酷い頭痛で、那智は目覚めた。頭にバケツを被って四方八方からガンガン叩かれているような感じだった。
これは昨晩は飲み過ぎてしまったようだ。やっぱり安酒は悪酔いが酷い。飲むなら良い酒に限る。
そういえば秘蔵の達磨はどこに仕舞ったかな。たしか艦橋のキャビネットに入れっぱなしだったはずだが、
あ、そういえば肝心の船体ごと海底に沈められてしまったんだった。とようやく思い出して、那智はハッとなって身を起こした。
そうだ、自分は酔いつぶれて倒れた訳でなく、あの火山島の古戦場で大鉄塊から逃げ回っている最中に、ゼンマイ戦車の爆発に巻き込まれたのだった。
慌てて周囲を見渡した那智だったが、そこはあの古戦場では無く、見覚えのない場所だった。
島の中央部に目を向ければそこには例の火山が見え、そして空の三分の一を覆うようなネルソン要塞のデッキも見えた。
残りの三分の二は青空だ。太陽も見える。その位置関係からして、おそらく火山島の東側に当たる場所だろう、と那智は見当をつけた。
那智が居る場所は、海のすぐそばの、コンクリート舗装された開けた場所だった。
目の前の海は入り江になっており、三方を低い山で囲まれ、その湾内に、一隻の軍艦が泊まっていた。
「重巡? どこの艦だ?」
見たことのないタイプだ。
全長はざっと180メートルほど。煙突と艦橋が一体化した大型船首楼を備え、前甲板に20cm連装砲を二基、後部側にも二基装備している。
ここまでは割とオーソドックスな形状だが、特異な点が一点あった。
前甲板の主砲の前方に、艦首に向かってカタパルトが伸びており、そこに艦載機が一機、搭載されていたのだ。
普通、軽巡級以上の艦艇は艦載機を搭載しているが、その位置は概ね中部から後部側が世界的なスタンダードだ。
そうではなく、あえて前方に艦載機を搭載した特徴的な艦艇を擁する海軍と言えば、那智が知る限り一か国だけだった。
「イタリア海軍か」
見たところ船体のあちこちの塗装も剥げており、かなりの長期間、この入り江に放置されているようだ。
たしか二年前に欧州海軍がここに攻め入ったらしいから、きっとその時に放置されたものだろう、と那智は判断した。
那智は船体から目を離し、再び自分のいる場所を眺め渡す。
入り江に面した船着き場のような場所だ。地面には毛布が敷かれ、那智はそこに寝かされていたのだ。
そのすぐ近くには他にも何枚か毛布があり、ボロボロのクッションのようなものや、椅子や机代わりに使っていると思わしき大小さまざまな箱、そしてよくわからないガラクタがあちこちに散らばっていた。
明らかに、何者かがここに集め、そしてそれなりの期間、拠点としているような印象を受けた。きっと自分は古戦場で倒れた後、その何者かによってここに運び込まれたのだろう。
しかし、今はここに那智しかいない。他の仲間の姿も無い。
と、思ったところに、
「あ~、起きたんですねぇ~」
横合いから間延びした声をかけられ、那智は咄嗟に身構えた。右手が無意識に武器を求めて彷徨ったが、手の届く範囲に銃は無かった。
視線を向けた先には、ひとりの少女が居た。えへえへ、と無邪気な笑みを浮かべながらこちらへ向けて歩み寄ってくる。
その傍らには、マンバも居た。
「この子は敵じゃない。気絶した俺たちを助けてくれたんだ。あんたらと同じ艦娘だよ」
「艦娘?」
「イタ~リア~の方から来ました、ポーラで~す」
「そうなのか。日本海軍、妙高型重巡2番艦の那智だ。助けてくれて礼を言う。しかし、今回の偵察作戦に欧州海軍まで参加していたとは知らなかったな」
「この子が来たのは二年前らしいぜ」
マンバの説明に、那智は耳を疑った。
「本当か? じゃあ、あの船体はこの子のものか。二年間もこんなところでどうやって生き延びてきたんだ?」
「なぜかネルソン要塞の防衛システムから無視されているらしい。人造兵士もここには来ないし、余所で出くわしても素通り、ちょっかいだしても無反応で、まるで透明人間のような扱いだとさ」
「そぉ~なんですよぉ。だから、ポーラは皆さんと出会えて、ものすごく、ものすご~く、うれしいんですよ~」
ポーラは喜色満面の笑みで那智の手を取り、ぶんぶんと上下に振った。
