艦これ海上戦記譚~明け空告げる、海をゆく~   作:PlusⅨ

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第三話・なんにでも挑戦したいお年頃♪

 ネルソン要塞は、広い海洋のど真ん中にポツンと存在する、とある小さな火山島に隣接して建造された海上要塞である。

 

 世間一般では“人工島”とも呼ばれているが、実際は海底から聳え立つ十八本ものレグ(脚部)を擁する、円形状の複合巨大プラントである。

 

 その大きさは直径なんと20キロメートルにもおよぶ、まさに島と言っても差し支えの無い広さだが、それ以上に凄まじいのは、そのプラントが拡がるデッキを支えているレグの高さである。

 

 その高さなんと海抜200メートル。もはや一つの都市が空に浮いていると言っても過言ではない、常軌を逸したものであった。

 

 もっとも、ネルソン要塞は最初からここまで巨大だった訳ではない。直径こそ当初のままだが、レグの高さについては建造当初はせいぜい海抜十数メートルに留まっていた。

 

 これでもかなりの高さだが、ネルソン要塞が隣の火山島からの膨大な地熱エネルギーと、豊富な海底資源によって自己進化を始めた結果、デッキを支えるレグがどんどん大きくなり、稼働から十年が経過した現在、その高さはついに200メートルに達し、しかもまだ上昇を続けていた。

 

 なぜネルソン要塞は、レグばかり成長し高くなってしまったのか。そのはっきりとした理由は不明であり、世界中の科学者の間でも意見が割れていた。

 

 最も有力な説は、

 

「ネルソン要塞の自己進化プログラムの一部にエラーが起きてしまい、レグの成長を止めることが出来ないでいる」

 

 というものであった。

 

 しかし、それ以外にも、

 

「あれは太陽エネルギーを効率的に吸収するために要塞そのものを雲の上に押し上げようとしているのだ」

 

 という説や、

 

「全長100メートルを超える深海棲艦に上陸されることを防ぐために、デッキを高い位置に持ち上げたのだ」

 

「いや、深海棲艦が陸地に上陸した事例はこれまで一度も無いから、これはむしろ人類に対するメッセージなのではないか。圧倒的に巨大な建造物を創ることにより、人類に畏怖の感情を生じさせ、ネルソンの優位性を確立したいのだ」

 

 なんていうトンデモ説も巷間では広く流布していた。

 

 那智自身は、ネルソン要塞の高さについては「エラー説」に賛同していた。

 

 が、正直なところ特に興味も無かったので世間一般に流布している通説とやらに乗っかっているに過ぎず、他の説については耳にしたことがある程度のレベルであって、その内容については、

 

「バカバカしい」

 

 の一言で済ませていた。

 

 特に最後の、【人間に畏怖の感情を生じさせるため】説など「成金の自己顕示欲じゃあるまいし」と一笑に付していた。

 

 しかし、と那智は頭上遥か高くに拡がる広大なデッキを見上げながら、畏怖説を提唱した者の気持ちも分かる気がする、と内心で思った。

 

 本来なら空があるはずの位置に、どこまでも人工物が拡がっているという景色はあまりにも非現実的すぎて、目眩さえ感じた。

 

 これがせいぜい十数メートル程度の高さにあるなら、大きな地下空間ぐらいの感覚でそこまで違和感を抱かないだろうが、海抜200メートルもの高さともなると、それはもはや大地そのものが逆さまになって空を覆いつくしているように見えた。

 

 そのまま見上げ続けていると、まるで自分が頭から真っ逆さまに落下中であるような錯覚に襲われたので、那智は見上げるのを止めて水平線に視線を落とした。

 

 頭上を覆いつくすデッキは水平線近くでようやく途切れ、そこに、海とデッキに挟まれた狭く細い空がようやく見えた。

 

 時刻は既に夕刻近くであり、西に面したその方角には、ちょうど夕陽が下りてきて、その光でこの狭間の世界を真っ赤に染め上げていた。

 

「まるでこの世の景色とは思えんな」

 

 そう呟いた那智の傍らで、

 

「ああ、全くだぜ」

 

 と隼鷹が頷いた。

 

 彼女達は、火山島の波打ち際に居た。

 

 火山島は標高150メートルの活火山から噴出した溶岩が周囲に流出してできた島だった。

 

 大きさはネルソン要塞よりも一回り程小さい円形の島であり、その南側の一部に、ネルソン要塞の北側の一部が重なっていた。そのため、航空写真や人工衛星から見下ろすと、北に火山、南にネルソン要塞があるアラビア数字の【8】の字にも似た形になっていた。

 

 いま、那智たち独機隊が居るのは、その重なっている部分、十八本のレグの内、一本が聳え立ち、頭上にデッキが拡がるその真下だった。

 

 波打ち際は溶岩が冷えて固まったゴツゴツとした岩場であり、火山島特有の硫黄の匂いが立ち込めている。

 

「この世で無いなら」と、千歳が辺りを見渡しながら言った。「ここはきっと、地獄でしょうね」

 

 岩肌の海岸は、朽ち果てた兵器の残骸が幾つもの山を成して拡がっていた。過去のネルソン要塞奪還作戦で投入された上陸兵力の成れの果てだった。

 

 何百という上陸用舟艇、水陸両用戦車、そして何千という人型二足歩行兵器(全長2.5メートルの歩兵用パワードスーツ)が、この場所に上陸し、占拠しようとし、そして火山の中腹にそびえるレグから要塞内に侵攻しようとして――失敗したのだ。

 

 まさしく、ここはかつて地獄と化した古戦場だった。そして今、ここに新たな残骸が加わっていた。

 

 一隻の潜水艦が、艦首を岩場に乗り上げる形で座礁していた。

 

 単に乗り上げているだけでなく、横にも大きく傾いている。きっと微妙なバランスで持ち応えているのだろう、打ち寄せる波に船体はグラグラと揺れていたが、やがてゴロリンと重い音を立てながら完全に横倒しになってしまった。

 

 その真横になった上部ハッチから、一人の少女がごろごろと転がり出てくる。

 

「あいったたた~」

 

「イヨ、無事か?」

 

 那智の手を借りながら伊14が立ち上がる。

 

「バラストタンクに穴が開いてたみたいでさ、トリムバランスが崩れて倒れちゃったみたい」

 

「ポンプは起動できなかったのか」

 

「駄目だった。そもそも燃料タンクに海水が混入しちゃってて機関そのものが動かせない。バッテリーも消耗しきったから、この船体ももうお終いだよ」

 

