艦これ海上戦記譚~明け空告げる、海をゆく~   作:PlusⅨ

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第四話・暁の水平線

 時刻は1700

 

 既に雨雲を抜け、頭上にはまた、あの叢雲が高い空一面に広がっている。

 

 西に目を転じれば、太陽がゆっくりと傾き始めており、間もなく夕暮れへと差し掛かろうとしていた。

 

 私は艦橋で一人、その景色を眺めていた。叢雲は今は下に降りて、待望の入浴中である。

 

 船体は今はサポートAIによって操艦され、藤永田丸とともに、間も無く隣の警備艦隊の管轄へと入ろうとしていた。

 

 深海棲艦の潜伏予想戦力は全て撃沈したものの、念には念を入れ、隣の警備艦隊も艦隊を警備海域へ派遣してくれていた。しかも我が艦隊虎の子の一隻が満身創痍になってしまったこともあり、急遽、隣からも一隻が私の管轄での警戒を引き受けてくれるという連絡が入っていた。

 

 ちなみに鎮守府の猫吊るしからも、一隻だけなら入渠可能なくらいには設備が回復したとの報告を受けている。

 

 ふとレーダー画面を見ると、三隻で単縦陣を成形した目標が、本艦の進行方向先から接近しつつあった。

 

「AI、艦首10海里方向にSIF(敵味方識別信号)の探知はないか?」

 

『確認します。・・・SIFを探知しました。駆逐艦五月雨、如月、軽巡木曽の三隻です』

 

 どうやら隣の警備艦隊に間違いないようだ。さらに追加情報として五月雨に警備艦隊司令も乗艦中だそうだ。私は艦内電話のスイッチを入れる。

 

「叢雲、入浴中に済まないな。真方位260度方向から僚艦が向かってくる。こちらの警備の引継ぎ艦だ。挨拶するから左正横1000以内で反航態勢になるよう針路を取ってくれ」

 

『ん、了解。ところで私もうすぐ上がるけど、あんたも入浴する? あ、腕吊ってるから無理ね』

 

「まあ、そうだが・・・お前、そういうのあまり気にしないのか?」

 

『そういうのって? そりゃ怪我してたらさすがに入らないけど・・・』

 

「いや、女性が入った後の風呂に男が入るのも、どうかと」

 

『ん? あぁ、ふーん、そういうこと』

 

「何だよ?」

 

『んふっ。カワイイわね、あんた』

 

「・・・」

 

 何と答えたらいいか分からなくなっている間に、艦内電話は切られた。船体がわずかに針路を微調整する。

 

 やがて夕日を背景に警備艦隊の艦影が見えてくる頃、叢雲も艦橋に上がって来た。

 

「ラッパを頼めるか?」

 

「サポートAI、敬礼ラッパ用意」

 

 ちょこちょこっとラッパを構えた妖精が現れ、ウィングに立った。

 

『ラッパ用意よし』

 

「了解。五月雨乗艦中の警備艦隊司令に敬礼する。左気を付け」

 

 反航態勢でお互い行き違うタイミングで、私は敬礼、同時に妖精がラッパを吹き鳴らす。

 

 私の敬礼に気づいたのか、五月雨の艦橋から一人の男性が現れた。そばには白い制服姿の髪の長い少女と、そして同じくラッパ妖精が居る。彼もまた敬礼しラッパが吹かれる。

 

 敬礼を終えた私は、近くにあった探照灯のスイッチを入れ、相手へモールス符丁による発光信号を送った。

 

【ゴシエン カンシヤ シマス コンゴ トモ ヨロシク オネガイ シマス】

 

 彼から【オタガイサマ デス】との返信を貰い、私は艦橋に戻る。

 

「さあ、帰るか」

 

「ええ」

 

 叢雲は反転。一路、鎮守府を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府へ帰港したのは、日付も変わった深夜の頃だった。それでも鎮守府には煌々と野外照明が照らされ、地上設備の修復作業が夜を徹して行われていた。

 

 私と叢雲の帰港に合わせて最優先で修復された修理ドックへ船体を入渠させ、ようやく陸へ降り立った私たちを、美人が出迎えてくれた。

 

「お帰りなさいませ、司令、叢雲さん。お二人ともお疲れ様でした」

 

 そう言って黒髪ロングに理知的なメガネが魅力的なその女性は、私たちに穏やかな笑みを向けた。

 

「あ、あぁ。ただいま・・・ところで」

 

