艦これ海上戦記譚~明け空告げる、海をゆく~   作:PlusⅨ

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簡単な設定集

飛龍   …今回の主役。空母艦娘。おっぱい大きい。

多門丸 歩…オリキャラ。無人機を鍛える鬼コーチ。

加来 留夫…オリキャラ。パイロット。妻子持ち。

ゼロ改  …飛龍の無人艦載機。ちっこくて軽い。

彩雲改  …無人機を管制する飛行機。でっかくて重い。

瑞雲   …瑞雲(ずいうん)は、愛知航空機が生産した日本海軍の多目的艦載電子戦闘機(スーパーマルチロールファイター)である。機体略番はE16A。連合国コードネームは“Paul”。日本海軍は十二試二座艦載偵察機において艦載偵察機と電子戦闘機の統合を図り、海上哨戒、早期警戒、対艦攻撃、さらに制空権を確保しつつ電子妨害に対抗できる能力を求めた。(計画要求審議の場では、無人機管制機との機種統合の可能性も論じられている)。航空母艦の量産が追い付かず航空兵力の増強が難しい海軍において、航空戦艦や航空巡洋艦搭載の偵察機によって劣勢を覆そうという構想により、期待された機種であったが、開発は難航し、瑞雲においてようやく統合されたのである。



第三章~飛龍の恋~
第十九話・AI殺し多門丸!


 初夏。

 

 南西海域、南方警備艦隊担当区域。

 

 空中哨戒中の戦術管制偵察戦闘機・彩雲改が、当該海域に接近中の深海棲艦艦隊を探知。

 

 報告を受けた上級司令部は直ちに航空機による対艦攻撃を決定。

 

 命令を受けた彩雲改は、付近を航行中の航空母艦・飛龍に対し、航空兵力の派遣を要請した―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 航空母艦職種の艦娘たちの立ち位置は、他の艦娘たちと比べて少々特殊だ。

 

 先ず空母というのは単独での運用を想定されていない。彼女たちは洋上で航空機を発艦、着艦させることに全力を傾注した艦娘であるため、軍艦であるにもかかわらず、その武装は恐ろしく貧弱だ。

 

 例えば今、この広大な海原を征く正規空母・飛龍型航空母艦一番艦・飛龍は、全長230メートル、満載排水量22000トンにも達する巨艦であるが、その固定兵装はレーダー搭載型自動迎撃機銃が二基と、同じくレーダー搭載型小型対空ミサイルポッドが二基しかない。

 

 これではせいぜいわずか数機の対空目標をかろうじて防げる程度の武装だ。敵の水上目標や、潜水艦が相手だった場合、攻撃手段そのものを持っていなかった。

 

 しかし、それでも不都合は生じなかった。なぜなら、空母を守るのは自前の武器ではなく、共に行動する護衛艦隊の仕事だからだ。

 

 今、飛龍には第二十一駆逐隊に所属する駆逐艦三隻が、周囲を取り囲むように布陣して航行していた。

 

 飛龍の前方を先行するのは、二十一駆旗艦・霞(朝潮型十番艦、全長118メートル、満載排水量2600トン)。

 

 飛龍の右後方に朝霜(夕雲型十六番艦、全長120メートル、満載排水量2800トン)。

 

 そして左後方に初霜(初春型四番艦、全長110メートル、満載排水量1700トン)が位置している。

 

 飛龍は、二十一駆の三隻に索敵と防御を任せ、自身は搭載している艦載機の発艦に全神経を集中していた。

 

 全長250メートルの船体、そこの端から端まで拡がる飛行甲板に、唯一、まるで島のように聳え立つ艦橋(アイランド)内で、空母艦娘・飛龍は独り、静かに深呼吸を繰り返し、集中力を高めていた。

 

 艦は針路を風上に取り、向かい風をいっぱいに受けていた。その風は、艦橋に居る飛龍にも伝わっていた。船体とのリンクレベルは既に最大。彼女は全身で風を感じながら、飛行甲板上で艦載機を準備する自律型メンテナンスロボット、通称“妖精”たちへ意識を向ける。

 

 妖精たちは飛行甲板上で、二十四機もの艦載機・UF/A―00Rを搬出し、折り畳み式の主翼を展開させ、発艦位置へと並べていく。

 

 UF/A―00Rとは、Unmanned Fighter/Attacker‐00R(多用途無人戦闘機)の略称である。ナンバー00は試作機、量産機含め海軍無人機100番目の開発機であることによる。Rは改修型。軍内部での通称は「ゼロ改」。

 

 ゼロ改は、艦隊防空や対地/対艦攻撃、SEAD(敵対空火器制圧)、偵察など多様な任務に対応可能なマルチロール機であり、全長12メートル、主翼は前進翼、外反角のついた双垂直尾翼と水平尾翼。搭載エンジンは栄MarkⅩが一基、3ベアリング回転ノズル及び軸駆動式二重反転リフトファンによりSTOVL(短距離離陸垂直着陸)が可能である。

 

 飛行甲板に並ぶゼロ改は二つのグループに分けられていた。

 

 二十四機の内、九機は中距離対空ミサイル四発、短距離対空ミサイル四発を搭載した制空任務使用。

 

 残る十五機は対艦ミサイル四発、対空ミサイル二発を搭載した対艦攻撃任務使用となっている。

 

 先ずは制空任務使用のゼロ改から発艦準備にかかる。

 

 二機のゼロ改がそれぞれリニアカタパルトと接続、機体後方に遮蔽壁(ブラストデフレクター)がせり上がり、出力が高まっていくジェットエンジンから放出される排熱と気流を遮る。

 

 エンジン出力MAX。発艦方向進路クリア。

 

 飛龍はゼロ改に対し、発艦を許可。

 

 ゼロ改はアフターバーナー作動。リニアカタパルト作動。二秒弱で時速150ノット以上にまで加速され、ゼロ改は空中へと打ち出される。

 

