艦これ海上戦記譚~明け空告げる、海をゆく~   作:PlusⅨ

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 ウチの職場、親方日の丸なもんだから割と年功序列で出世しちゃって困るのよね。
 私みたいな凡人に中間管理職やらしたら、プライベート削るしか仕事を終わらす術は無いじゃない(´;ω;`)

(……とか愚痴をこぼしつつウマ娘やってるダメ人間)


第二十六話・出撃前夜(3)

 潜水艦を操る潜水艦娘たち。その彼女たちが操る船体は特殊なものが多いが、中でも「伊号型潜水空母」はかなり特別な部類に入る。

 

 伊号型は、全長113メートル、幅10メートルの大型潜水艦であり、また世界的にも珍しい潜水“空母”であった。

 

 戦略原潜並に大きな船体には、魚雷発射管、機雷敷設装置、アクティブ/パッシブソーナーと言った攻撃型潜水艦と同様の装備が搭載されている他、船体前部上方には格納庫が設けられており、そこには巡洋艦が搭載しているものと同じ小型偵察用ドローンや無人機と言った航空機の他、海中哨戒/探査を目的とした特殊潜航型強化装甲服――全長10メートルに及ぶ大型パワードスーツを二機搭載することができた。

 

 このように数多の装備と能力を兼ねそなえた伊号は“万能艦”とも呼ばれていたが、しかしその主な任務は「偵察・監視・調査」という華々しさとは無縁の仕事ばかりだった。

 

 一般的に世間に知られている――映画や小説などでネタにされる範囲での一般ではあるが――潜水艦の活躍と言えば、敵の艦隊に音もなく忍び寄り、その強力な魚雷で巨大な戦艦をも一撃で葬り、敵が慌てふためく中、素早く海底深くへ去っていく、というイメージであろう。

 

 しかし残念ながら伊号潜水空母は、忍び寄るにはやや静粛性に欠け、魚雷も一応積んではいるが搭載数が少なく、海中発揮速力と潜水深度が、他の通常型潜水艦に比べ劣っているという弱点があった。

 

 良く言えば「万能型」、しかし悪く言えば「器用貧乏」「中途半端」な潜水艦、それが伊号型潜水空母だった。

 

「と言ってもさ、ウチの任務は艦隊護衛でも核報復でもないしね。そういうのは(艦娘じゃない方の)潜水艦隊に任せときゃいいのさ」

 

 とは、艦娘潜水艦隊の司令である女性:海音寺 三実大佐の言葉である。

 

 ちなみに我が国には潜水艦隊が二つあり、それぞれに独立していた。海軍総隊の指揮下にある通常型潜水艦で編成された「海軍潜水艦隊」と、統幕直轄の指揮下にある艦娘で編成された「統幕潜水艦隊」の二つである。

 

 単純に「潜水艦隊」と呼ばれる場合、それは海軍潜水艦隊の方を差し、統幕潜水艦隊の方は俗に「艦娘潜水艦隊」と呼ばれていた。(ちなみに、各警備艦隊や、遠征護衛艦隊の一部にも潜水艦娘を個別に配備している隊は存在する)

 

 潜水艦の役割というのは大別して、四つある。

 

 核抑止力を維持するための報復攻撃に備える任務、艦隊を海中から護衛する任務、他国の海上輸送ルートを寸断する通商破壊任務、そして海中哨戒・探査任務だ。もっとも、この四つの役割は人間を相手にした場合の話であって、深海棲艦を相手にする場合はいささか話が変わってくる。

 

 深海棲艦は人間的な社会や経済活動・兵站を持っていない(と推察されている)ため、相互破壊による抑止力や通商破壊は意味が無いのである。したがって潜水艦の役割は艦隊護衛と海中哨戒・探査の二つに絞られてくる。

 

