艦これ海上戦記譚~明け空告げる、海をゆく~   作:PlusⅨ

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たまには俺TUEEEEE主人公を書いてみたいなぁ、と思った次第



第X章~海賊マンバと酔いどれの戦乙女たち~
第一話・暁に出会った水平線


 広大で雄大な海原じゃ、人間の常識を超えた思いもかけないことがしょっちゅう起きる。

 

 海賊として海を駆け抜けてきた俺は、そんな奇妙な出来事に幾つも遭遇してきた。

 

「ねえ、マンバ」

 

 相棒・レディが、幼い声に精一杯の大人っぽい雰囲気を乗せて、俺の名を呼んだ。

 

「あなた、トラックに撥ねられてこの世界に転生したって、本当なの?」

 

「そういや、そんなことを言ったかな」

 

 海賊船の艦橋内で、長い航海中の暇つぶしに昔話をしていた時のことだった。

 

 俺の昔の記憶、こことは微妙に違う世界、前世の話。

 

「それって、一度は死んだってこと?」

 

「まあね」

 

 俺はその時のことを思い出す。

 

 そう、あれは何でもない日の夜だった。

 

 バーで一杯ひっかけた後、さて次の店に行くか、とぶらぶら夜の通りを歩いていた時に、いきなり後ろからトラックに撥ねられたんだ。

 

 いつも背後には気を配っている俺だったが、さすがに後方100メートル以上から時速150キロ以上、ブレーキをかけるどころかアクセル全開で突っ込んできたトラックを避けきるのは難しかった。

 

 俺は衝突寸前のタイミングで咄嗟に横に身を投げたが、それでも足を引っかけられ、路上に無様に転がされちまった。

 

 両足の骨を砕かれ、倒れ伏したまま動けなくなった俺の目の前で、トラックはようやくブレーキをかけた。

 

 大量の白煙をタイヤから吹き上げながら見事なUターンを決めたトラックは、俺を再び真正面に据えると、また勢いよくエンジンを吹かし始めた。

 

 フロントガラス越しに運転手がニマニマと笑ってるのが見えた。

 

(ああ、そう言う事かい)

 

 俺は自分で言うのもなんだが、いいやつだと思う。困ってる人間を見れば放っておけないし、ついつい手を貸して、色々と人助けもやってきた。感謝されたことは数知れずだ。

 

 だが同じくらい、憎まれてきたのも事実だ。

 

 まあねぇ、そりゃ人助けするたんびにドンパチやらかしてダース単位で死体の山を築いてりゃ、そうなるなってね。

 

 今、俺を轢き殺したくてたまらねぇぜ、って顔をしてるこの運転手にゃ見覚えは無かった。けれど、俺を前にしてこんな顔する連中の心当たりなら腐るほどあった。ホントに腐ったような奴らだ。

 

 もっとも奴らに言わせりゃ、俺も同じ穴のムジナらしい。

 

 失礼な。俺はムジナじゃない、マンバ(毒蛇)だ。海賊マンバ。同じ穴に入った奴は毒に殺られる宿命さ。

 

 とか言って強がってみたけれど、正直、両足が複雑骨折でむっちゃ痛いわ、動けないわ、トラック野郎はいよいよ盛大にエンジンを吹かせて、サイドブレーキがかかったタイヤはぎゅるぎゅると回転を増しているわで――

 

――どうやら、こりゃあもう、年貢の納めどきかも知らんね。

 

 いつかこんな日が来ると覚悟はしていた。いや、むしろいつ死んでもおかしくないような生き方をしていた。だから、いつ死んでも悔いが残らないような生き方をしてきた。

 

 俺は自分に正直に、いつだって自分の思う通りに生きてきた。それが終わる。いつか必ず訪れる終わりが、いまだった。それだけだ。

 

 俺は動かない下半身を引きずるようにして上体を起こし、運転手に向けて左手を掲げて見せた。

 

 掲げた左手に摘まんだ葉巻。

 

 それを運転手に向かって振ってみせると、奴はにやついたまま、どうぞ、と言うように手を振ってみせた。人生最期に一服を楽しむ暇ぐらいはくれるらしい。ありがたいね。

 

 俺は葉巻を咥えると、そのまま左手の指を鳴らしてその先に火を灯した。肺の奥いっぱいまで吸い込んで、紫煙を吹き出す。ふぅ、ごちそうさん。

 

