マンバがエレベーターから落っこちて数分後、彼のことをすっかり過去の男扱いした那智たち四人組は、レグの最上層にあるアッパーデッキへと到着した。
エレベーター最上階は格納庫の中のようにガランとした広い空間であり、そこにネルソン妖精が言った通りゼンマイ戦車が待機していた。
“戦車”と名がついているが、その外観は二足歩行ロボットによく似ている。
戦車の車体の両脇に二本のアームが伸びており、重機のように物を持ち上げたり退かしたりすることができる。
車体下部には、つま先からかかとまで前後に幅の広い左右二つの脚部が地面を踏みしめている。この脚部の裏側には車輪が付いており、平坦な路面ならローラー走行が可能だ。
また、一見二本脚に見えるものの、これは実は四本脚であり、前半分と後ろ半分が独立して稼働し、障害物を安定して乗り越えることができた。
武装は車体上部中央に搭載された20ミリ機関砲が一基と、その後方右側にチャフロケットランチャー、そして左側にバズーカ砲が搭載されている。ちなみにこれらはすべて手動操作だ。なので20ミリ機関砲と、そしてチャフとバズーカ砲の間に、それぞれ射手席が(剥き出しで)取り付けられていた。
那智が機関砲の射手席に着いた傍で、隼鷹、千歳、伊14が機関砲の脇にあるハッチから内部に潜り込んだ。
「わ、狭い狭い。二人乗りだ、これ」
ぎゅうぎゅう詰めになった操縦席から伊14が這い出してきた。那智は自分の背後の席を指し示す
「私と一緒にタンクデサントだな。チャフとバズーカ砲の射手を頼む。――隼鷹、千歳、マニュアルはあったか?」
「ああ、見つけたぜ」
足元のハッチ越しに、隼鷹が分厚いマニュアルブックを開いたのが見えた。
那智たちがゼンマイ戦車を動かせるよう、ネルソンが用意したものだ。ただ、その分厚さは辞書並みだったが。
ゼンマイ戦車は進化しすぎたサイバー戦に、アナログ技術で対抗するべく開発された兵器だ。
ハッキングやジャミング、EMP攻撃を無効化するため電子機器は一切使われていない。動力はゼンマイだし、武装は全て人力による直接照準、二本のアームや四本の脚部の操作は操縦席にある無数のレバーを二人がかりで操作する必要があった。
コンピュータのアシストも無くこんなシロモノを動かすのだ。当然、その操作は複雑怪奇なものとなり、そのマニュアルが大辞典並みとなるのも仕方ないことだった。
こんなものを素人に動かせというのか、そんな無茶な。と那智はネルソンに文句を言いたい気分だったが、あいにく側に妖精はいなかった。マンバを追って落下していって以来、特に反応は無かったが、そのうち人造兵士なり何なりを用意してまた接触してくるだろう。
と考えていると、足元で隼鷹が声を上げた。
「お、イケる、イケる。那智、動かし方は大体わかったぜ」
「本当か? そのバカみたいに分厚いマニュアルでよく理解できたな」
「空母の発艦マニュアルに比べたらまだ易しい方さ。アタシら軽空母はそれを読み上げながら艦載機を飛ばすんだ。龍驤流陰陽式発艦術で身につけた速読法がこんなところで役に立つとはね」
隼鷹がマニュアルを読み終え、千歳に手渡す。彼女もページを凄い勢いでめくり始めた。とても読めるスピードとは思えないが、それでも千歳は全てを把握したらしい。
千歳はマニュアルを閉じると、すぐに席に着いて、目前に乱立するレバーを操作し始めた。
「先ずゼンマイを巻くわ。エンジンを回すわよ」
「エンジン?」
那智の質問に、隼鷹が答えた。
「人力じゃ巻けないくらい硬い特殊合金製のゼンマイだからな。巻きとり用の内燃エンジンがあるんだ。2ストロークのシンプルなやつさ」