 しかし敵は深海棲艦だけではなく、相も変わらず国家間同士でも軍事的に備える必要があった。そのため、これまで同様人間を相手にした、艦隊護衛も含めた任務を遂行するための通常型潜水艦(この“通常”とは、艦娘によるワンマンコントロール艦ではない、という意味であり、原子力動力も“通常型”に含まれる)によって編成された潜水艦隊と、主として深海棲艦に対する哨戒・探査を目的とした艦娘潜水艦隊の二つが別々に編成されたのであった。

 

 ちなみにこの艦娘潜水艦隊は、海軍の統制下から外れているため、海軍のしがらみを離れて自由に動ける半面、その予算も艦隊規模も、海軍潜水艦隊に比べるとかなり小さかった。所属する艦娘は現在のところ十三名であるが、艦艇は伊号型潜水空母を3隻保有するのみである。

 

 所属する艦娘の人数と保有艦艇数が一致しないのは、水上艦艇の艦娘たちと違い、潜水艦娘たちが一隻の船体を複数名で運用しているからである。

 

 

 

 

 

 深海棲艦出現海域――通称J海域。

 

 南方警備艦隊の航空戦艦・伊勢と、重巡・羽黒の二隻が海上を監視しているその足元、海中の水深約50メートルの深さでは、艦娘潜水艦隊が保有する三隻の潜水空母の内、一隻が音もなく潜航していた。

 

 伊号型潜水空母・伊19である。

 

 この“伊19”はコードネームであり、この船体に乗り込んでいる複数の艦娘のうち、先任艦娘の名前が付けられることが慣例化していた。

 

 その先任艦娘・伊19、通称“イク”は、船体中央にある発令所の真下に設置されたソーナー室に水着姿で身を沈め、周囲の海中の様子を全身で感じ取っていた。

 

 このソーナー室は、一種のプールだった。2メートル四方の空間に、深さ約1メートル弱程度の電解水が張られており、艦娘はそこに身を浸すことで艦艇に装備された複合型ソーナーの情報を自らの肌感覚として捉えることが出来た。

 

 また、その情報を艦娘を通してサポートAIが処理し、立体3D映像として発令所の多目的スクリーンに投影することも可能である。

 

 その発令所に投影された画像を、司令である三実が、昼食に出されたフランクフルトソーセージをかじりながら、眺めていた。

 

「相変わらず何も無いな。海上じゃ新型らしい深海棲艦がいるってのに」

 

「むしろ、何も無さ過ぎて変なのね。クジラやイルカどころか、魚の群れさえ寄り付こうとしないのね」

 

 三実の足下、発令所の床に開けられたソーナー室への出入り口から、イクが顔を出して報告した。ツインテールに結った髪からは、水が滴り落ちている。

 

 そのびしょ濡れの頭を見下ろし、三実は訊いた。

 

「深海棲艦が居る海面付近の様子はどうだ? 潮流に逆らって同じ位置を維持している以上、何らかの推進音は聴こえてしかるべきだろ?」

 

「ソーナーじゃ何も聴こえないのね。ただ、水中用動体検知器だとちょっとだけ反応があるのね」

 

「ちょっと?」

 

「奇妙な言い方だけど、“無が在る”って感じなの」

 

「は?」

 

「“空っぽの穴がそこに在る”としか言いようが無いの。…イメージを画像に出すのね」

 

 発令所の3D画像が、海中から海面を見上げるアングルに変わった。その見上げた海面に、丸い黒穴が映っていた。

 

「なんじゃいこりゃ? 深海棲艦の身体の一部分か?」

 

「物体じゃないのね。この部分だけ、音も、水の動きも、空気も、光も電波も振動も、何も存在しないのね」

 

「局所的なジャミングによるセンサー妨害かな。いやしかしこんなこと、どうすれば可能なんだ。まるで原理がわからんぞ」

 

「明らかに異常なのね」

 

「まさに“無が存在している”訳だ。こりゃとんでもない現象だな。調べる価値があるぞ」

 