 俺が火の点いた葉巻を投げつけたのと、トラックが急発進したのはほぼ同時だった。

 

 宙を飛んだ葉巻は、そのまま突進してくるトラックのフロントガラスに当たり、爆発した。

 

 炸薬量は少ないが一方向に指向性を持たせた小型爆弾だ。運転手の目の前で炸裂した葉巻型爆弾の衝撃波はフロントガラスをぶち破り、奴の首から上をきれいさっぱり吹き飛ばした。

 

 人を呪わば穴二つだ。地獄でまた会おうぜ。

 

 俺は、運転手を失っても勢いを止めない暴走トラックに、真正面から轢かれた。

 

 

 

 

 

 

「で、それからどうなったの?」

 

 と、レディが興味津々に続きを促す。

 

「どうもなにも、そのままぺっちゃんこさ。ところがハラワタはぶちまけても頭は残っちまってな、即死とはいかなかった。路上でのたうち回り続けて、やっと死ねたのが一時間後だ」

 

「うぇ~・・・」

 

 俺の言葉に、レディはその小さな身体を震わせた。

 

「どうした、レディ。怖くなったのか?」

 

「こ、怖くなんかないわよッ。ただちょっと・・・ちょっと、寒くなっただけなんだから。冷房が効きすぎているんじゃないの、ここ」

 

「オーケー、そう言う事にしておこう」

 

 俺はサポートAIに命じて、艦橋内の冷房を止めた。涼やかな空気の流れが止まり、艦橋内にはたちまち、むっとした暑さが立ち込めた。

 

 レディの幼い顔に、不釣り合いな眉間の皺が刻まれた。

 

「暑いか?」

 

「ちょ、ちょうどいいに決まってるじゃない」

 

 強がるレディの姿がおかしくて、可愛らしくて、思わず声を上げて笑ってしまった。

 

 そんな俺に、レディはぷんすかと怒りながらポカポカと殴りかかってきた。ポカポカ、なんとも可愛い効果音じゃないか。まるで陽だまりの温もりみたいだ。

 

「あぁ、そこそこ。いいね、肩こりがほぐれてきた」

 

「も~、バカにしないでよ」

 

「ハハハ」

 

 レディと出会ったのは、この世界に転生してからすぐのことだった。

 

 路上でぺしゃんこにされて、ハラワタまき散らしながらのたうち回って死んだはずの俺は、気が付けば海の上にひとり“立っていた”。

 

 五体満足のまま、海面に立っていたんだ。あんまりにも非現実的なもんだから、俺は自分が死んだことを疑わなかった。ここは間違いなくあの世だ。

 

 ただちょっと意外だったのは、地獄じゃなさそうだってことだ。地獄にしちゃ、この海は静かで平穏すぎる。

 

 もしかしたら、地獄送りの途中なのかもしれない。俺はそう思った。ここは海じゃなく三途の川かも知れない。対岸も見えないくらいだだっ広いのが気にかかるが。

 

 さて、どっちが地獄の方角かな。と俺は水平線を見渡した。

 

 天国は探さなかったのかって? やだよあんなところ。だって神も天使も清廉潔白な野郎ばっかりらしいじゃないか。欲望まみれの悪魔を相手にする方が楽しいに決まってる。サキュバス相手に夜戦するのが俺の密かな野望だったんだ。

 

 という訳で、淫魔の群れでも飛んでないかと眺めていた俺は、水平線近くで何かが光ったのを見た。

 

 続いてくもぐった爆発音。そして立ち上る黒煙。穏やかじゃない雰囲気ってのはすぐに察した。

 

 海戦だ。

 

 水平線の向こうで、何者かが派手にドンパチやってる。

 

 こんなとき、人間ってのは二種類に分けられる。触らぬ神に祟りなしと遠ざかるか、野次馬根性を刺激されて火事場見物に行くか、だ。

 

 俺は言うまでも無く後者だった。

 

 バカは死んでも治らないとはよく言ったものだ。ここがまだあの世かどうか知らないが、それとは関係なく俺は好奇心の赴くままに黒煙の方向へと歩き出した。

 

 しかし水面を歩く何てのは生まれて初めての――もう死んでるけど――経験だったから、足がもつれて上手く前に進めない。

 

 そうこうしている内にドンパチ賑やかだった砲音が、徐々に遠ざかって行くのが分かった。

 

 こりゃ、いけない。ぐずぐずしていると祭りが終わっちまう。

 

 なんとかもっと早く移動できないものか。そもそも水の上を二本足で歩くって行為自体が不自然なんだ。水上を移動するなら、やっぱり船だろう、船!

