メアリスケルター2発表で執筆意欲が湧き出てきたので続き、というか最終話です。
加速するカオス。歪められていく童話。中編の時点でだいぶ歪んでいた気もしますが。
おさらいのために今現在のそれぞれの役を明記。そんな役あったっけと思うものがありますが気にしない方向でお願いします。
赤姉:赤ずきん
シンデレラ:お母さん
ジャック:悪い狼
眠り姫:おばあさん
アリス:ジャックの恋人の狼
親指姫:猟師
『ジャックがいつまでも追いついてこないことを不安に思ったアリスがおばあさんの家に戻ると、そこにはベッドで眠っていたはずのジャックの姿はありませんでした。代わりに残されていたのはアリスへの手紙です。それはジャックを返して欲しければここへ来いという、赤ずきんからの手紙でした。それを読んだアリスはすぐに書き記された場所へと向かいました。ジャックを助けるために』
グレーテルの語りを受け、舞台袖から一人の少女――アリスが光の下へ歩み出ていく。
その黒髪から生えているような獣耳がある意味途轍もない存在感を放っているが、一際目を引くのは携えている巨大な剣だ。所々メルヒェンの血液を思わせるピンク色に光る不気味な得物。
敵意に鋭く細められた金の瞳が睨みつけているのは、同じ不気味な様相の巨大なハサミを手にした少女――赤ずきんだ。赤のファーで彩られたフードを被り、仁王立ちでアリスの視線を受けている。二人の間に流れるのは一触即発の剣呑な空気。今まで歓声を上げたり声援を送っていた子供達も今は口を閉じて静かに見入っているほどだ。
話の流れ的にはアリスは人質にされた恋人を助けにきたのだからそんな雰囲気を醸し出すのも不思議ではない。もっともそれは役作りのためではなく、何故か本当にロープで縛られ猟師役の親指姫の足元に転がされている情けないジャックの姿を目にしたせいなのかもしれない。
ジャックもまさか本当に縛られ人質にされるとは夢にも思ってもいなかった。良い笑顔でロープを手に迫ってきた赤ずきんと親指姫の姿を目にするまではの話だが。
「……あんたの恋人、アリスだっけ? 来てくれて良かったじゃん、ジャック。もしも助けに来なかったらあんたは今日の晩御飯になってたところなんだからさ」
「狼の丸焼きって美味いのよね……赤ずきん、あの狼を倒したらあいつも丸焼きにしてやりましょ! 今夜はご馳走になるわよ!」
顔を合わせ意味ありげに笑いあう赤ずきんと親指姫。
一応そんなことをされても文句を言えないことをやらかした設定なのは理解しているが、正直もうどっちが悪役なのか分かったものではない。すでに子供たちの半数がジャックとアリス側に同情の視線を向けている。
「気安くジャックの名前を呼ばないで。ジャック、怪我は無い?」
「えっと……ぼ、僕は大丈夫だよ。ちょっとお腹を切られたけど……」
食べられた人を助け出せるほどにお腹を切られるというのはちょっとどころではない気もするが、その辺りは都合の良いように考えるしかない。そもそもそこまで現実的に考えるなら鋭い牙の立ち並ぶ狼に丸呑みされているのがおかしいし、何より狼が喋っていることがおかしいのだから。
「な、何て事を……よくもジャックにそんな酷いことをしてくれたわね、赤ずきん……!」
「ああ、やったの私よ? 赤ずきんとおばあさんを助け出すためにお腹をバッサリ切り開いてやったわ! ちゃんと縫い合わせてやったんだから感謝しなさい!」
「ま、それ以外は特に何もしてないよ。しゃくだけどこいつは大切な人質だから、丁重に扱わないといけないからね」
朗らかに笑う親指姫を尻目に、赤ずきんが腕を伸ばし突きつけるようにハサミを水平に構える。その刃先の向こうにいるのは当然ながらアリスだ。
「ジャックを無事に返して欲しかったらもう一度あたしと勝負しな、アリス! 一対一ならあたしは絶対負けたりしないよ!」
「あんたが赤ずきんに勝ったらこいつを無事に解放してあげるわ。でも負けたらあんたもこいつも晩御飯の材料になってもらうわよ」
「……良いわ。私が勝ったらジャックを返してもらう」
「だ、駄目だよアリス! 僕のことは放っておいて君だけでも……!」
「大丈夫よ、ジャック。例えこの身が切り刻まれようと、手足を引き千切られようと、赤ずきんと刺し違えてでも絶対にあなたを助け出すわ」
「それはちょっと過激すぎるよ、アリス!?」
子供の演劇にあるまじき執念の言葉を零すアリスに、さすがに声を上げてしまうジャック。今でも十分過激な話になっている気もするが、そこまで血生臭い話だとさすがに教育に悪いような気がした。
「ほら、邪魔にならないように引っ込むわよジャック!」
「お、親指姫……! く、苦しい……!」
両手を後ろ手に縛られているせいで上手く動けないジャックを、親指姫は親切にも襟首を掴んで舞台袖へと引きずっていってくれた。首が絞まってとても苦しかった。
「さぁて、やろうか!」
「待っていて、ジャック。すぐにあなたを助けてあげる」
