艦これ海上戦記譚~明け空告げる、海をゆく~   作:PlusⅨ

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第二話・ドランクヴァルキリーズ!

 広大な海を渡り、交易のために世界各地を航海する大量の民間船。これらを深海棲艦から守るべく日夜奮闘しているのが遠征護衛艦隊である。

 

 遠征護衛艦隊は四つの護衛隊群からなり、群はそれぞれ数十の戦隊によって編成されているという、大規模艦隊であった。

 

 その数ある部隊の一つ、第四護衛隊群・第42護衛艦隊・第9643独立機動隊:ニックネーム“ヴァルキリーズ”。

 

 これが、重巡・那智を筆頭に、軽空母・隼鷹、同じく軽空母・千歳、そして潜水艦・伊14の四人が所属する艦隊だった。

 

 第42護衛艦隊は、他の部隊が軽巡を中心とした“戦隊”として編成されている中で、“艦隊”を名乗っている唯一の部隊だった。

 

 その理由は当然、重巡一隻に軽空母二隻、潜水艦一隻という、遠征護衛艦隊にあるまじき過剰戦力“第9643独機隊:ヴァルキリーズ”を擁しているからに他ならない。

 

 そして、この第9643独機隊は、なんと第42護衛艦隊の唯一の戦力でもあった。

 

 護衛艦隊には他に部隊はおらず、それどころか第42護衛艦隊には専属の司令部さえない、編成表の端っこに名前だけが載っている幽霊艦隊だった。

 

 第42護衛艦隊の提督も存在するにはしているのだが、それは海軍総隊のとある参謀が兼務している名前だけのものであり、これもほとんど幽霊と言ってもよかった。

 

 そのため独機隊への指令や命令は、第4護衛隊群司令から下されたものがそのまま言い渡される、実質“直轄部隊”のような扱いだった。

 

 しかし、それなら最初から直轄部隊にしてしまえばいいものを、そうせずにわざわざ名前だけの第42護衛艦隊なんてものを間にこさえて、その隷下としたのは何故だろう? と、重巡・那智は、独機隊への配属が決まったときに疑問を抱いた。

 

 が、自分以外の三人が着任したとき、その面子を見て、那智はその理由を悟った。

 

 第4護衛隊群司令は、独機隊について責任を取りたくないのだ。だから名前だけの司令を間において、直接、責任が自分に降りかからないようにしたのだ、と。

 

 つまるところ、独機隊は問題児の集まりだった。

 

 戦場では暴れに暴れて戦果を挙げるが、その巻き添えで周囲へも甚大な被害をもたらして、せっかくの戦果もチャラにしてしまう。いや、チャラどころか大抵は被害の方が大きいという、そんな連中だった。

 

 彼女たちは無能ではない。むしろ艦娘としての技量は優秀なのだが、しかし加減というものを知らなかった。

 

 例えばある無人島が深海棲艦に占領されていて、それを奪還しようとしたとき、勢い余って島ごと吹き飛ばしてしまうような、そんな艦娘たちだった。

 

 そのため彼女たちはどこの部隊でも持て余され、そして、最終的に集ったのがこの独機隊だった。

 

「そもそも、第9643独機隊という番号の時点で悪意が感じられると思わないか」と、那智はビール片手に愚痴をこぼした。「9643、クルシミ、だ。苦しみ。縁起の悪い数字をこれでもかと詰め込んだようじゃないか。上が我々をどう思っているかがよく分かる」

 

「だとすりゃ第42護衛艦隊も同じだね。シニ、死に。悪意どころか、殺意さえ感じちゃうね」と、隼鷹もジョッキを傾けつつ、カウンターに向かって手を振った。「おじさ~ん、生ひとつおかわり~。あ、千歳もおかわり? んじゃ、やっぱり二つね、二つ」

 

 焼き鳥の煙の向こう側で、ねじり鉢巻きの親父が頷き、傍らの若い店員がビールサーバーに歩み寄った。

 