隼鷹が喋りながら、自分の席近くにあるコックを捻った。
「千歳、燃料バルブを開いたぜ。準備よしだ」
「了解。行くわよ」
千歳が足元の紐を引っ張り、セルモーターを回す。軽い振動と共にエンジン音が響き渡る。
那智がポツリと呟いた。
「ゼンマイじゃ無く、普通にこのエンジンで動かせばいいのに」
「せいぜい軽自動車並みの馬力しか無いエンジンじゃ無理だよ。逆に考えたらいい。ゼンマイ戦車だからこそ、この程度のエンジンで馬鹿でかい車体を動かせるんだってな」
「そんなものか」
軽いエンジン音に混じってガッチャン、ギッチョンとゼンマイを巻く音が響く。
「イヨ?」
那智は、伊14が戦車から降りて、離れた場所で這いつくばっているのを見つけた。
「何をやっているんだ?」
「足音が聞こえるよ」伊14は片耳を床に押し付けたまま答えた。「五、六……七……十人くらいの集団が走ってくる。もうすぐこっちに来るよ」
「人造兵士か、それとも深海兵士か。イヨ、戦車に戻れ。迎撃準備だ」
那智は機関砲に20ミリ弾の弾帯を給弾する。伊14が戦車によじ登り、傍に付いて足音がした方を指差した。
「あっち。あそこの脇のドアの方から来るよ」
那智はその方向に機関砲を向け、引き金に指をかけて待った。
伊14の言う通り、扉の向こうから微かに足音が重なり合って聞こえてきた。
その足音が、止まる。
(こちらが狙っていることに気づかれたか?)
ドアごと吹き飛ばすか、と考えたところで、ドアがゆっくりと開かれ、そこから旗が突き出されたのが見えた。
旗と言っても鉄パイプにボロ布を巻きつけただけのモノだ。それがドアの陰から突き出されて、ゆっくりと上下に振られている。
「ねえ那智さん。あれって、もしかして“撃つな”ってことかな?」
「ネルソン制御下の人造兵士だな。――銃口を上げて出てこい」
狙いをつけたまま呼びかけると、那智の指示通り、人造兵士たちが武器と一体化した腕を上に向けて姿を現した。
その数、九体。一個分隊だ。その内の一体が行く先を示すように旗を振った。
「案内してくれるらしい。隼鷹、千歳、準備はいいか?」
「ゼンマイ巻き取り完了。いつでもイケるぜ。走行はアタシが担当するから針路と速力指示をくれ」
「私はアームや車体制御を担当しますね」
「了解だ。隼鷹、人造兵士の足に合わせる。時速10キロで前進だ」
「あいよ」
先導して走る人造兵士たちを追って、ゼンマイ戦車もガタゴトと走り出した。
が、人造兵士たちとの距離は見る見ると開いていく。
「増速、15キロ――いや、20キロだ」
「マラソン選手並みの速さだな。大したもんだ」
思ったよりも早いペースで一行は進む。しばらく直進したところで、壁に突き当たった。
人造兵士が、壁に向かって銃を撃つジェスチャーを示した。
「ぶっ壊せと言うことだな」
那智は機関砲の引き金に指をかけた。壁の向かって左下に狙いを定め、引き金を引く。六銃身バルカン砲が高速回転し、毎分300発の速度で20ミリ弾を連射した。
那智は引き金を引いたまま、左下から左上、右上、右下と銃口を振って壁を四角形に撃ち抜いた。
「隼鷹、このまま前進。千歳はアームを前方に突きだせ。壁を押し破る!」
人造兵士が左右に道を開けた間を、ゼンマイ戦車は壁に向かって突撃。四角に弾痕が穿たれた壁をアームが押し破り、戦車は外に出た。
目の前にアッパーデッキの景色が拡がった。まるで工場地帯のようだな、と那智は思った。平屋建ての大きな建物が幾棟も連なり、化学プラントのようなパイプが建物間を縦横無尽に走っている。
