艦これ海上戦記譚~明け空告げる、海をゆく~   作:PlusⅨ

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第二話・海上護衛戦(2)

 高速航行すること三十分。やがて通報のあった貨物船が水平線上に現れた。全長200メートル程の大型船だ。

 

 さらに接近した後にウィングに設置されている高倍率望遠鏡で確認すると、マストに球形形象物が垂直方向に二つ並んで掲げられているのが見えた。

 

「運転不自由船の形象物を確認した。こいつで間違いなさそうだ。船名は藤永田丸か。国際VHFで呼びかけを行う」

 

 私は国際無線の受話器を手に取る。

 

「藤永田丸、こちらは貴船の後方2海里を航行中の駆逐艦・叢雲です。感度ありましたら応答願います」

 

 オープン回線で呼びかけると、すぐに応答がきた。

 

『こちら藤永田丸、感度良好です。どうぞ』

 

「こちらも良好です。回線6チャンネルに変更お願いします」

 

『6チャンネル了解しました』

 

 相手の了解を確認し、私はオープン回線から指定回線に切り替える。すぐに向こうからの声が入った。

 

『こちら藤永田丸です。感度ありますか』

 

「こちら叢雲、感度良好です。貴船の運転不自由船の信号を確認しました。現在の針路では深海棲艦の出現海域に入る恐れがあります。針路変更は可能ですか?」

 

『舵機室で火災が発生しまして操舵不能状態です。火災はすでに鎮火し現在修理に努めていますが、復旧にはまだ時間がかかりそうです』

 

「了解しました。危険海域を出るまで本艦が護衛につきます。現在の速力を維持して下さい」

 

『助かりました。ありがとうございます!』

 

 感情の乗った応答に責任の重さを感じながら、私は交話を終了し、叢雲に指示を出す。

 

「このまま藤永田丸を追い越して前方2000に出る。対空、対水上見張りを厳となせ」

 

「了解」

 

 叢雲もまた硬い表情で答えた。彼女も分かっているのだ。深海棲艦が間違いなく襲ってくることを。

 

 優れた肉食獣が群れからはぐれた弱者を適確に狙うように、深海棲艦もまた故障した船などを正確に嗅ぎつけ、襲いかかってくる。しかも今の藤永田丸は奴らに自分から向かっているのだから、正に格好の餌そのものだ。

 

 ならば深海棲艦にこれ以上近づかない様に、藤永田丸を停止させればいいだろうが、それは現状では愚策でしかなかった。

 

 それをやったところで、どうせ奴らはやって来る。しかもその上、民間船は一度停止してしまうと再び増速するのに多大な時間を要してしまうので攻撃を避けることが出来ないのだ。

 

 急発進、急加速が可能なのは、経済性を無視した大馬力大出力機関を搭載できる軍用艦の特権と言っても良い。

 

 であるならば、かくなる上は多少の危険を冒しても、このまま突き進んで深海棲艦を撃破するしか無かった。

 

 だがこれは針路変更が出来ない藤永田丸に合わせてこちらも針路を固定されるということであり、敵に対し有利な位置へ占位することが難しくなる事も意味していた。

 

「・・・叢雲」

 

「なに?」

 

「いざとなれば、この艦を盾にするぞ」

 

「覚悟しているわ」

 

 叢雲は前方を見つめたまま、躊躇わずにそう答えた。

 

 深海棲艦出現予測エリアへの接近に伴い、私は深海棲艦にこちらの存在を感知されないよう、叢雲と藤永田丸へEMCON(電波輻射管制)、すなわちレーダーや無線通信などの能動的な電波輻射を控える対策を指示する。

 

 レーダーを停止させるので遠距離目標の探知が出来なくなるが、そもそも深海棲艦はレーダーにほとんど映らないのだから、さほどの問題では無かった。むしろ深海棲艦も索敵に電波を使用しているので、その際の輻射電波を探知できれば敵の位置を掴むことが可能だ。

 

 叢雲は艦橋の自分用の座席に腰掛け、目を閉じて俯いていた。眠っているように見えるが、そうでは無い。艦の各所に搭載されたカメラや電波探知装置などとリンクし、深海棲艦の放つあらゆる兆候を捉えようと集中しているのだ。

 

 艦娘ならぬ身の私は、彼女の集中を妨げないようウィングに出て、そこの双眼鏡で水平線上を見張った。

 

 そうやって、静かなまま二十分ほどたっただろうか。

 

 不意に艦橋内で叢雲が席から立ち上がり、私のいる左ウィングに飛び出してきた。

 

「左30度方向から捜索用レーダー波を探知!」

 

 私はすかさず、叢雲の示す方向に双眼鏡を向けた。しかし、水平線上には何の影も見当たらない。

 

 何処だ? と正確な方位を確認しようとして、私は間違いに気づいた。

 

 叢雲が指し示していたのは、海上では無かったのだ。

 

「左30度、高角40度--雲の間よ!」

 

 彼女の指摘に視線を上げると、高い雲の合間に、黒い小さな影が見えた。

 

 私が双眼鏡を向け直すのと同時に、艦橋の周囲に取り付けられていた他のカメラ類も一斉に動き出す。

 