『猟師さんがジャックを連れて離れたところで、ついに赤ずきんとアリスの一騎打ちが始まりました。決して誰にも邪魔はされない、二人だけの真剣勝負です』
「――っ!」
グレーテルの語りが終わった瞬間、示し合わせたように二人が同時に駆け出し、互いへ向けて鏡合わせとしか思えない軌道の一撃を放つ。盛大な金属音が弾け、互いの得物の刃が音を立ててせめぎあう。
おばあさんの家の場面では家のセットの中という限られた空間での戦いだった。
だが今は舞台上に一切のセットはなく、人物も二人だけ。グレーテルが語ったとおり、戦いの邪魔になるものも水を差すものも何もない。
「……さっきはちょっと狭かったし邪魔なやつが後ろにいたからね。今回は気にせず本気でやれるよ」
「面白いことを言うわね。まるであの時本気を出していなかったとでも言うように聞こえるわ」
余裕の笑みを見せる赤ずきんに対して冷笑を浮かべ挑発するアリス。そのまま二人は鼻先が得物に触れるほどの至近距離で睨みあい鍔迫り合いを行う。
再び始まった本物の武器を用いた女の子同士の真剣勝負に、子供たちは男の子も女の子も関係なく熱狂していた。赤ずきんを応援する女の子もいれば、アリスを応援する男の子もいる。
子供たちの声援を一身に受けているせいなのだろう。赤ずきんもアリスも心なしか楽しそうに口元を緩ませていた。
「もちろんそう言ってるんだよ。ま、あんたは本気を出してたかもしれないけどさ。大事な大事な大好きな彼氏を――守るためにね!」
「っ!」
彼氏の部分で頬を赤らめ油断が生まれたアリス。
赤ずきんはその隙を狙って身体を微かに沈めると、力強くハサミを振り切った。鈍い金属音が弾けてアリスの大剣が弾き飛ばされる。
硬く握り締めていたおかげで手放しはしなかったが、逆にそれが大きな隙へと繋がった。
「隙ありっ!」
「くっ!」
宙を泳ぐ大剣の重さに身体を引かれよろめいたところへ、赤ずきんの目にも止まらぬ連撃が襲い来る。体勢を立て直す余裕が与えられないアリスはそれでも後退しながら懸命に捌いていく。首を断ち切るかの如き水平の一撃を大剣の腹で、身体を斜めに裂くような一撃を刃で。
一見本気の攻防に見えるがやはり両者とも本気を出していなかった。
必死に捌いているように見えるアリスの表情は冷静そのもので、額にも頬にも冷や汗一つ流れていない。それにジャックの見る限りでは赤ずきんの攻撃をアリスが防いでいるのではなく、アリスが剣を動かす位置目掛けて赤ずきんが攻撃を放っているようにも見える。八百長、と言ってしまうのはさすがに二人に失礼か。
「――きゃっ!」
「貰ったぁっ!」
身体の捻りも利用して放たれた力強い水平斬りに大剣が弾かれ、正面が無防備になるアリス。その隙を狙い、容赦なく返す刀(ハサミだが)で放たれる一撃。
誰の目にも明らかな勝敗を決するであろう一撃に、子供たちから『勝ったぁ!』などの大きな歓声と『駄目ー!』などの悲鳴が半々で上がった。
「――ふっ!」
「おわあぁっ!?」
だがアリスはその一撃を見事に裁いた。防ぐどころか弾き返した。
自身の大剣が弾かれ宙を泳ぐ力に逆らわず、むしろ軸足を基点に一回転し勢いを加え叩きつけるような回転切りで。
遠心力を加えた強烈な一撃に弾かれ、今度は赤ずきんが無防備な姿を晒す。勝敗が決まると思っていたであろう子供たちが予想外の展開にざわめく中、アリスの怒涛の反撃が始まる。
「くっ……!」
「さっきまでの威勢の良さはどこに言ったのかしら、赤ずきん?」
やはり八百長――ではなく本物の戦いに見せかけた打ち合いが続く。
押し込まれている赤ずきんへ子供たちが『負けるなー!』という声援をかけるものの、やはりアリスへの『いけー!』などの声援も半々で聞こえる。というか一度追い込まれてから反撃に移るという盛り上がりを見せたせいか、若干アリスへの声援の方が多い気さえした。
「うわっ!」
「これで終わりよ、赤ずきん!」
救い上げるような一撃を防ぐも弾かれたハサミに引かれ、片脚が浮くほどに上体が泳ぐ赤ずきん。完全に無防備となったその胸元へと鋭い突きが迫る。片足が浮いた状態でこれを捌くのは至難の業だ。
アリスの逆転勝ちかと子供たちがそれぞれの反応を示す中、体勢を立て直すことができない赤ずきんは迫る切っ先を前にもう片方の足さえも浮かせ――
「――とりゃぁ!」
「っ!」
――コートの裾を翻しバック転染みた蹴り上げを放った。大剣の腹を蹴り上げられたことで軌道が上方に逸れ、鋭い突きが空振りに終わる。
すぐさま飛び退いて隙を消すアリスと、片手を床に付きその反動でもう半回転決めて両脚で立つ赤ずきん。
そうそう見られるものではない曲芸染みた動きに子供たちから拍手喝采が送られ、声援の比率が微妙に赤ずきんへと傾く。もしやそれを狙ってわざわざ大げさな動きをしたのではないだろうか。
「……なかなかやるわね、赤ずきん」
「そっちも結構やるじゃん。だけど小細工無しの打ち合いならあたしが上だよ!」
