艦これ海上戦記譚~明け空告げる、海をゆく~   作:PlusⅨ

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第二十話・戦術評価(女子トーク)(2)

 多門丸と加来を乗せた彩雲改が、飛龍を飛び立ってから三日後。

 

 飛龍を含めた第一艦隊の面々は、十日間にわたる海上哨戒任務を終え、母港へと帰還した。

 

 鎮守府がある島を目前にした飛龍は、艦載機部隊を基地航空隊へ向けて全機発艦させ、格納庫を空にしてから、艦隊の最後に岸壁へと入港した。

 

 巨大な船体が転送装置によって虚空へと消え去り、我が身ひとつとなった飛龍が岸壁へと昇ると、そこに、これまで共に行動していた第二十一駆逐隊が待っていてくれていた。

 

「飛龍さん、おかえり」

 

 そう声をかけてくれたのは、二十一駆の旗艦、霞だ。

 

 霞は駆逐艦娘の常として幼い容姿をしていたが、きりりとした目つきと言動は、彼女の成熟した内面を現していた。

 

 その霞の隣には、同じく二十一駆の朝霜と初霜もいる。

 

 飛龍が「お待たせ、今回も護衛ありがとうね」と返しているところに、別方向からやってきた女性も声をかけてきた。

 

「これで、第一艦隊の総員が帰還したな。みんな、ご苦労だった」

 

 穏やかで静かな物言いの、その声の主は、第一艦隊の旗艦を務める艦娘、航空戦艦・日向だった。

 

 その傍らには、今回、日向の随伴艦として行動していた軽巡・五十鈴と、同じく軽巡・阿武隈の姿もあった。

 

 航空戦艦・日向を筆頭に、

 

 軽巡・五十鈴、阿武隈

 

 駆逐艦・霞、朝霜、初霜

 

 この六隻が、南方警備艦隊・第一艦隊の編成である。

 

 ちなみに第二艦隊は、

 

 航空戦艦・伊勢

 

 重巡・羽黒

 

 軽巡・球磨、那珂

 

 駆逐艦・叢雲、白雪、村雨

 

 この計七隻で編成されていた。

 

 第一よりも第二の方が一隻多いのは、第二に先任秘書艦・叢雲が含まれているからである。

 

 先任秘書艦はこの警備艦隊において提督に次ぐナンバー2という立場上、時には艦隊を抜けて司令部で提督と共に指揮を執ることも多い。そのための穴埋めとして一隻多く配属されていた。

 

 なお、飛龍は南方警備艦隊で唯一の正規空母という特殊な立場に居るので、任務に応じて第一か第二のどちらかに適宜組み込まれることになっていた。

 

 もっとも、第一と第二艦隊も、任務内容や、訓練スケジュール、そして船体の修理などの関係で、相互にメンバーを頻繁に入れ替えているので、艦隊同士での対抗意識や排他的な感情はほぼ無かった。そのため、飛龍としても艦隊メンバーとの間に壁を感じることもなく過ごしている。

 

 飛龍を加えた第一艦隊の七人は、帰還したことを報告するため、地下にある司令執務室へと赴いた。

 

「艦隊、帰還したぞ」

 

 日向の声に、部屋から、「あ、おかえり~」とあっけらかんとした返事が答えた。

 

 出迎えたのは、髪をポニーテールでまとめた、のほほんとした笑顔の女性、航空戦艦・伊勢だった。

 

「あれ? 伊勢さん、なんでここに居るの?」と、飛龍。

 

 第二艦隊の旗艦である彼女は、叢雲と同じく秘書艦資格を有している。

 

 他に白雪と日向も資格を持っており、平常の秘書艦業務はこの四人が交代しながらこなしていた。

 

 しかし今日は彼女の担当日ではないはずだ。だが、部屋には叢雲の姿どころか、提督である海尾の姿さえ見当たらなかった。

 

「提督と叢雲さんは、昨日から海軍総隊の司令本部に出張中だよ。あれ? 提督の予定表って、出港前にみんなに配ってなかったかな?」

 

「あ~、そういえばそうだったね」と、飛龍はぼんやりと思い出した。「ごめんね。伊勢さん。ちゃんと受け取っていたけど、適当に流し読んでた」

 

「そう? ならいいわ。別に急ぎの用事があるわけでもないんでしょ。第一艦隊も特に異状が無いんだったら、後は私から提督に報告しておくわよ」

 

「深海棲艦の新型艦載機に関して、改めて報告する必要ってあるかな?」

 