 一番機の発艦から数秒も経たずに、隣のカタパルトで待機していた二番機も同じように射出され、発艦した。

 

 クリアになった二本のカタパルトレーンに、すかさず次のゼロ改が移動する。カタパルト接続、出力MAX、発艦方向進路クリア、発艦許可、射出。

 

 ひとつひとつの手順を確実に行いながら、艦載機は流れるように飛び立っていく。

 

 言葉にすると簡単なようだが、この間も飛行甲板上では百体を超える妖精たちが所狭しと動き回り、何十種類という役割、何百という作業を、遅滞なく正確にこなしていた。

 

 そしてこれらの膨大で複雑な作業を、艦娘・飛龍はサポートAIの助けを借りつつも、たった一人でモニターし、監督していた。リンクレベルを最大にし、艦載機の動きや妖精たちの作業を、自身の感覚にフィードバックさせることによって、だ。

 

 それで、いったいどうやって妖精たちの細かい作業を管理・制御するのか。その原理や技術を言葉で説明しきるのは難しい。

 

 だが飛龍自身が、艦載機を発艦させている間、何をイメージし、何をやっているのか、というのは説明可能だ。

 

 彼女は、艦橋内で一人、弓を構えて矢を放っていた。

 

 これは何かの比喩ではない。

 

 彼女は艦橋の中で、前方に向けて左手で和弓を構え、右手に持った矢を弦につがえ、それを頭上に掲げる“正面打ち起こし”からの、そこから弓を引く“引き分け”、左手で弓を前方に押し、右手は肘の力で後方へ引っ張り、力を体の中心で対象に分けるように引き分けていく。やがて、その引き分けの力が最大限に達した“会”を得て、矢が放たれる――

 

――全く同時に、飛行甲板ではゼロ改がリニアカタパルトから打ち出されていった。

 

 飛龍は矢を放ち終え残心を行うと、また新たな矢を弓にゆっくりとした動作でつがえなおす。それと連動して、飛行甲板では新たなゼロ改が発艦位置に着こうとしていた。

 

 ここまで書けば分かるだろう。

 

 つまり飛龍は、艦載機発艦の一連のシーケンスを、弓道の射法のイメージでとらえ、それを実践しているのだ。彼女のこの動きはサポートAIを通じてシステム言語に訳され、下位の各作業別制御AIに令され、妖精たちを制御していた。

 

 もっとも、飛龍は本物の弓と矢を討っている訳ではなく、これはあくまでヴァーチャルな立体映像によるものだが、高いリンクレベルによって彼女には本物同然の感覚が備わっていた。

 

 この“弓道イメージ”は、初代航空母艦艦娘であり、彼女たち航空母艦艦娘たちの嚮導艦でもある空母・鳳翔が編み出したものだった。

 

 いや、編み出したと言うより、たまたま鳳翔がプライベートで嗜んでいた弓道が、発艦をイメージする際のサポートAIとの相性が何故か良かったからに過ぎないのだが・・・。これも艦娘七不思議のひとつである。

 

 しかしだからと言って、弓を引けなければ発艦できないという訳でもない。

 

 というより、開発当初はこんなイメージ方法など想定もしていなかった。本来あるべき方法は、発艦手順マニュアルを口に出して朗読し、頭の中で具体的にイメージする、というものである。ちなみに、初期型軽空母・龍驤はこちらの方法を採用している。

 

 だがこの本来の方法――朗読方法には大きな短所があった。

 

 発艦マニュアルが国語辞典並みに分厚いのだ。

 

 その膨大な内容を一言一句読み上げていては、一機発艦するのに膨大な時間がかかってしまう。十数機の艦載機を発艦させようとすれば、十数時間ぶっ通しで読み上げ続けなければならない。もはや苦行である。

 

 ここまでくれば、それはもう短所ではなく、根本的な欠陥と言うべきであろう。

 

 だが、これは龍驤自身の創意工夫によって何とか解消された。

 

 何をしたかといえば、文言の省略、簡略、単純化、早口等々による朗読時間の超短縮化である。

 

「要はウチら艦娘自身が発艦手順をイメージできればええねん。分厚いマニュアルを馬鹿正直に読み上げる必要は無いっちゅうことや」

 

 とは龍驤の弁である。

 

 実に単純で常識的な道理だが、しかしその結果、龍驤が編み出した発艦方式は、鳳翔の弓道式に劣らないほど異様なものとなった。

 

 辞典並みのマニュアルを数分で読み上げるという荒業である。その極端な短縮化と早口は、他の人間にはもはや意味不明な呪文にしか聞こえなかった。

 

 しかも、さらにそこに、イメージの補助として彼女自身にしかわからぬ身振り手振りが加わることによって、龍驤式発艦イメージは、いつしか「龍驤流陰陽道式発艦術」と非公式に呼ばれるようになったのである。

 

 そして、それに応ずる形で、鳳翔が編み出した弓道方式は、彼女の竣工時の仮名を取って「竜飛流弓道式発艦術」と呼ばれるようにもなった。

 

 なお、なぜ「鳳翔流」で無いのかといえば、

 

「だって、竜飛流の方がカッコいいでしょ。他にもそう思う人、挙手!」

 

 空母艦娘が一堂に会した宴会の席で、酒に酔って悪ノリした飛龍の提案がまかり通ってしまったからに他ならない。

 

 師である鳳翔は顔を真っ赤にして「恥ずかしいからやめてください」と弱弱しく反対したが、三度の飯と、酒と、悪ふざけが大好きな弟子たちに押し切られたのが事の顛末である。

 

 閑話休題。

 

 飛龍が矢を放つと同時に、最後の二機が空高く舞い上がって行った。

 

 残心の構えを取る飛龍の脳裏に、対空レーダーのイメージが重なる。ゼロ改二十四機は飛龍の上空で編隊を組んでいた。

 

 全機、異常なし。

 

