艦これ海上戦記譚~明け空告げる、海をゆく~   作:PlusⅨ

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・ミュータントタートル号

マンバの海賊船。

タートルズと呼ばれる四つの小型船(レオナルド、ドナテルロ、ラファエロ、ミケランジェロ)が分離合体することで、水上(水中)用のサーフェイスモード、陸上用のランディングモード、そしてスタンディングモードに変形可能。

なおレオナルドの構成部分は「ドリル及び主砲等の武器部分」であり、そのため、ドナテルロ、ラファエロ、ミケランジェロの三隻のみでも各モードには変形可能(当然、ドリルは無い)。



第七話・ラストミッション(1)

 那智たち四人がセントラルタワーを出てから、およそ二時間後、彼女たちは目指していた場所である第15レグにようやく到着した。

 

「や、やっと……着いた……」

 

 隼鷹が息も絶え絶えにその場にヘタリ込んだ。他の三人も同じように座り込む。

 

「ご、五分、休憩だ」

 

 那智も水筒に口をつけながら息をついた。

 

 はみ出し者の酔っ払い集団とはいえ、彼女たちも軍人の端くれだ。

 

 それに品行不良ではあるが練度は高いし、それを維持するための鍛錬も欠かしたことは無い。そのため、たかが8〜9キロメートルの距離を小銃を抱えて走り切ることぐらい、普段の彼女たちなら造作も無いことだった。

 

 しかし、このネルソン要塞に流れ着いてから、ほぼ一昼夜、戦い続けて疲労困憊した身体で、さらに大巨象の砲撃で崩壊しかけた、残骸だらけの道なき道を走り抜けて来たともなれば、ヘタリ込むのも無理はなかった。

 

 だが、ここはまだアッパーデッキ上、つまりレグの最上層である。これから、この高層ビルの如きレグに立ち入り海面付近の屋内ドッグまで降りなければならない。もちろん徒歩でだ。マンバのEMP攻撃で要塞の主要な機能は全て停止しており、当然、エレベータも動かなかった。

 

 五分の休憩時間が過ぎ、隼鷹が重い腰を上げながら、ため息をついた。

 

「さて行こうかね。まー、ここからは下りだから、重力が味方してくれる分だけまだマシか」

 

「迷子にならなければ、ね」と、千歳。「内部はかなり複雑よ。ネルソンも黙りっぱなしだし、先が思いやられるわ」

 

 それに那智が、

 

「なあに、いざとなればエレベータシャフトから直接降りればいい」

 

 そう言って指差した先には大型エレベーターのフロアが、アッパーデッキにむき出しになっていた。フロアとシャフトには隙間はほとんど無かったが、端の方に点検用ハッチが取り付けられているのが見える。

 

 ちなみにエレベータは二基あった。フロアが上がりきっているエレベータの隣りに、シャッターが閉まった状態のシャフトがある。

 

「ねえ」と、伊14。「みんなちょっと待って。音が聞こえる。……足元からだ」

 

 伊14はサッとその場に伏せて、デッキに片耳を押し当てた。

 

「間違いない、エレベータが動いている。上昇してくるよ!」

 

 その言葉と同時に、閉じていたシャッターが開き始めた。

 

 四人はその方向に向け、素早く銃を構えた。開ききったシャッターの下から、エレベータのフロアが上昇してくる。

 

 エレベータには、一体の妖精が乗っていた。

 

 那智が、銃を向けたまま誰何する。

 

「……ネルソンか?」

 

「いいえ、違います。私は──」

 

 妖精が否定した瞬間、那智たち四人は躊躇なく引き金を引いた。

 

 銃声と共に大量の銃弾が妖精に襲いかかったが、妖精は素早く跳躍して、それをかわした。

 

 妖精は空中で三回転捻りを決めてから着地した。

 

「いきなり発砲するなんて、何を考えているんですか! メンテ妖精だってタダじゃ無いんですよ!?」

 

「ネルソンでなければ、深海棲艦だ」

 

「ミュータントタートル号のAIっていう可能性は考えないんですか!?」

 

