艦これ海上戦記譚~明け空告げる、海をゆく~   作:PlusⅨ

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※忘れてるかもしれない世界観設定

・艦娘は人間。実際の艦艇に乗り込み一人で動かす。

・艦娘は入隊し陸上の教育隊で訓練を終えたのちに、香取や鹿島が率いる練習艦隊で遠洋航海しながらみっちり鍛えられる。

・部隊配属になってから、先輩艦娘から船体を受け継いで正式な艦娘になる。


第四章~戦闘要請、雪風!~
第二十三話・チェスト二水戦!(1)


――どうして海軍に入隊した?

 

 目の前に座る面接官は私にそう訊いた。

 

 入隊したての艦娘候補生たちへの二年にわたる教育期間、その最後のイベントである遠洋練習航海が、間もなく終わろうとしていた頃のことだった。

 

 帰国の途へとついていた練習艦隊、その旗艦・鹿島に突如としてヘリで乗り付けてきた面接官に呼びつけられ、私は鹿島艦内の個室で、その女性と会っていた。

 

 面接官は女性だった。

 

 年のころは五十前くらいだろうか。左目の上下にわたって縦に古傷が走っている。それに最初は驚かされたが、軍服に身を包んだその姿もあって。その傷は醜さよりもむしろ勇ましさを際立たせているように思えた。

 

 歴戦の古強者というか、いや、むしろ強面のヤのつく職業、といったところか。

 

 ちなみに着ている軍服は陸軍のものだった。海軍の新兵の面接に、陸軍がなぜ?

 

 顔の古傷よりもそちらの方が気になる私の疑問を読み取ったのか、彼女は自らこう名乗った。

 

「統合幕僚部作戦部長、野木 魔鈴だ。海軍艦艇も含めた陸海空全体の作戦を立案するのがあたしの仕事でね。だからそんな変な顔をするな」

 

 そこに座れ。と、促されて前の席に座った私に、冒頭の質問が投げかけられたのだ。

 

 何故、入隊した。という問いに私は答えた。

 

「公務員を目指していました。お給料も悪くないですし、福利厚生もしっかりしていますから」

 

「安定志向のくせに前線配置の戦闘職種である艦娘を志望したのか?」

 

「手違いだったんです」

 

「何?」

 

「本当は事務員志望でした。願書も事務員採用のものをちゃんと出したんです。でも、後日に案内された試験会場は何故か艦娘採用の場所でした」

 

「何故そうなった?」

 

「係員の人に訊いたら、おそらく書類処理の途中で手違いがあって、間違って受験者リストに載ってしまったんだろう、って」

 

「だが、受験したわけだ」

 

「受験するだけならタダですし、それに事務員採用試験はもう終わったって聞かされましたから。だから、ダメもとで。……まさか受かるとは思わなかったですけどね」

 

「さっきも言った通り、艦娘は前線配置の戦闘職だ。安定とは程遠い職場だぞ」

 

「背に腹は代えられませんから。ウチ、貧乏なんですよ。仕送りしなきゃならないんで、雇ってくれるなら何でも構いません」

 

 私の言葉に、面接官はフッと笑みをこぼした。その表情は、彼女には悪いが、あまり好ましい笑みには思えなかった。古傷で人相が悪いのもあるが、それ以上に目が冷たいのが気になった。

 

「面白い」

 

 面接官はそう言って、手元の資料に目を落とした。私に関する人事資料だろう。入隊前の職歴も記載されているはずだ。

 

 面接官はさっと資料に目を通した後、再び私に目を戻して言った。

 

「まだ若いのに職歴が随分と豊富だな。何故だ?」

 

「……言わなきゃ、ダメですか?」

 

「質問に質問で返すな、と教育隊で習わなかったか?」

 

「すみません……」

 

 服従せよ、これは命令なのだ。と面接官の目が言っていた。理不尽だが、軍とはそういう組織なのだということは、この二年近い艦娘教育課程で身体に叩き込まれてきた。

 

 だがそれでも回答をためらったのは、説明するのがあまりにも面倒だからだ。

 

 なにせ私は義務教育を終えたばかりの小娘が就くにはいささか多すぎるくらいの職場を転々としてきたし、クビになってきた理由も毎回違う。それを全て答えようとすれば時間がかかりすぎる。

 

 だけど、命令なら仕方がない。

 

「最初の就職先は食品製造工場のライン作業員でした。でも私がしょっちゅう不良品を見つけてラインを止めるものだから、工場長に睨まれちゃってクビになりました」

 

「ロクでもない工場だな」

 

