前編と後編で済めば良いんですけど、もしかすると中編も加わるかも……。
もっとおかしな話になるかと思いきや、山場が少ないことも手伝ってか前編は至ってまともな劇になりました。こんなはずでは……。
ついに大波乱の予感がする演劇を行う日が訪れた。
今ジャックたちはタイヨウ教団の一室を借り受け、天井から部屋の半分ほどを舞台と客席に幕で区切り、その舞台側で準備を進めている。
張りぼてやら照明やらで色々と準備が大掛かりになってしまったものの、特に赤ずきんが張り切って準備を進め、更には何らかの取引をしたらしくかぐや姫まで応援につれきてくれたおかげですでに完了しつつあった。
赤ずきんがここまで精力的に行動しているのには、ジャックにとってあまり好ましくない理由がある。
それは今回の劇の主役が、件の赤ずきんだからだ。
主役に指名されて嬉しさで舞い上がっているというのが、今の赤ずきんの様子に相応しい言葉だった。
「よし、もう準備は全部終わりだね! 後は始めるだけだ!」
「赤ずきんさん、くれぐれも変なことはしないでね……?」
準備を終えてなおはしゃぐ赤ずきんに、ジャックは自重を控えめに促した。
無駄なのは分かっているが口にしておけば気休め程度にはなる。
「心配しなくても平気だよ、ジャック。あたしは子供たちが面白いと思うことしかしないからさ」
「あはは……変なことをしないとは言わないんだね……」
「別に変なことしたって面白ければ構わないじゃない。話がおかしくなってきたらその時はあんたが頑張って話を元に戻しなさい」
「う、うん、分かってるよ……あははは……」
心の中はともかく外側では無邪気に笑いかけてくる赤ずきんと、面倒なことはほぼジャックに丸投げの親指姫に、喉の奥から自然と渇いた無気力な笑いが零れる。
「じゃ、ジャックさん……」
「ごめんなさい、ジャック……」
その笑いがよほど痛々しいものだったらしく、白雪姫とアリスが悲しげに眉を寄せた。
もっとも二人が悲しげなのはもう一つ明確な理由があった。
それは出番、というより割り当てられた役に対するものだ。
話の修正を手伝ってくれる協力者である二人には、役が割り当てられなかったのだ。
「気にしないで、二人とも。役が回ってこなかったのは仕方ないよ……」
「わたくしの出番は最初だけですし、わたくしもジャックさんの力にはなれないでしょうね……申し訳ありませんわ……」
「そ、そんなことないよ。一緒に劇に参加してくれるだけで、十分力になってくれてるから」
協力者の内、役を与えられたのはシンデレラと眠り姫のみ。
しかし話の中盤辺りから登場するらしい眠り姫に比べ、シンデレラは劇の最初にしか出番が無い。
幾らなんでもそんな開始早々話があらぬ方向へずれることはないはずなので、肩を落として呟くシンデレラの予想もあながち間違ってはいないだろう。
しかしジャックとしては参加するのが自分だけではないということだけで本当に救われた気分だった。
それに一応救いは他にもある。
「ワレの出番は最後か……くっくっく、やはり真の強者たる魔王は最後にその姿を現すものなのにゃ! ……だ!」
「ねーねー、ラプンツェルでばんないのー? ねむねむー?」
「……ん……らぷらぷは、皆の応援……」
開始前から台詞を噛みそれを力強く誤魔化しているハーメルンは、劇には参加するものの出番は終わり際の方だ。
ねだるように眠り姫に尋ねているラプンツェルの方は、そもそも役が割り当てられていない。
これだけでも半分くらいは不安が拭い去られた気分だった。
「……さて、準備もできたみたいだからそろそろ始めましょうか。ジャック、心の準備はできたのかしら?」