「そんな余計なことを考えている間に撃たれたくないからな。白旗を掲げて出てこない貴様が悪い」

 

 那智は、妖精から銃口を外すことなく続けた。

 

「貴様がミュータントタートル号だという証を見せてみろ」

 

「そんなものありませんよ。──あぁ、待って、撃たないで。せめて、もう少しだけ話を聞いて。今、この場で、貴女たちをすぐに納得させるだけの証が無いというだけです。このエレベータに乗っていただければ、ドックに入渠している船体をお見せします」

 

「罠じゃ無いだろうな」

 

「疑り深いですね。こっちは親切で迎えに来たというのに、そう思うなら後はご勝手にどうぞ。私は一足先に船体に帰ります。エレベータの電源も切っておくので、自力で頑張って降りてきてください」

 

「口の達者なAIだな。面白い」那智は銃口を下げた。「そのエレベータに乗ってやる。海賊船まで案内しろ」

 

「どういう態度ですか。それに私は深海棲艦かもしれないのでしょう?」

 

「これまで深海棲艦とまともにコミュニケートした例は無い。もし貴様が深海棲艦だったとしても、それはそれで貴重な情報を得られるかも知れない。罠だとしても乗る価値はあるということだ」

 

「合理的なようで無茶苦茶な判断ですよ、それ。まったく、海賊よりも海賊的だ、貴女たちは」

 

「マンバにも同じことを言われた。なるほど、どうやら貴様はマンバの海賊船のようだな」

 

「彼とのコミュニケートに最適化された対人インターフェイスですからね」

 

 那智たち四人がフロアに立ち入ったのを見計らって、タートル妖精はエレベータを起動させた。

 

 エレベータシャフトを降下しながら、タートル妖精はこれまでの状況を説明した。

 

「現在、ネルソン要塞は完全に沈黙しています。その隙をついて、私はこのレグのみですが制御下におくことに成功しました。その際、これまでの経緯についても情報を得ました。貴女たちのこともね」

 

「マンバとは連絡を取ったのか?」

 

「いいえ、まだです。このレグより外の機能がまだ復旧していないため、通信設備も使用できないのです」

 

「無電池電話の回線は使えるはずだ」

 

「繋がっているのは各レグとセントラルタワーのみです。レグ同士には回線が通じていません」

 

「お、じゃあさ」と、隼鷹。「ポーラと交信すればいい。あいつ、またやる気になったみたいだからさ、無線で呼びかければきっと応えてくれるぜ」

 

「そうでしたか。その情報までは得ておりませんでした。では急いでレディのことについて報告しなければ」

 

「レディ?」那智は首を傾げた。「どういうことだ。レディはミュータントタートル号に留まっていたんじゃないのか?」

 

「その認識は一部で正しく、一部で不正確です。レディはタートル号に留まっていますが、ここには居ません」

 

「なんだと!?」

 

 その言葉に、四人は一斉に銃口をタートル妖精に向けた。

 

「タートル号がここにあると言ったのは嘘か?」

 

「嘘ではありません。──銃を下ろしてください。間も無くドックにつきます。ご自分の目で見たほうが早いかと」

 

 エレベータはシャフトを抜け、広い空間へと降りてきた。屋内造船ドックだ。水が抜かれた乾ドックに、一隻の巨大な船が鎮座していた。

 

 まるで巨大なブロックを“三つ”並べて繋げたような奇妙な形状をしている。

 

 マンバの海賊船ミュータントタートル号だ。

 

 だが、しかし、那智たち四人はその特異な形状の船体に違和感を抱いた。

 

 ネルソン要塞に辿り着く前に彼女たちが目にした海賊船とは、形状が明らかに違っていた。

 

「ドリルが無いぞ」

 

 一目見たら忘れられない、船首から突き出した巨大なドリルが、そこには無かった。他にも艦橋の前後にあったはずの主砲も無くなっている。

 

 タートル妖精は言った。

 

「私、ミュータントタートル号は、四隻の“タートルズ”という小型船が合体して構成されています。あの海戦の後、私はネルソンに拿捕され、四隻まとめてここに収容されました。しかし要塞が深海棲艦に乗っ取られた際、ドリルと主砲を構成するタートルズ【レオナルド】が別の場所へ移動させられてしまったのです」