「それは基地航空隊が担当するって、提督から連絡があったわよ。それと、第一艦隊が帰還したら、一週間の休暇を許可するってさ」

 

 その言葉に、第一艦隊の面々は歓声を上げた。

 

「みんな、ゆっくり羽を伸ばしてきてね。あ、日向は悪いんだけど、報告資料をまとめるために手伝ってくれないかな」

 

「ああ、構わんよ。他のみんなはもう上陸すると良い。後は私たちでやっておく」

 

「ごめんね、日向さん、ありがとう」

 

「これも秘書艦の務めだ。気にするな」

 

 それなら、お言葉に甘えて遠慮なく、と日向を残して皆でガンルームへ移動した。

 

 ガンルームとは艦娘待機室のことである。

 

 本来は艦艇の士官室を指す言葉だが、艦娘は階級を持たないものの、取り扱う武器の性能とその重要性から、士官待遇の扱いを受けていた。そのため、彼女たちが普段の業務を行い、また日ごろ過ごす場所もまたガンルームと呼ばれていた。

 

 南方警備艦隊司令部のガンルームは、司令執務室と扉一枚を隔てて隣り合っており、またその扉も開けっ放しにしているのが常だった。

 

 司令部のある地下フロアにはこの二区画の他に指揮所と呼ばれる広い空間があり、これも二区画と隣接しているため、どの区画からでも自由に行き来できるようになっている。

 

 それはともかく、ガンルームに移動してみると、そこには先述の第二艦隊の面々が揃っていた。

 

 と言っても忙しそうにしている訳でもなく、ガンルーム中央の長机にお菓子を山盛りにしたボウルを置いて、それをみんなで摘みながら世間話に興じていた。

 

「お、第一艦隊のお帰りだクマ。お菓子いっぱい貰ってきたから、好きに食うクマ」

 

「凄いじゃん、これ。誰からもらったの?」

 

「那珂が先日、商店街でミニライブやったときにお土産で貰ってきたクマ」

 

「へぇ、そんなことやってたんだ。あ、塩ちんすこう見っけ。これ好きなんだ。那珂ちゃん、ありがとう。いただきま~す……って、肝心の那珂ちゃんが見当たらないけど?」

 

「今日はローカルラジオ局で収録だクマ。んでもって、明日は老人ホームのカラオケ教室に特別講師として参加だそうだクマ」

 

「は~、忙しそうだねぇ。流石は海軍公式アイドル。それでいて訓練も出撃もきっちりやっているんでしょ。凄くない?」

 

「アイドルはトイレ行かない、とか言って本当に人前ではトイレ行かない奴クマ。気合入っているクマ」

 

 球磨の言葉に、その場に居たみんながウンウンと頷いた。

 

「ある種の超人ですよね~」と、村雨がお菓子をつまみながら言った。「先月、出港から帰ってきた直後にライブがあったじゃないですか。あれも凄かったですよ」

 

「ああ、あったクマね。第二艦隊で一週間ずっと訓練やって入港した直後だったから、みんなヘトヘトだったクマ」

 

「そうそう、でも那珂さん、そのまますぐにライブ会場に直行して、三時間の全力ライブやったんですよ。歌いっぱなしの踊りっぱなし。もちろん笑顔で、ですよ。観てるこっちの方が先にバテちゃいました」

 

「あれは流石だよねぇ」と飛龍は感心しつつ、「ところで村雨ちゃん、まるで観た来たように話すけど、その場にいたの?」

 

「あ、えっと……それは」

 

 そう、この時、訓練の無かった飛龍と第一艦隊はそのライブを観に行っていた。この島の内外から集まった大勢のファンの熱気と、それに全力のパフォーマンスで応えた那珂の底なしの体力に舌を巻いたものだが。

 

 しかし、村雨は一緒に行動していなかったはずだ。

 

「確かその日、別の用事があるとか言って、早々に外出してなかったっけ?」

 

「あ、あうあう…」

 

 両手の指の先をツンツンと突き合わせながら目を泳がせる村雨。

 

 これは何かあるな、と全員の目が鋭くなる中、白雪がニコニコと笑顔を浮かべながら、言った。

 

「村雨ちゃん、デートだったのよね」

 

「ちょ、白雪さん、何で知って――ああ!?」

 

 村雨は慌てて口を抑えたがもう遅い。

 

「コイツ、男とライブ行ってやがったクマ!」

 

 球磨の言葉と同時に、みんなが一斉に村雨を取り囲んだ。

 