「そうか。滿汐になれば離岸できると思ったが、諦める他に無さそうだな」

 

 那智、隼鷹、千歳の船体は、ここにたどり着くまでの海戦で既に失われていた。

 

 まったく、ひどい戦いだった。と、那智は思い返す。

 

 

 

 

 

 

 酒の勢いと場の雰囲気に流されるままに出港してしまい、挙句にその翌日は四人全員が見事に酔いつぶれて爆睡してしまい、ハッと気が付いたときには既に出港してから丸二日間が経過していた。

 

 その間、艦隊は事前にプログラムされていた作戦計画に従い、ネルソン要塞へ向けて全力全速で航行を続けており、その甲斐あって封鎖海域まであとわずかという位置まで到達していた。

 

 こりゃまずい、と那智たちは慌てて自動操縦を解除しようとしたが、作戦立案者であるコウメイはこうなることを予測していたのだろう、参謀本部の戦略AIからの最優先命令という形で自動航行プラグラムを強制インストールさせており、艦娘であっても自分の船体を勝手にコントロールできないようになっていた。

 

 そんなバカな話があるか、と那智がサポートAIを問い詰めたところ、

 

『戦闘配備状態で参謀本部とリアルタイムコンバットリンクを実施したなら、解除できます』

 

 とのことだった。

 

 つまり敵とエンカウントするまで強制進軍させられるわけだ。

 

 完全に嵌められた、と那智は悟った。あの女だ。顔に傷持つ女。名は聞かなかったが、酔いが醒めた頭で冷静に考えれば、あの女の正体は見当がつく。

 

 統幕作戦部長の野木 魔鈴だ。山賊の二つ名は、那智もうわさで耳にしたことがあった。奴もコウメイの仲間だったのか、と今更後悔したところでもう手遅れだった。

 

 こうなれば、ネルソン要塞でも深海棲艦でもどちらでもいいから、敵と遭遇したところで適当に戦って、撤退するだけの損耗を受けてお茶を濁すしかない。

 

 RCLを起動するという条件がある以上、戦わずに逃げるという選択肢はなかった。現場の状況はリアルタイムで参謀本部に送られてしまうので、敵前逃亡はすぐにバレる。例えジャミング下に置かれて通信不能でも、そのジャミングが解かれた瞬間に記録が全て送信されてしまうので結果は同じだった。

 

「だったらさ」と隼鷹が提案した。「味方同士でずっとジャミングをかけ合えば、RCLを起動してもバレなくね?」

 

 しかし、彼女のサポートAIはそれをあっさり否定した。

 

『ネルソン要塞の兵器か、深海棲艦を発見したというデータが入力されない限り、ただRCLを起動しても自動航行プログラムは解除されません』

 

「ちょっと待てよ、じゃあデータに無い新型とか、海賊とかに襲われた場合はどうなるんだよ」

 

『その時は状況を誤魔化すことなく、正直にRCLで報告すればいいだけです。正当な理由ならば、参謀本部も解除を許可するでしょう』

 

「奇襲を受けた場合は? その新型に不意を突かれてジャミングを仕掛けられたらどうするんだ」

 

『その時は自動プログラムは解除できません。為すすべもなくやられるしかありません』

 

「欠陥プログラムじゃねーか!」

 

『そうです、このプログラムは欠陥だらけです。ですから早くRCLを起動し、参謀本部に貴女方の酔いが醒めたことを報告して、解除の許可をもらってください』

 

「・・・それができれば苦労はしないんだよなぁ」

 

 参謀本部に対して自分たちは正気だと報告したなら、後は任務を遂行するしかなくなってしまう。

 

 ならば狂気のフリでもしようかと思ったが、それだと自動航行プログラムは解除されず、そのままネルソン要塞に放り込まれそうな気がした。

 

 コウメイにとっては、とりあえずネルソン相手にぶつかってくれればそれでいいのだ。中身の艦娘が正気かどうかなんてどうでもいいのだろう。

 

「あのさ」と伊14。「私は潜水艦だからRCLを積んでないんだけど、この場合、どうしたら解除されるの?」

 

 そう、潜水艦は海中での隠密行動を主にするため、RCLは搭載されていない。

 

 その問いに、彼女のサポートAIが答えた。

 

『短波通信で水上艦艇とリンクしていますので、他の艦艇が解除されたなら自動的に解除されます。しかし通信範囲が狭いため、あまり離れすぎると通信できなくなりますので注意してください』

 

「離れるなって言われても、自分で操艦できないんじゃ、どうしようもないじゃん」

 

「打つ手なしね」

 

 千歳は艦橋で、二日酔いで痛む頭を抱えた。迎え酒が欲しいわ。そう思い、船内に積み込んでいる自慢のコレクションを思い浮かべた。

 

 独機隊の四人とも無類の酒好きだが、その中でも千歳はコレクター気質だった。世界各地の様々な酒を収めたコンテナが、艦載機用の格納庫の一画を堂々と占拠していた。

 

 その大事なコレクションの最高級の一本を飲もうかしら。なんて考えていたところに、深海棲艦出現の報告がもたらされた。

 

 各艦のサポートAIが言った。

 

『監視衛星からの情報です。本艦隊の50海里先に深海棲艦らしき不明目標を発見したとのこと。これより索敵機を発艦し、確認を実施します』

 

 自動航行プログラムに索敵プログラムも含まれていたらしい。隼鷹から無人索敵機が一機、スクランブル発進し、高空へと舞い上がって行った。

 

 那智がしめしめと笑った。

 

「封鎖海域前に遭遇するとは我々は運がいいぞ。いいか、みんな。できるだけ戦闘を長引かせるんだ。全力で苦戦して、燃料と弾薬を目いっぱい消耗しよう。これ以上、任務を遂行できないくらいにな」

 

「これで敵がイ級一匹とかで無けりゃね」隼鷹はボヤキながら、索敵機から届いた情報を確認した。「――索敵機より“敵艦、見ゆ”。・・・はぁ」

 

 ため息混じりの隼鷹に、千歳が聞いた。

 

「その分じゃ、期待外れってことかしら」

 

「雷巡チ級が一隻、ポツンと佇んでいるだけだ。まわりにゃなんも居ないし、通商航路からも、アタシらの航路からも大きく離れてる。無視したって構わない相手だ。戦闘になったところで対艦ミサイルを五発撃てば終わる雑魚さ」

 

「やるだけ無駄か。・・・いや、待て。こんな噂を聞いたことないか?」

 

「どんな?」

 