 

「レディも一緒にか」

 

「その通りです。恐らく、残る三隻も全て別の場所に移すつもりだったのでしょう。しかし、そうなる前にマンバが要塞を停止させたので、これ以上バラバラにされるのは避けられましたが……」

 

「マンバもこの事実を知らなかったという事か。……タートル、貴様はこの状態でも戦えるのか?」

 

「万全ではありませんが、可能です」

 

「オープン回線でマンバと連絡を取れ。ポーラの船体が動かせるようなら、すぐに出港し、レディを捜索するぞ」

 

「アイアイサー」

 

 エレベータを降り、那智たち四人はミュータントタートル号へと乗り込んだ。タートル妖精の案内で艦橋に辿り着いた時、そこの多目的スクリーンにはマンバの姿が映っていた。

 

『那智、状況についてはサポートAIから聞いた。レオナルドは最も重要な部分だから、レディもそこに留まり続けたんだろう。それが仇になっちまった訳だ』

 

「レグの総数は十八基。ここと貴様の場所、そして島に建っているレグを除いても十五基も残っている。しらみ潰しに探すしか無いぞ」

 

『ふん、深海棲艦め。余の大鉄塊のみならず、轟天号まで手に入れようと謀ったか。小賢しいな』

 

 スクリーンに突如として割り込んできた女の姿に、那智たちは首をひねった。

 

「おいマンバ、その女は誰だ?」

 

『ああ彼女は──』

 

『ネルソンだ! 余の顔を見忘れたとは言わせんぞ!』

 

「貴様など知るか。──ネルソンだと? 頭がおかしいのか」

 

『おのれ、無礼な奴め!』

 

 憤慨する女の隣でマンバが苦笑した。

 

『そりゃ、その姿になってから初めて顔を合わせるんだから、知らなくて当然だろうさ。那智、信じられないだろうが、彼女はネルソンだ。人造兵士に自らをインストールしたんだ』

 

「本当か。そんなことが可能なのか。信じられんな」

 

『ほんとうですよ〜』ポーラもぴょこんと顔を出した。『ちなみに〜、実は私も、元AIさんだったりするんです〜。えへへ〜、ビックリしました?』

 

「……訳がわからん」

 

『これには、と〜っても深い理由がありまして〜、話せば長いんですが──」

 

「いや、説明してくれなくていい」

 

 那智は眉間に指を当てながら、もう片手を振ってポーラの言葉を遮った。どんな説明をされても頭が痛むだけだと確信があった。

 

「マンバ、今、私が知りたいのは一つだけだ。その女は敵か?」

 

『違う』

 

「なら充分だ」

 

 那智は頭を切り替えた。

 

 あの女の正体が何であれ、とりあえず、今、撃ち合う相手で無いのならそれでいい。那智たちがすべきことは、この要塞からの脱出と、そして可能な限りレディを探すこと、この二つだ。

 

「マンバ、そっちはいつ出港できる?」

 

『後二十分といったところだ。そっちは?』

 

「そうだな──」

 

「──こちらも二十分で可能です」

 

 ミュータントタートル号が代わりに答えた。那智は頷く。

 

「ならば準備出来次第、出港し、後は東と西に分かれてレグを捜索だ。いいな?」

 

『オーケー、ミュータントタートル号をしばらく預ける。頼んだぜ、那智。洋上で会おう』

 

 通信終了。

 

 艦橋内では既に、隼鷹、千歳、伊14が各コンソールについてシステムを確認していた。

 

「おい那智、こいつ面白いぜ」隼鷹がコンソール画面を指しながら言った。「タートルズが三隻しかいない状態でも、船体を構成している各ブロックを入れ替えることで、三つのモードに変形できるようだ」

 

「サーフェイスモードに、ランディングモードか。驚いたな、陸上も走れるという事か。……しかし、この残るスタンディングモードとは、なんだ?」

 

「こういうことらしいぜ」

 

 隼鷹がコンソールに、変形後の様子を表示させた。

 