 私が双眼鏡の視界にとらえたソレは、黒い紡錘状の物体だった。鳥でも飛行機でもない。まるでいびつな魚が空を泳いでいるかのようだった。

 

「あれは・・・艦載機か・・・?」

 

 深海棲艦の空母タイプが放つ自立飛翔体だ。

 

 だとすればこの付近には駆逐イ級に加え、空母も潜んでいるということだ。

 

 いや、むしろ、

 

「鎮守府を空襲した空母か」

 

「その可能性が高いわね。だとすれば、イ級はその護衛ね」

 

 艦載機はしばらくこちらに向かって高空を飛んでいたが、突然、急旋回し遠ざかっていった。

 

 さらに、

 

「艦載機から通信波を感知。これは母艦への信号だわ!」

 

「こちらを見つけたな」

 

 艦載機が視界から消えていく。

 

 それを見届け、私たちも艦橋内へと戻る。叢雲が艦橋内の多目的スクリーンに、自動追尾カメラが捉えた艦載機のズーム映像を映し出す。

 

 そこに現れたのは、いびつな魚というよりかは、魚を模したいびつなナニか、だった。全長は約12メートル、半透明の鋭角的な貝柄のような胴体に翼竜のような翼を持ち、その翼の両端には5インチロケット弾、中央下部には20ミリチェーンガンを下げている。対艦攻撃や地上爆撃を行う際はこれに2000ポンド爆弾が加わるのだが、これは偵察用なのか搭載していなかった。

 

 一般的な深海棲艦空母は、このタイプの艦載機をおよそ三十機搭載していた。駆逐艦が一隻で相手取るには、かなりの難敵だ。

 

 その時、多目的スクリーンの片隅に【秘匿通信受信】の文字が表示された。

 

「哨戒機からの入電だわ。内容は・・・敵艦隊見ゆ!」

 

 すぐに多目的スクリーンの表示が切り替わり、哨戒機の現在の座標が示された。

 

 それによると深海棲艦の発見海域は、我々の場所から50海里程離れていた。

 

 スクリーンには続いて哨戒機からの映像が表示される。

 

 そこには、高空から見下ろした広い海原に四つの航跡が写っていた。映像が拡大され、深海棲艦の姿が露わになる。

 

 三隻のイ級に囲まれるようにして、空母が海原に立っていた。

 

【空母ヲ級】である。

 

 その全長は100メートル程と、駆逐艦扱いされるイ級に比べても小ぶりだが、しかし映像ではヲ級の方がはるかに巨大に見えた。

 

 その理由は、ヲ級の形状にあった。

 

 鯨のような海棲動物に近い外見のイ級と違い、ヲ級の外見は陸上生物に近かった。それも、二足歩行する動物だ。

 

 そう、ヲ級の外見はまさしく人間のそれだった。全長100メートルの人間型の怪物が海面に仁王立ちしながら滑るように航行している。

 

 そのヲ級の頭頂部の形状は、まるでつばの広い帽子か大きな傘を被っているかのような扁平状をしていた。その一部分に裂け目が生じ口のように大きく上下に開いたかと思うと、そこから艦載機が大量に飛び出していく。

 

「これはリアルタイム映像か?」

 

「そのようね。・・・哨戒機から通報よ。【発進した敵艦載機に爆装を確認、貴艦への攻撃部隊と思われる。尚、艦載機の一部が当機へ接近中につき一時退避する】だそうよ」

 

「EMCON解除だ。哨戒機には気にせず逃げろと伝えろ」

 

 私は叢雲に指示しながら国際無線を手にして、藤永田丸を呼び出す。

 

「藤永田丸、こちら叢雲。現在、こちらに深海棲艦の攻撃機が向かって来ています。当艦が迎撃に当たりますが、そちらも被害に備えておいて下さい」

 

『こちら藤永田丸、了解しました。宜しくお願いします』

 

 相手の返答は短いものであったが明らかに声が震えていた。その気持ちは十分に理解できる。軍艦に乗っていてさえ、敵と相対すれば不安を感じるのだ。まして操舵不能の非武装船では尚更だ。

 

 無線を切り、叢雲に指示を下す。

 

「対空戦闘用意!」

 

「了解、対空戦闘用意!」

 

 叢雲が復唱し、艦内にアラームが鳴り響いた。多目的スクリーンは艦内情報の表示に切り替わり、各武器、各センサー、そして妖精の配備状況がパーセンテージで表示されていく。

 

「各主砲へVT弾給弾完了、主砲対空戦闘用意よし。各機銃自動攻撃モード切り替え。ミサイルドーマント、短SAM用意よし!」

 

 叢雲の言葉と共に、スクリーン内の各武器の表示が赤く染まっていく。前後部にある12.7センチ連装砲、艦橋及び艦尾の20ミリ機銃、そして煙突型発射装置に装填された16発の短SAM(短距離艦対空ミサイル)・・・

 

 ・・・これは、アレだ。

 

「対空ミサイルそんなところにあったのか」

 

「ん? 煙突ミサイルのこと?」

 

「やっぱりそういう名前なんだな。てことは大和型にも装備されているのか?」

 

