時期的には余章が一番しっくり来ると思います。余章自体がそもそもどの辺りの時期なのかはっきりしていませんし……。
時期とか設定とか無視して書くことができない人種なので無理やりなお話になっています。
どうしてもっと自由に書けないのかなぁ……。
「あれ? あそこにいるのって、親指姫たち……?」
ある日のこと、黎明本部の食堂を通りがかったジャックは親指姫三姉妹が食堂の片隅で身を寄せあっているのを見かけた。
何やら三人とも困り果てているようで、親指姫は頭を抱えて赤いツインテールを揺らしているし、いつも明るい笑顔を浮かべている白雪姫の表情も完璧に沈んでいる。いつも眠そうな顔をしている眠り姫でさえ、今は困り顔だとはっきり断言できるほどだ。
一体三人で何の話をしているのだろうか。
「親指姫たち、三人で難しい顔してどうしたの?」
「っ、ジャック!」
「あ、ジャックさん!」
「ん……ジャック……!」
気になって声をかけると、今まで沈んでいた三人が弾かれたように顔を上げてジャックへと視線を向けてきた。若干の違いはあれど何故か三人とも希望に瞳を輝かせていて、とても可愛らしい笑顔だ。
突然三人の可愛い女の子に飛び切りの笑顔を向けられたせいで、ジャックは思わず胸の高鳴りを覚えてしまう。ちょっと顔が熱く感じるので頬が赤くなっているかもしれない。
「ちょうど良い所にきたわね! あんたも一緒に考えなさい!」
「良いけど、そもそも三人で何の話をしてたの? 何だかすごく困ってるように見えたけど」
招かれるまま親指姫の隣の席に腰を下ろし、胸の高鳴りを隠しつつ会話に加わるジャック。
疑問に答えてくれたのは向かいに座る白雪姫だった。
「実は……今度白雪たちが育った孤児院で、子供たち皆が楽しめるようなことをしてあげようって話があるんです」
「ああ、タイヨウ教団のところの孤児院だね。親指姫たちは確かそこの出身だったんだよね」
「……ん……ん……!」
白雪姫の隣の席に座る眠り姫が、嬉しそうにこくこくと頷く。
正確にはタイヨウ教団が設立される前の、ただの孤児院だった頃の話だ。
多少外観や細部に違いができても、三人にとっては思い出深い地のはずだ。
何か困りごとや問題があれば放っておけないのは当然だろう。
「はい! それで白雪たちが引き受けたのは良いんですけど……」
「何をすれば良いのか、さっぱり案が浮かばないのよ……」
「……んー………………」
三者三様の困り果てた様子を見せる親指姫たち。
どうやら三人で難しい顔をしていたのはこれが理由らしい。
親指姫がジャックを招いたのは、ジャックも何か知恵を出せということだろう。
「ジャック、何か良い案ない? お金はそんなにかからないけど子供たち皆が喜べるようなやつ……」
「うーん……子供たちが喜べるもの、か……」
力になってあげたいものの、やはりすぐには思い浮かばなかった。
元々ジェイルの中は娯楽の少ない世界だ。
そんな世界で子供たちという枠組みの中、それも男の子も女の子も皆が楽しめるものなどそうそう簡単に見つかるはずがない。
結局悩める三姉妹にジャックが加わっただけで、事態は全く進展していなかった。
「――それなら、演劇なんてどうかしら」
「ひゃあっ!?」
「っ……」
突如傍らから上がった抑揚の無い声に、白雪姫が飛び上がって驚きを露にした。眠り姫さえも眠そうだった瞳を微かに見開くほど驚いている。
見ればついさっきまで誰もいなかった白雪姫の隣の席に、冷たい笑みを浮かべたグレーテルが座っていた。
珍しく笑顔を浮かべている辺り、何かグレーテルの興味を引く話題だったのかもしれない。
「グレーテル……あんた本当に神出鬼没よね。前にも聞いたけど一体どうやってるわけ?」
「内緒」
呆れと驚きを織り交ぜた親指姫の問いに、たった一言を返すグレーテル。
予測していた答えなのか親指姫は呆れたように首を横に振り、ツインテールを左右に揺らした。
「まぁそう答えるのは分かってたけど……それより、演劇って何よ?」
「子供でも理解できる範疇の比較的簡単で分かりやすい物語を、読み聞かせるのではなく人々が役に入り込んで演じるの。この場合は私たちが演じることになるのかしらね」
「わぁ……何だか面白そうですね!」
「……ん……楽しそう……!」
「うん、僕も良い案だと思うよ。親指姫、これなら良いんじゃないかな?」
顔を輝かせて頷く白雪姫と眠り姫の二人と同じく、ジャックも頷いた。
