艦これ海上戦記譚~明け空告げる、海をゆく~   作:PlusⅨ

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第五話・マンバ、死す!?(2)

レグ中層。

 

マンバと那智たちは、ネルソン妖精の先導の元、その広いレグ内を別のエレベーター目指して進んでいた。

 

レグの内部はまるで迷宮のようだった。様々な構造物や施設が複数に絡み合って構成されている上に、そもそも無人要塞であるから人間の移動を想定していないため、通り抜けられる場所もかなり制限されていた。

 

まるで巨大な蛇が絡み合っているかのようなパイプラインの上をおっかなびっくり渡り歩いたかと思えば、

 

そこから壁面にかかっているハシゴめがけて飛び移ってから数十分かけてえっちらおっちら登った先で、

 

今度は通風口に潜り込んで這い進むといった、そんな有様だった。

 

その通風口もようやく終わり、ネルソン妖精、マンバ、那智、隼鷹、千歳、そして伊14の順番で、ようやく通路へと這いずり出る。

 

「うえぇぇ、やっと出られたぁ。もう全身埃まみれだよ」

 

「イヨちゃんは最後尾だからマシな方さ。俺なんて、ほぼほぼ全身で埃を掃除してたもんだぜ」

 

「ご苦労さん」と隼鷹がマンバの埃を払った。「ほら、ちょっと屈みな。頭の後ろも払ってやるよ」

 

ぱたぱた、とそれぞれお互いに身体の埃を払い合う。

 

「それで、ネルソンよ」と、那智が訊く。「この先のルートはどうなっているんだ。この通路は少しはマシなようだが」

 

「エレベーターまでもう少しだ。あそこに扉が見えるだろう。その先にある。しかし、ここからが問題だ」

 

「どういう事だ?」

 

「貴様ら人間にとって進みやすいルートという事は、つまり人造兵士用に作られたルートという事だ」

 

「なるほど、つまり深海兵士の襲撃を受けやすくなるということか」

 

「そういうことだ。例のイレギュラーもこちらに近づきつつある。先を急ぐぞ」

 

通路突き当たりの扉を開くと、途端に強風が吹き付けてきた。

 

その先には空が広がっていた。

 

レグ外周部だ。ここの高さは優に海抜100メートルを超えているだろうか。眼下遥かに海面があったが、そこは靄がたち、霞んで見えた。

 

その壁面沿いには、むき出しの支柱で支えられたキャットウォークが張り出されていた。

 

その幅は人がかろうじて二人並んで歩ける程度のもので、しかもその手すりは腰あたりしかない、頼りないものだった。

 

肝心のエレベーターは、そのキャットウォークの突き当たりにあった。ざっと3、400メートルは先にある。

 

しかもそのエレベーターというのも、壁面にむき出しに設置されたレールに、手すりで囲っただけのフロアがあるだけというシロモノだった。

 

ネルソン妖精がさっさと先へ進み出したので、マンバと那智たちもその後を追ってキャットウォークへと足を踏み出した。

 

たちまちキャットウォークが軋みをあげて小刻みに揺れ出した。

 

「あのさ」伊14が唾を飲み込みながら言った。「私、高所恐怖症だってみんなに言ってなかったっけ?」

 

「初耳だけど、アタシも気持ちはわかるぜ」

 

隼鷹も苦笑しながら、なるべく下を見ないように足を進めた。

 

今度の進む順番は、ネルソン妖精、千歳、伊14、隼鷹、那智、マンバだった。別に理由は無い。なんとなくだ。

 

しばらく進んだところで、最後尾のマンバは、ふと妙な胸騒ぎを感じて背後を振り返った。

 

マンバたちが出てきた扉は、しっかりと閉ざしてきた。しかし……

 

立ち止まったマンバに気づき、那智も振り返る。

 

「マンバ、どうした?」

 

「扉の向こうに、何かが居る」

 

「敵か!?」

 

「多分な」

 

答えながら、マンバはネルソン妖精に目を向ける。

 

ネルソン妖精も頷いた。

 

「深海兵士の反応がある。しかし安心しろ。扉はすでにロックした。耐爆扉だ。深海兵士の武装程度では破れん」

 