「へい、生中お待ち」

 

 隼鷹と一緒に、千歳もジョッキを受け取った。

 

 ジョッキを片手で持ってグイグイ飲む隼鷹に対し、千歳はもう片手をジョッキの底に当てて、湯飲みでお茶でも飲むかのように唇をつけた。

 

「けれど、不思議だとは思わない?」千歳は品の良さそうな飲み方ながら、あっという間にジョッキの半分を空けて、言った。「こんな懲罰部隊みたいな艦隊を新設して、私たちを押し込めてどうしようというのかしら。私たちが目障りなら、クビにしてしまった方が早いでしょうに」

 

「やっぱ、それはほら、アレだよ」伊14が焼き鳥の串に残ったタレを舐めしゃぶりながら、言った。「私たちも“一応”やることはやってるし、戦果も挙げてるでしょ。そりゃちょっと被害は出すけどさ、別に命令違反してるわけじゃないし、作戦だって一応成功させてるわけだしさ。だから、そうそう一方的には懲戒処分とかには出来ないんじゃないの?」

 

 伊14の言葉に、那智が「一理ある」と頷いた。

 

「つまり、クビにしてやりたいが簡単にはできないので、我々はここでおとなしくして居ろ。という訳か」

 

 隼鷹も笑って頷いた。

 

「まー、のんびり酒が飲めると思えば悪くないかもね」

 

「近いうちにみんなまとめて解体処分されるかもしれないわよ?」と、千歳。

 

 彼女達四人の船体は、いずれも老朽化が進んでいた。

 

 艦娘よりも先に船体がリタイアしてしまった場合、残された艦娘には新たな船体が供与される。しかし問題児集団である彼女達に、組織が新たな船体を用意してくれる可能性は低かった。

 

 要は、窓際への左遷、無言の引退勧告のようなものである。

 

「引退したらさぁ」と伊14。「このメンツでさ、お店とか開こうよ。バーとか良くない? 那智さんならバーテンダーとか似合うよ、きっと」

 

「それも悪くない」

 

 しかし、そんなに現実は甘くなかった。

 

 那智たち四人が集められたのは解体前の猶予期間を過ごすためではなく、実戦に投入するためだった。

 

 それを企んだのは、海軍一の切れ者と評判の女参謀、“静かなるコウメイ”こと紫吹 香名だった。

 

 彼女はかねてより、ある懸念だけは絶対に解決しなければと心に決めていた。

 

 それはネルソン要塞の奪還だった。

 

 二年前の欧州海軍による奪還作戦の失敗を最後に、どこの国もすっかり手出しを諦めてしまったネルソン要塞を奪還することは、彼女の夢だった。

 

 よしんば奪還できずとも、少なくとも機能不能にするだけでも、封鎖されている周辺海域も航行可能になるし、封鎖に当てている監視戦力も他にまわせて良いこと尽くめである。

 

 しかし、現状はネルソン要塞から積極的に攻勢を仕掛けてこないこともあって、ネルソン要塞への対応は後回しにされていた。

 

 ネルソン要塞は、いわば火中の栗であり、藪の中の蛇だった。だれも触れたがらないし、下手に突きたくもない。ネルソン要塞に関わろうとするのは、よほどのバカか、よほどの天才かのどちらかだった。

 

 そして香名は、自分が後者であると信じて疑わなかった。それがうぬぼれで無い証として、彼女は周囲の誰からも天才と呼ばれていた。

 

 だが、天才の呼び名は決して賞賛の意味ばかりでもなかった。ねたみ、ひがみ、いやみの意味で彼女をそう呼ぶ者たちもたくさん居た。

 

「生意気な自惚れ女が、天才と呼ばれていい気になりやがって」

 

 こんな誹謗中傷を面と向かって浴びせかけられたこともあったが、香名は気にしなかった。

 