 飛龍は構えを解き、リンクレベルを落とす。

 

 彼女は無線で、空中哨戒中の彩雲改を呼び出した。

 

「イーグルアイ、ワイバーン、海鷲の発艦完了。以後、管制権をイーグルアイへ移行する。ユーハヴコントロール」

 

『イーグルアイ、ラジャー。アイハヴコントロール』

 

「多門丸、加来っち、グッドラック」

 

『任務中だ』戦術管制官・多門丸から返信。『余計なおしゃべりは控えるように。だがまあ・・・サンクス』

 

 その言葉に、別の男の声で含み笑いが重なった。

 

『おい多門丸、まるでツンデレだな。なあ、飛龍ちゃん』

 

 彩雲改のパイロット、加来だ。

 

「ねえ、今日は任務終わったらウチに寄ってかないの? お茶でも飲んでいかない?」

 

『飛龍ちゃんからのお誘いなら断れないな』

 

『断る』と多門丸。『フライトプランの変更はアクシデント発生時以外に認められない。・・・残念だが』

 

 多門丸が付け足した最後の言葉を聞き、飛龍は笑みを浮かべた。一見、取っ付き難いように見えて、本当は実に素直な男。それが多門丸 歩という男だった。

 

「了解。今日会えないのは私も残念だよ。でもアクシデントが起きることなく任務が終わることを祈ってる。じゃあね」

 

 交信終了。

 

 飛龍は艦橋からウィングに出て空を見上げた。彼らが乗る彩雲改目指して、無人機の編隊が飛んでいく。

 

 空に残る幾筋もの白い飛行機雲。

 

 その先に居るはずの彩雲改に向かって、飛龍は大きく手を振った。

 

 

 

 

 

 

 飛龍から離れること、約100キロメートル、上空2万メートルで、彩雲改がゼロ改の編隊を管制誘導する。

 

 彩雲改は、戦術電子偵察機・彩雲の再設計型である。

 

 “改”と付けられているが、素材の見直しから始まり、エンジン、レーダー、アビオニクスに至るまで変更されており、もはや“見た目がよく似ているだけの別物”と言うべきである。

 

 エンジンは超音速巡行と高機動性能を同時に満足させるために開発された誉MarkⅩⅩⅠを二発搭載。

 

 主翼形はクリップトデルタ、固定後退翼。ただしその翼断面形状はフライトコントロールコンピュータにより、飛行状態の変化と共に最適形状に変化し、低速から超音速域に至るまで安定した機動を実現している。この制御は通常、コンピュータによる自動制御だが、マニュアルモードに切り替えることにより、意図的に失速状態に持ち込むことも可能である。

 

 コクピットはタンデムタイプ。乗員は二名。前席がパイロット席、後席が無人機管制オペレーター=戦術管制官席である。

 

 レーダーは機体表面を覆うようにスマートスキン・アクティブレーダーが装備され、これにより360度全周をリアルタイムで捜索が可能。火器管制レーダーとも統合されているため、自機のどの方角に目標が居ても、機首の向きに関係なくミサイルロックオンが可能である。

 

 警戒レーダーの能力は専用の早期警戒機と比べても遜色なく、また複数の無人機や水上艦艇とマルチスタティックレーダーネットワークを構築することにより、ステルス性能の高い深海棲艦の探知能力が向上している。

 

 しかしこの彩雲改を最も特徴づけるものは、その機体に搭載されたスーパーコンピュータである。

 

 深海棲艦の強大なECM(電子妨害手段)に対抗しながら、さらに無人機を最大五十機まで同時管制可能という高性能AIこそが、この機体の最大の武器であった。

 

 たかが偵察機には過剰とも思える機動力と高攻撃力も、いざとなれば敵のECM圏内に無人機部隊と共に飛び込み、至近距離で管制するという任務の性格上、このAIを守るためのものである。

 

「目標探知」

 

 彩雲改の後席で、無人機管制オペレーターである戦術管制官・多門丸 歩が、警戒レーダーが多数の飛行目標を探知したことを確認した。

 

「目標は三十機、亜音速でまっすぐこちらに近づいてくる。深海棲艦隊の空母級から発艦した迎撃機だ」

 

 その多門丸が眺める複合ディスプレイ上に、次のようなメッセージが表示された。

 

【RECOMMEND INTERCEPT―A,B】

 

 彩雲改の戦術管制AIが、護衛戦闘機部隊、アルファチームの三機とブラボーチームの三機を、この接近中の敵に向かわせると進言しているのだ。

 

 多門丸はこの表示に、一瞬だけ考え込み、そして言った。

 

「敵艦隊にヲ級一隻と軽空母ヌ級二隻が居ることを確認しているのに、迎撃が三十機だけというのは少なすぎる。これは、こちらの対艦攻撃機部隊から護衛戦闘機を引き離すための囮だ。敵はまだ余力を残しているぞ。接近中の目標はブラボーチームのみで迎撃せよ。アルファ、チャーリーチームは引き続きズールーチームの護衛に当たれ」

 

 多門丸はインカムを通じてAIに命令を口頭で指示する。

 

 複合ディスプレイ上に了解を現す【ROGER】の表示。

 

【CARY OUT INTERCEPT―B】“ブラボーチームによる迎撃を実行する”

 

 彩雲改の戦術管制AIからゼロ改各機のAIに指令が下され、護衛戦闘機部隊の九機は三機ずつの三編隊に別れた。

 

 そのうち、ブラボーチームの三機が彩雲改AIから示された迎撃コースに従って上昇を開始。接近する敵編隊に対し、ミサイル攻撃を仕掛けるために有利な位置へと移動する。

 

 ブラボーチームはミサイル攻撃位置へ到着。敵三十機が射程距離に入り、すかさず中距離ミサイルを発射した。一機当たり四発、三機で計十二発のミサイルが敵編隊へと向って行く。

 

 多門丸が見守る複合ディスプレイ上に、ミサイル到達までの時間が表示される。

 