根本的には子供達にお話を読み聞かせるのと同じであり、子供なら男の子も女の子も問わず楽しんでくれることだろう。
それにジャックとしても物語の登場人物を演じるのはなかなか楽しそうに思えた。理由は分からないがジャックを含む血式少女たちの名前は童話の登場人物と同じ名前らしいので、演劇で物語を演じるというのはジャックたちにはお似合いの出し物なのかもしれない。
ただその名前に関しての秘密はグレーテルとジャックしか知らないことだ。物語を演じるという言葉に少し不安を覚えたものの、秘密が他の血式少女たちに知られるようなへまをグレーテルがするとは思えないのですぐに不安は消えた。
「んー……発想は良いんだけど、肝心の物語はどうするのよ? 私たちが一から考えるの?」
「あ、そうですね……それは難しそうです……」
「……ん……お話……作れない……」
困り顔の親指姫のもっともな指摘に、白雪姫と眠り姫が目に見えて落ち込む。
確かに演じるための話を一から考えるのは難しい。
しかしグレーテルは童話を参考にして話を作るはずなので、その辺りのことは心配いらないだろう。
「心配いらないわ。物語なら私が構想から登場人物まで全て考えてあげる」
ジャックの予想を裏付けるように、意味ありげな笑みを向けてくるグレーテル。
やはり一から物語を作るのではなく、童話を参考にして物語を作るようだ。
しかしグレーテルの言葉をそのまま受け取るしかない親指姫は、心底不安そうな表情を浮かべていた。
「いや……あんたが考える物語とか不安で堪らないんだけど……」
「あら、信用されていないのね。これでも子供の頃から様々な種類の本を数多く読破してきたのだから、読書とは無縁のあなたより発想力や構成力は上だと自負しているのだけれど。もともとの知能を差引いてもね」
「ねぇ……あんた、喧嘩売ってる? 良いわ、買うわよ? かかってきなさい!」
「あら、私はただ事実を事実として述べているだけで、喧嘩を売っている覚えはないのだけれど。それなのにそこまで過剰に反応するなんて、何か思い当たる節でもあるのかしらね」
「お、抑えて親指姫! たぶんグレーテルに悪気はないから!」
それに眉と頬を怒りに引きつらせた親指姫がテーブル越しにグレーテルへ掴みかからないように抑えるのに精一杯で、そんな疑問を引きずる余裕はなかった。
グレーテルを含めても5人では演劇を行うのに人数が心もとないなので、他の血式少女たちの協力も不可欠だ。ジャックたちは他の血式少女たちを呼び集めるために一旦その場で解散した。
その隙にグレーテルへと話を聞きに言ったところ、返ってきたのはやはりジャックの予想通りの答え。グレーテル曰く登場人物の名前には触れずその童話の話の流れだけを参考にして、大幅に改変されるらしい。登場人物の名前に関して触れないことが分かったのでジャックも一安心だった。
しかし一つ気になるのは物語の作り手となるグレーテルが、改変するではなく改変されるという言葉を口にしたことである。まるで改変を行うのは自分ではないというような口振りだった。疑問を口にしようかと思ったものの、グレーテルは神出鬼没に現れる方法を尋ねられた時と同種の笑みを浮かべていたので教えてくれそうもなく、諦めたジャックは他の血式少女たちを呼び集めるために解放地区へと向かった。
ちなみにジャックも含めて全員が探すのを後回しにした血式少女はかぐや姫だ。理由はもちろん、探さずともほぼ確実に部屋に引きこもっていることが分かるからである。
「――っていう訳なのよ。皆、できたら協力してくれない?」
「とても面白そうですわね! 是非わたくしも協力させて頂きますわ!」
「面白そー! ラプンツェルもやるー!」
数十分後、食堂には赤ずきんに半ば無理やり引きずり出されてきたかぐや姫も含めて全員が揃った。
さっそく親指姫が事情を説明すると、いのいちばんにシンデレラとラプンツェルが頷いた。
わくわくとした笑みを浮かべているあたり、子供達のために行うことだけでなく演劇そのものにも興味があるようだ。
「ええ、もちろん私も協力させてもらうわ。メルヒェンを討伐して回るよりもよほど平和的で有意義なことだもの」
「ほぅ、お嬢が協力するならワレも力となろう。くくく、ワレの完璧な演技力に小童どもが腰を抜かす光景が目に浮かぶようにゃ! ……だ!」