「持ってるでしょうね」

 

「波動砲は?」

 

「実用化されたらきっと欲しがるんじゃない。そんなことより、各部配置よし、対空戦闘用意よし、よ。司令?」

 

「了解。これよりステータスを示す。AIR WARNING RED(対空脅威度最大)、WEAPONS FREE(武器使用制限解除)。対空脅威軸270度、対空脅威セクター210度から330度、セクター捜索始め!」

 

「了解」

 

 私の指示に、叢雲は艦の指向性レーダーを敵編隊の襲来予想方向に向けた。通常の360度周回レーダーと違い捜索範囲は著しく狭いものの、その分、強力で正確な索敵が可能であり、ステルス性の高い深海棲艦やその艦載機を捉えることが可能だった。

 

 そして、レーダーは確かにその性能を発揮した。

 

 叢雲が叫ぶ。

 

「レーダー探知、左70度、目標は十機!」

 

 多目的スクリーンがレーダー画面に変わり、敵機を表す十個の光点が映し出された。敵は二機一組になってこちらへと殺到する。

 

「左対空戦闘、攻撃始め!」

 

 私の指示に、叢雲が戦闘シーケンスを実行する。

 

「デジグFCS1、2、3、4!」

 

 十機中四機に照準完了を示す枠が掛かる。

 

 叢雲の号令に、艦橋内にサポートAIの人工音声が答えた。

 

『FCSオンターゲット、SAM発射用意よし、射程内』

 

「SAM発射始め、サルボ(斉射)!」

 

 耳をつんざくような轟音と共に艦が揺れ、煙突型発射装置から八発の短SAMが垂直発射される。短SAMは空中で水平方向へ90度方向転換を行うと、推力ベクトル偏向専用ブースターを切り離し、ロケットモーターを点火、空中に火と煙の筋を引きながら艦載機へと向かう。

 

『MIF(ミサイル正常飛行)、インターセプト30秒前・・・10秒前 スタンバイ』

 

 レーダー画面上の敵四機に八発のミサイルが接近する様が映し出される。狙われた四機がミサイルに気付き回避運動を取ろうとしたが、音速を超えるミサイルが相手では手遅れだ。

 

 ミサイルが直撃。

 

『マークインターセプト、ターゲットキル』

 

 敵は残り六機。ミサイル残弾数八発。知らない人間からすれば、始めから全弾発射すれば余裕で撃墜できる様に見えるが、あいにく世の中、というか我が海軍の兵器は、そんなに上手く出来てはいない。

 

 ミサイルの誘導にはFCS(火器管制装置)と呼ばれる指向性レーダーが必要であり、これは一基につき一目標しか追尾できない。叢雲にはFCSが四基搭載されており、同時追尾できるのは四目標が限界だった。

 

 また対空戦闘のセオリーとして、敵一目標に対し対空ミサイルは複数発射することになっている。どれだけ高性能なミサイルでも統計上その命中率は100パーセントを下回るため、確実な撃墜を期するためには二発以上必要なのだ。

 

 敵は喪失を出しつつもさらに肉薄、こちらの主砲の射程内に入る。

 

「1、2、3リリース。アサンインマウント1、2、3。デジグ1、2、3、4!」

 

 叢雲はFCS四基の内一基をミサイルコントロール用に残し、三基をそれぞれ主砲の照準に割り当てる。三基の12.7センチ連装砲の砲塔が素早く旋回し空中を狙う。

 

 敵機再照準。

 

『1、2、3、4オンターゲット』

 

「SAM発射始めサルボ! 主砲、撃ち方始め!」

 

 ミサイル二発の発射直後に三基六門の主砲が火を吹き、叢雲の船体全体が砲煙に包み込まれる。

 

 別の多目的スクリーンでは画面が四分割され、四基それぞれのFCSの光学照準用追尾カメラからの映像が映し出されていた。まっすぐ迫る敵機の周囲で対空弾が次々と爆発し、数千にも及ぶ破片を音速で浴びせかけていく。

 

 ミサイルによって一機、主砲により三機を撃墜。残り二機が急上昇に転じる。

 

 逃げたわけではない。本艦直上からの急降下爆撃だ。

 

 割り当てられた敵機を撃墜した主砲が残る二機を再照準するが、敵は砲身の最大仰角を超えて上昇、急降下爆撃のセオリーでもほぼありえない垂直落下に移行し、爆弾を投下。

 

「機銃自動発射!」

 

 叢雲の攻撃許可を受け、サポートAIが機銃を最大仰角で発砲。毎分5000発の高速射撃による滝の瀑布の様な発砲音が響き渡った。その猛烈な弾幕が2000ポンド徹甲爆弾の前頭部に集中する。

 

 戦艦の装甲をも突き破る徹甲爆弾の頑強な外殻は機銃の集中猛射を全て弾いたが、そのために弾道が変化。叢雲の左右50ヤードそれぞれに落下し、高い水柱を上げた。

 

 直後、垂直急降下から機体の引き起こしに失敗した敵艦載機二機も、自らが投下した爆弾の後を追う様に海面へと墜落し水柱を上げた。

 

 サポートAIが無感情に、目標の全機消失を告げる。

 

