ポーラが自分の船体の艦橋に足を踏み入れたことで、船体各部のシステムは起動した。
「え〜っと、あれがこうで〜、これが〜・・・ここかな? あ、動いた」
傍目から見ても、何がどうなっているのかさっぱりわからなかった。ただポーラが視線を宙に彷徨わせながら、あっちにふらふら、こっちにふらふらしているだけだ。
それでも彼女が何かをするたびに船体のシステムが起動しているので、ポーラが船体とリンクして何とかしているという事は理解できた。
しかし機関や操舵装置、レーダー、武器制御システムなどはあらかた起動したものの、それらを統合してワンマンコントロールするためのサポートAIは起動させる事はできなかった。
「やっぱり無理なのか?」
那智からの問いに、ポーラはあちらこちらをのぞきこむような仕草をしながら答えた。
「ん〜、それらしいのは何処にもいませんね〜」
「そうか。なら仕方ない。先の打ち合わせ通り手分けして動かすとしよう」
というわけで那智が操艦担当、千歳が航法ナビゲーション兼レーダー・ソーナー担当、隼鷹と伊14が機関制御担当の配置に着いた。
マンバは武器制御担当だが、その前に妖精たちを率いて前甲板に居た。降ろしてある錨を手動操作で巻き上げるためだ。
サポートAIが起動しているなら揚錨機を遠隔操作して巻き上げられるのだが、それができない事、そして肝心の妖精たちも、なんだかみんな酔っ払ったように手元やら足取りやら覚束なくて危なっかしいこと極まりないので、仕方なくマンバが現場で直接指揮しながら揚錨する事になったのだ。
錨は船体前部にある錨鎖庫から、いったん甲板上部を経由して、艦首付近の錨口から垂れ下がっている。錨を固定している器具であるストッパーやブレーキ、巻き上げ用の装置(揚錨機)はすべてこの前甲板上に集まっていた。
揚錨機には二本のレバーが付いていた。ブレーキレバーと揚降用レバーだ。マンバは先ずブレーキレバーを倒して錨の固定を解き、そして揚降用レバーを倒して錨の巻き上げを開始した。
「おーい、そこの妖精一号、そうそうお前さんだよ、こっちに来てこのレバーを持ってな。俺が合図したら戻すんだ。いいな、わかったな、う〜ん大丈夫かぁ、本当に?」
一抹の不安を覚えながらマンバは艦首付近から身を乗り出し、錨の巻き上げ状況を確認した。
「よーし、いいぞいいぞ、近錨・・・立ち錨、よし、起き錨だ!」
マンバは艦橋に向かって大きく手を振り、錨が海底から離れたことを伝えた。
艦橋では那智が、エンジンコントロールルーム(操縦室)の隼鷹に対して指示を出す。
「操縦室へ。離底完了だ、これより出港する。後進微速」
「あいよ、後進微速」隼鷹が通信機越しに復唱する。「水線下区画は今のところ異状無しだ。メンテ妖精たちの自律機能に不安が残るから、アタシがここで妖精たちの監視をするよ。伊14は機関室でタービンを監視する。こっちは全て順調」
「残燃料は持ちそうか?」
「戦闘を想定すると帰投ギリギリだな。千歳の船体から燃料を補給できりゃいいけど」
「それが無理なら、燃料タンクに酒でもぶち込むか。勿体無いができないわけじゃない。ドラム缶一本分もあれば20海里は走れる」
「嫌よ、そんなの」艦橋で千歳が反対した。「そんな事するくらいなら飲み干して死を選ぶわ」
「そーです、そーです。“我らにアルコールを、然らずんば死を〜”って、イタリアのことわざにもあった気がしま〜す」
「無いと思うがな」那智は苦笑した。「まぁ、私自身も気が進まないさ。最悪の可能性を言ってみただけだ。ーー入り江を出たな、両舷停止。左その場回頭の機械舵を使用する。取舵一杯。右前進半速、左後進半速」
船体はその場でぐるりと左へ旋回し、艦首を南東に向けた。
千歳がレーダーで現在位置と、目指すべき位置を確認し、針路を示す。
「リコメンド針路140度」
「了解。両舷停止、両舷前進強速、140度宜候」
船体がレグに向かって動き出した頃、マンバも前甲板から艦橋に戻ってきた。
「ただいま〜、っと。さて、大砲のシステムチェックの続きを始めましょうかね・・・っと」
艦橋脇のコンソールに着き、火器管制システムを起動する。
出港前までにとりあえず各主砲を個別で旋回・俯仰させることはできるようになったが、火器管制レーダーとリンクさせて自動照準させるやり方がまだ分かっていなかった。
「マンバ、進捗はどうだ 」と、那智。
「システム間のリンクはサポートAIと一体化してるみたいだ。これ以上の復旧は無理そうだな。もし戦闘となったら、火器管制レーダーが算出した方位と距離を元に、手動操作で狙いをつけて発砲するしか無い」
「まるで旧時代の戦闘だな」
「水上砲撃戦程度なら遜色ないレベルで戦って見せるぜ。俺の早撃ちの腕を信じな」
「ああ、期待している」
船体は、最初の目的地であるネルソン要塞南東側のレグに向かって時速15ノットで航行していた。
機関の調子は問題ない。レーダーにも怪しい目標は探知していない。周囲360度を映し出す監視カメラにも不審な景色は無いし、ネルソン要塞にも特段の動きは見られなかった。
千歳がそのことを報告し、そしてポツリと呟くように付け加えた。
「本当に丸ごと無視されているのね。ここまで静かだとかえって不気味だわ」
那智も頷いた。
「これまで誰も知らなかったネルソン要塞の盲点をポーラは突いているのかもしれない。もっとも、本人ですら理由が分かってないのだから、いつ攻撃されてもおかしくないがな。千歳、引き続き警戒を怠るな。特に大鉄塊に注意しろ」
「了解よ。でも、そういえば大鉄塊って、普段は何処にいるのかしら?」
「それはですね〜」とポーラ。「海の中に居るんです。でも、時々浮かび上がってきて、ごはんとか食べてます」
「ごはん? 食べてる?」
「はい〜。要塞のちょうど真ん中の真下あたりですね〜。そこで頭のハッチを開けて、砲弾や燃料を食べてるんですよ〜」
食べるとは、つまり補給のことか。と、艦橋の面々が理解したところで、千歳がソーナーコンソールに目を向けて、緊張した声を上げた
「水中からの浮上音を探知したわ! 方位右60度、距離15000!」
