艦これ海上戦記譚~明け空告げる、海をゆく~   作:PlusⅨ

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第七話・ラストミッション(3)

 マンバの命がけの特攻により大鉄塊の動きを止めることには成功したが、しかし、要塞の崩壊は未だ続いていた。

 

 大鉄塊の無差別砲撃とそれに伴う火山の噴火は、要塞に大ダメージを与えていた。

 

 特に、火山島に建てられていたレグが倒壊したことにより要塞の北側は大崩壊を起こしており、そのあとに続いた大鉄塊からの砲撃と火山からの大量の噴石により、その崩壊は拡大の一途を辿っていた。

 

 島の表面は噴火口からあふれ出した溶岩によって赤く染まり、そして頭上のアッパーデッキは一面に大小数々の爆発を生じせしめている。

 

 そのアッパーデッキの直下で、ミュータントタートル号は戦艦棲鬼と再び対峙していた。

 

 コクピットで、那智は額の汗をぬぐいながら口元をゆがめた。

 

「さあ、仕切り直しだ。互いに飛び道具なしのステゴロタイマン一本勝負、挑ませてもらおう!」

 

 ミュータントタートル号と戦艦棲鬼、互いの足が同時に海面を蹴った。巨大な水飛沫を跳ね上げながら二体の巨人が真正面から急接近する。

 

 先手を打ったのは戦艦棲鬼だった。ミュータントタートル号よりも高い身長、長い手足によるリーチを活かし、渾身のストーレートパンチが放たれた。

 

 が、その拳は空を切った。

 

 ミュータントタートル号はパンチが当たる直前に身体を急激に沈め、かわしたのだ。

 

 しかもそれはただの回避行動ではなかった。突進の勢いを殺さないまま足から先に滑り込んでのスライディングキックである。

 

 そのキックは戦艦棲鬼の足元をしたたかに蹴り上げ、戦艦棲鬼はミュータントタートル号を跳び越すような形で海面に転倒した。

 

 ミュータントタートル号はそのまま海面を百数十メートルばかりも滑走し続けた後にようやく停止。即座に立ちあがり、戦艦棲鬼へと向き直る。

 

 戦艦棲鬼は脚部にダメージを負ったことで立ち上がるのに手間取っていた。まだやっと上体を起こしたばかりだ。戦艦棲鬼が立ち上がりきる前にミュータントタートル号は再度、突撃する。

 

 ミュータントタートル号は勢いよく助走をつけ、戦艦棲鬼の顔面目掛け、大きく足を振り上げた。ミュータントタートル号の重量と突進の勢いがすべて乗った前蹴りが、戦艦棲鬼の顔面に炸裂する!

 

 戦艦棲鬼は立ち上がりかけた姿勢から、身体を大きく仰け反らせて背後へと倒れこんだ。しかし、またすぐに立ち上がろうと上体を起こす。

 

 その姿を見て、隼鷹が舌を巻いた。

 

「とんでもないタフさだね、アイツ。さすが鬼と呼ばれるだけのことはあるぜ」

 

「追撃を緩めるな。もう一発ぶちかませ!」

 

 那智の指示に、ミュータントタートル号は再度足を振り上げた。その太い足が、今度は戦艦棲鬼の胸を蹴りつける。

 

 しかし、戦艦棲鬼を蹴り倒すことはできなかった。戦艦棲鬼は攻撃をまともに受けたことと引き換えに、ミュータントタートル号の蹴り足を両腕でしっかりと抱え込んでみせたのだ。

 

 戦艦棲鬼が、まさに鬼の形相となって、ミュータントタートル号の足を抱えたまま立ち上がった。

 

 

——GUOOAAAAAAAAAAAA!!!!!!

 

 世界を揺るがすような咆哮を上げながら、戦艦棲鬼がミュータントタートル号を振り回し、投げ飛ばした。

 

 ミュータントタートル号の巨体が宙を舞い、海面へと叩き付けられる。

 

 いくら謎技術で慣性の法則を無視し、ショックアブソーバーとエアバッグで保護されたコクピット内とは言えども、その衝撃は那智たちの意識を一時飛ばすほどのものだった。

 

『那智、戦艦棲鬼が迫っています! 那智!』

 

「——うっ」

 

 サポートAIからの呼びかけで目を覚ました那智が見たものは、倒れたミュータントタートル号めがけ突進してくる戦艦棲鬼の姿だった。

 

 悠長に立ち上がってから避けている暇は無い。

 

「横に転がれ!」

 

 ミュータントタートル号は仰向けの状態から海面を横に転がった。

 