「対空戦闘用具収め。残弾数、短SAM6発、主砲234発、機銃5000発。主砲、機銃、給弾はじめ」

 

「第一波は無傷でしのいだか。よくやった、叢雲」

 

「ま、この程度なら当然の結果よね。敵機の編隊が乱れていたし、連携も取れていなかった。それに予想よりも数が少なかったわ。おそらく哨戒機の追撃に回したのでしょうね」

 

 叢雲の言葉に、私は多目的スクリーンのレーダー画面に目を向ける。そこに哨戒機から発せられる敵味方識別信号の表示があった。どうやらまだ生きているらしい。

 

「哨戒機のパイロットには感謝だな。帰ったら航空隊に礼状と差し入れを送るとしよう。叢雲、第二波に備え」

 

「了解。FCSは引き続きセクター捜索を実施」

 

 しかし第二波はすぐにやってきた。探知した目標は十五機。哨戒機追尾に五機をまわしたのだとすれば、おそらくほぼ全機による攻撃と見ていい。

 

 叢雲がFCS四基をミサイルに割り当て、短SAM六発を発射。

 

『MIF、短SAM残弾なし』

 

「ここからが正念場よ。めいっぱい振り回すから、海中に放り出されない様にね」

 

「しっかりしがみつかせてもらおう」

 

「なんかいやらしいわ、あんた」

 

「セクハラのつもりは無かった。すまん」

 

 失言を詫びた私を見て、叢雲がくすりと笑う。その向こうの景色で赤い炎が空中に咲いた。

 

 ミサイルは全弾命中、敵は残り十二機。

 

 第一波では二機に爆弾投下距離まで詰められた。ならばミサイルを撃ち尽くした今度は九機が襲いかかってくるということだった。

 

 FCSを主砲に割り当て、残敵十二機に対し六門の砲身が咆哮を挙げる。主砲の発射速度は一門あたり毎分三十発。二門一組で交互に発砲するため、一基あたりの発射速度は毎分六十発(毎秒一発)になる。

 

 主砲が火を吹くたび、その砲身のすぐ下から1メートル程の大きさの空薬莢が排出され、甲板上に散らばって行く。発射された弾頭には対ステルス用に出力を増幅したVT信管が搭載されていた。

 

 VT信管は発射の衝撃を利用して内部機器を作動させ、弾頭のスピンを利用してレーザー光線を360度全周に向けて発振、周囲15メートル以内への目標の接近をレーザーの反射によって検知すると起爆装置を作動させて弾頭を爆発させ、大量の破片を目標に浴びせかける。

 

 深海棲艦の特性である電波吸収能力を上回る出力で発振されるレーザー光線は艦載機に対し有効に作動し、三基の12.7センチ連装砲はそれぞれ一機ずつ、計三機の撃墜に成功する。

 

 残敵九機が爆弾投下距離にまで接近する。

 

 FCSは敵機の再照準を開始するが、どうしてもそこにはタイムラグが生じる。

 

 しかし、四基のFCSの内、主砲を割り当てられていなかった余分の一基は既に敵機を照準し続けていた。敵機を撃墜し終えた主砲がすぐにそちらのFCSへ割り当てられ、発砲を開始する。これによって更に一機を撃墜。残り八機。

 

 だが叢雲に対し攻撃を仕掛けてきたのは六機だけだった。

 

「叢雲! 南端二機の狙いは藤永田丸だ!」

 

「了解! 3、4ブレイク、デジグ3、4、アサインマウント!!」

 

 叢雲が最後尾の主砲の狙いを、本艦に向かって今まさに爆弾を投下しようとしている敵機から、藤永田丸を狙う敵機へ切り替える。FCS二基を使い、再照準、主砲発砲。

 

 藤永田丸への爆弾投下寸前で、二機の撃墜に成功する。

 

 しかしその結果、こちらへ向かってくる敵機への迎撃が薄くなっていた。爆弾投下寸前で六機中、二機を撃墜したものの、四機が爆弾を投下。

 

「機銃自動発射、取舵いっぱい、機関最大戦速!」

 

 叢雲は三つの号令を発しながら、しかしそれは既に同時に実行されていた。

 

 叢雲は二基の機銃による火線を放ちながら、その船体を急激に左回頭させた。激しい波飛沫が船体全てを包み込む。大きく傾いた艦橋で私は司令席の手すりを固く握りしめて身体を支えた。

 

 機銃により爆弾二発を海面に叩き落し、残る二発が至近距離に着水する。着水時の水柱が収まる間も無く、爆弾の水中爆発によってそれ以上に巨大な水柱が噴き上がり、叢雲の船体を大きく傾けた。

 

 一瞬、転覆するかと疑うほどの傾斜の後、すぐに船体は反対側へ振れ戻る。叢雲はその反動を利用し、すかさず面舵回頭に移し、艦を安定させた。

 

 その時、叢雲は何かに感づいたように席から立ち上がり、水飛沫が舞う外を見上げ、睨みつけた。

 

「まだ来る気? いい度胸してるわねっ!」

 

 多目的スクリーンのレーダー画面上、爆弾投下を終えて遠ざかろうとする四機のうち、一機が再び旋回し、接近していた。

 