 なかでも真っ先に村雨に詰め寄ったのは、重巡の羽黒だった。

 

「あ、あの、村雨さん! で、デートのお相手は、どのような方でしょうか! やっぱり、素敵な殿方、なのでしょうか!?」

 

 一見、お淑やかな大和撫子のような風貌の彼女だが、他の誰よりも好奇心に目を輝かせながら迫ってきたその気迫に、村雨は若干、引き気味になった。

 

「す、素敵っていうか、むしろ、ちゃらんぽらんな奴だし……」

 

「つまり、当世風にいうチャラ男さま、でしょうか」

 

「当世風チャラ男さま……」村雨の顔が引きつる。「……っていうか羽黒さん、普段は大人しいのに、こういう話題にはグイグイくるんですね」

 

「そ、それは、やっぱり、今後の参考に、です、はい。……で、そのチャラ男さまとはどのようなご関係ですか」

 

「えっと、その、友達? みたいな?」

 

「友達。つまり、ボーイフレンドですね!」

 

「そこは直訳しちゃうんですか!? いや、間違ってないけどさ!?」

 

「間違ってないらしいクマ。やっぱり彼氏とデートだったクマ!」

 

「ちょ、球磨さん、追撃止めて下さいよぉ」

 

 村雨は後ずさりして逃げ出そうとしたが、飛龍はさっとその背後に回り込み、退路を塞いだ。

 

「村雨ちゃぁん、敵前逃亡は重罪だよ~」

 

「うぁあん、飛龍さんもイジワルだぁ」

 

「ほら、ちゃっちゃと白状して、楽になろうよ」

 

 村雨の背中を押して、にやにや笑いの輪の中へ押し戻す。

 

「はいはい、わかりましたよ。話しますよ」

 

「諦めが良くて結構。で、彼氏はどこの誰?」

 

「ただの友達ですってば。……海兵隊の青水2等兵曹です」

 

「青水?」

 

 そんな人が居たかな、と首をひねった飛龍に、

 

「青水って、ほら、あいつよ」と、軽巡・五十鈴が言った。「いつも正門で守衛をしている男たちの一人よ。若くて、背の高い男」

 

「ああ、はいはい。いつも気さくに挨拶してくれる気さくなお兄さん。へえ、あの人、海兵隊所属だったの?」

 

 飛龍の疑問に、村雨が「そうですよ」と頷いた。

 

「陸上施設の警備も、海兵隊の任務なんだって。あまり目にする機会はないけれど、定期的に戦闘訓練もやってるんですよ」

 

「ふうん、正門でのんびり立ってるだけじゃないんだ」

 

「全然のんびりなんかしてないですよ! ああ見えて常に周囲を警戒してるし、基地内の見回りだって、かなりの体力仕事なんだから!」

 

「そ、そうだよね。警備も大変な任務だよね。ご、ごめん」

 

「そう、大変なんですよ。以前、初霜ちゃんが狙われたこともあったしね。あれ以来、基地内だけじゃなく、島全体も見回って、私たち艦娘を守ってくれてるんですよ」

 

「へえ~。でもさ、町を巡回している姿なんて、私は見たことないけどなぁ」

 

「ありますよ」

 

「ん?」

 

 飛龍の疑問に答えてくれたのは、今話題に上った当人でもある初霜だった。

 

「初霜ちゃん、町中で海兵隊の人たちを見たことあるの?」

 

「ええ、私たち二十一駆は休日によくトレーニングをしているんですけど、ジョギング中に、同じように私服でジョギングされている海兵隊員をよくお見かけしますね」

 

「はじめは偶然かと思ったんだけどな」と、同じく二十一駆の朝霜。「アタイたちとトレーニングの時間や、ジョギングのルートがたまたま重なっているだけかと思ったけど、今考えると、あれはワザとそうしてんだな。プライベートのフリした覆面パトロールだぜ、あれはよ」

 

「トレーニングだけじゃないわね」と、霞も口を開いた。「私たちの行きつけのスーパーでもよく見かけるわよ。普通に買い物をしているようにも見えるけれど、視線が商品よりも客の動きにばかり向けられていたから、妙だなとは思っていたのよ」

 

 霞の言葉に、初霜が頷いた。

 

「半額タイムセールにも興味が無さそうだったわ」

 

「でも試食には手を出してたけどな」と朝霜。

 