のんきな奴だなぁ、と那智は思う。いや、能天気か。
それに彼女、妙にすーっとした甘い匂いがする。それはこの火山島に立ち込める硫黄の匂いとは明らかに違う、清涼感のある、というか、そう、これはあれだ。
消毒用アルコールの匂いだ。
まあ、それはともかくとして。
那智は、マンバが平たい箱を持っていることに気づいた。
「それは?」
「ああ、食糧だ。ポーラと一緒に取りに行ってたんだ。食えると思うよ、多分」
「多分?」
マンバが箱を開くと、そこには白くて丸い生地が入っていた。まるで具が乗っていないピザ生地のようだ。端の一部が千切り取られた様に欠けていた。
「食べてみたのか?」
「味もにおいも無い、ただのグルテン生地のようなシロモノだ。適当な具とトマトソースとチーズとオリーブオイルがあれば立派なピザになるぜ」
「過去に上陸した部隊のレーションか。いや、そんなデカい箱に入っているはずが無いし、レーションでももっとマシなものがあるだろう。どこから拾ってきた?」
「あそこで~す」
ポーラが指さした先、少し離れた場所に小さなコンクリート製の掩体壕があった。
近くへ寄って見てみると、入り口は大きく、内部はちょっとした倉庫になっていた。そこに平箱が大量に積み重なっている。
奥の床に四角い穴がぽっかりと開いている。
そこからモーターの駆動音が聞こえてきたかと思うと、平箱を積んだ床がせりあがってきた。
どうやらエレベーターのようだ。
地下から運ばれてきた平箱は、天井の移動式クレーンによって、他の平箱と同じように積み上げられた。
那智は手近な箱を開けてみた。中身はやはり具の無いピザ生地だった。
「なんだこれ」
「ポーラ曰く、人造兵士用のレーションだそうだ」
「あんなロボットみたいな連中でも、物を喰うのか。意外だな」
「有機ロボットだからな。腕や体の一部に武器がくっついている以外は、ほぼ生身だ。遺伝子改良されたクローンさ。DNAは人間とゴリラくらい違うらしいが」
「人造兵士はゴリラだったのか」
「比喩だよ。武器や装備品を外せば、素体は人間そっくりだ。ま、外見なんざいくらでも変更可能だろうがな」
二人で話していると、背後からモーターの駆動音が聞こえてきた。振り返ると、それは無人の小型トラックだった。武装は無い。
無人トラックは那智たちを無視して倉庫内に入ると、クレーンによって大量のピザ箱を荷台に積み込み、またどこかへ走り去ってしまった。
「人造兵士の待機場所へ運んでいるんだ。人造兵士自体はここにこないらしい。なんでわざわざ別にしてるのかは謎だがな」
これ以上考えてもしょうがないので、那智たちは新たな箱と、ついでに真水タンクもあったので、サバイバルキットからもってきた水筒に水を補給して、ポーラのねぐらへと引き返した。
他の三人――隼鷹、千歳、伊14はどうしているのかと訊くと、入り江に浮いている重巡の調査に出かけているとのことだった。
入り江に浮かぶ重巡の船体には「POLA」と刻まれていた。
完全に浮かんでいる訳ではなく、船首が浅い海底に着底していた。おそらく、この入り江に突っ込んで座礁したのだろう。その状態で船体を固定するために船首から錨が下ろされていた。
千歳は、着底したせいでわずかに傾いだ艦橋のウィングで、そこに備え付けてあった高倍率望遠鏡を使ってネルソン要塞の方角を眺めていた。
ウィングの高さからなら、入り江を囲む低い丘陵を超えて20キロメートルくらい遠くまで見渡すことが出来る。
入り江は火山島の東側に位置しており、そこからネルソン要塞の東側のレグが見えた。一辺が1キロメートル近くもある四角柱のレグが、円周上にいくつも建ち並んでいる。
レグはただの柱ではなく、それ自体に船着き場や工場を持つ複合ビルのような存在だ。ネルソン要塞が年々高度を上げていくのも、レグ自体が内部の工場で部品を生産し、自ら増築しているからである。
千歳はレグの海面付近にある船着き場を望遠鏡で観察しながら、どこかに使えそうな船は無いかと探していた。
と、その目が見覚えのある船体を見つけた。
軽空母だ。レグに空いたトンネルのような空間の船着き場に、前半分を突っ込むようにして座礁している。