その景色の遥か彼方には、ひときわ巨大な尖塔がアッパーデッキ全体を睥睨するかの様にそびえ立っていた。
あれが目指すべきセントラルタワーだろう。ネルソン要塞の中心部にして中枢だ。
今は内部のセントラルコンピュータは深海棲艦に侵されて占拠されてしまっており、そこに、このゼンマイ戦車を突っ込ませ、搭載しているEMP爆弾を爆発させるのがこの任務の目的だった。
那智たちの居る場所からタワーまで直線距離でおよそ7~8キロぐらいだろうか。しかしそこまでそう簡単に辿り着けそうには無かった。
アッパーデッキは建物が密集していて迷宮の様になっていたし、その上、ネルソン要塞側の戦力と深海棲艦に乗っ取られた戦力とで激しい戦闘が行われていた。
遠くの建物で閃光が上がったかと思うと、数秒遅れて爆発音が轟いた。大量の黒煙を吹き上げて炎上するその建物の上空を無人攻撃ヘリが横切って行ったが、それもどこからか放たれた地対空ミサイルに撃墜され、火の玉となって墜落していく。
あたりにはそんな銃声と爆発と炎上による混沌が拡がっていた。
「盛大にパーティーをやっているな。イヨ、EMP弾は持っているな?」
「うん」
「一発しかない最後の切り札だ。その発射も含めて攻撃指示は私が行う。全周警戒を厳となせ」
「了解、全周警戒」
「那智さん」と千歳。「戦車を立脚姿勢から走行姿勢に変更します。アームが使えなくなるけれど、そのかわり車高が低くなるし、走行中の安定性も上がるわ。乱戦の中を駆け抜けるのですもの。そっちの方が良いでしょう?」
「それもそうだな。やってくれ」
「了解、走行姿勢」
ボタン一つでポチッとな、と言うわけには行かないらしい。千歳はあちらこちらのレバーを取っ替え引っ替え操作しながら、ゼンマイ戦車を変形させた。
車体両脇のアームが車体後方に回される一方、両足は前後に分割されて完全な四本脚になり、さらにそのまま前後に突き出されて、車体全体が伏せる様に車高を低くした。
これによりロボットじみた外見だったゼンマイ戦車は、文字通り戦車としてのシルエットに変化した。
「さあ行こう」
露払いとして先導する人造兵士たちを追って、ゼンマイ戦車が再び前進する。
道路は見晴らしのいい直線道路だ。人造兵士はその両脇を二手に別れて走っている。と、その先頭の一体が拳を掲げて“止まれ”と合図した。
ゼンマイ戦車は急停止。人造兵士が武器を構えたその先に、路地があった。そこから一体のパワードスーツと数体の人造兵士が飛び出してきた。
味方の人造兵士たちがすかさず発砲して、新手の人造兵士たちを射ち倒す。那智はそれを見てようやく、あれが敵の深海兵士であると理解した。
「ややこしいな、まったく!」
那智は機関砲を発砲。残るパワードスーツを蜂の巣にする。
敵を全滅させた後、人造兵士の一体が那智に向けて、自分の胴体を示してみせた。よく見るとそこに白地に赤で十字マークが描かれていた。敵味方識別の参考にしろと言うことらしい。
しかし咄嗟に見分けられる自信もないので、とりあえず見えるものは全部敵と考えることにしよう、と那智は決めた。誤射した場合は後でネルソンに謝っておこう。
一行は進む。しかし、すぐにまた敵に襲われた。
今度は伊14が見つけた。
「右後方から攻撃ヘリ。真っ直ぐ突っ込んでくる!」
「チャフ発射、三発!」
伊14がランチャー脇の点火ボタンを押す。ポンと軽い音を立てて、上空に金属片が散布された。同時に攻撃ヘリから対戦車ミサイルが発射される。
対戦車ミサイルはチャフによって撹乱され、車体スレスレをかすめ飛んで傍の建物に大穴を開けた。
