔を覆い隠す前、不安に曇るあいつの目尻に、涙が光ったのが見えてしまっていたんだから。

 

 さっきまでなんでも無い様に話してはいたけれど、やっぱり不安でたまらないんだ。

 

 漣も、そして俺も。

 

 逃げることの許されない戦いに身を置いて、いざとなればこの身を盾にしてでも任務を遂行するのが俺たちの役目だ。

 

 いや、厳密に言えば少し違うか。俺はそれを命じる立場で、漣が実行する立場。つまり俺が漣を死地に追いやるのだ。というか既に、俺は五月雨たちを敵へと向かわせている。

 

 それは司令や艦娘という職に就いている以上、当然の仕事であり義務なのだが、だからと言って、戦う事への不安や恐怖が薄れるわけじゃ無い。

 

 戦場での危険というのは、平時の現場や何かで不意のアクシデントや個人の不注意で事故が起きたりするのとは訳が違う。

 

 明確な殺意を持って襲いくる敵を、こちらも殺意を持って討つのが戦場なのだ。

 

 それは生半可な覚悟でできる事じゃ無いし、そしてそれは普段の社会生活じゃする必要もない覚悟だ。

 

 するならば、それはもう狂気の沙汰だろう。

 

 だが、俺たちは、軍人は、艦娘は、その覚悟を求められる。狂気の沙汰を正気のまま冷静沈着に行い、殺し合わなければならない。

 

 こんなもの、真正面から真面目に突き詰めて考えてみれば、おかしいに決まっているし、実際、おかしくなる。

 

 だから、考えない。考えてはいけない。

 

 これは仕事だから、与えられた任務だから、下された命令だから、軍人としての義務だから。そうやって組織と国家の論理に狂気を肩代わりさせて、俺たちは日常的な他愛もない正気を保っている。保とうとしている。

 

 でも、保てなくなりそうな時がある。それが今だ。今の漣がその状態で、そして俺も多分、同じ状態になりかけているのだろう。

 

 正直、怖い。逃げ出せるものならば逃げ出したい。

 

 だけど、それは無理な相談だ。

 

 何故ならばそれが軍人の義務であり、下された命令であり、与えられた任務であり、自らが選んだ仕事であり、そして--

 

 --心に使命感を持っているからだ。

 

 俺は手を伸ばし、俯いたままの漣の頭に、そっと触れた。

 

「大丈夫だ、漣」

 

「・・・ご主人様?」

 

「大丈夫だよ、漣。・・・特に根拠は無いけど」

 

「根拠ないんですか! どうしてそんな言わなくてもいい事を言っちゃうんですか。ちょっと安心した私がバカみたいじゃないですか」

 

「はは、悪い悪い」

 

 軽く謝りながら、漣の頭を撫で続ける。

 

 彼女は口では文句を言っていたものの、大人しく撫でられていた。

 

 彼女の髪の絹の様な手触りと、そして俺の手に良くフィットする丸い頭のお陰でとても撫でやすくて、調子に乗ってしばらく続けていたら、不意に漣が頭の上の俺の手に自分の手を重ねてきた。

 

 もう撫でないでくれという拒否の意思表示かと思って俺は手を止めたが、けれど彼女は、俺の手に両手を重ねたまま、少しだけ力を込めて、俺の手を握った。

 

「もう一回、言ってください。大丈夫だって」

 

「・・・大丈夫だ」

 

「・・・もう一回」

 

「大丈夫だ。お前なら・・・いや、俺たちならやれる」

 

「もう一声」

 

 欲張りなやつ。じゃあ、これもつけよう。

 

「この出撃から生きて帰ったらデートしようぜ」

 

「ふぁっ!?∑(゚Д゚)」

 

 漣が変な声を上げながら仰け反った。

 

「い、い、いきなり方向性を変えないでください! っていうかそれ、死亡フラグですから(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾」

 

「大袈裟なやつだな。死亡フラグを建てるつもりならプロポーズぐらいしてるわ」

 

「ぷ、ぷろぽー・・・や、まあ、言われてみればそうですけど、で、でも、デートかぁ(^^;)」

 

「嫌か?」

 

 そう訊くと、漣はすぐに首をぶんぶんと強く横に振った。

 

 拒否の問いかけに対する否定の意、つまり嫌じゃないって事だ。

 

「奢りっ!」

 

「何を?」

 

「デート費用です。全部、ご主人様の奢りなら付き合います!」

 

 ビシッと指を突きつけ言い放つ漣。さっきまでまごついていた癖に、現金なやつだ。

 

「わかった、わかったよ。任せろ」

 

「よっしゃあ、南国スイーツ食べ放題ツアー決定!」

 

「いきなり食い倒れ宣言か。色気のないデートだな、おい」

 

「私にそんなものを求められても困ります」

 

「自分でそれを言うのか」

 

「私のモットーは、元気に、あざとく、可愛らしく、ですから」

 

「あざとく、とか身も蓋もないな」

 

「出会ってまだ一日しか経ってない部下をデートに誘う腰軽ご主人様よりマシです」

 

「腰軽って言うな」

 

「でも五月雨ちゃん達や、オオカミお姉さんにも鼻の下を伸ばしてましたよね(¬_¬)」

 