「今回の調査、作戦内容は“手を出すな”じゃなかったのね? 隣国の大鉄塊や、他の深海棲艦がこの海域に到着して何が起きるかを見張るのが目的でしょ?」

 

「だからこそだよ。それらがここに到着する前に調べておきたい。パワードスーツを出撃させてセンサーを各所に設置しよう。ゴーヤとゆーちゃんにスタンバイするよう伝えろ」

 

「はやる気持ちは分かるけど、せめてランチが終わってからにするのね。イクもお腹空いたの。そんなぶっといソーセージを目の前でぷらぷらされちゃ、イク、我慢できなくなっちゃうのね」

 

「お、すまんな。ほれ、食え食え」

 

 三実が自分の皿からソーセージをフォークに突きさし、足下のイクに差し出した。

 

「あ~ん、パクっ……ふふー、熱くて、太くて、たくましいのね」

 

「たくましい、って、それ味の評価か?」

 

「おいしいけど、固くないのが惜しいのね」

 

「そんなソーセージは嫌だな。…お~い、ゆーちゃん。イクにソーセージ食べられちゃったから、お代わり頂戴」

 

「Ja(ヤー)」

 

 発令所の後方に位置する調理室からドイツ語の返事とともに、銀髪で白い肌に青い目をした、年若い外見の艦娘が、焼き上げたばかりのソーセージを皿に乗せてやってきた。香ばしくてスパイシーな香りが発令所内を満たし、イクが唾を飲み込んだ。

 

「カレーの匂いなのね」

 

「カリーブルストっていいます」とその艦娘:U511、通称“ゆー”が説明する。「ドイツの一般的な食べ方で、焼いたブルストにケチャップとウスターソースで作ったソースを塗って、仕上げにカレー粉を振りかけるんです」

 

 ゆーは欧州海軍との人事交流のためドイツから所属替えとなった艦娘だった。

 

「そういえば今日は金曜日だったな」と三実。

 

「さっそくいただくのね!」

 

 イクがソーナー室の出入り口から上半身を持ち上げ、すぐ近くの低いテーブルに置かれた皿からソーセージ(ドイツ語読みでブルスト)を手づかみで取り、かぶりついた。

 

「あっちぃ~の! でもこれめっちゃイケルの! ケチャップとカレー粉の濃い味付けが肉のうまみにめっちゃマッチしてて……こいつはビールをめっちゃキメたくなるのね!」

 

「ねぇ、ゆーちゃん。ビール出してよ。持ってきてたでしょ」

 

「作戦中だからダメ、って、でっちが言ってました」

 

「あたしは司令だよ」

 

「でっちは調理責任者です。でっちに逆らったら、ゆーはご飯ぬきにされちゃいます」

 

 生真面目に答えるゆーに、三実は苦笑した。

 

「胃袋を掴まれちゃ、指揮系統もクソもないか。しゃーねえ。でも確かノンアルがあったはずだ。あれならいいだろ。持ってきてくれよ」

 

「ですって、でっち」

 

 ゆーが調理室を振り返ると、

 

「どうせそう言うと思ったでち」

 

 そう言いながら、伊58、通称“ゴーヤ”が四人分のノンアルコールビールの缶と、大皿いっぱいに盛られたフライドポテトを持ってきた。

 

 三実を含め、この四人が今回の作戦のメンバーだった。

 

 食事を摂りながら、三実はゴーヤとゆーに改めて状況を説明した。

 

「と、いう訳で、大鉄塊やら他の深海棲艦どもが現場に到着して海の上がしっちゃかめっちゃかになる前に、出来るだけ情報を集めたいと思う」

 

 三実はスクリーンに海底地形を表示させた。

 

「具体的な調査方法を説明する。センサーの配備方法はサークル型。“穴”の中心から半径500メートルの同心円状に中性浮力型センサーを8つ配備する。設置水深は深度50メートル。ここまでで質問は?」

 

 ゴーヤが挙手し、言った。

 

