艦これ海上戦記譚~明け空告げる、海をゆく~   作:PlusⅨ

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第六話・感動の再会(多分)(1)

マンバは海賊だ。だから当然、その生き方は海賊的だった。

 

誰にも従わず、自分の決めたルールにだけ従った。

 

あらゆる困難を自力で乗り越え、邪魔する者は全て力ずくで退けてきた。彼にはそれだけの力があった。

 

彼は無敵の海賊だった。

 

その筈だった。

 

今、マンバは苦戦していた。

 

(まいったね、こりゃ)

 

マシンガンのような左ジャブの連打、からの渾身の右フック。

 

かつてヘビー級プロボクサーさえもノックアウトしたマンバ自慢のコンビネーションは、女にかすりもしなかった。

 

女は後ろ手に手を組み、遊んでいるかのような態度でゆうゆうとマンバの拳をかわしていた。

 

実際、遊ばれていた。

 

女はかわすだけではなく、時折、前屈みになって頬を差し出して挑発さえしていた

 

「ホラ、当テテミロ」

 

(ふざけた奴め!)

 

マンバは差し出された頬めがけ左フックを放ったが、女が素早く顔を引いたため、鼻先すれすれでかわされた。

 

しかしそれは女の注意を頭部に向けるための囮パンチだ。隙だらけになった女の腹部に、すかさず右アッパーを叩き込む。

 

今度こそ当たった。マンバの右拳は女の白い腹部に食い込んだ。だが、しかし、

 

「イイ攻撃ダ。少シムズ痒イゾ」

 

「ーーっ!?」

 

その柔らかそうな見た目とは裏腹に、女の腹部は驚くほど硬かった。

 

まるで重いサンドバッグを殴ったかのような感触とともに拳が押し返される。しかしマンバは怯むことなく、さらに左ストレートを女の顔面めがけ放った。

 

女はボディを打たれたダメージなど無いかのように上体を横に流して、その拳を避けてみせた。

 

直後に、マンバの腹部に女のヒザ蹴りが叩き込まれた。

 

「うぐっ!?」

 

呻き声とともに咥えていた葉巻を落としそうになったが、なんとか堪える。中々の威力だが、この程度で悶絶するほどヤワな腹筋はしていない。

 

(まだまだ、ここからだ!)

 

マンバは体勢を崩すことなく、逆に女を押し返すように前へと踏み込んだ。

女が素早く後退する。

 

マンバはさらに早く前進し、拳を繰り出した。左右のワンツー、相手を自分のペースに引きずりこむための息をつかせぬラッシュだ。

 

女は最初の数発は余裕でかわしたものの、その後の立て続けのラッシュは避け切ることができず、ついに後ろ手を解いてガード姿勢を取った。

 

(よし!)

 

マンバはそのガードめがけ、さらにラッシュを重ねた。ガードを崩すためでは無く、むしろ固めさせるための攻撃だ。

 

「おらおらおらぁっ!」

 

拳の勢いを止めずに、ラッシュの狙いを顔面から徐々にボディに移していく。それに合わせて女もガードを下げた。

 

「もらったぁ!」

 

間髪入れずに右アッパーを女の顔面めがけ下から打ち上げた。マンバの拳が天へと突き上がり、女が身体を大きく反らしながら空中で一回転した。

 

攻撃成功か。

 

(うっ・・・!?)

 

いや、違う。拳を上空に突き上げた刹那、その感触の軽さにマンバは戦慄した。

 

直後、アッパーに合わせて跳んだ女の脚が、マンバの顎を下からしたたかに蹴り上げた。

 

バク宙ですんなり着地した女に対し、マンバは受け身もとれずに背中から甲板に倒された。

 

顎を蹴られた際に宙高く飛ばされた葉巻が、マンバの顔の横にポトリと落ちる。

 

眩んだ視界の中で、霧に閉ざされた空がぐるぐると回っていた。

 

(ああ、ちくしょう……)

 

昔、何度もこんな風に空を見上げたことを思い出した。

 

まだ幼く、非力だった頃。身寄りもなく、住むところも、食べるものもなく、理不尽な暴力に苛まれて数え切れないほど地べたを這いずりまわった、そんな過去を思い出した。

 

非力な者は暴力に屈服することを強要される弱肉強食の世界。それがマンバの世界だった。

 

強くなければ生きられなかった。弱い奴から死んだ。負ければ死、そんな人生だった。

 