「……イカレてるな」

 

 那智の口からは呆れた声しか出てこなかった。呆れるくらいバカバカしい機能だった。

 

 しかし、非現実的とは思わなかった。

 

 何しろ空を覆い尽くす巨大要塞に、全てを圧倒する砲身だらけの鉄球兵器、そして、それすらも翻弄して乗っ取ってしまう不死身のチ級なんてものを目の当たりにしてきたのだ。

 

 それに比べたら、海賊船が立ち上がることくらいは大したことじゃ無いような気がしてきた。

 

 そんな風に平然とした自分の心境を鑑みて、どうやら私もシュールな現実にかなり毒されつつあるぞ、と那智は自覚してため息をついた。

 

 そんな時、センサー用のコンソールを確認していた千歳が声を上げた。

 

「レーダーに感あり! ネルソン要塞に向けて巨大物体が接近中よ!」

 

「まさか、大鉄塊か?」

 

「間違い無いと思うわ。要塞から15海里離れた場所から接近中よ。──それにしても、屋内ドックに居るのにレーダーが使えるのも不思議な話ね?」

 

「要塞のレーダーをハッキングしました」とタートル妖精。「マンバが張り切り過ぎたせいで要塞の機能はほぼ回復不可能ですが、このレグの設備ぐらいは使えます」

 

 その時、遠くでかすかに砲声が轟き、そしてレグがわずかに揺れた。

 

「大鉄塊からの砲撃です」

 

 タートル妖精が多目的スクリーンに外の様子を映した。

 

 レグの一基が炎上していた。その付近のアッパーデッキが被弾し、瓦礫と化して海上へと雪崩のように崩れ落ちていく。

 

「深海棲艦め。どうしたってこの要塞を破壊し尽くさないと気が済まないらしいな」

 

「大鉄塊は要塞で補給を受けないと活動できない設計になっています。要塞の制御を失った以上、深海棲艦にとってはこの要塞も大鉄塊も残しておいては邪魔なだけ。使い捨てるつもりで全力で無差別破壊にかかるでしょう」

 

「防衛機能は? このレグにミサイルや砲台は無いのか?」

 

「残念ですがありません。我々の力のみで大鉄塊に立ち向かう以外にありません」

 

「不完全な状態で、勝算はあるのか?」

 

「どのモードで挑んでも五分五分といったところです」

 

「やってみなければわからん、という事か」

 

「重要なのは、立ち向かうか、それとも逃げるか、です。確率なんてクソくらえ、ですよ」

 

「AIの言うこととは思えんな。それもマンバの影響か」

 

「海賊のプライド、なんてものを仕込まれた結果です」

 

「上等だ。いいだろう、立ち向かってやる」

 

「でしたら、那智、ひとつお願いが」

 

「何だ?」

 

「死ぬときはスタンディングモードで」

 

「気が合うじゃないか。面白い、気に入った。──隼鷹!」

 

「あいよ。ミュータントタートルくん、スタンディングモード!」

 

 隼鷹がコンソールを操作すると、艦内に警報が鳴り響き、そして振動と共に船体が変形を開始した。

 

「ドック開放! ミュータントタートル号、出港準備! 第9643独立機動隊ヴァルキリーズ、出撃するぞ!」

 

 

 

 

 

 那智たちがミュータントタートル号と共に出撃したとき、ポーラもまた、マンバとネルソンを乗せて出港していた。

 

 彼女たちもまた、接近する大鉄塊に気づいていた。

 

 マンバが、通信でミュータントタートル号へ呼びかける。

 

「那智、さっき打ち合わせた作戦通りに行くぞ。先ずはポーラとミュータントタートル号で同時ECMだ!」

 

『了解だ』

 

「よし、ポーラ!」

 

「はぁーい、いっきまぁ〜す」

 

 ポーラは、ミュータントタートル号と同時ECMを開始。

 

 大鉄塊はそれに対抗しECCMで妨害電波の無効化を図ると共に、反撃としてポーラたちに対しECMを仕掛ける。

 

 ポーラのECMとは桁違いの出力で放たれた大鉄塊のECMに、こちらのレーダーが一瞬、真っ白に染め上げられた。

 

