艦これ海上戦記譚~明け空告げる、海をゆく~   作:PlusⅨ

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唐突な設定紹介

・ミュータントタートル号

マンバの海賊船。

マンバが元いた前世では、世界征服を狙う秘密結社が、同じ野望を抱く大富豪と結託し、金に糸目をつけずに建造した最強の万能戦艦であったが、マンバがその組織と敵対した際に強奪した。

マンバがトラックに轢かれて転生した際、同じくミュータントタートル号も姿を現したが、こちらは本来、ネルソン要塞が建造した防衛用戦艦【轟天号】である。しかし、その管制用の人造兵士にマンバの意識が憑依したのと同じく、サポートAIにもミュータントタートル号のものが憑依している。


・サーフェイスモード(水上、水中用)

前部から【ラファエロ】【ミケランジェロ】【ドナテルロ】の順で一列に接続することで船体を形成し、そこへ各武器に分離した【レオナルド】が各部に装着されているという構造になっている。

全長:250メートル
最大幅:50メートル
主砲:回転砲塔式レールガン×2
副砲:12.7センチ機関砲×4
ミサイル:多目的VL×50セル(対空、対艦、対潜の各種ミサイルを装填可能)(ミサイルが入っているとは言ってない)
その他:艦首ドリル


・ランディングモード(陸上用)

艦首にドリル、中央に艦橋という形状はサーフェイスモードと同じだが、艦尾に位置していた【ドナテルロ】が無限軌道を備えた地上走行ユニットに変形し船体下部に装着されている。また主砲をはじめとした砲口武器は、艦橋の左右を挟む配置に変更されており、サーフェイスモードと比べ前方へ火力を集中できる構造になっている。

全長:120メートル
最大幅:70メートル


・スタンディングモード

【ラファエロ】が頭部・胸部・腕部、【ミケランジェロ】が腹部・腰、【ドナテルロ】が脚部となり、【レオナルド】は「艦これ」で言うところの「艤装状態」となって装着される。なお、ドリルは腕に着く。

全長(全高):100メートル
最大幅:20メートル(艤装装着時:50メートル)
必殺技:ドリルパンチ



第七話・ラストミッション(2)

 ミュータントタートル号スタンディングモード。それはミュータントタートル号が持つ三つの形態の一つにして、最も特殊な姿である。

 

 その全長は約100メートル。二本の脚部によって直立し、二本の腕を振りかざして深海棲艦をブン殴る人型巨大ロボだ。

 

 しかしその行動範囲は海上に限定されていた。何故なら、陸上では人型のままでは全長100メートル重量数万トンもの巨体を維持できないからだ。

 

 そもそも高層ビル並みの巨体を二本脚で歩かせようとする発想からしてどうかしている。転んだらどうする。一番高い頭頂部なんかは地上100メートルから大地に激突することと同義である。敵とド突き合う以前に自壊待ったなしである。イカれている。

 

 しかし、そんなイカれた形態でも、何故だか海の上でなら実現できたのである。

 

 二本の足で海面に安定して直立でき、しかも転んでもさほどダメージを受けない。慣性の法則が仕事しないのである。

 

 こんな非現実的で物理法則を無視した現象が、海の上ではまかり通っていた。

 

 その原理は未だに不明であるが、しかし深海棲艦などという巨大な人型兵器が海上を我が物顔で闊歩しているという理不尽な現実がそこにはあった。

 

 ならば、原理はわからないが、現実に存在している以上、再現出来ないはずがない。

 

 という信念と好奇心の元、見よう見まねで研究してみた結果、偶然に偶然を重ねた奇跡のような結果として、「人の形をしたもの限定で海上に直立できる技術」という画期的であるがイマイチ使いどころに困る技術が確立されたのであった。

 

 しかし使いどころに困るが、画期的なことは間違いなかった。

 

 何しろこの技術を使えば深海棲艦並みの巨体であろうとも海上を歩かせることができたからだ。それに何の意味があるかは別として──正直、海上を走るなら船の形をしていた方が一番合理的なのである──とにかく、できることはできるのだ。

 

「できるなら、作らないという選択肢は無い!」

 