 三秒前、二、一・・・

 

【HIT-10 UNKNOWN-2 SURVIVE TARGET-18 CARY OUT CONTINUE ATTACK】“命中10、不明2、残機18、攻撃を続行する”

 

 ブラボーチーム三機はアフターバーナーを点火、編隊を組んだまま急加速し、敵編隊へと接近、短距離ミサイルの射程内に入ったところで全機ミサイル発射。

 

 全弾命中。敵機十八機中、十二機を撃墜する。

 

 ブラボーチームは速度を落とすことなくさらに接近。ガン射程内。二度に渡るミサイル攻撃で編隊が乱れた敵機の間へ、上方からパワーダイブ、高速で飛び込みざまに三機を撃墜。敵機は残り三機となる。

 

 ブラボーチームは降下で得た高速度で、編隊を維持したまま機首上げ二十度で4G旋回、残る敵機の後方に付く。

 

 彼我兵力差は一対一まで狭まったが、だからと言って、それぞれで一機ずつを相手にはしない。

 

 もはや連携の取れていない敵の、もっともはぐれた一機めがけ、ブラボーチームは三機がかりで攻撃を仕掛ける。

 

 B-1が敵機へ急接近しガン攻撃を加えている間、B-2、B-3が防護につき、攻撃中のB-1が他の敵機から狙われるのを防いでいた。

 

 もしB-1の後方に別の敵機が迫るようであれば、B-2かB-3がそれに対して攻撃を開始し、その間に狙われたB-1はすぐに回避行動に移り、敵機を振り切ると同時に、そのまま僚機の防護役へと役割を変えるのだ。

 

 この常に数的優位を保ちつつ、なめらかな連係プレーによって、敵機は数分と経たずに全滅した。

 

 この戦闘におけるキルレシオは1:10だった。この戦果に、しかし多門丸は何の感慨も抱かなかった。この程度のことは出来て当然だ、という認識である。

 

 ゼロ改の性能を過信している訳ではない。搭載しているAIの能力が高いのだ。空母・飛龍に搭載されているゼロ改部隊・第二航空戦隊に戦闘技能を教え込んだのは彼自身だった。

 

 単にプログラムを打ち込むのではなく、AIの学習機能を最大限に活かせるよう、無人機を実際に飛ばし、思いつく限りの様々な状況を想定し、実践させてきた。

 

 中には機体の限界に挑むような飛行や、実戦以上に厳しい条件での模擬戦闘など、AIに対し徹底的に高負荷をかけ続けるような訓練を化したため、軍内部ではいつしか、“鬼の二航戦”、“AI殺しの多門丸”などという異名さえ生まれてしまった。

 

 だが、その成果はまさしくこのとおりである。数ある無人機部隊の中でも、多門丸が率いる二航戦は、海軍の切り札でもある第一航空戦隊と並んで最精鋭部隊と称されていた。

 

 搭載ミサイルを全て撃ち尽くしたブラボーチームは反転し、彩雲改の護衛に付く。

 

 その間に、対艦攻撃部隊ズールーチームの十五機は、アルファ、チャーリーチームの六機の護衛を受けつつ、敵艦隊への接近を続けていた。

 

「そろそろ出てくるぞ。敵の迎撃部隊の本隊が居るとすれば海面スレスレを飛んで接近してくるはずだ。海面警戒を厳となせ」

 

【ROGER】

 

 その表示が出た直後、ゼロ改編隊の進行方向に、警戒レーダーが、敵の大群を探知した。

 

 その数、六十機。

 

 海面付近を、ゼロ改部隊に対して横切るように低空飛行している。

 

 多門丸の読み通りである。

 

 敵の迎撃部隊は深海棲艦特有のステルス能力とレーダーに探知され辛い低空飛行によって、ゼロ改部隊を側面から奇襲するべく移動中だったのだろう。

 

 しかし、彩雲改のアンチステルス能力――大出力パルスドップラーレーダーと、無人機のレーダーを統合して運用するマルチスタティックレーダーネットワーク――は、深海棲艦のステルス能力を凌駕していた。

 

 位置を晒された敵部隊に対し、アルファ、チャーリーチームが先制の中距離ミサイルを発射し、敵の半数近くを撃墜する。

 

 アルファ、チャーリーチームはそのまま格闘戦へと突入。ブラボーチームがやってみせたように、チームワークを発揮し、敵の連携を存分にかき乱しつつ、各個撃破していく。

 

 奇襲をかけようとして逆に奇襲をかけられた形となった敵部隊に、もはや対艦攻撃部隊を迎撃する余裕はなかった。

 

 そのためズールーチームは悠々と敵艦隊への攻撃開始地点へ向かうことが出来た。

 

 敵艦隊まで距離150キロ。

 

 間もなく対艦ミサイルの射程内に入るという時、彩雲改のディスプレイ上に【ECM】のサインが表示された。

 

 同時に、今までレーダー画面上にはっきりと映し出されていた敵艦隊の位置が、急に不鮮明になった。

 

 敵艦隊に居る重巡リ級から電子妨害を受け、レーダーが乱されているのだ。

 

【CARY OUT ECCM】“対電子妨害手段を実行する”

 

 彩雲改AIはすかさず敵の妨害を打ち破るべく電子戦を開始。同時にこちらからも敵に対し電子妨害を実行。

 

 高性能コンピュータの演算能力をフルに使用した目には見えない静かな戦いが、高速で繰り広げられる。

 

 その攻防の様子は人間には知覚できない。その勝敗の判断は、レーダー画面が正常に戻るかどうかぐらいでしか判断ができないのだ。

 

 しかし、ECCM開始から十秒経っても、レーダー画面は戻らなかった。

 

 敵のECMの方が強力なのだ。

 

 ズールーチームはもう残り十数秒でミサイル発射ポイントを通過するが、しかし、このまま対艦ミサイルを撃っても、その命中率は減少してしまう。

 