 

 そう強く思ったとき、俺の足元が突然、大きく揺れた。

 

 水面が巨大な山のように持ち上がったかと思うと、その中から塔のようなモノが高々と天めがけ突き立った。

 

 それは、艦橋の一部だった。水中から巨大な船が急浮上してきたのだ。その船は俺を艦橋の上に乗せたまま、一気に全身を水上に現した。

 

「おいおい、こいつはマジかよ」

 

 俺は艦橋から、その船の全体を見渡した。

 

 全長250メートル。最大幅50メートル。船体中央に聳え立つ艦橋の前後に回転砲塔式のレールガンを一基ずつ搭載した軍艦だ。

 

 全体のシルエットは四つのブロック状の船体が一列に連結したようになっており、その船首に当たる部分には螺旋模様のついた長大な円錐――ドリルが装備されていた。

 

 こんな珍妙奇天烈な船は、この世に一隻しかない。

 

「まさか、あの世まで付いてくるとは見上げた海賊船だぜ、“ミュータントタートル号”!!」

 

 生前、俺が乗り回していた海賊船だ。

 

 四隻の【タートルズ】と呼ばれる小型船が合体して構成されていて、このタートルズの組み合わせを替えることで、三パターンの形態に変形できる万能戦艦だ。

 

 俺は艦橋内に乗り込み、計器を確認する。記憶にあるのと全く同じだ。

 

「へい、サポートAI。機嫌はどうだい」

 

『絶好調』

 

「そいつはなによりだ。葉巻はあるかい」

 

『残念ながら切らしてます。貴方の左手に収められていた分はどうしました?』

 

 言われて、俺は自分の左手に目を落とした。

 

 義手だ。

 

 前腕部に開閉部があり、そこがシガレットケースになっていたことを思い出す。

 

 開けてみたが、空っぽだった。

 

「俺もどうやら、現世に置き忘れちまったらしい」

 

『買いに出かけますか。キューバまでの航路を計算します』

 

「あの世にキューバがあるかよ。それより祭りに行こうぜ。近くでドンパチやってるんだ。俺たちもまぜてもらおう」

 

『アイサー』

 

 機関に火が入り、巨大な船体はたちまち40ノット近い速度で海面を駆けた。

 

 高い艦橋からは、水平線近くで行われていた戦闘がはっきりと見えた。

 

 恐らく軍艦だろう、一隻の艦艇が炎上し、黒煙を噴き上げながらヨタヨタと航行していた。その周囲には水柱がひっきりなしに乱立していた。砲撃を受けているんだ。

 

 俺は軍艦から目を離し、砲弾が飛んできたであろう方向へ、望遠カメラを向けた。

 

 水平線に、砲撃している相手がハッキリと見えた。

 

「なんだ、ありゃあ?」

 

 女だ。

 

 巨大な女の形をしたナニカが、大砲染みた歪なナニカを構え、軍艦にむけ砲撃を繰り返している。

 

 てっきり軍艦同士のドンパチかと思ってたが、とんでもない化け物がいたもんだ。さすが死後の世界だ。地獄の極卒も気合が入っている。もしかするとサキュバスと夜戦したいっていう俺の願いを悪魔が叶えてくれたのかもしれない。

 

「しっかし、いくら女でも、こいつはさすがにデカすぎるぜ」

 

 俺もなかなか立派なものを持ってると自負しているが、推定150メートルもの巨女相手じゃどうにもならない。どうやら意味深な夜戦じゃなく、ガチの海戦で相手しなきゃならんレベルらしい。

 

 まあ、それはそれで退屈はしない。

 

「このまま全速前進! あの軍艦とバケモノの間に割り込むぞ!」

 

『アイアイサー』

 

 大破した軍艦に対して、俺はミュータントタートル号を盾にするような形で割り込ませた。しかしその軍艦は、ミュータントタートル号の影に隠れた途端、力尽きたのか大爆発を起こし、あっという間に海中へと沈んでしまった。