その外見はアイランド(艦橋)の無い平甲板型であり、飛行甲板は迷彩柄に塗装されている。
うん、間違いない。あれは私の船体だわ。
「み~つけた」
うふふ、と思わず笑みがこぼれる。
機関をやられて漂流状態に陥ってしまったため、やむなく放棄したが、どうにか沈むことなくレグに引っかかったようだ。
格納庫の酒コレクションコンテナが海の藻屑にならなくてよかったわ。
と胸をなでおろし、さてどうやって回収しようかしら。と、思案しているところに、艦橋に隼鷹が姿を現した。
「船体の確認、終わったぜ~」
「どうだったの?」
「アタシの方は良いニュースと、悪いニュースがある。千歳の方はどうだい?」
「ネルソン要塞の東側レグの一つに私の船体が座礁しているのを見つけたわ。機関が死んでいるから再起動は無理だけど、中のコレクションはきっと無事よ」
「そいつは良いニュースだ。千歳のコレクションは世界の宝だぜ。なんとか持ち帰りたいよなぁ」
「できそう?」
「この船体の機関はまだ生きてるよ。燃料タンクにもエタノールがたんまり残ってた。船体の傷についてはイヨに潜って確認してもらったけど、破口とかは無いみたいだ。多分、バラストタンクをワザと満杯にして艦首トリムにして自沈したんだな」
「あの子、ポーラちゃんはどうしてそんな真似をしたのかしら?」
「さぁな、本人も覚えていないと言うんだからしょうがないさ。ここから逃げる気もなさそうだったしな。とりあえず排水ポンプさえ起動できるなら、こいつはまた浮上して出港できるよ」
「じゃあ悪いニュースというのは?」
「サポートAIがウンともスンとも言わないんだ。スパコンに物理ダメージは見当たらないから、システムエラーかもしれない」
「ポーラちゃん以外だと起動しないようになっているのかも知れないわね」
「本人はそれさえも分からないって言ってるからなぁ。まあ、最低限のシステムくらいは起動できそうだから、みんなで手分けすりゃなんとかなりそうだよ」
艦娘艦艇はワンマンコントロールが基本だが、それはサポートAIが艦艇の各システムを統合的に運用してこそ可能であり、そのサポートが受けられない場合、各システムを人間の手で手分けして操作する必要があった。
要は通常艦艇と同じである。
千歳が少し考えて、言った。
「私がレーダーや各センサーを担当、那智さんが操艦、隼鷹さんとイヨちゃんで機関制御、これでなんとかなるかしら」
「ポーラは操艦方法さえ忘れてそうだしなぁ」
「海賊さんはどうしようかしら」
「景気づけに歌でも唄わせるか。ヨーホーヨーホーってな。冗談だよ。武器システムの解析でも頼もう。あのバカみたいな海賊船を動かしていたんだ。システムチェックぐらいできるだろ」
「そうね」
二人で相談していると、下の方から「お~い」と呼びかける声が聞こえてきた。
ウィングから下を覗き込むと、海面に伊14が立って二人を見上げていた。
「んっふふ~。獲ったど~」
右手にはお手製の銛、左手にはそれで突き獲った魚が何匹も索に通されて吊るされていた。
「流石はイヨちゃん、大漁ね。素晴らしいわ」
「んふふ~、もっと褒めてもいいよ」
隼鷹が口元のよだれを拭った。
「なあ、新鮮な魚は刺身でどうだい?」
「獲れたては身が硬くて刺身には不向きよ。衛生面も考えたら焼くのが一番だわ」
「塩焼きにしてかぶりつくか。いいねぇ。これで一杯やれるなら最高なんだけどなぁ」
「ワンカップで良ければ、あるわよ」
「マジかっ!?」
千歳は、まるで手品のようにどこからともなく180mlカップの日本酒を二瓶、取り出した。
「死ぬときは、せめて最後に一口飲んでからと思ってね。でもコレクションも無事みたいですし、景気づけにみんなで飲みましょう」
「その姿勢、アタシも見習いたいぜ。皮肉じゃないぜ、本気」
イヒヒ、と笑って隼鷹は再び口元のよだれを手で拭った。
二人で艦橋から降り、海面の伊14と合流する。伊14にワンカップを見せると、彼女も歓声を上げた。
「さっすが、千歳の姉貴! 好き、もう大好き、一生ついて行っちゃう♪」
三人で海を歩き、岸壁へ戻ると、那智とマンバ、そしてポーラが待っていた。
「お、那智じゃん。無事に目が覚めたんだな。よかったよかった」