 天才とは、凡愚の劣等感を刺激する存在なのだ。だから誹謗中傷を受けるという事は、必然的に私が天才であることを証明することなのだ。と、香名はそう思っていた。

 

 強がりでも何でもなく、彼女は本気でそう思っていたから、その心が傷つくなんてことも無かった。天才の心理とはまさに凡人とは比較しようが無いのだった。

 

 しかし心理的に被害は皆無でも、海軍総隊参謀本部などという国家の中枢機関に身を置く立場になると、誹謗中傷も無視するわけには行かなかった。

 

 海軍のエリート集団にして政治の世界とも密接に関係するこの場所は、最前線と違って砲弾が飛んでくることは無いが、権力や派閥といった見えない力が常に作用していた。

 

 こういう場所で一番危ないのは、言葉だった。

 

「いい気になりやがって」

 

 この何気ない、根拠も何もない、感情的で理不尽な言葉が、香名のキャリアを揺さぶり、下手をすると未来を奪い兼ねないほどの力を発揮するのだ。

 

 だから香名は、こういった誹謗中傷をできるだけ抑え込まなければならなかった。そのためには、誰もが認めざるを得ない、圧倒的な功績が必要だった。

 

 ネルソン要塞は、それにうってつけだった。

 

 香名がネルソン奪還を主張したとき、参謀本部は割とすんなりそれを了承した。香名ならば本当にネルソン要塞を何とかしてみせるだろう、と考えたわけではなかった。むしろこの作戦は無謀だと誰もが思っていた。

 

 それでも参謀本部が了承したのは、彼女の失敗と失脚を望む者たちが大勢居たからだった。

 

 これがもし、香名に味方が多かったなら、こんなバクチのような作戦は決して了承されなかっただろう。だから香名は、やはり自分は天才だと思った。

 

 自分に人望がない事は知っていたが、それゆえに念願のネルソン要塞を攻略することが出来るのだ。凡人にとっては逆境でも、天才たる自分にとっては好機なのだ。こういうことを本気で思っていた。

 

 しかしだからと言って、ネルソン要塞が簡単に攻略できる相手だとは思っていなかった。

 

 なにしろ十年に渡って人類の干渉を跳ね退けてきた歴戦の要塞である。大鉄塊を始めとした強力な対艦兵器を擁するネルソンは正攻法で勝てる相手ではないし、かといって奇策で対抗しようにも、それもこれまでの戦いで出尽くした感があった。

 

 例えば、世界中のAIを使ったサイバー攻撃が行われたこともあったが、超A級AIであるネルソン要塞の電子防壁は鉄壁であり、破ることができなかったどころか、逆にネルソン要塞側から反撃をくらって相当数のAIが狂ってしまう有様だった。

 

 また、少数精鋭の特殊部隊を送り込んだことも一度や二度ではないが、それもネルソン要塞内部が自力で開発した“人型人造兵士”の大群に阻まれ、虚しく追い散らされてしまった。

 

 ならばこれまでにない兵器を投入してやろう、と一時期、世界各国の軍隊が様々な新兵器を片っ端から投入したこともあった。

 

 あらゆる妨害を察知し、それを掻い潜る高性能なAIを搭載した高知性型長距離巡行ミサイルを何十発も撃ち込んだ国があったが、そのミサイルはあまりに高性能すぎたためにネルソンによって説得され、自爆兵器としての己の存在意義について悩み、その虚しさを悟って勝手に自爆してしまった。

 

 ならば純粋な機械式の兵器――高度な知性を持たないが、敵中枢まで深く潜入できるだけの複雑な行動が可能な無人兵器――なんとゼンマイ式の超精密な歯車式の歩行爆弾を開発し、投入した国もあった。

 

 これは意外とうまくいき、ネルソン要塞の防衛システムを掻い潜ってその一部を破壊した。

 