 敵機はロケット弾を連射。

 

「邪魔よっ!」

 

 回頭中に再照準を完了していた後部主砲が火を噴き、至近弾が敵機の右翼を吹き飛ばした。

 

 ほとんど同時に、後部機銃が跡形もなく消し飛んだ。敵機のロケット弾が命中したのだ。

 

 さらに翼を失った敵機が錐揉みしながらまっすぐ突っ込んでくる。

 

「機銃--っ!?」

 

「伏せろ、叢雲!」

 

 司令席から飛び出した私が彼女を床に押し倒した、その直後、敵機が船体後部へ激突した。

 

 艦橋が激しく揺さぶられ、私は叢雲を胸に抱いたまま大きく床を滑り、壁に右肩から衝突した。

 

 船体が振れ戻り、私と叢雲は再び艦橋中央に転がり戻る。途中、どこかに服が引っかかり、大きく破ける音がした。

 

 二、三度左右に転がされた後、私が仰向けになった状態で揺れはようやく小さくなった。

 

「叢雲、無事か!?」

 

「被害探知、急げ!」

 

 彼女は私の胸の上でサポートAIに指示を下すと、上体を起こして私を見下ろした。

 

「見たところ、あんたは無事みたいね。でも」

 

「私より自分の心配をしろ」

 

「大丈夫よ、それにメンテ妖精が点検してるし」

 

「船体という意味じゃない」

 

 彼女の上着は鳩尾あたりが大きく裂け、白い肌と、その中心の小さな窪みが露わになっていた。どうやら転がった時に破れたのは叢雲の服だったようだ。

 

 見たところ肌に傷はついて無さそうだが、鳩尾近くに薄く浮かび上がる肋骨の線と、下着の端が見えて、私はとっさに目を逸らした。

 

 私の反応に、彼女は一瞬不思議そうな表情をして、自分の服を見下ろした。

 

 叢雲の目元に、さっと朱が差した。

 

「ちょっと、やだ、何これ!?」

 

「怪我はないか?」

 

 極力、直視しないように訊いた私に、叢雲が怒ったように言った。

 

「だから大丈夫だって言ってるでしょ! あ、あんたが庇ってくれたんだから・・・それより!」

 

 彼女が手を伸ばして、私の右肩を掴む。途端に、激しい痛みが全身を貫き、私は思わずうめき声を上げてしまった。

 

「やっぱり、肩を脱臼してる!? 上着を脱がすから、立てる?」

 

 胸の上から降りた彼女に左手を引かれ、私はなんとか立ち上がる。揺れのせいもあるが真っ直ぐ立つことができず、右肩がひどく下がった状態だった。

 

 叢雲が正面に立って、ダブルの黒い上着のボタンに指をかける。

 

「くっ・・・揺れのせいで上手く外せられないわね・・・!」

 

「無理するな、これぐらい自分でできる」

 

「左手しか使えないのに?」

 

「自分の服なら簡単だ。他人の服は慣れないと難しい」

 

 私は左手で上着のボタンを外す。叢雲が背後に回り、上着に手をかけながら、訊いた。

 

「片手じゃなかったら脱がし慣れてるってこと?」

 

「どういう意味だ」

 

「そのまんまの意味よ。あんた何度も他人の服を脱がせてるわけ?」

 

「こんな時に何を言っているんだ、お前は?」

 

「だって、そんな言い方されたら気になるじゃない!」

 

「それを真面目に答えたらセクハラになるだろうがっ痛ででで!」

 

「そんなの当然じゃないっ! ああ、もう、なんで私こんなこと訊いてんのよっ!?」

 

 半分冷静さを失っている叢雲に無理やり上着を脱がされ、ワイシャツ姿になった私は、自分の右肩を見た。

 

 服の上からだが、白い薄手のシャツには血は滲んでいない。どうやら脱臼だけで済んだようだ。

 

「叢雲、肩を入れ直すから右腕を両手で持ってくれ」

 

「え? こ、こう?」

 

 叢雲に右腕の手首と肘を持ってもらい、私は左手を右腋に当てて座り込む。

 

「一、二の三で右腕を伸ばしたまま斜め上にあげるんだ。行くぞ、一、二の・・・三!」

 

 グイッと持ち上げられた拍子に、右肩が元の位置に戻る。

 

「いいわ、うまく戻った! ・・・って、あんた、大丈夫?」

 

「ぐぅぅぅ・・っっっ!!」

 

 肩から襲い来る激痛に悶えながらも、私はなんとか立ち上がった。

 

「で、被害は?」

 

「私の・・じゃなくて船体のよね!」

 

 赤い顔のまま、叢雲がウィングに出る。私も後を追い、彼女と共に身を乗り出して船体後部を眺めた。

 

 後部二基の主砲の砲塔がひしゃげ、そのさらに後ろにあるはずの機銃座は真っ黒な残骸となって煙を上げていた。

 

「被害報告が来たわ。二番主砲電源喪失により沈黙、現在修理実施中。三番は艦載機の直撃を受けて、全損、使用不能。後部機銃はロケット弾の直撃で消失」

 