「悪いな、寝過ごした。先に色々と調べてたらしいな。手伝えなくてすまなかった」
「いいって、気にすんな。それよりさ」
隼鷹は、これまでに判明したことを告げた。
那智、マンバ、ポーラの三人はそれを興味深く聴いていたが、千歳のコレクションの存在と、そしてワンカップがあることを知ると、那智とマンバは揃って相好を崩した。
「最高の補給物資だ。なんとしても回収したいものだな」
那智の言葉に、マンバも同意した。
「腹が減っては戦は出来ぬ、だ。イヨちゃんが獲ってきてくれた魚と、千歳ちゃんの酒をありがたくいただきながら作戦会議といこうじゃないか」
マンバはサバイバルキットから発熱キューブを取り出すと、左手の指を鳴らしてその指先に火を灯し、キューブを炙った。
キューブはじわじわとオレンジ色に染まりながら熱を発し始める。マンバはそれを、近くに転がっていた穴の開いたヘルメットを逆さにしてその中に放り込んだ。
火も煙も出さない固形燃料の一種だ。ヘルメットの周りに串を指した魚を並べ、キューブの高熱で焼く。
魚が焼けるまでの間、例の人造兵士用レーション――具の無いピザ生地を皆で食べたが、評価は「食えなくはないけど無味無臭」で一致した。
隼鷹がピザ生地をもぐもぐやりながら言った。
「食えねえって訳じゃないけどさぁ、味が無さ過ぎて厚紙かなにかを噛んでるようだぜ。それとも、人造兵士の味覚なら美味いって感じるのかな」
「感じないと思うわよ」と千歳。「あれは身体はともかく、知性的には自我の無いロボットだもの。きっと味覚という概念も無いわよ。それよりポーラちゃん。あなた、ずっとこれを食べて生きてきたの?」
「ポーラ、食べるの好きですよ~、もぐもぐ、お腹膨れると~、幸せな気持ちになれるんです~、まぐまぐ」
ポーラの頓珍漢な答えを聞いて、周りの五人はそれぞれ互いに顔を見合わせた。どうも会話がかみ合わない。
困惑する五人を余所に、ポーラはスキットルを取り出した。
「食べるのも好きですけど~、お酒飲むと、も~っと気持ちよくなれます。皆さんも飲みましょ~」
スキットルに口をつけ、きゅっと一口飲むと、それを隣に座る伊14に差し出した。
「ん、くれるの? ありがと、んじゃ遠慮なく」
「あ、おい、それ」
中身を知るマンバが止める間もなく、伊14はスキットルを受け取り、躊躇なく口をつけた。
「ぶへぇっ!?」
案の定、伊14は一口含んだ途端、それを盛大に噴き出した。辺り一面にエタノールの匂いが漂う。
「あ~、もったいない~」
「いや、ちょっと待ってよ、これお酒じゃないじゃん!? エタノールじゃん!? 船の燃料だよ!?」
「そうですけど~?」
それがなにか? と言いたげに、コテンと首を傾げるポーラ。
隼鷹が呆れて声を上げた。
「アタシもアルコールと名が付きゃなんでも飲むくらい酒好きだけどさ、流石にあれは飲まねえよ? 身体壊すぞ。ほら、こんな危ないモノは没収だ」
「没収!? わ~ダメです~」
隼鷹が伊14からスキットルを受け取ろうとするのを、ポーラが横から取り返した。
「こらポーラ、それをよこしな。って、なんで逃げるんだよ」
「だってジュンヨー=サン、これ捨てる気でしょ~。駄目ですよ~、そんなことはさせません」
「お前の命に関わるんだっての!」
「まあまあ隼鷹さん、落ち着いて」
と、千歳が止めた。そして彼女はポーラに、にこやかな笑みを向けて言った。
「ねえポーラちゃん。せっかく本物のお酒があるんですもの。こっちを飲みましょう?」
そう言ってワンカップの蓋を開けた。
芳醇な香り沸き立つように辺りに拡がり、蓋を開けた当人である千歳を含めて、その場に居た全員が同時に喉を鳴らした。
「うはぁ」
ポーラが目を輝かせてカップを覗き込んだ。
「すっごくいい香りがします~。こんなの初めてです。これ、なんですか、なんですか~?」
「日本酒よ」
「ニーホンシュ? 飲んでもいいですか~?」
「先ずは一口だけね。一口だけよ」
千歳は念を押しつつカップを手渡した。
ポーラは、くぴっと一口舐めた。
瞬間、ポーラの顔が引き締まり、これまで見たことも無い真剣な表情になった――と見えたのもやっぱり一瞬で、すぐにまた、ふにゃあ、と顔が緩んだ。