「攻撃中止。攻撃コースから反転離脱し、再攻撃に備えよ」

 

【ROGER】

 

 多門丸の命令に従い、ズールーチームは反転、敵艦隊から遠ざかる。

 

「さて、どうする?」と、加来が訊いてきた。「このまま後方でのんびり飛んでいてもリ級のECMは破れないぞ。距離を詰めて精度を上げるべきだ。彩雲改もズールーチームと一緒に敵艦隊に突入しようぜ」

 

「却下する。それはお前がやりたいだけだろう」

 

「いつもいつも無人機の戦いを高みの見物じゃあ、腕がなまるんだよ。俺はファイターパイロットなんだぜ。たまには俺にも見せ場をくれたっていいだろう。」

 

「お前の暇つぶしに付き合って、命を危険にさらすつもりは無い」

 

「じゃあ、どうするんだ?」

 

「こうなると思って予め増援を要請してある。それが間もなく到着する。――来た」

 

 レーダー上、不鮮明な敵艦隊の方向とは、また別の方向に、味方機二機の反応が現れた。

 

 電子戦支援機・瑞雲だ。南方警備艦隊所属の航空戦艦・日向の無人艦載機である。

 

 瑞雲は、遠距離に居る日向と電子ネットワークを構築しており、これにより戦艦の電子戦能力の効果範囲を遠距離まで拡大することが可能だった。

 

 しかも、戦艦の電子戦能力は、彩雲改のそれとは比較にならないほど強力である。

 

 彩雲改は、瑞雲経由で日向とも電子戦ネットワークを構築し、ECCMを実行。

 

 これにより、レーダー画面の表示が正常に戻った。重巡リ級のECMを打ち破ることに成功したのだ。

 

 ズールーチームは再反転、敵艦隊に向かって対艦ミサイルを発射した。一機当たり四発、計六十発ものミサイルが薄く白い尾を引きながら飛翔していく。ズールーチームはすぐさま反転、空域からの離脱を開始。

 

 ミサイルが敵艦隊に到達するまで、残り四分。複合ディスプレイに示されたカウントダウン表示を眺めながら、加来が面白くなさそうに呟いた。

 

「つまらん」

 

「気を抜くな。まだ敵を全滅できると決まった訳じゃない」

 

「そう願いたいもんだ。少しは生き残ってくれないと張り合いがない」

 

「滅多なことを言うな。縁起でもない」

 

「油断するなと言ったのは、お前だぜ」

 

 加来は、ため息を吐きながら、前席のレーダー画面に映る、別の目標に目を止めた。

 

「見ろよ、多門丸。またお隣さんの早期警戒機が出張ってきているぜ」

 

 彩雲改と敵艦隊との、ちょうど斜向かいになるような位置に、SIF(敵味方識別装置)の応答が無い機影が映っていた。

 

 相手が発している電波の解析結果から、それが隣国の早期警戒機であることが判明する。

 

 この周辺の海域は大陸からもそれなりに近いため、航続距離が長い航空機ならば無補給で来ることが出来る。

 

 そのため、この付近で深海棲艦との戦闘が発生した場合には、隣国から情報収集を目的とした航空機がよく飛来していた。

 

 多門丸もレーダーを確認する。

 

「一機だけだな。今回も護衛は見当たらない」

 

「いつも丸腰で戦闘空域にやってくるんだから、神経が太いというか、なんというか。・・・もっとも、連中の戦闘機じゃ航続距離が足りないから、護衛しようと思っても無理なんだろうが」

 

「空中給油機を出す余裕も無いのだろう」

 

「敵艦隊との距離もかなり近い。アンチステルス技術も未熟なんだな。だから光学センサーが使える範囲内にとどまる必要があるんだ。危険な任務だ。同じパイロットとして同情するぜ」

 

「他人に同情している暇は無いぞ。俺たちだって、戦果確認や状況判断は俺たち自身が最前線で行う必要がある。そのためにファイターパイロットのお前が居るんだ」

 

「嬉しいこと言ってくれるね。俺はまたてっきり、パイロットもAI制御で十分だ、とか言い出すんじゃないかと冷や冷やしてたぜ」

 

「戦場は有為転変だ。咄嗟の状況判断には人間が必要さ。・・・まだな」

 

「まだ、とかどういう意味だよ」

 

「AIの進化速度は加速度的に増している。いずれは・・・ここまでにしよう。対艦ミサイル到達五秒前だ。・・・三・・・二・・・一・・・弾着。さあ、お待ちかねの人間の出番だぞ」

 

「了解。これより敵艦隊に接近、目視にて敵の損害状況を確認する」

 

 彩雲改は敵艦隊に針路を向け、増速。護衛のブラボーチーム三機が追従する。その数十キロ先を、アルファ、チャーリー、ズールーチームが引き上げていく。

 

 加来と多門丸は、キャノピー越しに敵艦隊の居る方向へ視線を向けた。

 

 そこには空と海原が広がるばかりで、肉眼では敵艦隊の姿を捉えることは出来ないが、彼らの被るヘルメットのバイザーにTD(目標指示)の正方形の枠が表示され、そこに敵がいることを教えてくれた。

 

 深海棲艦はステルス能力が高いが、今、その姿は彩雲改のレーダーのみでハッキリと捉えることが出来ていた。

 

 つまり相手のステルス能力が低下しているのだ。それだけダメージが大きいという証でもある。加えて、敵艦隊は全て動きを止めていた。

 

 さらに接近。敵からの攻撃の兆候なし。TD内に、うっすらと黒い煙が立ち上っているのが見えてきた。光学センサーを最大望遠にし、状況を確認する。

 

「目標四隻を視認」と、多門丸。「重巡リ級一隻、空母ヲ級一隻、軽空母ヌ級二隻、いずれも炎上中。残るイ級二隻は確認できない」

 