千歳はその方向に即座に監視カメラを向けた。多目的スクリーンにその望遠映像が映し出される。
ネルソン要塞南西側のデッキの下、凪いでのっぺりとした海面が、まるで沸騰したかのように大量の気泡が沸き立っていた。
その海面下に黒い影が拡がったかと思うと、その海面が山のように高々と盛り上がった。
現れたのは、全長150メートルもの巨大な球状のマシン。大鉄塊だった。それは全身から滝のように海水を滴らせながら、ゆっくりと移動を開始する。
「マンバ!」那智が叫んだ。「戦闘用意だ! 右対水上戦闘、撃たれる前に撃て!」
「いや、まだだ!」
落ち着いて相手をよく見ろ。とマンバに促され、那智はスクリーン上の大鉄塊をもう一度よく観察した。
大鉄塊の表面にトゲのようにびっしりと突き出ている大砲の砲身は、どれひとつとして動いてはいなかった。それに大鉄塊自身の針路も、こちらへの攻撃にしては少しおかしいように感じられる
冷静さを取り戻した那智は、千歳に、大鉄塊が何処に向かおうとしているのかを確認させた。
「大鉄塊はまっすぐ要塞中心部を目指しているわ。もしかして、ポーラちゃんが言っていた“お食事”かしら?」
これを見て、と千歳が別のカメラ映像をスクリーンに映し出す。それはネルソン要塞中心部の映像だった。
頭上のデッキから巨大なパラボラアンテナを真下に向かって突き出しており、その周囲を取り囲むように設置された幾つものクレーンが、コンテナを吊り下げていた。
那智たちが固唾を呑んで見守る中、大鉄塊は中心部真下へと到着し、その動きを止めた。
大鉄塊の上部側の装甲板が次々と展開し、そこへ頭上のクレーンがコンテナを降ろし始めた。コンテナの中身はおそらく弾薬や交換用の部品なのだろう。クレーンは降ろしたコンテナとは別のコンテナを掴んで、デッキへと戻っていた。
なるほど、確かにこれは食事と言えるかもしれない。と、那智は納得した。
「しかし、燃料を搭載している様子は見当たらないな。それにあの頭上のでかいアンテナは何だ?」
「あれが燃料ですよ〜」と、ポーラ。「あのアンテナから、すんごいエネルギーがビビビッて出てるんですよ〜」
「そうなのか?」
「そのはずで〜す」
「頼りにならんなぁ」
「きっとマイクロ波送信よ」千歳が言った。「アンテナの形状から可能性は高いわ。電力をマイクロ波ビームで大鉄塊に送信して充電させているのよ」
「ということは大鉄塊の動力源はバッテリー電池だったのか。意外だな。あれほどの巨体なのだから、てっきり核動力だと思っていた」
「あえてそうしているのかもな」とマンバ。「ネルソン要塞の最大戦力である大鉄塊を縛る首輪みたいなものだ。万が一、敵に奪われたとしても充電切れで無力化できる。それに大鉄塊の受信アンテナが真上を向いていることから、充電もネルソン要塞以外では不可能だろう。よく考えられているよ」
「まったくだ」
那智も頷き、そして「ん?」と、ある疑念を抱いた。
今こうして補給を行なっているということは、それだけ消費してきたということだ。大鉄塊がポーラよろしくその辺をフラフラとほっつき歩いていたはずも無いので、ほぼ間違いなく何処かで誰かと戦闘してきたという事だろう。
そして、現在の人類でここに攻め込もうなんて酔狂な輩はコウメイとマンバ以外にいないだろうから、消去法で言って相手は深海棲艦で間違いない。
(我々をここに追い立てた深海棲艦の艦隊が、まだうろついているのか?)
しかし大鉄塊の戦闘力なら、あの艦隊もおそらく駆逐された事だろう。
大鉄塊もこちらを完全に無視し続けているので、首尾よく目的(酒の回収とレディの救出)を果たして要塞から離れてしまえば、あとは何の障害もなく帰還できるかもしれない。
那智がそんな楽観的な考えを抱いて、少し肩の力を抜いた時だった。
大鉄塊に向けていた視線を前方に戻した時、彼女はそこに、ありえないものを見た。
目の前に島があった。
黒い、どこまでも真っ黒な小山だ。近い。このままでは衝突する。
「両舷停止、後進いっぱい、急げ!」
那智が舵を右へいっぱいに切りながら機関指示を行う。
操縦室では、隼鷹が即座にプロペラのピッチ角を逆に切り替えながら、機関室にいる伊14に通信機を通じて叫んだ。
「緊急操艦だ、衝突に備えろ!」
「うっそ、やばいやばい!?」
伊14は、慌てて上部デッキへと通じる階段に駆け寄り、その手すりにしがみついた。
喫水線下に位置する機関室は、被害を受けた際、脱出が最も困難な場所だ。おまけに閉鎖空間であるから、外で何が起きているかさっぱり分からない。
伊14にできるのは、手すりにしがみついて、いつ襲い来るか分からぬ衝撃に身を固くしながら、運を天に任せる事だけだった。
「神さま仏さまなんまんだぶなんまんだぶ、那智さん頼むようまく避けてよー!」
伊14が必死の祈りを捧げているころ、艦橋では那智が必死の形相で舵を取っていた。
目の前に突然現れた“真っ黒な小山”は、速度を落として右に避けた船体に合わせるようにすれ違いながら、“ゆっくりと立ち上がった”。
すれ違いざまに、その顔面に貼り付けられた白くのっぺりとした仮面が見えた。青く燃えるような巨大な眼球が、艦橋を覗き込むように向けられている。
その目と目が合った瞬間、那智は再び叫んだ。
「隼鷹! 両舷停止、最大戦速、急げ!」
「了解、最大戦速! ーー那智、何が起きてんだい!?」
「深海棲艦だ。・・・あのチ級だ!」
再び速力を上げた船体に対し、チ級はそのまますれ違っていくかと思われたが、急に身をよじって大きく反転し、船体のすぐ横を並走し始めた。
その砲身と一体化した右腕が、持ち上げられる。
「撃ってくるぞ、総員、衝撃にーー」
備えろ。那智がそう言い切る前に、その言葉は砲音に掻き消された。砲弾が艦橋のすぐそばをかすめ飛び、船体が衝撃波で激しく震えた。
艦橋内の誰もが死を覚悟したほどの至近距離での砲撃だったが、幸いにも命中せず、まだ生きていることにホッと息をついた、
その次の瞬間、チ級とは反対側に、水中爆発による水柱が高く上がり、船体を大きく揺さぶった。
「別方向からの砲撃だと!?」
那智が目を向けたその先、大鉄塊が、その砲身の一つから砲煙を噴いていた。