 その直後、ミュータントタートル号が元居た場所を戦艦棲鬼の強烈なストンピングが踏み抜いた。その海面に大口径の砲弾が着弾したかのような巨大な水柱が立つ。

 

 攻撃をかわされた戦艦棲鬼は、再度足を振り上げ、ミュータントタートル号めがけ振り下ろす。

 

 ミュータントタートル号はそれを両腕で防いだ。一撃目と違い、助走の勢いの無いストンピングは、両腕だけでもかろうじて防ぐことが可能だった。

 

 しかし戦艦棲鬼は二度ならず三度、四度と立て続けに足を踏み下ろし続けてきた。一撃一撃は致命傷には至らないが、それでも重い衝撃が幾度もミュータントタートル号に襲い掛かる。

 

 このまま立ち上がることもできず踏まれ続けていれば、いずれ機体の耐久値も限界を迎えてしまうだろう。

 

 その不利な様子は、少し離れた場所にいたポーラたちも気が付いた。

 

「主砲で援護します~。目標、戦艦棲鬼。ナッチー=サンたちに当てないように、よ~く狙って~……ふぉーこ!」

 

 20.3センチ砲四基八門から放たれた砲弾が、戦艦棲鬼を横合いから殴りつけるかのように炸裂した。

 

 戦艦棲鬼は大きくよろめきながらミュータントタートル号の上から離れたが、その厚い装甲には目立ったダメージは見当たらなかった。

 

「やはり重巡の主砲程度では装甲は抜けぬか」とネルソン。

 

「もう一回、撃ちまーす」

 

 と、主砲の再照準を始めたポーラを、ネルソンが止めた。

 

「待て。戦艦棲鬼ではなく、その頭上を狙え!」

 

「頭上?」

 

 首を傾げたポーラだったが、ネルソンが指し示した方向を見て、すぐに納得した。

 

「ナッチー=サン、できるだけ遠くに逃げてくださいね。ふぉーこ!!」

 

 ポーラは再度、主砲を斉射。その砲弾は戦艦棲鬼の頭上にあるアッパーデッキに命中した。

 

 かねてより損傷が激しかったアッパーデッキは、この砲弾が命中した場所を中心に、半径百数十メートルにわたり次々と崩落を始めた。

 

 まだ戦艦棲鬼の近くに位置していたミュータントタートル号は海面を這うようにして慌てて退避する。

 

 那智が叫んだ。

 

「ポーラ! そういうのは撃つ前に言ってくれ!?」

 

「ちゃんと言いましたよ~」

 

「言った直後に撃つんじゃない!」

 

 それでもミュータントタートル号はなんとか崩落現場からかろうじて逃げることができた。

 

 戦艦棲鬼は逃れられなかった。頭上のアッパーデッキがほとんどそのまま落下してきたようなものだった。見上げると頭上に半径百数十メートルにも及ぶ巨大な穴が開き、そこから空が見えていた。

 

 その直下の海面には、アッパーデッキを構成していた大量の残骸が、海面に沈み切らずに小山のように盛り上がって積もっていた。

 

 戦艦棲鬼の姿は見えなかった。どうやら完全に残骸の下敷きになったらしい。

 

「派手にやったわねえ」と千歳。「こういう時って、“やったか?”なんてセリフは言わないほうが良いわよね?」

 

「んじゃあ、アタシはこう言うぜ。“やったんじゃね?”」と隼鷹。

 

「これは間違いなく“やったね”」と伊14。「んふふ~、ビール一本賭けちゃうよ」

 

「ならば私は“やってない”方に賭ける」と那智。「勝って兜のなんとやら、だ。勝ってもないのに気を緩めるな。ミュータントタートル号の態勢を早く立て直せ!」

 

 よっこらせ、とミュータントタートル号が立ち上がろうとしたとき、目の前の小山が、動いた。

 

「おいおい、マジかよ……」

 

 おののく隼鷹の視線の先で、残骸が高々と持ち上げられた。その直下には、自身よりも巨大な残骸の塊りを両手で掲げている戦艦棲鬼の姿!

 

「やっぱり、ジンクスって怖いわね」と千歳。

 

「賭けは私の勝ちだな。イヨ、約束通りビール一本だ」と那智。

 

「生きて帰れたなら喜んで」と伊14。

 

——GUOOAAAAAAAAAAAA!!!!!!