 彩雲改は敵艦隊の周囲を回りながら、徐々にその旋回径を狭めていく。敵艦隊の様子が更にハッキリと視認できるようになった。

 

「重巡リ級は転倒。海面にうつぶせに倒れており、軽空母ヌ級も二隻とも大傾斜している。間もなく沈没すると思われる。更に周辺に大量の浮遊物を確認。イ級二隻は轟沈した可能性が高い。残るは・・・ヲ級だけか」

 

 正規空母ヲ級は、唯一、海上にまだ立っていた。しかし上半身を炎と煙に包み込まれ、こちらも間もなく倒れるのは目に見えていた。

 

 敵艦隊、全て沈黙。機上の多門丸が、そのような判断を下そうとした、その時。

 

 彩雲改のAIが、警報を発した。

 

【ENGAGE ENGAGE BREAK STARBOARD】“敵の攻撃を探知、右へ旋回せよ”

 

 AIの警告に、加来は反射的に反応した。

 

 サイドスティックを右に倒し、フットペダルを強く踏み込むと同時にスロットルレバーをMAX位置まで押し込む。彩雲改はアフターバーナーを点火し、跳ね飛ぶように右へ急旋回した。

 

 その位置を、炎上するヲ級から弾丸のように発艦した二機の艦載機が超音速で通過していった。

 

「な・・・何だ?」

 

 突発的な大G旋回に呻く多門丸に、加来が答えた。

 

「敵の攻撃。いや、艦載機だ。ヲ級から発艦したらしい。まるでミサイルだ。AIの警告が少しでも遅れていたら、体当たりされていた」

 

 加来の言葉に、多門丸はディスプレイ上に表示された機影を確認する。白色で球形の、その機体。これまでに見たことが無い形状だ。データベースにも該当する機体は無い。

 

「新型だ。しかしなんてスピードだ」海面で、ヲ級が大爆発し沈没する。「ヲ級の奥の手か。新型機は俺たちから急速に遠ざかっている。速度が速すぎて旋回できないのか? ――違う、この方向は、まさか」

 

「拙いのか。どこに向かっているんだ?」

 

「早期警戒機だ。隣国の連中へまっすぐに向かっている。しかも、連中は恐らくまだ気づいていない」

 

「多門丸、連中に回避せよと警告しろ。PAN、コードU」

 

「了解。ChinaAirForce JapanNavy PAN PAN、コードユニフォーム、ユニフォーム」

 

 隣国の早期警戒機が無線に応えた。

 

『JapanNavy  ChinaAirForce I'm behaving legitimately with international law』

 

 当方は、国際法に従い合法的に行動中。そんな答えを返してきた相手に、加来は声を荒げた。

 

「何を寝惚けたことを。早く逃げろ。墜とされるぞ!」

 

「駄目だ。もう間に合わない」

 

 レーダー画面上、敵機が早期警戒機に急接近する。

 

「推定ガンレンジまで残り五秒――AW(早期警戒機)ロスト!?」

 

「くそ、やられたか。だが、なんだ。ガン攻撃の射程じゃない」

 

「これは短距離ミサイルレンジだ。ついに深海棲艦も誘導弾搭載型が出てきたという事か。だがミサイルキャリアーの速度が半端じゃない。中距離ミサイルレンジでも一気に詰められる恐れがある。・・・目標旋回、こっちに来るぞ。戦闘空域から直ちに離脱しよう」

 

「了解。ミサイルで迎撃しつつ離脱する。イーグルアイ、エンゲージ」

 

 加来は敵機から逃げる方向へ針路を取り、最大出力で離脱を図る。しかし、敵の速度の方が圧倒的に早い。

 

 彩雲改の左後方から敵機が迫る。

 

 加来はサイドスティックの武装選択ボタンで中距離ミサイルを選択し、左後方を振り返った。ヘルメットバイザーにTDが二つ表示され、それがロックオンを示す赤色に変わる。

 

 彩雲改は中距離ミサイル六発を発射。彩雲改の進行方向に向かって飛び出したミサイルはすぐに急速上昇し、そのまま反転して左後方の敵機二機へと向かって行く。

 

 だが、しかし、

 

【HIT-0 UNKNOWN-6 SURVIVE TARGET-2】

 

 その表示に、加来は舌打ちする。

 

「一発も当たらなかったのか。ECMで攪乱されたか?」

 

「いや、おそらく撃ち落とされたんだ。アンチミサイル・ミサイルだ」

 

「これまでミサイルを持っていなかったくせに、いきなり技術レベルが上がり過ぎだろ」

 

「もともと電子戦能力は高かった。それなのに、これまで誘導弾が無かった方が不思議だったんだ。--目標さらに接近。ブラボーチームは迎撃に当たれ」

 

【ROGER】

 

 彩雲改を追いかけるように付いてきていたブラボーチーム三機が急旋回、敵の新型機へ立ち向かう。

 

 B-1、B-2、B-3は、彩雲改を追う敵新型二機に対し横側から接近、そのコースを直交するアタックラインに乗る。

 

 ブラボーチームのガン攻撃。

 

 だが敵機は急激に減速して、それを回避する。ほとんど空中停止だ。ブラボーチームは新型機の正面を横切ってしまう。

 

 新型機は失速状態から、再度加速して、今度はブラボーチームを追い始める。その加速度は、まさにミサイル同然だった。一秒弱で最大速力に達した新型機がブラボーチームに追いつき、ミサイルを発射。

 

 ブラボーチームはミサイルをかわすために、フレアとチャフを大量に放出しつつ、編隊を崩し、各機が回避起動を行う。10G旋回という有人機には不可能な急旋回により、ブラボー三機はミサイルの回避に成功する。

 

 しかし新型機二機が、尚もB-1、B-3の後方に食らいついていた。

 

 追われていないB-2がその隙に、B-3の援護につく。B-3を追う新型機の背後に回り込み、すかさずガン攻撃を実施。

 

 命中、したかに見えた次の瞬間、その新型機が再び空中停止した。

 