言い放ち飛ぶように駆ける赤ずきん。それを読んでいたのか同時にアリスも駆ける。そして二人はステージ中央で得物をぶつけ合い、小細工無しの接近戦を始めた。
目まぐるしく繰り出される斬激の嵐、弾ける金属音、飛び散る火花。
二人の得物が目にも留まらぬ速度で振られている今、最早ジャックには太刀筋どころか八百長かどうか判別することすらできない。それ故観客の子供達の目には本物の真剣勝負としか映っておらず、皆声援も忘れ固唾を呑んでこの戦いの結末を見守っていた。
「……ここまで良く善戦したわね、赤ずきん。だけど次の一撃で終わりにしてあげるわ」
「その台詞、そっくりそのまま返してあげるよ。結構楽しかったけどこれで終わりだね」
やがて二人は互いに飛び退き距離を取り、最後の一刀を放つために得物を構えたまま睨みあう。
舞台上だけでなく部屋全体にまで行き渡る息をするのも躊躇われるほどの緊張感。そんな空気が漂っているせいか最早話し声どころか物音一つ聞こえない。恐らく何らかの音が生じた瞬間それがきっかけとなり互いに最後の一太刀を放つに違いない。
わざと物音を立てきっかけを作るのはさすがに無粋な真似だろう。なのでジャックは観客である子供たちが何らかの物音を立ててくれることを期待して待つことにした。
しかし――
「――っ!」
――パァン!
突如拍手を打つような音が舞台袖で鳴り響き、二人は弾かれたように駆け出してしまった。
驚いて音の出所に目をやったジャックが目にしたのは、一刻も早く終わらせて帰りたいのであろうかぐや姫が面倒くさそうな顔をして両手を合わせている光景だった。
「かぐや姫……」
「――終わりよっ!」
「――終わりだっ!」
思わず眉を寄せてしまったジャックがその声に慌てて視線を戻すと――ギィン!
今までで最も甲高い音が弾けた瞬間、いつのまにか二人の位置が互いに入れ替わっていた。互いに武器を振り切った状態で、互いに背を向けて。もしかすると一番良いシーンを見逃してしまったのかもしれない。
果たしてどちらが勝利するのか。ジャックが子供たち同様固唾を呑んで見守っていると――
「……っ、く!」
「アリス!?」
――呻いたアリスが武器を取り落とし、その場に膝をついた。
それと同時に子供たちから歓声と悲痛の叫びがほぼ半々で上がる。完全に子供たちの勢力は二分されてしまっているらしい。
「……勝負あったね。あんたもなかなか良い線いったけど、文句無しにあたしの勝利だ」
「さてと! それじゃあ約束どおりこいつらは私の晩御飯ね! 赤ずきん、良かったらおばあさんも呼んで皆で一緒に食べましょ!」
「ああ、良いね! それならお母さんも呼ばないと」
ニコニコ笑顔で赤ずきんと物騒な会話を交わす親指姫に若干どつかれつつ舞台へと歩み出るジャック。
何とか逃げられないかと考えてみるものの、身体を縛るロープの端が親指姫の手に握られているのでそれは難しい。仮にその問題をクリアしたとしても武器を担いだ赤ずきんという大きな障害を突破できる気がしない。
ならばここは自分が助かるのは諦めて、アリスだけでも見逃してもらうべき場面だ。
「ま、待って、赤ずきん!」
「なに、命乞い? 往生際悪いね、ジャック。あんたも男なら覚悟を決めなよ」
「そ、そうじゃないよ。僕はどうなっても良いから、せめてアリスだけは見逃して欲しいんだ!」
「ジャック、何を言うの!?」
アリスが叫びを上げるが当然この場では無視する。
さすがに狼のカップル二人は仲良く赤ずきんたちの夕飯になりました、めでたしめでたしではアリスを応援してくれた子供たちが納得してくれるはずもない。
「アリスは何も悪くない。おばあさんや君を食べたのは僕で、アリスは僕を助けようとしてくれただけなんだ。思いやりのある、心優しい女の子なんだ」
「ジャック……」
「だから、お願いだ。せめて、アリスだけでも……!」
「駄目よ! 赤ずきん、私はどうなっても良いからジャックを助けて!」
お互いに相手の無事だけを必死に願うジャックとアリス。赤ずきんと親指姫なら問答無用で二人ともバッサリ切り捨て夕食コースにいきそうな気がしたものの、意外にも二人は困ったように顔を見合わせていた。
「うーん……ねぇ、猟師さん。これ、どうすれば良いかな……?」
「そりゃあ無視して二人とも晩御飯に……ってしたら、悪者は私たちよね……」
困り顔の親指姫の視線が子供たちの方を向く。
そこには悲しげに顔を歪めている子供たちや、『助けてあげてー』とお願いする子供たちの姿。一応子供たちを楽しませるのが目的なはずの二人にとっては、子供たちにこんな反応をされてしまえば好き勝手することはできないだろう。
「……仕方ないか。ジャック、アリス、これからはもう人間を食べないって約束しな。本当にこの約束を守れるなら、二人とも助けてあげるよ」
「う、うん、約束するよ!」
「え、ええ、約束するわ!」
「……だってさ、解放しても良いかな?」