「“不死身のチ級”だ。深海棲艦の中で、どうしても一隻だけ攻撃が当たらない奴が居ると聞いたことがある。最近じゃ“人喰い雷巡”とも呼ばれているらしいが」

 

「そんなの、射撃がヘタクソな連中がでっち上げた責任逃れの方便だろ。実在するわけないじゃん」

 

「いや、実在する。アイツがそうだ。今決めた」

 

「なんだ、それ・・・なぁるほど」

 

 那智の意図を汲み、隼鷹はにんまりと笑った。

 

「ねえ、どういうこと?」

 

 と伊14。

 

 それには千歳が代わりに答えた。

 

「私たちで噂を真実にしてあげるのよ。うふふっ」

 

「ああ、そういうこと。んふふ~、みんな悪党だね」

 

「全艦、戦闘配置だ。相手は噂の“人喰い雷巡”だぞ。簡単に倒せる相手じゃない。覚悟を決めろ。サポートAI、RCL起動、第9643独立機動隊はこれより深海棲艦と交戦する。送れ」

 

『RCL起動、状況及び方針を送信しました。――参謀本部戦略AIから返信、交戦を認める。自動航行プログラムが解除されました』

 

「よし。隼鷹は攻撃隊により全力攻撃を行なえ。手を抜くなよ、一撃で仕留めろ。いいな、一撃だぞ。一撃だぞ」

 

 大事なことなので三回言った。もちろん、隼鷹はその意図を正確に理解した。

 

「了解。噂の雷巡だろうが何だろうが、アタシが一撃で木っ端みじんにしてやんよぉ。攻撃機隊、全機発艦!」

 

 隼鷹の飛行甲板にゼロ改攻撃機隊がずらりと並び、次々と発艦していく。

 

「ヒャッハー、汚物は消毒だぁぁ!」

 

 三下の悪役みたいなセリフを吐きつつ、隼鷹攻撃隊がチ級めがけて対艦ミサイルを発射した。

 

 三、二、一・・・弾着。

 

 索敵機から報告。目標は健在。ミサイルは全弾、紙一重で外れたとのこと。

 

 流石は隼鷹だ、いい腕をしている。と、那智は感心しつつ、表面上は大げさに驚いて見せた。

 

「そんなバカな。すべてよけられたなんて、あいつはいったい、なにものなんだぁ~」

 

「これは」千歳も深刻そうにうなずく。「おそるべきあいてだわ。うわさは、ほんとうかもしれないわね。もっと、しんちょうにいきましょう」

 

「うんうん、そうだね」と、伊14。「へたにしかけず、じっくりようすをみようよ。・・・できれば一週間ぐらい」

 

 それは流石に無理があるなぁ。と那智は、伊14に突っ込もうとした。

 

 引っ張っても三日ぐらいが限度だろう。そう言おうとしたとき、隼鷹がシリアスな声で言った。

 

「いや、もう一度全力攻撃だ。那智、第二次攻撃をリコメンドする」

 

「は? ちょっと待て隼鷹、いきなり飛ばし過ぎだ。もっとこう、じわじわとだな――」

 

「頼む、那智、もう一度やらせてくれ。・・・アイツ、マジでヤバい奴かも知れない」

 

「マジでって・・・まさか」

 

 那智は、隼鷹が演技でそう言っている訳ではないと悟った。

 

 隼鷹が唾を飲み込みながら言った。

 

「マジなんだよ。アイツを攻撃機越しに見た瞬間、なんかこう、ヤバいと思ったんだ。マジで殺らないと駄目な奴だって。だから、全弾ぶち込んだんだ。・・・ぶち込んだはずだった!」

 

 なのに、避けられた。

 

 迎撃する素振りも、対ミサイル欺瞞措置を講じた形跡さえもなく、まったく理解不能な現象が起きていた。

 

 これは演技をしている場合ではない、と那智は意識を切り替えた。嘘から出た真とはこのことか。

 

「千歳、艦攻部隊を発艦させろ。隼鷹隊と同時攻撃だ。手を抜くな。振りじゃないからな!」

 

 最後に言わなくてもいい事を言ってしまったが、しかし言わずにはいられなかった。だって、ここまではっきり言わないと本気出してくれない連中だし。

 

 ついでに行動でも本気だと示すために、重巡洋艦の特徴でもあるECMを発動、ハードとソフトの両面で敵を殺しにかかる。

 

 千歳のゼロ改部隊が発艦、隼鷹隊と合流し、攻撃位置に着く。

 

「イヨ、お前は潜航し、ソーナーで目標を監視しろ。奴が攻撃の瞬間にどう動くか、しっかり耳を澄まして聞き逃すな」

 

「了解」

 

「こちら隼鷹、第二次攻撃準備よし」

 

「こちら千歳、同じく準備よし」

 

「撃て!」

 

 戦艦クラスさえも軽く轟沈できるほどの対艦ミサイルが、チ級めがけ殺到する。

 

 伊14が報告。

 

「目標、移動を開始。こちらへ向かって30ノットで航行中――」ミサイルが弾着する。「――目標の航走音が消失!」

 

「やったか?」

 

「違うよっ、着弾前に消えた。・・・航走音を再度探知! 目標は健在!」

 

「やっぱりだ」隼鷹が唸るように言った。「アイツは無傷だ。マジで不死身なのかよ」

 

「噂は真実だった、という訳か」那智は言った。「こいつはネルソン要塞以上に厄介な相手かも知れないぞ。要塞は逃げないが、こいつはどこにでも移動する。優先順位を変更すべきだ。――参謀本部、任務の変更、このチ級の監視をリコメンドする」

 

 RCLを通じて状況は常に参謀本部へ送信されている。那智のリコメンドを受けて、本部から回答が来た。

 

『リコメンドを認めます。ネルソン要塞偵察作戦は一時中止、9643独機隊は現海域にてチ級の警戒監視に当たれ』

 

 淡々とした物言いに、しかしどこか悔しさを滲ませた女の声だった。

 

 ボイスオンリーの通信だが、同時に文字出力されるチャットの記録上には【作戦担当・紫吹 香名】と表記されていた。

 

 コウメイだ。

 

 せっかく立案した作戦が始まる前に中断を余儀なくされ、さぞかし悔しい思いをしているだろう。と那智は推測したが、しかしそれを小気味よく思う余裕は無かった。

 

 このチ級の正体を見極めるまでは片時も気を休めることは出来ない。

 

 もし潜航されたなら、海流沿いに延々とこのチ級を捜索しつづける羽目になる。それはいつ終わるとも知れない先の見えない任務だった。

 