「ここの水深は3500メートルもあるでち。それなのに、そんな浅い水深にワンセットのみでいいの?」

 

「今までの調査結果からみても、どうせ海底には何も無いさ。あいつらは海面から現れるんだ。あの“穴”はずっと見つけられなかったその証拠かもしれない」

 

「だったら、“穴”の内部にもセンサーを進入させる?」

 

「そうしたいが、それは時期尚早だな。あの“穴”がある海上には深海棲艦が居るらしいからな。変な刺激を与えたくない。なのでセンサーの設置はパワードスーツで行う。オペレーターはゴーヤと、ゆーちゃんだ」

 

「了解でち」

 

「Ja」

 

「イクは私と母艦で待機。この位置で周辺の哨戒を続ける」

 

「わかったのね」

 

「作業開始時刻は一時間後の1315。飯を食って休憩してから取り掛かるとしよう」

 

 休憩してから、とは言いつつも、ゴーヤとゆーは食事を終えるとすぐに格納庫へと向かって行った。

 

 格納庫は船体中央から前部側の、上部側にある。発令所からは一区画前方に昇降用ラッタル(梯子)があり、そこから水密区画を通り、入ることができる。

 

 格納庫は高さ2メートル、長さ25メートルのトンネル状の空間で、そこに二機のパワードスーツが俯せになって係止されていた。

 

 この潜航型パワードスーツは、全長10メートルの大型サイズであり、水の抵抗を抑えるため、頭部と胴体が一体化した、丸みを帯びてずんぐりとした形状をしている。そのため潜水艦娘たちはこのパワードスーツのことを、“ずんぐりおデブッち(ZUNGURI ODEBU-CHI)”、略して“ズゴッチ(ZUGO-CHI)”と呼んでいた。

 

 ……名称と略称にかなり無理があるが、そこにツッコむのは隊内ではタブーである。

 

 ズゴッチのコクピットは球体カプセル状であり、この内部にはソーナー室と同様、電解水で半分ほど満たされている。艦娘たちはいわゆるスクール水着のようなパイロットスーツに着替えて搭乗し、パワードスーツとリンクすることで、船体と同じようにこの機体を操縦することができた。

 

 ゴーヤとゆーは作業開始時刻までの時間をフルに使って機体点検を行い、開始五分前になったところで「発艦準備完了」を三実に報告した。

 

「了解だ。しかしお前ら、昼休憩も無しで大丈夫か? なんなら作業予定をズラして休憩時間を作ってやっても良いんだぞ?」

 

「時間に余裕ができたら、その分また点検を繰り返すだけでち。生きて帰るのにどれだけ準備しても足りることは無いって、提督がいつも言ってることだよ」

 

「そうだっけか?」

 

「訓練だと鬼のように厳しいくせに、実戦じゃ気が抜けるその性格、なんとかするでち」

 

「気負うなよ、肩の力抜けって。視野も耳も狭くなるぜ。晩飯はあたしが作ってやるから、ちゃんと帰って来いよ」

 

「献立は何でち?」

 

「ステーキとパインサラダ。あたしの得意料理だ」

 

「何か猛烈に嫌な予感がしてきたでち」

 

 作業開始時間となり、格納庫内に海水が注入される。隔壁扉が解放され、海中の暗闇が前方に広がった。

 

 しかしズゴッチにも伊号の船体と同様の複合ソーナーが装備されており、音響と水中用動体検知器によって得られた大量の情報が脳内で3D映像として認識され、ゴーヤとゆーは、海中にも関わらずクリアな視界を得ることができていた。

 

 とはいえ、付近には小規模な魚の群れしかおらず、その群れでさえ、“穴”の方向から遠ざかるように移動していた。

 

「ズゴッチ伊58、でまーす」

 

 ゴーヤの宣言とともに拘束装置が外された。ズゴッチの背面に装備されたジェットポンプが稼働し、その機体を前方へと押し出していく。

 

「ズゴッチU511、でますって」

 