 君は誰だ? と聞こうとするより先に、隣で叢雲が言った。

 

「あ、あんた、大淀?」

 

「叢雲、知り合いなのか?」

 

「別の部隊で少しだけ一緒だったことがあるわ。私と同じ艦娘で、軽巡よ。で、大淀。あんたいつこっちに来たのよ?」

 

「いつも何も、最初からです。と言うか、間違えて当然かも知れませんが、私は大淀さんではありません」

 

「はい?」

 

「この姿は大淀さんからお借りしているんですよ」

 

 そう言って彼女は、どこからともなく猫を取り出して、両手でぶら下げて見せた。その猫もまた何ともユルいデザインで、すっとぼけた顔をしながら彼女の胸の前で吊られている。

 

「まさか、君は」

 

「はい、そのまさかです。私は司令部業務担当AIの--」

 

「猫吊るし!?」

 

「UN・・・は? 猫つる?」

 

「あ、いや、すまん」

 

 私は、ジト目で睨みつけてきた猫吊る・・・ではなく業務担当AIから目を逸らす。

 

 そんな私に代わり、叢雲が彼女に聞く。

 

「なるほど、これがあんたの“正常な状態”なわけね。やっぱり立体映像なの?」

 

「そうですよ。ほら」

 

 彼女の手から吊るされ猫が、叢雲に向かってぴょんと飛んだ。しかし猫は、受け止めようとした叢雲の眼の前でノイズとなって虚空へ消える。

 

 彼女は言った。

 

「大淀さんは、昔ここの秘書艦を務めていました。ちょうど私が導入された時期でして、司令部業務のやり方なんかは、大淀さんを参考に学習してたんです。いわば私の先生ですね」

 

「で、それで姿まで真似たって訳?」

 

「私って形から入る主義なんです。あ、ご本人からはちゃんと許可は頂いておりますよ。妹ができたみたいって喜んで下さいました。仁淀って名前ももらったんですよ。なのでこの姿のときはそう呼んで下さると嬉しいです。・・・猫吊るしでは無く」

 

「うん、本当にすまんかった」

 

 平謝りに謝ると、AI、仁淀はまた穏やかに笑ってくれた。

 

 まだ仮設だが、私と叢雲それぞれの居住用の私室も用意できたと仁淀は言った。

 

 私は報告書の作成などは明日から行うと叢雲に告げる。

 

「そう? じゃあ私はもう休ませてもらうわ。明日は朝から頑張りましょう」

 

「できれば昼からにしたいが、鎮守府再建で他のみんなも頑張ってるしな。早起きぐらいするか」

 

「なんなら簡単な朝食ぐらい作ってあげてもいいわよ」

 

「無理をするな。それよりも夕飯あたりにカレーを作ろう。仁淀、材料はあるか?」

 

「残念ですがありません。でも、近くの町は空襲の被害を受けていませんし、売っていると思います」

 

「買い物ね。まだこの町のことをよく知らないし、いい機会だわ。ねえ仁淀、町にオープンテラス席つきのお洒落なカフェはある?」

 

「ええ、ありますよ。前任艦隊の方々もお気に入りの素敵なカフェです」

 

 それを聞いて、叢雲の表情がぱあと明るくなる。くる、とその顔が私に向いた。

 

「フラグは回収するべきよね?」

 

「仕事が終わったらな」

 

「私が秘書艦なのよ。すぐに終わるわ」

 

 さも当然のように高言する叢雲。まったく高慢な態度だが、同時に可愛くもある。

 

「ああ、頼りにしているよ」

 

 私は苦笑しつつ、彼女に左手を差し出した。

 

「今日はありがとう。また、明日な」

 

 叢雲は私の吊った右腕をちらりと見て、そして微笑みながら、差し出した左手を握った。

 

「ええ、明日からも付き合ってあげるわ。買い出しも、カフェもね。おやすみ」

 

 それはデートか? と聞く前に叢雲は手を離し、自分の部屋へと向かって行った。

 

 私はその背中を見送った後、仁淀に執務室へ行くことを告げた。

 

「お休みになられないんですか?」

 

「一つ確認したいことがあるんだ。それをしないと、気になって眠れそうにない」

 

「お手伝い致します」

 

「そんな大したもんじゃない。机の引き出しに入ってる紙切れをもう一度見たいだけさ」

 

 そう、あの新聞記事だ。自分の身に起きた不思議な現象について、もう一度考えておきたかった。

 