 那智はため息を吐きたいのをこらえながら、隼鷹と千歳に航空隊の収容を命じた。

 

「隼鷹と、千歳、そして私の三人で交代で索敵機を出して監視を継続する。イヨは引き続きパッシブソーナーで音紋の記録を続けろ。いいな」

 

「こちら隼鷹、了解」

 

「千歳、了解」

 

「・・・」

 

 伊14からの返事が無い。

 

「イヨ、復唱しろ」

 

「・・・」

 

「おい」

 

 それでも返事が無い伊14に、那智が声を荒げかけた、その時、

 

「ソーナー探知! 艦隊後方30海里に航走音が多数出現!」

 

 伊14の意外な報告に、那智は一瞬呆気にとられたが、すぐに隼鷹と千歳に空中哨戒を命じた。

 

「イヨの言う通りだ」隼鷹が、未着艦だったゼロ改の一機で索敵させた結果を報告した。「拙いぜ、深海棲艦の大艦隊だ。戦艦ル級4隻、重巡リ級4隻、空母ヲ級3隻、軽空母ヌ級2隻、その他軽巡、駆逐多数。いずれも針路をこちらにむけて航行中!」

 

 さらに、千歳からも

 

「空母各艦から艦載機発艦中」

 

 との報告。

 

「対空戦闘用意!」

 

 那智、隼鷹、千歳は全速前進。伊14は急速潜航。しかし後方の敵艦隊との距離はわずか30海里(約56キロメートル)しかない。航空機を含む艦隊戦を行うには、もう目と鼻の先と言ってもよかった。

 

 事実、望遠カメラを水平線に向ければ、背の高いル級たちの影がちらほらと見えていた。

 

 影が見えているということは、妨害電波も届くという事だった。

 

 那智はECMとECCMを仕掛けたが、戦艦4隻による同時ECMには対抗できなかった。独機隊のレーダーが真っ白に染め上げられ、沈黙する。

 

 強力なジャミングに互いの通信さえもままならなくなった状況で、空に沸き立つ雲霞のような艦載機の大群が迫ってくる。

 

 隼鷹と千歳は無人機部隊を再編制して立ち向かわせたが、多勢に無勢で、その数を次々と減らしていった。

 

 敵艦載機が頭上に達し、爆弾の雨を降らせてくる中、独機隊は必死で逃げた。

 

 逃げたと言っても、それはネルソン要塞の方向に向かってだった。他に逃げ道は無い。しかもその方向には、例のチ級が子馬鹿にしたように悠然と佇んでいた。

 

「邪魔だ、退けえっ!」

 

 那智はチ級めがけ主砲を斉射。既に外すような距離でも無いはずなのに、乱立する水柱の中からチ級は平然と現れ、そして――

 

――那智たちに向かって、ニンマリと不気味な笑みを浮かべて見せたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、よくぞ生き残ったものだ。と那智は火山島の海岸を眺めまわしながら思った。

 

 ネルソンに向かって逃げたのは、そこしかなかったのもあるが、あわよくばネルソン要塞の防衛システムと深海棲艦が戦い合い、その混乱に乗じて逃げ切れるかもしれないと思ったからだ。

 

 その目論見は半分程度は当たった。

 

 ネルソン要塞最強の兵器“大鉄塊”を戦闘に引きずり込み、さらによくわからない海賊船まで乱入したおかげで、かろうじて火山島に漂着することはできた。

 

 しかし、問題はここからだ。

 

 最後まで残っていた伊14の船体も使い物にならなくなってしまった以上、ここから脱出するには別の船を手に入れる必要がある。

 

「そんな都合のいい船、どこにあるんだよ」

 

 隼鷹の問いに、那智は答えた。

 

「探せばどこかにあるだろう。幸い、この島には過去の戦闘で残された兵器が大量にある」

 

「兵器ねえ。どうみてもガラクタにしか思えないけどな。ボートひとつだってまともに動きそうにないぜ」

 

「そうでもない」

 

 那智は打ち捨てられていたパワードスーツの一体に近寄り、中を覗き込んだ。

 

 上半身のハッチが開きっぱなしになっており、操縦席は無人だったが、そこに小銃とサバイバルキットが残されていた。

 

 那智は小銃を手に取り、薬室を開いて作動確認を行う。

 

「使えそう?」と、千歳。

 

「イタリア製のCRX2000モデルだ。強化プラスチックと特殊ポリマー樹脂で構成されているから何年たっても錆びることが無い。弾もある」

 

「銃を使ってどうするの?」と伊14。

 

「探検するには武器が必要だろう。ネルソンは武装工廠であり造船施設もある。うまくいけば新品の軍艦が手に入るかもしれん」

 

「やれやれ、地獄めぐりか」

 

 隼鷹も別のパワードスーツから小銃を拾い上げた。千歳と伊14も武器を手にする。

 

「行くぞ」

 

 那智が促して移動を開始しようとしたとき、

 

「おーい、だったら俺も仲間に入れてくれないか」

 

 どこか緊張感のない声が投げかけられ、那智は咄嗟に小銃を構えた。

 

「動くな!」

 

 声がした方に振り向き、銃口を向ける。

 

 そこに居たのは、一人の男だった。うずたかく積まれた残骸の山の一つに立って、こちらを見下ろしている。

 

 ジャケットにジーンズというラフな格好だが、右腰のホルスターに大型のリボルバー拳銃が収められていた。

 

「両手を上げろ、その銃に手を触れようとした瞬間に撃つ」

 

「おっかないお姉ちゃんだね」

 

 男は素直に両手を高く上げた。しかしその仕草には余裕が感じられた。

 

「何者だ?」

 

「俺はマンバ、海賊マンバだ。聞き覚えあるだろう」

 

「海賊? あぁ、あのイカれた海賊船、あれはお前の物だったのか」

 

 大鉄塊と共に散々戦場を引っ掻き回したあげく沈んでいったから、てっきり死んだと思っていた。

 

「思い出したなら、その銃を降ろしちゃくれないか。一時は共闘した仲だろう?」

 

「共闘だと? そういえばそんなことを無線でわめいていたな。悪いがジャミングが酷くて聞き取れなかった。返答した覚えも無いので、共闘は無効だ」

 

「嘘つけ、絶対聞こえていただろ。めいっぱい盾にしてくれたくせによく言うぜ。俺がいなかったら、あんたらみんな死んでたところだ」

 

 マンバの言葉を無視して、那智は銃を構えたまま訊いた。

 

「海賊風情がこんなところに何の用だ。お宝でも探しに来たのか」

 