「うはぁ~、おいひぃ、おいひ~れすね。ぽーら、こんなおいひいおしゃけのんだの、はじめてれす~」
ろれつが回っていないのは酔ったというより、表情筋が緩み過ぎたせいか。ポーラはそのままもう一口。
今度は一息にカップの半分近くまで飲まれてしまい、周りで見守っていた五人が悲鳴を上げた。
「おいおいおい、ちょい待ちなって」
マンバが慌てて駆け寄り、その手からカップを取り上げた。
「うぇ~、けち~」
「あのな、こいつは貴重品なんだ。独り占めはよくない。いいね?」
「うぅ~」
ポーラはしぶしぶ頷いたものの、その上目遣いの大きな瞳が、ちょーだい、ちょーだいと物欲しげに訴えていた。
(こいつめ)
あざといくらい可愛いな。マンバは思わずカップを差し出したくなる衝動に襲われた。それをぐっと堪える。
ポーラは子供ではないが、その容姿、振る舞いに保護欲を掻き立てる異様なナニかがある。
そう、異様なのだ。
冷静に考えれば、彼女の素性から、ここで二年も生き延びてきた事実に至るまで何もかもが異様なのだが、彼女を前にすると、それに対する疑念や警戒感が薄れてしまうのだ。
もちろんマンバにも情はある。
しかし海賊として生きてきた中で、その情を武器に利用したこともある。逆に、情に訴えかけられ利用されたことは数知れずだ。
だからマンバは警戒した。この子は無自覚に情を武器にできる。やっかいだ。
その証拠に、あの無頼な那智たち四人組もポーラの態度に怒るどころか、むしろ慰める側に回ってしまっている。
「ほらポーラ」と隼鷹「それより魚焼けたぞ。こっち食えよ」
隼鷹が差し出した串に刺さった魚をポーラはしぶしぶ受け取った。くんくんと匂いをかぐ。
「これも美味しそうな匂いがします~」
あーん、と大口を開けてかぶりつこうとしたところで、その動きが止まった。
「どうした?」
隼鷹の問いに、ポーラが眉をハの字に寄せて答えた。
「これ、どうやって食べたらいいんですか?」
「は?」
隼鷹の目が思わず点になった。
「そんなの、このままかぶりつきゃいいんだよ」
言いながら、隼鷹も自分用の魚を手に取り、その背側に豪快にかぶりついた。
「うん、いける。やっぱ背肉は脂が乗って美味いな」
「私は腹だな」と那智。「ワタの苦みが、酒に合うんだ」
言いながら彼女もかぶりつく。
伊14も魚を頬張りながら、
「千歳の姉貴、もうひとつのカップも開けちゃっていいでしょ。ね、ね」
「はい、どうぞ」
渡されたカップを早速ちびり。
「んぁーっ、沁みるぅ、沁みわたるぅ!」
「イヨ、次はアタシ、アタシの番だからな・・・んぐっ、ぷはっ! いいねぇ、たまんないねぇっ!」
魚と酒に舌鼓を打つ他の面々を余所に、ポーラはまだ魚を口にしていなかった。
隼鷹の真似をして背中から口にしようとすると背びれに阻まれて上手くいかず、那智のように腹からいこうとすれば、そのふにょっとした感触に思わず口を離してしまう。
じゃあ頭から、と思ったら魚と目が合ってしまって、怖い。
「うぇ~ん、食べられませ~ん」
その様子にマンバは呆れた。どこのお嬢さんだよ。まるでレディみたいだ。と、思わず相棒の面影を重ねてしまう。
「やれやれ、しゃあないね。ほれ、そいつを貸しな」
俺も甘いな、と自嘲しつつ、マンバはポーラから魚を受け取り、その身をほぐして、例のピザ生地の上に乗せて包んだ。
「ほら、これなら食べやすいだろ」
「ぐら~ちぇ、です」
はぐっと大口を開けて、もぐもぐ。
ポーラの垂れ目がちな大きな瞳が、きらきらと輝いた。
「もいじ~! もいひぃれす!」
「喋るのは飲みこんでからだ。いいな?」
ポーラがぶんぶんと首を振りながら、ごっくん。
「ニホンシュー、ニホンシュー」
「へいへい、わかってるな、一口だけだぞ」
千歳と同じ警告を繰り返しつつカップを手渡すと、ポーラはそれをちびちびっと舐めた。
「ん~、ニーホンシュは、うぇへはふふ、このPesceとよく合って、ほんとにおいひぃ~」
うんうん、それは良かったね。とマンバは相槌を打ちつつ、ポーラの手からカップを取り上げて自分も一口飲んだ。