「紙切れ、ですか?」

 

「ああ、だからすぐ終わる。君も休め」

 

「私に睡眠は必要ありませんが、わかりました。業務開始まで待機状態とさせて頂きます。・・・あ、それと執務室へ戻られるのでしたら、一件お伝えすることがございます」

 

「なんだ? 前任者の亡霊でも出るのか?」

 

「出ませんし、あの人を勝手に殺さないで下さい。しかしまあ、前任者絡みの件ではあります。司令が出港中に前任司令から連絡がありました。司令がお帰りになったら、深夜でも構わないから電話してくれとの言づけです」

 

「それは、よほどの急用ということか?」

 

「そうではないですね。あの人は個人的な要件だと言っていましたし、司令のご都合が良ければ深夜でも構わない、という意味です」

 

「そうか、わかった。取り敢えず電話してみよう。おやすみ、仁淀」

 

「はい、おやすみなさいませ」

 

 仁淀の姿がノイズとともに消え、私は一人、執務室へ向かった。

 

 デスクの上には、例の新聞紙が置きっぱなしになっていた。私はそれを見て安堵と同時に、かすかに緊張感も覚える。

 

 異世界の記憶について書かれた新聞記事という非現実的なものが、実際に目の前にあるという現実。私はデスクに着き、新聞記事に目を通す。

 

 

【南西諸島海域にて緊迫の度合い高まる。悪化する両国関係!】

 

 

【通商航路封鎖か? 近海域に国籍不明艦が多数遊弋。護衛艦派遣へ】

 

 

 記事を読んだ私の額に、冷や汗が浮かんだ。これは私の覚えている記事ではない。別の記事だ。

 

 しかし、書かれていることは“護衛艦むらくも”の世界のことだと理解できた。むらくも轟沈後の情勢である。

 

 しかし、なぜ。

 

 いや、そもそもこの記事自体、なんなのか。

 

 記事を前に混迷し始めた私の意識を、突如鳴り出したベルが無理やり引き戻す。

 

 ベルは、電話の着信音だった。私は反射的にデスク上の受話器を取る。

 

「はい、南方警備艦隊司令部・・・」

 

『お、帰ってたのか。そいつは良かった』

 

 受話器の向こうから快活な男の声が聞こえてきた。

 

 この男、もしかすると、

 

「・・・前任者か?」

 

『そう言うあんたは後任者だな。たしか、海尾大佐』

 

「そうだ」

 

『俺は海原 遊三、あんたと同じ大佐で、そして似た名前と境遇の人間さ。子供時代、どんな風にからかわれたか想像つくだろう?』

 

 からかわれるどころか、女将を呼べ! とか自分から言いだしそうな男だな、と私は思う。

 

「海原大佐、AIの仁淀から話は聞きました。深海棲艦の大艦隊相手に劣勢で挑み、見事撃退されたそうですね。凄いものです」

 

『その分、あんたには迷惑をかけた。戦力も無いのに残敵の掃討までやらせちまって悪かったな。だが、駆逐艦を引き連れたヲ級を相手に単艦で挑んで全滅させたそうじゃないか。あんたこそ大したもんだ』

 

「部下の活躍のおかげです。全て彼女のおかげだ」

 

『あんたと同時着任した艦娘だな』

 

「ええ、駆逐艦・叢雲です」

 

『気に入ったかな?』

 

「どういう意味で?」

 

 この男、からかっているな。と感じながら聞き返す。何しろ秘書艦を妻にするような男だ。

 

 しかし、相手からの回答は予想外のものだった。

 

『前世からの縁、的な意味で』

 

「・・・」

 

 黙っている私の耳に、海原大佐は『デスクの引き出し』と言った。

 

『開けてみろ。そこに一枚の新聞がある』

 

「・・・もう見た。今も目の前にある」

 

『なら話は早い。読んだなら気づいてるはずだ。自分に起きた変化って奴がな』

 

「海原大佐、あなたも持っているのか。護衛艦むらくもの記憶を」

 

『なるほど、それがあんたのもう一つの記憶で、そして艦娘との縁か。どうりで単艦でヲ級艦隊を撃破するわけだ』

 

「あなたは違うのか?」

 

『俺はかつて情報軍隷下偵察艦隊所属の電子フリゲート・金剛の乗組員だった』

 

「情報軍? 電子フリゲート?」

 