「バレテーラ(゚ω゚)」

 

 だけど別に誰彼構わず伸ばしている訳じゃない。単にストライクゾーンが広いだけだ。

 

 そう反論しようと思った矢先に、

 

「・・・私にも鼻の下伸ばしてくれてるなら、まあ良いんですけどね」

 

 聞こえるか聞こえないかの微妙な声音で言うあたり、確かにこいつはあざとい。

 

 だからそんな手には乗ってやるものかね。

 

「ん、今、何か言ったか?( ̄▽ ̄)」

 

「い、いえ、なんでも無いです( ̄∀ ̄)」

 

 お互い白々しいまでの棒読みでテンプレートなセリフを返し合う。

 

 二人して顔を見合わせ、思わず吹き出してしまった。

 

「ご主人様、ちょっと棒読み過ぎですよ~」

 

「お前に言われたかねーよ・・・でも、これで少しは落ち着いたか?」

 

「正直、こんな軽いノリの指揮官の下で戦うとか不安でしょうがないんですけど(・ω・)」

 

「てめえコノヤロヽ( *`Δ´)ノ」

 

「冗談ですよ。・・・冗談言えるくらい、まだまだ余裕あるってことです。漣、こういうノリは嫌いじゃ無いですから(`・ω・´)b」

 

「いいぞ、その意気だd( ̄  ̄)」

 

 お互いにサムズアップした手を突き出して、拳を突き合わせる。

 

「ご主人様・・・」

 

「漣・・・」

 

 二人の手はそのまま重なり合い、指と指が絡み合った。

 

 漣の人差し指が俺の親指を抑え込み、その上から彼女の親指が重ねられた。

 

「よし、獲ったぁ!」

 

「うわ、てめえ人差し指まで使うのは反則だぞ!」

 

「ハンデに決まってんじゃ無いですか。ご、よん、さん、に、いち、ぜろ!」

 

 なぜか突如として始まった指相撲、先制攻撃で漣が一勝目。

 

 あいつの手は俺に比べてかなり小さいので人差し指のハンデは認めざるを得なかった。

 

 しかしそのハンデは俺が思っていた以上に効果が大きく、俺が二戦目、三戦目と立て続けに連敗を喫したところで--

 

 --食堂の多目的スクリーンに映る複合海域図に、光天が一つ、新たに追加された。

 

 複合海域図は自艦のレーダーやセンサー以外にも、哨戒機等からもたらされたあらゆる情報をまとめて表示することができる。

 

 追加されたそれは、夜間哨戒機からもたらされた情報だった。

 

 俺はすぐに艦内電話のスイッチを入れ、艦橋に居るオオカミさんに呼びかけた。

 

「複合海域図に不明目標が追加された。哨戒機からの第一報だ。追加情報は無いかしていないか?」

 

『ちょうど今、第二報が来たわ』と、間髪入れずにオオカミさんが答える。『本艦から東に60海里に妨害電波を探知だそうよ』

 

「東に60海里は、拙いな、通商航路のど真ん中だ。それに妨害電波だって? 敵は空母では無く重巡級だってのか?」

 

『もしくは戦艦かもね。現在、電波解析を実施中らしいわ』

 

「妨害電波発信源の動静は?」

 

『現在のところ停止中』

 

「付近に民間船舶は?」

 

『今のところ見当たらないわ』

 

「了解した。今から俺も艦橋に戻る」

 

 通話終了。俺は漣に向き直る。

 

 だが、

 

「ご主人様、私、先に昇橋しますε=ε=┌( *`Δ´)┘」

 

「まあ、待て」

 

 勢い込んで俺の横を駆け抜けようとした漣の襟首を掴んで、引き止める。

 

「ぐえ(( °ω° ))」

 

「落ち着け。まだ相手の正体も分からん段階だし、動いてもいない。幸い、付近に民間船舶もいないから、まだ時間に余裕はある。先ずはしっかりと身だしなみを整えてから艦橋に上がってこい。良いな?」

 

「りょ、了解」

 

 襟首を離すと、漣は慌ててパーテーションの向こうへと引き返して行った。

 

 それを見届け、俺も艦橋へと向かおうとした時、

 

「ご主人様」

 

 漣の声に、俺は足を止めた。

 

「どうした?」

 

「この出撃から帰ったら、デートの約束、忘れちゃダメですからね!」

 

「・・・ああ、忘れやしないよ」

 

「(^^♪」

 

 可愛いやつだ。俺は正直にそう思う。漣となら、本気で死亡フラグ建てるのも悪くない。

 

 そんなことを考えながら、俺は艦橋へと向かったのだった。

 

 

 

 

 俺よりも遅れて昇橋すること約十分後、みだしなみを整え、いつもの格好と髪形で艦橋に上がってきた漣に、俺はこう告げた。

 

「良いニュースと、悪いニュース。どっちから聞きたい?」

 

「・・・・・・良いニュース“だけ”お願いします(;´・ω・)」

 

「そうはイカのとんちきよ(´-ω-`)」

 

 露骨に嫌そうな様子を見せた漣に対し、俺は続けた。

 