 だが、その爆弾はあまりに複雑すぎて製造コストが膨大なものとなり、かつそれを作れるだけの高度な技能をもった職人が世界に数人しかいなかったため、大量生産できない事がネックとなって計画は破たんした。

 

 超ハイテク兵器も、超ローテク兵器も、どちらも駄目なら、その中間はどうだろうか。ということで、既存の艦娘艦艇を無人化してサポートAIだけで制御させるという、お手軽無人艦隊を編成してネルソン要塞へ送り込んだ国があった。

 

 正直、この国はこれでネルソン要塞を落とせるとは考えていなかった。単に自国で開発中の新兵器の実験をやりたかっただけだった。だからその艦隊が案の定全滅したところで、別に屁とも思わなかった。

 

 ネルソン要塞攻略の後半戦は、だいたいがこんな感じだった。

 

 もはや体の良い新兵器実験場と化していた最近の戦いなど、香名にとっては何の参考にならなかった。本気で攻略するならば、改めてネルソン要塞の最新の情報が必要だった。

 

 そのためには先ず、偵察部隊を送り込まなければならない、と香名は考えた。人工衛星からのんびり見下ろしているような情報ではとても役に立たない。そもそもそれ以前に、ネルソン要塞を監視出来る衛星は存在しなかった。すべて撃ち落とされてしまったからだ。

 

 だから、やはり偵察部隊を送らなければならないのだ。それも、ただコッソリ覗き見るのではない。真正面から敵とぶつかり合い、その実力を引き出すという威力偵察こそが、香名が必要としているものだった。

 

 その場合、偵察部隊にも被害が出るが、それは仕方のない事だ。必要のための犠牲というものだ。しかし、こんな捨て駒のような偵察任務を受けてくれる部隊があるのだろうか。

 

 あるはずがない。それぐらいは香名にも想像がついた。

 

 しかし香名は天才である。無ければ、作ればいいのだ。と、すぐに思いついた。

 

 香名は人望が無い代わりに、参謀本部の戦略AIとは仲が良かった。そして戦略AIは人事管理AIとも仲が良かった。

 

 戦略AIは香名のネルソン要塞攻略作戦を支援するため、人事管理AIを説得し、海軍に所属する大勢の艦娘たちの中から、部隊のはみ出し者――それなりに優秀だが、部下として扱いづらく艦隊から追い出したいが、受け入れ先も見当たらない者――をリストアップした。

 

 艦娘には我の強い者が多い。

 

 そんな性格の者が艦娘の適性にマッチしているので(理由はわからない。これも艦娘七不思議のひとつである)はみ出し者は幾らでも居た。

 

 その中で、船体が古くて解体間近の四隻を選んで、新設部隊を編成した。

 

 しかしこんな明らかに問題児ばかり集めた部隊を配下に置いてくれる司令部などどこにもないので、海軍で一番人が好いと評されている第4群司令官と交渉し、責任は全て香名が取るという条件で第42護衛艦隊をついでに新設、香名が兼務でその司令に就任と相成った次第。

 

 こうして首尾よく捨て駒を手に入れた香名は、新たに部下となった四人の艦娘たちと一度も顔を合わせることもないまま、出撃命令を下した。

 

 

 

 

 

「くそったれ!」

 

 那智は第9643独機隊に割り当てられているプレハブ小屋の司令部で、出撃命令の書類束を床に叩きつけた。

 

 狭い室内の床一面に数十枚もの紙が散らばったが、それを拾おうとするものは誰もいなかった。

 

「ま~、こうなるかもって予感はあったけどさぁ」と隼鷹。「アタシらだけで、あのネルソン要塞に攻め込めって無茶苦茶もいいところだぜ。死んでこいって言ってるようなもんだよ」

 

「端から使い捨てにするつもりだ」と、那智。

 

 床に叩きつける前に、作戦内容にはちゃんと目を通し、皆に伝えてある。

 

「じゃあ、どうします?」と、千歳。

 

 伊14が手を上げた。

 