 続いてゆーもその後を追う。二機は水中速力10ノットで“穴”へと向かった。

 

「センサー配備ポイントまで残り1000。ゴーヤは右回りに設置するから、ゆーは左回りでいくでち」

 

「Ja、ですって」

 

 海中内の会話は電波無線では無く、動体検知器を同調させることで行われていた。これにより海中電話のように水を振動させて音を発しなくとも、お互いに意思疎通が可能である他、低容量だがデータ通信も可能だった。

 

 ゴーヤの指示により左右二手に分かれ、内蔵されたセンサーを一基ずつ、海中へと漂わせていく。

 

 そのとき、ゴーヤはふと、背後に妙な気配を感じた。

 

「いま、後ろに何か……?」

 

 ゴーヤはすぐにジェットポンプを止め、センサーの感度を最大にまで上げた。しかし、後方には何の反応も無かった。ただ、はるか彼方で、一匹の小魚が全力で遠ざかっていくのを微かに探知した。

 

「でっち、どうかした?」

 

「ん? ああ、何でもないでち」

 

 気のせいか、と思いながら再びジェットポンプを稼働し、次の設置ポイントへ移動を開始した。

 

 しかし、背後の妙な気配はまだ続いていた。

 

(おかしいでち。“背中”がずっとぞわぞわするでち…)

 

 しかし、“後方”には何も居なかった。今もそうだ。ズゴッチは何事もなく、“俯せ”の姿勢で、水平方向に前へ進んでいる――

 

 そこで、ゴーヤはハッと気付いた。

 

「――背後っ!?」

 

 ゴーヤは即座に機体を捻り、仰向けの姿勢になった。

 

 そこに、深海棲艦が居た。

 

 人型の深海棲艦が、海面の方向から、頭を下に向け、真っ逆さまにゴーヤめがけ突っ込んできていた。

 

「敵艦見ゆ! 潜水カ級!」

 

 それは全長12メートル、深海棲艦では数少ない、海中で行動する人型深海棲艦であった。

 

 全身を覆うほどの長く大量の黒髪と、その隙間から除くガスマスクを着けたかのような顔に、青い炎を宿したかのような瞳が不気味に光り、そして、異様に長いその両腕が真下に位置するゴーヤに向かって差し伸ばされていた。

 

 気付くのが遅かったせいで、ゴーヤとカ級との距離は十数メートルも無かった。ゴーヤがジェットポンプを全速力に上げる前に、カ級の長い両腕にズゴッチの両肩をがっしりと捕まえられてしまった。

 

「くっ!?」

 

 深海棲艦の中では小型とはいえ、その大きさはズゴッチよりも大きい。体格が勝る相手に組みつかれ、その衝撃にコクピットが揺れた。

 

 カ級はズゴッチを拘束すると、そのまま更に深く潜り始めた。

 

 潜水カ級は、海軍では“潜水艦”として識別されており、その武装は魚雷のような海中航走体と知られている。しかしこの魚雷は海面付近の浅深度でしか撃てないらしく、また無誘導であるため、こういった海中での戦いでは滅多に使ってこない。

 

 その代わりとしてカ級がとるのが、この組みつき戦法であった。カ級は海中で獲物を見つけると、密かに忍び寄ってしがみつき、そのまま海底深くへと引きずり込み、深海の大水圧によって潰してしまうのだ。

 

 ズゴッチは深度1000メートルまでは正常に動くことができる上、耐圧防護されたコクピットだけならば2000メートルまで内部の艦娘を守ることができた。しかしここの水深は3000メートルを超える。その水圧は300気圧。1センチ平方メートルあたりの面積に300キロもの圧力がかかる極限世界だ。この領域で戦える兵器を、人類はまだ持ち得ていなかった。

 

「この○ダ子の出来損ないがっ、舐めるんじゃないよぉ!」

 