 しかしポーラとミュータントタートル号も対抗して同時ECCMを発動、大鉄塊の妨害電波をキャンセルし、レーダーの回復を図る。結果、性能は落ちたものの、砲撃戦が可能なレベルにまでレーダーが復旧する。

 

「よし、いけるぞ」と、マンバ。「ミュータントタートルと大鉄塊の電子戦能力はほぼ互角だ。そこにポーラが加わっている分、こっちの方がやや有利って事だ」

 

「えへへ〜、ポーラ、お役立ちですか〜?」

 

「あぁ、役立ってる。頼りにしてるぜ。だけどここからが危ない橋だ。気を抜くなよ」

 

「あいあいさ〜」

 

 緊張感の無いポーラの様子に、マンバは多少不安を覚える。

 

 その一方、ネルソンはといえばラム酒の瓶を片手に不敵な笑みを浮かべて仁王立ちしていた。

 

「征け! 突撃だ!」

 

「あいあいさ〜」

 

 酒瓶振り上げての突撃指示に、ポーラも威勢良く全速前進で応じた。

 

 ポーラの船体が波しぶきを蹴立てながらアッパーデッキの下から空の下へと進み出て、水平線に見える大鉄塊目指して突き進む。

 

 彼我距離およそ10海里。ポーラと大鉄塊は双方とも35ノット以上で近接を開始。その相対速力は70ノットにも達する。このまま七、八分も走れば正面衝突する速力だ。

 

 無論、既にお互いの主砲の射程内でもある。

 

 マンバは、水平線の彼方で大鉄塊が砲煙に包まれたのを目撃した。

 

「大鉄塊が主砲を発砲したぞ!」

 

「回避しまーす!」と、ポーラ。

 

「同時に反撃だ!」と、ネルソン。

 

 船体前部側の20センチ連装砲二基四門が一斉射、水平線めがけ四発の砲弾が飛翔していく。

 

 ポーラは急速面舵回頭、右方向へ急カーブしたポーラの船体めがけ、大鉄塊が放った十発もの砲弾が降り注ぐ。

 

 その砲弾は全て艦の左側に着弾、巨大な水柱を生じせしめた。

 

「近弾だ」と、マンバ。「大鉄塊の諸元計算が上手くいってないようだな。こっちのECMが効いている証だ」

 

「こっちの砲撃も外したようだが、な」ネルソンが双眼鏡を覗きながら言った。「四発全て大鉄塊の頭上を通り過ぎていった大遠弾だ。大鉄塊は回避もしとらんぞ。まあ最も、余の創りし大鉄塊の装甲は20センチ砲の直撃くらいではビクともせんが、な!」

 

「自慢するなら後でやってくれよ。良いんだ、ポーラ、命中しなくても気にするな。今は応射することに意味がある。このまま近づきつつガンガン撃っていこう」

 

「はぁ〜い。ポーラ、行っきまぁ〜す!」

 

 ポーラ、ジグザグ運動を繰り返しながら、更に発砲、大鉄塊との距離を詰めていく。

 

 大鉄塊は偶に直撃弾を食らうものの、微動だにせずに真っ直ぐ近づいてくる。

 

 彼我距離およそ6海里。

 

 ネルソンが言った。

 

「ポーラ、雷撃がくるぞ、備えろ!」

 

「あいあいさ〜。ソーナー警戒を厳となせ。水雷撃戦よーい、時限信管よーい!」

 

「彼我距離5海里を切ったところで魚雷発射。その後は作戦通り、反転して島へ向かって突っ走れ!」

 

「Conprensione. Ditanza 5 NM, Siluro fuoco!!」

 

 彼我距離5海里、ポーラは面舵回頭しつつ、大鉄塊へ向けて九発の魚雷を発射。そのまま反転、針路を島に向けた。

 

 ほぼ同時に、大鉄塊もポーラに向けて魚雷を発射していた。その数、なんと五十発。

 

 その上、大鉄塊はポーラの放った九発の魚雷に対し、避けるそぶりさえ見せず、真っ直ぐにポーラを追いかけ続ける針路をとった。

 