「ねえねえ、いっそみんなで辞表を出すってのは、どう?」

 

 その発言に、那智が眉間にしわを寄せた表情で、首を横に振った。

 

「ダメだ。辞表一枚で退職できる程、私たち艦娘の立場は軽くない。自発的な依願退職に必要な書類だけでこの作戦書の倍はあるんだぞ。それを正確に記入するだけで一苦労なのに、そこからうんざりする程の大勢の人間による審査を受けなくちゃならない。退職の許可が下りるのは早くても半年後だし、そもそも握りつぶされるのがオチだ」

 

 ため息混じりの那智に、隼鷹が言った。

 

「だったら逃げちまおうぜ」

 

「艦娘の逃亡は問答無用で全国指名手配だ。すぐに捕まる」

 

「捕まっても刑務所行きだ。無謀な作戦で殺されるよかマシさ」

 

「出撃拒否を理由にした逃亡は、敵前逃亡罪で銃殺刑だ」

 

「げ~。逃げ場なしかよ」

 

 意気消沈する那智、隼鷹、伊14だったが、千歳だけはまだ何か思案していた。

 

「・・・いっそ、この手しかないわね」

 

 ぽつりと漏らした呟きに、伊14が顔を上げた。

 

「なになに、千歳の姉貴、この手って、どんな手なの?」

 

「飲みの一手よ。居酒屋へ行きましょう」

 

「それって、自棄酒?」

 

 伊14の疑問に、千歳は「いいえ」と首を横に振った。

 

「決起集会よ。出撃を前に士気を高めるの。でも、ちょっと勢いをつけ過ぎて、ひどい二日酔いになっちゃうけどね」

 

 なるほど、話は読めた。と、三人もすぐに納得した。

 

 出撃する気はあるけれど、できないというのなら少なくとも敵前逃亡罪で銃殺刑にはならないだろうという寸法だ。

 

 もっとも、無罪放免という訳にも行くまい。

 

 艦隊丸ごと飲み過ぎて出撃不可能など前代未聞の不祥事だ。間違いなくクビ、もちろん退職金も年金もパァだ。

 

 だが、死ぬよりかはマシである。

 

 命あっての物種、死んで花実が咲くものか、死んで花実が咲くのなら墓場の周りは花だらけ。まだ菊にも彼岸花にもなる気はないね、と彼女たちの意見はあっさりと一致した。

 

 ならば善は急げ、悪事ならなおさら急げだ。

 

 彼女たちはそれぞれ「報国」と書いた日の丸鉢巻を額に巻き、肩には「進め突撃、火の玉だ」だの「撃ちてし止まん死するまで」「この一命をもって祖国の礎とならん」「身をもって責務の完遂に勤め、持って国民の負託に応えん」などと書かれたタスキをかけて、旗竿に軍艦旗を掲げて、携帯音楽プレイヤーから軍艦マーチを高らかに響かせながら、馴染みの居酒屋へと繰り出したのだった。

 

 居酒屋の店主や常連客達は、彼女たちのものものしい格好に仰天したが、かねてからこの気の良いはみ出し者艦隊に、いつかこんな決死の出撃命令が下るだろうということは薄々予想していたので、

 

「ああ、ついにこの日が来てしまったか。可哀そうに。しかし、見ろ、彼女たちの立派な姿を。悲壮感などどこにもないじゃないか。こんな独立愚連隊みたいな連中でもやっぱり軍人なんだなぁ。お国のために命を張る覚悟はできているって訳だ。いやぁ、泣かせるねぇ。その心意気に惚れたぜ。よし、今夜は俺のおごりだ。この店の酒と料理、好きなだけ飲み食いしやがれ!」

 

 とまぁ、店主が感じ入ってくれて大サービスしてくれた。

 

 常連客達も、

 

「姉ちゃんたちの一世一代の晴れ舞台だ。派手に送り出してやろうぜ!」

 

