ゼロ改の空母への着艦は、垂直降下によって行われる。
機体後方の三次元ジェットノズルが真下を向き、さらに機体中央部にあるリフトファンを作動させることによって空中停止が可能であり、これによって狭い滑走路、場合によっては滑走路の無い場所にも着艦が可能なのだ。
ちなみに、垂直上昇もできないことは無い。
だが、エンジンの推力が機体重量をわずかに上回る程度しかないので燃料や武器を満載した状態では機体を持ち上げることが出来ない。そのため戦闘出撃などでは長い滑走路を使って離陸するか、カタパルトによって射出する必要があった。
尚、彩雲改は垂直着陸機能を持っていないので普通に離着艦をする必要がある。
それはともかくとして、今、帰投針路についていた彩雲改と、それに率いられたゼロ改編隊の前に、目的地である飛龍と、それを取り巻く護衛艦隊の影が見えてきた。
広大な海原に浮かぶ四隻の影は、肉眼では小さな小さな微かな点でしかない。多門丸はこの光景を目にするたび、海がどれほど広く、そして自分たちが小さな存在であるかを思い知らされる気がした。
しかもこれから、あの小さな点でしかない飛龍へと着艦するのだ。
しかし垂直着陸が出来ない彩雲改にとって着艦とは、時速300キロメートルものスピードで飛龍の飛行甲板に突っ込むという事に他ならない。
飛龍の飛行甲板は250メートルもの長さがあるが、時速300キロメートルという速度ではたった三秒で行き過ぎてしまう距離でしかない。
「空母への着艦とは制御された墜落である」と訓練所で教官からよく聞かされた。海軍パイロットにとって着艦は必要不可欠な最低限の技能であるが、同時にあらゆる飛行技術の中でも最も難しい技能でもあった。
多門丸は戦闘管制官=彩雲改の後部座席に座る無人機オペレーターであり、彩雲改のパイロットではないが、かといって着艦は他人事ではなかった。
多門丸から飛龍への交信。
「ワイバーン、イーグルアイ。B-3が重要情報を抱えているため優先して着艦させる。だが三次元ノズルが故障しているので垂直着艦は無理だ。通常着艦でアプローチする。B-3 Request approach」
彼が率いるゼロ改の内、最も重要な情報を内包するB-3が、あの戦闘機動――音速に近い速度でスピンし、そのまま後進飛行するという荒唐無稽な機動をしたために、垂直着陸に必要不可欠な三次元ノズルの可動部分が故障してしまったのだ。結果、B-3だけは通常着艦をせざるを得なかった。
飛龍からの返信。
『イーグルアイ、ワイバーン。Landingdeck Clear. carry out assist approach』
「Roger」多門丸は答え、そして少し間をおいて、こう付け加えた。「B-3 manual approach」
マニュアルアプローチ。すなわち多門丸による遠隔操作である。
ゼロ改のAIは通常着艦も自律して行うことが可能だ。故障個所もAIは把握済みであり、それを考慮した着艦を行うだろうことは多門丸も承知している。が、万が一失敗した場合、その責任は当然ながら多門丸が負うことになる。
そのため多門丸は、今回の着艦を彼自身が遠隔誘導で行うことにした。着艦が他人事ではないというのはこのことである。
重要な情報を抱えた壊れかけの無人機が着艦するのをハラハラしながら見守るくらいなら、いっそ自分が操作した方が気が楽だ。そう考えての遠隔操作だったが、その一方で、自分は心のどこかでAIを信じられなくなっているのではないか、という疑いが頭をもたげていた。
そのせいだろう、加来が冗談めかして、
「AI任せじゃ不安か。なら俺が代わりに着艦させてやろうか」