チ級が再び発砲、砲弾が艦橋をかすめ飛び、大鉄塊へと飛来する。わずかに遅れて大鉄塊も発砲、空中で両者の砲弾が衝突し、大爆発が起きる。
空中爆発の衝撃波で船体が震えたその時、その反対側でチ級が、息継ぎする間も無く立て続けに発砲を再開した。
大鉄塊も、その球体表面に突き出た多数の砲身を次々と発砲し、チ級の砲弾を全て撃ち落とす。
あたり一帯を揺るがす轟音と、巨大な爆煙が空中を覆い尽くした。
発射弾数は大鉄塊の方が多い。チ級の砲弾を撃ち落として、なお余りある砲弾がチ級めがけて飛来、その周辺を取り囲むように水柱を上げた。
ポーラの船体はその射線上に入れられていたから、たまったものではなかった。チ級への砲撃に巻き込まれる形で至近弾が頻発し、船体は木の葉のように激しく揺れた。
右手側に大鉄塊、左手側にチ級。
「マンバ!」那智が回避機動を取りながら叫ぶ。「敵は左舷、チ級だ。しっかり狙え!」
大鉄塊の攻撃対象は、あくまでチ級だ。こちらでは無い。チ級を先に倒してしまえば大鉄塊の攻撃は止むとの算段だった。
マンバはコンソールを操作し、前後部にある主砲四基八門を左舷に向けた。
が、FCSと連動していないので狙いがなかなか定まらない。まして、砲弾が雨あられと降る中で、それを避けるために右に左にと急回頭を繰り返している状況である。
「那智、狙いが定まらない。一分でいいから直進航路を取ってくれ!」
「無茶言うな、十秒だって無理だ!」
「じゃあ五十秒!」
「コンマ一秒だって負からんぞ!」
那智は取舵一杯、左へと急回頭。そのすぐ直上で、チ級の砲弾と大鉄塊の砲弾が激突し、爆発と衝撃波が船体を揺さぶる。
マンバが悪態をついた
「くそ、あのチ級め、俺たちをわざと射線上に置いてやがる。遊んでいるつもりか」
「マンバ、とにかく撃て。当たらずとも威嚇にはなる!」
「威嚇なんて効くやつじゃ無い。あいつ、とんでもない奴だ。大鉄塊をあしらってやがる。命中しない砲弾を見極めて無視しているんだ」
「あしらっているだと? そんなバカな」
砲撃の数は、明らかに大鉄塊の方が上回っていた。一見、大鉄塊がチ級を圧しているようにしか見えない。
だが、それはすぐ間違いだと証明された。
大鉄塊の表面に爆発が起きたのだ。大鉄塊の砲身の一つが、まるで百合の花のごとく開き破れていた。
その光景を目の当たりにして、那智はゾッとした。
マンバの言う通りだ。圧していたのはチ級の方だった。チ級は、大鉄塊の砲口をピンポイントで狙い撃っていたのだ。
砲身を一つ破壊された大鉄塊は、その巨体を横旋回させて、破壊箇所をチ級から見えないように隠した。砲身はまだ球体のいたるところに装備されている。一門ごときが潰れたところで、火力はほとんど変わらなかった。
しかし横旋回している間は、どうしても狙いが甘くなる。チ級に対する砲撃がわずかに緩み、結果として船体周辺への着弾も減った。
「那智、取舵一杯だ。今のうちにチ級にめいっぱい寄せてくれ!」
「承知したッ!」
那智は左急速回頭、船体をチ級に向ける。距離があって狙いを付けられないのなら、狙う必要がないくらいに近づけばいいという算段だ。
回頭終了、チ級が艦首前方、大鉄塊が後方彼方の位置関係になる。そのまま全速前進、チ級に向けて突進する。
チ級は船体を正面に見据えたまま、間合いが詰まらないように後進航行に転じた。どうやらあくまでも船体を大鉄塊との射線上に置くつもりらしい。
チ級が発砲、しかしその砲弾は船体の頭上を越え、大鉄塊へ向け飛んでいく。大鉄塊も発砲、船体のすぐ後方で空中爆発が起きる。
「俺たちはどこまでも無視かよ。舐めやがって」
マンバは前部側の主砲二基を真正面に向けた。那智が舵を切り、艦首をチ級へぴったりと合わせる。
「マンバ、撃てッ!」
「応ッ!」
主砲二基四門が立て続けに火を吹いた。チ級は真正面、5000ヤードあるかないかの距離だ。その上、100メートル以上もの巨体である。手動照準でも外しようがないーー
ーーその確信は、あっさりと崩された。
着弾直前、チ級はいきなり前進に転じた。のみならず、魚雷まで発射していた。それも十数本もの大量一斉発射だ。
だが、驚くべきことは、その直後に起きた。
チ級の姿が、消えたのだ。砲弾はそのまま、何もない空間を虚しく抜けていった。後に残ったのはーー
「ーー魚雷接近」千歳が声を上げる。「正面2000、まっすぐ近づいてくる!」
目の前には、大量の雷跡が扇上に拡がりながら迫っていた。
「那智さん、針路このまま、突っ切って下さい!」
「それで抜けられるんだな!?」
「ぶっちゃけ勘ですけどね!」
それは言わんでいい。と那智は思いつつ、でもどうせ、どこに舵を取ろうとも博打であることに変わりなし、と覚悟を決めた。
「是非もなし、だ。魚雷の間を突っ切るぞ。腹をくくって歯を食いしばれ!」
その声は通信機を通じて、操縦室の隼鷹と、それに機関室の伊14にも届いていた。
伊14は最初の緊急操艦からずっと手すりにしがみついたままだった。歯だってずっと食いしばりっぱなしだ。
着弾するたびに起きる水中爆発の衝撃と音は、機関室では腹の底に響くような重低音となって襲ってきていた。それも十分キツかったが、しかし迫り来る魚雷の音は、もっと心臓に悪かった。
シャッ、シャッ、シャッ、という魚雷のスクリュー音が、どんどん大きく、近くなってくる。その音が両脇を通り抜けていくとき、伊14はあまりの恐怖に呼吸さえ忘れた。
シャッ、シャッ、シャッ・・・魚雷が傍を通り抜け、遠ざかっていく気配がする。かわせた。伊14はホッと息を吐いた。
その瞬間、轟音と衝撃が船体を大きく揺さぶり、伊14は床に投げ出された。
「ふぎゃ!?」
「イヨ、艦尾付近で魚雷爆発だ」操縦室から隼鷹が叫んだ。「右軸の回転数
が減少中だ。こりゃ右スクリューをやられたぞ! 機関室の状況はどうだ!?」
「その前に私の心配してくんない!?」
「その調子なら大丈夫だな。頼むぜ、ダメージコントロールはお前次第なんだ。がんばれ!」
「もー!」
伊14は不満な声を漏らしつつも、被害状況の確認のために、妖精たちを引き連れて艦尾へと駆けていった。