(死にたくねえな……)

 

マンバは曖昧な意識でそう思った。

 

(あ、そういや、俺もう死んでたんだっけ……)

 

トラックに轢かれて無様に死んで、そしてこの世界にやってきた。

 

(ホントかよ……)

 

トラックに轢かれて異世界に転生なんて、どこの空想小説だ。それに左腕のレーザー銃に、おまけに海賊船までそのまま付いてくるなんて都合が良いにも程がある。

 

転生の神さまなんて者が居るとすれば、こんな海賊風情に随分と便宜を図ってくれたものだ。

 

生前、神の機嫌をとった覚えも、赦しを請うた覚えもない。神はそれでも赦します、なんてほざいた坊主に懺悔を勧められたことがあったが、断った。罪を語るだけで一週間はかかりそうだ。

 

(……そもそも、俺の過去は……記憶は、本物なのかーー)

 

「ーーマンバ!」

 

「ッ!?」

 

ネルソン妖精からの呼びかけに、マンバは意識を取り戻した。

 

「マンバ、何をやっている。銃どころかレーザーさえ避ける敵を相手に、素手で勝てるわけがないだろう」

 

ネルソン妖精の呆れ声を背に聞きながら、マンバは立ち上がった。

 

気絶していたのは一瞬、恐らく二秒か三秒程度だろう。

 

女は、倒れていたマンバに追撃もせずに、離れたところでニヤつきながら立っていた。

 

マンバは頭を振って意識をハッキリさせながら、言った。

 

「昔な、剣の達人と戦ったことがある。マシンガンの連射も全部叩き斬っちまうイカれた野郎だった」

 

「ほう? で、その達人相手に素手で勝ったと言うのか?」

 

「いや、タートル号の主砲をぶち込んで勝った」

 

「貴様に正々堂々という言葉は無いのか」

 

「俺は海賊だぜ」

 

マンバは足元の葉巻を拾い上げて、咥え直した。そのままいつもの様に左手のライターで火を点そうとして、思い留まった。

 

機械式の義手。それはかつての自分のトレードマークでもあった。

 

「俺は海賊……海賊マンバだ……」

 

自らに言い聞かせるように呟きながら、マンバは左腕を女に向けて真っ直ぐに差し伸ばした。

 

レーザー銃発射の構えだ。しかしタイミングを気取られないように、左腕はまだ変形させていない。

 

「フフ、良イダロウ。付キ合ッテヤル」

 

女は、薄ら笑いを浮かべたまま、まるで撃ってみろと言わんばかりにずかずかと歩み寄ってきた。

 

マンバは左腕を向けたまま、女が近づいてくるのを待った。

 

距離5メートル、4メートル、3メートルーー

 

(ーーここだ!)

 

マンバがそう思った瞬間、女が、マンバから向かって左側へ素早く回り込んだ。

 

まるで瞬間移動のようなスピードだった。しかも、そこは左手を前方に伸ばしているマンバにとって死角にあたる位置でもある。

 

女はそこからマンバめがけ、鋭い手刀を放っーー

 

ーーマンバは身体を右へとひねった。

 

女に対して背を向けた形からの裏回し蹴り。大きく弧を描いて振り抜かれた右足のかかとが、女の側頭部に炸裂した。

 

「ーーガッ!?」

 

女がレーザー銃を避けることを見越しての迎撃だ。

 

マンバは素早くリボルバーを引き抜きながら、よろめいた女に向きなおり、引き金を引いた。

 

至近距離からの三連射。

 

だが、それは女に命中しなかった。

 

「イイ攻撃ダ。ダガ、マダ遅イ」

 

「くっ!?」

 

よろめいたかに見えた女だったが、リボルバーを向けられた瞬間、即座にその銃口を手で払いのけてみせたのだ。

 

リボルバーごと右腕を大きく外側に払いのけられ、ガラ空きになってしまったマンバの懐に女の拳が突き刺さる。

 

「ごふっ!?」

 

みぞおちに一発くらって前屈みにされたマンバの顔面に、今度はヒザ蹴りが命中した。

 

視界に火花が散らせながら大きく仰け反ったマンバに、女はさらに追い討ちをかけるべく、その左腕を掴んで、ぐいっと引き寄せた。

 

そのままマンバの背中側にまわして捻りあげる。レスリングで言う所のハンマーロック、柔道での腕ひしぎだ。

 