 大鉄塊に向けて殴りかかっていくミュータントタートル号の勇姿を眺めながら、ネルソンは胸を張って言った。

 

「それに、深海棲艦と同じ技術、同じ姿の兵器を作るということは、いわば“敵を知る”ということにも繋がる。これは戦略上、とても重要なことだ!」

 

「で、その成果はあったのかい?」

 

 マンバからの質問に、ネルソンは「もちろん!」と力強く答えた。

 

「海上で人の形をしていても、戦術上まったく無意味だということがよく分かった!」

 

「だろうな」

 

 自分の海賊船のことではあるが、マンバもそこはあっさりと同意した。

 

 ミュータントタートル号はサーフェイスモードでは水上、水中、そしてランディングモードになることで陸上をも走ることができるが、このスタンディングモードだけは未だに使いどころが分からなかったので、滅多に使ったことは無かった。

 

 滅多に、ということは偶には使っていたということだが、それはサポートAIがこのモードを妙に気に入っていたからである。だから絶対に勝てる余裕のあるときか、はたまた勝敗とは全く関係のない状況下で、遊び半分で使った程度である。

 

 だから、この生きるか死ぬかの大勝負でミュータントタートル号がスタンディングモードで出てきたと知ったときには驚いた。

 

 だが、マンバは「やめろ」とは言わなかった。

 

「“死ぬときはスタンディングモードで”。サポートAIは常々そう言っていた。だから、あいつの意志を尊重してやりたいんだ」

 

 大鉄塊に挑む前の作戦会議で、マンバはそう言っていた。

 

「それに、少なくとも完全に無意味というわけでも無い。今、レディと一緒にタートルズの一隻【レオナルド】が行方不明になっちまっているが、ほとんどの武装はこのレオナルドに格納されていたんだ。こいつが手元に無い以上、残る三隻でまともに戦うにゃスタンディングモードでぶん殴る以外に無い」

 

 かくして、ポーラが囮となって大鉄塊をおびき寄せ、島影に隠れていたミュータントタートル号で奇襲するという作戦が実行されたのだった。

 

 その作戦は今のところ順調に行っている。

 

 おびき寄せた島影からの奇襲に成功したミュータントタートル号は、最初の一撃で、大鉄塊の全身から飛び出している砲身のうち数本をまとめて無力化することに成功していた。

 

 大砲の砲身というのは結構デリケートな代物だ。砲口は砲弾の径とぴったり一致しているため、横方向から強い衝撃などを受けて僅かでも歪んだだけでも砲は使い物にならなくなる。その状態で無理に発砲しようものなら間違いなく暴発する。

 

 ミュータントタートル号の“殴る”という攻撃方法は、砲身を歪ませるにはうってつけの方法だった。

 

 ミュータントタートル号は腕が届く範囲にある砲身を、片っ端から手当たり次第に殴り続けた。あっという間に、大鉄塊がミュータントタートル号へ向けていた側にあった砲身のほとんどを無力化することに成功する。

 

 大鉄塊が後進しながらその身を半回転させ、まだ無事な砲身群をミュータントタートル号へ向けようとする。

 

 コクピットで那智が叫んだ。

 

「させるものか。隼鷹、大鉄塊にぴったりと食らいつけ。千歳、どれでもいいから適当な砲身を掴むんだ。絶対に離されるなよ!」

 

 離れたら、距離を取られたら、終わりだ。近接格闘しかできない今のミュータントタートル号で大鉄塊に勝つには、拳の届く範囲でひたすら殴り続ける他に無い。

 

 逆を言えば、この近接レンジを維持し続けている限り、砲雷撃戦しかできない大鉄塊に負けることは無いはずだった。

 

(だが、待てよ?)