 ポーラは逃げる。大鉄塊に艦尾を向け、島を目指して逃げ続ける。

 

 そのポーラと大鉄塊の中間地点で、お互いの魚雷が交錯しようとしていた。

 

 その次の瞬間、ポーラの放った魚雷が、全て自爆した。

 

 九本の巨大な水柱が海面に聳え立ち、その衝撃波と爆音が海中をかき回し、迫り来る大鉄塊の魚雷のセンサーをかき乱した。

 

 この水中爆発により五十発中二十発の魚雷がセンサーを狂わされ、ポーラの航跡を見失い明後日の方向へと迷走していった。

 

 しかしまだ三十発もの魚雷が、ポーラめがけて殺到する。

 

「先ずは十発」ネルソンが艦橋で時計を見上げながら言った。「大鉄塊の魚雷は、対魚雷戦用の装備に同時に対策されないように、時間差で突入するようにプログラムされている。最初に来るのは高速パッシブ誘導タイプだ。あと九十八秒後にバッフルに紛れて真後ろから来るぞ!」

 

「六十秒前でデコイ発射します。回避運動よーい!」

 

 ポーラの船体後部から左右両側に向けて十発の自走型デコイが海中へと投入された。ポーラは取舵回頭。デコイと並走しつつ、針路を徐々に外していく。

 

 魚雷はデコイに食いつき、ポーラから針路を外した。

 

「ここまでは順調だな」と、マンバ。

 

 しかしネルソンは、まだ時計から目を離さないまま、言った。

 

「まだまだ次が来るぞ。デコイ対策に別ルートから進入してくる十発だ。七十秒後に左右からだ!」

 

 ネルソンの言葉通り、ソーナーが左右から包み込むように迫る魚雷航走音を捉えた。

 

 ポーラはデコイを発射。しかしポーラ自体が魚雷に挟まれて回避運動が取れない。

 

 デコイはポーラから遠ざかるために極端な変針を行なったが、それ故に魚雷はポーラとデコイをすぐに見分けてしまった。

 

 結果、デコイに引っかかったのは一発のみであり、残り九発がポーラに迫る! 

 

 マンバがソーナーコンソールを見て叫ぶ。

 

「魚雷近づく、距離1500!」

 

「水深は?」と、ネルソン。

 

「20メートルを切った!」

 

「よし、ポーラ、そのまま直進だ!」

 

「あいさー!」

 

 ポーラの目前に島の沿岸が迫っていた。水深が急激に浅くなる。

 

 通常、魚雷はある一定の深度で航走する。相手の真下で爆発することにより、船体の背骨ともいえる重要部分、船底キールを破壊するためだ。

 

 だがそのため、目標が浅い海域へ逃げ込んでしまうと──

 

 ──水深12メートル。ポーラの船底わずか数メートル下に固い岩場が迫る。一歩間違えれば座礁してしまう危険海域だ。そこをポーラは全速力で走り抜ける。

 

 その背後で、浅い海底にぶつかった魚雷が次々と爆発した。

 

 衝撃波が高速の波となってポーラの船体を不安定に揺さぶる。

 

 ポーラは全神経を操艦に集中、座礁しないギリギリの針路を保ちながら、島の周囲を沿うように回頭を開始する。

 

 ネルソンが言った。

 

「最後の魚雷群が来るぞ。深度対策のために海面近くを航走する浅深度魚雷だ!」

 

「大鉄塊も念を入れ過ぎだぜ」

 

「凄いだろう。余がそのようにプログラムしたのだ。伊達に十年間、あらゆる侵攻を跳ね除けてきた訳ではないぞ!」

 

「そのご自慢の大鉄塊を自分で攻略する気分はどうだい?」

 

「余が創っただけあって手強い手強い。相手にとって不足なし!」

 

「前向きなのかナルシストなのか、それとも両方か……」

 

「魚雷が来まぁ〜す。ネルソンさん、次は? 次の指示は!?」

 

「作戦通り、このまま島に沿って浅瀬を進め。マンバ、迫る魚雷は貴様に任せる!」

 