行くぞ、とネルソン妖精が再び先へ進もうとした、その矢先ーー

 

ーー扉に火花が散り、そこに一振りの幅の広い刃物の先端が突き出された。

 

「おいネルソン、深海兵士の武装がなんだって?」

 

「これは高周波ブレードだな。まだ試作段階の武器だったが、どうやら深海棲艦に奪われていたようだ」

 

「他人事みたいに言ってる場合か!」

 

ブレードは火花を撒き散らしながら分厚い扉を円形に切り抜いていく。ちょうど一人が潜り抜けられそうな大きさだった。

 

このまま穴を開けられて、そこから銃撃でもされようものなら、この狭いキャットウォーク場ではひとたまりもない。マンバたちは大急ぎでエレベーター目指して走り出した。

 

背後では扉がついに切り抜かれ、そこから一体の深海兵士が姿を現した。

 

マンバはそれを気配で悟り、振り向きざまにリボルバーを引き抜き、撃った。

 

大口径マグナム弾は狙い違わず深海兵士の頭部に命中しーー

 

ーー弾かれた。

 

「おいおい、なんだよコイツは……?」

 

それは、これまでに見たことのないタイプの深海兵士だった。

 

右手は手首から先が例の高周波ブレードとなっていた。

 

身体の一部が武器化しているという点では、他の人造兵士と同じだ。左手も機械の義手だが、こちらは普通の手だ。

 

だが、それ以外の身体そのものが、他の人造兵士=深海兵士と大きく違っていた。

 

その身体は、左右の前腕部以外は全て、まるで水晶のように透き通っていた。

 

「クリスタルボディだ」ネルソン妖精が言った。「人造兵士の骨格フレームに特殊偏光クリスタル製のボディを被せた、対レーザー兵器用の特殊モデルだ」

 

「なんでそんなニッチなもの作ってんだよ」

 

「レーザータイプ人造兵器の開発と同時進行の計画だった。最強の矛を作るなら、最強の盾も必要だろう」

 

「それを矛盾って言うんだよ。ったく、お前さんの言ってたイレギュラーてのはコイツのことかい?」

 

「いや、これも十分にイレギュラーではあるが、余のいうモノとはーー」

 

ネルソン妖精の言葉を遮るように、クリスタルボディがブレードを振りかざして突進してきた。

 

見たところ飛び道具は持っていない。マンバは再びリボルバーを連射した。

 

全弾命中するも、しかしそのボディを貫くことはできなかった。

 

続けて那智も小銃を撃ったが、やはり効かない。その突進の勢いを殺すことさえできなかった。クリスタルボディが猛然と距離を詰めてくる。

 

「なら、これでどうだ!」

 

マンバは左腕のレーザー銃を構えた。

 

「バカ、やめろ!」

 

ネルソン妖精が咄嗟に止めようとしたが、マンバはすでにレーザーを放っていた。

 

クリスタルボディが一瞬、硬直したように立ち止まり、同時に眩く真っ白に発光した。

 

「うっ!?」

 

焼けるような熱さを感じ、マンバは咄嗟にレーザー照射を止めた。

 

クリスタルボディの発光も止んだが、しかしその透明な身体には傷一つ付いていなかった。かわりに足元の床が黒く焦げている。

 

マンバの背後で、誰かが悲鳴をあげた。

 

「うわっ、熱ちっ、あち、髪の毛焦げた!? なんだよコレ!?」

 

隼鷹だった。豊かな長髪の先端の一部が焼け焦げ、かすかに煙が上がっていた。

 

「乱反射だ」ネルソン妖精が言った。「特殊偏光クリスタルはあらゆる光線兵器を分散させて無効化する。言ったはずだ、マンバ。貴様のようなレーザータイプ人造兵士に対する盾だとな」

 

「しれっと俺が気にしてること言うなよ、まったく!」

 

クリスタルボディが再び突進し、ついにブレードの間合いに入った。振りかざされたブレードが、マンバ目がけて振り下ろされる。

 

マンバは身を引いてかわそうとはせず、むしろ逆に相手の懐に飛び込み、その右手首を掴んで受け止めた。

 

「那智、先に行け! こいつは俺がーー」

 