「最近つぶれたらしいです。二つ目は新聞配達でした。でも町を自転車で走っているとしょっちゅうトラブルに遭遇するんです。早朝なのにですよ、目の前で交通事故は起きる。火事に出くわす。行き倒れは拾っちゃう。その度に対応していたら配達どころじゃなくなっちゃって」

 

「どれも無視すれば良かったんだ」

 

「周りに他にも人が居たら、そうしてたかも知れません。でも早朝だから私一人しか居ないんですよ。いつも私が第一発見者だから無視できなかったんです」

 

「で、クビか。それじゃこの居酒屋バイトは?」

 

「集団食中毒が起きて店ごと潰れました」

 

「ガソリンスタンドの店員」

 

「火事になって爆発しました。私のせいじゃないですよ。引火しかけているところを発見したのは私ですけど」

 

「コンビニバイト」

 

「私のシフトの時に限って強盗が三回きました。犯人は全員逮捕されていますけど、さすがに三回目は警察から共犯じゃないかと疑われました」

 

「全部そんな具合か?」

 

「全部そんな具合です」

 

「凄いな」

 

「凄いでしょう」

 

 思わず自虐混じりに笑みを浮かべてしまった。面接官も例によって冷たい笑みを浮かべている。

 

「お前さん、ツイてるな」

 

「ツイてる? そんなこと言われたのは初めてです」

 

 厄病神が憑いてるという意味なら納得だが。

 

「ツイてるよ。どれもこれも常人なら一生に一度か二度は遭遇するかどうかのアクシデントだ。それがここまで集中するなんざ天文学的確率さね。お前さんにゃ人智を超えた何かがツイてるのかもな。…宝くじでも買ったらどうだい。艦娘をやらなくても遊んで暮らせるだけの大金が手に入るかもしれんぜ」

 

「買ったことはありませんし、買うつもりもありません」

 

「自分の運を測る気にはならないか? 個人的には麻雀あたりを勧めるぜ。一局どうだい」

 

「お断りします。ギャンブルだけは絶対にやらないと決めていますので」

 

「遊びでもか?」

 

「父は雀ゴロでした。ある日ヤクザの代打ちに呼ばれて、それきり姿を見ていません。大方どこかの海の底で魚の餌になったんじゃないですかね、あのロクデナシ」

 

 愚痴をこぼしてしまってから、慌てて口をつぐんだ。これは面接であってカウンセリングではないのだ。私情を出していい場面ではない。

 

 そうでなくとも、家族の汚点を他人には漏らしたくはなかった。

 

 面接官がクックックと笑いながら、手元の資料を伏せた。

 

「運に己の身を任せぬとの決意か。それも良い。どうせいずれ判ることだ」

 

 面接は終わりだ、退室しろ。と彼女は言った。私は指示通り退室しようとしたが、その前にどうしても訊いておきたいことがあって、ドアノブに手をかけたまま振り返った。

 

「あの、この面接は艦娘課程の最終試験か何かですか?」

 

「もしそうなら、その質問をした時点でお前は失格だ。履歴書に書く職歴がまた一つ増えることになる」

 

「失礼しました。帰ります」

 

「まあ待て。本当は極秘だが、お前には教えてやってもいい」

 

 ドアを開けかけた私は、ドアを閉じて再び彼女に向き直った。

 

 誰にも言うなよ、と彼女は念押しして言った。

 

「お前をとある部隊へ配属する。そのための面接だ。安心しろ、お前は合格だ」

 

 合格? 安心? 何故だろう、どうにも嫌な予感がビンビンする。

 

「第二水雷戦隊。この世の地獄に飛び込む命知らずの集団だ。お前はその一員となる。陽炎型八番艦“雪風”。それがお前が受け継ぐ名だ」

 

 彼女がまた冷たい目でクックッと笑い、最後にこう付け加えた。

 

「せいぜい生き残れ」

 

 退職願を書こうか。クビにされてばかりだった私は、初めてそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 練習艦隊が長い航海を終えて日本に帰国したその翌日早朝。

 

 苦楽を共にした同期生たちとの別れもそこそこに、私は配属先が黒く塗りつぶされた辞令書を手に、たった一人で地方行の高速列車に乗り込んだ。

 

 結局、退職願は書かなかった。貧しい実家に仕送りするためだ。背に腹は代えられない。雇ってくれるだけでも有難い。そんなふうに無理やり前向きに思考を切り替えて、私は瀬戸内海のとある島へと向かうフェリーに乗り換えた。

 

 辿り着いた島の船着き場に、一人の女性が迎えに来てくれていた。

 

「あなたが次期“雪風”ね。私は“初風”。ついてきなさい」

 