 組みつかれる寸前、とっさに振り向いていたことがゴーヤの危機を救った。真正面から密着してきたカ級に対し、ズゴッチ伊58は右手をその胴体に向けて突き立てた。

 

 ズゴッチの両手は四本のカギ爪になっており、重機のようにモノを掴むほか、武器として突き刺すことも可能だった。ズゴッチ伊58は、突き立てた右手の爪を、力任せに押し込み、その胸に沈めて行った。

 

 カ級の限界深度は深度4000メートルをはるかに超えるとされているが、しかしその装甲は驚くほど脆かった。むしろ無いに等しいほどだ。

 

 なぜならカ級は潜水艦やズゴッチのように剛性装甲で水圧に耐えるのではなく、深海魚のように体内外の水圧を同じにすることで深海での活動を可能にする、いわば水風船のような構造だからである。

 

 ――グゲゴババババゴバァァァァァァ!!??

 

 カ級はガスマスクのような口から意味不明な音と大量の気泡を吹き出しながら、その機能を停止した。

 

 ゴーヤはズゴッチ伊58の腕を引き抜き、カ級の遺骸を振りほどくと、すぐに、ゆーが駆るズゴッチU511の方へ向き直った。

 

 ズゴッチU511もまた、海面近くから襲いかかってきたカ級に組みつかれていた。それも二体がかりだ。

 

 更に悪いことに、ズゴッチU511は奇襲に気付けなかったのだろう、背後からその両腕をがっちりと抑え込まれていた。

 

 仲間の危機を前にして、ゴーヤの胸中に怒りとも焦りともつかない激情が一瞬湧きかけた。

 

 が、しかし、

 

「……怖いのいっぱい、みーつけちゃった」

 

 深呼吸し、わざとおどけた調子でニヤリと笑った。海の中では感情におぼれてはならない。まして戦闘ならなおさらだ。

 

 ズゴッチU511が、カ級二体に拘束されたまま急速に深海へと沈んでいく。ゴーヤはジェットポンプを全力噴射して、その後を追う――

 

――いや、追わずに一度急浮上した。そして、U511の真上に位置したところで、センサーを一基そこに漂わせ、それから頭を真下に向け、真っ逆さまに潜水を始めた。

 

「ゴーヤ、潜りまーす!」

 

 伊58は、最初にカ級がそうしたように、U511を羽交い絞めにしている二体のカ級の真上から襲いかかった。

 

 その両手のかぎ爪が、カ級たちの頭をがっしりと掴み、そのまま握りつぶした。

 

 カ級の拘束が緩み、U511がその遺骸を振りほどいて自由の身になった。しかし、ゆーはそこで、新たな脅威が迫ってきていることに気が付いた。

 

「でっち! 上からもう一体が来る!」

 

「知ってるでち」

 

 ゴーヤの後を追うように、新たなカ級がどこからともなく現れていた。だが伊58は振り向きざまにカ級が伸ばしてきた腕を逆に拘束し、そのまま腕をねじり上げ、その関節を破壊してみせた。

 

 ――グアアアババババ!?!?

 

 唯一の攻撃手段を奪われたカ級は、自ら腕を引きちぎって伊58から距離を取り、逃亡を計ったが、

 

「ゆーは……逃がしません」

 

 U511が回り込み、その腹部にクローを突き立てた。

 

 腹を貫かれ、遺骸と成り果てたカ級が深海へと沈んでいく。それを見送りもせず、二機は背中合わせになり、周囲を警戒した。

 

 他にカ級は居なかった。

 

「でっち……今のカ級たち、どこから現れたの…?」

 

「海面でち。さっき念のため真上に仕掛けて置いたセンサーが、出現した瞬間を捉えたんだけど……」

 

 ゴーヤはそこで言葉を切り、つばを飲み込んだ。

 

「……海面に“穴”が開いたでち」

 

「“穴”?」

 

「ちょうど一体分の穴が海面に開いて、そこからカ級が真っ逆さまに飛び込んできたでち。これでハッキリしたでち。深海棲艦は、深海から浮上してきたんじゃない。“海の表面から、異次元を渡って出現する”んだって!」