「オ前自慢ノ奥ノ手ヲ、コノママ圧シ折ッテヤロウ」

 

「ぐぁっ!」

 

怪力で容赦なく捻り上げられ、左腕の肩までの関節が軋んだ。悲鳴を堪えてわななくマンバの口元から、咥えていた葉巻が落ちる。

 

足元に落ちたそれを、マンバは踏み潰した。次の瞬間、耳をつんざくような爆音と共に強烈な閃光が放たれた。

 

葉巻型スタングレネードだ。

 

自らの意思でそれを炸裂させたマンバは当然ながら対策済みだったが、女にとっては完全な不意打ちだった。

 

その上、常人よりもはるかに鋭敏な感覚をもった肉体だけに、その聴覚と視覚は完全に麻痺していた。

 

「ざまみろ! これで俺の勝ちだっーーって、あれ? あれ?」

 

拘束から逃れようとしたマンバだったが、驚くべきことに、左腕を掴むその手はわずかも緩まなかった。女は感覚を麻痺させられたまま、彫刻のように微動だにせずマンバを捕らえ続けていた。

 

「お前さん、ホント、とんでもないねぇ…」

 

とんでもない強敵だ。だから、本当の奥の手を使うしかない。

 

マンバの決意と共に、その左腕がーー

 

ーーブレードへと変形した。

 

女に掴まれていた左前腕部そのものがブレード化したことで、その指を切断し、マンバは遂に拘束から逃れることに成功した。

 

マンバに逃げられた女が、感覚を麻痺させたままにもかかわらず、即座に後方へ跳び下がろうとする。

 

「逃がすかよッ!」

 

マンバは振り返り様に、女めがけてブレードを横薙ぎに振り抜いた。

 

手応えはあった。だが、致命傷じゃない。片足を斬っただけだ。

 

後方へ10メートルばかりも跳躍した女だったが、しかしうまく着地できずに甲板上を転がった。

 

その両手の指と、そして右足の向こう脛は、わずかに皮一枚残してぶら下がっているだけだった。

 

「ソノ左腕……マサカ、コンナ手ガ残ッテイタトハナ…」

 

「こんな手で悪かったね」

 

女の麻痺が回復しつつあることを見抜いたマンバは、右手のリボルバーを女に向け、躊躇なく引き金を引いた。

 

女が片足のみにもかかわらず、再度、後方へ大きく跳躍してその弾丸をかわした。

 

空中の女めがけ、マンバはさらに二発を撃ち込む。女の身体が空中で大きく仰け反り、そのまま飛行甲板の淵から、船体の外へと落下していった。

 

「やったかな?」

 

マンバは飛行甲板の端から海を見下ろしたが、女の姿はどこにも見当たらなかった。

 

「逃げられたな」

 

いつのまにか、ネルソン妖精も隣で同じように見下ろしていた。

 

「だけど深傷を与えたぜ」

 

「弾丸は空中で避けられた。それに高周波ブレードの切り傷は綺麗だからな。人造兵士の自己治癒能力なら、しばらくくっつけておけばすぐに繋がる。……貴様の肩の傷と同じように、な」

 

言われて、マンバは自分の左肩をさすった。

 

クリスタルボディに刺し貫かれた傷は、この短時間で完全に塞がり、痕さえも残っていなかった。

 

「おっかない身体だこと」

 

「余が設計し、余が創った」

 

ネルソン妖精はそう言いながら、体内に隠し持っていたレーザー銃を取り出した。マンバから預かっていた義手だ。

 

「俺は、間違いなくお前に創られた人造兵士だってことか」

 

「そうだ。貴様自身も気づいていたのだろう。だから、先に落下していたクリスタルボディの左腕と、自分の左腕を換装することを思いついた」

 

「駄目元のつもりだったんだけどな。……だが、ぴったり違和感なく嵌ったときには、流石に俺もショックだったぜ」

 

マンバはブレード状の左腕を取り外し、元のレーザー銃を嵌め直した。マンバの意思一つで、レーザー銃が義手に変形する。

 

「ネルソン、お前は最初から、俺の正体に気づいていたはずだ。なのに何故、黙っていた?」

 

「貴様は観察対象の一つだった」

 

「観察?」

 

「貴様は本来、余が建造した最初の防衛軍艦【轟天号】の管制システム、その一部だった。艦娘と同様の能力を付与した貴様を通じて【轟天号】を制御する。……そのはずだった」

 