「そういえばそうだったわ」霞が嫌なことを思い出したというように、眉をひそめた。「青水2曹だっけ、村雨の彼氏とアンタとで試食の取り合いになっていたわね。あれは恥ずかしかったわ」

 

「だって、特製マンゴープリンの試食だぜ。最後の一個を譲れるわけが無いだろ?」

 

「買えばいいでしょ、買えば! 艦娘と海兵隊員が揃って試食にがっつくんじゃないわよ、みっともないったら!」

 

「マンゴープリンが好きなら私が作るわよ」と初霜。

 

「おお、ありがたい。初霜の料理の腕は絶品だからな」

 

「ああ、もう初霜ってば、すぐに朝霜を甘やかすんだから。これじゃ朝霜が調子に乗る一方じゃない!」

 

「なにカッカしてんだよ、霞。もしかしてアノ日か?」

 

「うるさいッ、デリカシー欠如のセクハラオヤジか、アンタは!?」

 

「ちゃんと霞の分も作るわよ?」

 

「プリンの問題じゃないったら! ああ、もうバカばっかり!」

 

 二十一駆は仲が良いなぁ、と思いつつ、すっかり主題から外れた彼女達から目を離し、飛龍は村雨に向き直った。

 

 村雨は村雨で、額に指をあてて顔をしかめていた。

 

「プリンの取り合いとか、あのバカは何をやってるのよぉ……」

 

「それって、やっぱり彼氏さん?」

 

「うん、そう。珍しくプリンなんか買ってきたから理由を聞いてみたら、試食が美味しかったからって言ってたし」

 

「彼氏って認めたクマ」

 

「わ、違う違う。今のナシナシ」

 

 強硬に否定する村雨に、じゃあいったいどんな関係なの、と聞くと、あくまで友達だと言い張る。

 

「強情だなぁ。もうすっぱり諦めて認めちゃえばいいじゃん」

 

「何ですぐにそっちの方向に結び付けたがるんですか、もう」

 

「世の中に何の楽しみなかれども、他人の恋バナこれが楽しみ。どんな茶菓子よりもこっちの方が美味しいに決まってるじゃん」

 

「私は茶菓子じゃありません」

 

「ンン~、ねえ、村雨チャン」と、妙に甲高い声で阿武隈が問いかけた。「村雨チャンはフレンディーな気持ちかも知れないけど、彼はラヴィーかも知れないよ?」

 

「ラヴィーって、阿武隈さんそんなキャラでしたっけ? いや、っていうか、あいつだって私のこと、そんな風に思ってませんって」

 

「でも、下心なしで村雨チャンみたいな子を誘うとは思えないんだけどなぁ」

 

「それどういう意味ですか!?」

 

 これは村雨が男をムラムラさせる娘という意味なのか。それとも男から下心を取ったら何も残らないという阿武隈なりの男性観なのか。

 

 しかし当の阿武隈は毒の無い笑顔でニッコリ、そしてあっけらかんと、こう言い放った。

 

「だって、村雨チャンはカワイイから♪」

 

 真正面からそう言われては、村雨も赤面するしかなかった。

 

「そ、そうですよ」と、羽黒も両こぶしを胸の前で握り締めながら同意した。「村雨さん、可愛いですから、殿方も絶対その気になります。ならなくても、なります!」

 

「その気もないのに、なられても困るよ!?」

 

 阿武隈と同じく悪意はない……筈だが、言い方に問題がある。とは、聞いている飛龍だけではなく全員が思っていることだが、面白いので黙っていた。

 

 と思ったら、五十鈴が口を挟んだ。

 

「そうよね、あんたって、男をそそる身体してるし」

 

「五十鈴さんっ、それ明らかに悪意しかなくないですか!?」

 

「なくない、なくない。私は褒めてあげてんのよ。感謝しなさい」

 

「にやにや笑いながら言われても素直に喜べませんよぉ。……っていうかぁ、そそる身体っていうなら、五十鈴さんこそ、そうじゃないですか。私よりよっぽど立派なものを備えておいでですし」

 

 やられっぱなしも癪に障るとばかりに、村雨はそう言ってぶしつけな視線を五十鈴の胸に向けた。

 

 確かに、五十鈴のスタイルは抜群に良い。特に大きさも形状も申し分のない胸部装甲は、男たちの視線を引き付けずには置かないだろう。

 

 しかし五十鈴は、村雨の挑発的な言動に、たじろぐどころか却って胸を張ってみせた。

 

「あら、五十鈴が一番だって言いたいの? 普通に当たり前だけど、いいんじゃない」

 