 

 戦艦棲鬼が残骸の塊りを投げつけてきた。ミュータントタートル号は咄嗟に横へ避ける。しかし避けきれなかった。残骸の一部に接触し、その衝撃でミュータントタートル号は大きく横へ弾き飛ばされる。

 

 戦艦棲鬼は再び近くにあった残骸を持ち上げると、今度はそれをポーラの船体目掛け投げつけた。

 

「あわわわ!? 直撃コースですぅ!?」

 

「避けきれん、迎撃しろ!」

 

「ふぉ、ふぉーこ!!」

 

 主砲発砲、その全弾が迫りくる残骸に命中した。

 

 しかし完全には砕ききれず、複数に分かれた破片がポーラの船体に襲い掛かった。高速で飛来した大量の破片が上甲板にくまなく降り注ぎ、マストや環境構造物に装備されていたレーダーアンテナやFCSが破壊されてしまう。

 

「各種センサー破損!? 火器管制装置が使用不能になっちゃいましたぁ!?」

 

 戦艦棲鬼がさらに手近な残骸をつかみ上げ、投擲体勢をとった。振りかぶった残骸を勢いよく投げつけようとした——その直前、ミュータントタートル号が横からタックルをぶちかました。

 

 

 戦艦棲鬼は残骸を取り落とし、大きく仰け反りながら後退する。しかし倒れずに何とか踏みとどまった。

 

 ミュータントタートル号は追撃のパンチを放つ。だが、戦艦棲鬼が横にステップ移動し、そのパンチは避けられてしまった。戦艦棲鬼がそのまま背後に回り込む。

 

「拙いっ!?」

 

 ミュータントタートル号は咄嗟にその場から離れようとしたものの、間に合わなかった。戦艦棲鬼の両腕が背後から回され、ミュータントタートル号を拘束する。

 

 およそ数万馬力はあるであろう戦艦棲鬼の腕力が、ミュータントタートル号の上半身を締め上げる。その腕の下で、装甲が悲鳴のような不気味な軋み音を上げた。

 

「このままじゃ潰されるぞ。千歳、なんとか振りほどけ!」

 

「無理です、那智さん。完全に拘束されてビクともしないわ。完全にパワー負けしてる。イヨちゃん、もっと出力は上がらないの!?」

 

「いっぱいいっぱいフルパワーだよ! でも、おっかしいなぁ。ゲージにはまだ上限に余裕あるくせに、その三分の二程度までしか上がらないのはどういうこと?」

 

『その出力ゲージはタートルズ四隻分のエンジン出力を前提にしているんです』とサポートAI。『今は三隻分しかありませんから、本来のパワーが出せずにいます。このままでは自力で拘束を振りほどくことは不可能です!』

 

「畜生!」と隼鷹。「どうする、那智。このまま潰されるのも癪だぜ。いっそ自爆して道連れにしてやるのはどうだい」

 

「自爆できるのか?」

 

『できますが、道連れにできるかといえば微妙ですね。弾火薬のほとんどは“レオナルド”に格納されていますので、このまま吹っ飛んでも火力が足りません』

 

「つまり死に損か」

 

 戦艦棲鬼の両腕にさらに力がこもり、装甲の軋み音が大きくなった。装甲が砕けるまで、あとわずか。

 

と、そこへ。

 

「突っ込めポーラ! ジョンブル魂を見せてやれ!」

 

「ポーラはイタリア生まれですぅぅ!!」

 

 ツッコミを入れながらポーラの船体が戦艦棲鬼の背後から、その足元に勢いよく衝突した。

 

 ポーラの艦首がひしゃげ、船体そのものが大きく横に傾いた。しかしその甲斐あって、戦艦棲鬼の体勢を大きく崩すことに成功する。腕の拘束も緩み、その隙にミュータントタートル号は戦艦棲鬼に肘鉄をくらわせ、脱出に成功する。

 

 

——GUOOAAAAAAAAAAAA!!!!!!

 

 

海面に膝をついた戦艦棲鬼が、後進で逃げようとしていたポーラの船体へ向かって腕を伸ばす。

 

「捕まるぞ、逃げろ、後進いっぱいだ、急げ!」

 

「速度が上がりませ~ん!?」

 

 衝突でダメージを負っていた船体は逃げきれず、捕まってしまった。その船体が、持ち上げられる。

 

 

——GAAAOAOAOOOAOAOAO!!!!