こう言ったとき、多門丸は自分の気持ちを見透かされたような気になった。
「・・・断る」考えすぎだ。加来の言葉も、自分の気持ちも。「このゼロ改部隊は俺の部下だ。俺が責任をもって着艦させる。・・・お前よりも上手く降ろして見せるさ」
「お手並み拝見」
多門丸は彩雲改のAIを通じて、B-3のフライトコントロールをマニュアルモードに切り替える。
B-3のカメラと各センサーからデータが送信され、それが彩雲改のセントラルコンピュータで複合処理され、多門丸のヘルメットバイザーに合成画像として表示された。
多門丸は上下左右を見渡し、B-3の視界に死角が生じていないことを確認し、後部座席のサイドスティックにある遠隔操縦スイッチを「ON」に切り替えた。
彩雲改の後部座席にも前部座席と同じく操縦装置一式が揃っており、緊急時には後部座席からも操縦することが可能だった。しかし本来の目的は、無人機のマニュアルコントロール用である。
多門丸は後部座席のサイドスティックとスロットルレバー、足元のフットペダルを操作し、通常の操縦と同じ要領でB-3を飛龍への着艦針路へ向けた。
B-3から送られてくる視界でも、飛龍はまだ点にしか見えない。しかし、白い航跡が尾のように後方へと延びているのが見えていた。その真後ろを5海里ほど離れた位置に駆逐艦・朝霜が追従し、同じように白い航跡を伸ばしている。
多門丸はB-3を朝霜の後方に回り込ませ、飛龍と朝霜の航跡が直線上に見える針路に乗せた。
『Wind 350 degrees at 6 knots.』
飛龍から風向きの情報と共に、誘導信号が送られてくる。
B-3は飛龍からの誘導信号を受信し、高度と針路をバイザーの画面に合成表示する。誘導信号は、多門丸の視界には、飛龍の飛行甲板へと伸びる空中回廊として表示されていた。
その空中回廊を滑り降りるように高度と速力を徐々に落としていく。進入角度及び速力適正。ギア-DAWN、アレスティングフック-DAWN、B-3は朝霜の直上を通過。
小さな点でしかなかった飛龍の姿が急激に大きくなる。速力は150ノット以下、飛行甲板のセンターラインを中心軸線上に捉え続けながら艦尾僅か上側をめがけ進入する。
機首上げ5度、後部ギアが甲板に接触し、アレスティングフックが飛行甲板に展張されたアレスティングワイヤーを捉えた。B-3の機体に急制動がかかり、上向いていた機首が落とされ、前部ギアが甲板に接地、100メートル進んだところで完全に停止した。
「着艦完了、全系統異常なし」
『多門丸、ナイスランディング』
飛龍からの賞賛に、多門丸は、「当然だ」と無感動を装って答えた。だが内心では、やはり安堵感の方が大きかった。空母への着艦は、それほどまでに難しい。
「当然だ」加来が、多門丸の口調を真似て言った。「ゼロ改なんて彩雲改と比べたら紙飛行機さ。飛龍ちゃん、見ててよ。俺が本物の着艦てやつを見せてやるよ」
『お、加来っち、ビッグマウスだね』
「よっしゃ、行くぜ!」
「行くな」と、多門丸。「先に残りのゼロ改がを下ろすのが先だ。航続距離が長い彩雲改と違って、もう燃料だって余裕が無いんだ」
「おっと、そうだった。じゃあ、ちゃっちゃとやってくれ」
「まったく」
『B-3は格納庫に移動させたよ。Landingdeck Clear』
「Roger」
多門丸は残るゼロ改部隊に着艦を指示。こちらは完全AI制御だ。
五機のゼロ改が単縦列になって飛龍へと接近する。朝霜の上空を通過して近づいていくのは通常着艦と同じだが、速力はさらに遅くなっていた。