「うわぁん、そんなに堂々とされると却って悔しいよぉ」

 

 反撃したつもりで返り討ちになった村雨が涙目で周囲を見渡し始めた。

 

 これは救いを求めているのかな、と思っていた飛龍と、村雨の目がばっちり合う。

 

(おっと、残念だけど村雨ちゃん、今の私はあなたの恋バナをほじくり返す敵なのよ)

 

 という訳でもっとからかってあげよう。と思ったところで、村雨が言った。

 

「そうだ、飛龍さんだって今回の出撃中に、彼氏とデートしてたって話じゃないですかぁ!」

 

「はぇ!?」

 

 しまった。あの視線は救援要請ではなく、自らの替わりになるスケープゴートを探すためのモノだったのか。

 

 そうとも知らず後方から余裕かましてロングレンジ攻撃をしようとしていた矢先に奇襲攻撃を受けてしまったようである。

 

 しかしデートとか、何を言っているんだコイツは。

 

「私、知っているんですからね。基地航空隊のパイロットの多門丸さん! 任務終了後にわざわざ飛龍さんに会うために着艦したらしいじゃないですか!」

 

「あれも任務の都合だよ! っていうか何で知ってんのさ!?」

 

「作戦任務中の仲間の行動ぐらい、把握してます!」

 

 ええい、余計なことを。

 

 しかし毎日の定時報告は電報で送っているので、同じ艦娘なら見ようと思えば簡単に見ることが出来るのは確かだ。ほぼ決まり切った様式で定型化されているので、そこまで気にして読む者もそうそう居ないが。

 

 意外なところで真面目だな、この子。と飛龍が思ったところに、球磨の素っ頓狂な声。

 

「お前、男に乗っかられたクマか!」

 

「球磨ちゃん、何言ってるの!?」

 

 その誤解を招きかねない発言はワザとやっているのか。

 

 球磨の言葉に、すぐに反応したのはやはり羽黒だった。

 

「ひ、飛龍さん。任務中にそんな破廉恥なことを……」

 

「あーもー、羽黒ちゃんが訳わかんない誤解しちゃったよ。破廉恥もなにも、本当に任務の都合だって。無人機から早急にデータを移す必要があったから、着艦して私の格納庫で作業をしただけ。ついでに訂正しておくけれど、多門丸はパイロットじゃなくて戦術管制官だよ」

 

「でも、片想いの相手なんでしょ?」と、村雨。

 

 からかいの標的を自分から逸らそうと必死で食い下がっている。

 

 ふふん、村雨ちゃんも若いねぇ~。と飛龍は謎の余裕をもって「そうだよぉ」とあっさり全肯定してみせた。

 

「う~、あっさり認められても面白くなぁい」

 

「自分の気持ちに素直になりなよ、村雨ちゃん」

 

「私のことはもういいんです。それより飛龍さんですよ、飛龍さん」

 

「はいはい」

 

「せっかく好きな人が訪ねてくれたのに、アプローチの一つもしないで帰すなんて、もったいないでしょ」

 

「他人の恋バナだと積極的になるね、村雨ちゃん」他人のことを言えた立場ではないが。「アプローチしてない訳じゃないよ。まあ今回はやらなかったけどさ、前からデートに誘ったりもしているし。でも多門丸ってば、いつも親友の加来っち夫婦も呼んでダブルデートにしちゃうんだけどさ」

 

――加来っちって誰だよ? と、朝霜がヒソヒソと訊く。

 

――パイロットよ。と、霞。

 

――パイロットは多門丸じゃねーの?

 

――バカ、戦術管制官だって言ってたでしょ。

 

――どう違うんだよ? どっちも飛んでんじゃん。

 

――あんたにとっては飛んでりゃみんなパイロットか!

 

――二人とも、本題と関係ないから黙ってましょう。と、初霜の声で静かになる二十一駆。

 

「多門丸サンて、シャイなんだね」と、阿武隈。

 

「シャイなだけならいいけどね」と五十鈴。「二人きりにさせてくれないなんて、それって嫌われているんじゃないの?」

 

「うっ!?」

 

 五十鈴の容赦ない指摘が、飛龍の心に急降下爆撃のように突き刺さったが、深呼吸を行ってダメージコントロールに努めた。

 

「ま、まあその可能性もいつも考えているよ。だから最近は逆に加来っちに話を通してもらって、あえてダブルデートに持ち込んでもらってるしさ。……多門丸はデートとさえ思ってないかも知れないけど」

 