 機銃の射線軸上、しかも至近距離で空中停止したため、B-2は避けきれずに衝突、爆発し、木っ端みじんに砕け散った。

 

「B-2ロスト――バカな!?」多門丸は驚愕した。「相手がまだ生きているだと。空中衝突したのに、信じられない!」

 

 だが、事実だった。新型機はそれ自身が弾丸であるかのようB-2の爆発から飛び出し、平然と飛行を続けていた。

 

 しかし、B-2が撃墜された隙に、B-3がすかさず急旋回、その横方向からガン攻撃を行う。

 

 新型機は回避するどころか、B-3に対し体当たりするかのように向かってきた。20ミリ機関砲の集中猛射を浴びつつ、新型機がB-3に急接近する。

 

 B-3と空中衝突する寸前、敵の新型機はダメージに耐えられずに爆散した。

 

 B-3は、すぐにB-1の援護に向かう。

 

 B-1は残った新型機と凄まじい空戦機動を繰り広げていた。二匹の犬が互いの尾に喰らいつこうとするかのように、互いの後方を奪い合うドッグファイト。

 

 旋回能力はゼロ改の方が上回っていた。しかし、敵の新型機は常識外の急減速、急加速能力を持っている。B-1が背後を取ると、新型機はすかさず停止、急加速を繰り返し、B-1を前方へオーバーシュートさせる。

 

 B-1はそれに対し、同じように減速しようとはしなかった。

 

 空戦機動において速度(エネルギー)は命である。如何にそのエネルギーロスを減らしつつ相手の後方を取るかというのがその神髄なのだ。

 

 故に、この新型機の空戦機動は前代未聞だった。

 

 空中戦の最中に超音速から停止、さらに超音速加速するには莫大なエネルギーと超絶的な機体強度が必要だ。それこそ、空中衝突にさえ耐えられるほどの。

 

 この常識外の敵を相手に、B-2は為すすべもなく墜とされてしまった。しかし、その状況はB-3が間近で記録しており、その情報はリアルタイムで彩雲改や、B-1も含む全ての無人機に共有されていた。

 

 B-1はその情報を元にして、このわずかな時間のうちに敵機が減速するタイミングを解析していた。

 

 B-1は敵が急減速する兆候をつかむと、すかさず急上昇に転じた。敵との衝突を避けるとともに、速度エネルギーを位置エネルギーに変換して、オーバーシュートを防いだのだ。

 

 上昇したB-1の真下で、敵は再加速。

 

 B-1は機体をひねりながら機首を下方に向けパワーダイブ。敵の進行方向を予測したリードアタックを仕掛ける。位置エネルギーが再び速度エネルギーに変換され、敵機の大加速に振り切られることなく、その後方に食らいつく。

 

 敵機が最高速度に達する前にガン攻撃を実施。ゼロコンマ数秒の間に五十発近い弾丸が敵機に命中するが、しかし、目立ったダメージは与えられない。

 

 敵機はさらに加速し、B-1を一気に振り切ろうとする。しかし、その前方を塞ぐかのように、上方からB-3が急降下し、ガン攻撃を加えた。

 

 敵機はこれ以上のダメージを受けたくないのか、右へとブレイク(急旋回)し、B-3のガン攻撃を避ける。この旋回と引き換えに敵機の速度が落ちた。その隙にB-1が再度、ガン射程内まで距離を詰める。

 

 敵機は、左に切り返す。それを追ってB-1も左旋回。敵機、更に右へ旋回。二機は高速で左右に切り返すシザース運動に突入する。

 

 B-3はB-1の援護のためにその後方に位置するも、至近距離でもつれあうように機動する二機の間に割り込むことが出来ない。

 

 B-1と敵機は左右の急旋回に、上下運動も加えて、螺旋を描くような軌道のローリングシザースを開始。

 

 敵機はこの機動でB-1をオーバーシュートさせようとするが、B-1は敵機にぴったりと食らいつく。

 

 敵機は根負けしたのか、またもや急減速を実施。だがB-1はそのタイミングを完全に予測し、ほぼ同時に垂直上昇、敵機との水平方向の相対距離を維持したまま、縦方向へ速度エネルギーを位置エネルギーに変換する。

 

 敵機の急減速から1.3秒後、B-1のほぼ真下の位置から、急加速して飛び出してきた目標を後方レーダーが探知。すかさずそちらへ機首を振り向け、急降下態勢に移る。

 

 だが、B-1が急降下する先に、敵機の姿は無かった。B-1のガンカメラに映ったのは、遥か前方をまっすぐに進んでいくミサイルだけ。

 

 後方を援護するB-3から、B-1に【BREAK PORT】の警報が飛ぶ。

 

 敵機は、B-1の左後方に居た。

 

 B-1は左に急旋回し回避しようとしたが、その前に敵機が放ったミサイルがその機体に直撃し、撃墜された。

 

 最後に残ったB-3がすかさず敵機に襲い掛かる。敵機はブレイク、シザース、ローリングシザース。二機の軌道が絡み合う。

 

(なんという戦いだ・・・!?)