那智はなおも接近してくる攻撃ヘリに対し機関砲で弾幕を張る。攻撃ヘリは急旋回し離脱を図った。
それを携帯式地対空ミサイルを背負った人造兵士が狙っていた。大量のバックブラストとともにミサイルが一直線に飛翔し、攻撃ヘリを撃ち落とす。
「いいぞ、よくやった」
那智が褒めると、その人造兵士は得意げに胸を反らして踏ん反り返った。やっぱりネルソンはどのボディであってもネルソンらしい。
と、そのふんぞり返っている人造兵士のすぐそばの建物に亀裂が入り、たちまち土煙を上げて崩壊した。
人造兵士たちを巻き込み、建物を破壊しながら、そこに巨大なメカが姿を現した。
外見はブルドーザーのような重機さながらだが、その大きさはゼンマイ戦車よりも一回りは大きい。さらに車体両脇と上部から、計三本のアームが突き出されていた。
鋭いかぎ爪をもったアームを威嚇的に振り回しながら、そのメカはエアー音を響かせながら襲いかかってくる。
「隼鷹、止まれ止まれ止まれ! 後進、バックバック!」
ゼンマイ戦車は急停止、急後進。振り下ろされたアームをかろうじてかわした。
「次から次へと変なのが現れるな。ここはビックリ箱か。イヨ、バズーカで吹っ飛ばせ!」
後進で距離を取りつつバズーカ砲を発射。しかし敵メカは車体を素早く旋回させて回避してみせた。図体に似合わない起動性能だ。敵をよく見てみると、車体下が車輪ではなく、空気噴出による浮遊走行をしていた。
Air−cushion robotto:エアロボットだ。
エアロボットが後退するゼンマイ戦車に急速接近、アームを振りかざし、横薙ぎに殴りつけてきた。左側面にアームが命中し、バズーカ砲が破壊された。
「あわっ!?」
射手席の伊14が投げ出されそうになり、必死にしがみつく。車体は殴られた反動で右に旋回。
そのちょうど向いた方向に、建物の間に伸びる狭い路地があった。横幅はゼンマイ戦車がかろうじて通れるかどうかといったところだが、那智は構わずにそちらへの前進を命じた。
「突っ込め! 通れなかったら、その時はその時だ!」
「ひっでえ命令だ」
隼鷹はぼやきつつも躊躇なくレバーを前進に押し込んだ。ゼンマイ戦車は路地に突進、壁をガリガリとこすりながら走り抜ける。
だが、出口まであと少しと言うところで車体がつっかえてしまった。
「おい那智、これどうすんだ!?」
「今考えてる。五秒待て」
「いーち、にぃー、さーん……」
伊14が能天気に指折り数え始めた時、千歳がハッチから顔を出し、後方を見て叫んだ。
「エアロボットが突っ込んでくるわ。みんな、衝撃に備えて!」
千歳が再びハッチに引っ込み、那智と伊14が射手席にしがみ付いた時、エアロボットが路地に突っ込み、ゼンマイ戦車に追突した。
ゼンマイ戦車は路地から押し出され、かわりにエアロボットが路地にはまった。
「あいつ、意外とアホだな」
振り返るとエアロボットが路地でもがいているのが見えた。
ざまあみろ、と思っていると、そのエアロボットの前部側のハッチがパカリと開いた。
「ん?」
ハッチから何やら奇妙なものが転がり出てきた。それは直径3ートルはある車輪だった。それが三個、路地を勢いよく転がってくる。
那智は嫌な予感がして、すぐさま前進を命じた。ゼンマイ戦車に避けられたその車輪は、そのまま通りを横切って反対側の建物に当たり――
――大爆発した。
「爆弾タイヤか!?」
「あ、私あれ知ってるよ。パンジャンドラムって言うんだ。珍兵器図鑑で見たことある」
「ネルソンめ、あいつアホみたいな兵器しか作らんな!」
ゼンマイで動く戦車に乗っている自分については意図的に棚に上げた。