五機は速度を落としながら飛龍の飛行甲板の中心ではなく、右舷側によって接近する。その頃には主翼では揚力を発生させることが出来なくなるくらい速力が落ちていたが、すでに三次元ノズルは真下を向いており、また機体中央の上下のハッチが解放され、内部のリフトファンが稼働、真下への推力を生み出し、これによりゼロ改はホバリング態勢となる。
五機はまるで見えない棒でつながれているかのように、全く同じ動きで飛龍の脇で空中停止、そのまま横滑りで飛行甲板上空へ進入し、着艦した。
着艦したゼロ改に、飛行甲板の隅で待機していた妖精たちが一斉に駆け寄っていく。牽引車を取り付け、飛行甲板の左脇へ移動させた頃には、もうすでに次の五機が空中待機していた。
よどみない流れ作業により、ゼロ改部隊はたちまち全機着艦を終え、格納庫へと収容された。
飛龍から着艦許可が出され、加来は「よおし」と気勢を上げた。
「EAGLE-EYE Request approach. 飛龍ちゃんに向かって突っ込むぜ」
『Landingdeck Clear.さあ、飛龍ママのところに帰っておいで』
「その胸元拡げて待っていな」
『せっかちな小鳥ちゃん、焦ってお尻にぶつかったら、めっ、だからね』
加来のセクハラまがいのセリフに、ノリよく応じる飛龍の態度に、多門丸は複雑な気分になる。
(加来め。最前線で戦う艦娘と言えど、年頃の女性なんだぞ、もう少し気を遣え。それに、飛龍、君もそんな態度だから、加来も自重しないんだぞ)
飛龍の開放的な性格は非常に好ましいが、もう少しセクシャルな部分も自覚してほしいものだ。
と、多門丸が悶々としている間に、彩雲改は飛龍に接近していた。加来も軽口を止め、操縦に集中している。
多門丸がB-3を着艦させたとき、加来はゼロ改を紙飛行機と揶揄したが、確かにこの彩雲改と比較すればそれも仕方のない話だ。
彩雲改はゼロ改と比べれば全長で1.5倍、重量では二倍以上の差がある大型機なのだ。
彩雲改は空母への着艦機能を持っているものの、本来ならそれは300メートル級、10万トン以上の通常型大型空母への着艦を想定して設計されたものだ。
艦娘型正規空母は有人機の通常着艦も想定されているが――有人機の着艦を想定していない、無人機専用の空母は「軽空母」に分類される――彩雲改ほどの大型機が着艦することはほとんどない。
もちろん、できないことは無いが、大型空母と比べるとはるかに短く狭い飛行甲板への着艦の難易度は、小型であるゼロ改に比べはるかに高くなる。
それに当たり前の話だが、無人機と違い、有人機での着艦失敗は人命にかかわる。
これだけのプレッシャーを受けながら、しかし、加来は冷静に機体を操り、滑らかに飛行甲板へと進入する。
タッチダウン。ギアが飛行甲板に接地した軽い振動の直後に、アレスティングワイヤーの拘束により急制動がかかり、前方への大G、身体がシートベルトに食い込む。
着艦は無事成功。さすが大口をたたくだけあって文句のつけようのない着艦だった。唯一難点を上げるなら急制動時の衝撃くらいのものか。もっともこれは不可抗力だが。
しかし、まるで交通事故、それも正面衝突並だな。幸いまだ車ではやったことは無いが。と、多門丸はこの衝撃を味わうたびにそう思い、同時に安全運転への心がけを新たにするのだった。
彩雲改がエレベータに乗せられ、格納庫に搬入されたところで、二人は機体を降りた。
「二人ともおかえり~。ブリーフィングルームにお茶を用意してあるから、一休みしよ」
ブリーフィングルームは格納庫のすぐ隣にある。位置的には船体中央部、ちょうど艦橋の真下に当たる。
ブリーフィングルームの格納庫に面した側は大きなガラス窓になっており、そこから格納庫の様子を眺めることができた。
彩雲改の隣にB-3が並べられ、それぞれの機体中央部下から太いケーブルが伸びて床に繋げられていた。