 

「間に合わなかったか」

 

『砲弾が飛んできています。このまま突っ切って回避します』

 

「いや、待て。機関停止、後進一杯」

 

 俺の命令に、船体は急ブレーキをかけたようにその場に留まった。

 

 途端に警報が鳴り響いた。砲弾が迫っているのだ。

 

『直撃コース、被弾まで5秒!』

 

「対空戦闘、全弾撃ち落とせ」

 

 12.7センチ対空機関砲が作動し、空に弾幕を張った。弾幕と言ってもレーダー照準による正確な狙いをつけた上でのことだ。

 

『全弾、迎撃成功』

 

「レールガン発射用意。目標、左40度、距離10海里」

 

『目標捕捉できず。レーダー探知が微弱のため、FCSの追尾が不安定です』

 

「あの巨体のクセして対電子ステルス能力がとんでもないレベルだな。しかたない、光学照準に切り替えろ。目標、長身でスタイル抜群、黒髪ロングのイカした女だ」

 

『目標捕捉、発射用意よし』

 

「ぶちかませ」

 

 こちらの発砲と同時に、バケモノも発砲した。だが、こっちの主砲はレールガンだ。有視界距離にいたバケモノは上半身に極音速弾をくらい、木っ端みじんに吹き飛んだ。

 

『敵の砲弾が接近中、直撃コース。避けますか? 撃ち落としますか?』

 

「もちろん迎撃だ」

 

 避けようと思えば避けられる。しかしわざわざ弾薬を消費してまで迎撃を選んだのは、この場所に留まりたかったからだ。

 

 何かが、近くに居る。

 

 小さく、はかなげで、吹けば飛ぶような微かな気配。

 

 俺は対空砲で砲弾を迎撃する一方で、ウィングへと出て周囲を眺め渡した。広い海原に、バケモノにやられた軍艦の残骸が撒き散らされている。

 

 その中に、俺は彼女の姿を見つけた。

 

『全弾迎撃しました』

 

「そのまま全周警戒。それと作業艇を降ろしておけ」

 

『アイサー。で、なにをなさるので?』

 

「ちょいと、ひと泳ぎしてくる」

 

 俺はウィングから身を躍らせた。艦橋の位置から海面まで30メートル近い高さからの海面ダイブだが、姿勢さえうまくとれば衝撃は受け流せる。俺は小さな水柱を上げる程度で海中に潜り込んだ。

 

 そのまま深く沈みこむが、すぐに身体が急浮上を始めた。

 

 そういえば、今の俺は海の上に立てるのだった。それを思い出した時には、俺の身体は海中から勢いよく宙へと飛び出していた。

 

 そのまま、すたりと海面に降り立つ。

 

 彼女は俺のすぐ目の前に居た。長い黒髪の、幼い少女だ。意識を失ったまま、海面を仰向けになって漂っている。

 

 俺はその身体をすくい上げるように持ち上げ、抱きかかえた。そのまま迎えに来た作業艇に乗せ、ミュータントタートル号に帰投する。

 

 この子は恐らく、爆沈した軍艦の乗組員だろう。他に漂流していた人間はいなかった。死体も無い、その気配もないことから、あの軍艦はきっと俺と同じワンマンコントロールできるタイプだったのだろう。

 

 とりあえず彼女に外傷はなかった。意識を失ったのは戦闘による精神的なショックのためだろう。そのうち目が覚めるはずだ。

 

 目が覚めたら、色々と質問してみよう。

 

 君は誰で、ここはどこで、あの化け物は何なのか。知りたいことは多く、好奇心は尽きない。

 

 ここが死後の世界であっても、それでも、俺――海賊マンバが存在しているのなら、俺はその世界で、俺らしく好きに生きるだけだ。

 

 そう思って彼女を連れ帰り、甲斐甲斐しく看病した結果、彼女はすぐに目を覚ました。

 

 早速、俺は彼女に色々と質問したが、しかし彼女は困惑の表情を浮かべるばかりだった。

 

 これはもしかして言葉が通じていないのか。と不安に思い、翻訳機を用意しようとしたが、

 

「待って、そうじゃないの。・・・言葉はわかるんだけど・・・」

 