 

「だとしたら、この先にあるあの大きな“穴”って……!?」

 

「ゴーヤたちはとんでもないモノに近づこうとしてたみたいでち。ゆー、今すぐ撤退するよ。情報収集は中止、とっくにお腹いっぱいでち!」

 

「Ja!」

 

「出撃前の嫌な予感が当たったでち……」

 

 そう零しながら母艦へ向けて帰投しようとした、その時、

 

「でっち……なにこれ…星…?」

 

「何を言ってるでちか、ゆー?」

 

「あ…星がいっぱい……いや、怖い! でっち助けて!?」

 

「ゆー!?」

 

 突然、U511が溺れたかのようにその手足をじたばたと振り回し始めた。中のゆーがパニックに陥ったのだ。

 

「ゆー、どうしたの!? 落ち着くでち! 周りには敵は居ないよ!?」

 

「やだ…落ちる…落ちてく…宇宙だよ……このままじゃ、かえれなくなっちゃうよぉぉ!!」

 

「幻覚? まさかコクピットが損傷して酸素が…?」

 

 ゆーが急に取り乱した原因は不明だが、とにかく先ずはズゴッチの動きを止め、ゆーを救出しなければ。ゴーヤがそう決意した、その次の瞬間、

 

「あっ!?」

 

 急にゴーヤの視界が反転し、彼女は満天の星々に満ち溢れた宇宙空間へとその身を頬り出されていた。

 

 宇宙である。それもはるか彼方の、星々と見えたのは幾つもの銀河の集まりであり、その果てしない空間に鮮やかな色彩の巨大なガス雲が無限の彼方まで揺れめいている。

 

 重力を失ったことで三半規管が狂い、ゴーヤは眩暈を起こしながら、自分の身体が果てしない宇宙の深淵へと引きずり込まれていくのを感じた。

 

(宇宙…間違いないでち…ゆーは、どこに?)

 

 極限の危機に陥ったとき、先ずすべきことは自分と、そして相棒の状態を確認することだ。ゴーヤは訓練で叩き込まれた本能に従い、すぐさま自分の身体を調べるべく、両腕を顔の前に掲げようとした。

 

(腕が無い…?)

 

 両腕の感覚はあるのに、視界に腕は無かった。もしやと思い身体を見下ろすが、そこにも何も見えない。

 

(幻? そうか!)

 

 ゴーヤはすぐさま、海中に漂わせていたセンサーとのリンクを断ち切った。目の前に広がっていた無限の宇宙は消え失せ、視界は再び、何も無い海中の景色に戻った。

 

「ゆー、それはセンサーが見せている幻だよ! 早くリンク接続を切るでち!」

 

「せんさー? …あっ」

 

 U511の動きが止まり、機体は手足をだらんと投げ出した恰好で、力なく浮遊した。

 

「ゆー、こっちに戻ってきたんだね。大丈夫?」

 

「うん……星……いっぱいだった…」

 

 ゴーヤはもう一度、周囲を注意深く伺った。

 

 カ級に襲われる前に設置したセンサーが、全て消え失せていた。

 

「海流があの“穴”に向かって流れ込んでいる…? ということは、センサーが吞み込まれたってことでちか…?」

 

 あの景色は、センサーから送られた“穴”の向こう側の景色だったとでもいうのだろうか。

 

「でっち…でっち……すごかったね、星がいっぱいで……あはははは!」

 

「ゆー!?」

 

「でっち、助けてくれてDanke、Danke!」

 

「……帰るよ」

 

 ゴーヤは自らの伊58でU511の手を引き、母艦へ向かって全速力で撤退を開始した。

 

 ……この作戦以降、ゆーの性格が異常なまでに明るくなり、その変貌ぶりに三実を初め仲間たちは驚愕したのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 




今月中に、もう二話くらい更新します。
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