バッサリ切り捨てたかったのか心底残念そうな顔で親指姫に尋ねる赤ずきんだが、代わりに子供たちの大多数が『うん!』と嬉しそうに頷いた。
「……ジャック!」
「うわっ!? ちょ、あ、アリス……!?」
『……赤ずきんは狼たちが可哀想になったので、もう二度と人を襲わないと約束するという条件で見逃してあげました。アリスは解放されたジャックへと駆け寄り、その身体を抱きしめます』
ロープの端が手放され解放されたジャックへと、駆け寄ってきたアリスがあろうことか抱きついてくる。鼻先で揺れる黒髪から漂う爽やかな香りにドキリとさせられ、思わず声が上ずってしまう。
正に本物の恋人同士のような抱擁だが、これはあくまでも演技だ。変な勘違いをしないように心を落ち着けつつ、ジャックはこの先の台詞を考えようとした。
考えようとしたのだが、頭の中が真っ白になってしまい何も台詞が浮かんでこなかった。
子供たちの一人が、あろうことか『チューしないの?』という疑問を投げかけてきたせいで。
「っ……!」
嫌な予感に生唾を飲みつつ、固まってしまっているアリスに抱かれたまま背後に視線をめぐらせて見ると、当然のようにニヤニヤ笑いを浮かべた赤ずきんと親指姫の姿があった。
「……そういえばこの二人って恋人同士だっけ。感動の再開なのにキスの一つもないなんて、何かおかしい気がするな」
「そうね。もしかしてこいつら、私たちを騙してるんじゃない? 恋人同士とか言って同情引こうとしてるとか」
「ああ、それはありえそうだね。あんたたち本当に恋人同士?」
「え、あ、も、もちろんだよ。そうだよね、アリス?」
「っ! え、ええ、そうよ。私とジャックは本物の恋人よ?」
アリスは冷静に取り繕おうとしていたものの、先の子供の発言の衝撃からなかなか立ち直れていないのか顔は真っ赤だ。
しかも恥じらいからか先ほどまで抱き合っていたのに露骨な距離を取ってしまっている。これでは疑われても仕方ない。
「ふーん、なら証拠見せてみなさい! あんたたちが恋人同士だっていう証拠」
「えっ……証拠って言われても……」
「恋人同士ならキスの一つや二ついつもやってることだよね。だったらあたしたちの前でキスしてみなよ」
「っ……!」
危惧していた赤ずきんの発言にアリスと共に息を呑むジャック。
まさかの衆人環視の中でのキスの強要だ。確かに恋人同士であるという証拠を見せるならこれ以上の確認方法は無いだろう。
無論絶対にやらなければいけないというわけではないのだが――
「できないって言うなら、二人ともあたしたちの晩御飯だね。今夜は肉料理がいっぱいで豪華になりそうだ!」
「そうね、オオカミのステーキとか狼のハンバーグとか。焼く時はしっかり中まで火を通さないとね!」
――やらなければジャックもアリスもお肉料理になって食卓に並んでしまう。『ヤダー!』とか『ダメー!』とか言ってくれる狼派の子供たちがいっぱいいる以上、そんな悲しいエンディングのお話を見せたくは無かった。
「え、えっと……」
「そ、そうね、私たちは本当に恋人同士なのだから、キスくらい問題なくできるわ。そうでしょう、ジャック?」
「え……あ、う、うん。そうだね」
それでも躊躇っているとやがてアリスが代わりに台詞を紡いだ。間違いなくキスをする方向に持っていくための台詞を。
「へぇ、じゃあさっさとキスしてみなよ。あ、言っておくけど最低でも五秒くらいはしてないとキスとは認めないよ?」
「え……ほ、本当にする気じゃないよね、アリス?」
「え、ええ。子供たちからは横顔が見えるようにすればふりだけで誤魔化せるはずだもの。ただできる限り上手く誤魔化すためには頬にキスすることくらいはしなければいけないのだけど……構わないかしら、ジャック……?」
「ぼ、ボクは、その……アリスさえよければ、構わないけど……」
小声で尋ねてくるアリスへと居心地の悪さから視線を逸らして頷くジャック。
メアリガンの使用により貧血で倒れがちなのを除けば健康な男であるジャックとしては、アリスのような美少女とならふりではなく本当にキスしたいくらいだ。しかしそんなことを口に出せるわけも無い。なのであくまでも構わない程度に言っておいた。
「ほら早くしなよ。キース! キース!」
「そーそー。早くしないと今ここで丸焼きにしてやるわよ?」
「うわっ……!」
ニコニコ笑顔で煽る赤ずきんと、身体を縛るロープの端を再び掴んで引っ張る親指姫。そのせいで引っ張られたジャックは身体がぐらぐら揺れてしまう。
しかもキスコールが子供たちにまで伝播してしまい、特に女の子達が赤ずきんと共に『キース! キース!』と煽る始末。その子たちが瞳を輝かせているように見えるのは何故なのだろうか。
「わ、分かったわ。ジャック、こっちを向いて……」
長引かせるのも得策ではないと判断したのだろう。アリスは一つ深呼吸をすると、ジャックの頬を両手で包み、自分の方を向かせた。
情けないがジャックは相変わらず縛られていて動けないので、アリスの方からキスしてもらうしかないのだ。