 

 

「うおおおお!!!???」

 

「うひいいいいい!!??」

 

 戦艦棲鬼が船体を抱えたまま立ち上がり、ミュータントタートル号めがけて投げつけた。

 

「やべえ!?」と隼鷹。「避けるぜ、那智!」

 

「いや、受け止めろ!」

 

「1万3千トンをか!?」

 

 隼鷹はミュータントタートル号を後方へジャンプさせた。そのままポーラの船体を抱きかかえるように背中から倒れこむ。

 

 それでも両者合わせて5万トン近い質量である。海面に立っていられる謎原理もその重量を支えきれずについに効力を停止し、ミュータントタートル号は津波のような水飛沫を上げながら海中に沈みこんだ。

 

 謎原理に頼っていないポーラの船体は真っ当な物理法則に従って海面に留まっていたが、戦艦棲鬼への特攻と、そして投げられたことによって船体は折れかかっており、いつ沈没してもおかしくない状態にまで追い込まれていた。

 

 ポーラもネルソンも、艦橋で揃って目を回して気絶していた。もっとも気絶で済んでいるだけ奇跡のようなものだったが。

 

 ミュータントタートル号は沈んだまま、まだ浮いてこない。

 

 戦艦棲鬼がトドメを刺すべく、ポーラの船体へと迫る———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

要塞内、某所。

 

「——よお、待ったかい?」

 

「……当然よ、待ちくたびれちゃったわ」

 

「心細くて泣いてたんじゃないか?」

 

「そんなわけないでしょ! ……だって、どんなに遅れても必ず来てくれる。それが、海賊マンバでしょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マンバを乗せたまま艦載機が墜落したレグ内部で、ある異変が起きようとしていた。

 

 屋内乾ドック。それを取り囲んでいる渠壁が地響きを立てながら内側から破壊された。ドック内部にとらわれていた“それ”が、主の帰還により目覚めたのだ。

 

 全長50メートルの箱型の船体を持った海賊船、タートルズの一隻、“レオナルド”だ。

 

 その艦首から突き出された鋭角なドリルが高速回転しながら、ドックの分厚い渠壁を突き破り、前進を始めた。

 

 船体底部には無限軌道が備え付けられ、それが降り積もった瓦礫を踏み砕きながら乗り越えていく。

 

 レオナルドはドックを破壊しつくし、周囲にある程度のスペースを確保し終えると、続いて驚くべき行動に出た。

 

 前部側底部にあるロケットモーターが点火し、その船体を持ち上げ始めたのだ。レオナルドは90度垂直になるまで船体を起こし、艦首のドリルを直上へと向けた。

 

 船体後方には更に巨大なロケットブースターが数基、取り付けられており、それが一斉に大量の炎を噴出した。

 

 レオナルドがドリルでレグ内部をぶち抜きながら、ロケットモーターによる大推力で上昇していく!

 

 高さ200メートルものレグを貫いて飛び出したレオナルドは、そのままアッパーデッキに着地した。アッパーデッキはその重量を支えきれずに崩壊を始めたが、それよりも早い速度でレオナルドは疾走を開始する。

 

 その頃、行動不能に陥ったポーラの船体まであとわずか、というところまで迫っていた戦艦棲鬼は、異様な気配が近づいてきたことに気づき、その足を止めた。

 

 振り向き、見上げた視界に映ったのは、頭上のアッパーデッキがとあるレグからこちらへ向かって一直線に崩れ落ちてくる光景だった。

 

 その崩壊が、砲撃によって空いた大穴へと差し掛かる寸前、その穴の淵からレオナルドが姿を現し、そのドリルを戦艦棲鬼に向けて飛び降りてきた。

 

 戦艦棲鬼は咄嗟に身をよじってドリルの先端を避ける。攻撃をかわされたレオナルドはそのまま着水、水柱を上げて潜水した。

 

 レオナルドが潜水して目指した先、そこに、海中に沈んだままのミュータントタートル号の姿があった。

 

 レオナルドは海中で前部と後部に分離し、それぞれが変形を開始する。後部側はロケットブースターを中心に二門の大口径レールガンが左右に一門ずつ展開し、力なく沈むミュータントタートル号の背後に装着された。

 

 続いてドリルが付いた前部側が、右腕を包み込むように装着される。

 

 タートルズ四隻のエンジンが一つに集まったことでミュータントタートル号の出力が一気に回復していく。一時ブラックアウトしていたコクピットにも再び明かりが灯った。

 

「——っ!? なんだ、急にパワーが戻った?」一時、気を失っていた那智が目を覚まし、コンソールを確認する。「出力ゲージもいっぱいまで上がっている。どういうことだ?」

 

「ミュータントタートル号が真の姿を取り戻した証ってことさ」

 

 背後からの声。那智が振り向くと、そこに葉巻をくゆらすマンバの姿があった。

 