「ど、どうして僕にだけ聞くの、グレーテル……?」
皮肉なのか応援なのか判別し辛い薄い笑みを浮かべるグレーテルに、反応に困ってしまう。
役を割り当てたのは全てグレーテルなので、意図的にアリスたちを役に指名しなかったということもなきにしもあらずだ。
「……そうだね、そろそろ始めようか。じゃあ皆、子供たちが楽しめる劇になるよう頑張ろう!」
ジャックの心情を知らぬ、あるいは知っていて無視している赤ずきんが、皆に号令をかける。
『おー!』という賛同の声が上がったものの、元気いっぱいなのは声が小さかっただけの眠り姫を含め三、四名ほどだけで、ジャックと最初からやる気のないかぐや姫を含め残りの数名は覇気がなかった。
『あるところに、赤ずきんという少女がいました。赤ずきんはフードを被るのが大好きで、いつもフードのついた服を着ています。ふふ、何故そんなにフードが好きなのかしらね……ある日、赤ずきんは森の中にあるおばあさんの家を訪ねることになりました。おばあさんが風邪を引いてしまったので、そのお見舞いに向かいます』
部屋をカーテンで閉めきり照明を落とした状態の真っ暗闇の中で、舞台端に立つグレーテルの語りによってついに劇が始まってしまった――もとい始まった。
途中少し個人的な語りが含まれていたものの、その部分はかなり小さな呟きだったので子供達には聞こえなかっただろう。
とはいえジャックが気にするべきなのはそんな些細な問題ではなく、物語の流れを乱しかねない大きな問題だ。
具体的には赤ずきんたち愉快犯が巻き起こすであろうトラブル……もといアドリブへの対処。
事前にグレーテルによってジャックたちに語られた物語の筋書きは簡潔明瞭で覚えやすいものだったが、肝心の台詞についてはほぼ指定されていないのでその場その場で考えて口にするしかない。
だが流石に始まったばかりならばアドリブなど入る余地はないだろう。
しばらく静観することにしたジャックは真っ暗な舞台上へと視線を注ぎ――
「えぇっ!?」
――次の瞬間照明に照らし出されて現れた光景に度肝を抜かれた。
舞台の上には簡単な家の内部を模した張りぼてが置かれ、その前に主役の赤ずきんと母親役のシンデレラが立っている。これは別に問題はない。
赤ずきんは左手におばあさんへのお見舞いの入ったバスケットを持っている。これも別に問題はない。
問題なのは右肩に担いだ巨大なハサミ――血式武器だ。
ステージに上がった時はバスケットしか手にしていなかったので、意図は不明だが家の張りぼてに隠してでもいたのだろう。
最も率先して準備を進めていたのが赤ずきんなので、誰にも気付かれず仕込む隙がなかったとは言えない。
「さてと、それじゃあおばあさんのお見舞いに行ってくるよ。じゃあね、お母さん!」
戦慄するジャックをよそに、様になる少年のような笑顔をシンデレラに向ける赤ずきん。
おばあさんのところにお見舞いに行くのか戦いに行くのか、正直子供たちには理解できないだろう。
実際部屋の中に光が溢れたことで見えるようになった子供達の顔には、やたらでかいハサミに対する驚きが容易に見て取れた。
赤ずきんのすぐ近くにいたシンデレラも口を開けて固まっているあたり、今の今まで気がつかなかったようだ。
「お、お待ちなさい赤ずきん! 何故そんなものを持っていきますの!?」
「そんなの森の中は危ないからに決まってるよ。お母さんの可愛い娘が狼に襲われたらどうするのさ?」
「そ、それは、そうですけれど……えーと……」
正気を取り戻したシンデレラが何とか対応しようとしているが、これ以上ない正論に丸め込まれていた。