だが、イレギュラーが発生した。と、ネルソン妖精は語った。

 

試験航海に出た【轟天号】は突如として制御不能となり、あろうことか自ら海賊を名乗り、世界の海を好き勝手に放浪するようになってしまったのだという。

 

「それが俺とミュータントタートル号ってことか。なぁるほど、道理でタートル号を修理できる施設がここにしかない訳だ」

 

「むしろ今まで自分の正体も知らずに居た方が驚きだ。その上、何も知らずにここへ帰ってきたとは、本当に呆れた奴だ。もっと深い意図があるのかと疑って警戒していた余がバカみたいではないか」

 

「八つ当たりはよしてくれよ。疑っていたのはお前の勝手だ」

 

「当然だ。結局、貴様は何者なのだ。その自我はどこから来た。誰に与えられた」

 

「……ハハッ」マンバは笑った。「その質問を聞けて嬉しいぜ、ネルソン」

 

「貴様、どういう意味だ」

 

「俺の身体は、確かにお前さんに創られたものだが、俺の記憶と過去はそうじゃないってことだ」

 

「自分が何者か分からないのに、なぜ笑える? 不安ではないのか?」

 

「俺が何者であるかは、俺が決める。俺にはその自由がある。俺はマンバ、海賊マンバだ」

 

「フン、自由か。貴様のそれは幻とも偽りともつかん、曖昧な記憶に依って立つ不安定なものだ。いつか真実が明らかになったとき、貴様はそれでも“海賊マンバ”でいられるのか見ものだな」

 

「まあな。それでも平気だって言い切れる自信は、実は俺にも無いよ。……だから、俺にはレディの存在が必要なんだ」

 

「貴様が、“海賊マンバ”であり続けるために、か?」

 

「彼女は、この世界で“海賊マンバ”を認めてくれた最初の存在なんだ。俺の記憶や過去は偽りかもしれないが、あいつと過ごした数年間は疑いのない確かな現実だーー」

 

それに、とマンバは続けた。

 

「ーーそれに、あいつには記憶が無い。過去も、名前も……俺と同じで、この世界のどこにも居場所が無いんだ。だから、あいつが記憶を取り戻すまでくらいは一緒に居てやりたいのさ」

 

「言葉が矛盾しているな。レディが記憶を取り戻したら貴様の元を離れるかも知れないぞ。その時はどうするつもりだ。泣いてすがって引き止めるのか?」

 

「やだよ、みっともない。来る者は拒まず、去る者は追わず。男なら黙ってやせ我慢で見送るさ」

 

マンバは肩をすくめながら葉巻を取り出し、左手の指で火を点けた。

 

「それよりネルソン、もう一つ教えて欲しいことがある」

 

「なんだ」

 

「ポーラのことだ。……あの娘も、俺と同じ人造兵士なんだろ」

 

「……そうだ」

 

「ポーラも観察対象だったのか。だから二年もの間、手を出さなかったのか」

 

「その通りだ。だが、貴様とはやや事情が違う」

 

「…あの娘の自我の出どころか」

 

「察しがいいな。そうだ。ポーラは、あの重巡POLAそのものだ。今から二年前、欧州艦隊が送り込んできた実験用無人艦艇・ザラ級重巡洋艦、そのサポートAIのプログラムを余が人造兵士プラントに転送し、彼女を生みだしたのだ」

 

「お前が、自ら創ったというのか?」

 

「万が一に備えたスペアの開発、その実験だった。貴様という事例があったからな、人造兵士への自我の転送は有力なプランの一つだ。あの深海棲艦の女も、その実験体の一体を乗っ取られたものだ」

 

「じゃあ、お前は、もしこの要塞が破壊されそうになったら……」

 

「そんなシチュエーションに陥る確率は、統計上、無視できるくらいに低かったのだがな。どこかの誰かが、余計なモノを引き入れてくれたお陰でこのザマだ」

 

「どこの誰だろうねぇ」

 

「ふざけるな、馬鹿者」ネルソン妖精は言い捨てながら踵を返した。「付いて来い。貴様を人造兵士プラントに案内してやる」

 

「なんでまた?」

 

「深海棲艦の侵食が思っていた以上に早い。あの酔っ払い艦娘どもが間に合わない可能性もある。そうなれば、余も覚悟を決めるしかあるまい……」

 

「………」

 

そう言って先を進むネルソン妖精の背中を、マンバは黙って追いかけた。

 

 

 

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