「……コクピット内は禁煙だ」

 

「俺の海賊船だ。勝手に規則を作らないでくれ。っていうか再会して一言目にそれはないだろう。心配したぞぐらい言ってくれないのか」

 

「どうせ無用な心配だ。殺したって死なんだろう、貴様。…それよりレディはどうした?」

 

「ここに居るわよ」

 

 マンバの陰から、幼い外見の少女が姿を現した。

 

「私がレディよ。那智さんに、隼鷹さんに、千歳さんに、イヨさんね。助けてくださって、ありがとうございます」

 

 品よく頭を下げたレディの姿に、那智たちは顔をほころばせた。

 

「見た目は幼いが中身は一人前のレディだな。海賊の相棒にしておくには勿体ない」

 

「お褒めにあずかり光栄よ」

 

「お前さんらこそ、軍人より海賊のほうが似合ってるよ」

 

「ふっ、それも悪くないかもな」

 

 マンバとレディが空いてる席に着いた。

 

『おかえりなさい、マンバ』

 

「サポートAI、調子はどうだい?」

 

『絶好調』

 

「そいつはなにより。それじゃあ、ケリを付けるとしようぜ!」

 

 ミュータントタートル号が急浮上を開始。海面を割って、その巨体が再び海上にそびえたった。

 

 戦艦棲鬼は、ミュータントタートル号の主砲とドリルという追加武装を目の当たりにして、警戒心もあらわに距離をとった。

 

 そのまま海面に積みあがった残骸の山に近づくと、その中でも最も大きな残骸を持ち上げ、前面に構えた。

 

 120メートルもある戦艦棲鬼の巨体がほとんど隠れてしまうような巨大な残骸だった。戦艦棲鬼はそれを盾のように構えながら、ミュータントタートル号めがけて突進してきた。

 

 コクピットでマンバが指示した。

 

「AI、砲撃戦用意。目標、長身でスタイル抜群、黒髪のロングのイカした女だ」

 

「ふむ、それはつまり私のことだな」と那智。

 

「違うわ、私よ。ね、マンバ」とレディ。

 

『困りました。候補がいっぱいいて絞り切れません』とAI。

 

「このタイミングで俺の冗談に悪ノリしないでくれ。AI、目標は戦艦棲鬼、早く撃て!」

 

『アイサー』

 

 戦艦棲鬼に体当たりされる直前でミュータントタートル号は二門のレールガンを斉射。超加速された弾丸が迫りくる巨大な残骸を粉々に打ち砕いた。

 

 しかし、その奥から戦艦棲鬼の渾身の拳が襲い掛かってくる!

 

 その強力な一撃を———

 

 ———ミュータントタートル号は左手のみで受け止めた。開いた掌が、戦艦棲鬼渾身の右ストレートをがっしりと掴み止める。

 

「こちとら完全体だ。馬力が違うぜ」

 

ミュータントタートル号の左手に力が籠められ、戦艦棲鬼の右拳をそのまま握りつぶした。

 

 

——GUGYAAAAAAAA!?!?!?!?

 

 

 戦艦棲鬼が悲鳴を上げながら身を引いた。それだけではなく、完全に不利と悟ったのだろう、背を向けて全速力で逃亡を開始した。

 

 それに対し、ミュータントタートル号は腰を落とした姿勢で右腕のドリルを構えた。そのドリルが高速回転を開始すると同時に、背面のロケットブースターに火がともる。

 

 轟音と大量の煙を噴出しながら、ミュータントタートル号は一気に急加速した。

 

「貫けぇっ!」

 

 逃げる戦艦棲鬼の背中を、右腕のドリルが刺し貫く。

 

——A…ga…!?

 

 

 ミュータントタートル号は戦艦棲鬼を貫いたまま更に加速。海面を疾走し、そのまま停止していた大鉄塊へと突入し、戦艦棲鬼を縫い付けるようにしてその厚い装甲をドリルで穿ち抜いた。

 

 

——ga…a……guaaaaaaa………

 

 

 戦艦棲鬼の四肢から力が抜け、その身体が大鉄塊にもたれかかった。

 

 ミュータントタートル号はドリルを逆回転させてその身体から抜き取ると、すぐに反転、ロケットブースターで急速離脱を図る。

 

 直後、戦艦棲鬼の身体が真っ赤に発光し、そして大鉄塊ごと大爆発を引き起こした。その爆風は直上のアッパーデッキを含め、広範囲を吹き飛ばしたのだった————

 

 

 

 

 