「出現した敵の戦力が判明した。二隻だ。そのうちの一隻は駆逐艦イ級。個体分析の結果、先日の戦闘に参加していた駆逐艦の最後の生き残りらしい。ついさっき妨害電波圏内から出てきたところを哨戒機によるSSSM攻撃で撃破したという情報が入った」

 

「てことは、残る敵は一隻のみですか。確かに割とニュースですね。・・・んで、悪いニュースの方は?」

 

「その残る一隻ってのが新型の可能性が高い」

 

「げぇ」

 

「これまで得た情報から分析するに、正規空母並みの艦載機を有し、かつ戦艦並みの電子戦が可能な能力を有する深海棲艦らしい」

 

「げげのげ。それって、まさか・・・」

 

「ああ、戦艦“レ級”だ」

 

「\(^o^)/オワタ」

 

 お手上げポーズを取ってんじゃねーよ。それはさっき既に俺がやったんだから。

 

 戦艦レ級とは何か。

 

 それは「戦艦」という名前が付いているが、さっきも言ったように正規空母並みの艦載機を搭載する特殊な艦艇である。

 

 我が海軍にも似たような「航空巡洋艦」「航空戦艦」という艦種がある。単艦で複数の航空機運用と重巡・戦艦並みの電子戦能力と火力、防御力を誇り、その汎用性の高さから様々な局面で活躍している。

 

 が、しかし、艦載機数は空母と比べごく少数であり、また搭載できる種類も限定的だ。それに重巡や戦艦の武装の一部を取っ払って飛行甲板を設置しているため、純粋な重巡・戦艦に比べると火力と防御力も低下せざるを得ず、中途半端な性能という評価もなされている。

 

 要は器用貧乏といったところだ。敵の戦力が少ないところや、脅威度が低い海域なら単艦で空母代わりとして十分代用がきくので、人手不足な地方の警備隊では重宝されるが、艦隊決戦といった主戦場には不向きなタイプ。

 

 ま、それでも駆逐艦一隻でタイマン張って簡単に勝てる相手じゃないのは確かだが、勝てないわけでもない。要は戦術次第だ。

 

 じゃあ似たようなレ級でも戦術次第で何とかなりそうじゃん。と、そう思うかもしれないが・・・・・・

 

 ・・・そんなわけないじゃん。

 

 はっきりって、レ級と航巡・航戦とじゃ、性格が似ているだけで、性能には天と地ほどもの開きがあるのだ。

 

 そもそも火力、装甲が戦艦ル級を上回っている時点でもうチート染みているのに、さらに正規空母並みの艦載機とかシャレにならない。しかも艦載機には対潜哨戒機も含まれており、かつレ級自身の対潜能力も高いので、潜水艦による奇襲も難しい。

 

 その上、駆逐艦並みに小回りが利き、対艦用魚雷も装備済みなので接近戦でも隙が無い。

 

 まさにチート。なんだこれ。まるで俺が小学生の頃にチラシの裏に落書きしてた「ぼくのかんがえたさいきょうのせんかん」そのまんまじゃねーか。つまり深海棲艦の発想力は小学生並ってことだ。

 

 小学生の発想をそのまんま実現出来りゃ、そりゃ最強だわな。

 

 見方によっては様々な分野の艦娘の最強を一隻に詰め込んだ存在とも言え、こんなバケモンに生半可な艦娘がケンカを売ったらどんな目に遭うのかは想像に難くない。もはや、戦艦の皮をかぶった何かである。

 

 そんなことを考えていたら、俺もまたお手上げポーズをしてしまっていた。

 

 そんな俺たちに、オオカミさんが呆れたように深いため息を吐いた。

 

「こら、あきらめちゃだめ」

 

「いえいえ、あきらめてませんし、逃げるつもりもありませんよ」と、漣の反論。

 

 ほう、なかなか頼もしいじゃないか。と少し見直しかけたけど、

 

「まあ、逃げない代わりに生存確率は絶望的に低いでしょうけど(´・ω・`)」

 

「生き残ることをあきらめちゃだめよ、漣ちゃん!?」

 

「でもでも、レ級なんていうバケモノ相手にしたんじゃ、刺し違えでもしない限り倒せませんよ!」

 

「誰もそこまでやれとは言っとらんわい」と、俺。「幸い、周囲に民間船舶が居ない内に敵を発見できたことによって、警報を早く発することが出来た。民間船舶が不必要にこの海域に近づくことはないだろう。だから奴を急いで無理に倒す必要は無い」

 

「かといって放っておけないじゃないですか。また潜られて消息不明になったら、いつまでたっても通商航路を封鎖されたままですよ? 姿を現している今のうちに、他の海域へ誘引するなりしないと」

 

「そう、いいところに気が付いたな」

 

「はい?」

 

「誘引するだけなら、倒す必要は無い。前任の司令も言ってたじゃないか。時間稼ぎと味方の生存を優先するなら、やりようはいくらでもあるってな」

 

 俺はにやりと笑ってまるで妙案があるかのような口ぶりで言ってみせた。

 

 が、正直、別にドヤ顔をかますほどの案って訳でもない。それにどうせ夜中の暗い艦橋じゃどうせドヤ顔も見えてないだろうし。

 

 ともかくどんな案かといえば、とにかくシンプルイズベスト。

 