 と、各自が自前で酒や料理をもって次々と押しかけ、身内だけのつもりだった決起集会は、たちまち町内全部を巻き込んだ大宴会へと発展してしまった。

 

「これはとんだ誤算だ」

 

 那智は、次から次へとお酌されて乾く暇がないグラスを片手に、千歳に囁いた。

 

「こんなに大事になるとは思わなかった。ついに町長さんまでやってきたぞ。大真面目な顔で激励の言葉を頂いてしまった。なんという期待の大きさだ。これじゃ退くに退けない」

 

「私たちって、意外と人気があったんですねぇ。ちょっとびっくりです。ねえ、聞いてちょうだい。さっき、三人の男性から交際を申し込まれてしまったの」

 

「どうするんだ」

 

「三人とも既婚者だったから丁重にお断りしたわ」

 

「愛人契約か」

 

「あなたのような美人が独身のまま死ぬのは偲びない。もし生きて帰ってきたなら、嫁と離婚するから結婚しましょうって」

 

「生き延びたら却って面倒くさそうなプロポーズだな」

 

「ヒャッハー!」隼鷹がジョッキを掲げて奇声を上げた。「飲もうぜ、飲もうぜ、じゃんじゃん飲もうぜ! 深海棲艦もネルソン要塞も、アタシたちがまとめて全部飲み干してやんよ~!」

 

 すっかり出来上がって盛り上がっている隼鷹の様子に、まああれだけ飲んでいるなら明日はもう動けないだろう、と那智は見積もって、安心した。

 

 そうだ、気にせず飲めばいいのだ。飲んで、飲んで、酔いつぶれるまで飲んで、やがて静かに眠るのだ。

 

 それでいい、と那智は納得してビールを一気に飲み干した。

 

「気持ちのいい飲みっぷりだな! 流石は重巡洋艦だ!」

 

 わはは、と豪快な笑い声と共に、新たなビール瓶がぬっと差し出されてきた。

 

 どこの親父かと思ったが、意外なことにそれは女だった。顔面に古傷を負った、鋭い目つきをした初老の女。

 

「出陣の門出はこうでなくちゃいかん。しかし歴戦の重巡である那智ともあろう艦娘が、ここまで派手な決起集会を催すとは、今度の敵はよほどの大物なのだろうな!」

 

「ああ、ネルソン要塞だ」

 

 那智は、既にアルコールが回っていたこともあって、あっさりと作戦目標を口にした。

 

「ネルソン!」女は感極まったように叫んだ。「あの難攻不落のネルソン要塞に挑むというのか! なんと勇敢な。・・・あぁ、ネルソン、忌まわしい名だ!」

 

 女は、自分の顔の傷を指し示して、言った。

 

「この傷はな、あたしがネルソンに潜入したときに付けられたものなんだ」

 

「ほう、では貴女は、いったい?」

 

「元陸軍のしがない老兵さね。第九次攻撃で投入された特殊部隊の一員としてネルソン要塞に上陸したんだがね、そりゃあ酷い目に遭ったよ」

 

 女はそう言って、酒を片手に当時のことを語り始めた。

 

 山よりも巨大な大鉄塊の足元を息をひそめながら泳いで潜り抜けたこと。

 

 網の目のような監視ネットワークを掻い潜り、ようやく上陸した先には。人造人型兵士の大部隊が待ち受けており、そこで凄まじい銃撃戦になった事。

 

 その死闘の中で、次々と仲間が倒れていったこと。

 

「ヤマダ、スズキ、サトウ・・・みんないいやつだった。優秀な兵士だった。だが、みんな死んでしまった!」

 

 嗚咽混じりに泣きながら語る女につられ、聞き入っていた周りの者たちもすすり泣いていた。

 

「仲間たちは皆、祖国を思い、人類の未来を憂い、その礎たらんと身命をかけて戦った! その死は果たして報われたのだろうか!」

 