 

 那智はふと、引っ掛かるものを感じた。何かを見落としているような気がする。

 

(大鉄塊が近接戦闘をできないことか? いや、作った張本人であるネルソンがそう言ったのだから間違いない。……あの女が本当にネルソンならばの話だが)

 

 その辺りは、まだいまいち信じきれなかったが、しかし大鉄塊には手も足もないのだから格闘戦能力が無いのは確実だ。現に今、ミュータントタートル号を相手に手も足も出ずに殴られ続けている。

 

 大鉄塊の球状の表面装甲は呆れるほど分厚い上に、その丸みもあって、一回殴った程度では目に見えたダメージを与えたようには見えなかったが、それでも何度も殴り続けているうちに、僅かずつではあるが凹み始めた。特に砲身の付け根部分が構造的にも弱いらしい。

 

「千歳、砲身の根元を狙え。集中攻撃だ!」

 

「了解です!」

 

 千歳がコンソールを操作、砲身の根元部分めがけ、ミュータントタートル号の拳を振り下ろす。

 

 しかし、その拳が大鉄塊に届くことは無かった。

 

 振るった拳は、大鉄塊の傍から伸びてきた別の腕にガッシリと掴まれ、止められてしまっていた。

 

 それは機械の腕では無かった。生身の腕だ。病的なまでに白い肌を持った、細くしなやかな女の腕。

 

 細いといってもシルエットがそう見えるだけで、実際のその大きさはミュータントタートル号の無骨な腕と同程度はある。でなければ片手のみで横からパンチをつかみ止めるなんて真似は不可能だ。

 

「くそ、大鉄塊に取り憑いていた深海棲艦か!?」

 

 那智は歯噛みした。

 

 大鉄塊に片腕を突っ込み乗っ取ったチ級のことを忘れていたわけでは無い。しかしチ級が自由に使えるはずの残った片腕は砲口になっており、近接格闘には不向きな筈だ。それにチ級が取り憑いていた側は、ミュータントタートル号とはちょうど反対側であり、その位置からではどうしたって腕は届かない筈──

 

 ──そう思っていたが、しかし。

 

「チ級じゃ……無いだと!?」

 

 ミュータントタートル号の腕を掴み止めた深海棲艦が大鉄塊の陰からその全身を現した。

 

 女だ。黒いワンピースのような衣を纏った、長い黒髪の、女。

 

 その顔に仮面は無く、代わりに額から二本の角が天へ向かって伸びていた。

 

 その女がミュータントタートル号を見下ろした。

 

 でかい。全長100メートルのミュータントタートル号と比べ、推定120メートルはあるだろうと那智は見当をつけた。それでも全長150メートルにも達する戦艦ル級よりは小さい。つまり、明らかに別種だ。

 

 そう、この深海棲艦は──

 

「──戦艦棲鬼かッ!」

 

 これまで、ただ一度だけ、ソロモン海峡でのみその存在を確認された特異な個体だ。それゆえ級として分類されず、その外見的特徴から“鬼”と名付けられた特異体である。

 

 それがチ級の代わりに大鉄塊と繋がっていた。しかも片腕を突っ込んでいたチ級と違い、戦艦棲鬼は首の後ろからケーブルのような太い触手を伸ばし、それをチ級が開けた穴から突き込んで接続していた。

 

 つまり、戦艦棲鬼は大鉄塊からある程度距離を取りながら、かつ両腕が使える状態でいるのだ。

 

 ミュータントタートル号は戦艦棲鬼に掴まれた腕を引かれ、大鉄塊から引き離された。ミュータントタートル号の腕を掴んだまま、戦艦棲鬼がもう片腕を大きく振りかぶる。

 

 那智は叫んだ。

 

「防御姿勢を取れ、衝撃に備えろ!」

 

 ミュータントタートル号はまだ自由な片腕でガードを固めた。そこに戦艦棲鬼の拳が叩きつけられた。

 

 大砲の直撃を受けたかのような大激動とともにミュータントタートル号は大きく背後へと吹っ飛ばされた。

 

 コクピットの中の那智たちもただでは済まなかった。目の前で大爆発が起きたようなとんでもない衝撃が襲いかかる。その衝撃から脆弱な人間の肉体を守るため、各員の座席の周りをエアバックが包み込む。

 

 ミュータントタートル号は数十メートル以上も後退した後、そのまま背中から倒れこみそうになるのをオートバランサー機能を全開にしてなんとか踏みとどまった。

 

「全員、無事か!?」

 

 エアバックがしぼみ、那智がすぐに仲間の様子を確認する。他の三人に異常は無い。那智はそのまま戦艦棲鬼を見た。

 