 無愛想にそう告げて、彼女はすぐに背を向けた。そのままスタスタと駐車場に停車していたマイクロバスに乗り込んでしまう。

 

 私は自己紹介する暇もなく、慌てて荷物を抱えてその後を追ってバスに乗り込んだ。

 

 車内は運転手を除けば、私と彼女の二人だけだった。マイクロバスは私が乗り込むとすぐに発車した。

 

「あ、あのぉ、初風さん……は、艦娘ですよね?」

 

「他の何に見えるの?」

 

「え~っと、いや、そのぉ」

 

「くだらない質問はしないで」

 

「…はい、すいません」

 

 会話はそれで終わった。以後、彼女は前を向いたまま一度も口を開かなかった。腕組み、足組みまでしてコミュニケーションをとる気がないことを全身で示していた。

 

 重苦しい沈黙のまま十分ほど経過したのち、バスはようやく基地へと到着した。

 

「着いたわ。降りなさい」

 

 荷物を抱えて、先に降りた初風を追う。周りには業務を行う庁舎や、居住区である隊舎らしき建物がいくつか並んでいたが、初風はそのどれにも寄らず真っ直ぐ海を目指していた。

 

「着いたわよ。これから“雪風”の引継ぎを行うわ」

 

「は、はいっ……はい?」

 

 私は耳を疑った。艦娘候補生は先代艦娘から船体と名前を引き継ぐが、その前には数か月間程度の研修期間が設けられているのが普通だ。

 

 その研修期間中は先代の艦娘と船体を共有しつつ、艦娘としての実際の業務を習得していき、そうやって一人前の艦娘として先代に認められたなら、ようやく一人の艦娘として独り立ちできるのだ。

 

 だけど、ここに居るのは先代“雪風”ではなく“初風”だ。おかしい、私は雪風になるはずだ。それはここに居る初風も認めている。

 

 混乱したまま固まる私の目の前で、初風は岸壁の船体転送装置を起動させ、目の前の海上に陽炎型の船体を呼び出した。

 

 候補生時代に使用していた丁型駆逐艦よりも大きく、より攻撃的なフォルムのその船体の側面には、確かに「ユキカゼ」と記されていた。

 

 桟橋は下りておらず、岸壁から100メートル以上離れた場所に錨を下した形で出現していたので、初風は岸壁から飛び降りると、そのまま海面をスタスタと歩き出した。

 

「何をしているの。早く来なさい」

 

「あ、あの、荷物は」

 

「そこに置きっぱなしでいいでしょ。ここは基地内よ。盗むバカが居るとでも?」

 

「は、はい」

 

 身一つで初風の後を追う。波一つない入り江の海面だが、やっぱり歩きにくい。私が船体に辿り着いたころ、初風は舷側に降ろされたジャコップ(縄梯子)を既に登り切っていた。

 

「先に言ってるわ。艦橋よ」

 

「は、はい…」

 

 ツッケンドンなその態度に辟易しつつ、私は不安定なジャコップを登り切り、さらに船内の階段を上って、艦橋へと足を踏み入れた。

 

 大方予想していたが、やっぱり初風ひとりが待っているだけだった。

 

「あのぉ……つかぬことをお伺いしますが、先代の雪風さんはどうされたんでしょうか?」

 

「ここには居ないわ」

 

「見りゃあわかりますよ、そんなの」

 

 思わず生意気な口調で言い返してしまった。だけど私も遠洋航海から帰国したばかりの足でここに着任したのだ。疲れからくる苛立ちをもう抑えきれなかった。

 

 初風からは睨まれたが、構うものか。艦娘には階級も上下関係もないのだ。そんな気持ちで睨み返していたら、やがて初風の方から視線を逸らした。

 

 彼女は深いため息を吐いて、言った。

 

「知りたい? 後悔するわよ」

 

「お気遣いどうも。でも、知りたいです」

 

「新人のくせに態度だけは一人前ね。なら、教えてあげるわ」

 

 初風はもう一度ため息を吐いて、言った。

 

「死んだわ」

 

「……は?」

 

 またもや耳を疑った。今、なんて言った?