「よし任せた」

 

「ーー食い止める。大丈夫だ、必ず追いつく。って、あれぇ?」

 

マンバが言い終えるまでもなく、彼女たちの足音はすでに遠ざかっていた。

 

「……もうちょっと、こう、ためらってくれても良いんじゃないかなぁ。ま、信用されてるってことにしておきましょ!」

 

組み合った状態から、マンバはクリスタルボディの腹部を力いっぱい蹴りつけた。まるで岩肌を蹴ったような感覚だが、マンバはその反動で再びクリスタルボディと間合いを離すことに成功する。

 

クリスタルボディは数歩ほど背後によろめいただけだった。すぐに体勢を立て直し、ブレードを振るって襲いかかってくる。

 

振り下ろし、薙ぎ払い、さらに突く。その鋭い刃を、マンバはバックステップで後退しながら紙一重でかわし続ける。

 

一方、那智たちはその戦いの現場から全速力で遠ざかっていた。

 

しかし、

 

「おいおい那智、ちょっと待てって」

 

隼鷹が戸惑いながら呼び止めた。

 

「あっさり置いてきちゃったけど良かったのか? 銃が効かなくても、みんなでかかりゃ倒せるかもしれないぜ?」

 

「何人いてもこの狭い足場では邪魔になるだけだ。それにまた髪を焦がされたいか?」

 

「そりゃ勘弁だ」

 

「私もだ。だから離れたんだ」

 

「お? ということは?」

 

「レーザーは乱反射されるが効かない訳じゃない。これだけ離れれば十分だろう。ーーマンバ!」

 

那智は立ち止まり、叫んだ。

 

「奴の腕を狙え! そこならレーザーで破壊できる!」

 

なるほどねぇ、とマンバも合点する。確かに前腕部はクリスタル製じゃないから乱反射されない。狙って当たるかは別問題だが。

 

(外して乱反射してもいいように、気遣って離れてくれたってことか)

 

そのことに内心少し安堵したが、よく考えてみれば

 

(あれ? でも乱反射したら俺の身が危ないのは変わらないし、結局これって彼女たちの身の保身じゃね?)

 

ドライな連中だなぁ。と思いつつも、那智のアドバイスがそれなりに有効そうであるのは間違いなかった。

 

しかしクリスタルボディにも那智の言葉は届いていたわけで、今まで威嚇するように見せつけていた右腕のブレードを、体を半身に向けて身体の影に隠した。

 

そのまま、じり、じりと間合いを詰めてくる。

 

マンバも僅かずつ後ずさりながら、敵の攻撃のタイミングを推し量っていた。

 

狙い撃つチャンスは、攻撃される瞬間しかない。

 

(後の先を取る、だ)

 

そうやって身構えるマンバに対し、クリスタルボディは、牽制か、それとも遠近感を狂わせるためか、半身のまま左手を突き出しながら近づいてきていた。

 

互いの距離が一足一刀、あと一歩踏み込めばブレードの届く間合いに入る。

マンバがそう思った、次の瞬間ーー

 

ーークリスタルボディの突き出した左手が、ブレードへと変形した。

 

「げっ!?」

 

すかさず左ブレードの鋭い突きが襲いかかってくる。

 

マンバは咄嗟に身を引いたが、その切っ先をかわしきれなかった。左肩に激痛が走る。

 

「うっ!?」

 

ブレードの先端に左肩を刺し貫かれた。クリスタルボディが連撃のため、すぐに左ブレードを引こうとする。

 

だが、しかし。

 

「逃すかよッ!」

 

左肩に刃を突き立てられたまま、マンバは身体を勢いよく左側にひねった。

 

これによって左手突きのままの姿勢でいたクリスタルボディの左肘に、可動域とは真逆の方向に負荷がかかる。

 

「このままへし折れろ!」

 

マンバはその左肘の支点めがけ、右腕でエルボーを叩き込んだ。

 

グシャ、という音を立てて、クリスタルボディの左肘関節があらぬ方向へと捻じ曲がった。

 

クリスタルボディは連撃を諦め、大きく後退した。左ブレードも、今度こそマンバの肩から引き抜かれたが、それはもはや、砕かれた左肘にかろうじてぶら下がっているだけだった。