 

 戦闘空域から離脱しようとする彩雲改の機上で、この戦闘をモニターしていた多門丸は、戦慄した。

 

 これは人智を超えた戦いだ。

 

 有人機では不可能な大G下での空戦機動もそうだが、何よりも凄まじいのは、それだけの機動をこなしながら、同時に敵機の情報を余すことなく収集し、リアルタイムで分析し、それを即座に空戦機動に反映してみせる無人機たちの判断能力と、それさえも欺いて見せた敵機の奇抜な発想力だ。

 

 敵機はB-1に対して急減速を仕掛けた際、オーバーシュートが不可能と知るや、再加速の替わりにミサイルを放ち、囮にしたのだ。B-1はそれに引っかかってしまった。

 

 だがB-3はそれを記録している。そしてその情報を元に、AIをフル稼働させてこの強敵に対抗するための手段を編み出そうとしている筈だ。

 

 いや、B-3だけではない。この彩雲改のAIも、そして他の無人機のAIも同じようにフル稼働し、対抗手段を計算中だろう。

 

 計二十二機のAIによる高速並列演算。これがこの無人機部隊の最大の武器と言えた。

 

 その思考速度、思考過程は、もはや人間が追える次元ではない。AIたちがどのような判断を下し、どのような行動を取るのか。多門丸にはそれを予測することができず、もはや見守ることしかできなかった。

 

 そして、AIたちが下した決断の結果が、ついにその目の前に現れる。

 

 ドッグファイトに持ち込んだB-3だったが、すぐに敵機の急減速により前方へとオーバーシュートさせられてしまった。

 

 しかし、この時、B-3は、B-1がしてみせたように急上昇に転じるようなことはしなかった。

 

 むしろ降下態勢に入り、速力を上げて遠ざかろうとする。だがスピード勝負では敵機の方が性能は圧倒的に上だ。一目散に逃げようとするB-3の後方に敵機が迫る。

 

 敵機、ミサイル発射。

 

 B-3もやられる。多門丸がそう思った、次の瞬間――

 

 

 

――B-3は多門丸が想像もしなかった機動を見せた。

 

 

 

 B-3は機体を傾けることなく、右方向へ滑るように平行移動した。敵ミサイルはB-3の姿を見失い、そのまま脇を通り過ぎて行く。

 

 B-3は平行移動と同時に機首を左方向に向けていた。いわばコマのようにスピンしながら真後ろを向いたのだ。B-3はエンジンパワーをアイドルまで絞り、後進飛行。後方から迫る敵機をガンレティクルに捉える。

 

 B-3のガン攻撃。

 

 二十ミリ弾の高速集中猛射に、敵機自身の速度エネルギーが加わり、敵機の強固な装甲が撃ち砕かれた。

 

 B-3がオーバーシュートしてから僅か三~四秒ほどの出来事だった。

 

 敵機が炎上しながら墜落していく。B-3も失速状態に陥り、きりもみ状態で落下するも、すぐに機体を立て直して水平飛行に復帰した。

 

【TARGET KILL 200NM RANGE NON TARGET RECOMMEND BREAK ENGAGE】“目標撃破。周囲200海里以内に敵影なし。交戦終了を進言する”

 

「加来・・・今の機動を見たか」

 

「ああ、おそらくコブラの一種、フックかクルビットに近い機動だろう。だけどあれは曲芸用だ。実戦で使用する機動じゃない」

 

「俺は・・・コブラなんぞを教えた覚えはない」

 

「ゼロ改の機体性能なら簡単にやってのける曲芸だ。AIがやろうと思えばできるだろう。俺だって、この彩雲改でもやってみせる自信はある。乗っている俺たちがGに耐えられるかどうかは別問題だがな」

 

 やろうと思えば、できる。加来のその言葉は、パイロットらしい観点だと多門丸は思った。だが、多門丸が感じた戦慄は別の部分にあった。

 

 それは無人機が超絶機動を実戦で使用して見せたことではなく、人間が思いもつかなかった戦術をAIが編み出して見せたことにあった。それも、突然現れた新型機を相手にしている最中にだ。

 

 AIの判断能力と発想力は、もはや人間を超えているのかもしれない。そして、そんな能力をもったAIでなければ対抗できなかった深海棲艦の能力・・・・・・

 

 ・・・・・・そこまで考え、多門丸は自身の戦慄の本当の理由に気が付いた。

 

 このままでは、深海棲艦との戦いに人間が付いていけなくなるのではないだろうか。そんな予感が、彼の背筋を冷たくした。

 

 深海棲艦がこの先も進化し、それに対抗できるのがAIのみとなったとき、人間が戦う意味はあるのだろうか。いや、人間の存在価値とは・・・

 

(バカバカしい)

 

 多門丸はその考えを振り払った。論理が飛躍しすぎている。新型機の出現と、そして自分が育てた無人機が予想外の戦果を挙げたことで感情的になっているのだろう。と、彼は自分を戒めた。

 

 この戦いの意味を考えるのは、収集した情報を分析してからだ。

 

 そのためには先ず、B-3自身からデータを回収しなければならない。しかし陸上基地へ帰投する彩雲改と違い、B-3を含む無人機部隊は、航続距離の問題から、すべて飛龍に帰投することになっていた。

 

 情報はすぐにでも回収する必要があるが、機密性の高い重要な情報なので、空中で無線通信をするわけにはいかない。

 

「加来、フライトプランを変更しよう」

 

「もしかして、俺たちも飛龍ちゃんに着艦するのか」

 

「そうだ。情報の回収には、彩雲改とB-3を直接ケーブルで繋ぐ必要がある」

 

「こいつは良い言い訳ができたな。飛龍ちゃんも喜ぶだろう」

 

「寄り道がしたくて、こんなことを言っている訳じゃないんだぞ」

 

「わかってるよ」

 

 彩雲改は針路を空母・飛龍に取る。

 

 多門丸はキャノピーの外に視線を向けた。そこに、彩雲改とともに編隊を組んで飛行するB-3の姿があった・・・

 

 

 

 

 




次回予告

 人間の能力を超え始めたAIたちは脅威なのか。真面目にそのことを考え込む多門丸。

 人間の価値はAIには測れない、と人間の力を信じて疑わない加来。

 ぶっちゃけそんなことはどうでもいい飛龍。

 理屈だらけの男たちの会話に、女はひとり生欠伸をかみ殺す。

「第二十話・戦術評価(女子トーク)」

飛龍「ねえこれ、なんて戦闘妖精パロ? っていうか私主役なのに出番が少なすぎない?」
多門「それよりこの次回タイトルのカッコ書きはいったい何だ?」
加来「次回は艦娘中心の話ってことだろ。多分、おそらく、きっと」

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