「あれば頂いていくがね。メインはそっちじゃなくて、海賊船の修理さ」

 

「修理だと」

 

「俺の船、ミュータントタートル号っていうんだが、見ての通り特注品でね。この要塞ぐらいでしかまともに修理できそうにないんだ。だから、乗っ取りに来た」

 

「この要塞を乗っ取るとか、正気か、お前」

 

 那智は呆れるあまり銃口を降ろしそうになった。

 

 この途方もなく巨大で、しかも大鉄塊のような圧倒的戦力を前にして、それでもあっけらかんと「乗っ取る」などと口にしたこのマンバという海賊は、とてつもなく不敵な男か、それともバカかのどちらかだ。

 

 もし不敵なのだとしたら、それ相応の戦力を持っているはずだ。例えばそう、あのイカれた海賊船だ。

 

 そこらの戦艦よりも巨大で、そして強力な武装を擁していた。なにしろあの深海棲艦の戦艦・重巡の複数同時ECMをいとも簡単にぶち破ってみせたのだ。

 

 それだけでもとんでもない能力だが、そこからの大暴れも凄かった。正直、大鉄塊が海賊船も含めて無差別攻撃をしなければ、海賊船だけでも深海棲艦を全滅させていたかもしれない。それほど強力な船だった。

 

 その船をマンバがまだ持っているというのなら、この島からの脱出もまだ目があるかもしれない。

 

「マンバ、お前の自慢の海賊船はどうした」

 

「あ~、あれね」マンバは苦笑しながら目を逸らした。「大鉄塊にやられてバラバラにされちまった挙句に、ネルソン要塞に拿捕されちまってなあ」

 

「・・・ただのバカだったか」

 

「なんかよくわからんが、酷い言われようだ。現状はあんたらだって同じじゃないか。だったら、俺と手を組んでも損は無いと思うぜ」

 

「断る」

 

「何でよ?」

 

「お前は胡散臭い」

 

「ははっ、そうか、なら仕方ない」

 

 マンバは不敵に笑って、ホルスターから銃を引き抜いた。

 

 まさに目にも留まらぬ早撃ちだった。銃声が聞こえるまで、那智たちは誰一人、マンバが銃を抜いたことさえ認識できなかった。

 

 撃たれた。そう悟った瞬間、那智は引き金を引いた。

 

 小銃は問題なく作動し、乾いた発砲音と共に銃弾が撃ち込まれたが、その時すでにマンバは瓦礫の山の反対側に身をひるがえして隠れてしまっていた。

 

 那智はすぐに追いかけようとしたが、

 

「那智、後ろだ!」

 

 隼鷹の声に、那智は振り返りざまに、そこに見えたモノに向けて発砲した。

 

 背後の瓦礫の影から姿を現したのは、ボロボロのマントを纏った兵士だった。その兵士の腕と一体化した銃身が那智に向けられていたが、それが火を噴くよりも早く、那智の銃弾がその兵士を撃ち倒す。

 

 ネルソン要塞の防衛システムの一つ、人造兵士だ。那智が倒した人造兵士のすぐそばに、既にもう一体が倒れていた。

 

 マンバの仕業だ、と那智は気づいた。

 

 奴が突然発砲したのは、那智との交渉が決裂したからではなく、出現した人造兵士を倒すためだったのだ。

 

 しかし出現した人造兵士はその二体だけではなかった。

 

 島の奥、火山の中腹あたりに聳え立つネルソン要塞のレグの方向から、人造兵士の大部隊が次から次へと駆け寄ってくるのが見えた。

 

 人造兵士は生体部品とコンピューター、そして兵器を組み合わせたロボット歩兵だ。正確に言えばサイボーグだが、その頭部に埋め込まれたコンピュータは自律行動を可能にするほど高度ではなく、主にネルソン要塞からの遠隔操作で動かされている。

 

 人造兵士の腕や肩と一体化している銃やロケット砲が火を噴き、那智たちのすぐ近くで小規模な爆発が次々と起きた。

 

「こっちだ、走れ!」

 

 那智の指示により、彼女たちは遮蔽物めがけ走り出す。その遮蔽物とは、マンバが隠れた残骸の山だった。

 

 しかし四人がその裏側に回り込んだとき。マンバの姿はそこには無かった。彼は既に、さらに離れた場所の、横転した兵員輸送車の影に移動していた。

 

 那智たちは残骸の山を盾にして銃撃戦を繰り広げた。接近してきた数体の人造兵士を倒したが、手持ちの弾薬もあっという間に撃ち尽くしてしまった。

 

 人造兵士は続々と押し寄せてくる。機関銃の一斉射とロケット弾が残骸の山に着弾し、四人は頭をひっこめた。

 

「誰か、弾は無いか!?」

 

「アタシも空っぽだ」

 

「ゼロです」

 

「ないない」

 

「あるぜ、ほらよ」

 

 声と共に弾倉が飛んできた。マンバだ。

 

 彼の隠れている兵員輸送車にはまだ弾薬が残されていたらしい。次々と放り投げられてくる弾倉を受け取り、那智たちは戦闘を再開した。

 

 さらに数体を撃ち倒したが、それでも敵は怯むことなく肉薄してくる。当然だ、人造兵士に恐怖を感じる生体脳は無い。ただの操り人形、消耗品だ。

 

 遮蔽物に身を隠そうともせずに突進してくる人造兵士を撃つのは容易だが、たった四人の小銃と、そして海賊ひとりの拳銃では、数十体もの人造兵士の勢いを押しとどめることは出来ず、ついに残り十数メートルの距離まで迫られてしまった。

 

 このままでは、身を隠している残骸の山を乗り越えられてしまう。四人がそう思ったとき、突如としてまるで雷鳴のような閃光と轟音が響き渡った。

 

 至近距離で爆発が起きたのかと思い、四人は咄嗟にその場に伏せたが、奇妙なことに爆風や破片などは襲ってこなかった。

 

 そのかわり銃声が止み、そして辺り一帯にイオンの匂いが立ち込めていた。

 

「攻撃が止んだ?」

 

 那智は伏せていた顔をあげ、慎重に敵の様子をうかがった。

 

 人造兵士たちは全滅していた。

 

 しかし、ばらばらに破壊された訳ではなかった。外見にほとんど傷も無いまま、糸の切れた操り人形のように地面に倒れ伏していた。

 

 閃光と、イオンの匂い、これはEMP弾による電磁パルス攻撃だと、那智は気づいた。

 

 マンバの方を見ると、彼は盾にしていた兵員輸送車から姿を現し、右手にリボルバーを下げたまま葉巻を咥えていた。

 