 戦艦棲鬼は追撃してこなかった。しかしその理由はすぐに察せられた。先の一撃はミュータントタートル号を大鉄塊から引き離すことが目的だったのだ。

 

 戦艦棲鬼は大鉄塊を操り、残った大砲の砲身をミュータントタートル号に向けた。

 

「まずいっ!?」

 

 この至近距離から一斉砲撃を食らえば、一発轟沈は免れない。しかし、避ける余裕も無い。

 

 もはやこれまでか。と那智が諦めかけた時、伊14が叫んだ。

 

「突撃だ! 前に進もう!」

 

 那智もハッとなって叫んだ。

 

「前進! 前進だ! 戦艦棲鬼にぶちかませ!」

 

 ミュータントタートル号は海面を蹴って戦艦棲鬼めがけ飛びかかる。何か勝算があっての行動では無かった。立ち尽くしたまま死にたく無い、という伊14の潜水艦娘としての諦めの悪さに影響されただけだ。

 

 這い蹲ったままよりかは立って死ぬ。立ったままよりかは殴りかかって死ぬ。それが独立機動隊ヴァルキリーズの意地だった。

 

 しかし戦艦棲鬼は、そんなミュータントタートル号を赤く光る目で見下しながら大鉄塊に砲撃命令を送った。

 

 命令を送った筈だった。しかし、その命令は大撤回に届かなかった。

 

 いつのまにか背後に回り込んでいたポーラが主砲を発砲、20.5センチ砲弾が大鉄塊の触手が繋がっている部分に命中し、戦艦棲鬼との接続を断ち切ったのだ。

 

 大鉄塊は砲撃をする前に動きを止めた。

 

 砲撃を止められた戦艦棲鬼は、棒立ちのままミュータントタートル号の体当たりを受ける羽目に陥った。

 

 戦艦棲鬼の方が体格に勝るとはいえ、数万トンの質量を持った巨体の全力タックルに、今度は戦艦棲鬼が大きく背後へと後退する番だった。

 

 再度エアバックに包まれたコクピットで、那智が叫ぶ。

 

「好機だ、もう一回行くぞ! このまま押し倒せ!」

 

「こりゃ命がいくつあっても足りねえな!」

 

 隼鷹が悪態をつきながらミュータントタートル号を全力で走らせる。

 

「敵の下半身にタックルを仕掛けます!」

 

 千歳が宣言し、ミュータントタートル号の腰を低く落とし両腕を左右に大きく広げた。押し倒してマウントを取れば勝ったも同然だ。人型二足歩行兵器の大きな弱点である。

 

「やっぱり人型って兵器として不向きじゃ無い?」

 

 伊14が能天気にポツリと呟いたが、ぶつかる直前であることに気づいて慌てて口を閉じた。

 

 衝突! 

 

 数万トン同士の巨体が再度ぶつかり合い、両者が踏みしめる海面に大きな波を伴った波紋が沸き立った。

 

 しかし今度は、戦艦棲鬼はビクともしなかった。ミュータントタートル号と同じように腰を低く落とし、タックルを受けとめたと同時に上から押さえ込んだのだ。

 

「イヨ、リミット解除! 機関全力でフルパワーだ!」

 

「了解、ターちゃん、リミット解除! 頑張って踏ん張ってよ!」

 

『踏ん張りすぎて全身のパイプがブチ切れそうです!』

 

 コンソールから電子音声が悲鳴を上げた。もう妖精を介する余裕も無いのだ。

 

 ミュータントタートル号が全力で戦艦棲鬼と組み合っている隙に、ポーラは再度位置を変え、戦艦棲鬼に対して主砲の狙いを定めていた。

 

「ナッチー=サン、いま助けますからね〜。ふぉー……」

 

「あぁ、一つ言い忘れていた」

 

「……っとと、ネルソンさぁーん、調子を狂わせないでください」

 

「大鉄塊を制御不能にしただろ。あれをするとな」

 

「はいはい」

 

「完全自律モードになって、だれかれ構わずに無差別攻撃を開始する」

 

「はい?」

 