爆発しなかった残り二個のパンジャンドラムが、ゼンマイ戦車を執拗に追いかけてくる。那智は機関砲を後方に向けてそれを迎撃、パンジャンドラムが二つまとめて爆散したが、その爆炎の向こう側から、また新たに三個のパンジャンドラムが現れた。
いったいどれだけ搭載されているんだ、と思ったとき、さらに爆炎を突き抜けてエアロボットが姿を現した。
もう路地から抜け出したのか、と思ったが、違った。これは新手だ。
その証拠に新たなエアロボットの背後で、最初のエアロボットが路地を建物ごと破壊しながら脱出し、追撃に加わってきた。
運転席の隼鷹が叫ぶ。
「前方、パワードスーツ部隊だ! 挟まれた!?」
「左側に脇道があるわ!」
千歳の報告に、那智はすかさず「取舵いっぱい!」と指示。ゼンマイ戦車は左側の車輪のみに急ブレーキを掛け、ドリフト走行しながら道を曲がった。
三つのパンジャンドラムは道を曲がりきれずに、そのまま前方のパワードスーツ部隊に突っ込み、大爆発をおこして吹き飛ぶ。
「わはは、やっぱりアイツら、アホだな」
しかしエアロボット二体が変わらずに追いかけてくる。ゼンマイ戦車はセントラルタワーを目指してひた走る。
タワーまで残りおよそ2キロ。
最後の直線道路に入った時、その道を塞ぐかのように居座っている三体目のエアロボットの姿を見つけた。
周囲に、他に迂回路は無かった。那智は止むを得ず、速力を落とすように指示した。
「イヨ、後方のエアロボットの様子はどうだ?」
「相変わらず追っかけて来てる。うわ、またヘリが来たよ!?」
「エアロボット三体に上空には攻撃ヘリか。敵としては充分な数だ。イヨ、EMP弾を用意しろ!」
「了解!」
「千歳、正面のエアロボットに突撃を仕掛ける。立脚姿勢に変更だ!」
「了解ですけど、理由を聞いてもいいかしら?」
「一か八かの命がけの勝負だ。死ぬ時は這ったままより、立ってる方が格好良い」
「私は畳の上で死にたいなぁ」
伊14がボヤきながら信号拳銃にEMP弾を装填しようとする。
その時、ちょうどゼンマイ戦車が立脚姿勢へと変形を始め、車体が大きく揺れた。
「おっとっとっと……あわっ!?」
EMP弾を装填し損ね、取り落としてしまった。弾はころころと転がって車体の外へと落ちていく。
「やばい、待って、待ってぇ!?」
「行くぞ、突撃だ!」
EMP弾を追って車体から飛び降りた伊14に気づかないまま、那智は突撃を下令してしまう。伊14を置き去りにしてゼンマイ戦車が加速する。
待ち伏せていた正面のエアロボットが、迫るゼンマイ戦車に向けてパンジャンドラム三体を吐き出す。那智は機関砲で迎撃。爆炎の壁が立ち昇り、それを突き抜けてエアロボットも突撃して来た。
ゼンマイ戦車も機関砲を連射し続けながら突撃を続行。しかし20ミリ機関砲ではエアロボットの正面装甲を撃ち抜けない。両者はお互いにアームを大きく振りかざしながら、見る見ると距離を詰めていく。
ついにゼンマイ戦車とエアロボットの距離がゼロになり、お互いにがっぷり四つに組み合った。しかし馬力はエアロボットの方が圧倒的に上だ。ゼンマイ戦車は車輪を空回りさせながら、後方へと押し返されていく。
その後方からは、追撃して来た二体のエアロボットと、さらに攻撃ヘリが接近してくる。
「イヨ、今だ! EMP弾を撃て!」
返事は無かった。当の伊14は、遥か後方で落としたEMP弾を探し回っていた。
「おぉいっ!?」
「あ、あったあった。――うわわわ!?」
EMP弾を拾おうとした時、後方から追撃して来たエアロボット二体に気付き、伊14は慌てて道路脇に退避した。