 

 

「……ポーラ……ねえ、ポーラってば」

 

 優しい声が聞こえる。と、ポーラは夢うつつに思った。ザラ姉さまの声だ、と嬉しくなる。

 

「ポーラ、起きて」

 

「あと五分~」

 

 甘えて駄々をこねたら、頭をスパンとはたかれた。む~、けっこう痛い。割と容赦ない一撃だったのでしぶしぶ起きる。

 

「ちょっとしたジョークなのに、ぶつなんてひどいですよザラ姉さま」

 

「そんなジョークに付き合っている暇なんてないのよ」

 

ザラが腰に手を当ててプンプンと怒っている。怒っているザラ姉さまも可愛いな、とポーラは思う。

 

 そして、そんな可愛い姉とまた再会できたことが堪らなく嬉しかった。

 

「ポーラ、何をヘラヘラと笑っているの?」

 

「だって~、幻だと思っていたザラ姉さまとまた逢えたんですもん。嬉しいに決まっているじゃないですか~」

 

「現実逃避しているわね」

 

「してませんよ~。現実はしっかり認識しています。戦艦棲鬼に船体ごとぶん投げられたんですよ。そんなの死ぬに決まっているじゃないですか。だからザラ姉さまとまた逢えた。違いますか?」

 

「違うわよ。ほら、周りを見てみなさい」

 

 言われてポーラは周りを見渡す。

 

 そこは、ポーラの艦橋だった。窓ガラスはすべて粉々に割れて残っておらず、コンソールは火花を上げて沈黙し、さらに船体そのものが横に大きく傾いていた。

 

「あ~、なるほど。もう死んだじゃなくて、いま死にかけているんですね」

 

「そうよ。だから、ほら、早く逃げなさい」

 

「ん~、でもぉ、そしたらザラ姉さまは、どうなるんですか?」

 

「死人の心配をしてもしょうがないでしょ」

 

「このまま会えなくなるのも寂しいなぁ、って……」

 

 ポーラは艦橋に座り込んだまま、その床を撫でた。

 

「……この船体の修理には、ザラ姉さまの部品もいっぱい使わせてもらったんです。だから、ポーラはここまで頑張れました。ポーラ、すごく怖かったですけど、持てる限りの勇気を振り絞れました。重巡として、艦娘として、ザラ級として、悔いなく戦えた。そう思えます」

 

 だから、満足です。と、ポーラは顔を上げて笑った。

 

 それは現実逃避をして酒で誤魔化していたころとは違う、心の底からの、誇りに満ちた笑顔だった。

 

「ここで死んでも、私の人生には、もう一片の悔いもありません」

 

 死を前にして、それでもポーラの胸は酒では得られなかった高揚感と幸福感で満たされていた。

 

 ザラにスパンと頭をはたかれた。さっきよりもいい音がした。

 

「バカ言ってないで、とっとと脱出しなさい」

 

「痛い痛い~、ザラ姉さま、なんでそんなことを言うんですか~。っていうか、本当に幻なんですかぁ?」

 

 本当は実体があるんじゃないのか。だとしたら嬉しいぞ、と涙目のポーラ。

 

「幻よ。ええ幻ですとも。でもね、ポーラ、あなたは違うでしょ。まだ生きている。この世界に実在している。だったら、どこまでも生きていく義務があるわ」

 

「でも、この船体を捨てたら、ポーラはもう重巡じゃなくなります。艦娘ですらない」

 

「一人の人間“ポーラ”として生きていけばいいのよ。簡単なことだわ。“私はポーラ、他の何物でもない”。自分でそう決めればいいだけのことよ。……あ、でもお酒は控えなさいね」

 

「そんなぁ、酷すぎます! ポーラからお酒を抜いたら、もうただの美少女でしか無いじゃないですかぁ」

 

「……うん、その性格なら心配いらないわね。あなたはどこでだって生きていけるわ」

 

ザラは苦笑いしながら、ポーラをぎゅっと抱きしめた。

 

「…ザラ姉さま」

 

 

「愛してるわ、ポーラ。———さぁ、早く行きなさい、ほら!」

 

 ザラは身体を離すと、ポーラをウィングへと押し出した。

 

 

 

 ふっとあたりが明るく、そして急に明瞭になった気がした。潮と硫黄の香りが鼻腔に漂い、ポーラは現実感を取り戻した。

 

 

 

「お、ポーラ。やっと気が付いたか」そこにネルソンが居た。「見ろ、ポーラ。戦艦棲鬼が轟沈したぞ。完全体になった余の“轟天号”が一撃で決めた。やはり余の力は大したものだ、な!」