その頃、艦橋では千歳がセンサーを駆使して、消えたチ級を探していた。
「どこにも居ないわ。レーダーにも監視カメラにも見当たらない。本当になんなのかしら、あれ」
そう言った時、再び鈍い爆発音が後方から聞こえた。離れた場所での水中爆発だ。
後方を振り返ると、大鉄塊の目前に大量の水柱が乱立していた。チ級の魚雷を迎撃したのだ。
大鉄塊の姿を覆い隠すほどの水柱が収まった時、その背後に、チ級が居た。
チ級は、大鉄塊の背後からそのまま密着し、破損した砲身の痕に、己の左腕を突き込んだ。
砲口から内部を破壊するつもりか、と見えたが、そうではなかった。
大鉄塊の動きが、止まった。
チ級は左手を突き込んだまま、今度はこちらの船体に顔を向けた。仮面の下部から覗き見える口の端が吊り上がり、醜悪な笑みがその顔に浮び上る。
チ級は、こちらを狙っていた。
那智たちがそのことに気づいた時、大鉄塊の砲身が一斉に動き出し、発砲した。それはデタラメな狙いだった。だが十数門もの砲身による一斉射撃だ。船体の周囲一帯に大量の砲弾がばら撒かれた。
命中弾は無かった。大鉄塊らしからぬ大雑把な攻撃だ。
「まさか」那智は状況を悟った。「チ級が大鉄塊を乗っ取ったと言うのか!?」
チ級に腕を突っ込まれたまま、大鉄塊は砲身を狂ったようにバラバラに動かしていた。そのうちの何門かの砲身が再び船体に向けられ、発砲される。
今度も命中弾は無い。しかし、先ほどより着弾位置が近くなっているようにも思える。
「チ級は俺たちを的にして大鉄塊の試し撃ちをしてるんだ。那智、とにかくレグへ急ごう」
「無理だ」
「無理だって? そりゃ、もしかしたらレグごと砲撃してくるかもしれないが、そうなりゃネルソン要塞も崩落して、奴もぺっちゃんこさ。悪く無い案だと思うがね」
「だから無理だと言ってるだろ!」
「もしかしてレディの身を案じてくれているのか。そいつは有り難いが、だけど俺たちがここでくたばっちまったら意味が無いんだ。こいつは生きるか死ぬか、一か八かの勝負だぜ。レディも海賊だ。その覚悟はできている。だからやってくれ、那智!」
「違う、そうじゃない!」
「じゃあ、なんだよ!?」
「舵が効かないんだ!」
「・・・あ〜」
なぁるほど。そりゃ無理だわ。とマンバは納得。
「そういう大事なことは、もっと早く言ってくれよ!? 長々と語っちまって、なんか恥ずかしいじゃ無いか!」
「最初っからそう言ってたわバカタレェっ!」
「応急操舵は!?」
「とっくに指示している。いま伊14が頑張ってる!」
そこへ操縦室から隼鷹が報告した。
「こちら隼鷹、悪いニュースと、もっと悪いニュースがあるけど、どっちから聞きたい?」
「この緊急事態に無意味にもったいぶるんじゃ無い。早く言え」
「笑うしか無いって状態なんでね。舵は全損して使用不能。右スクリューもやられて、生き残ってるのは左のみだ」
「つまり操舵不能か。まったく笑えんぞ」
「人生最期は笑顔でいようってのがアタシの信条なんだ」
「諦めが早すぎるわ!」
頭を抱える那智に、千歳が言った。
「確かに、まだ希望はありそうよ」
「そうなのか」
「右スクリューが壊れたことで船体は右回頭を始めているわ。このまま行くと、その進路上には、ほら」
目指していたレグが、目の前に迫っていた。トンネル状の岸壁に座礁している千歳の船体めがけ、ぐんぐんと近づいていく。
レグとの距離が近づいたためだろうか、大鉄塊からの砲撃も止んでいた。
「何とか難を逃れたかな」と那智。
「このままだと衝突するぞ」とマンバ。「舵もない、スクリューも半分壊れた状態で、どうやって横付けする気だ?」
「ギリギリまで近づいたところで、残った左スクリュー逆転させて推力を殺す。後は錨を落として固定だ」
「そうだな、それで行こう。ーーポーラ。妖精を前甲板に集めてくれ。作業はさっき教えたから、妖精たちだけでもやれる筈だ」
「・・・」
マンバが呼びかけたが、返事は無かった。
「ポーラ?」
「ーーッ」
彼女は、艦橋の隅でうずくまって震えていた。
「ポーラっ!?」
「やだ・・・怖い・・・」
「おいおいおい」
なんてこった、とマンバは頭を抱えた。ポーラは完全にパニックに陥っていた。まともに動ける状態じゃない。
「しゃーない。那智、俺がまた前甲板に行って錨を落とす。早めに速力を落としておいてくれ」
「わかった。いったん後進をかけて速力を落とそう」
両舷停止、後進微速と那智は指示。
しかし、速力はいっこうに下がらなかった。
「おい操縦室、速度が落ちないぞ、どうなってるんだ!?」
「スクリュープロペラのピッチがき切り替わらない」操縦室から隼鷹が答えた。「こいつもぶっ壊れてたみたいだ。軸の回転そのものを止めるしかない。軸ブレーキをかける」
「急げ!」
スクリューの回転そのものが落ち始めたが、それまでの惰性が大きすぎて、どんどんレグへの距離が近づいていく。
千歳がレーダーを見て報告する。
「レグまで1000ヤードを切ったわ。このままじゃぶつかる!」
「マンバ、早く前甲板へ! 錨を落とせ!」
しかし、艦橋から前甲板まではそれなりに距離がある。全力疾走で移動したとして、果たして間に合うか。
レグはもう目の前に迫っていた。このままでは座礁している千歳の船体の横腹に艦首を突っ込んでしまう。錨は今すぐにでも落とさなければ間に合わない。
マンバは艦橋の出口ではなく、ウィングへと飛び出した。そこから前甲板を見下ろし、底に伸びる錨鎖に向けて左手をかざす。
義手の表面カバーが開き、内部機構が展開、変形、手首から先が格納され、代わりに銃身が突き出る。左腕は一瞬にしてレーザー銃に変形していた。
銃の先端から不可視の高出力レーザーが放たれ、錨鎖を固定しているストッパー金具に命中する。照射0.7秒、分厚い金属の塊であるストッパーが赤熱化して弾け飛んだ。
支えを失った錨が、自重によって海面へと落下した。水深はおよそ30メートル。錨はすぐに海底に達し、船体は前進を続けながら錨鎖を伸ばしていく。
マンバは即座に右手でリボルバーを引き抜き、前甲板に狙いを定めた。左手はすでに義手に戻っていた。その左手でリボルバーの撃鉄を一気に叩く。