 首を傾げたポーラの視界の脇で、艦橋の窓ガラスが突然真っ白にひび割れ、次の瞬間、粉々になって吹き飛んだ。爆音と轟音と砲音が粉微塵になったガラスとともに艦橋内に撒き散らされる。

 

 大鉄塊から放たれた砲撃が艦橋をかすめたのだ。

 

「ほら、な」

 

「「な、じゃねえよ(無いですよ)!?」」

 

 そういう事は先に言え、とマンバとポーラが文句を言う間も無く、更に砲弾がポーラの船体の周囲に着弾した。

 

「これじゃ手がつけらんねぇ。一旦、島影に隠れるぞ」

 

 マンバの指示によりポーラは反転、無差別砲撃を始めた大鉄塊から遠ざかりつつ、再度、島影に向かう。

 

 その一方、大鉄塊の至近距離で組み合っていたミュータントタートル号と戦艦棲鬼は、この無差別砲撃をまともに浴びる羽目になった。

 

 特に体格に優り、かつミュータントタートル号に伸し掛かるような体勢だった戦艦棲鬼は上半身に四、五発の砲弾を一度に喰らい、その姿勢が崩れた。

 

 ミュータントタートル号はこれを好機と捉え、一息に押し倒そうとしたが、やはり大鉄塊からの砲撃を避けることができず、横合いから数発の命中弾を受けてしまい、結局、戦艦棲鬼から離れざるを得なかった。

 

 大鉄塊の無差別砲撃は止むどころか更に勢いを増し、全身至る所から伸びている砲身から、全方位に向けて砲弾をばら撒いていた。

 

 その砲弾はミュータントタートル号や戦艦棲鬼の装甲を抜くことはなかったが、近距離から大量に浴びせられてはそのダメージは無視できるものではなく、両者ともども一旦戦闘を中止し、急いで大鉄塊から遠ざかった。

 

 残された大鉄塊は遠ざかるミュータントタートル号や戦艦棲鬼を追う事もなく、その場でその巨体を旋回させながら、ひたすら全身の武器という武器を撃ち続けた。

 

 放たれた砲弾は頭上のアッパーデッキを次々と穿ち、爆炎と瓦礫が雨のように海上へと降り注ぐ。

 

 大鉄塊のそばに位置している火山島も砲撃を受けていた。草木のない剥き出しの山肌に砲弾が降り注ぎ、絨毯爆撃のごとく炎の華で埋め尽くしていく。

 

 当然、その火山の中腹に建てられていたレグも無事では済まなかった。その巨大な柱に炎の華が一つ咲く度に、レグは深く抉れ、削れ、たちまちその身を痩せさらばえていく。

 

 レグが限界を迎えるまで数分も要しなかった。見るも無残に痩せ細ったレグは要塞の重量を支えきれなくなり、この世の物とは思えないきしみ音を立てながら、真ん中からへし折れる様に倒壊した。

 

 レグが、支えていたアッパーデッキごと崩れ落ちる。デッキのうち火山島に覆いかぶさっていた数キロにも及ぶ広範囲の大崩落だった。数百万トンを軽く超える質量の落下に、島そのものが揺れた。

 

 それでも、その揺れは震度にしてせいぜい二、三程度のレベルではあった。あったはずだが、その揺れは数秒たっても収まることは無かった。

 

 それどころか、揺れは徐々に大きさを増し始めた。

 

「おい……嘘だろ……?」

 

 マンバは、島の様子が明らかに変化したのを認めた。

 

「まさか、噴火するのか!?」

 

「レグへの砲撃が引き金になった様だな」と、ネルソン。「あの島に建っていたレグは、火山の地熱エネルギーを得るためにマグマ溜まりに近い地下深くまで基盤が打ち込まれていた。そこへ数百万トン級の衝撃を与えてしまったのだ。これはもう、ただでは済まないな!」

 

 見守るマンバたちの目の前で、島の山頂付近が砕け散り、入道雲の様な真っ黒な噴煙が、一瞬で頭上遥か高空まで聳え立った。

 

 同時に、衝撃波が山肌を土埃を巻き上げながら駆け下りてくる。

 

 マンバは叫ぶ。

 