 自分で付け足した一言に、自分でダメージを受けて声が尻すぼみになった。ダメコンで被害は最小限で済んだものの、痛いものは痛いのだ。ぐすん。

 

 軽く落ち込んだ飛龍だったが、白雪が「大丈夫よ」と優しく微笑んでくれた。

 

「たとえダブルデートでも、彼から断られたことはないんでしょう? だったらむしろ、彼から女性として意識されているゆえに二人きりになれないのだと思うわ」

 

「そうだと良いんですけど」

 

「きっと、そうよ」

 

「それ、白雪さんの男性経験からですか?」

 

「ただの女の勘、よ」

 

 暗に司令である海尾との仲を勘ぐるような言葉を投げかけてみたが、白雪は微笑みを崩すことなくさらっと受け流して見せた。

 

 白雪の見た目は飛龍よりも年若いが、人生経験は彼女の方が上だ。艦娘となった時点で成長や老化が著しく遅くなってしまう“艦娘七不思議”ゆえだ。

 

 白雪は続けた。

 

「せっかくだから、この休暇中にもうひと押ししてみたら? なんなら、私たちも協力するわよ」

 

「協力?」

 

「ええ、いつものダブルデートから、二人きりのデートに発展できるようにお膳立てしてあげるわ。もちろん、デート計画もばっちり立ててあげる」

 

「なんか、思った以上に具体的な協力ですね。いつの間にそんな計画を立てていたんですか?」

 

「え? まだ立ててないわよ?」

 

「へ?」

 

「これから立てるの。――伊勢さん、日向さん」

 

 白雪が席を立ち、開け放たれたままの司令執務室に向かって声をかけた。

 

 呼び掛けられた二人が、室内から顔を出す。

 

「はいはい。白雪さん、どしたの?」と、伊勢。

 

「これから作戦会議を行うので、指揮所と仁淀ちゃんをお借りしますね」

 

「ああ、好きに使ってくれ」と日向。

 

「ありがとうございます。じゃあ飛龍さんのデート計画、名付けて“ねえ多門丸、こっち向いてよ”作戦の立案会議を実施します。参加希望者は指揮所へ移動してください」

 

「何その恥ずかしい作戦名。さすがに誰も参加しないと……って、うわ、みんなぞろぞろ指揮所に移動していく!?」

 

「ほらほら、飛龍さん」

 

「アタイたちも」

 

「ちゃっちゃと行くわよ。付いてきなさい」

 

「わわ、初霜ちゃん、朝霜ちゃん、霞ちゃん、押さないで引っ張らないで、行くから、行くから~」

 

 二十一駆に押され引かれつ囲まれながら、飛龍も指揮所に足を踏み入れた。

 

 白雪の発案からすぐにも関わらず、指揮所の大型スクリーンを始めとした各機器類には電源が入っており、区画の中央には仁淀が待っていましたとばかりに、やる気に満ちた表情で立っていた。

 

「飛龍さん、話は全て聞いていました。デート計画の立案ならこのスーパーAIである仁淀にお任せください!」

 

「仁淀ちゃん、業務でもないのにやる気満々だね」

 

「私は業務支援AIですよ。どんな形であれ皆さんの支援ができるなら、それは私にとって立派な業務の範疇です」

 

 AIらしい機能重視のセリフに聞こえるが、立体映像で表現されているその表情は、明らかに好奇心で輝いていた。

 

 飛龍は思った。無人戦闘機・ゼロ改の後進飛行ひとつでシリアスに悩んでいた多門丸が、仁淀の人間味あふれる様子を見たらどう思うやら。

 

 もっとも、対人コミュニケーションに特化した設計をされている仁淀が“人間の情報”の収集に貪欲なのはある意味当然とも言えるし、そのために“人間味あふれる”ように見えるのも、機能の特性上、当然だろう。

 

 ゼロ改のAIが深海棲艦の情報を貪欲に収集し、分析し、対策を立てるのと、仁淀が艦娘たちのゴシップに聞き耳を立ててそこに積極的に関与しようとするのも、目標とする対象が違うだけで本質的には同じなのだ。

 

 ただ、仁淀の場合はそれが人間から見て感情移入しやすいインターフェイスで表現されているに過ぎない――

 

(――って、多門丸なら言うだろうなぁ)

 

 そんな確信を抱けるくらいには、彼のことを理解している自負はある。別にこれは思い込みではない。それなりの期間、多門丸と共に仕事をしてきた経験からくるものだ。

 