「あ、アリス……」
「し、心配しないで、ジャック。あくまでもこれはふりだから……」
ふりといわれても高鳴る胸の鼓動は抑え難く、自然と顔が熱くなる。アリスの方も頬は朱色に染まっていて、恥じらいを感じているのは容易に見て取れた。
しかしアリスの度胸は大したもので、もう一度深呼吸すると真っ直ぐにジャックの瞳を見つめてきた。覗き込んでくる美しい金色の瞳を魅入られたかの如く見つめ返していると、やがてその瞳はゆっくりと近づいてきて、吸い込まれていくような錯覚を覚えたジャックは瞳を閉じ――
「うわっ!?」
「え――」
――何故か赤ずきんの驚いた声を耳にし、その直後身体が僅かに横に引っ張られ――
「――っ!?」
――アリスの唇が触れるのを感じた。頬ではなく、唇に。
「あ」
「え?」
「んー……?」
「わぁ……!」
「ま、まぁ……!」
「あら」
「おおっ!?」
「おなかすいたー……」
「……ラッキースケベというやつですか~?」
驚愕と混乱に瞳を見開き固まるジャックと、同様の感情を湛えた瞳で同じ反応を示すアリス。誰が誰やら分からない驚きや恥じらい、感想を零す仲間たち。そして一部の子供たちから上がる嬉しそうな声。
一体全体何がどうしてこんなことになったのかジャックには理解できなかった。確実に理解できたのはアリスの唇はとても柔らかくて瑞々しい、ということくらいだった。
「……う、うん! 間違いなく恋人同士だね、あんたたちは! 約束どおり自由にしてあげるよ!」
「そ、そうね! ほら、離してあげるからさっさといきなさい! もう二度と悪さするんじゃないわよ!」
どれくらいの時間が経った頃だろうか。いち早く正気に戻ったらしい赤ずきんと親指姫が慌てた様子で逃げるように舞台袖へと去っていった。
『……恋人同士の証明としてアリスがジャックにキスすると、赤ずきんたちは今度こそ本当に約束どおりアリスたちを見逃してくれました』
「ご、ごめ――いえ、無事に助かって良かったわジャック!」
継いで正気を取り戻したアリスが素早く距離を取り、離れたかと思いきやすぐに近寄ってきてジャックの身体の戒めを解いてくれる。予想外の出来事に遭遇しながらも演劇を続けるとはさすがである。
色々話したいことや謝りたいことはあるがひとまずそれは脇に置いて、ジャックも演技を続けることにした。とりあえず良い話的に纏めるべきだろう。
「あ、ありがとうアリス……」
「ごめんなさい。私がふがいないばかりに、もう二度とあなたの大好物の人を食べないと約束させてしまうなんて……」
「ううん、アリスが助かるならそれくらいどうってことないよ。それに、約束していなくても僕はもう人を食べられそうにないしね」
そんな台詞を口にして自嘲気味に舞台袖の方へ視線をそらしてみるジャック。
視線の先ではちょうど問題児二人がシンデレラと白雪姫に説教を受けている所だった。俯いて小さくなっている所を見るに、キスを煽ってあんな事故を起してしまった責任を感じているらしい。
「どうして? ジャック、あんなに大好きだったでしょう?」
「……おばあさんの仇を取ろうとしてた赤ずきんを見て、さっきアリスを失いかけて、気付いたんだ。僕がアリスを失いたくないように、僕が食べようとした人間を失いたくないと思ってる人間もいるんだって。それに気付いたらもう僕は人を食べられないよ。だって僕は、アリスを失ったら生きていけないから……」
「ジャック……」
ジャックの何の変哲も無い当たり前の言葉に、本当に感動したかのような見事な反応を示すアリス。あんな事故があっても冷静に演技を続けられるその精神力には最早感服する他ない。
「だから赤ずきんと約束した通り、もう人を食べるのはやめるよ。僕はアリスさえいれば、他にはもう何もいらないから……」
「ええ。私もよ、ジャック。あなたさえいれば、私も幸せ……」
静かに抱きついてくるアリスを受け止め、その背中に手を回す。まるで恋人同士が抱き合っているかのような心温まる光景を演出しながら、ジャックは何とか合図を出してかぐや姫に照明を落としてもらった。
ちなみに舞台から明かりが消えた瞬間、子供たちの半数程度は残念そうな声を上げていた。そんなにジャックとアリスが恋人同士のように抱き合っている様を見ていたかったのだろうか。
「あ、アリス……さっきはごめん。わざとじゃないんだ。どうしてか分からないけど突然身体が横に引っ張られて、それで……」
そして暗闇の中、足音を殺して舞台袖に向かう中で先ほどの事故について謝罪しておく。ジャックは故意にあんなことをしたわけではない。
少なくともそれだけは分かって欲しかったのだが、むしろアリスは自分が悪いとでもいうように申し訳無さそうに首を振った。
「い、いえ、ジャックのせいではないのは分かっているわ。さっき少し見えたのだけれど、赤ずきんさんがロープを踏みつけて転びそうになっていたもの。きっとそのせいで身体が引っ張られてしまったのね」