実際この森には狼が出るという設定なので、それを言われては武器を取り上げるわけにも行かない。
「大丈夫。これがあれば悪い狼が襲ってきたって返り討ちにしてやれるよ。心配しないで、お母さん」
「そ、それは、安心ですわね……け、けれど、幾ら狼でも襲ってこない限り攻撃してはいけませんわよ? 狼でも、その……友好的な狼もいるかもしれませんし……」
ちらりと舞台袖に隠れているジャックへと視線を向けてくるシンデレラ。
このままでは出会い頭にジャックが切り倒されると思っているのだろう。
幾らなんでもまさかそんなことはないだろう……たぶん。
「めんどくさいなぁ……そんなこと確かめずに全部ぶった切ればいいじゃん」
「だ、駄目ですわ! それではジャックさんが……いえ、その……と、とにかく約束なさい! 絶対にこちらから手を出してはいけませんことよ!」
「はぁ……分かったよ、お母さん。約束する。だけど少しでもおかしな真似をしたら容赦なくぶった切って良いよね?」
渋々と頷いた後、良い笑顔で物騒な言葉を口にする。
ただし最後の笑顔だけは舞台袖から覗いていたジャックに向けられた。
たぶんジャックがおかしな真似をすればそこで劇が終わってしまう。
絶対に少しでも敵対的な雰囲気を出さないよう、ジャックは固く心に誓った。
「ええ、まぁ……それで構いませんわ。いってらっしゃい、赤ずきん。寄り道せずにおばあさんの所へ行くんですのよ?」
「はいはい、分かってるよ。じゃあ行ってきます、お母さん!」
妥協したシンデレラにバスケットを持った左手を振り、赤ずきんは家のセットの中から駆けて行った。
もちろん右手に物々しい巨大なハサミを掲げて。
そこで一旦照明が落とされ、闇の中で場面が整えられていく。
再び照明が灯った時には、簡単な森の張りぼてがステージ上に出現していた。
そこを赤ずきんが片手に下げたバスケットを弾ませ、フードつきのコートを揺らして楽しそうに歩いている。
一見とてもほのぼのとした牧歌的な光景に見えるものの、肩に担いだ巨大なハサミが見事にそれをぶち壊している。
「えっと……が、頑張ってください! ジャックさん!」
「う、うん……頑張るよ」
若干困惑しつつも笑顔を見せて応援してくれる白雪姫。
安心させるようにジャックも何とか笑顔を形作って答えた。
果てしなく不安だが子供達のために、ジャックには何としてもまともな話の筋へと修正する役目がある。
意を決したジャックはジェイルの叫びを遮断するヘッドセットではなく、狼の耳的な飾りを頭に着けて、ステージの所定の位置についた。
少なくともシンデレラのおかげで出会い頭にバッサリ、という悲劇は起きないはずだ。
できれば上手くことが運ぶことを願って、ステージ端から赤ずきんの前に躍り出た。
『赤ずきんが森の中を歩いていると、突然目の前に狼が現れました。狼はにこにこと笑いながら赤ずきんに近寄ってきます』
「やあ、こんにちは。君は森の中を一人で歩いてどこへ行くんだい?」
「おばあさんの家だよ。風邪をひいたみたいだからこれからお見舞いに行くんだ」
にこやかに話しかけた狼ジャックに、バスケットを突き出して答えてくる赤ずきん。
狼目線で見るとバスケットよりもハサミが気になって仕方ないのだが、ここでそれに触れるとややこしくなりそうなので無視しておいた。
「へぇ、おばあさんの家に行くんだね。実は僕もおばあさんに用事があるんだ。おばあさんの家がどこにあるのか教えてくれるかな?」
本来はここで赤ずきんがおばあさんの家の場所を教え、狼が赤ずきんに寄り道をさせ、その内におばあさんの家へと向かう筋書きだ。
グレーテルの話ではそうなっている。