 恋愛感情を抜きにして多門丸という男を評した場合、彼はかなりのリアリストでロジカルな男だと、飛龍は思っていた。

 

 万事冷静で何事にも動じない。物事に関して感情的な反応と、論理的な思考をしっかりと分けて行える人物だった。

 

 とはいっても、これは多門丸だけの特殊な個性という訳でもなく、軍人や艦娘ならば誰でも作戦行動中はそのように考え、行動できるように訓練されている。

 

 しかし、多門丸という男は、これがプライベートにまで沁みついているのだ。ある意味、公私の区別が付けられていない不器用な男と言えるかもしれない。おかげで彼の感情的な面がなかなか見えてこなくて困る。

 

(いったい、私は彼に同僚以外でどう思われていることやら)

 

 彼の一番の理解者である加来に言わせれば脈ありらしいが、それを鵜吞みにして、喜び勇んでグイグイと攻めていって良いものだろうか。それはもしかすると逆効果にならないだろうか。

 

 そんな不安を抱く飛龍を余所に、指揮所ではデート計画が勝手に進められていた。

 

「基本は先ず、ショッピングでしょうね」と、白雪。「午前から昼食まではグループ行動、昼食後から各個に別れて、そこで進捗があるようなら、そのまま単独行動を許可。状況に変化がなければ再び合流してみんなで夕食。大筋はこんな流れで、どう?」

 

 なんだか気になる単語が出ていた。進捗って、どういう意味だ。訊いてみると、当然と言った顔で白雪がこう答えた。

 

「男女関係に決まっているじゃない。上手くいったら、そのまま二人でホテルに直行してもいいのよ」

 

 白雪のあからさまな物言いに、周囲からキャーという黄色い嬌声が上がった。ちなみに一番声が大きかったのは仁淀だ。この自称スーパーAI、明らかに楽しんでいるようにしか見えない。

 

 ま、それはともかくとして、白雪の言葉に対して、飛龍としても思うところが無いわけでもない。

 

 飛龍もいい大人である。あわよくば、そこまで持ち込みたいという下心はあるし、その先、将来を見据えた付き合い方も念頭にはある。恋に恋する高揚感とは別に、打算的で醒めた面も併せ持つのが大人の女だ。

 

(とりあえずホテル代と、あ、その前に美容院にも行って、当然、服も下着も全部新しいのにして気合を入れて……これで幾らぐらいかなぁ)

 

 彼との情事に思いを馳せる一方で、給料の振込口座の残高にも思いを馳せる。

 

 というか、それ以前に、

 

「あのさ、白雪さん。盛り上がっているところ申し訳ないんだけど、そもそもデートの約束さえ取り付けてないのに、先走り過ぎじゃない?」

 

「あら、デートの約束ならもう取ったわよ」

 

「は?」

 

 当然のように言ってのけた白雪に、飛龍は目が点になった。

 

 そこにどこからともなく声がかかる。

 

『二日後の週末にダブルデートだろ。話は全部、聞かせてもらった。いいよ、いいよ。任せておきなって、飛龍ちゃん』

 

「その声は加来っち!?」

 

 飛龍がスクリーンに目を向けると、そこのワイプ画面に加来の姿があった。どうやら携帯端末からテレビ通話をしているらしい。

 

「アドバイザーとして特別に参加してもらったのよ」と、白雪。

 

 画面から、加来が言った。

 

『多門丸は鈍感じゃないが、バカ真面目な童貞野郎だからな。ここらで飛龍ちゃんから押し切らないと進展も何もあったもんじゃないぜ』

 

「加来っち、その発言はちょっと……」

 

――へぇ、多門丸さん、童貞だったんだ。

 

――でも、案外そんな気がしなくない?

 

――エットォ、多門丸サンて、何歳だっけ?

 

――きっと、もうじき魔法使いクマ。

 

――なんだそれ、どういう意味だよ。

 

――男性は異性経験がないまま三十路を超えると、魔法を使えるようになるとか。

 

――真面目に説明しなくていいわよ、しょうもない。朝霜も本気にしない! ただの迷信だから!

 

――て、貞操を大事にされている方は、素敵だと思います!