「火災と浸水は?」

 

「初期消火成功よ。浸水なし」

 

 叢雲はそう報告すると、安心したように息を吐いた。とりあえず弾薬庫への引火や、喫水線下への大量浸水といった致命的な損傷は避けられたようだ。

 

 私は国際無線で藤永田丸の損傷を訪ねたが、向こうも先ほどの攻撃による被害はないそうだ。

 

 叢雲が空を見上げながら言った。

 

「残敵三機が引き上げていくわ。母艦へ帰投するのね」

 

「敵空母の搭載能力から考えれば、帰投機を含めてまだ八機は残っている筈だ」

 

「第三波が襲来したら、もう防げないわよ?」

 

「その前にこちらから仕掛ければいい。今こそ反撃のチャンスだ」

 

 私は司令席に戻ってレーダー画面を見上げた。

 

「艦載機の帰投方向と、哨戒機が逃げる前に送ってきた座標から、敵空母の概略位置を割り出すことができる。そこに向けてSSSM攻撃だ」

 

「概略位置が間違っていたら無駄撃ちになる。賭けよ?」

 

「SSSMは単独で目標を捜索可能だ。その捜索可能エリアにひっかかればいい。まあ、哨戒機が戻って来てくれれば確実なんだが・・・」

 

 と、私がそこまで行った時、多目的スクリーンの片隅に【秘匿通信受信】の文字が出現した。

 

「哨戒機からよ。【本機を追跡していた敵艦載機が帰投を開始。本機はこれより反転し、再度、敵空母艦隊の補足を試みる】よ」

 

「いいタイミングだ、状況はこっちの有利に流れ始めたぞ、この機を逃すな。叢雲、哨戒機に返信だ。敵空母の位置判明後、本艦はSSSMによる対艦攻撃を実施する。海空協同攻撃の可否を問う」

 

「了解・・・哨戒機より、【協同攻撃実施可能】!」

 

「いいぞ、成功したら差し入れ奮発だと伝えろ。AIR WARNING YELLOW、WEAPONS TIGHT、対空戦闘用具収め。SURFACE WARNING RED、WEAPONS FREE。水上戦闘用意!」

 

「了解。水上戦闘用意。SSSM攻撃準備。・・・哨戒機から入電、敵空母艦隊の補足に成功。なお、差し入れは瑞泉の古酒を希望するとの事」

 

「瑞泉か、いい泡盛だ。高品質でありながら値段が手頃なのがまた素晴らしい」

 

「あんた、呑んべえなのね」

 

「君は飲まないのか」

 

「あら、私にも差し入れくれるの?」

 

「帰ったら奢ろう」

 

「嬉しいわね、考えておくわ。・・・哨戒機と戦術データリンク完了。水上戦闘用意よし、SSSM攻撃準備よし」

 

「水上戦闘始め!」

 

「水上戦闘始め。海空協同攻撃を行う。SSSM攻撃始め。目標、駆逐イ級ナンバー1。発射弾数二発、支援一発」

 

『目標、駆逐イ級ナンバー1。発射弾数二発。座標入力完了』

 

 サポートAIの答えと同時に、船体中部に搭載された三連装魚雷発射管が旋回し、発射口を正横に向けた。そして水平だった発射筒がリフトアップし、斜め上に向けられる。

 

『SSSM発射用意よし』

 

「SSSM発射始め!」

 

 発射筒から大量のガスと煙が噴出し、空に向けて二発のSSSMが飛翔していく。

 

『SSSM発射。正常飛行』

 

「次回目標、駆逐イ級ナンバー2。発射弾数二発、支援一発」

 

『目標、駆逐イ級ナンバー2。発射弾数二発。座標入力完了。SSSM発射用意よし』

 

「SSSM発射始め!」

 

『SSSM発射。正常飛行。哨戒機、SSSM攻撃を実施』

 

 遠く離れた空の彼方でも、哨戒機が搭載SSSMを叢雲から指示された二目標へ発射した。哨戒機に対し、さらに残るイ級一隻を目標として指示され、それに対し二発を発射する。

 

 イ級にも叢雲同様、対艦攻撃を仕掛ける飛翔体への迎撃能力がある。しかしそれは同時突入してくる目標に対し、最大三目標への対処が限界という事が判明していた。

 

 それに対し、ヲ級の対空対処能力は一目標を対処できるかも怪しいほど脆弱だ。だがその分、イ級よりも耐久力が高い。

 

 今回、三隻のイ級はヲ級を守るように輪形陣で航行していた。則ちイ級は自分の対空対処能力の一部をヲ級防護に割り振っているということだ。

 

 これならばヲ級にSSSMを四発撃ち込んでイ級に対処させている間に、その各イ級へSSSMを三発ずつ同時突入させれば確実に命中させることができる。

 

 問題はヲ級へ向けた四発がどれだけの効果を上げるか、だ。イ級が持てる能力を全発揮して三発まで落としたとしても、最低一発は命中させられるだろうが、それで耐久性の高いヲ級を沈められるだろうか?