まるでマシンガンのような早撃ちだった。六発の銃弾が一瞬で放たれ、前甲板のブレーキレバーに全弾命中した。レバーが奥に押し込まれ、引き出され続けていた錨鎖にブレーキがかかる。
錨が海底に深く食い込み、船体そのものにも遂にブレーキがかかった。
船体は、千歳の船体と衝突寸前だった。前部側が錨で固定されたことにより、艦首を支点として大きく横に振れていく。
ポーラの船体は、そのまま横滑りしながら、千歳の船体と並行になった。
「ぶつかるぞ、伏せろっ!」
マンバが叫びながらウィングから艦橋に飛び込み、床に伏せた。
その直後、船体同士が接触、激しい振動と轟音が襲いかかる。ポーラの船体は千歳の船体と横並びになって押し込む形で止まった。
艦橋がちょうど千歳の飛行甲板と同じ高さになっていた。
「あ〜痛ってぇ。おーい、みんな、生きてるか?」
マンバが立ち上がりながら聞き、那智が答えた。
「くっ、これくらいの傷、なんてことは無い」
「怪我したのか、どれどれ・・・なんだよ、ただのタンコブじゃないか」
「だから、なんてことは無いと言っただろう!」
「やだ、大切な飛行甲板が・・・もう・・・」
千歳がウィングから身を乗り出して、自分の船体を見下ろしていた。ポーラの艦橋が飛行甲板にめり込んでいる。
「派手にやられちゃったなぁ。格納庫のコレクションは無事かしら」
「あ、心配なのはやっぱりそっちなのか」
「当然でしょ。この高さなら飛行甲板に降りられそうね」
ウィングから身を乗り出し続ける千歳の傍を、ポーラが勢いよく駆け抜け、ウィングの手すりを乗り越えて飛行甲板へと降り立った。
「あら、ポーラちゃん? 待って!」
「やだやだもうやだ、怖いぃ〜!」
泣きながら飛行甲板を走るポーラを、千歳が追いかける。全力疾走のポーラだったが、すぐに足をもつれさせて、コケた。
「ふべっ」
「ポーラちゃん、大丈夫?」
「うぇ・・・うぇ〜ん!」
「よしよし」
千歳がポーラを慰めているのを、マンバと那智も飛行甲板に降り立って眺めていた。が、その視線をふと、沖に向ける。
そこには相変わらず大鉄塊が“食事”を続けていた。
チ級も左腕を結合させたまま、そこに佇んでいる。しかし、もうこちらへの興味を失ったのか、その視線は真上に、つまりネルソン要塞そのものに向けられていた。
「やっぱり、奴にとって俺たちはついでみたいな扱いだったのか」
「狙いは大鉄塊を手中に収めることだけでも無さそうだな。本命はもしかするとーー」
那智が言いかけた時、ポーラの艦橋に隼鷹と伊14が昇ってきた。彼女たちもウィングを乗り越えて飛行甲板に降りてくる。
「まぁーったく、この短い期間に二度も船体を放棄する破目になるなんて、船乗りとしちゃ屈辱だよなぁ」
「でもみんな無事だし、生きてるし。命あっての物種だよね」
ぼやく隼鷹に、楽観的な伊14。しかし、ぐずぐずと泣き続けるポーラの姿に、マンバと那智、隼鷹と伊14はそれぞれ、どうしたものかと顔を見合わせた。
そんな中、ポーラを慰めていた千歳が、あることに気づき、ハッと顔を上げた。
「・・・電源が・・・生きている?」
「どうした?」
那智の質問に、千歳は答えた。
「私の船体に電源が供給されているみたいなの」
「機関をやられたはずだろう。非常電源が生き残っていたのか?」
「いいえ、全電源を喪失したから船体放棄したのよ。・・・どうやら外部電源からの供給みたいね」
千歳は意識を集中して船体とのリンクを強める。
「サポートAIが何者かのハッキングを受けているわ」
「深海棲艦か?」
「わからないわ。でもきっとーーあっ」
ガコン、と音を立てて突然、足元の床が揺れ動いた。ポーラが「ヒッ」と悲鳴をあげて千歳にすがりつく。
「大丈夫よ、エレベーターが動いただけだから」
那智たち六人が立っていたのは、飛行甲板と格納庫をつなぐエレベーターの上だったのだ。十数メートル四方もある飛行甲板の一部分が、そのまま下降を始めていた。
数十秒後、エレベーターは止まり、六人は格納庫に導かれた。
格納庫には非常灯がともり、がらんとした空間を照らしている。搭載機は全滅していて一機も残っていなかった。そのかわり奥に大きなコンテナが一つ、鎮座していた。
千歳のコレクションが収められたコンテナだ。
那智たちはエレベーターを動かした正体不明の相手の存在を警戒しつつ、コンテナに向けて移動を開始した。
コンテナの厳重に閉ざされた扉を開け、内部をあらためる。
「よかったぁ」千歳が安堵の声を上げた。「いくつか割れちゃったけど、九割がたは無事のようね。大金払ってショックアブソーバーを強化した甲斐があったわ」
続いてコンテナに足を踏み入れたマンバは、そのコレクションの充実ぶりに思わず口笛を吹いた。
「ヒュー、こいつは凄えお宝だ。世界中の酒が所狭しと並んでやがる。・・・おぉ、このラム酒は2001年産じゃないか。ロボットが飲むと踊り出すと言われている伝説のビンテージだ」
「うふふ、イギリスのオーディションで競り落とした高級品よ」
「こいつ一本でも持ち帰ることができれば十分元が取れるくらいのプレミア酒だ。やばいね、このコンテナ丸ごと売り払えば一生遊んで暮らせそうだ」
「売る気はないわよ。お金じゃ酔えないわ」
千歳は答えながら、棚から一本のワインを取り出し、封を切った。
「イタリアを代表するワインの産地、トスカーナ地方の赤ワインよ。ポーラちゃん、飲んでみて」
試飲用の紙コップに注ぎ、手渡す。
「うぅ・・・いただき・・ます・・・」
くぴ、と一口飲み、ポーラは長いため息を漏らした。
「おいしい・・・」
「落ち着いた?」
「・・・はい。あの、その・・・ごめんなさい・・・」
「いいわよ、誰も責めはしないわ」
言葉の前後に、千歳は他の者たちを見まわしていた。
那智は仕方ないとため息をつき、隼鷹と伊14は苦笑し、マンバは肩をすくめた。
とりあえず生き残れたのだ。いまさら文句をつける気は無かった。
「さて」マンバが言った。「船体も失って振り出しに戻っちまった。仕切り直しだな。また作戦会議といこうぜ・・・飲みながらな」