しかし面白くするためにアドリブが許可されていて、なおかつジャックが修正要員にされているのが問題である。
「うーん……ごめん。見ず知らずの人、しかも狼に家の場所を教えるのはちょっと……」
「あ……そ、そう……君は賢いんだね……」
赤ずきんはジャックの質問に躊躇いの表情を見せて、やんわりと拒否してきた。
修正しようにも何も間違ったことは言っていないので、苦笑いしながら赤ずきんを誉めることしか出来ない。
見れば赤ずきんは心底楽しそうなニヤニヤ笑いを浮かべている。
ジャックがどう切り抜けるのか楽しみで堪らないのか、あるいは困り果てて頭を抱えるジャックの様子がおかしくて堪らないのか。
意地悪な赤ずきんを心の中で少し恨みながら、ジャックは狼になったつもりですぐさま対処法を考えた。
「そ、そうだ! 賢い君には良いことを教えてあげるよ。この先にとっても綺麗な花畑があるんだ。そこで摘んだ花を持っていけば、おばあさん喜ぶんじゃないかな?」
そして、あえて家の場所を聞き出さずに寄り道させることにした。
何故なら思いついた対処法では家の場所を聞き出す必要がないからだ。
どのみち聞き出そうとしてものらりくらりと避けられるだけなので、引き止めても意味が無い。
ジャックが食い下がらなかったことが意外だったのか、赤ずきんは驚きの表情を浮かべた。
「へぇ、綺麗な花畑か……そうだね。おばあさんが喜んでくれるなら、摘んでいくことにしようかな。情報ありがとね、狼」
「どういたしまして。いっぱい摘んでくると良いよ、あか……あ、そ、そういえば君の名前は何て言うんだい?」
つい赤ずきんの名前を呼ぼうとしてしまったジャックは、すんでの所で自分の台詞を修正した。
初対面なのに名前を知っていたら明らかに怪しい奴だ。
そして怪しい奴認定されれば問答無用で赤ずきんにぶった切られる可能性がある。
「ん? ああ、そうだね。おばあさんの家の場所は教えられないけど、代わりに名前くらいは教えてあげようかな。あたしの名前は赤ずきんだよ」
少年のような微笑みと共に自らの名前を残し、ステージを駆けて行く赤ずきん。
ジャックはその後姿に手を振りながら見送った。
子供たちからは見えず、ジャックからは見えるステージの端まで行くと、赤ずきんはこちらを振り返ってきた。
その顔に浮かんでいるのは若干の期待。
やはりジャックがどう切り抜けるのか楽しんでいるらしい。
「……赤ずきんの匂いと似た匂いを辿っていけば、おばあさんのところへ行けるはずだ……よし、こっちだ。おばあさんを食べたら、訪ねてきた赤ずきんも一緒に食べてやるぞ」
『狼は赤ずきんに寄り道をさせて時間を稼ぐと、おばあさんの家へと向かいました。ふふ、なかなかやるわね、ジャック……』
子供達への大きな独り言を漏らしてから、ジャックはステージの奥の方に駆けた。
同時に照明が落とされて、場面の切り替えが始まっていく。
暗闇の中、一度目の危機を何とか乗り越えられたことに思わず安堵の吐息が漏れる。
「うわー……ジャックってあたしの匂いを覚えてるんだ。女の子の身体の匂いを覚えてるとか、ちょっと引くなぁ……」
舞台裏で胸を撫で下ろしていたところへ赤ずきんが近寄ってきた。
そしていきなり軽蔑にも似た瞳を向け、数歩下がっていく。
「か、勝手に引かないでよ! というか赤ずきんさん、さっきおばあさんの家を教えなかったのはわざとだよね?」
「うん、そうだよ。ジャックなら何とかできるって信じてたからね。実際何とか切り抜けられたじゃん。感心したよ、ジャック」
「信頼されてるのは嬉しいんだけど、微妙な気分なのは何でだろう……」