 

クリスタルボディの右ブレードが閃き、使い物にならなくなった左前腕部を肘から切り落とした。切断された左腕がキャットウォークから放り出され、奈落の底へと落ちていく。

 

それには目もくれず、クリスタルボディがすかさず襲いかかってきた。

 

マンバはレーザー銃を構えようとしたーーだが、貫かれた左肩に激痛が走り、上手く狙いを付けることが出来ない。

 

マンバは咄嗟に右手で自らの左腕を掴み、銃口を無理やりクリスタルボディに向ける。

 

レーザー銃を発光、それはクリスタルボディの胸の中心部に命中した。

 

レーザー光が内部で乱反射し、クリスタルボディの全身が激しく発光する。

 

その一瞬だけ、クリスタルボディは硬直した。

 

レーザー発光0.7秒。その僅かな照射時間の間に、マンバは銃口を動かした。レーザー照射点が右前腕部に移動し、ブレードを加熱する。

 

しかし、足りない。破壊するには照射時間が少なすぎる。レーザー銃内部のエネルギーカプセルが放電し尽くし、レーザーが途切れた。

 

その直後、レーザー銃が間髪入れずに再発光した。照射時間0.3秒。レーザーが右前腕部を貫き、完全に破壊した。

 

「へ、どんなもんだい」

 

言い捨てたマンバの額に、どっと汗が噴き出した。

 

それはカプセルではなく、マンバ自身の生体電気によるレーザー発光だった。本来なら0.2秒しか放てないところを、コンマ1秒だけ限界を超えたのだ。それだけで、マンバは足元が覚束ないほどの目眩を感じていた。

 

「よう、クリスタルボディ、もう降参したらどうだい。もっとも、上げる腕も無いけどなーー」

 

目眩を堪えながら軽口を叩いたマンバだったが、直後に、クリスタルボディからのタックルを真正面からくらってしまった。

 

「ほげっ!?」

 

そのままキャットウォーク上に仰向けに倒される。すぐに立ち上がろうとしたが、クリスタルボディの足に、傷ついた左肩を思い切り踏みつけられた。

 

「がぁッ!?」

 

目の前が真っ暗になりそうな激痛だった。クリスタルボディは容赦無く、二度、三度とさらに踏みつける。

 

マンバが気を失いそうになった、その時、銃声とともにクリスタルボディの体表に火花が散った。

 

銃撃だ。那智が小銃を構え、連射しながら突進していた。

 

両腕を失っているクリスタルボディは銃撃の衝撃にバランスを崩し、よろめきながらマンバから離れた。そこに那智が飛びかかり、小銃の銃把で力の限りに殴りつける。

 

クリスタルボディは手すりの外側に身体を傾げ、そのままキャットウォークから落下していった。

 

「おい、マンバ。無事か?」

 

「すまん、那智。助かった」

 

「油断して軽口なんか叩くからだ。傷の具合はどうだ?」

 

「すっごく痛い。だがツバつけときゃすぐに治るよ」

 

「強がるな。擦り傷じゃ済まないだろう」

 

呆れながら差し伸べられた那智の手を取って、マンバは立ち上がろうとした。

 

だが、その目が、彼女の背後に迫っていた新たな影を捉えていた。

 

マンバは咄嗟に、那智の手を強く引き寄せた。

 

「マンバ、な、何をッ!?」

 

前のめりに倒れこんだ那智の後頭部スレスレを、鋭い手刀が横薙ぎにかすめた。

 

那智の髪が数本、切り払われ宙に舞う。

 

那智はマンバの上に折り重なるように倒れこみながら、即座に振り返り、不意打ちを仕掛けてきた相手を見た。

 

そこに、女が立っていた。

 

一糸まとわぬ裸身の女だ。輝くような銀の長髪、豊かな乳房、くびれた腰に、しなやかに長く伸びる四肢。その肌は透き通っていそうなほど病的なまでに青白く、そして蒼い燐光を放つ瞳が、二人を見下ろしていた。

 

那智の背筋にゾッと悪寒が走った。

 

こいつは人間じゃ無い。恐らく人造兵士を改造した深海兵士と同類だろう。

 