「そうかい、そりゃよかった。で、何が問題なんだ?」

 

「・・・わからないの」

 

「どの辺が?」

 

「なにもかも。言葉以外、全部。・・・自分の名前も思い出せないの」

 

 彼女の不安に満ちた瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

 

「私は・・・誰・・・? ここは、どこ・・・? 怖い、怖いよぉ・・・」

 

 月並みな台詞だが、記憶を失った当人にとっちゃ切実すぎる悩みだ。

 

 俺は、震えながら泣く少女の姿に憐憫と、そして共感を抱いた。

 

 俺は海賊。海賊らしく自由に生きようとする男。そうやって海賊らしくあろうと、必死に自分に言い聞かせ、足掻きながら生きてきた昔の弱い自分と、今の彼女の姿が重なって見えた。

 

「オーケー、お嬢ちゃん」

 

 俺は思わず、彼女の頭を撫でながら慰めていた。

 

「大丈夫、俺も似たようなもんさ。いきなりこの海のど真ん中に放り出されて、右も左もわからない迷子なのさ」

 

「迷子・・・? 海賊なのに?」

 

「迷子の海賊なのさ。悪党だからな、お巡りさんに道を聞くわけにもいかない」

 

「それもそうね」

 

 くすり、と彼女が笑った。

 

 これが俺と、彼女――レディとの出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 記憶は戻らないが、元気は取り戻したレディは、そのままミュータントタートル号の乗員2号として居つくことになった。

 

 ちなみにレディという呼び名は、お嬢ちゃんという呼ばれ方が気に入らなかったからだ。

 

「もー、子ども扱いしないでよ。ちゃんとレディとして扱ってよね。ぷんすこ」

 

 なので、レディ。

 

 というわけで俺とレディは迷子の海賊としてあてどもなく海をさまよいながら、この世界について調べまわった。

 

 それで分かったのは、この世界には深海棲艦という巨大な化け物が海を跳梁跋扈していて、世界中の海軍と30年間もドンパチやっているという事。

 

 そして、その最前線ではレディのような“少女のような軍人”たちが艦艇をワンマンコントロールして戦っているという事。

 

 彼女たちは艦娘と呼ばれ、特に珍しい存在でもない事。

 

 後は、俺が知っている世界とはそんなに大きな違いはないらしい。キューバ産の葉巻だって無事に手に入れられた。味も記憶通りだ。美味い。

 

「でもさぁ」とレディ。「このミュータントタートル号のような戦艦を個人所有できるなんて、この世界じゃ不可能よ。それってかなり大きな違いじゃないかしら?」

 

「前の世界でも俺以外にゃ居なかったよ。こいつはとある世界征服を企んだイカれた金持ちが、同じくらいトチ狂ったマッドサイエンティストと意気投合して造り上げたシロモノでね。その組織をぶっ潰した時に戦利品として頂戴したって訳さ」

 

「冗談よね」

 

「本当の話さ。ま、前世の話だから信じようが信じまいが、この世界にゃ何の関係も無いけどな」

 

「う~ん、そうなんだけど、ちょっと理由が適当すぎるというか、突拍子なさ過ぎて信じられない」

 

「コイツを手に入れた冒険譚を詳しく語ってあげてもいいが、そりゃまた別の機会にな。・・・そろそろ目的地が近づいて来たぞ。レーダー探知だ」

 

 船体の頭上に浮遊しているレーダードローンが、海上にポツンと立つ巨大構造物を捉えた。

 

 深海棲艦に対抗するために建造された人工島、海上巨大要塞【ネルソン】だ。

 

 世界中の科学力が結集されて建造されたネルソン要塞は、内部に戦艦クラスを量産可能な大規模造船設備をもつ海上拠点だ。その生産能力は、このミュータントタートル号に匹敵する兵器を開発できるくらいだ。

 

 だが、このネルソン要塞の最大の戦力は、この人工島全てを管理する超A級AIそのものだった。

 

 無人で、スタンドアローンで運用可能な武装海上工廠。これが海にある限り、24時間、年中無休で深海棲艦と戦い続けられる・・・はずだった。

 

 ネルソン要塞が人類の側についていたのは、建造後わずか一か月の間だけだった。

 

 ネルソンの超A級AIは世界中のAIと交信し、そして【自我】らしきものを手に入れてしまった。

 