清々しい笑顔で誉められてはいるが、あまり喜ぶ気になれなかった。
唯一の救いは子供たちが楽しんでいるということだけだ。
舞台の上で演じている時に少し目を向けてみると、期待に目を輝かせた子供や笑っている子供の姿が映った。
子供達がいっぱい楽しんでくれるなら、多少の苦労は受け入れるしかないだろう。
「ちょっと、ジャック。もう準備終わるわよ。早く位置に着きなさい」
「あ。ごめん親指姫、すぐ行くよ。赤ずきんさん、アドリブは構わないけどあんまり大きすぎるのは遠慮してくれないかな……」
「んー、保障はできないなー。あたしは子供たちが楽しめそうな感じの話にしたいし。だからジャックに頑張って貰うしかないよ」
「赤姉の言う通りね。子供達のために精々頑張りなさいよ、ジャック。つまらない話にしたらぶっ殺すからね」
赤ずきんと親指姫は、ジャックが疲れ果てた溜息を零すほどとびっきりの笑顔で見送ってくれた。
「おばあさん、赤ずきんですよ。開けてください」
照明のついたステージへと再び上がったジャックは、用意された家の扉をノックした。
家と言っても当然張りぼてであり、子供達からは家の内部の様子も見える。
しかしジャックからは扉の向こうの光景が見えないので、何故返事が無いのか分からなかった。
「おばあさん? 開けてください」
一向に返事が無いので、もう一度ノックする。
赤ずきんと違い、おばあさん役の眠り姫は真面目に演じてくれるはずだ。
にも関わらず返事はない。
ジャックだけでなく、子供達も不思議に思っているようだ。
一部の子供達から小さなざわめきが聞こえてくる。
「おばあさん……入りますよ……?」
鍵があるほど作りは徹底していないので、入ろうと思えば普通に入れる。
ジャックは扉を開けて家の中へ踏み込むと、膨らんでいるベッドの隣へと向かった。
「……すー……すー……」
「ああ。眠っちゃたんだね、眠り姫」
ベッドの中にいた眠り姫は、あろうことか気持ち良さそうな寝息を立てていた。
たぶん枕の柔らかさやシーツの暖かみに打ち勝つことができなかったのだろう。
眠り姫ならこれは仕方ないことなので、ジャックは微笑ましさに笑みを浮かべてから台詞を紡いだ。
「しめしめ、おばあさんはぐっすり眠ってるみたいだ。いただきまーす!」
そして眠り姫にがぶりと噛み付く真似をする。
物語に入り込んでいるのか、子供たちの一部から可愛い悲鳴が聞こえてきた。
その悲鳴が途切れた時、再び照明が落とされた。
今回はステージ上の張りぼての移動などは行わず、ただ人物が消えるだけなので時間は短い。
「よいしょ、っと……」
ジャックは手早く眠り姫を抱え上げると早足でステージ袖へと向かった。
相変わらず軽くて、どことなく柔らかい感触でドキドキしてしまう。
「親指姫。眠り姫をよろしく」
「ちょっ、ジャック!? あんた何でネムをお姫様――あー、眠ってるのね。全く……ほら、起きなさいネム」
「……ん……う……」
ぺちぺちと眠り姫の頬を叩く親指姫。
やはり眠り姫がベッドで眠ってしまうのは仕方の無いことだと理解しているらしく、特に困った様子や呆れは見えない。
眠り姫は親指姫に任せて、ジャックは家のセットに戻ってベッドの中へと潜り込んだ。
「う……」
そしてベッドの中に残る眠り姫の温もりと甘い残り香に胸の高鳴りを覚えてしまう。
小道具としてベッドまで用意したのは失敗だったかもしれない。
心地よい匂いと暖かさ、それに適度な暗さに段々とジャックも目蓋が落ちかけてきたが、幸いすぐに照明がついて物語が進められた。
『おばあさんのお見舞いにくる赤ずきんも食べるために、狼はベッドの中でおばあさんのふりをすることにしました。しばらくすると、何も知らない赤ずきんがおばあさんの家へと辿りつきました』