だが、それだけではない何かを、那智は感じ取る。

 

女が、二人を見下ろし、笑った。その瞬間、那智は悪寒の意味を悟った。

 

こいつは、“生きている”のだ。

 

“自我”を持ち、“感情”を持っている。しかしそれは決して共感を呼び起こすような生易しいものではない。

 

“殺気”。

 

無邪気な子供が虫けらをいたずらに殺すような、そんな純粋で残忍な殺気を、那智は本能的に感知した。

 

すぐさま、那智は振り返りざまに小銃を女に向け、引き金を引いた。

 

至近距離だ、外すはずもない。そう思った。

 

しかし、女は瞬時に上体を大きく反らして銃弾の連射を全てかわしてみせた。

 

そのまま数回のバク転を繰り返し、那智とマンバから距離を取る。

 

那智はその動きに目を見張りながらも、すかさず立ち上がって再度、小銃を構えた。

 

発砲。女の身体の中心を狙った三点バースト。だが女はそれも、まるで舞うように身体をくねらせて避け切った。

 

「那智、退け!」

 

マンバが左腕のレーザー銃を右手で支えながら構えていた。那智はマンバの背後に回り射線を空ける。

 

マンバがレーザーを放つ。光の速度で放たれたそれを、しかし、女はいともあっさりと避けてみせた。

 

(発砲の瞬間を見切られたのか!?)

 

マンバは驚愕した。馬鹿な、と否定したかったが、それ以外に避ける術はない。

 

しかし引き金も無い、念じるだけで発砲できるレーザー銃の発射タイミングをどうして読めるというのか。

 

マンバの視界の中、女が変わらず笑みを浮かべながらこちらを見つめていた。

 

怖いくらいの美貌だった。まるで、こちらの思考の奥底まで見通しているかのような、その蒼い瞳が、急速に迫ってくる。

 

マンバは咄嗟に右腕で顔面をガードした。

 

次の瞬間、女の強烈な飛び蹴りが腕に炸裂し、マンバは背後の那智を巻き込みながら派手に吹っ飛ばされた。

 

その様子に、エレベーター付近に居た隼鷹たちも女に銃を向けた。

 

「那智、マンバ、そのまま伏せていろ!」

 

女まではまだ三十メートル程の距離がある。三人は女目がけて一斉に銃を撃った。狭い足場では避けようが無い密度の弾幕が女に襲いかかる。

 

しかし女は、キャットウォークの外に身を踊らせることで、それをかわした。

 

女が飛んだのは、レグの壁側だった。女はそのまま垂直の壁を、まるで床を走るが如く、二本の足だけで走り登ってみせた。

 

女の足が壁を蹴り、再び宙を跳んでキャットウォーク上に着地する。そのあまりに非現実的な動きに、隼鷹たちも呆気に取られてしまった。

 

「あ、あんなのアリかよ……」

 

「あれが余の言っていたイレギュラーだ。他の深海兵士とは比較にならん運動能力と判断力を持っている。ーー遠隔操作では考えられない動きだ。完全に自律しているとしか思えない」

 

キャットウォーク上では、マンバと那智が再び立ち上がっていた。

 

「那智、また先にエレベーターへ行け」

 

「流石に今度は、貴様一人では無理だ!」

 

「わかってるよ。だからこいつを預ける」

 

マンバが腰からロープの先端を掴み、差し出した。島を出る前に手に入れたクライミング用のフック付きロープだ。

 

「そういうことか!」

 

那智はフックのついたロープの先端を受け取り、エレベーターに向けて走り出した。ロープはマンバの腰からスルスルと伸びていく。

 

残ったマンバ目がけ、女が猛然と突っ込んできた。助走をつけ、体重を乗せた右ストレートが襲いかかる。

 

マンバはそれを右腕だけでかろうじてガードした。女の細腕とは思えないその拳の重さに、マンバはガードの姿勢のまま、数十センチも背後に押し下げられた。

 

女はさらに軽やかにステップを踏みながら、左フック、さらに右、と立て続けに拳を浴びせてくる。

 

ガードが跳ね除けられ、腹部と顔面に衝撃をくらった。よろめくマンバに、女が息つく間もなくローキックを放つ。

 

だがマンバは、背後に身を引いてそれをかわす。

 

さらに女は流れるように身体を回転させ、回し蹴りを放った。死神の大鎌の如く円弧を描いて襲いくるその一撃を、マンバは上体を反らすことで紙一重でかわした。

 

マンバの前髪が数本刈り取られ宙に舞った。文字通りの紙一重だ。

 

(美女の開脚なんて絶景、じっくり拝みたいところだが、そうもいかないか!)