「うむ、悪くない」
「そうだな。こういう時こそパァーッと行こうぜ、パァーッとな」
「んっふふ〜、千歳の姉貴の秘蔵コレクション、飲みたかったんだよね〜」
「もう、みんな調子に乗って飲みすぎないでよね」
「あ・・・の、飲んでも・・・もっと飲んでもいいんですかぁ?」
ポーラも、涙も乾かぬうちから顔を綻ばせた。それを見てマンバも笑った。
「はは、泣いたカラスがなんとやら、だ。けどこれも酒の効能ってやつだな。やばいときこそ飲まずにはいられないのが人間だ」
てな訳で乾杯、とマンバが真っ先に紙コップを掲げた、その矢先、
「飲んどる場合かーッ!」
その背中を何者かに思いっきり蹴り飛ばされた。
「ぬぉッ!?」
頭から床に転がされたマンバの手から紙コップが落ち、貴重な酒がこぼれたことに艦娘たちは揃って悲鳴をあげた。
那智が咄嗟に小銃を構え、乱入者に銃口を向けた。
「貴様、貴重な酒をよくも! ・・・って、うん?」
銃口の先にいたモノを目の当たりにして、那智は思わず引き金を引き損ねた。
「なんだ、貴様は?」
マンバの背中を蹴り飛ばしたのは、妖精だった。それがまなじりを吊り上げた勇ましい表情をして、腰に手を当て、胸を張って、ふんぞり返りながら那智を睨み返していた。
「ずいぶんと態度のでかい妖精だな。千歳のサポートAIをハッキングしたのは貴様だな。名を名乗れ」
「余の名はネルソン!」
三頭身妖精が、どうだ恐れ入ったかと言わんばかりに名乗りを上げた。が、それを聞いた那智たちの反応といえば、
「はぁ?」
何を言っているんだコイツは、だった。
艦娘たちの膝丈程度しかない小型ロボットがネルソンなどと名乗ったことがシュール過ぎて、那智たちは思わず声をあげて笑い出した。
「何が可笑しいっ!? 文句でもあるのかっ!?」
「大ありだ。ふざけるのも大概にしろ」
「大概にするのは貴様らの方だっ!」
叫ぶや否や、妖精の身体がアメーバ状に変化し、那智に向かって飛びかかってきた。
が、那智は冷静に構えていた小銃の引き金を引いた。ほぼ同時に、床に倒れていたマンバもリボルバーを引き抜き様に撃ち放つ。
那智の小銃の連射で妖精の不定形な外装が剥がれ、むき出しになったコア・メカブロックをマンバの拳銃弾がぶち抜いた。
破壊した妖精の残骸を見下ろし、那智は「ふん」と鼻を鳴らした。
「千歳、こいつの言ったことは本当なのか?」
「間違い無いと思うわ。消去法で考えて、他にいないもの」
「今まで有無を言わさず殺しにかかって来たくせに、なんで今更コミュニケーションを取ろうとして来たんだ?」
「さあ?」
「だから、それをこれから説明してやろうと言うのだっ!」
コンテナの外からまた大声がした。那智たちが銃を構えながら外へ出ると、そこにはまた妖精がふん反り返っていた。
しかも今度は一体だけでなく数十体もの妖精たちが同じような表情、ポーズでコンテナを取り囲んでいた。
その様子を眺めてマンバが言った。
「こりゃ絶体絶命の状況だな。だが、どうにも気が抜ける光景だぜ」
「無駄な抵抗は止めて、大人しく余の話を聞け」
「わかった」那智が目配せをし、全員が銃を下ろした。「言っておくが降伏したわけじゃ無いぞ、ネルソン。これは話を聞くだけだ。交渉を持ちかけたのはそっちだと言うことを忘れるな」
「ふん、人間同士のようなマウントの取り合いなんぞ興味は無い。私がその気になればいつでも殺せるのだ。いいからとにかく黙って聞け。貴様らにはその責任と義務がある」
「あ、はーい、はーい」ポーラが手を挙げる。「なら〜、飲みながら話を聞いても、いいですか〜?」
「やかましいっ! 飲むな騒ぐな動くな喋るな黙ってそこに座っとれ!」
妖精たちが、わっと一斉に襲いかかって来て、六人はあっという間にアメーバ状になった妖精たちに拘束されてしまった。口にも猿轡をかまされてしまって、文句を言おうにもフガフガとしか声が出せない。
ネルソン妖精がため息をつく。
「まったく、このイタリアの酔っ払い娘め。手間ばっかりかけさせよる。ーーあ? そこの海賊、何をフガフガ言っているんだ。あぁ、余とこの小娘の関係か。それは本題とは関係ないことだから話す必要はない。それよりも事態はもっと重大なのだ。だいたい、そもそもこうなったのは貴様らのせいなんだぞ。私がこれまで独りでのびのびとやって来たと言うのに、余計なものをよくも連れ込んでくれたな!」
なんのこっちゃ、と六人は縛られたまま顔を見合わせた所に、ネルソン妖精が続けた。
「あのチ級だ! 貴様らの船体の陰に入り込んで防衛システムを突破しおった。そのせいで大鉄塊が乗っ取られ、さらに余のメインコンピュータまで侵入を受けているのだぞ。どうしてくれる!」
どうしてくれる、と言われても。ネルソン妖精の言ったことがあまりにも突拍子がなさすぎて、皆は呆然とするしかなかった。
「理解したか?」
ネルソンの問いに、六人は揃って首を横に振った。
「しかたない。もう少し詳しく説明してやろう。まず大鉄塊が乗っ取られた。ここまでは良いな」
ネルソンの話はこうだった。
大鉄塊を乗っ取ったチ級は、そのマイクロ波受信装置を利用して、要塞中心部のセントラルタワーにあるメインサーバーにハッキングして乗っ取ってしまった。
そのためネルソン自身はタワー以外に点在するサブサーバーに避難して、ハッキングに対抗しているらしい。
「ここまでは理解したか?」
六人は頷いた。
「つまり貴様らの責任だ」
これはわからない。那智たちはフガフガと抗議の声を挙げた。
「言いたいことがあれば聞こう」
とりあえず那智だけ猿轡を外された。
「理不尽だぞ。深海棲艦にお前が乗っ取られつつあるのは由々しき事態だが、チ級の侵入を許したのはそっちの防衛システムの不手際ではないか」
「なんだ、知らんのか」
「どう言うことだ」
「深海棲艦の本体は別時空にあるのだ。貴様らがドンパチやって沈めたと思っているアレは、本体の影に過ぎない」
「はぁ?」
六人は目を白黒させた。
「やっぱり理解できてないな」
「一から十までさっぱり意味不明だ」