 先ずは長門秘書艦に要請して、味方の増援をこっちに寄こしてもらう。で、俺たちはレ級の射程ギリギリをうろちょろしながら通商航路から出来るだけ遠ざかるように誘引し、味方と合流するまでの時間を稼ぐというもの。

 

 この作戦を伝えたとき、暗がりの中だというのに、二人が微妙な表情をしたのが見えた気がした。

 

「地味だわ」と、オオカミさん。「いえ、駆逐艦一隻で出来ることなんてそれぐらいしかないから当然だけど」

 

「でも」と漣。「そんなドヤ顔してるくらいですから、もうちょっと斬新な案でも出てくるのかと期待していたんですけどね」

 

「ドヤ顔見えてんのかよ」

 

「なんとなく声とか雰囲気がドヤってたんで」

 

「言っておくけど地味だが十分に危険な作戦だからな」

 

「わかってますよ。レ級の主砲って推定16インチ、射程20海里、有効射程でも16海里近くあるって性能でしょ。夜の闇の中、ジャミングでレーダーも使えない状態で、水平線の向こう側からボカボカ飛んでくる一撃ゲームオーバーなチート弾をひたすら避け続けるクソゲーですわ、これ」

 

「クリア報酬はスイーツ食べ放題だぞ」

 

「今にして思えばやっすい報酬ですよね。もう一声、追加しましょうよ。私、欲しい服があるんです」

 

「こいつ、調子づきやがって」

 

「あら、二人してデートの約束でもしてるの?」

 

「そうですよ~。死亡フラグにならない程度の軽いノリですけどね。そうだ、どうせならお姉さんも一緒に行きましょうよ~」

 

「あら、いいの?」

 

「もち、奢りますよ。ご主人様が」

 

「それは素敵ね。ありがとう、ご主人様」

 

「俺まだなんも言ってねえよ!?」

 

「ケチくさいですよ、ご主人様」

 

「両手に花よ。むしろ光栄に思うべきよね」

 

 まったく、とんでもない花もあったもんだ。俺の財布で支えきれるかどうか知らん。

 

「二人とも、帰投するまでに行きたいところ、買いたいもののリストアップは済ませておけよ?」

 

「あいあいさ~( *´艸`)」

 

「うふふ、私もやる気が出てきたわ。さぁ、みんな。行くわよっ!」

 

 おーっ、と俺たちは三人そろって、気勢を上げたのだった。

 

 そして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――あれから一時間弱が経過した頃。

 

「レ級が航進を起こしました。こちらに向かって接近中です!」

 

「よし、こっちの陽動に喰らいついたな。漣、後数分でレ級の射程内に入るぞ。遠距離水平線の見張りを厳となせ。敵の発砲炎を見逃すな!」

 

「了解。――って、言ったそばから水平線で何か光りましたよ。敵艦発砲!? わ、わ、回避運動!」

 

「焦らないで、漣ちゃん。まだ20海里以上も離れているわ。この距離なら砲弾が到達するまで二分近くかかるし、そもそもまだ射程外のはずよ」

 

「あ、そっか。じゃあ安心で――でぇぇええええええええ!?」

 

「な、なんだ今の揺れは!? 衝撃波だと!?」

 

「艦のすぐそばを超高速の物体が飛びぬけていった? まさか、今のがレ級の砲撃だとでもいうの!?」

 

「発砲を確認してから十秒くらいしか経ってないぞ。それで20海里を飛んできたってのか。――弾速マッハ10以上とか、嘘だろ、レールガンでも搭載してるのか、あいつは!?」

 

「そんなの、かすっただけも轟沈レベルの速度じゃないですか。わ、また水平線が光りましたよご主人様やばいやばいやばい」

 

「取舵一杯、最大戦速! 出鱈目でいい、とにかく舵を取れ、動きを止めるな!」

 

「あ、アイサ―!」

 

「弾着まであと五秒よ。衝撃に備えて。――二、一、来た!」

 

「うおおおっ!? こいつはやべえ!!」

 

「ひええええ、し、沈む、沈んでまぅぅぅ(´;ω;`)」

 

「二人とも落ち着いて。沈んでないから、まだ生きてるから!」

 

「ほんと? 私まだ足ある? 頭に輪っか浮かんでない? 背中に白い羽が生えてない?」

 

「羽が生えてるのは背中じゃなくて頭ン中だろ。それに足は無事だがひっくり返っているせいでパンツが見えているぞ。イチゴ柄( ̄д ̄)」

 

「見んな、ご主人様の変態、バカぁ! うわーん、お嫁にいけないぃぃ(⊃_<)」

 

「漣ちゃん、その程度であきらめていたら、本当に行き遅れてしまうわよ。いっそ、これを機に提督に責任を取らせちゃいなさい」

 

「なぬ( ゚Д゚)!?」

 

「おお、さすがお姉さん。んじゃご主人様、生きて帰ったらセクハラで訴えますんで、責任とって慰謝料下さい」

 

「違うわ、漣ちゃん、そうじゃない」

 

「おい、生々しすぎるからやめてくれ。すまん、マジすまん、お願いだから示談にして。お願いだから訴えないで」

 

「んじゃ、奢りデート二日目も追加ってことで」

 

「オーケー(; ・`д・´)b」

 

 ズドーン。

 