 

「戦死したのよ、先月の任務中にね。突っ込んできた深海棲艦の爆撃機が至近距離で爆発してね。船体は無事だったんだけど、破片が艦橋に飛び込んだの。……ちょうど今、あなたが立っている場所よ」

 

 そう言って私の足元を指さした。

 

 見下ろすとそこには真っ赤な血だまりが———あるはずもなく、綺麗な床があるだけだったけれど、それでも私は一歩後ずさった。

 

「死人に引継ぎはできないわ。だから私が代行してるの。理解したかしら?」

 

「理解…しました」

 

「そう」

 

 初風はコンソールの一つを操作して艦娘の認証画面を呼び出した。

 

「さっさと登録してちょうだい。やり方は習っているはずよね。終わったらすぐに出港準備よ」

 

「いきなり出港ですか!?」

 

「口頭でひとつひとつ懇切丁寧に教えるほど暇じゃないのよ。それに私は雪風じゃないからこの船体の特性なんか教えられないしね。“習うより慣れろ”。これが二水戦のモットーよ」

 

 私は慌ただしく登録作業を済ませた。他の艦娘たちが数か月はかかる見習い研修期間を、私はたった十数分で終わらせてしまったわけだ。

 

 だからといって、これで私も一人前の艦娘だ、と胸を張る気にはなれなかった。後ろでにらみを利かせている初風も私を認める気など全くないだろう。

 

 登録が終わり、サポートAIが起動する。

 

『艦娘の新規登録が完了しました。認識番号○○―✕✕✕✕✕✕✕をこれより“雪風”と認証します。ご指示をどうぞ』

 

「えっと、出港準備を」

 

『了解しました。出港準備、艦内警戒閉鎖。錨鎖揚げ方用意』

 

 たちまち機関に火が入り、艦内をメンテ妖精たちが走り回る気配が満たした。

 

『出港準備よし』

 

「“雪風”、抜錨!」

 

 感慨も減ったくれもない初出港の後、私は初風に言われるがままに港外へと出て、沖へと向かった。

 

「これから何が始まるんです?」

 

「新入りの歓迎会よ」

 

「海の上で?」

 

「送別会になるかもね」

 

「は?」

 

 何を言ってるんだこの人は。と彼女の方を振り返りかけた時、不意に、不気味な風切り音と共に、船体のすぐ隣で海面が爆ぜた。

 

「へっ!?」

 

 高い水柱と船体を揺さぶる衝撃。水柱は一つだけではなく、立て続けにいくつも上がった。

 

 砲撃されている。しかも夾叉弾だ。私は反射的に叫んだ。

 

「戦闘用意!」

 

 リンクレベルが切り替わり五感に各センサー類の情報がダイレクトに伝わる。

 

 私はすぐにレーダーに意識を向けた。だが脳裏に浮かんだレーダー画面は真っ白に染め上げられていた。ジャミングだ。敵に重巡以上の級もしくは電子戦支援機が周囲を飛んでいる可能性が高い――――

 

 ――――敵? こんな内海の奥深くで?

 

 ありえない、と叫びたくなるのをぐっと堪えた。これは事実だ。間違いなく実弾だ。対処しないと殺される。

 

「最大戦速! 対空、対水上戦、電子戦用意!」

 

 続けて回避運動のため舵を取ろうとしたとき、背後で初風が叫んだ。

 

「針路そのまま! 死にたくなければ真っすぐ進みなさい」

 

「回避しないと当たりますよ!?」

 

「下手に避けられたら狙いが狂うじゃない」

 

 平然と言い放たれたその言葉と、そして彼女の態度で、私は悟った。

 

 これは訓練だ。ただし撃ち込まれているのは間違いなく実弾だが。

 

 前方、水平線上に軍艦の船影がいくつも現れたのが見えた。軽巡洋艦一隻を先頭に、その後を駆逐艦六隻が一列の単縦陣をとって私の前方を横切るように航行している。

 

 私に対して丁字有利の位置に占位している駆逐艦たちが、砲をかわるがわる発砲する。その砲弾は真っすぐ突っ込む私の船体をかすめる程の至近距離に次々と着弾した。

 

 訓練? 冗談じゃない。これは私のための訓練じゃない。今の私はただの標的だ。

 

 彼我距離が詰まる。水雷戦隊はピタリと砲撃をやめ、単縦陣を維持したままその針路を私の方へと向けた。

 

 先頭の軽巡の航跡からわずかのズレもない、まるで一匹の蛇のような滑らかさで水雷戦隊は回頭し、私の真正面から全速力で向かってくる。

 

「衝突コース!?」

 

「ぶつからないわよ。あなたがやることは、このまますれ違った後、陣形の最後尾につく。それだけよ。簡単でしょ」

 

「無茶苦茶ですよ、こんな訓練!?」

 

「戦場よりマシよ」

 

 目の前に迫った先頭の軽巡が前部主砲を発砲、その砲弾が私の左側すれすれに着弾し、その衝撃によって針路がわずかに右へブレた。

 