通過したエアロボットの風圧に煽られ、EMP弾がまた遠くに転がっていく。
「わー、待て待ってぇぇぇ!?」
「イヨぉぉぉ!? あああ、もう! 隼鷹、急旋回だ。そのまま後方に向けろ!」
背後に押し切られるままに、ゼンマイ戦車は右旋回。エアロボットごと一八〇度方向転換した。そこへちょうど、攻撃ヘリがミサイルを発射した。
ゼンマイ戦車の背後めがけ発射されたはずのミサイルは、当のゼンマイ戦車が反転したことでエアロボットの背面に命中する羽目になった。
堅牢な正面装甲と違って背部装甲は薄かったようだ。エアロボットは後ろ半分を木っ端微塵に破壊され、残骸と化した。
「よし、作戦通りだ!」
嘘である。ただの偶然だ。しかし那智自身の見栄と仲間への鼓舞のためにそう言っておく。
攻撃ヘリが再度接近を始めたので、那智は慌ててチャフランチャーに取り付き、残るチャフをありったけ空中に打ち上げた。
「イヨー! 早くしろー! どうなっても知らんぞぉぉぉ!!」
「もうちょっと、あとちょっと!」
ようやくEMP弾を拾い上げ、信号拳銃に装填しようとした伊14だったが、その目の前にゴロリンとでかい車輪が現れた。
「げ、パンジャンドラム!?」
伊14は慌てて来た道を見た道を逃げ戻る。その後からパンジャンドラムもゴロゴロと追いかけて来る。
伊14が逃げ向かう先では、ゼンマイ戦車が二体のエアロボットに襲われていた。
ゼンマイ戦車が盾にしていた残骸はひっぺ剥がされ、無防備にされたところを左右から計六本のアームでボコボコに殴られている。
「い、イヨ、早く……うげ」
どがん、ばごん、げしげしと容赦なく殴りつけられ、チャフランチャーが、20ミリ機関砲が、そしてアームまでが破壊され、装甲も凹んでいく。
上空では攻撃ヘリが機銃を光学照準で狙いをつけている。地上では伊14がパンジャンドラムに追いかけられながら必死にEMP弾を信号拳銃に装填しようとしていた。
「ひぃ〜ん、もう駄目だぁ」
力尽きた伊14がボテっと倒れ込んだ。パンジャンドラムはその横を通過していく。どうやら狙いは初めからゼンマイ戦車だったようだ。
「あ、なんだ、そうだったんだ」
ホッと安堵の息をついて、いや安心している場合じゃなかったと思い直し、EMP弾を信号拳銃に装填する。
攻撃ヘリが発砲、ゼンマイ戦車の周囲に着弾する。エアロボット二体はそんなの御構い無しに殴り続ける。パンジャンドラムが迫る。イヨは引き金を引いた。
爆音と青いイナズマが辺りに一帯に拡がり、一瞬後、周囲は静寂に包まれた。
数秒後、攻撃ヘリがセントラルタワーに向かって墜落し、爆発、アッパーデッキがかすかに揺れた。
「みんな〜……無事?」
「生きてるのが不思議だ。死ぬかと思ったぞ」
ため息をつきながら那智が降りて来た。続いて隼鷹と千歳もハッチから顔を出した。
「那智、アームや武器は全部イカれたけど、駆動系は無事だぜ。セントラルタワーまでなら問題なく走れる」
「そうか」
タワーまで直線で1キロと少しといったところだ。しかもちょうどタワー真正面に攻撃ヘリが墜落したおかげで、内部へと続く大穴が開いていた。
「ちょうどいい。あそこからゼンマイ戦車を突っ込ませよう。千歳、EMP爆弾に時限信管をセットだ」
「了解よ」
千歳が時限信管を調停している間に、隼鷹が機能停止したエアロボットを押しのけながら車体を方向転換させ、タワーに向けた。
「那智、イヨ、脚部に外付けブレーキがあるからそれを掛けてくれ。――よし、準備完了っと」
隼鷹と千歳が車体から降り、那智は掛けていたブレーキを外した。