「これだから人間は度し難い。余が生まれてから数ヶ月もせずに気づいた事実に、三十年経っても気づけないのだからな。まぁいい。貴様らにもわかりやすいように、ものすごーく、噛み砕いて説明してやるとだな」
「いちいち物言いが引っかかる奴だな」
「貴様らはあのチ級に取り憑かれたのだ。アイツは他の深海棲艦と違って、自ら出現先を変えることができる。こちらの時空のある特定の目標をマーキングすることによって、その座標を元に、こちらへ出現していると考えられる」
「詳しい理屈はわからんが、それなら何処にだって現れるということじゃないか」
「本当にどこでも自在に現れるというなら、人間なんぞとうに滅ぼされている」
「・・・確かに」
「出現には一定の制限がある。あのチ級は貴様たちの船体をマーキングし、隠れ蓑にすることによって、余の要塞の至近距離まで接近したのだ。つまり、あのチ級に大鉄塊が奪われたのも、余がハッキングを受けているのも、全て貴様らの責任ということだ。わかったな!」
それは無茶苦茶な言い分だ。と那智は反論しようとしたが、そこでふと、ある疑念を抱いた。
AIであるネルソンがこちらに責任をなすりつけて、何の得があるというのだろうか。
「おいネルソン、貴様は我々に、いったい何をさせる気だ」
「責任を取ってもらう」
「どうやって?」
「余の要塞中心部にあるセントラルタワーへ行き、乗っ取られたメインサーバーの電源を落としてこい」
「そんなもん、自分でやればいいだろう。人造兵士が掃いて捨てるほど居るじゃないか」
「それが出来たら、貴様らをわざわざ生け捕りになぞしていない。この場で縊り殺している」
「つまり、我々の手を借りなければならない程、窮地に陥っているわけだ」にやり、と那智は笑った。「話は読めたぞ。人造兵士や他の防衛システムをタワーに向かわせても、深海棲艦に乗っ取られてしまうのだろう。だから、ハッキングを受けない人間の手が必要なんだ」
「やっと理解したか。貴様らにはそうする責任と義務がある」
「そんな上から目線の物言いじゃ人間は動かんぞ。人にモノを頼むなら、それなりの誠意を見せろ」
「この場で縊り殺されたいか!」
「そんな脅しは通じない。貴様には我々が絶対に必要だ」
「無責任な連中め。じゃあどうしろというのだ。この妖精で土下座でもすれば良いのか」
「妖精の頭を下げて何になる」
「だが、余には下げる頭など無い。あっても下げる気は毛頭無いが、な!」
「ふんぞり返るのは容易に想像できるがなぁ。・・・とにかく、我々全員の拘束を解け。先ずはそれからだ」
「・・・良かろう」
やや間をおいて全員の拘束と猿轡が解かれた。すぐさま六人は顔を付き合わせて会議に移る。
那智が小声で問いかけた。
「乗るか、反るか、先ずはこれが問題だ」
マンバも小声で答える。
「乗るべきだ。ただし、こちらの要求をのませた上でな」
その言葉に全員が頷いた。ただ、ポーラだけは周りが頷いたので空気を読んで合わせただけのように見えたが。
とりあえずそれは脇に置いといて、マンバは続けた。
「条件は三つ。俺たちの生存と、脱出手段の確保、そしてレディの引き渡し。他にあるか?」
「私のコレクションも持ち帰りたいわ」
うんうん、とポーラも含め全員が即座に頷いた。
「よし、じゃあこの四つだな」
代表として那智がネルソン妖精に向き直った。
「交渉だ。我々の条件をのむなら協力を考えないわけでも無い」
「四つの条件とやらか。全部聞こえていたから言う必要はないぞ」
「盗み聞きなんてズルいぞ!?」
「ここをどこだと思っている。余のシステムの支配下だぞ。聞かれていないと思う方がどうかしている」
「ちょっと待て。もう一回会議しなおす」
「無意味だからやめておけ。貴様らの条件は了承してやる」
「本当か?」
「ただし、脱出も、レディとコレクションの引渡しも、目的を達成した後だ」
「確約できるか?」
「今この場で貴様らを殺していないことが一つ。もう一つは・・・」
妖精の一体がどこからかノート型端末を持ってきて、その画面を表示させた。
そこに、一人の少女が映し出された。黒く長い髪の、幼い面影の少女だ。
「レディ!?」
『え、マンバ? どうして? ねえ、どこにいるの?』
「そりゃ、こっちのセリフだ。レディ、お前はいまどこにいるんだ。すぐに行くから教えてくれ」
『ここはねーーー』
レディの声が急に途切れた。彼女自身は喋っているようだが、音声がカットされたのだ。
「ネルソンッ!」
「そう都合よく情報を開示させる訳がないだろう。言っておくが、貴様が同じ様に自分の居場所を教えようとしても無駄だからな」
「やることが陰険だぜ。まあいい。とりあえず無事は確認できたし、それに彼女がミュータント・タートル号の船内にいるってこともわかったしな」
そう、レディの周囲の景色から、そこがマンバの海賊船の艦橋であることは判明していた。
「レディと海賊船は余の勢力圏内にある。安全は約束しよう。もっとも、いつまで深海棲艦から守りきれるか、保証はできないが・・・な!」
「そうなる前に救い出してみせるさ。俺は女の子を待たせた事はないんだ」
「でかい口は目的を果たしてから言え」
『マンバ、あなたはそこで何をしているの? 誰と喋っているの? 周りにいるのは誰?』
「ひとつひとつ詳しく説明してやりたいが、そうもいかないようだ。だけど、これだけは言える。レディ、俺はお前を必ず助け出す。だから信じて待っていてくれ」
『マンバ・・・』
レディの表情が一瞬、泣きそうになって歪んだが、彼女はすぐに袖で顔を拭って、その顔を上げた。
『も、もちろんよ。私はここで待ってるから、早く来てよね。遅れないでよ。あなた、待ち合わせにはいつも遅刻するんだから』
レディの言葉にマンバが頷いたところで、映話は切られた。ネルソン妖精がジト目でマンバを見ている。
「女を待たせないんじゃなかったのか」
「細かい事を気にしてるとハゲるぞ」
「呆れ果てたメンタリティだな、貴様」
「話を進めようぜ、ネルソン。俺たちはこれからどこを目指せばいいんだ?」
「この画像を見ろ」
さっきまでレディが映されていたスクリーンに、新たな画像が表示された。それはネルソン要塞の構造図だった。