 その左手の指先には、まるで手品のように火が灯り、それで葉巻に火をつけている。

 

「マンバ、今のはお前の仕業か?」

 

「感謝しろよ。四発しかない貴重品の一発を使ってやったんだ」

 

「EMP弾だな。しかし拳銃で撃てるサイズじゃないはずだ。ハンドキャノンでも隠し持っているのか」

 

 訊きながらも、その銃口はマンバに油断なく向けていた。他の三人も、周囲を警戒しながら、那智とマンバのやりとりに耳を傾けている。

 

「手持ちの武器はこれだけさ」

 

 マンバはそう言って、右手の拳銃を放ってよこした。

 

 銃で狙われているにもかかわらず手持ちの武器をあっさり投げ捨てたマンバに対し、那智は咄嗟に後ずさった。

 

 もしかしたら拳銃そのものが爆弾になっているのかもしれない。そう警戒してのことだったが、そんなことは無さそうだった。

 

 那智は銃をマンバに向けたまま、慎重にリボルバーを拾い上げた。

 

 象でも殺せそうな大口径リボルバーだ。しかしEMP弾とは規格が合わない。回転弾倉の中身は、先の戦闘で撃ち尽くしたのだろう、空薬きょうしかなかった。

 

「拳銃を手放したのは投降の証・・・という訳でも無さそうだな。EMP弾をどうやって撃った?」

 

「そりゃ奥の手ってやつでね。種を明かしてほしけりゃ、俺の頼みを聞いちゃくれないか」

 

 葉巻をくゆらせながら、不敵な態度を崩さないマンバ。

 

 左手だ。と那智は見当をつけた。あれは義手だ。指先のライターだけでなく、もっと強力な武器が仕込まれているに違いない。

 

 それに、先の早撃ちを見ても、この男が海賊船に頼るだけの半端な海賊ではないのは確かだ。

 

「あんたら、俺に借りがあると思うんだが、どうかな?」

 

「・・・お前の狙いは何だ。海賊船の修理だけじゃないはずだ」

 

「俺の相棒が船に取り残されたままなんだ・・・」マンバの口調が、初めてシリアスになった。「・・・彼女を助けたい。そのために力を貸してほしい」

 

 隼鷹がヒューと口笛を吹いた。

 

「囚われのお姫様を助け出そうってのか。いいねぇ、海賊らしい冒険譚じゃないか。アタシは好きだよ、そういうの」

 

「ありがとよ。うまくいきゃ船も取り返せる。そしたら、ここからもおさらば出来るぜ」

 

「お前の海賊船はバラバラにされたんじゃなかったのか」と、那智。

 

「壊れた、とは言ってないぜ。ミュータントタートル号は四つに分離できるんだ。緊急避難的に分離して逃げようとしたんだが、全部捕まってな。俺だけ生身でここに流れ着いたってことだ」

 

「貴方、他にお仲間は?」

 

 そう訊いたのは、千歳だ。マンバは答えた。

 

「彼女一人だけだ。レディって呼んでいる。本名は知らん。記憶喪失の艦娘だった」

 

「へえ、元艦娘の海賊かぁ」伊14が目を輝かせた。「面白そう。ちょっと興味出てきたな。私、会ってみたいかも。ねえ、那智さん」

 

 手を組んでも良いかも。仲間三人がそういう雰囲気になっているのを那智は感じていた。

 

 那智自身、まぁいいかな、という気に実はなりつつある。

 

 しかし、とりあえずこれだけはハッキリさせておかねばなるまい。

 

「マンバ、私たちの目的は、生存とこの島からの脱出だ。お前の海賊船以外の脱出手段が見つかった場合、我々はそちらを優先する。この条件でいいなら手を貸そう」

 

「世知辛いこと言うねえ。一緒にお姫様を助けてヒーローになろうぜ。楽しいぜ?」

 

「趣味や道楽で戦争をやるつもりは無い。私は給料以上の仕事はしない主義なんだ。明日が給料日だ。意地でも生還して金を受け取り、ついでに我々をここに送り込んだ上官をぶん殴ってから、慰謝料をしこたまふんだくってやらなくちゃいけない」

 

「怖い女だな、あんた。殴るのと慰謝料の請求は、順番が逆の方がいいと思うんだが。金を受け取る前にクビにされるぞ」

 

「その時は銃を突き付けて脅し取るまでだ」

 

「まるで海賊だ」マンバは呆れたように煙を吹き出した。「俺よりも海賊的だよ、あんた。思った以上に頼りになりそうだ。オーケー、そっちの条件を呑もう。・・・そういえば、まだ名を聞いていなかったな」

 

「んふふ~、伊14だよ。イヨって呼んでいーよ」

 

「千歳です。よろしくお願いしますね」

 

「ヒャッハー、隼鷹でーす」

 

「重巡、那智だ」リボルバーを投げ返す。「レディとやらの居場所は、見当がついているのか」

 

 マンバはリボルバーを受け取りながら頷いた。

 

「ああ、俺の船はネルソン要塞の西側のドックに回収されたところまでは確認済みだ。レディもそこにいるだろう」

 

「ドックなら他の船もあるかもしれないな。よし、行こう」

 

 五人は周囲から弾薬を拾い集めると、火山の中腹にあるレグへ向けて歩き出した。

 

 レグと言っても、巨大ビルと言っても差し支えない太さがある。

 

 太陽は既に沈み、夜の闇が支配するその島にあって、レグは不気味な塔と化して頭上のもうひとつの大地と繋がっていた。

 

 それはあまりにも巨大すぎて、数分歩いた程度では、まったく近づいた気がしなかった。

 

 それにいつまた人造兵士の襲撃があるかもしれず、その警戒をしながらの歩みだったので、進みは遅かった。

 

 暗闇の中、残骸を避け、時には乗り越えつつ進むなか、それでも数キロほど歩いたころ、不意に、眩い一条の光が、辺りを薙ぎ払うかのように横切った。

 

「サーチライトだ!」

 

 五人は光から逃れ、近くの瓦礫に身を潜めた。

 

「どこからだ?」

 

 那智は光源に目を向け、そして、絶句した。

 

 サーチライトの主は、海上に居た。それは火山島のすぐそばまで迫り、100メートル以上もの大きさの巨体から見下ろすように幾筋ものサーチライトを島に投げかけていた。

 

 大鉄塊だった。

 

 全長150メートル、文字通り鉄の塊が、深海棲艦と同じように海上に浮き、執拗に那智たちを探していた。

 