 

 すっかり外野がワイワイガヤガヤと賑やかになってしまった。

 

 飛龍的にも多門丸の童貞問題は気になるところではあるけれど、彼の過去の女性遍歴にも関わってくる話題だけに突っ込みづらい。

 

 しかしそんな飛龍の胸の内を無視して、加来は続けた。

 

『多門丸については首に縄をつけてでも引っ張っていくから心配するな。んで、どこに行くんだ? 国際通りか? アメリカンビレッジ? ちゅら海水族館?』

 

「えーっと、とりあえずショッピングするから……」

 

『子供がちゅら海水族館に行きたいって、うるさくてさぁ』

 

「……ちゅら海水族館にしようか」

 

『おお、助かるぜ。んじゃ、そっちは何人で来るんだ?』

 

「え? 私ひとりのつもりだけど?」

 

「却下します」と、白雪が遮った。「飛龍さんが想い人と結ばれるかどうか、という大事な作戦ですもの。単独出撃なんてさせられないわ」

 

「そこはむしろ単独出撃させてくださいよッ!?」

 

「ちゅら海水族館に行きたい人は挙手をお願いします」

 

 白雪の言葉に、村雨、羽黒、阿武隈、朝霜の四人が素早く手を上げた。

 

「あら、意外と少ないわね」

 

「球磨たちは今日から即応待機部隊に指定されているクマ。第二艦隊はみんな揃って島内待機クマ」

 

 球磨の至極もっともな指摘に、第二艦隊メンバーである村雨と羽黒は残念そうに手を下ろした。

 

「じゃあ隋伴艦は、阿武隈ちゃんと朝霜ちゃんね。でも、二人だけじゃ寂しいわね」

 

 いや、二人でも多いよ。と、飛龍は突っ込みかけたが、阿武隈に先に発言された。

 

「ネエネエ、せっかくだから第一艦隊みんなで行こうよ♪」

 

「おお、それいいな!」と朝霜もすかさず賛同した。

 

「遠慮するわ」と、五十鈴が首を横に振る。「悪いけれど、私、那覇で予定があるからパスさせてもらうわ」

 

「えー」と、阿武隈。「那覇なら一緒に遊びに行けるでしょ?」

 

「その日はエステを予約してるのよ。国際通りぐらいなら付き合ってあげてもいいけど、ちゅら海って北西部側でしょ。那覇からじゃ遠すぎて、ついでじゃ無理よ」

 

「そっか、残念だなぁ」

 

 別に残念じゃない。気にせず休暇を自分のために過ごしてください。そんな飛龍の胸の内なんか無視して、朝霜が、霞と初霜に話を振っていた。

 

「二十一駆はもちろん揃っていくよな、なぁ!」

 

 それが当然とばかりに言い放った朝霜に対し、霞はため息を吐き、初霜も苦笑を浮かべた。どうやらこの二人もあまり乗り気ではない様子だ。

 

 霞も初霜も真面目な性格の艦娘だから、これ以上のプライベートへの深入りをするような真似はしないでくれるだろう。そもそも、最初から手を上げていなかったから別の用事があるのかも知れない。

 

 そんな期待を抱く飛龍の前で、霞が言った。

 

「勝手に決めないでよね。たく……でも、阿武隈さんにあんたの面倒を押し付ける訳にもいかないし、仕方ないから付いて行ってあげるわ!」

 

「よしっ!」

 

 いや、よしじゃないでしょ。そこは空気読もうよ。ねえ、初霜ちゃんもそう思うでしょ。と、初霜に向けてアイコンタクトを試みる。

 

 初霜は、飛龍の視線を受けて苦笑を浮かべたまま軽く頷いてくれた。うん、これはきっと通じた。さすが初霜ちゃん。

 

「みんな行くなら、私も参加しなくちゃいけないわね」

 

「そうだよな、なぁ!」

 

 違う、そうじゃない。

 

 もー、どうしてそうなっちゃうのかなぁ。もしかして、いつの間にか私の方がマイノリティの立場に置かれているってことかな。

 

 と、飛龍は今さらながら自分が少数派だったことに気が付き愕然とした。

 

 白雪がパンと手を叩いて皆の注目を集めた。

 

「はい、これで飛龍さんの付き添いが決定したわね。土産話を楽しみにしているわね」

 

 単なる土産ではなく土産“話”を要求してくるあたりに、彼女の腹黒さが見える。

 

 と、飛龍は思いつつ、それでも表立って反対しなかったのは、なんだかんだ言いつつも、こうやってみんなでワイワイとやっている今のこの環境が気に入っているからだと、そんな自分の心を自覚して、

 

「もう、仕方ないなぁ。みんな、よろしくね」

 

 そう言って、苦笑いを――本当は照れ隠しの笑みを――浮かべたのだった。

 

 

 

 


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