「そっか。だから赤ずきんさん、驚いたみたいな声を……でも、ごめん……」
「あ、謝る必要は無いわ、ジャック。私は、その……ジャックとなら、構わないもの……キスでも、何でも……」
「え? アリス、今何か――」
「あ、二人とも……えーと、その、ごめん……」
アリスが頬を染めて何か呟いたので聞き返したのだが、そこでちょうど舞台袖に入り赤ずきんと親指姫が深々と頭を下げてきたのでうやむやになった。
あれだけ面白がってアドリブに精を出していた二人が素直に頭を下げるとは、よほどきついお説教を受けたに違いない。
「う、うん。ちょっと、私も調子に乗りすぎたわ……ごめん……」
「う、ううん。さっきのは事故だから二人ともそんなに気にしないでよ」
とりあえず先ほどの事故に関しては何一つ嫌な思いをしていないので、迷い無く二人を許してあげるジャック。
一瞬むしろ褒めてあげたいとさえ思ったのだが、それは心の中にしまっておいた。
「ええ、気にしないで。ただ悪いと思っているのならもうアドリブを挟んでジャックを困らせるのを止めてもらえないかしら」
しかしアリスはちょっとピリピリしているというか、気にしないでと言いつつ妙な迫力を感じる口調で言い放つ。
ジャックが怪しげなアドリブに散々手を焼かされたことに対して怒っているのなら良いのだが、事故とはいえジャックとキスしてしまったことを怒っているのなら結構ショックだ。もっとも理由が後者のものだとしてもアリスは絶対前者だと答えるだろうが。
「そ、そうね! さすがにこれだけ盛り上げれば子供たちも満足でしょ! 女の子たちもキスとか色々見れて喜んでるみたいだしね!」
「……っ!」
若干気圧され気味の親指姫が頷くものの、よりにもよって口を滑らせさっきの事故を思い出させる。
当然ながらジャックもアリスも先ほどの感触云々を思い出し、自然と顔を赤くしてしまった。
「ま、まぁ、ほら? さっきのは事故だしノーカウントってことで良いんじゃないかな? 狼に噛まれたと思って流しちゃえば良いよ」
「赤姉、それ致命傷だから……」
「じゃ、ジャックさん! え、えーと、その……ジャックさんが言った通り、展開を考えておきました!」
再び漂う微妙な空気を打ち払うように、気を遣ったのか白雪姫がやりすぎなくらい元気に笑顔で報告してきた。やはり先ほどの事故は皆にもかなり衝撃的なものだったらしい。もっともラプンツェルやかぐや姫のように、意に介していないというかいまいち興味がなさそうな人もいるが。
「ええ! これなら、その……ジャックさんが望んだ通りになるはずですわ!」
「ん……大丈夫……!」
「あ、ありがとう、三人とも。それじゃあもうちょっとで終わりだから、皆で頑張ろう!」
ちょっと恥じらいの残った笑顔のシンデレラや眠り姫にもこれ以上気を遣わせないためにも、ジャックもなるべく元気な声で皆に号令をかけた。
『あれから何日か経った頃、赤ずきんはまたおばあさんの家を目指して森を歩いていました。おばあさんの風邪はもうすっかり良くなっていたので、今日はおばあさんのところへお見舞いではなく遊びにいくところです』
「待てい、赤ずきん! 誰の許しを得て森を歩いているのだ! この森は我、魔王ハーメルンのものだじょ! ……だぞ!」
『するとその途中でまた狼が現れました。前に見た狼とは別の狼でした』
演劇も終わりに近づきつつある場面。森の中のセットを背景に歩く赤ずきんの前に、メルヒェン製の帽子の代わりに狼の耳をつけたハーメルンがマントを広げ立ち塞がった。いきなり台詞を噛んだが今までの劇の流れからするとその程度は問題でも何でもない。まぁ子供たちはくすくす笑っていたのだが。
劇の内容的には後日風邪の治ったおばあさんの元へ再び赤ずきんが向かっているところだ。今回はお見舞いではないので赤ずきんはバスケットを手にしていないが、右肩には当然の如く巨大なハサミ。さすがにアレだけのことがあって武器を取り上げることは展開的にも無理だし、今回は武器が無ければむしろ困る展開が待っている。
一応赤ずきんが武器を携えていることを除けば、この場面は今のところグレーテルから聞かせてもらい考えた本来の場面のままだ。
しかしここからはジャックが頼んで白雪姫たちが考えてくれた展開へと移行してもらうので、予定など最初から無かったようなものである。どうせ今まで散々アドリブでおかしな話になったのだから、最後くらいジャックがお話を変えたって罰は当たらないだろう。
「出たなー、狼。前はあんたの仲間たちに遅れを取ったけど、一対一なら負けないよ。さあ、かかってきな!」
「ふっふっふ……何か勘違いをしておるな? 魔王たるワレが貴様のような小娘風情と剣を交えるとでも思っているのか!」
悪役に浸っているハーメルンが指を鳴らしたところで、新たに舞台へと四人躍り出る。それは本来役割の無かった白雪姫と、ラプンツェル。もちろん二人とも耳装備の狼だ。
「なっ……!? お母さん!? おばあさんまで……!?」