安酒の味だ。だが戦場を掻い潜って極限状態に置かれた身体にとっては極上の名酒にも匹敵した。
もう一口飲みたいのを我慢して、隣の那智に渡す。
那智も一口、口に含んで、舌の上で転がすようにして味わいながら飲み下した。彼女の口から、思わず長い息が漏れる。
「生き返るようだ。百薬に勝るな」
「酒は詩を釣ると言うぜ。リラックスしたところで、お姫様を救う騎士の英雄譚でも語り合わないか?」
マンバの言葉に、ポーラが目を輝かせた。
「お姫様、それってポーラのことですか~。ポーラ、救われちゃうんですか~」
「この子ってば、なかなか都合のいい頭してるねぇ」マンバは苦笑した。「俺の相棒・レディがネルソン要塞に捕まっているんだ。彼女を助けたい。ポーラ、君の力が必要なんだ。協力してくれないか」
「うぇへへへ、面白そう。いいですよ~」
「待て、マンバ」那智が割って入った。「自分に都合よく話を進めてこの子を巻き込むな。ポーラも簡単に請け合うんじゃない」
「え~、でもぉ、人助けなんでしょ~?」
「そうだそうだ、ポーラ、もっと言ってやれ」
「黙れ、マンバ。この海賊め。手を組む時の条件“お前の海賊船以外の脱出手段が見つかったら、そちらを優先する”という言葉を忘れたとは言わせないぞ」
やれやれ、覚えていたか。と、マンバは頭をかいて引き下がろうとした。
けれどポーラは違った。
「ポーラは、お助けしたいです~」
「ここから脱出するだけでも命がけなんだぞ。なのにこれ以上の危険を冒すつもりか」
「え? ポーラ、この島から出ていくんですか?」
きょとんとした顔で、自分の顔を指さすポーラ。
「当然だろう、何を言っているんだ」
「ポーラのおうちは、ここですよ」
ここ、ここ、と今度は足元を指さす。
「イタリアに帰る気は無いのか。家族が待っているんじゃないのか」
「イッタ~リア~って言われても、よくわかりません」
「そういや記憶喪失だったな」
「かも知れません~。でも家族はね~、覚えているんですよ~。ザラ姉さまとぉ、フィウメ姉さまとぉ、ゴリツィア~。・・・・・・みんな、ここで沈んじゃいましたけどね」
あはは、とポーラは笑った。
が、その気の抜けた顔が急にゆがんだかと思うと、その瞳からぽろぽろと涙が零れだした。
「・・・みんな、みんな沈んじゃいました。ポーラ、独りぼっちです。どこにも帰るところ無いんです。だから、だから――」
こみ上げてきたものが堪え切れなくなり、ポーラはびえええんと泣き出した。
こんな能天気な子でも、実戦を経験した艦娘なのだ。その心に深い傷を負っていることを知り、那智たち四人に同情の色が浮かんだ。
「よしよし、泣かないで」
千歳が慰めつつ飲みかけのワンカップを渡すと、ポーラはグイッと煽って残らず飲み干した。
伊14が「ずるい」と声を上げそうになり、隼鷹が「まあまあ」と押しとどめる。
ポーラ、ひっく、ひっくとまだしゃくりあげているものの、少し落ち着く。
「ヒック・・・からだあつくなってきましたぁ。服が邪魔ぁ」
何の脈絡も、躊躇いも無く上着を脱ぎ始めたポーラに、五人全員が目を丸くした。慌ててみんなでそれを押しとどめる。
「ああん、もう、なぁんで止めるのぉ。ポーラ、暑いのぉ」
「だからって脱ぐんじゃない」
マンバは上着のはだけられた胸元を閉じ合わせた。なかなか豊満な胸部装甲に思わず唾を飲み込む。
「あのな、脱ぐときはTPOをわきまえるものだぜ」
「てぃぴぃお~?」
「夜にベッドでふたりきりって意味だよ」
がつん、と後頭部を那智に殴られた。
「どさくさに紛れて変なことを吹き込むんじゃない。このセクハラ海賊め」
「心外だね。下心があるなら脱ぐのを止めやしないぜ」
「じゃあなぜ止めた」
「脱がれるより、脱がせる方が趣味なんだ――いてっ」
もう一発殴られて無理やりポーラから引き離された。代わりに隼鷹がポーラの上着を直す。
「あんた、笑ったり泣いたり酔ったり脱いだり、忙しい奴だなぁ」
隼鷹にそう言われ、ポーラは赤い目のまま微笑んだ。
「ポーラは、みなさんと出会えて、とっても嬉しんです。だから、みんな一緒がいいんです。寂しいのは嫌です~」
「でもアタシたちは、ここじゃ暮らしちゃいけねえよ。もうちょっと落ち着いて酒が飲めるところがいいんだ」