「ああ、彼らの想いは立派だ。見事な兵士だ」

 

「そうだ、見事な兵士だった。だが、ネルソンは健在だ! そして世界はいま、奴を放置している。あの場所で戦った兵士たちの遺骨も拾おうとしないで! こんなことが許されいいのか!」

 

「いや、よくない。うん、良くない!」

 

 泣きながらビールを注いでくる女につられ、那智も涙ぐみながらグラスを飲み干していた。

 

「祖国のため、人類のために戦った英霊たちの意思を無駄にしていいのか! 我々はあきらめずに戦い続けるべきではないのか!」

 

 そうだ、そうだと喚くような声が周りから湧き上がった。

 

 ネルソン撃つべし、乾杯、いっき、いっき、ヒャッハー!

 

 イヨチャンの、ちょっといいとこ見て見たい。のーんでのんでのんでのーんで、んふふ~、いぇいっ。

 

 隼鷹と伊14が群衆のコールに合わせて豪快な一気飲みを披露する傍らで、女が涙を振り絞って熱弁する。

 

「お願いだ、どうか、どうか、仲間たちの仇をとってくれないか。ヤマモト、スギイ、サイトウ、彼らの無念を晴らしてやってはくれないか!」

 

「うむ、わかった。任せろ! えっと、ヤマザキ、スミダ、サカイ、だったか、その仇は私たちが必ず取ってやろう!」

 

「ありがとう、ありがとう、ヤスダもスギタもカトウもあの世で喜んでくれているだろう!」

 

 那智と女のやりとりに、周囲も号泣しながら酒を酌み交わし、そして、

 

「善は急げだ。悪でも急げだ。今すぐ出港するぞ、いいな!」

 

 ウオォォと賛同の雄叫びが上がり、店の客もろとも港の岸壁へと移動した。

 

「第9643独立機動隊、バンザーイ! バンザーイ! ばんざぁぁぁい!!」

 

 真夜中の静寂をかき消す万歳三唱に見送られ、那智たちは意気揚々と出港していったのであった。

 

 三隻の軍艦と、一隻の潜水艦が夜の闇に消えていったのを見送った群衆は、そのまま港で宴会の続きを始めた。

 

 だが、顔に傷を持つ女は、その宴会には参加せず、ひとり群衆から離れて歩きながら、人気のない場所で携帯端末を取り出した。

 

「おいこら、コウメイ。お前の頼み通り、独機隊の連中を説得して送り出してやったぞ。この貸しはデカいからな。だいたい、お前は命令書一枚で艦娘が大人しく特攻すると思ってんのか。・・・あ? だからあたしに頼んだって? ふざけんな、ばか。高い酒用意して待ってろよ」

 

 野木 魔鈴・・・統合幕僚部作戦部長・陸軍准将“山賊の魔鈴”はそう言い捨てて、通話を切った。

 

 独機隊をまんまと丸め込んで出撃させた魔鈴だったが、ネルソン要塞に潜入したという昔話はもちろん嘘だった。

 

 彼女の顔の傷は戦闘による負傷では無く、飼い猫の腹に顔を埋めてもふもふしようとしたときに引っかかれてできた傷であるが、それを知る者は“静かなるコウメイ”こと紫吹 香名、ただ一人だけである・・・

 

 

 




次回予告

 山賊の魔鈴の狡猾な話術によって、死地へと送り込まれたヴァルキリーズ。

 しかし彼女たちは、壮絶な死闘の果てに、ついにネルソン要塞への上陸を果たす。

 このまま捨て駒として死ぬか、それともネルソンを攻略し、自分たちを嵌めた連中の鼻を明かすか。

 答えはもちろん決まっている! はみ出し者の意地を見せてやる!

次回「第三話・なんにでも挑戦したいお年頃♪」

ポ「でも~大鉄塊には勝てません~。飲むしかないです~。・・・ひっく、熱くなってきた~、服が邪魔ぁ~」

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