「うっひゃああ、近い近い。マジでやばかったですよ、今の」

 

「真面目にやれっていうツッコミかしら?」

 

「真面目も真面目、クソ真面目だっての。命張ってんだぞ、こっちは」

 

「けどご主人さま。まだなんとか避けられてますけど、この先ずっとこれって、かなりきついですよ?」

 

「増援が来るまでの辛抱だ、がんばれ」

 

「・・・デート、三日目も追加して良いですか?」

 

「お前が頑張れるなら、いくらでも追加してやるよ」

 

「・・・よぉし、がんばるぞー、おーっ(*´ω`)」

 

「「おーっ」」

 

 そして水平線がまた光る。そして極超高速の弾丸が迫り、それを追うように衝撃波が海面を引き裂いていく。

 

 幾度も、幾度も・・・・・・

 

 そして・・・そして・・・・・・

 

 

 

 

 あれから更に数時間が経過しようとしていた。

 

 時刻はもうすぐ夜明け近い。東の水平線がうっすらと青みを帯び始め、星々の光が力が無く群青色の空に溶けるように消えていく。

 

 その水平線の彼方から眩い光が瞬いた。

 

 その光は、音速の10倍を超える極超音速で撃ち出された砲弾が空気との摩擦熱で燃え上がっているためだ。砲弾は輝きを増しながら瞬く間にこちらへと迫り、まだ闇が残る周囲の空間に真一文字の光線を残して彼方へと飛び去って行く。

 

「伏せてっ!」

 

 水平線が輝いたのを認めた瞬間、俺の背後でオオカミさんが叫び、甲板上に居た俺たちは二人がかりで運んでいた消火剤のタンクをその場に降ろして這い蹲った。

 

 その一瞬後、空気の壁が激突し船体を激しく揺さぶった。同時に巻き上げられた海水が土砂降りのように降り注ぐ。

 

「無事か!?」

 

「異常なし!」

 

 お互いの無事を確認しあいながら俺たちは立ち上がり、人の背丈ほどもあるタンクを再び持ち上げると、まだ揺れ続ける船体上を後部を目指して進んでいく。

 

 俺たちの目指す先では、後部側三番砲塔が大炎上していた。

 

 原型をほとんど留めていない炎の塊と化した三番砲塔の周囲を数体のメンテ妖精たちがホースを構えて取り囲み、泡状の消火剤を大量に吹きかけていた。

 

 その更に周囲にもメンテ妖精たちが数体いたが、それらは甲板上に四肢を投げ出すようにして倒れ伏している。恐らく砲塔の爆発に巻き込まれたか、それとも超音速の弾丸による衝撃波に薙ぎ倒されてしまったのだろう。

 

 生き残っているメンテ妖精たちに補充用の消火剤タンクを受け渡した後、俺とオオカミさんはそれぞれで倒れていたメンテ妖精を引きずりながら艦内へと戻った。

 

 メンテ妖精は1メートルにも満たない背丈しかないが、その重量は人間の子供とは比較にならないほど重い。

 

 最大旋回を繰り返すため大きく左右に、しかも不規則に揺れる艦上で、俺たちは必死になって妖精を引きずりながらドアをくぐり、艦内の妖精用メンテナンス区画へ妖精たちを運び込む。

 

 メンテナンス区画は既に修理待ちの妖精で溢れ返っていた。

 

 応急処置を施されて動けるようになった妖精がすぐに区画を飛び出していくが、それとほぼ入れ替わるように別の妖精が運び込まれてくる有様だった。

 

 メンテ区画にも多目的モニターが設置されていて、そこに艦内の被害状況が記されていた。さっき見た炎上中の後部三番砲塔の他にも電装系がいかれた区画が数か所に、更に浸水箇所も新たに加わった。

 

 艦内数か所に被害が同時発生している上にメンテ妖精にも被害が続出しているので人手が全く足りず、俺とオオカミさんが艦内を駆けずり回らなければいけないほど追い込まれていた。

 

「浸水場所にメンテ妖精が足りないわ」とオオカミさん。「破口箇所への遮防が進んでいないようね。応急用具が現場に届いていないんだわ」

 

「何が必要だ?」

 

「補強用の角材ね」

 

「それならメンテ区画を出てすぐそばの通路にある。いこう」

 

 疲れた身体に鞭を打ってメンテ区画を飛び出した。

 

 すぐそばの通路の壁に2メートルほどの角材が壁に沿って格納されており、オオカミさんと二人で肩に担ぎあげ、浸水が起きている区画へと運び込む。

 

 浸水区画は俺たちがいる区画よりも一層下の場所だった。閉め切られた水密ハッチの周りで待ち構えていたメンテ妖精に角材を渡すと、妖精はねじり鉢巻き姿にのこぎりを構えて、角材をがっしがっしと勢いよく切断し始めた。

 

 切断された木材はすぐさま水密ハッチが開かれてその下の浸水区画へと運び込まれていく。

 

 そこでは隔壁に空いた大穴を身体を張って塞ぐ妖精が居た。その身体の隙間からは勢いよく海水が噴出し、区画はすでに半分ほど水に没していた。その妖精と入れ替わるように箱状のパッチが穴に当てられ、さらにその穴が浸水圧力で外れてしまわないよう切断した角材をつっかえ棒にして押し付けていく。