シンデレラたちと同じくそれなりに期待を微笑みに表し、アリスも頷いた。
アリスに続いてハーメルンも悪ぶった笑みで頷くものの、やはり台詞を噛んでいる。
日常会話でも度々噛むハーメルンが演じるのは不安に思えるが、本人がやる気なので協力を断るのも悪い。
「皆さん物好きですね~。私はもちろん帰って寝ます~」
「せめて振りだけでも皆に合わせなさいよ、グータラ姫……」
平常運転のかぐや姫に愛想を尽かしたように眉を寄せる親指姫。
とりあえずこれでかぐや姫を除く血式少女全員が協力を申し出てくれたことに――
「――って、あれ? 赤ずきんさんはどうするの?」
――なると思ったのだが、ジャックは皆のお姉さん的存在の赤ずきんが何も口にしていないことに気付いた。
見れば普段は快活な笑みが浮かんでいる赤ずきんの表情が、酷く難しげに歪められている。
まるでフードを被っていない時の沈み具合にも似た表情だ。
「んー、演劇かー。協力してやりたいのはやまやまだけどさ、あたしそういうの上手くできそうにない気がするんだよね……」
「大丈夫ですよ、赤姉様。不安なのは白雪たちも同じですから。だけど上手くできなくても頑張って演じれば、子供達にも気持ちは伝わると思います」
「……ん……ん……」
どうやら赤ずきんは上手く演じられるか不安に思っていたらしい。
だが安心させるように微笑みかける白雪姫の言うとおり、皆演劇など初めてなのだから気持ちは同じだ。
眠り姫も緑色の髪を微かに揺らしながらこくこくと頷き、白雪姫の言葉を肯定している。
「……人の気持ちと言う曖昧で複雑なものが情緒的に成長途上の子供たちに伝わるかどうかはともかく、白雪姫の言う通り不安を抱えているのはあなただけではないわ。だからあなたたちのために細かな台詞の指定や演技の指示はしないことに決めてあるのよ。あなたは誰を演じるでもなく、あなたのまま演技すれば構わないわ」
「本当ー!? それならあたしにもできそうだね! よし、あたしも協力させてもらうよ!」
前半部分にやや問題があったものの、グレーテルの言葉に赤ずきんはいつも通りの快活さを取り戻した。
沈んだ表情の似合わない赤ずきんに笑顔が戻って嬉しい限りだ。
しかし台詞や演技の指示をしないというのはジャックも初めて聞いたので心底驚いた。そんなやり方でまともな演劇などできるのだろうか。
「ありがと、赤姉。でもさー、本当にそんなガバガバなやり方で大丈夫なわけ? ちゃんと話は成立すんの?」
ジャックと同じ疑問を抱いたらしく、親指姫がグレーテルに疑いの目を向ける。
グレーテルは容易くその瞳を受け流し、小さく笑いを零した。何故かジャックに視線を向けて。
「ふふ、その点についても気にする必要はないわ。話が問題なく成り立つよう、ジャックが軌道修正してくれるもの」
「えぇっ!? どうして僕がそんな役になってるの!?」
唐突に修正要因に任命され、流石にジャックも驚きを禁じえない。
何が一番驚いたかというと赤ずきんと親指姫が心の底からの納得を見せて頷いたことである。
「なるほど。それなら問題ないわね!」
「ああ、それなら安心だね。頼んだよジャック!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!? 僕だって上手く演じられるか不安なのに、そんな大切な役目もあるの!?」
「んー? まさか優しいジャックがか弱い女の子にそんな大変な役目を任せたりしないよね? あたしはあんたがそんな男じゃないって信じてるよ、ジャック」
「あ、赤ずきんさん……」
ジャックの肩にポンと手を置き、急に真面目な顔をして語りかけてくる赤ずきん。
カッコイイという言葉が良く似合う赤ずきんに至近距離から顔を覗きこまれ、信頼を口にされるとちょっとドキッとしてしまう。
ただしメルヒェンとも単騎で渡り合える血式少女たちのどの辺がか弱いのだろうかとか、何で信頼と口にした癖にニヤニヤしているのだろうかとか色々ツッコミどころが多いせいで、ジャックの胸の中は高鳴りよりも困惑の方が大部分を占めている。
「ジャック、あなたがやらずに誰がやるというの? 私は赤ずきんや親指姫に任せるのは不安だから、安心して任せられるあなたを指名したのだけれど?」
「……ちょっとグレーテル、あんた私と赤姉が真面目にやらないとでも思ってるわけ?」