 

回し蹴りを終えた後の隙を突くつもりだったが、女は勢いを殺すことなく更に回転し、裏回し蹴りを放ってきた。

 

「拙いっ!?」

 

今度はかわしきれないと悟ったマンバは、傷ついた左腕を無理やり持ち上げ、両腕でその一撃をガードした。

 

しかしその衝撃に、マンバはキャットウォークの手すりから外へ、上体を大きく仰け反らされていた。

 

なんとか踏みとどまり上体を戻そうとしたところに、女がハイキックで追い討ちをかけてくる。

 

これもなんとか両腕でガードするも、再び仰け反らされた。それでもまだ落ちずに堪えるマンバに、女は三度キックを放とうとした。

 

が、女は不意にその動きを止めた。

 

女は、ガードを固めていたマンバの足元にしゃがみこむと、その両足首を掴んで、ひょいと持ち上げた。

 

「あら? あららぁ!?」

 

マンバの身体は手すりを支点にくるりと反転して、外へ放り出された。

 

「ーーって、まだまだぁ!」

 

落下寸前、マンバはキャットウォークの縁に右手をかけてなんとかぶら下がった。

 

片腕一本で必死に堪えるマンバを、女はしゃがみ込んだまま面白そうに見下ろしていた。

 

「なあ深海のお嬢ちゃん、女の子がそんなはしたないポーズしちゃいけないよ?」

 

「カイゾク、オ前、面白イナ……」

 

「……喋れたのか」

 

「当然ダ。ドレダケ長イアイダ、人間二付キ合ッテキタト思ッテイル」

 

「よし、じゃあここからは話し合いで解決しようぜ。暴力反対、戦争は何も生まない」

 

「断ル」

 

女のしなやかな手がマンバの手に重ねられ、掴んでいた指を引き剥がした。

 

「そんな殺生なぁぁ!?」

 

マンバが、落ちる。

 

が、その時、既に那智がエレベータに辿り着き、フックロープの先端をフロアの手すりに縛り付けていた。

 

マンバが落ちる寸前、エレベーターは起動。彼をロープでぶら下げたまま、フロアが上昇していく。

 

「お嬢ちゃん、人を落としていいのは、落とされる覚悟がある奴だけだぜ。覚えときな」

 

エレベーターとともに上昇しながら、マンバはレーザー銃を連射した。

 

狙いはキャットウォークを支えている支柱だ。それが次々と切断され、女の立っている足場が崩壊を始めた。

 

キャットウォークが完全に崩落する寸前、女は再び壁に向かって跳躍した。

 

壁走りだ。女は壁をまるで平面のように全力疾走し、マンバへと追いすがってきた。

 

「ちょっとチートすぎるぞ、お前!?」

 

女が壁面から跳躍し、ロープにぶら下がるマンバのすぐ上の位置にしがみついた。

 

マンバの額に冷や汗が浮いた。

 

そんな彼を見下ろし、女が笑う。

 

「フフフ……サッキ何カ言ッテイタナ。落トサレル覚悟ガアレバ、人間ヲ落トシテイイ……ダッタカ?」

 

「……聞き間違いだよ。困ってる人を見たら手を貸しましょう、だ」

 

「ソウカ。デハ、手ヲ貸ソウ」

 

女の指先に鋭い爪が煌めき、その爪先がロープに食い込んだ。

 

「わっ、ばかばか、やめろ、やめてお願い!?」

 

「覚悟ハ有ルノダロウ? 奈落ノ底二、落チテ逝ケ」

 

「ちくしょおおおお!!!」

 

女とマンバの間のロープが、ぷっつりと切れた。

 

「こんなところで終わってたまるかぁぁぁ………」

 