このケーブルは飛龍のセントラルコンピュータとのコネクト用ケーブルだ。B-3が持つ電子情報の全てが、飛龍を介して彩雲改へとコピーされていた。
当然、飛龍もB-3のデータを参照することが出来る。三人分のお茶を用意しながら、彼女が呟いた。
「すごい動きしたみたいだね~。後ろ向きに飛びながら敵機を撃墜したとか、ゼロ改ってそんな動きもできたんだ」
「本来、想定された飛び方じゃない」と多門丸。「世界のどの航空機でも、そんな後進機動を考慮して設計したものなんてないだろう。それを無理やりやったんだ。機体が空中分解を起こしてもおかしくは無かった」
「そうみたいだね。ちょうど今、メンテ妖精が翼の歪みゲージを確認中なんだけど、数値がものすごいことになってるよ」
「B-3は」と加来が口を挟んだ。「推力変更ノズルを備えているし、他にも高い失速回復能力を持っている。そういった機体ならコブラみたいな進行方向を維持したままの姿勢変化は難しいものじゃない。曲芸としちゃ数十年前に確立されてるし目新しいもんじゃないさ」
「曲芸としてなら、な。実戦で使える機動とは考えられていなかった」
「B-3が有用だと証明してみせたじゃないか」
「まあな。・・・しかし問題はむしろ、そこまでしなければ対抗できなかった敵の存在だ」
「・・・新型機の出現、だね」
飛龍はお茶を二人に配りながら、B-3から抽出したデータの中から新型機に関するものを選び出し、多目的スクリーンに投影した。
それはガンカメラが撮影した敵の機影だった。飛龍は当然として、機上の二人もその明確な姿を目にするのは初めてだ。
「わー、白くて、まん丸だね。なにこれ?」
「新型艦載機・・・だと思う」
飛龍の素直な疑問に、多門丸は戸惑いつつ答えた。
そこに映し出されていたのは飛龍の感想通り、白い球形の物体だった。
様々な角度から撮られた画像が何枚も表示されるが、主翼や、推進機、武装等はどこにも見当たらなかった。
加来が呆れたように声を漏らした。
「なんじゃこりゃ。どういう原理で飛んでいるのかさえ見当がつかないな。これまでの艦載機も航空力学的にデタラメもいいとこだったが、さらに訳の分からんもんが出てきやがった」
「これまでの低速で機動性を重視したものと違い、爆発的な加速力と高速機動性能を持っていた。ヲ級から発艦して真っ先に俺たちや早期警戒機を狙ったあたり、相手の中枢を狙うことを目的とした機体かもしれない。・・・あくまで推測だが」
「隣の警戒機、墜とされちゃったんだよね。かわいそうに」
飛龍の言葉に、加来も面白くなさそうに言った。
「あいつら、深海棲艦の接近に最期まで気づいていなかった。アンチステルス技術が未熟な機体で最前線に放り出されているんだ。ひどい話だぜ」
「隣国の主目的は深海棲艦ではなく、我々海軍に対する偵察なのだろう。・・・色々とやりきれない話なのは同意する」
「私は、いち艦娘だから上層部のこととかよくわからないけどさ、こういう被害が出るたびに思うんだよね。戦争とか全部、無人機に任せられないのかなって」
「あ~、飛龍ちゃんもそう思っちゃう?」
「ファイターパイロットの加来っちには悪いと思うけどね」
「戦場にはまだ人間が必要だ」と多門丸。「AIは与えられた条件下で最適な行動を判断する能力には長けるが、自ら目的を考え出すようには出来ていない」
「でもさ、B-3はこれまで人間が思いつかなかった戦い方をしてみせたわけでしょ?」
「少なくとも“深海棲艦を倒せ”という目的は人間が与えたものだ。だからこそ、深海棲艦も俺たちや警戒機といった有人機を優先して狙ってきた。深海棲艦の敵はAIではなく、あくまで人間なんだ。この理由を解き明かさない限り、戦場を無人化しても根本的な解決にはならないだろう。むしろ事態が悪化することさえありえると、俺は思う」