 

 私が密かにそんな不安を抱えている間に、叢雲が最後の四発をヲ級に向けて発射しようとしていた。

 

 一発、二発目は順調に発射され、三発目を撃とうとした時、警報が鳴った。

 

『発火停止、SSSM発射不能』

 

「SSSM発射待て!」

 

 サポートAIからの報告に、叢雲が発射を中止する。チッ、と叢雲がかすかに舌打ちした。私も同じ気分だった。

 

 サポートAIが多目的スクリーンに故障原因を表示する。艦載機の突入によるダメージにより回線が一部損傷していたため、発射シーケンスにエラーが生じたようだった。

 

「SSSM発射やめ。発射弾数七発、残弾二発。ヲ級を沈めるには力不足だわ」

 

「せめて甲板を破壊できれば良い。そうすればこの場は勝ちだ。言っただろう、見敵必殺はできずとも民間船舶に被害が出なければ勝ちだ、ってな。あまり気に病むな」

 

「そうね、そうだわ。了解。目標弾着まで二十分。今のうちに被害の復旧を急がせるわ」

 

 多目的スクリーンに海図が表示され、発射されたSSSMの航跡が光点で示された。七発のSSSMはまっすぐ敵艦隊に向かうのでは無く、それぞれ大きく蛇行を繰り返しながら海面すれすれを飛翔している。こうする事によって敵のレーダー探知を回避し、かつ同時突入のためのタイミングを調整するのだ。

 

 本艦の七発と哨戒機からの四発が、敵艦隊の四方を囲むように展開していく。私がそれを眺めていると、そばに一体のメンテ妖精が救急救命セットを持ってやって来た。

 

 どうしたのかと疑問に思っていると、叢雲が言った。

 

「一度脱臼したら外れやすくなるって言うでしょ。腕を副木固定して吊った方がいいと思って呼んだの」

 

「そうか、助かる」

 

 メンテ妖精に右腕を処置してもらう間に、SSSMは敵艦隊へ殺到しようとしていた。

 

 サポートAIがカウントダウンを開始する。

 

『SSSM弾着三十秒前』

 

 各イ級に三発ずつ、そしてヲ級へ二発が同時突入を開始。

 

 海面低空飛行で目標手前まで接近し、そこから急上昇を開始。位置エネルギーを稼ぐと同時に目標を光学照準により捕捉し、急降下に移る。

 

『弾着二十秒前』

 

 多目的スクリーンが十二面分割され、そのうち十一面に各SSSMからの映像情報が表示される。いずれも小さな点のような目標を画面中央にしっかりと捉えていた。

 

 画面中央の点が急速に大きくなる。イ級に装備されている5インチ砲の推定射程距離に進入したところで、それぞれに向かっていた一発ずつが消失した。

 

『弾着十秒前』

 

 三隻のイ級はそれぞれさらに一発を撃墜。これにより残るSSSMは五発になる。しかし墜とされたのはいずれもイ級を標的とするミサイルだ。ヲ級用の二発は未だ健在。

 

『5、4、3・・』

 

 そのヲ級用の一発が消失。しかし、ほぼ同時に各イ級へSSSMが突入した。

 

 そして、残る一発もヲ級へと突入する。

 

 多目的スクリーンから全てのミサイルの情報が消え、サポートAIがSSSM弾着を告げた。

 

 すぐに哨戒機から、現場海域の目視確認を行うとの通報が入る。

 

「哨戒機によれば、まだ近くに艦載機が複数飛行しているらしいわ。ちょうど収容中だったみたいね」

 

「反撃されるかも知れん。無理せず慎重に行うよう伝えてくれ。それと、突入に成功したミサイルの映像情報をもう一度再生できるか?」

 

「了解、表示するわ」

 

 多目的スクリーンが今度は四分割され、それぞれのミサイルが突入する寸前の映像が表示された。

 

 スローモーションで再生して分析したところ、各イ級へは、ほぼ中心部近くへ突入している事が判明した。搭載炸薬量と命中箇所からみて、大破以上の戦果は確実と思われた。

 

 後は最も脅威度の高いヲ級だったが、こちらはどうやら頭部へ突入したようだった。艦載機を発艦させていた部分だ。

 

「飛行甲板を破壊できたかしら?」

 

「この部分の強度によるだろうな。構造上、被弾の確率も高いだけに装甲が厚いとの分析もある」

 

 数分後、哨戒機から確認情報がもたらされた。

 

「現場海域に大量の気泡と浮遊物を確認、イ級三隻、撃沈確実!」

 

「ヲ級は!?」

 

「頭部から黒煙の噴出を確認。艦載機発進口を損傷した模様。尚、艦載機については収容を諦め、全機海面へ墜落」

 

 その報告に、私は大きく安堵の息をついた。一時はどうなる事かと思ったが、なんとか脅威を排除できたようだ。

 

 叢雲も同じ気持ちなのか、表情を緩めながら、言った。

 

「哨戒機から映像が送られてきたわ。スクリーンに出すわね」

 

 高空からの映像が映し出された。そこには、広い海原に大量の黒煙を噴き上げながら佇むヲ級の姿があった。

 

 しかし、

 

「叢雲、この映像、少しおかしくないか?」

 

「どういうこと?」

 

「いや、ヲ級と煙の位置がずれているような気がしてな」

 