 その直後、軽巡が私のすぐ左脇をすれ違った。船体同士の距離はきっと10メートルもなかっただろう。互いの艦橋がのぞき込めてしまうくらいの近距離だった。

 

 私は相手の艦橋に立っていた二つの人影を認めた。男と、女だ。

 

 二水戦司令・郷海 隼人と、その旗艦・神通だ。

 

 郷海の顔は鬼かと思うほどの形相でこちらをにらんでいた。

 

 これが噂に聞く“豪快なる隼人”、私を地獄に送り込む男の顔だ。聞きしに勝る豪快ぶりに怯みそうになるが、でも、負けるもんか。

 

 私も負けじと睨み返しながら、彼と彼女が率いる水雷戦隊と次々とすれ違った―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいが新しか雪風か」

 

 俺は軽巡“神通”の艦橋に立ちながら、つい今しがたすれ違った際に見えた艦娘の姿を思い返していた。

 

「なんてえじ目をした娘じゃろう」(訳:すっごい怖い目してたよねあの娘)

 

「目…確かに強い目をしていましたね。こんな危険な訓練なのに、そんなに前向きにやる気になってくれたなんて……ちょっと安心しました」

 

 俺の傍らで、秘書艦の神通がホッと胸を撫で下ろした。

 

 …でも、俺の言葉とニュアンス違くないですかね。

 

 彼女は俺の心中に気づかぬまま言葉を続けた。

 

「薩摩秘伝の鍛練法“肝練り”。実戦より過酷な環境に身を置いて度胸を鍛えるこの訓練、怯えて逃げられたらどうしようかと思いましたが、私たちを信じて真っすぐに突っ込んできてくれるなんて、なかなか見込みがある子ですね」

 

「………」

 

 本当かぁ? 本当にそうかぁ?

 

 針路については初風に強引に取らされただけじゃないのか。っていうか針路を固定しろとは言ったけれど、それは砲撃の間だけで、すれ違う時は普通に占位しろと初風には言っておいた筈なんだけどな!

 

 なのになんで正面衝突寸前になってんの!? そして神通もそれを当然みたいな感じで受け入れちゃってんの!?

 

 もしかして“普通”の感覚が俺と艦娘たちとで違うのか。だとしたらかなり拙くないか。だってあれ、寸前で雪風の針路がわずかにズレなかったら間違いなく衝突してたよ。

 

 いやそれ以前に大砲撃って相手の針路を変えるのも大概おかしいけどね!? 普通、自分が避けるよね、ねえ、神通さん!?

 

「……ないごて舵をそんままにしちょった」

 

「え? な、ないごてかじ?」

 

 あ、ちょっと強い調子で言い過ぎちゃったかな。神通のおどおどした様子に俺のチキンハートがズキズキと痛んだ。

 

「ごてかじ…あ、舵のことですか。そうですか、やはりお見抜きになられていたのですね」

 

 シュンとした様子の神通さん。失態を指摘され落ち込んでるように見えるが、でも、俺が何を見抜いたって?

 

「雪風さんとすれ違う寸前、私も怖くなってわずかに舵を切ってしまいました。私もまだまだ肝練りが足りません。申し訳ありませんでした」

 

 え、あれで舵を取っていたのかよ。っていうか取って良いんだよ。むしろもっと大胆に取ってよ!?

 

 俺は思わず我を忘れて叫びだしそうになったが、指揮官が取り乱してはいけないという理性と、なにより生来のチキンハートから結局のどまで出かかった言葉を飲み込んでしまった。

 

 うう、危ない訓練の連続で胃が痛い。俺は歯を食いしばって恐怖と胃の痛みを必死に堪える。

 

 と、そこで俺はふと思った。今更こんなに取り乱すくらいなら、そもそもこんな訓練、最初から許可しなきゃよかったのだ。

 

 そうだ、今からでも遅くない。訓練で死人が出る前に―――というか俺が死ぬ前に中止してしまおう。

 

「神通……」

 

 中止だ、という前にのどが痞えて咳き込んでしまった。

 

 途端に神通が「は、はい!」と勢いよく返事した。

 

「申し訳ありません、すぐに次の訓練を開始します…っ!」

 

 え? あ、いや、待って、今の咳払いはそんな意味じゃないよ!? 誤解しないで、ねえ!?

 

 俺が慌てて止めようとする前に神通は急速回頭、船体が大きく揺れた。

 

 水雷戦隊は速やかに二手に別れて模擬戦闘訓練を開始。各艦入り乱れるジェットコースターのような超危険な操艦の中で、俺は艦橋で立ったまま気を失ったのだった……。

 

 

 

 

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