 

 この作業は迅速に手際よく行われていたが、それをのんびりと眺めている暇はない。また激しく船体が揺れて、耳障りな警報が艦内に鳴り響いた。

 

 火災警報だ。

 

 俺たちはメンテ区画にとって返して被害区画を確認し、手近のガスマスクと消火器をひっ掴んでその場所に急行し、まだボヤ程度だったその火災を消化し、倒れていた妖精数体をメンテン区画に運び込み、また別の場所の被害区画へ道具や補充品を運び、また壊れた妖精をメンテ区画へ運び、舵を消し、補充品を運び、妖精を運び・・・・・・・・

 

 

 いったいどれだけ奮闘したのだろうか。

 

 艦内を休みなく走り回り続けること数時間、ようやくメンテ妖精の稼働数も回復し、艦内の被害もあらかた処置し終えたのを確認して、俺とオオカミさんは艦橋へと戻ってきた。

 

 外は既に日も昇りきり、明るい日差しが海に降り注いでいる。

 

 一見すると平和でのどかな海に見えるが、状況は何にも変わっていない。戦いはまだ続いている。疲労でくたくたになりながら司令席に座り、双眼鏡を遣って艦橋の窓から水平線を眺めると、そこにレ級の影を認めた。

 

 この数時間、漣はひたすらレ級の砲撃を交わし続けながら、かつ敵との距離を一定に保ち続けていた。

 

 距離およそ20海里。

 

 これ以上離れてしまえばレ級は俺たちあきらめてどこかへ行ってしまうだろうし、かといってこれ以上接近されれば、奴の極超音速砲撃の餌食になるのは必定だった。

 

 このギリギリの距離を数時間にわたって保ち続けた漣の操艦能力はお世辞抜きで賞賛に値する。デートで奢りどころか抱きしめてキスしてやりたいくらいだ。

 

 それはご褒美どころか罰ゲームだって。そんなことはない。少なくとも俺にとってはご褒美だ。何言ってんだろう、俺。双眼鏡の向こうでレ級が水平線の影からこちらをのぞき込んでいるのが見えた。

 

 

 

 

<(゜∀。)……

 

 

 

 

<(゜∀。)…ズドーン

 

 

 

 

「どっせええええい!」

 

 漣が気合を振り絞って操艦し、砲撃をかわした。

 

 

 

<(゜∀。)…ハズシター

 

 

 

 まるで薬でもキメているようなニヤケ顔だ、腹立つなぁ。

 

 

 

<(゜∀。)…コウフクセヨ、コウフクセヨ

 

 

 

 何だとコイツ、何言ってやがる。

 

 

<(゜∀。)…オマエタチハ カンゼンニ ホウイサレテイル

 

 

<(゜∀。)…ムダナテイコウ ハ ヤメロ

 

 

 降伏しろだと。こいつはその意味が分かって言っているのか。どうなんだ、え?

 

 

<(゜∀。)……イミ?

 

 

<(゜∀。)…エット シアワセニナル

 

 

 そりゃ降伏じゃなくて幸福だ!

 

 

<(゜∀。)…スマネエ ニホンゴ ハ サッパリナンダ

 

 

<(゜∀。)…ズドーン

 

 

 また撃ってきやがった。説得する気なんか端から無いんだな。

 

 

<(゜∀。)…ソンナコト ナイヨー

 

 

 じゃあどうする気だ。

 

 

<(゜∀。)…ヒトジチ ヲ ヨウイシマシタ

 

 

 人質だぁ?

 

 

<(゜∀。)…コイツガ ドウナッテモ イイノカー

 

(・▭・)…イキュー

 

 

 イ級じゃねえか!? なんだその自作自演。

 

 

<(゜∀。)…タベチャウゾー

 

(・▭・)…タスケテー

 

 

 なんぞ、これ。ていうか、イ級って食えるの?

 

 

<(゜∀。)…クジラ ミタイナ アジスルヨ

 

(・▭・)…ホゲイ ハンターイ

 

 

 うるせい、ウチの食文化にケチつけんなや。こと食い物に関しては全世界を敵に回しても喧嘩するからな、ウチの国は。

 

 

<(゜∀。)…ジャア シャーネー

 

 

<(゜∀。)…ズドーン

 

 

 激しい揺れに俺は司令席から投げ出される。

 

 と思ったらすでに倒れていた。

 

「提督! 生きてる? 起きて!」

 

「んあっ!?」

 

 オオカミさんに頬をひっ叩かれて、俺はようやく気が付いた。

 

 どうやら動揺で倒れた際に気を失っていたようだ。一体いつから気絶していたのだろう。変な夢を見ていたような気もする。

 

 立ち上がり、水平線に向かって双眼鏡を構えるとレ級がこちらをのぞき込んでいた。

 

 

<(゜∀。)…

 

 

<(゜∀。)…コウフクセヨ、コウフクセヨ

 

 

 既視感。なんだこれ。

 

「聞こえたか?」

 

「ええ、国際無線からよ」

 

 国際VHF無線からだ。オオカミさんが無線機のボリュームを上げる。

 

『コウフク…セヨ…お前たちは、完全に包囲されている』

 

 流暢な日本語だ。

 