 

「あ~、そうなんですか。勝ったんですか。……あれ、そういえばマンバさんは?」

 

「ちゃっかりレディを助けて轟天号に戻っている。ま、あれも余の創った人造兵士の身体だ。簡単に死ぬわけがない。当然の結果だな」

 

「そうなんですか……良かった」

 

「ふっ……連中が迎えに来たぞ」

 

 ミュータントタートル号が沈みかけているポーラの船体のそばに膝をつき、手を差し伸ばしてきた。ウィングのすぐそばに掌を上にして添え、乗るように促す。

 

「行くぞ、ポーラ。……ポーラ?」

 

「……はい」

 

 ポーラはしばし艦橋の中を振り返っていたが、すぐにネルソンに引き続いてミュータントタートル号の広い掌の上に飛び乗った。

 

 それを待っていたかのように、船体は急激に傾きを大きくし、そしてついに転覆した。そのまま船体後部から大量の気泡を噴き上げながら沈没していく。

 

「さようなら、ザラ姉さま……」

 

 二人を艦内に収容したミュータントタートル号は、崩壊を続けるネルソン要塞の外へ向けて針路を取った。

 

「任務完了、だね」と伊14。「ネルソン要塞は破壊したし、レディちゃんも救出できた。んふふ~、私たちの完全勝利だね!」

 

「あら? そういえば私のコレクションは?」

 

 千歳の疑問に、マンバが「すまん」と両手を合わせて頭を下げた。

 

「艦載機の燃料が漏れていたんで、代わりに使った」

 

「もしかして……全部?」

 

「そう、全部」

 

「………」

 

 千歳の顔から血の気が失せ、そのまま足元から崩れ落ちた。

 

「わ…私の…コレクションが……」

 

「わ~、チトセ=サン、気をしっかりもって~!?」

 

「お、気つけが必要か。仕方ないな。では余のお気に入りを分けてやろう」

 

 ネルソンがどこからともなくラム酒の瓶を取り出し、千歳に差し出した。

 

「いいか、一口だけだぞ」

 

「あ…ありがとうございます……って、それ私のコレクションじゃないですか!?」

 

「あ、こら、瓶ごと持っていくやつがあるか! これは余のだ!」

 

「わわわ、二人とも、喧嘩しちゃ駄目ですよ~!?」

 

 バタバタと騒がしくなったコクピット内で、隼鷹がため息をついた。

 

「なぁ、那智。この戦いでアタシたちが得たものって結局なんなんだ? 船体もコレクションも失っちまって、最後に残ったのは名誉だけ、なんてのは御免だぜ?」

 

「このまま帰っても、どうせコウメイから調子のいい世辞と腹の足しにならん勲章を受け取るだけか。反吐が出そうだな。我々を捨て駒にしたあの連中をぶん殴ってやらないと気が済まない」

 

「大宴会を開けるだけのボーナスもふんだくらないとね」と伊14。

 

「私のコレクションも弁償させないと!」と千歳。

 

「でも、あの女が素直に示談に応じるとも思えねえぜ」と隼鷹。「かといって裁判沙汰にしたって手間と時間ばっかりかかっちまう。……てことは、やっぱり?」

 

「力ずくだ、な!」ネルソンが胸を張って言い切った。「次の我々の相手は海軍か。面白い。腕が鳴るな!」

 

「われわれ~って、え? それ、ポーラも含まれちゃってます?」

 

「当然だ!」

 

「え~!?」

 

 ネルソンがポーラの肩を無理やり抱いて、反対の手でマンバを指さした。

 

「行くぞ、マンバ。針路を日本にとれ。海軍本部へ殴り込みだ!」

 

「いやいや待て待て、どうしてそうなった」

 

「鈍い奴だな。話を聞いていなかったのか?」

 

「俺たちは関係ないだろ!?」

 

「この轟天号は余が創った。貴様の身体もな。つまり余は貴様の親も同然なのだ。ママと呼んでくれてもよいのだぞ」

 

「呼ばねえよ!?」

 

「ねえ、マンバ。いったい何の話? この人があなたのママなの? お義母さまって呼ぶべきかしら?」

 

「違うから、やめろ。話すと長いんだよ、レディ。それに複雑だし、正直、俺だっていまだによく理解できてなくてなぁ……それよりも、だ」

 

 マンバはコンソールに目を向けた。

 

 そこに、動体検知器が捉えた情報が映っていた。何者かが、高速で海上を疾走し、こちらへと向かってきている。

 