「そうかなぁ。だって深海棲艦が人間を狙っているなんてことは数十年前から言われている事だよね。だから私たち艦娘みたいな省人化、無人化がずっと進められてきたわけでしょ。人間が狙われているなら、なおさら、戦場から遠ざかったほうが良くない?」
「戦場から遠ざかるということは、逃げるという事だ。逃げた分だけ敵に攻め込まれる」
「それを無人機が食い止めてくれるって」
「そうなればそれは深海棲艦と無人機やAIの戦いだ。人間が割り込む余地は無くなっていくだろう。人間が与えた目的を超効率的に遂行するのがAIだ。目的を生み出すことはできないが、目的遂行のためなら人間が思いつきもしない手段を生み出し、躊躇なくそれを使用する。深海棲艦も同じだ、人間の常識は通用しない。しかもどちらも急激に自己進化を遂げている。そんなもの同士がぶつかり合う戦場から人間が居なくなれば、いずれ人間は戦いそのものを理解できなくなるだろう。それが本当に人類の勝利といえるのか、どうか」
「えっと、うーんと、あのね、そういう人類の勝利とかは置いといて、とりあえずこのままじゃ命が危ないって、私は言いたいんだけど・・・」
「俺たちは軍人だ。命を懸ける覚悟はできている。それより日本語が変じゃないか?」
「変じゃない。軍人だからって、死んでもいいなんて考えちゃダメだよ。残された人は悲しむんだから。多門丸も、加来っちも、その辺のことをちゃんと考えてるの?」
飛龍の言い分に、多門丸は話がズレてきたと感じる一方で、加来が「もちろん」と大きく頷いた。
「俺はいつだって生きて帰るつもりだぜ。コクピットに家族写真だって貼ってあるんだ。嫁と子供の顔を眺めているとな、どんな時だって生きて帰らなきゃいけないって気持ちになるんだ」
「いや、それは知ってる」と多門丸。「気持ちはわかるが、なんというか、映画やドラマでもよく見る展開になりそうで、少し不安にさせられるんだが」
多門丸の言葉に、飛龍が「へえ」と意外そうに反応する。
「そういうジンクスとか気にしちゃうんだ?」
「こいつ、根は小心者なんだよ」と、加来。
「お前が怖いものなし過ぎるんだ。家族写真にしてもワザとやっているだろう」
「誰かさんのおかげで空の上は退屈なんでね。ま、今日ちょっと冷や冷やもんだったけど」
「冷やりで済んで良かった。退屈な方が良い。無用なスリルなぞ願い下げだ」
「へいへい」
「あ、加来っちの家族写真、見たいな。娘ちゃん、今年で四歳だっけ?」
「上が五歳、二番目が三歳、三人目はお腹の中」
「え、本当!? わ、わ、おめでとう! 何か月?」
「四か月。少しお腹が出てきた。服の上からじゃ目立たないけどな」
「写真に奥さんも写ってるよね」
「おう」
「わーい、見たい見たい」
「喜んでお見せしよう。子供たちの可愛さに悶え死ぬなよ」
「悶え死にたいっ!」
「いい覚悟だ。――多門丸、お前も悶え死ぬか?」
「遠慮する。先日、散々見せられたばかりだ」
「何度見たって良いんだぞ」
「そうそう。可愛いは正義だよ、多門丸」
「甘い正義だ。俺は渋いほうが好みだ。お茶のお代わりを淹れてくる」
多門丸は急須を手に給湯室へ向かった。
飛龍と加来はブリーフィングルームを出て、格納庫の彩雲改へと向かう。
「ほら」
加来がコクピットから家族写真をはがし、飛龍に手渡す。
「奥さん相変わらず美人だね~。ああ、そして、もう、この子たち可愛い~。長女ちゃんも次女ちゃんも大きくなったね。女の子らしさがどんどんアップしてる感じがする」