「電波妨害されているのに、どこから?」とオオカミさん。「まさかレ級から? それしか考えられないけれど、嘘でしょう、深海棲艦が降伏勧告をしてくるなんて!?」

 

「どうかな。きっと意味なんか分かっちゃいないさ」俺は無線機の受話器を取り上げる。「こちら漣乗艦中の南西警備艦隊司令だ。呼び掛けているのは誰だ?」

 

『コウフクしろ。田舎のおっかさんも泣いてるぞ』

 

「なんだそれ」

 

『早く白状しろ。そうすれば楽になれるぞ。・・・かつ丼喰うか?』

 

 俺は受話器を戻した。

 

「こいつはただのラジオドラマか、それともテレビドラマか何かの音声を適当に流しているだけだ。その意図はわからんが、こっちの意図が通じない一方的なものだ。コミュニケーションする気はないだろう」

 

 国際無線からは今度は歌声が流れ出していた。うさぎおいしかのやま。ふるさとか。ずいぶん陳腐な筋書きのドラマだな。いまどき刑事ドラマのパロディですら見かけないぞ。

 

 俺は国際無線のボリュームを落とした。

 

 直後に砲撃が来た。

 

 漣が力を振り絞ってその砲撃をかわす。

 

 激しい衝撃。至近弾だ。

 

 艦橋の目の前を砲弾が光を放ちながら掠め飛び、その衝撃波によって艦橋の防弾ガラスが残らずぶち破られた。

 

 咄嗟に顔を覆いながら床に倒れ込んだ俺の傍に、漣も倒れていた。その顔に血がにじんでいる。砕けたガラスで切ったのか。

 

 助け起こした時、俺自身もまた血まみれになっていたことに気づいた。

 

「…だ…じょう…か」

 

 大丈夫か? 腕の中の漣にそう呼び掛けたつもりだったが、うまく声が出ない。いや、声は出ているが、耳がおかしくなっているようだ。耳鳴りが酷い。衝撃波の圧力のせいだ。

 

 俺の腕の中で漣がうっすらと目を開けた。

 

「うわ(゚Д゚;)!?」

 

 あ、聞こえるようになった。漣が血だらけの俺の姿にドン引きしていた。

 

「ご主人様、ヤバい顔になってますよ!?」

 

「ガラスで浅く切っただけだ」多分、きっと、そう信じたい。「それよりお前こそ大丈夫か? 見た目は大丈夫そうだ。手や足も折れてないな」

 

「なんかどさくさに紛れて触られた(・ω・)」

 

「触診だ。非常時だから仕方ないだろ。ほら、立てるか」

 

 立ち上がりながら、一緒に彼女も立たせたが、漣はふらついて俺の胸によりかかった。

 

「あたまくらくらします(>_<)」

 

「・・・・・・」

 

 無理もない。もう疲労も限界のはずだ。本当は意識を保つだけで精一杯だろう。

 

 俺は漣を胸に抱いて支えながら艦橋内を見渡した。

 

 艦橋内はボロボロだった。窓ガラスはすべて砕け、床一面にまき散らされている。それだけでなく多目的スクリーンも衝撃によって破壊されていた。

 

 ドン、と重い音と共に船体が揺れ、俺は漣を抱いたまま尻餅をついた。

 

「なんだ?」

 

「爆発よ」

 

 答えたのはオオカミさんだった。彼女はいつの間にかウィングに出ていて、後部を覗き込むようにして眺めていた。

 

「さっきの砲撃が艦橋を掠めて、後部の一部をえぐり取っていったわ。後部でまた大火災が起きてる。さっきのは二番砲塔の誘爆よ」

 

 オオカミさんは首を横に振りながら、艦橋内に戻ってきた。

 

「漣ちゃん、まだいける?」

 

「まっかせてください・・・・・・って言いたいですけど、ちょっと、無理ですね。機関部が死んだみたいです。もう動けません」

 

「そうか・・・・・・もう十分だ。よく、がんばったな」

 

 俺の言葉に、漣は腕の中で力なく笑った。

 

 もはやここまで。

 

 増援が来るまでは粘り切れなかったが、しかし通商航路から引き離すという目的は十分に達することが出来た。

 

 なら、上等だ。

 

「任務終了だ。さあ、撤退だ」

 

 俺はそう宣言する。オオカミさんが再び外を覗き込んで、言った。

 

「作業艇はまだ無事よ。また砲撃が来る前に脱出しましょう」

 

「ああ」

 

 俺は漣を抱えあげ、立ち上がった。それにしても軽いな、コイツ。

 

「お、お姫様抱っこ・・・(*//ω//’*)」

 

「黙ってろ、舌噛むぞ」

 

 そのまま艦橋を降りようと思ったが、横抱きだと狭い階段や通路を通りにくいことにいまさら気が付いた。

 

 なのでいったん漣を降ろし、背中に背負いなおす。

 

「なんか興ざめです(´-ω-`)」

 

「うるせえ、引きずらないだけありがたいと思え」

 

「早く、こっちよ」

 

 先導するオオカミさんがドアやハッチを開けて、逃げ道の確保をしてくれる。

 

 上甲板に出ると、船体後部側は激しい炎と煙に包まれていた。生き残った妖精たちが搭載されている作業艇の周りに集まって、海面へと降ろそうとしていた。

 