断末魔の絶叫を残しながら、マンバは真っ逆さまに落ちていった。

 

女は満足そうに笑いながら、眼下の霧に消えていったマンバを見送った後、その視線を上げた。

 

次の標的は、エレベータに乗っている那智たちだ。このロープをよじ登り彼女たちを襲う。そう思っていた女の視界に映っていたのは、ロープにナイフを押し当てている那智の姿だった。

 

「マンバめ、無茶をするからだ。貴様の仇はとってやるからな」

 

那智は張り詰めたロープにナイフの刃を食い込ませた。

 

その足元では、女が血相を変えながら物凄い勢いでロープをよじ登ってきていたが、しかし間に合うはずもなく、那智はロープを切断した。

 

「ヴァァァァァァ!!! 憎ラシヤァァァァ!!!」

 

この世のものとは思えない絶叫を上げながら、女もまた落ちていった。

 

「はぁ…」隼鷹が 安堵の息を吐いた。「とんでもない敵だったな。あいつ、深海兵士っていうより深海棲艦そのものなんじゃねえか? なあネルソン、どうなんだ?」

 

その質問に対する答えは無かった。そもそもネルソン妖精自体が見当たらない。

 

「アイツ、どこ行ったんだ?」

 

その問いには伊14が答えた。

 

「ネルソンさんなら、マンバさんが落っこちる寸前に“世話がやける”とか言って飛び降りていったよ」

 

「助けに行ったのか。意外と面倒見が良いんだな、アイツ」

 

「でも助かるのかしら?」

 

千歳は下を見下ろした。既に海抜百数十メートルに達し、霧に覆われた眼下の様子は窺い知れない。

 

「奴の運次第だな」那智が言った。「生きていたらまた会える。もし死んでいたら……その時はレディに、立派な最期だったと伝えてやろう」

 

隼鷹も頷いた。

 

「死を伝えられる相手が居るんだ。それだけでアイツは幸せもんだよ」

 

その言葉を最後に、もう誰も下を見る者は居なかった。散った者への敬意を心に秘め、先だけを見据えていた。

 

彼女たちは戦士だった。

 

 

 

 

 

女は、自由落下の直後から、空気抵抗を利用して壁面側へと落下軌道を修正していた。

 

落下速度は毎秒44.3メートル、時速にして159キロでレグ壁面に接触した女は、その勢いのまま壁面を斜め方向に駆け下りた。

 

壁面の端に達すると即座に折り返し、そうやってジグザグに壁を駆け下りていく。

 

そうして落下の速度を徐々に殺しながら、女はついにレグの海面付近まで到達した。

 

そこはちょうど、放棄された千歳の飛行甲の上だった。

 

最後の10メートル近くを飛び降り、飛行甲板に着地した女は、先ず自分の身体の状態を確認した。

 

両足の裏が摩擦でズタズタになっていたが、この強化された人造兵士の身体なら、致命傷でなければ、その傷はすぐに回復していく。足の裏程度の傷ならば、後一分とかからず治りきる。

 

その他にはまったく異状は見当たらなかった。まさに超人の身体だった。

 

「悪クナイ」

 

女は確認を終えると、自分が落とされた頭上を見上げた。周囲は霧に覆われ、白い闇と化していた。

 

「アノ艦娘ドモメ、面白イジャナイカ……」

 

遊び甲斐がありそうだ。女はそう呟き、その場から歩き出そうとした、その時。

 

不意に霧の奥に気配を感じ、踏み出そうとした足を止めた。

 

「よお、お嬢ちゃん。遊び相手をお探しかい?」

 

「……生キテイタカ、シブトイナ」

 

「お前さんがピンピンしてるんだ。俺だってこれくらいできるさ」

 

霧の奥から、火の付いていない葉巻を咥えたマンバが、その姿を現した。

 

「よく言うわ。余のお陰ではないか」ネルソン妖精も現れた。「余が妖精を集めて受け止めてやらねば、さすがにその身体でも死んでいたところだ」

 

「あっさりバラすなよ。ブラフかけてプレッシャー与えようと思ったのに」

 

「助けてやったのに礼が聞こえんな」

 

「ありがと、感謝してる、命の恩人だ、惚れたよ、全部終わったらデートしようぜ」

 