 島中を舐めまわすように動いていたサーチライトの筋が、やがて一か所に集約された。それは那智たち五人が潜んでいる場所だった。

 

 大鉄塊の位置からは完全に影になって見えていないはずだが、それでもその探査能力をごまかすことは出来なかったようだ。

 

 大鉄塊の球状のボディから突き出したいくつもの砲身の一つが動き、那智たちに狙いを定めた。

 

 このままではやられる。

 

「マンバ、EMP弾だ!」

 

「無理だ、あいつに通用するようなら初めからやっている。――撃ってくるぞ、とにかく走れ、そこのクレーターだ!」

 

 十数メートル先に過去の爆撃によってできたと思われる深いくぼみがあった。

 

 五人がそこめがけ走り出したのとほぼ同時に、大鉄塊が発砲した。

 

 ついさっきまで隠れ潜んでいた瓦礫が、跡形もなく吹き飛んだ。間一髪、くぼみに伏せた五人の頭上を、凄まじい爆風が衝撃波となって飛びぬけていく。

 

 土砂と破片が辺り一面に舞い上がる中、五人はすぐさま立ち上がり走り出す。

 

 マンバが叫ぶ。

 

「レグだ、あそこに近づけば大鉄塊も迂闊には撃ってこれないはずだ。レグを目指せ!」

 

 大鉄塊から雨のような銃撃が降り注いだ。

 

 しかし、幸い遮蔽物だけは幾らでもあった。五人は散開し、めいめい瓦礫や残骸を盾にしたり、爆撃跡に飛び込みながら、必死にそれをかわす。

 

 那智はとある多脚歩行戦車の影に隠れた。

 

 そこに隼鷹も飛び込んでくる。

 

「ひゃー、命がいくつあっても足りやしないよ。人間相手に大鉄塊を持ち出すなんて、ネルソンも大人げないぜ!」

 

「過去の戦いで上陸戦力が全滅した理由が分かった。こういうことだったんだな」

 

「なあ、この戦車使えそうだぜ」

 

「無理だろう、動く訳が無い」

 

「これゼンマイ式だ。昔、投入された珍兵器のひとつだぜ」

 

「まさか」

 

 多脚歩行戦車の装甲の一部がはがれ、エンジンルームに当たる部分が露出していた。大鉄塊からのサーチライトが横切り、一瞬、その内部構造が露わになる。

 

 確かにゼンマイ式だった。歯車の一つにバールのようなモノが挟まっており、それで動きが止まっているようだ。

 

「本当だ。噂には聞いていたが、まさか実在したとはな」

 

「那智、物は試しだ、抜いてみようぜ」

 

 抜いてどうなるというアテも無いが、何もしないよりかはマシだった。

 

 二人でバールに手をかけ、力を籠める。

 

 バールはスポンという音を立ててあっさり抜け、二人は勢い余って尻餅をついた。

 

 次の瞬間、ゼンマイ戦車は歯車をすさまじい勢いで回転させ、その身をぶるぶると震わせながら勢いよく大鉄塊へ向けて走り出した。

 

 大鉄塊のサーチライトが、突然動き出したゼンマイ戦車に集まる。

 

「囮にはなったな。よし逃げるぞ」

 

 二人がレグめがけ走り出した背後で、ゼンマイ戦車は大鉄塊からの集中砲火を浴びてあっさりと爆発した。

 

 ただ、それはただの爆発では無かった。

 

 ゼンマイ戦車は、そもそも敵地へ自力で潜入する自走爆弾として作られたものだった。

 

 そしてその車体に搭載されていたのは、強力な磁器濃縮型爆弾――爆発の衝撃によって強力な電磁パルスを発する爆薬発電機、つまりEMP爆弾を搭載していた。

 

 

 個人携行用のEMP弾よりも遥かに強力なそれは、頭上を覆うデッキにも届きそうなほどの青い火柱と、稲妻が大地をのた打ち回るかのような放電現象を生じせしめ、そして大鉄塊の対電磁防壁さえも防ぎきれないほどの電磁パルスを放出した。

 

 もし、この電磁パルスの放出が360度無差別に放たれていたなら、那智たち五人の命は無かっただろう。

 

 しかし幸いなことに、それはある程度、戦車の前方側に指向されるようになっていた。そのため、戦車とは反対方向に位置していた五人はかろうじて生き延びることが出来た。

 

 だがそれでも、EMP爆発の衝撃は凄まじく、五人は意識を失い、倒れ伏した。

 

 蒼い火柱と放電現象が収まったあと、そこに大鉄塊の姿は無かった。想定外の攻撃を受けて撤退したのだ。

 

 火山島には再び暗闇と静寂が戻った。

 

 そのまま数時間が経過し、東の空から朝陽が姿を現し、島とデッキに挟まれたその世界が再び赤く染まった。

 

 

 

 

 

 

 朝の散歩は、ポーラの日課の一つだった。

 

 この島で暮らし始めてから二年、毎日特に何が起こる訳でも無い単調な日々を過ごす中での、数少ない楽しみの一つでもあった。

 

 朝と晩、島に残る残骸をあさり、役に立ちそうなものや、面白そうなものがあれば拾って帰る。

 

 もっとも役に立つものは滅多になかった。面白そうなものは幾らでもあったが。

 

 特にゼンマイ戦車はポーラのお気に入りだった。過去の戦いで多用されたEMP攻撃で、大半の兵器が使い物にならなくなっている中、この玩具だけはネジを撒けばいくらでも動いてくれので、暇つぶしの遊びにはもってこいだった。

 

 

 その戦車を止めておいた場所に、昨晩、大鉄塊が来た。

 

 しかも機嫌が悪かったのかいきなり砲撃まで始めて、しまいにはなにやら大爆発まで引き起こして、そのまま去って行ってしまった。

 

「ぶ~、大鉄塊さんも、遊んでほしければ素直にそう言えばいいのに」

 

 よいしょ、よいしょと海岸に向けて斜面を登りながら、ポーラは愚痴をこぼす。

 

「遊びましょ~って言っても、い~つも、私を無視するくせに、おもちゃばっかり壊していくんだからぁ。ほんと、お子様なんだからね~。よいしょっと」

 

 海岸が見下ろせる丘の上に立ち、ポーラは昨日の破壊の跡を眺めまわした。

 

「あ~、ゼンマイちゃん3号、やっぱり壊されてる~。くすん。はぁ、“泣く子と大鉄塊には勝てません。飲むしかないです”ってイタリアのことわざの通りですね。しかたないです。帰って飲むとしますぅ~」