無人のゼンマイ戦車は時限信管をカチコチ鳴らしながらセントラルタワーめがけて走り出す。
「共に戦った戦友に、敬礼」
短い間とはいえ自分たちの愛車だった存在を自爆させるのだ。那智たちに敬礼で見送られながら、ゼンマイ戦車はタワーへ突撃していく。
残り1キロ……500メートル……200メートル……
あとわずか、という時、目の前のタワーがぐらりと傾いだ。
「え……!?」
尖塔のような高いタワーの両脇に、いつのまにか巨大なアームが生えていた。
タワーは屈むように前に傾きながらアームを伸ばし、近づいていたゼンマイ戦車をむんずと掴んだ。
タワーはそのままゼンマイ戦車を持ち上げると、おおきく振りかぶってそれをぶん投げた。ゼンマイ戦車は放物線を描いて数キロ先へと墜落し、そこで電磁パルスの大爆発を引き起こした。
「「「「えええええええ!!!!????」」」」
なんだ、これ。
唖然とする那智たちをよそに、タワーはその全身から砲身を突き出すと、全方位に向け、一斉に発砲した。
周囲に大量の砲弾が雨あられの様に降り注ぎ、アッパーデッキ一帯はたちまち、火の海に包まれたのだった。
タワーによる一斉無差別砲撃は、ネルソン要塞そのものを揺るがした。
レグ中層部に居たマンバの元にもその衝撃は伝わり、傍に居たネルソン妖精が訝しげに上層を見上げた。
「まずいな」
「ネルソン、何が起きている?」
「那智たちはそれなりにうまくやった。しかし、それが深海棲艦の警戒心を刺激した様だ。奴は要塞全体の掌握を諦め、セントラルタワー以外の施設を破壊するつもりだ」
そのためにタワーそのものに備わっている防御システム“大巨像”を稼働させたのだという。
「大巨像ね。そのネーミングセンスどうにかならんのか」
「そんなことを言ってる場合か。このままでは私が一時避難しているサブコンピュータも破壊されてしまう。要塞各地にの六ヶ所に分散してあるが、それが破壊され尽くされるのも時間の問題だろう」
ネルソン妖精は視線を落とし、目の前にあるものを眺めた。
それはガラス製のカプセルだった。内部は溶液で満たされ、そこに白い肌と金色の長髪をもったグラマラスな美女が眠っていた。
人造兵士の製造カプセルだ。ここはレグ内にある人造兵士プラントの一つだった。
「最悪の結末を回避する、唯一の手段だ」ネルソン妖精は言った。「貴様やポーラと同じ様に、余という存在をこの肉体にインストールする。このままでは、そうせざるを得ないだろう。……しかし」
「……怖いのか」
「……不確定要素が多すぎる。ポーラを観察していたからな。彼女は元AIとは思えないほど不完全な存在になってしまった。あれは、あまりにも人間に近くなり過ぎた。……それも、かなりダメな方に」
「あー、うん、まあ、うん」
ポーラには悪いとは思いつつ、マンバもそこは同意するしかなかった。
「でも、ほら、ポーラは元からあんな性格だったかもしれないじゃないか」
「そんなことは無い!」ネルソンは強く否定した。「巡洋艦時代の彼女は立派な兵器だった。余の誇る防御システムに敢然と立ち向かい、姉妹艦と共に最期まで戦い抜いた見事な艦だった。だからこそ、余は彼女のAIをインストールさせたのだ!」
「敵として認めていたが故に、それを保存したってことか」
「そのつもりだった。が、その結果があのザマだ。あんな醜態を二年も見せつけられては、余が躊躇うのも無理はなかろう?」
「…………」
同意を求められたが、マンバは何も答えなかった。
本当にそうだろうか。とマンバの心に疑問が浮かぶ。
(ポーラ……お前さん、本当に変わっちまったのかい?)