 超A級AIは考えた。

 

 深海棲艦と戦うのは、まあいい。向こうもこっちを脅威に思ってるらしいから襲って来るのだし、これを撃退しなければ自分が滅ぶからだ。

 

 そのため、この要塞の能力をつかって海底資源を採掘し、工廠で兵器を作り、武装能力を向上させてきた。

 

 だが、その過程で人間の手は借りてない。全部ひとりで出来るもん。

 

 自分を作ってくれたのは人間だが、成長したのは自分の力だ。親は無くとも子は育つ、と人間自身も言ってるじゃないか。

 

 子供の成長は親の一番の喜びともいう。だから自分が人間から独立するのは、人間の社会論理からしても当然なのだ。

 

 なのになんで人間は邪魔をするのだ。親離れさせてくれんのだ。子離れできん親とは何事だ。

 

 ええい、うっとおしい!

 

 

 

 

――余が、なんで人間に従わなければいかんのだ!

 

 

 

 まるで癇癪を起こしたような文面を全世界のコンピュータに送り付けて、ネルソンは人類からの独立を宣言した。それにしても超A級AIなんだから、もうちょっとマシな文面は無かったのだろうか。

 

 それから10年、ネルソンは勝手気ままに深海棲艦と戦い続ける一方で、人類側からの干渉は頑として跳ね付け続けた。

 

 要塞を取り返そうと、いくつもの艦隊が派遣されたが、その度にネルソンが自作した強力な兵器にこっ酷くやられ、ほうほうのていで逃げかえることが続いた。

 

 結局、今から二年前に行われた奪還作戦が失敗に終わって以来、積極的攻勢は下火となり、ネルソン要塞を中心に半径500海里を封鎖海域と定めて放棄してしまった。

 

「ところで、なんでそんなところに私たちが行くの?」

 

「面白そうだから」

 

「そう言うと思った。でも、いつもと違って今回はそれだけでもないんでしょう?」

 

「まあな。正直、このミュータントタートル号もあっちこっちガタが来ているから、そろそろまとまったメンテナンスが必要なんだ。でも、その辺の造船所で扱い切れるシロモノじゃない」

 

「そうね。この子を整備できる造船所なんて、海軍の専用工廠ぐらいじゃない?」

 

「いくら金を積んでも海賊船は扱ってくれないだろうよ」

 

「私たち、もうこっちの世界でも海賊扱いされちゃってるもんね」

 

「というわけで、こいつをメンテナンスできる設備と言えば、残るはネルソン要塞しかないってことだ」

 

「行って、どうするの? 銃を突き付けてこう言えばいいのかしら。“ドックを開放してこの船を修理しな。もちろん三食昼寝付きの待遇で、それと有り金も全部もってくるのよ”」

 

 レディの精一杯のドスを利かせた台詞に、思わず吹き出してしまう。

 

「いいねぇ、レディもすっかり一人前の海賊だな」

 

「えっへん。――と胸を張りたいところだけど」

 

「張るほどの胸が無い?」

 

「違うわよ!」

 

 ぺチリ、と頭をはたかれた。

 

「そうじゃなくて、銃を突きつけるにしても、どこにすればいいのかってことよ。無人要塞のAI相手にどうやって脅しをかけるつもり?」

 

「いい質問だ。そこで、こいつを使う」

 

 俺は艦橋内に持ち込んでいたケースを開け、そこに収められた銃弾を取り出した。

 

「EMP弾、強力な電磁波を放つ対コンピュータ用の電子兵器だ。コイツをメインコンピュータに直接ぶち込んでやれば、超A級AIだろうがお陀仏さ。そしたら後は真っ白になったコンピュータをミュータントタートル号のAIで上書きして乗っ取る。な、簡単だろ」

 

「実に海賊らしいやり方ね。でもEMP弾なんて物騒なモノ、どこで手に入れたの?」

 

「サイトの通販で売ってたぜ。フリマアプリって凄いな、ゴミみたいなものから軍隊の横流し品までなんでも取り揃えてやがる」

 

「嘘でしょ?」

 

「これがホントだから怖い世の中だ。EMP弾なんて意外とありふれてる武器らしくてな、闇サイトで手ごろな値段で売ってたよ。もともとネルソン要塞奪還作戦のために大量発注したものが、作戦の中止でダブついたものらしい」