「そんなところ、あるんですかぁ?」
「国に帰ればな。ポーラ、帰るところないなら、一緒に来るかい?」
「行きます、行きたいです。マンバさんと、その相棒さんも一緒ですよね」
「助けられるもんならね」
隼鷹はポーラの服を整え終えると、「どうする?」と、その目を那智に向けた。
隼鷹自身は賛成も反対も無い。それは千歳や伊14も同じだった。
(まったく、こいつらは)
那智はため息を吐いた。
彼女たちは良くも悪くも柔軟で、流動的で、場当たり的だ。こんな戦場のど真ん中で命の危険が差し迫っているのに、その場の雰囲気でお人好しな選択を取ろうとしてしまう。
だから、その判断を那智に丸投げしているのだ。
那智が「駄目だ」と一言いえば、彼女たちは何も言わずに従ってくれるだろうが・・・
・・・多分、駄目と言えない性格を見透かされている。
結局、自分もこの連中と同じなのだ。でなけりゃ飲み仲間なんぞやってない。
損な役割だなぁ、と那智は再び長いため息をついて、そして言った。
「わかった。マンバの相棒を助けて、そしてみんなで脱出しよう。これでいいな」
「わ~い、うれしいですぅ」
「ありがとな、那智」
「貸しは高くつくぞ」
「いくらでも払ってやるよ。なんなら身体で払ってもいい――ゴフッ」
マンバの鼻面にストレートを叩きこんで黙らせる。
「ねえ」と千歳。「お願いがあるんだけど。私のコレクションも回収してくれないかしら」
「チトセ=サンのニーホンシュコレクション!」ポーラの目が輝き、ついでに涎も垂れた。「あの美味しいお酒が、もっといっぱいあるんですかぁ」
「日本酒だけじゃないわよ。焼酎、ビール、ウィスキー、テキーラ、もちろんワインだって世界各地の銘柄を取り揃えてあるわ。イタリアワインもあるから、あなたにもお勧めしたいわね。故郷のお酒を飲めば、きっと何かを思い出すわよ」
「飲みます、飲みます。コレクション、絶対に回収しましょうね!」
これまでで一番気合の入った表情でポーラは頷き、千歳の手をがっつり握った。
場当たり的に目的が増えていくのもどうか。と那智は懸念を抱いたが、しかし千歳のコレクションの価値は那智も認めるところだったので、特に異は唱えなかった。美味い酒のためなら命ぐらいは張るべきだろう。
「よし、じゃあ具体的な作戦を練るぞ」と那智。「ポーラの船体を使って、先ずは千歳のコレクションを回収だ。上手くいけば千歳の船体から燃料も補充できる。それからマンバの海賊船が拿捕されていると思われる西側のドックへ行き、レディを救出。これでいいな」
レディよりも先に酒を優先するのは、単に近いからという理由でしかない。しかしマンバも別に異議は唱えなかった。
マンバは言った。
「西のドックへ行ってレディの安全が確保できたなら、俺はそのままミュータントタートル号の奪還に移る。それは俺一人でやる。その代りレディを預かってくれないか」
「無茶をする。お前が死んだらどうするんだ」
「そんときゃ、レディを娑婆に返してやってくれ。海賊にさらわれていたってことにすりゃ無罪放免でカタギに戻れるさ」
「身内には随分と甘いんだな、お前」
「情け深く義に厚い海賊として、世間でも評判だからな」
「聞いたことないな。イカレトンチキなデザインの海賊船を乗りまわしてる変人なら知っているが」
「ひどいねえ」
「はいはーい、しつもーん、いい?」
「イヨか。なんだ?」
「ポーラちゃんの船体で海を渡るのはいいけど、大鉄塊はどうするのさ。あいつ、絶対にこの近くに潜んでいるよ。見つかったら今度こそお終いだよ」
「だ~いじょ~ぶで~す」ポーラが自信満々に胸を張った。「大鉄塊さん、ポーラのこと全然相手にしてくれませんから、今度も多分、そのまんま無反応ですよ~」
「そうだな」那智も頷いた。「大鉄塊はポーラ自身だけでなく、船体も対象外にしているはずだ。でなければ、ほぼ無傷の船体を放置するはずがない」
「なるほどねぇ」
伊14も納得した。他に質問も出ず、これで方針は決まった。
六人は魚を喰いつくし、残った酒をまわし飲むと、ついに立ち上がった。
「よし、みんな行くぞ」
「「「「「おー」」」」」
那智の号令に、皆で拳を突き合わせた。