 

 と、踵を返して去ろうとしたとき、

 

「ほへ?」

 

 彼女は眼下にあるものを見つけて足を止めた。

 

 それは、瓦礫に腰を落ち着けて葉巻をくゆらす一人の男の姿だった。

 

「わ~、生きてる人とか初めてみました~。――お~い、お~い」

 

 ポーラの呼びかけに、男――マンバは振り向き、目を丸くした。

 

「こいつは驚いた。俺たち以外に生き残りがいたのか」

 

「えへへ~、私もびっくりですよ~」ポーラが駆け寄ってきて、笑顔を向けた。「ねえねえ、おじさん、どこからきたんですかぁ」

 

「ああ、俺は――」

 

「なに咥えているんですか、おいしいんですか、その拳銃おっきいですね、さわってもいいですか」

 

「おい、ダメだって、触っちゃ危ない」

 

「あ、私、ポーラって言います。なんにでも挑戦したいお年頃なんです。だから触らしてくれてもいいでしょ~、ね~」

 

「ポーラね、はいはい。わかったから、落ち着け、そして俺の話を聞け」

 

「聞いたら、おもちゃ、くれますか」

 

「おもちゃじゃない。あげもしない。でもまぁ、触るくらいなら構わないが」

 

「えへへ~、やった。じゃあ、聞きま~す」

 

 ぺたんこと座ったポーラを前に、マンバはやれやれと頭をかいた。

 

 いったいなんだ、この子は。

 

 過去の上陸部隊の生き残りにはとても見えない。もしかしたら那智の仲間かも知れないが、それにしてはあまりにも雰囲気が違い過ぎる。彼女たちは無頼な兵士だが、この子はまるで・・・

 

・・・まるで、子供だ。

 

「いや、それにしちゃ身体の発育がケシカランな」

 

「はい~? ケシカランって、なんですか?」

 

 小首をかしげながら見上げるポーラ。やれやれ、可愛いなおい。マンバは苦笑しながら、言った。

 

「先ずは自己紹介だ。俺はマンバ、海賊マンバ」

 

「海賊さん! かっこいいです~」

 

「ありがとよ。で、君は一体、誰なんだ」

 

「ポーラは、ポーラです~」

 

「ファミリーネームは? 家族は? どこから来た?」

 

「ん~、どこからっていうと~」なぜか最後の質問から答えようとするポーラ。「来たのは~、イタリアからですかね~。二年位前です~」

 

「二年前と言えば欧州海軍による最後の奪還作戦が行われた時だ。という事は、やっぱりその時の生き残りか?」

 

「ん~、そうかも知れません~。よく覚えてないですけど」

 

「覚えてない? 記憶喪失か?」

 

「さぁ~。あ、でもでも、家族は覚えてますよ~。ザラ姉さまでしょ、フィウメ姉さまでしょ、それから妹のゴリツィアの四隻姉妹です~」

 

「そうかい」

 

「だからポーラはですねぇ、これでもお姉さんなんですよ」

 

「ああ、そうかい」

 

 この分じゃ、他の姉妹はさぞかし手を焼いていたことだろう。と、思ったところで、彼女の発言に違和感を覚えた。

 

「四隻姉妹?」

 

「そうですよ~、だからポーラのファミリーネームって、たぶん、これでしょうね~」

 

 えへえへ、と気の抜けた笑みを浮かべながら、ポーラは名乗った。

 

「ザラ級巡洋艦の三番艦、ポーラです~。装甲と防御重視の優れた重巡さんなんです~。水上戦闘にもちゃんと出撃したんですよ~。でも~、大鉄塊には勝てません~・・・・・・飲むしかないです」

 

 艦娘ポーラはそう言って、ポケットからスキットルを取り出してごくごくと飲み始めた。

 

「あ、マンバさんも飲みますか」

 

「あ、ああ。いただくよ」

 

「じゃあ代わりに、その咥えてるの下さい」

 

 銃じゃなくていいのか、と訊こうと思ったが、興味が気まぐれに移り変わったのだろう。

 

 まあ、銃よりも危険は少ないと思って、咥えていた葉巻を渡してやった。葉巻は火をつけるのもコツがいるから、渡すならその方が良いのだ。

 

 ポーラは素直にそれを受け取り、スキットルと交換した。

 

 マンバはスキットルから一口飲もうとしたが、強い消毒薬のような匂いに思わずむせかえった。これは酒じゃない、エタノールそのものだ。

 

「おい!」

 

「うげっほ、げっほ」ポーラもまた涙目でむせ返っていた。「うぇ~、まずぅいぃ~。ポーラ、これ嫌いです」

 

「俺もエタノールは飲みたかねえよ。お前、本当に人間か?」

 

「さぁ?」

 

「さぁってなぁ・・・まあ、いい。ポーラ。二年もここで生き延びているっていうなら、隠れ家があるんだろう。手を貸してくれないか」

 

「それって、おうちに遊びに来てくれるってことですか。わぁ~い、お客さんです~、やった」

 

 ささ、いきましょ~と、立ち上がって手を引こうとするポーラ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。まだ他に仲間がいるんだ。たぶん、その辺りでまだノビているはずだ。彼女たちも助けてやってほしい」

 

「わぁ、まだ他にも居るんですか。もちろんですよ~。えへへ、みんなでお友達になりましょ~」

 

 間延びした口調とは裏腹に、ポーラは機敏な足取りで瓦礫と残骸に満ちた古戦場を、那智たちを探すために走り始めた。

 

 本当にこの子は何者なのか。艦娘というにも異様すぎる。マンバは彼女の後姿を追いながら、それでも、まあ、悪い子では無さそうだ、とそれだけは確信をもって思った。

 

「居た居た、マンバさ~ん、見つけましたよ~。こっち、こっちで~す」

 

 那智たちを見つけ手を振るポーラに向かって走りながら、

 

 この先、この島で何が起こり、そして他にどんなものと出会うのか、まるで予想がつかないが、少なくとも退屈だけは絶対にしないだろうと、

 

 そう思い、マンバは口元を緩めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回予告

 謎の艦娘ポーラを仲間に加えた酔いどれヴァルキリーズは、いよいよネルソン要塞へと進入する。

 そこに立ち塞がる大鉄塊、そして不穏に蠢く深海棲艦の影。

 深海棲艦の目的が明らかになったとき、ネルソンは意外な手段に打って出る。

次回「第四話・余の名はネルソン、文句あるか!」

「余計なものを呼び込みおって、この酔っ払いどもが(#`皿´) 」

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