「願い下げだ」

 

「オヤ、私ト遊ンデクレルンジャ、ナカッタノカイ。カイゾク?」

 

「……ああ、喜んで」

 

マンバは葉巻を咥えたまま、両腕でファイティングポーズを取った。その左肩の傷は既に塞がっていた。

 

「さぁ……第2ラウンド開始と行こうぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マンバと女が軽空母・千歳の飛行甲板上で再び対峙していた頃。

 

ポーラは既にその格納庫を離れ、レグ内を彷徨っていた。

 

(ポーラ……)

 

「やっぱり、聞こえる……」

 

それは声というには、あまりにも微かなものだった。いや、本当は声ですらないのかも知れない。

 

どこから聞こえてくるのかも分からない。それでも、

 

(ポーラ……)

 

はっきりとわかる。誰かが、彼女を呼んでくれている。

 

それは初めて聞く声だった。しかし、どこか懐かしく、知っている気がした。

 

(ポーラ……)

 

「誰なんですか。何処にいるんですか!?」

 

(ポーラ……こっちよ……ポーラ……)

 

「!?」

 

声が、呼びかけに応えてくれた。間違いない、自分は今、導かれている。ポーラはそう確信した。

 

さらに進んだところで、通路が二手に分かれていた。

 

しかしポーラは、どちらに進めばいいか分かっていた。

 

(こっちよ……ポーラ……)

 

「わかりました、右ですね!」

 

(違うわ。左よ…ポーラ……)

 

「あ、ハイ」

 

大人しく声に従って進む。

 

(このまま300メートル進んだら階段があるから、そこを下りた後に右手のドアを開けて、その次の交差点を左に曲がるのよ)

 

「なんだか急に具体的になってきました」

 

(大丈夫? ちゃんと覚えられる?)

 

「え〜っと、この先の階段を…上がる?」

 

(下りるのよ。…あぁっ!? そこの階段じゃないわ。まだ先よ、先!)

 

「は〜い」

 

てくてくと歩き、下りて、開けて、また歩いて、曲がる。

 

(ここが最後の扉よ。……はぁ、やっと着いた……)

 

「お疲れさまでした〜。……で、あなた様は、どちら様ですか?」

 

(え? 今更? ていうか、まだ気づいてなかったの?)

 

「何回か聞きましたけどスルーされました」

 

(そうだったかしら。そうね、ごめんなさい。私も今の状況にまだ困惑してるというか……口で言うより、直接見てもらった方が早いわ。扉を開けなさい。私はそこに居るわ)

 

「むぅ〜、焦らすなんてイジワルさんですね〜」

 

(いいから開けなさい)

 

「は〜い」

 

扉を開けると、その先は広大な空間だった。

 

高い天井に、深く掘り下げられた渠底。そこは、レグ内部に設営された入渠ドックだった。

 

そして、そこにはーー

 

「あ……あ……あ……!?」

 

そこに、一隻の重巡洋艦が鎮座していた。

 

船体は傷つき、構造物や武装の殆どが破壊され、ひしゃげていたが、間違いない。

 

見忘れるはずがない。

 

「ざ……ザラ姉さまぁ!」

 

(もう、ポーラったら、気づくのが遅すぎるわよ)

 

ザラ級一番艦・ザラの甲板上に、ポーラによく似た面立ちの女性の姿が、ぼんやりと浮かび上がっていた。

 

 

 

 

 




次回予告

俺は何故この世界に転生したのか。

私は何故この身体になって生き延びたのか。

その答えを決めるのは、決められるのは、己自身の選択と決断、ただこれのみ。

進んだ先は邪の道か。しかし立ち止まったままでは地獄が迫る。

次回、第六話「感動の再会(多分)」

「ザラ姉さま、もう心配しないで。大丈夫! ポーラ、ちゃんと旗艦を務めます。ばつびょ〜う〜」
(ポーラ……お酒はダメだからね……)
「景気付けの一杯はカッセンノナライって那智さん言ってました!」
(え、そうなの? よ、よくわかんないけど……なら、良いのかなぁ…)
「(。・ω・。)チョロイ」
(聞こえたわよポーラ!)
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