「家に帰ったらパパ、パパって叫びながら飛びついてくるんだ。もうね、それだけで仕事の疲れが全部ぶっ飛ぶね」
「いいな、いいな、私もこんな可愛い娘たちに飛びつかれたい。抱っこして高い高いってしてあげたい。ねえねえ、三人目生まれるんでしょ。一人ぐらい分けてくれない?」
「絶対ヤダ」
「え~、ケチ」
「誰も嫁にやらんもんね。嫁も娘も全部、俺のもんだもんね」
「うわ、バカ親だ」
「親バカと言いなさい」
「三人目、男の子かもよ?」
「将来、嫁さんを連れてきてくれるかも知れないじゃん。そしたら娘がもう一人増える訳じゃん。つまり俺、幸せ者じゃん」
「やっぱりバカ親だ。いや、ダメ親だ」
「はっはっは、なんとでも言うがいい。羨ましいなら自分で産むしかないんだよ」
「加来っちが産んだ訳じゃないでしょ」
「ま、種仕込んだだけだな」
「う~ん、さっきからセクハラ発言だなぁ。私だからいいけど、他の相手だと気を付けた方が良いよ?」
「すまんすまん、善処します」
「でも確かに自分の子はいつか欲しいし、結婚に憧れているのも事実だけどね~」
やっぱり先ずは相手だよね~。そう呟く飛龍の視線は、手元の写真ではなく、ブリーフィングルームに向けられていた。
ガラス窓の向こうには、新しいお茶をすすりながら備え付けの雑誌に目を通す多門丸の姿があった。
「相手ねえ」加来も、飛龍の視線を追ってブリーフィングルームに目を向ける。「・・・脈はあると思うぞ?」
「本当に? ただの同僚止まりとかじゃない?」
「飛龍ちゃんの事をちゃんと女の子として意識しているのは確かだぜ。だって俺のセクハラ発言にいちいち反応してるからな」
「それ加来っちにハラハラしてるだけじゃないの?」
「飛龍ちゃんを気遣った反応だよ。ついでに嫉妬とか焦りも多少入ってるかな。平静ぶってるけど内心焦ってるのがわかるから面白いんだよ、あいつ」
「ねえ、加来っちてさ、もしかして多門丸をからかうために私にセクハラしてない?」
「あ、バレた?」
「――ってい!」
ぺちん、と加来は飛龍に頭をはたかれた。
「ありがとうございます」
「そこはパワハラって訴えるところじゃないの?」
「可愛い子にはたかれるなら、むしろご褒美です」
「変態」
「いいね、もっと罵って」
「これ以上、変態を喜ばすのも癪だから、ヤダ。それより話の続き。多門丸が私のことをちゃんと異性として見てくれているってわかったのはちょっと嬉しい・・・いや、凄い嬉しいけど、でもそれを表に出さないのは、あれかな」
「どれかな」
「職場内恋愛に抵抗あるのかな?」
「別に規則で禁止されている訳で無し。むしろ少子高齢化がヤバすぎて、かえって推奨さえされているご時世だぜ。あいつは単に奥手なだけさ。異性に対するアプローチの仕方を知らないんだ。小心者の草食系だよ」
「草食系多門丸・・・」ぷっ、と飛龍は吹き出した。「なんか変な感じ。多門丸ってご飯もいっぱい食べるのにね。初めて一緒に食事したときその量にびっくりしたよ。私たち空母艦娘よりいっぱい食べる人なんて戦艦職種の艦娘以外で初めて見たもん」
「身体つきもラグビー選手みたいだしな」
「でも、ご飯食べてる時の多門丸って、幸せそうだよね。いつもは表情少なくて、あんまり感情を表に出さないけど。食べているときだけは笑顔になってる。・・・いつだったか陸上基地で整備班の人たちも集めてバーベキューしたことあったじゃない」
「ああ」
「あの時さ、私が焼いた肉をね、多門丸に食べてもらったの。その時の食べっぷりがさ、まるで赤城先輩そっくりで、ちょっと笑っちゃった。・・・心から美味しいって思ってくれて、それで幸せを感じてくれている。そういう感情が伝わってくるような、そんな食べ方。私、それを見て思ったんだ。こういう人と毎日一緒に、ご飯を食べることができたら、きっと楽しくて、美味しいだろうなぁって」