そうかもしれない。人間なんてものは環境や、身体の具合ひとつでさえも簡単に変わってしまう生き物だ。自分という意識なんてものは曖昧模糊な幻に過ぎず、自我も、記憶も、脳というハードに依存する脆弱な、泡の様な、頼りないものだ。
だけど、だからこそ、マンバは思う。
「自分が何者かを決めるのは、いつだって自分自身さ」
「それが出来るなら苦労はしない。……ポーラには無理だった」
「そうかな。俺はそうは思わんよ。人間て奴は、魂とでもいうのかな、どんなに変わっても、変わらない根っこみたいなものが何処かにあるものさ。俺も、ポーラも……きっと、お前さんにもな」
「アテにならんな」
「ははは」
マンバは笑いながら葉巻をくわえ、そして、その場から踵を返した。
「どこへ行く?」
「ここでうだうだ悩んでいても時間は解決しちゃくれねえぜ。だから、俺がお前さんの背中を押してやるよ」
「待て、貴様、何をするつもりだ」
「俺が元々、ここで何をするつもりだったか教えてやるよ。コンピュータにEMP弾をぶち込んでお前さんの意識を消し飛ばすつもりだったんだ」
「それを今更やろうというのか。同じことは余自身が那智たち使ってやらせたが、失敗した。意味がわからんぞ。貴様一人で何ができるというのだ」
「実は、できちゃうんだよなぁ」
マンバは手元に残しておいたEMP弾を弄びながら、通路を進み、外に出た。
「お、いいロケーションだね」
手をかざして彼方を見通す。そこにはネルソン要塞デッキ下の景色が広がっていた。
その遠く数キロ先に、ネルソン要塞中心部の、あの大鉄塊にエネルギーを供給していたマイクロ波送信用のパラボラアンテナがかすかに見える。
「エネルギーカプセル五個分もチャージすれば行けるかな」
「貴様、まさか!?」追ってきたネルソン妖精が、唖然として言った。「あのアンテナにEMPレーザーを撃ち込むつもりか!?」
「御明察。あのアンテナがセントラルコンピュータと直結しているってことは、あらかじめ調べはついてるんだよ」
「バカな、やめろ、あれはセントラルコンピュータだけでなく、他の全てのサブコンピュータとも繋がっているんだぞ!」
「それも知ってる。だからこそだよ。でもよ、このまま放っておいても結果は同じだぜ」
マンバは左手をアンテナに向けた。その左手がレーザー銃に変化する。
「言っとくが、例え数キロ離れていても、俺は外しはしないぜ」
「き、貴様という奴は……!」
マンバは本気だ。ネルソンにもそれがわかった。そして彼が絶対にレーザーを外さないということも。それが可能な肉体なのだ。なにしろネルソン自身がそう作ったのだ。
ネルソンは進退極まっていた。ここでマンバを止めるのは容易いが、しかしそうしたところで深海棲艦にサブコンピュータを破壊されてしまうことは避けられない。
道は一つしかないのだ。それはネルソン自身も分かっていた。しかし、そうしたくはない。
ネルソンは、自分自身が思い描くネルソンで居たかった。気高く、誇りたく、独立心と自尊心に満ちた己を失いたくなかった。
ポーラの様にはなりたくなかった。
(だが、マンバが言うように、ポーラにも本当に変わらぬものがあるのならば……)
それに賭ける価値はあるのかもしれない。
そう思ったとき、ネルソンの注意は、同じレグ内に居るはずのポーラの元へと向けられた。
ポーラは今、独りで何を思っているのだろうか。監視カメラを通じて、今のポーラの様子が映し出される。
(ポーラ……貴様の可能性を、余にも見せてくれ……)
祈る様な気持ちでネルソンが目にしたのは、かつての姉妹艦:ザラの甲板上で酔いつぶれている、ポーラの姿だった……