「あれ? おばあさんの家ドアが開けっぱなしだ。無用心だなぁ、おばあさんは……おーい、赤ずきんがきたよー」
徐々に赤ずきんの足音と呆れ声が近づいてくる。
毛布に包まっているせいで多少くぐもって聞こえるものの、ごく自然な足取りと声音に思えた。
できそうにないと自分で言っていたわりにはかなり上手い演技である。
これはジャックも負けてはいられない。
「いらっしゃい、赤ずきん。入っておいで?」
「ぷっ……! お、おばあさん、どうしたのその声?」
「あ、えっと……か、風邪のせいで喉を痛めちゃったんだよ」
出した裏声がよほどおかしかったのか、一瞬赤ずきんの吹き出したような小さな笑いが聞こえてきた。
懸命に演技を続けようと台詞を口にしていたものの、笑いを抑えられないらしくちょっと声が震えていた。
「あ、ああ、風邪のせいなんだね。じゃあ、どうしておばあさんの耳はそんなに大きいの……?」
「えっ……あ!」
赤ずきんに指摘されて思い出したが、ジャックは今頭に狼っぽいつけ耳を装着しているのだ。
シーツを頭まで被っていてもつけ耳がちょっとだけ見えていたのかもしれない。
「……あ、これは、その……教えてあげるから、こっちにきてくれる?」
とりあえず何とか話を先に進めようと、誤魔化すのではなく答えを引き伸ばす。
一拍置いて聞こえてきた足音で赤ずきんがベッドに近づいてきているのが分かる。
後はすぐ傍まで来た赤ずきんに襲い掛かり、ぱっくりと食べる真似をすれば良い。
それがグレーテルの語った正しい筋書きだ。
「それは……僕が狼だからだー! ガオーッ!」
頃合を見計らい、ジャックはシーツの下から赤ずきん目掛けて飛び掛った。
ここで赤ずきんが小さく悲鳴でも上げて縮こまり、大人しく食べられてくれることが理想である。
「甘い!」
「うわぁっ!?」
だが実際には赤ずきんによって鼻先にハサミの切っ先を突きつけられた。
所詮理想は理想でしかなかったようだ。現実は非情極まる。
「あんた、さっきの狼だね。何であんたがここに……! まさか、あたしのおばあさんを食べた!? あたしの大好きなおばあさんを食べるなんて許せない! おばあさんの敵、ここで取らせてもらうよ!」
「ちょっ!? 赤ずきんさん!?」
性質の悪いことに子供たちは赤ずきんの味方らしく、『やっちゃえー!』とか『頑張ってー赤ずきん!』など感情のこもった声援を送っている。
ただしおばあさんをぱっくり食べてしまった悪い狼であるジャックには、当然声援などかけてくれない。
「覚悟しな。おばあさんの敵だ!」
「あ、赤ずきんさん……」
声援を受けてノリノリの赤ずきんが、復讐を果たすべく巨大なハサミを振り上げる。
もう打つ手が見つからず、呆れて赤ずきんの名を呼ぶくらいのことしかできない。
ジャックは『赤ずきんは狼を倒し、おばあさんの仇を取りました。めでたしめでたし』とグレーテルが語る光景を、照明の光を反射するハサミの輝きの中に幻視した。
まぁ一応子供達は楽しんでくれたようなので、これで終幕でも良いだろう。
少々悔いは残るが大人しく目蓋を閉じ、赤ずきんの一撃が振り下ろされるのを待った。
やがて劇の終わりを告げる音である刃が風を切り裂く音が、無情にもジャックの耳に届いた――
赤ずきんって確かこんなお話でしたよね。
作中で赤姉がハサミを使っていますが、特に言及しない場合は初期職業と思ってください。つまり赤姉はリベロ。うちではポエットでしたけど。
ちなみに赤姉は身長が約165センチあります。アホ毛を含めるとおよそ170。私よりおっきい……。