「美味しい?」
「うん、食べる人の笑顔も大事な調味料だよ。って、赤城先輩が言ってた」
「あいつの笑顔が調味料か。ははっ、そりゃ面白い」今度、このネタで多門丸をからかってやろうと思いつつ、「でも、飛龍ちゃんの言いたいことは俺もよくわかるよ。俺も家族と一緒に飯を食ってる時が一番美味しく感じる。・・・幸せだって思える」
「・・・うん、家族っていいよね」
飛龍も頷き、そしてしばらく加来の家族写真を眺め続けた。
そして、ぽつりとつぶやくような声で、言った。
「今日、墜とされた警戒機の搭乗員。・・・あの人たちにも、家族は居るんだよね」
「・・・ああ」
「加来っち」
「あん?」
「死んじゃ駄目だよ」
「ああ」
加来は頷きながら、飛龍から差し出された家族写真を受け取った。
それから十数分後、データの彩雲改への送信が終わり、彩雲改が再び飛行甲板へと上げられた。
加来と多門丸も飛行甲板へ出て、彩雲改の機体周辺を歩き回りながら飛行前の目視点検を行う。
「なあ多門丸」加来が主翼の下から、呼びかける。「お前、俺が飛龍ちゃんと話している間、しょっちゅうこっちを見ていただろ。俺はちゃんと気づいてたぞ」
「お前のバカ話につき合わされて彼女が迷惑していないか心配だっただけだ」
「その割に飛龍ちゃんと目が合いそうになると目を逸らしていたよな」
「た、たまたまだ」
少し焦り声になった多門丸に、加来はくっくっ、と喉を鳴らして笑った。彼は主翼下から、多門丸の居る機首付近に出てきて、艦橋を指し示した。
「ほら多門丸、飛龍ちゃんがアイランドのウィングに見送りに出てきてくれているぜ。手を振っている。俺たちも振り返してやろうぜ、とびきりの笑顔でな」
「振り返すのはともかく、笑顔にこだわる理由はなんだ?」
「ケチケチせずにやってやれよ。お前の笑顔、美味しいらしいからな」
「は? なんだそれ」
多門丸は首をひねりながらも、先に手を振りだした加来につられ手を振り返した。
振りながら、少し考えて、顔に笑みを浮かべてみた。
艦橋に居た飛龍がそれを見て、一瞬きょとんとした表情になり、振っていた手を止めたと思ったら、その場にしゃがみ込みでもしたか、見えなくなってしまった。
これはどういうことか。無理やり浮かべた笑顔が気持ち悪くて、引かれでもしたのだろうか。
笑顔から一転、表情をこわばらせた多門丸に、傍らの加来が大爆笑していた。
「加来・・・俺の笑顔はそんなにも変だったか?」
「いやいや、すまん。お前の顔に笑ったんじゃない。誤解だ。飛龍ちゃんの反応が可愛くて、ついな」
「可愛い? 今のが?」
ドン引きした姿が可愛いとか、変な奴め。
そう言ったら、今度は呆れた顔をされた。
「女心の分からんやつめ」
「さっきから何なんだ」
多門丸の疑問に加来は答えようとせず、ヘルメットを装着して、コクピットへ向かってラダーを登って行った。
多門丸も同じくラダーを登って後部座席に着く。
プリフライトチェックが全て終了し、機体は発艦位置へと牽引され、リニアカタパルトにセットされた。
二基の誉MarkⅩⅩⅠエンジンが咆哮を上げる。
飛龍から発信許可のシグナル。加来はフルスロットル、アフターバーナー点火、同時にリニアカタパルトスタート。
機体が急加速し、機上の二人に大Gをかけながら飛行甲板から打ち出された。
青空に向かって彩雲改が急上昇していく。それを艦橋ウィングから見送る飛龍の頬は、赤く染まっていた。
「もう、多門丸ったら。急にあんな笑顔を見せるなんて、反則だよ。・・・ずるいよ」
その呟きは、彩雲改のエンジン音と共に、風の中へと消えていった。