二人に手を引かれる形で舞台に上がった残りの二人は、赤ずきんの母親役のシンデレラと、おばあさん役の眠り姫。誰がどう見ても分かる通り、人質である。
『新たに現れた狼たちは何と赤ずきんのお母さんとおばあさんを人質にしていました。これには赤ずきんも驚いて固まってしまいます』
「抵抗すればこの二人の無事は保証しません! さあ、武器を捨ててください!」
「いうこときかないとふたりともたべちゃうよー! ラプンツェル、おなかすいたー!」
「くっ、卑怯者……!」
人質を取られて手も足も出ない赤ずきんは大人しく武器を捨て、悔しそうにハーメルンたちを睨む。ちなみにラプンツェルは念のためにお菓子で買収済み(事前報酬)なので、予め白雪姫たちがお願いした通りに演じてくれている。
「駄目ですわ、赤ずきん! 私たちのことは気にせずお逃げなさい!」
「ん……逃げて……!」
「ふはははは! ワレら狼の前に鼠の如く尻尾を巻いて逃げおおせるのも良かろう! だが逃げ出せば貴様の大切な家族がワレらの晩餐となることを忘れるな!」
子供たちから『ひどーい!』や『さいてーい!』という罵声が浴びせられるほど悪役に浸ったハーメルンが、むしろ声援を受けたようにノリノリで演じる。
意外にもアドリブらしいアドリブを挟んでいないのは恐らく舞台に上がる前にアリスが耳元で何か囁いていたせいだろう。内容はよく聞こえなかったが真面目にやって欲しいというお願いだったに違いない。ただ耳打ちされたハーメルンが何故か少し怯えていたように見えたのだがその理由は不明だ。
「う……分かった。あたしを食べて良いから、お母さんとおばあさんだけは助けて……」
『お母さんとおばあさんを助けるために赤ずきんはその身を差し出しました。ハーメルンという名前の狼は無抵抗な赤ずきんにナイフを向けます』
「くくっ、良かろう! 若い女子の血肉、ワレに捧げよ!」
駆け出したハーメルンの手に握られているのは短剣。これで切りつけ赤ずきんの命を奪う(あくまでも劇中)気なのは子供たちにも分かっているようで、小さな悲鳴や赤ずきんを案じる声が幾つも上がったほどだ。
だが人質を二人も捕られている赤ずきんは抵抗できない。
無防備に立ち尽くすしかない赤ずきんへとハーメルンの凶刃が迫り、悲鳴の大きさが増した瞬間――
「ぬおぉっ!?」
――ギィン!
金属音が弾け、ハーメルンの手から短剣が吹き飛んだ。
しかし赤ずきんの仕業ではない。やったのはその直前、赤ずきんの背後から舞台に飛び込んできた人物だ。それは赤ずきんのハサミに勝るとも劣らない大きさの剣を携えた、一人の少女。
「……何とか間に合ったようね」
「あ、あんたは……アリス!?」
敵であったアリスがまさかの再登場を果たし、その上赤ずきんの命を救った。予想外の展開に子供たちから歓声が上がるも、実はこの展開は白雪姫たちに考えてもらった通りのものなのでジャックたちにとっては別段驚くものではない。
というかジャックとしては反省したとはいえ赤ずきんが真面目にやってくれていて、まだ予定通りの展開で進んでいることの方が驚きだった。
「よし、僕の出番だ。かぐや姫も準備してね」
「仕方ありませんね~。その代わりもう一日わらわの僕になってくださいね~、ジャック」
「あ、う、うん……その話は後にしてもらって良いかな?」
頷くことに抵抗があったためとりあえず先延ばしにしておくジャック。協力を取り付けるために赤ずきんによって何故か勝手に数日間かぐや姫の僕になることを約束されていたので、ついさっきその事実を知ったときにはかなりの衝撃を受けてしまった。
しかし何故面倒臭がりのかぐや姫がわざわざ演劇に協力してくれたのかと疑問に思っていたので、理由が分かって若干スッキリした気分でもある。まぁ勝手に身を売られていた気分はあまり穏やかなものではないが。
「きゃっ……!」
「わー!?」
その複雑な気持ちを振り払うようにジャックは勢い良くハーメルン側から舞台へと飛び出し、白雪姫とラプンツェルの間を駆けて赤ずきんの隣へと立った。
無論ただ単に舞台に出てきたわけではない。両手にしっかりと人質二人の手を握って、である。
「大丈夫ですか、お母さん? おばあさん?」
「え、ええ、助かりましたわ……」
「ん……平気……」
「あんたはジャック……!? あんたたち、どうして……」
ちゃんと真面目にやってくれる赤ずきんが目を丸くして、両隣に立つジャックたちに視線を向ける。演劇上の赤ずきんにとっては二人とも敵だったのだから驚くのは相応しい反応だ。
『絶体絶命であった赤ずきんを何と以前戦った狼のジャックとアリスが助けにきてくれました。敵であった二人が助けてくれたことに、さすがの赤ずきんも目を丸くしてしまいます』
「……勘違いしないで。あなたを倒すのはこの私よ。私に倒される前に死ぬなんて絶対に許さないわ」
「猟師さんのおかげで助かりはしたけど、僕は君と君のおばあさんを食べちゃったからね。これは君たちを苦しめたお詫びだよ。それにもう、あんな思いは君も含めて誰にもさせたくないんだ」