「伏せろ! 目と耳をふさげ──」

 

 三人が艦橋内で伏せた瞬間、衝撃波がポーラの船体を揺さぶった。既にガラスを失っていた艦橋内を音の壁が突き抜け、コンソールのスクリーンというスクリーンが全て粉々に砕き割られた。

 

 三人は伏せたまま、衝撃と気圧の急激な変化をなんとか耐え凌いだ。

 

 もしも立ったままだったら、もし目と耳を塞いでいなかったら、それ以前に人造兵士の強靭な身体でなければ間違いなく重傷を負っていただろう。それ程の衝撃だった。

 

 無論、船体も無事では済まなかった。艦橋のコンソールはほぼ全てが火花を上げて沈黙し、艦内では各所で配管が破れ、一部では火災と浸水が発生し、メンテ妖精たちが大わらわで対処に当たっていた。

 

「システム30パーセントダウン。でも〜、ポーラはまだ、やれます!」

 

 やる気を見せるポーラだったが、事態は収まるどころか更に悪化の一途を辿っていた。

 

 山頂の一部を吹き飛ばすほどの大噴火によって大量の噴石が舞い上がり、それが高空から次々と降り注いでくる。細かな小石程度のものから、中には1メートルを超える岩が、灼熱化したまま砲弾並みの威力を伴ってあたり一面に襲いかかる。

 

 そこに暴走を続ける大鉄塊の無差別砲撃が加わり、島の周囲は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

 

 ネルソン要塞は上空から大量の噴石、下からは大鉄塊の砲撃を浴び、その崩壊に拍車がかかる。

 

 艦橋でネルソンが呟いた。

 

「かつての我が身が朽ちていく。空の果てまでも目指さんと築き上げてきたが、あっけないものだ……な」

 

「感慨にふけっている場合か。まだレディが取り残されたままなんだぞ。せめて大鉄塊だけでも止めないと」

 

「どうやって?」

 

「ポーラに預けていたEMP弾がまだ一発残っている」

 

「また狙撃するつもりか。だが不可能だ。外を見ろ」

 

 周囲は徐々に白く煙り始めていた。噴火による火山ガスだ。大量の火山ガスが島の周りを覆い尽くし、更に要塞の下へと流れ込んで、大鉄塊の姿を霞ませていた。

 

「ガスが濃すぎて、これではレーザーが減衰してしまう。この艦の電力を使用しても大鉄塊を止めるには出力不足だ」

 

「だったら、ギリギリまで近接して撃ち込むまでだ」

 

「大鉄塊の砲撃を掻い潜ってか? 自殺行為だな」

 

「やれます!」とポーラ。「ポーラもザラ級、水上戦なら負けません。……そのはずで〜す」

 

「頼もしいな、ポーラ。でも俺は無理な特攻をさせる気は無いぜ」

 

「じゃあ、どうするんですか?」

 

「あれをちょっと拝借しようと思ってね」

 

 マンバはそう言って艦首の方向を指差した。

 

 そこには前甲板のカタパルトに鎮座している水上偵察機の姿があった。

 

「あれで大鉄塊に特攻するつもりか。それこそ自殺行為だ」

 

「やってみせるさ。俺を誰だと思っている」

 

「イカれた海賊」

 

「イカした海賊、マンバ様さ」

 

「マンバさん」

 

 ポーラがEMP弾の最後の一発を投げ渡す。マンバはそれを受け取り、艦橋から前甲板めがけ飛び降りた。

 

 十数メートルの高さを落下し、轟音を立てて硬い甲板に着地する。人造兵士としての超人的な肉体のなせる技だった。マンバはそのまま前部へと走る。

 

 火山灰と細かな噴石が降りしきる中、艦載機に辿り着いたマンバは素早く期待の外観確認を始める。

 

 主翼、異常なし。エンジン、異常なし。コクピットに乗り込もうとして、その足元が濡れている事に気づく。

 

 もしやと思って機体の下部を覗き込むと、燃料が漏れ出していた。タンク下方に亀裂が入っている他、給油口まで破損している。これでは新たに給油することもできない。

 

「ポーラ!」

 

『はいはぁ〜い』

 