「え?」

 

「哨戒機に映像を拡大するよう伝えてくれ」

 

 私の要請に、哨戒機がカメラをズームアップさせる。

 

「っ!?」

 

 画面に大きく映し出されたヲ級の姿に、私たちは思わず息を呑んだ。

 

 ミサイルが命中した偏平な頭部が脱落し、海面に落ちていた。それだけならまだ予想の範囲内だ。

 

 しかし、本体にもまだ、頭部があった。偏平で巨大な頭部ではなく、胴体とのバランスのとれた、長い髪のようなものを持った、人の顔、女の顔だった。

 

 その顔が、カメラを見上げていた。真っ白な肌に、青い目が、憎悪を燃え立たせているかの様に燐光を放っていた。

 

 ぞっ、と私の背中に悪寒が走った。このままでは終わらせない。と、その目は告げている様だった。

 

 映像の中で、ヲ級が足元から海中へと沈み始めた。沈没では無く、自らの意思で潜水しているのだ。

 

 ヲ級本体の姿が完全に水中に没し、それを待っていたかの様に、海面に残された偏平状の頭部が爆発し、粉々に砕け散った。

 

「ヲ級、反応消失。哨戒機はソノブイを投下し、音響索敵を開始したわ」

 

 しかし、追跡できる確率は低いだろうと私は思っていた。船体をひどく損傷しているならともかく、無傷の深海棲艦は水中でほとんど音を出さないし、反響も恐ろしく少ない無音の存在だ。そしてヲ級の本体は、全くの無傷と言っていい。

 

 案の定、しばらくして哨戒機から目標ロストが通報された。

 

 叢雲が微妙な表情で私に問いかける。

 

「勝利宣言、していいと思う?」

 

「いや、まだ状況は終わっていない。あいつは・・・ヲ級は、まだこちらを狙っている」

 

「そう思う根拠を訊いていいかしら?」

 

「本体はまだ無傷だ。後は主観的判断だな。ヲ級の、あの目はまだ、戦意を喪失していない」

 

 正直、深海棲艦に感情があるかどうかは不明確なところが多い。もしあったとしても、人間と同じ姿と顔を持っているとはいえ、その表情に我々人類と同じ意味が込められてるとも言い難い。

 

 しかし深海棲艦が人類への敵意の塊の様な存在だというのは事実だ。そしてこの状況で友好的な感情が芽生える筈もなく(もし芽生えるなら、それこそ我々にとって理解不能の存在だ)、ここは敵意が増したと判断するのが適当だろう。

 

 私は叢雲に、ヲ級のデータをスクリーンに表示させる。

 

「これまでの交戦情報によると、ヲ級本体にも5インチ砲が一基、搭載されている様ね」

 

「現状、こちらの武器は?」

 

「前部甲板の一番主砲と、前部機銃のみ。SSSMの修理が間に合えばいいけど」

 

「敵が来るとすれば潜行状態で主砲の射程圏内まで接近してくる筈だ」

 

「まるで至近距離での殴り合いね。そういうのは戦艦の仕事だわ」

 

 はあ、と叢雲は溜息をついた。まだまだ気の休まらない状態が続くが、叢雲の表情には疲労の色が現れていた。

 

「なあ、叢雲」

 

「なに?」

 

「帰ったら奢ると言ったな。何にするか決めたか?」

 

「ああ、その話ね」

 

 彼女の表情に、少しだけ柔らかさが戻った。

 

「そうねえ、甘いものなんか悪くないわね」

 

「いいな。ケーキバイキングにでも行くか。好きなだけ食い放題だ」

 

「そんなに食べる気はないわよ。それなりに質の高いものを味わって食べたいわ。できればおしゃれな店の、庭先にオープンテラス席があったら素敵だわ」

 

「ふむん・・・そこに二人でか」

 

 まるでデートみたいだな、と口に出しかけ、やめた。

 

 彼女も同じことを思ったのか、顔を赤くしていた。気晴らしのつもりで振った話題だったが、思わぬ反応を引き出してしまったようだ。

 

 叢雲が、私から目を逸らす。

 

「こ、この話は後でするわ! 任務中に未来の話すると、変なフラグ立ちそうだし!」

 

「そ、そうだな」

 

 フラグと言うか、ジンクスとでも言うべきか。

 

 危機的状況下にあって平和な将来を語り出すと、大概、ロクでもない結果を迎えるものだ。それが男女関係の話題ともなれば尚更である。

 

 それに危機的状況下で惹かれ合う男女は、長続きしないともいう。色々な意味で、叢雲とのプライベートな会話は入港後まで預けておいたほうが良さそうだった。

 

 




次回予告

 損傷を受けつつ、脅威を退けた海尾と叢雲。しかし、その行く手には新たな脅威が迫っていた。

 濃く、深く、視界を奪うかのように降り注ぐ雨。

 音もなく頭上を走る稲妻。

 そして、青く光る憎悪の光!

 砲音が海上の静寂を打ち破るとき、決死の砲雷撃戦が幕を上げる!

 次回「第三話・雷鳴の砲撃戦」

「やっぱり、フラグ立てちゃったかしらね?」



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