 レ級のとどめの砲撃が来るのが先か、作業艇の準備ができるのが先か。

 

 焦れながら水平線を眺めたとき、レ級の居る方角がまばゆく光り輝いた。

 

 砲撃だ。

 

 間に合わなかった。十秒後には極超音速の砲弾が俺たちを船体ごと木っ端みじんに吹き飛ばすだろう。

 

 着弾まで残り何秒だ? 十秒? いや、もう五秒もないはずだ。この短時間に何ができる?海に飛び込むか。それで助かるのか? 無理だ。極超音速の着弾の衝撃は周囲数百メートルに及ぶだろう。

 

 残り二秒? 一秒? くそ、覚悟を決めろ。人生の最期だ。最後に何を言い遺すべきか。

 

 とりあえず天国のお父さん、お母さん、もうすぐそっちに行きます。んで、兄貴、先に逝く愚弟を許してくれ。それと俺の私物のパソコンは中身を見ずに廃棄してくれ。絶対見るなよ、見たら枕元に化けて出るからな。そんで嫁さんに過去の女遍歴を洗いざらいぶちまけてやるから覚悟しろよ・・・・・・

 

 

 ・・・・・・あれ?

 

 水平線が光ってから十数秒後。しかし砲弾は飛来しなかった。

 

「さっきの光、あれはレ級の砲撃じゃなかったのか?」

 

「見間違いですかね(;´・ω・)?」

 

「ねえ、あれ見て!」

 

 オオカミさんが水平線を指さした。

 

 レ級の居る方角、そこに巨大なキノコ雲が立ち上っていた。

 

「ひっ!?」俺の背中で、漣が息を呑んだ。「あ、あのきのこ雲って、まさか、核爆発じゃ・・・!?」

 

「いや、それにしちゃ規模が小さい。核なら入道雲クラスの大きさになるはずだ。あれは恐らく通常の爆発だろう。それでもとんでもない爆発だが」

 

 それから数十秒後、遠雷のような重々しい爆発音が俺たちの元に届いた。

 

 オオカミさんが作業艇内にあるサバイバルキットから双眼鏡を取り出し、水平線を眺める。

 

「レ級が見当たらないわ」

 

「まさか、自爆でもしたのか?」

 

「にわかには信じられないけれど・・・」

 

 オオカミさんはしばらく双眼鏡を構え続けていた。

 

 が、突然、

 

「えっ!?」

 

 叫び声と共に双眼鏡を降ろし、目元を手でこすってから、再度、双眼鏡を構えなおした。

 

「うそ・・・なにあれ・・・うそ」

 

「どうした、何が見えたんだ」

 

「戦艦よ!」

 

「レ級か!」

 

「違う、新手よ!」

 

 オオカミさんが叫びながら俺に双眼鏡を押し付けた。

 

 俺は双眼鏡を構え、そこに見えたものに思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

「な、なんだありゃあっ!?」

 

 きのこ雲を突き破るように水平線から姿を現した、巨大な船影。

 

 それは確かに戦艦だった。人型じゃない、艦船だ。しかし俺が知るどの艦よりも巨大で、そしてはるかに異様な姿だった。

 

 背の高い艦橋と、ハリネズミのように飛び出す幾本もの巨大な主砲。しかしその艦を最も異様たらしめているのは、艦首部分で海面をえぐるように回転する巨大な、信じられないほど巨大な・・・・・・ドリル。

 

 ドリル戦艦。

 

 現実とは思えないその光景に絶句した俺の視界の中で、ドリル戦艦はその全身を見せつけるようにゆっくりと回頭すると、そのまま反転し、水平線の向こう側へと消えていく。

 

 俺はそれを茫然とした表情で見送ることしかできなかった。

 

 それから数分後、唯一生き残っていたサバイバルキットの携帯無線に、味方からの通信が入った。つまり、妨害電波が消失したのだ。

 

 レ級は消えた。謎の爆発と共に。

 

 合流した味方から状況の説明を求められたが、馬鹿正直に「ドリル戦艦が~」と言ったら、相手の提督から、可哀想なものを見る目つきをされた。

 

『頭は大丈夫か? いや、レ級を相手に単艦で轟沈寸前になるまで頑張っていたんだ。疲れたろう。うん、ゆっくり休め』

 

 いやいや待ってくれ、ホントにホントなんだって、ドリル戦艦が出てきたんだってば。

 

 と、いくら訴えても信じてくれないだろうな。と判断するだけの理性はまだあった。

 

 俺は黙ってうなずき、駆けつけてくれた五月雨たちに曳航される形で、鎮守府へと帰投したのだった・・・・・・

 

 

 




次回予告

 戦いを終えた戦士たちには、帰るべき場所がある。

 戦いを終えた戦士たちを、待ってくれるものが居る。

 人々の歓声に包まれ、凱旋を祝う盃に酔いしれる。戦士たち。

 しかし、酩酊と現実のはざまに隠された真実が、微かながらにその姿を現そうとしていることを、彼らはまだ、知らない。

「第Ⅹ章最終話・めざめよ、かんむすたち(/・ω・)/」

「久しぶりだな、活流」

「あ、兄貴!?」

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