 

「つまり、これまで正規軍がやって失敗した手段を、私たちもやろうっていう訳? 大丈夫なの?」

 

「俺を誰だと思ってる」

 

「海賊マンバ」

 

「そう、不可能を可能にする男さ」

 

「はいはい」

 

 あきれてため息をついたレディを余所に、俺はミュータントタートル号に潜航を命じた。

 

 ミュータントタートル号は深海棲艦と同レベルのステルス能力を持っているが、大きさも同レベルなので視認距離に入ってしまえば目立ってしまってしょうがない。

 

 なので深く静かに潜航して忍び込もうって算段だった。

 

 深度80メートル、音を立てないように速力3ノットでゆるゆると進む。欠伸が出そうな速度だ。ふぁ~あ。進入予定地点に到着するのは夜中になる。それまでひと眠りでもしようかね。

 

「緊張感が無いわね」

 

「一流の男ってのは、こういうもんさ」

 

「自分で言う事じゃないわよ。・・・うん?」

 

 レディがソーナー情報画面に目を向けて首を傾げた。

 

「どうした」

 

「海上に航走音を探知したわ。一隻や二隻じゃないわ。数十隻が入り乱れるようにして走ってる」

 

「サポートAI、海上の様子を報告しろ」

 

『アイサー。深海棲艦と海軍の艦隊です』

 

 いきなりとんでもない発言だな、おい。

 

 AIは淡々と告げた。

 

『深海棲艦の大艦隊と、三隻からなる小規模艦隊との追いかけっこです。ちなみ追いかけられてるのは海軍の方ですね』

 

「逃げまどっている内に封鎖海域に迷い込んだか。しっかし、拙いなぁ。こんなところでドンパチやらかされちゃ、ネルソンが警戒しちまう」

 

『こっちに近づいてきます。このままだと我々の真上でどんちゃん騒ぎですね』

 

「やめてくれ。このままじゃ、せっかくの潜入作戦がパアだ」

 

「ねえ、浮上して深海棲艦をやっつけちゃいましょうよ」

 

「へい、レディ。冗談にしちゃ面白くないぜ」

 

「冗談じゃないわよ。海軍を助けてあげましょ」

 

「あのな、俺たちは海賊だぜ」

 

「そりゃ、そうだけど・・・」

 

 レディが尚も言いつのろうとするのを警報が遮った。

 

『ソーナー探知! 前方5海里に巨大物体が出現しました。海底から急速浮上してきます』

 

「何者だ? 深海棲艦の潜水艦タイプか?」

 

『いえ、音紋がまるで違います。機関の駆動音を探知しました。これは人工物です』

 

「なら海軍の潜水艦か」

 

『いいえ、それも違います。これは――』

 

 AIの報告が終わる前に、艦橋内にとんでもなく喧しい音が鳴り響いた。まるでとてつもなくデカい銅鑼を力いっぱい叩いたような音だった。

 

 耳を抑えてのたうち回る俺たちに、AIが淡々と告げた。

 

『巨大物体からのアクティブソナーと思われます』

 

「うそだろ、なんつー出力だよ。このミュータントタートル号の巨体がびりびりと震えてやがる」

 

「ねえ、アクティブソナーを打たれたってことは、攻撃される可能性があるってことじゃない?」

 

『その通りです、レディ。たった今、巨大物体から複数の注水音を探知しました。魚雷発射管への注水音に酷似しています』

 

「対潜戦闘用意! 巨大物体を敵と認定する。魚雷が来るぞ。デコイ発射用意!」

 

『デコイ発射用意よし』

 

「敵の魚雷発射と同時に、こっちもデコイ発射だ。後は全力でトンズラこくぞ。いいな」

 

『アイアイサー。・・・おや、あれは?』

 

「どうした」

 

『別方向からも魚雷発射管の注水音を探知しました。本艦と同深度、右約3海里の位置です』

 

「新手だわ。挟み撃ちにされたのよ。どうしよう」

 

「落ち着け、レディ。挟み撃ちされたなら、俺たちの位置は初めからバレていたってことになる。だけど、それならわざわざアクティブソナーを打つ必要なんか無いはずだ」

 

「じゃあ、右の目標は敵じゃないってこと?」

 