 駆け寄ってきたメンテ妖精を介して、ポーラが応答する。

 

「メンテ妖精でタンクの傷を塞げるか?」

 

『それぐらいなら簡単ですよ。給油口の修理は難しそうですけど』

 

「中身が漏れなきゃそれでいい。それと酒だ。回収した千歳のコレクションをありったけ持ってくきてくれ」

 

『宴会でもする気ですか?』

 

「飛行機だって景気付けが欲しかろうさ」

 

 妖精は頷き、早速その身をアメーバ状に変化させ、その一部を切り取ってタンクの亀裂に貼り付けた。同じように新たに切り取った一部を給油口にも貼り付ける。その部分は変形して漏斗状になった。

 

 そこへ、新たに十数体のメンテ妖精たちが千歳のコレクションを抱えて前甲板に到着する。

 

 妖精たちは、マンバの指示に従って一斉に酒瓶の口を切ると、給油口の漏斗めがけて中身を注ぎ込んだ。

 

『うわぁ、もったいないです〜。……チトセ=サン、怒るだろうなぁ』

 

『ふむん、しかしこれだけ集めたとしてもせいぜい200リットル、ドラム缶一本分といったところか。三分も飛べばガス欠だぞ?』

 

「一分も飛べりゃ充分さ」

 

 燃料搭載が終わると同時に、マンバはコクピットに乗り込んだ。

 

「ポーラ、島影から出て艦首を大鉄塊に向けてくれ!」

 

『あいあいさ〜。……マンバさん、生きて帰ってきてくださいね。死んだらダメですよ?』

 

「知ってるかい。海賊マンバは二度死ぬ」

 

『意味わかりません』

 

『You only live twice』ネルソンが言った。『人は二度しか生きる事が無い。この世に生を受けた時、そして死に臨む時。貴様の今の心境か?』

 

「そんな高尚なもんじゃ無いさ。征ってくるぜ!」

 

『いってらっしゃ〜い』

 

 ポーラの艦首が大鉄塊に向けて回頭した。火山ガスに煙る視界に、全身から砲炎の輝きを眩く散らす大鉄塊のシルエットが浮かび上がる。

 

 マンバはカタパルトを作動させた。艦載機が射出され、マンバの身体は突発的な加速大Gによってシートに押し付けられる。

 

 艦載機は艦首から海上へ飛び出すと同時にエンジン起動、大鉄塊へ向けて更に加速する。

 

 艦載機がアッパーデッキ下部へと進入する。

 

 マンバは機体を操り、降り注ぐ大量の破片と、大鉄塊からの濃密な砲火をかわしながら急速に接近していく。

 

 目前に大鉄塊が迫る。

 

 狙うはこれまでの戦闘によってできた装甲の破損箇所だ。マンバは海面すれすれの低空飛行で機体を90度バンクさせ、大鉄塊の周囲を高速で旋回する。

 

 一周目で装甲の破損箇所を見定める。破損箇所はいくつかあったが、最も大きいのは、あのチ級によって空けられた箇所だった。大きさも充分だが、何よりチ級や、そして戦艦棲鬼もその場所に自身の一部を侵入させて大鉄塊を操っていた。

 

 おそらく制御系に最も近い箇所なのだろう。マンバはそこを狙う事に決めた。

 

 二周目を周りながら発射タイミングを計る。

 

 コクピットに警報が鳴り響く。燃料タンクの圧力異常警報だ。送油ポンプの圧力が低下している。もう燃料が尽きたのだ。

 

 マンバはスロットルレバーを最大まで押し込み、かすかに残った燃料を使い切って最後の加速を行う。

 

 三周目。

 

 マンバはコクピットキャノピーイジェクトボタンを押し、キャノピーを投棄、機体の外に身を乗り出して左腕を構える。

 

 刹那、EMPレーザーが破損箇所に命中したと同時に、大鉄塊が放った砲弾によって艦載機の主翼が吹き飛ばされた。

 

 大鉄塊はその砲弾を最後に、その機能を完全に停止させた。

 

 その傍を、片翼を失った艦載機がきりもみを打ちながら彼方のレグへと飛んでいき、その根元に衝突して爆散したのだった。


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