「オーケー、カッコイイところ見せましょ」

 

 マンバはウィングに出て、左手を海面にかざした。浅瀬対策とし海面ギリギリを航走する魚雷の航跡がはっきりと見える。

 

 マンバの左腕がレーザー銃に変形。その内部でエネルギーカプセルが三発まとめて発射回路に接続された。

 

 マンバはレーザーを発射、カプセル三発分のエネルギーをもった強力なレーザーが海面を貫き、魚雷のセンサーを破壊した。

 

 目標を見失った魚雷は自爆、その衝撃波が周囲へと拡散し、他の魚雷の針路を狂わせた。

 

 元々、海面付近は波の影響もあり針路維持や目標の捕捉が非常に難しい。

 

 マンバは立て続けに数発の魚雷を破壊し、自爆させた。

 

 その影響で残る魚雷も次々と針路を逸らされ、ポーラではなく海岸へと乗り上げ、そこで盛大に爆炎を上げた。

 

 五十発もの魚雷を全て回避された大鉄塊は、これ以上の雷撃戦は無意味と判断し、再び砲撃戦主体に戦術を切り替えた。

 

 ポーラに対し真っ直ぐに接近していた大鉄塊は、その距離を7,000ヤードにまで詰めていた。ECMによってレーダー照準が不安定でも、目視で充分狙える距離だ。

 

 大鉄塊は十数門もの砲身で連続射撃を開始。大量の砲弾がほぼ直進弾道でポーラに襲いかかる。

 

「面舵いっぱーい!」

 

 ポーラは急速右回頭、島の切り立った断崖絶壁のすぐ間近まで接近しながら、その影に回り込んだ。

 

 空中を埋め尽くすかのような大量の砲弾は島の陸岸に着弾し、その強大な破壊力によって大地をえぐった。

 

 ポーラが隠れた断崖絶壁も一部が崩落し、落石が次々と雪崩落ちてきた。その落石がポーラの目の前にも落ちてくる。

 

「うわ、わぁ!? と、取舵!」

 

「舵を戻せ! そのまま直進だ、恐れず突っ込め!」

 

「は、はいぃぃ!」

 

 岩礁が船体のすぐ左脇を通り過ぎた。あと数度でも舵を左にとっていれば座礁していた。

 

 しかし、舵を取らなかったことにより、落石が落下しつづける場所へ真っ直ぐ突っ込んでしまった。

 

 拳大の石が甲板上に次々と降り注ぐ中、ひときわ巨大な岩が、艦橋めがけ落下してくる。

 

「マンバ!」

 

「応よッ!」

 

 マンバがウィングで、レーザー銃を頭上に振りかぶる。レーザー照射。岩が真っ赤に光り、爆散した。

 

 マンバはさらにレーザーを連続発射。次々と降り注ぐ岩を正確に破壊していった。

 

 ポーラはそのまま断崖ギリギリを進み、大鉄塊から完全に姿を隠した。

 

 大鉄塊がポーラを追って島へと接近してくる。

 

「いいぞ、そのまま付いて来い」ネルソンが不敵に笑った。「深海棲艦よ。余の大鉄塊は確かに強い。最強の戦闘マシンであると、余が保証する。──だが、唯一無二では無い!」

 

 大鉄塊が、ポーラが隠れた断崖絶壁へと回り込んできた。すかさず砲身を向ける。

 

 しかし、そこにポーラの姿は無かった。

 

 代わりにそこに居たモノ。それは──

 

「──余が最初に創りし防衛システム“轟天号”! その強さ、その身をもって味わうがいい!!」

 

 海面を踏みしめる二本の脚、厚い装甲を纏った胴体、無骨で太くたくましい両腕、鎧武者の如き兜のような頭部をもった、巨大な人形二足ロボットが、そこに立ちはだかっていた。

 

 その内部にあるコクピットで、那智が高らかに叫ぶ。

 

「ミュータントタートル号、スタンディングモード。攻撃開始だ!」

 

 ミュータントタートル号はその巨大な拳を振りかざし、海面を蹴って、大鉄塊へと殴りかかった。

 

 

 

 

 

 


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