那智たちがポーラと共に船体の再起動の準備にかかっている間、マンバは周囲のガラクタから役に立ちそうなものを探し回っていた。
この先、何が待ち構えているか知れたものではない。少しでも武器になるものがあれば、と思ったが、そうそうめぼしいものは無かった。せいぜい、クライミングに使えそうなフック付きロープがあったぐらいだ。
じゃあせめて食料ぐらい多めに確保して置こうと、例のピザ生地が収められている倉庫に潜り込んだ。
中には相変わらず平箱が山積みにされており、そして奥のエレベータが新しい平箱を積んでせりあがってきた。
「・・・ふむん」
マンバは少し思案して、そのエレベータに足を踏み入れた。
ちょっとした好奇心だった。エレベータはマンバを乗せたまま、地下へと降りていく。
下降距離はせいぜい十メートルくらいだろうか。すぐに横穴が目の前に現れた。
その先は真っ暗な通路だ。
その奥から小型のフォークリフトが平箱を運んでやってきた。エレベータに平箱を降ろし、方向転換して元来た道を戻ろうとするそのフォークにマンバは飛び乗った。
背後でエレベータが上昇していくなか、マンバを乗せたフォークはそのまま通路を走る。
すぐに、広い工場のような場所に出た。
ベルトコンベアを備えた大形の機械が唸りを上げ、ピザ生地を次から次へと生産している。マンバはフォークから降りて、その機械に近づいた。
原材料は奥にあるタンクに入っている液体のようだ。いくつか露出している製造工程を観察する。
「驚いたね。海水、海藻、プランクトンを加工した合成食品か。これならほぼ無限に製造できる。これでせめてちょっとくらい味があればなぁ」
原材料は天然のくせに大自然の旨味がこれっぽっちも味わえないのはおかしい。どこかいじれば味が付くかもしらん。
と、マンバがあちこち探り始めたとき、壁に扉をみつけた。どうやら隣にもうひとつ区画があるようだ。
扉に鍵はかかっていない。開けると、そこに照明は無く、暗闇に閉ざされていた。
マンバは左腕に付けている腕時計に仕込んだライトをつけた。眩い灯りが、部屋の中を照らす。
光に浮かび上がったものを見て、マンバは息を呑んだ。
「こいつは・・・」
人造兵士だった。
長細いガラス状のカプセルに横たえられている。そのカプセルが何十台も連なって並べられていた。
マンバは拳銃を引き抜こうとしたが、すぐにグリップから手を離した。
「干からびてやがる」
人造兵士は一体残らず死んでいた。カプセルはどれも機能を停止しており、中身の人造兵士はそのままミイラと化していた。
「?」
よく観察すると、その兵士は地上で遭遇したのとは明らかに違っていた。どれも手足の一部が欠損しており、そして何の武器も、装備も身に着けていない。
ここは、人造兵士の製造工場なのだと気づいた。
しかし今は稼働していない。何らかの要因によって機能が停止し、製造途中だった人造兵士は全滅。唯一無事だったレーション製造装置のみが動いているのだろう。
更に奥へ行くと、その予想を裏付けるように、人造兵士たちが身に着けていた装備や銃器が並ぶ区画に入った。
幾つかは見たことがある。が、初めてみる武器の方が多かった。
手に持って使用する武器は少なく、ほとんどが手や足、肩や背中などに移植して、神経系にダイレクトに接続して使用することを前提とした武器だった。
使えそうなものが無いか物色するマンバの目が、ある武器を見つけて止まった。
腕に付けて使うタイプのレーザー銃だ。
生体電気を利用して高熱のレーザーを0.2秒放てる。エネルギーカプセルを使用すれば0.7秒に延長可能だ。カプセルと規格が合うなら、EMP弾も使用可能だ。
「・・・・・・」
マンバはしばらくその武器を眺めた。その右手が、おのれの左手を無意識に抑えていた。
「俺は・・・俺は・・・まさか・・・そういうことなのか?」
彼はしばらくうわ言の様に呟いていたが、やがて意を決し、何かを振り払うかのように、大きく首を横に振った。
「たとえ真実がそうであろうとも・・・俺はマンバ、海賊マンバだ!」
彼は自らにそう言い聞かせながら、そこにあったエネルギーカプセルをかき集め、その場を後にしたのだった。