 数は一。その反応の大きさと、そしてレーダーには映っていないことから深海棲艦であることは間違いなかった。

 

 それが、目視可能圏内に入り、望遠カメラが水平線上に現れたその姿を映し出す。

 

「あいつは……雷巡チ級? ……まさか、“人喰い雷巡”、“不死身のチ級”か!?」

 

 カメラ映像の中で、チ級はまるで挑発するかのように、仮面から覗く口元をゆがめて笑って見せた。

 

「あの野郎、生きてやがったか。……いや、大鉄塊と戦艦棲鬼をけしかけてきたのはアイツだったのかもな」

 

「あのチ級は化け物だ」と那智。「こっちに向かってくるぞ。やりあう気だ」

 

「いいぜ、今度こそ目にもの見せてやる。ミュータントタートル号の力、舐めるなよ。総員、戦闘配置だ!」

 

 コクピット内で艦娘たちは再びコンソールについた。ポーラとネルソンも空いた席に身体を固定する。

 

 チ級が迫ってくるなか、那智が言った。

 

「マンバ」

 

「なんだ、那智?」

 

「私たちは海軍をやめる。そう決めた」

 

「こんな時に突然、何を言い出すんだ?」

 

「海賊になる。貴様の言うとおりだ。我々にはきっと、そっちのほうが向いている」

 

「本気かよ。この業界は同業者と書いて邪魔者って呼ぶんだぜ。お前さんらと殺しあうのは御免だ」

 

「そうはならん。貴様の配下となる」

 

「は?」

 

 呆けたマンバに、那智はニッと笑った。

 

「海賊団“マンバ”を立ち上げてやろうというのだ。さしあたって手始めにあのチ級を倒し、そしてその先もともに戦おう。どうだ、船長?」

 

「誰が船長だ。どうだもこうだもあるか。海賊団なんて調子のいいこと言いやがって、要は海軍を脅迫するのにミュータントタートル号を使いたいだけだろう!? そんなの受け入れられるか! なあ、レディもそう思うだろ?」

 

「仲間が増えるなら、食い扶持を稼がなくちゃいけないわね。やっぱり海軍からふんだくるしか無いんじゃない?」

 

「なんで海賊団が結成された前提で話すんだよ。もしかして乗り気か? おいおいおい、冗談じゃないぞ。こいつら俺よりも性質の悪い海賊になるぞ!?」

 

「それは誉め言葉かな」と那智。「それよりもマンバ、チ級が来るぞ。戦闘態勢を取れ!」

 

「船長じゃなかったのかよ!? 畜生、AI、迎撃準備だ!」

 

『アイサー。那智、契約内容については後でゆっくり交渉を』

 

「海軍よりもいい待遇で頼むぞ。なぁ、船長?」

 

「貧乏暇なしだ。散々こき使ってやるから覚悟しな!」

 

 

 ミュータントタートル号はロケットブースターを点火、ドリルをかざし、チ級へ向けて突撃する。

 

 

 その背後では火山島がさらなる大噴火を引き起こし、島一帯に大地震を巻き起こした。

 

 

 その揺れが、崩れかけていたネルソン要塞にトドメを刺す。残っていた全てのレグが海底にまで及んだ地震によって倒壊し、持ち上げられていたアッパーデッキが一気に海上へと落下した。

 

 

 要塞の完全崩壊と、そして火山島の噴火に伴う大地震によって、巨大な津波が発生した。

 

 

 火山から噴出した巨大な炎が渦巻く天の下、津波が荒れ狂う海上で、機械の巨神と深海の魔神が、今、激突する!

 

 

「どけぇっ! 俺たちは海賊、海賊マンバだ!!」

 

 

 

 

——了——




次回予告

 ツイてるやつだ、と他人は言う。確かにそうだ。私はツイてる。

 私には疫病神と死神が憑いている。

 幸運なんてあるはずもない。私にあるのは不運と悪運、結果を迎えてはいつもこう思う。

 どうしてこうなった?

 やばい目をした山賊が、私を指さし笑って言った。

——生き残れ、と。

第四章~戦闘要請、雪風!~「第二十三話・チェスト二水戦!」

山賊「ぶっ潰しても、切り刻んでも、焼いても死なない。時に利己的に、時に利他的に、取り巻く環境を変えてまで生き延びる。そう、それが異能の因子だ!」
隼人「セリフをそんままパクるのは感心しもはんね」
雪風「しれぇ! レッドショルダーみたいな二水戦なんて嫌ですからね!?」
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