「それに私の考えてある話の中では、あなたの演じる役は主役と同じくらい多くの出番があるのよ。話の軌道修正を行うのにこれ以上相応しい人は、あなたを置いて他にはいないわ」
「ぼ、僕の出番って主役と同じくらいあるの……? 確かにそれなら僕がやるべきことかもしれないね……」
親指姫の抗議の声を完全に無視して、グレーテルはジャックへと細めた瞳を向けてくる。
グレーテルの言う通り、話の軌道修正を行う役目の持ち主は出番が大いにこしたことはない。
それについさっき向けられた赤ずきんの下心混じりの信頼はともかく、グレーテルが向けてくれた含みはあるが下心のない信頼には応えたかった。
「だけど、それって結構責任重大な役目だよね……ちゃんと僕にできるかな……」
「大丈夫よ、ジャック。あなただけにそんな大変な役目を押し付けたりはしないから。私が力になるわ」
「アリス……」
引き受けるべきか思い悩んでいたジャックへ、安心させるようにアリスが微笑みかけてくる。
「ええ、その通りですわ。わたくしたちも可能な限りサポート致しますわよ」
「はい! 私も協力しますよ、ジャックさん!」
「……ん……ん……!」
「みんな……!」
シンデレラ、白雪姫、眠り姫もアリスに続き、可愛らしい笑みでジャックの不安を溶かしてくれた。
一人でやらなければいけないならともかく、アリスたちが力を貸してくれる。
責任重大な役目だが心強い仲間達の力を借りれば、できないことだとは思えなかった。
「……分かった。僕に任せてよ、グレーテル。どこまでやれるかは分からないけど、精一杯やらせてもらうよ」
それにもともと誰かが引き受けなければいけない役目なので、ジャックは心を決めて頷いた。
最初からこの展開を予想していたのか、グレーテルは特に変わった反応を見せずに微かな微笑みを浮かべる。
「ふふ。お願いするわ、ジャック……だけど覚悟をしておいた方が良いかもしれないわね。アリスたちは力を貸してくれるようだけれど、赤ずきんたちにそのつもりはないみたいよ」
「えっ……?」
グレーテルが顔を向けた方向へとジャックが恐る恐る目をやると――
「ジャックが話を元に戻してくれるなら、あたしたちは思うが侭に演じられるってことだね。親指、子供たちが楽しめるようなことをしてやろう!」
「もちろんよ、赤姉! あんたらも面白くなりそうなことは遠慮しないでどんどんやりなさいよラプンツェル、ハーメルン!」
「うん! ラプンツェルも面白そうなことやるよー!」
「クククッ。小童共を笑いに誘うなど、ワレの演技力を以ってすればお茶の子しゃいしゃいにゃ! ……さいさい! だ!!」
――そこにはとても楽しそうに笑う赤ずきんと親指姫、ラプンツェル、ハーメルンの姿。
ジャックが軌道修正してくれると分かったおかげか、恐ろしいことにまさかのアドリブ宣言をしている。
赤ずきんたちを止めることは無理なので、せめてこの四人の出番が少ないことをジャックは願うしかなかった。
「だ、大丈夫だよ、グレーテル。アリスたちが力を貸してくれるんだから、赤ずきんさんたちの誰かが主役じゃない限り……」
「あなたには酷な話でしょうけれど、劇の主役はあの中にいるわ。劇の成功の可否はあなたのアドリブにかかっていると言っても過言ではないわね。頑張ってね、ジャック……ふふっ」
そして次の瞬間、ジャックのささやかな願いは見事に打ち砕かれてしまった。
果たして本当に子供たちが楽しんでくれるような、まともな劇を演じることができるのだろうか。その時を思うと、ジャックの心には不安しか芽生えてこなかった。
「検証の場を提供してくれた親指姫たちには感謝しないといけないわね。童話の主人公たちと同じ名前を持つ血式少女が自分の役をどのように演じるか、そして一体どのような反応を示すかを確かめる……やはりとても興味深い実験ね。一体どんな劇になるのか、今から楽しみで堪らないわ……ふふっ……」
四人の内のどの童話を書くのかはすでに決まっていて、一応半分くらいはできあがっています。でもだいぶ混沌としたお話になりつつある……。
ちなみにお話を書くために学校の図書館で童話を探していて、その途中「メルヒェン」と「スナーク狩り」という本を見つけました。やっぱり血式少女たちだけでなくこっちも元があったみたいです。
感想が頂けると嬉しいです。ついでにかぐや姫の扱いをどうすれば良いか教えて欲しいです。かぐや姫が協力してくれるような理由が思い浮かびません……。