『あんたにとっちゃ馴染みのない単語だろうさ。まあその辺はお互い様だ。俺だって護衛艦なんて艦種は知らん。だがこういうのは珍しいことじゃない。俺たちは一種の平行世界の記憶を持っているらしい。艦娘運用に関わる提督っていうのは、そういう人種なんだ』

 

「そういう人種って・・・じゃあ、あなたや私だけじゃなく、みんなそうなのか!?」

 

『そうらしいな。俺も気づいたら別の記憶を持っていた。いや、むしろ“電子フリゲート・金剛乗員”の集合意識の方が主で、この海原って人格が仮初めのようにすら感じている。あんたはどうだ? いや、聞くまでも無い。あんたも、そうだ』

 

「・・・否定はしない。だが、だとすれば、この世界はいったい何なんだ。私は、我々は、何のためにこの世界にいるのだ?」

 

『そして、どこから来て、どこへ行くのか。なんとも哲学的な問いかけだな』

 

「茶化すな。私は真面目だ」

 

『俺だって真面目だ。だが俺は哲学者でも芸術家でも無いし、悟りを開けるとも思わん。俺は軍人で、艦娘たちの指揮官だ。すべきことを、する。・・・そして、新聞を読む』

 

「はあ、新聞?」

 

『その新聞、どういう仕組みか知らんが、前世の世界の事を断片的に教えてくれるんだ。そして、どうもこの世界は、微妙に前世と影響しあってるらしい』

 

 その言葉に、私は新聞記事に目を戻した。

 

 先ほどまでの記事の他に、こんな記事を見つけた。

 

【国籍不明艦が民間商船を襲撃。しかし護衛艦の活躍により撃退!】

 

 この記事の意味するところ。

 

 これは、まさか・・・

 

「もしかして、この世界で勝てば、前の世界を救えるのか?」

 

『あんたの世界がどんな情勢か俺は知らんが、まあちったあマシになる可能性はある。というか、そう信じたい』

 

「そう・・・だな」

 

『お互い頑張ろうや。それと、もう一つ』

 

「なんだ?」

 

『部下を・・・艦娘たちを大切にな。特に前世と縁のある艦娘は、きっと運命の艦だ。俺にとっての金剛がそうであったように』

 

「・・・了解、です」

 

 私の言葉に、彼がふふっと笑う。

 

『さて、んじゃ俺から後任への申し継ぎはこれで完了だ。こっから先は、あんた自身で、あんただけの艦隊を作り上げてくれ』

 

「そうさせてもらいます。ただ、できれば業務内容の細かい申し継ぎも--」

 

『眠ぃ、俺、もう寝る。おやすみ』

 

「おい、待て!」

 

 前任からの電話はそうやってあっさり切れた。まったく、とんでもない前任者だ。こうなったら明日の朝イチで電話をかけて細かい業務内容を問い詰めてやる。

 

 と、そう思ったところで大欠伸が出た。とろとろと、まぶたも重くなる。

 

 やれやれ、と私は椅子から立ち上がり、背伸びする。時計を見ると、もう明け方近くだった。このまま徹夜しようかとも思ったが、やはり少しぐらいは眠っておきたかった。

 

 私は地下の執務室から出て、地上へ上る。

 

 掩体壕から出た先の岸壁に佇むと、そこから望む海原の水平線が白々と明るくなり始めていた。

 

 夜明けの海を眺めながら、私はひとり、呟いた。

 

「私は・・・軍人で、艦娘たちの指揮官、か・・・」

 

 ならば、やはりすべきことをしよう。と、私は決意した。

 

 艦隊を集め、深海棲艦と戦い、この世界を守ろう。

 

 その果てに、己の前世が報われると信じて--

 

 

 

 

 

 --この暁の水平線に、勝利を刻もう。

 

 

 

 

 

 




次回予告

 人殺し

 人でなし

 かつて、我が身可愛さに、助けを乞う人々を見殺しにした臆病者と罵られ、汚名を被ったひとりの艦娘がいた。

 海尾の下で再編成が決まった南方警備艦隊。新たに集った艦娘たちの中に、その彼女の姿はあった。

 忍び寄る深海棲艦の脅威

 不吉に蠢く国家間の陰謀

 付き纏う因縁と怨嗟の声

 彼女の配属を機に、南西海域に新たな波乱が巻き起こる。

 次回、第二章~初霜、信念の海~「第五話・守りたいもの」

「私が、守ります」

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