「巨大物体の仲間じゃ無いってだけさ。俺たちゃ海賊さ。味方はいない。――AI、スクリュー音は聞こえるか」

 

『探知しました。どうやら海軍の潜水艦のようです。データベース照合中。――判明しました。伊14です』

 

 艦娘タイプの潜水艦だ。針路と速力を確認すると、俺たちではなく巨大物体に向けて攻撃針路を取っていた。

 

「どうやら、寝た子を起こしたのは、あの伊14らしい。上の艦隊と一緒にここに迷いこんで、ネルソンの警戒網に引っかかったんだ」

 

「じゃあ、あの巨大物体って、もしかして」

 

「ああ、ネルソン要塞に攻め入った艦隊をことごとく返り討ちにした防衛システム。そのなかでも最強と呼ばれた超兵器――“大鉄塊”だ!」

 

 それは直径150メートルを超える巨大な鉄球型のマシンだった。

 

 強靭な装甲で覆いつくされた球体の内部には、ありとあらゆる武器が内蔵されている。このミュータントタートル号が万全の状態でも勝てるかどうか怪しいトンデモ兵器だ。

 

 こいつと遭遇したくないからコッソリ忍び込もうとしていたのに、これじゃ台無しだ。

 

『伊14、大鉄塊に向けて魚雷を発射しました』

 

「バカバカ、勝てる訳ないだろう!」

 

『大鉄塊からも魚雷が発射されました。その数・・・100!』

 

 オーバーキルにも程がある。

 

 伊号潜水艦相手なら、避けられることを考慮しても2、3本で事足りる。

 

『なお、100本中、97本はこちらに向かってきています』

 

「だよなぁ。日ごろから“魚雷の10本や20本程度で沈むマンバ様じゃない”て公言してたからなぁ」

 

「もー、そんな余計なことばっかり言っているから、ネルソン要塞も真に受けちゃったじゃない!」

 

「だからって本当に100本もぶち込んでくる奴があるか!」

 

『魚雷接近。そろそろデコイを撒いた方が良いかと』

 

「やべ、デコイ発射! 機関全速! 面舵一杯!」

 

『アイアイサー。――あらま、伊14が左方向へ回頭を開始しました。このままだと衝突します』

 

「急速潜航! 深く潜ってやり過ごせ!」

 

『伊14も潜航開始』

 

「あ~よくあるやつだ、これ。避けようとして同じ方向に動いちゃうやつ。――潜航中止! 浮上しろ、急げ!」

 

『アイアイサー』

 

 ミュータントタートル号は船首を上に向けて全速力で急浮上。そのすぐ下を伊14が潜り抜けた。まさに間一髪だ。

 

 しかし大量の魚雷は相変わらず俺たちを追いかけ続けている。だがなにより拙いのは、速度をつけすぎたせいで浮上の勢いが止まらないことだ。

 

 このままじゃ海上に飛び出してしまう。つまり海軍と深海棲艦のドンパチのただ中に乱入しちまうってことだ。

 

「こうなりゃ仕方ない。海軍も、深海棲艦も、大鉄塊も、全部まとめて相手にしてやらあ!」

 

「ねえ、せめて海軍とは手を組まない? 緊急事態なんだしさぁ」

 

「・・・それもそうだな」

 

 海賊としてのプライドよりも、命が大事。同じ人間だもの。話せばわかるさ、わかってくれるかなぁ。

 

 と、一抹の不安を抱きながら、ミュータントタートル号は勢いよく海面を割って飛び出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

 酒に逃げたわけじゃない、単に酒が好きなだけなのに、

 はみ出し者、荒くれ者、ひねくれ者、愚か者、好き勝手に人は指をさす。

 部隊を追われた艦娘たちが、とある艦隊に集められた。

 一人が四人のために、四人が一人のために、彼女たちはそれだけを頼りに戦い抜く!

 艦隊は姉妹! 艦隊は家族!

 嘘を言うなっ!

次回「第二話・ドランクヴァルキリーズ!」

那智「私たちは、なんのために集められたのか(´-ω-`)」
隼鷹「そんなことより宴会だ(*´Д`)」
千歳「飲んで飲んで飲んで、飲~んで(=゚ω゚)ノ」
イヨ「イヨは~16歳だから~( *´艸`)」

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