その画像を指し示しながら、ネルソン妖精が言った。
「貴様らが今居るのは、この第6レグ、その海面部にある大型船用係留岸壁だ。先ずはここから、レグ内部にある大型エレベーターに乗ってアッパーデッキに向かってもらう」
画面表示が変化し、今度はネルソン要塞を上から見下ろす図になった。
「問題はここからだ。要塞中心部にそびえるセントラルタワーは深海棲艦の制圧下にある。その内部の守備兵力もな。そのため、現在アッパーデッキではタワーの守備兵力と、余の兵力によって乱戦状態にある」
「内乱って訳だ」
「タワー以外はこちらが優勢だが、人造兵士などをタワー内部に突入されると深海棲艦側にハッキングされ、制御権を奪われてしまう」
「寝返りとか、忠誠心が足りなさすぎだな」
「そんなものは搭載していないからな。意思も何もない空っぽの人形だ。・・・余程のイレギュラーがない限りは、な」
ネルソン妖精の目が一瞬だけポーラに向けられたのを、マンバは見逃さなかった。
ネルソン妖精は何も無かったように続けた。
「エレベーター最上層にゼンマイ戦車を用意してある。純機械的なその戦車ならハッキングを恐れる必要はない。貴様らの役割はゼンマイ戦車をセントラルタワーへ突入させ、搭載されているEMP爆弾を爆発させる事だ。突入と退避はしっかり支援してやるから安心しろ」
話は終わり、格納庫のサイドランプが動き出して外への出口が開かれた。
「では、行くか」
那智はそう言って、他の者たちを促した。特に気負いもなく、修羅場を何度もくぐり抜けてきた戦士らしい、まるで近所に散歩にでも行くかのような平静な声だった。
他の者も、マンバも同じだった。ただ、一人だけはそうでは無かった。
出口へと歩き出した五人に対し、ポーラだけはその場を動こうとはしなかった。
「あ、あの・・・」
「どうした?」とマンバが振り返る。
「・・・わ、わたし・・・」
ああ、そういうことか。と、マンバは察した。
ポーラは動かないのではない。動けないのだ。ポーラは見るからに怯え、足がすくんでいた。
那智が何かを言いかけてポーラに詰め寄ろうとしたのを、マンバは止めた。
「ポーラ、遠慮する事はないぜ。はっきり言いな」
マンバに促され、ポーラは言った。
「い・・・いきま・・・せん」
「そっか」
マンバは横目で那智たちを見た。彼女たちも仕方ないと軽く頷いていた。
誰もポーラを責める気は無かった。そもそも、彼女一人だけなら、現状であれば生きていけるのだ。あえて命を危険に晒す理由は無い。
それにあの砲撃戦をくぐり抜けたのだ。恐怖に心が折られてもおかしくは無い。
むしろ死を真正面に見据えて当然のように乗り越えようとするマンバや那智たちのマインドが常人離れしているのだ。そして彼らもそれは自覚していた。
だから、誰もポーラに付いて来いと無理強いしなかった。
「ポーラ」
マンバがあるものを彼女に向かって投げ渡した。ポーラが慌てて受け止めたそれは、手のひらサイズのエネルギーカプセルだった。
「EMP弾だ」マンバは同じものを那智にも手渡した。「信号拳銃弾と同じ規格だ。船体に備え付けてあっただろう。いざという時はこいつを使え」
「あ・・・ありがとう・・ございます・・・それと、ごめんなさい」
「礼は受け取るが、謝罪はいらないぜ。ここに独りで残るのだって命がけに変わりはない。お前さんはそれを選んだ。その決断に俺は敬意を評しただけさ」
「敬意・・ですか・・・?」
「ポーラ、お前の人生を決めるのは、お前の決断だけだ。そいつを忘れないでくれ。じゃあな」
マンバはそう言い残して、その場から離れていった。那智たちもその後を追う。
ただ、千歳は格納庫の片隅に備え付けられていた信号拳銃を二丁、回収してポーラのそばに戻ってきた。
信号拳銃の一丁をポーラに手渡す。
「はい、EMP弾用の信号拳銃よ。私たちが戻ってくるまで、このコレクションをしっかり守ってね」
千歳はそう言って、微笑みを残して去っていった。
周りを取り囲んでいたネルソン妖精たちも格納庫から出て行き、広い空間に、ポーラはぽつんと独り、取り残された。
「ポーラは・・・臆病者の、卑怯者です・・・」
かすかなつぶやき声が、やけに大きく、そして虚しく響いた。
「ポーラは・・・また、みんなに付いて行けなくて・・・置いてけぼりの独りぼっちです・・・ザラ姉様ぁ」
うわ〜ん、と力無い泣き声が、格納庫に木霊した。
ーーネルソン要塞中心部。
セントラルタワー内部の一画に、人造兵士製造プラントがあった。
ズラリと居並ぶ製造カプセルに、培養液に浸かった人造兵士の素体が横たわっている。
そのうちの一体が、今まさに目覚めようとしていた。カプセルのガラス扉が開き、裸体の兵士が立ち上がる。
しかしそれは、他の人造兵士とは外観が異なっていた。
通常なら武器を装着するために意図的に欠損している四肢が、全て揃っている。それどころか、人造兵士は通常、性器の無い男性型であるのに、それは明確な女性として造られていた。
透けるような白い肌に、銀色の長い髪、そして怖気を振るうほど官能的なそのスタイル。
女性兵士・・・いや、それはおそらく兵士ですら無い。その赤く光る瞳は明確に知性と、そして自らの意思を宿していた。
それは、自分の身体を確かめるようにしばらく眺め回すと、満足したかのように、その顔に笑みを浮かべた。
「ウフフフフ・・・アハハハ・・・サァ・・・キナサイ・・・アソビマショウヨォ・・・」
それは、まるで踊るような軽い足取りで、タワーの外へと飛び出していったのだった。
次回予告
未知なる戦場に飛び込んでいくヴァルキリーたち。
なぜ戦うのか、そう問われて彼女たちは笑う。勝利の美酒が美味いからさ、と。
一方、独り取り残され、己の無力を嘆くポーラに、彼女を呼ぶ声がする。
挫けないで、立ち上がって、と懐かしい家族の声がポーラを励ます。
次回「第五話・マンバ、死す!?」
「このまま終わって、たまるかぁぁぁぁ・・・(落下フェードアウト)」
「おかしい奴ーーじゃなかった、惜しい奴を亡くした(´-ω-`)」
「無茶しやがって( ̄^ ̄)ゞ」
「なんまんだぶなんまんだぶ( ̄人 ̄)」