「……何だか良く分からないけど、改心したってことで良いんだね? よーし、それじゃああんたたちはそっちの二匹を頼むよ! あたしはこっちの親玉を相手にするからさ!」
一度は手放したハサミを拾い、ハーメルンに突きつける赤ずきん。
助けにきたのは狼が改心したのとライバル心に目覚めたのが妥当な理由だが、見逃してもらった場面の後に参加していない赤ずきんには本来知りえない場面である。もしもシンデレラたちによるキツイお説教を受けて反省していなければ、赤ずきんは絶対改心したとは思わず疑ってかかっていただろう。
「くっ、同族でありながらワレに楯突くとは何という裏切り! その罪は貴様らの命で償ってもらうぞ!」
「やれるもんならやってみなよ。たった三人であたしたち五人に勝てるならね」
「ふふん、愚か者め。いつからワレらが三人でありゅと錯覚していた? いでよ、我がもう一人の僕!」
また台詞を噛んだことに対する子供たちの笑いに多少引きつった不敵な笑みを浮かべ、再びハーメルンが指を鳴らす。
「……うん?」
しかし肝心の僕はすぐには現れず、首を捻って舞台袖を見やるハーメルン。なお、僕が現れないという展開はついさっき白雪姫たちから聞いた展開とは違う。やはりそろそろアドリブが入ってしまうのか。
とはいえ本人が首を傾げているあたりこれはハーメルンのせいではないだろう。そもそもハーメルンは大仰な台詞を用いたり噛んだりしているものの、ここまで一切アドリブ無しで物足りなささえ感じてしまうほど大人しめだ。やはりアリスのお願いが効いたのだろう。
「ほら、出るだけで良いからさっさと行きなさいよ! グータラ姫!」
「え~? だるいです~」
子供たちも首を捻り始めたあたりで、多少どつかれる形でやっと僕が姿を表す。
頭の上には位置がちょっとズレ気味の狼の耳。本人は非常に不本意そうだが、ずっと照明操作係でいたかかぐや姫も劇に参加だ。
ジャックが白雪姫たちに頼んでいたのは、最後に全員が舞台に出た状態で終わる展開を考えて欲しいというちょっとした無茶振りだった。何人か好き勝手した人がいたのだから、出たがっていた他の皆も含めて全員を舞台に上らせてあげたかったのだ。
「たった一人増えた程度で何だというの? 私たちの数的有利に変わりはないわ」
「ふっふっふ、これを見てもまだ同じ台詞を吐けりゅか!? ……るか!」
引きつった不敵な笑みをちょっと赤くしたハーメルンが白雪姫に目配せする。
合図を受けた白雪姫は一つ頷くと、その口から話を聞くまではジャックや赤ずきんさえも予想だにしなかった衝撃的な行動を起した。
「なっ……!?」
「さ、さぁ、武器を捨ててください! ナレーションさんがどうなっても良いんですか!?」
劇の始めから舞台の端に立っていた語り手であるグレーテルを人質に取るという、さすがの子供たちも目を丸くするほどの驚愕の行動を。
「……まさか私まで参加させられるとは夢にも思っていなかったわ。劇中の存在とは全く異なる存在の語り手を無理やり劇に引きずり込むなんて、実に興味深い展開ね」
唐突な暴挙に子供たち同様目を丸くしていたがそこはグレーテル。自分の予想を遥かに超えた演劇になっていることがとても満足らしく、すぐに薄い笑みを浮かべて人質に甘んじていた。
これがアドリブなら修正不可能レベルの相当高度なものだが、どうせもうすぐ終わりなのでこれくらいはやっても良いだろうという話になっていたのだ。
というかそもそも語り手であるグレーテルを劇に参加させるには無理やり引きずり込むしか方法は無い。
「な、なんて卑劣なことをするんだ、君たちは……まさかナレーションさんを人質に取るなんて……!」
「――させないわよ!」
「きゃっ!」
しかしここでハーメルン側から親指姫が登場。白雪姫からグレーテルをかっ攫い、赤ずきんたちの元へと駆け寄ってきた。
これでジャックの望みどおり、全員が舞台上に揃った。ちょっといてはいけない感じの人物がいる気がするものの、まぁこれは仕方ない。
「猟師さん! 助かったよ、ありがとう!」
「久しぶりね、赤ずきん。何だか面白そうなことになってるじゃない。どっかで見た憎らしい顔が二つもあるなんて」
「大丈夫、こいつらは味方だよ。敵はあっちの方さ」
赤ずきんの言葉にこちら側の全員で視線を向けると、そこには地団駄を踏む自称魔王の悪い狼ハーメルンとその僕たち。可哀想だがこの四人は悪役として終わってしまう。
しかし劇に出られたことが嬉しいのだろう。白雪姫もラプンツェルも皆(かぐや姫は除く)実に楽しげな笑みを浮かべていた。
「おのれぇ……! 最早人質など不要! こうなれば魔王たるワレの真の力を見せ付けてくれるわ! ワレに続け、僕ども!」
「覚悟してください! 白雪、手加減しません!」
「わーい! いただきまーす!」
「来るわ! みんな、構えて!」
「よーし、悪い狼にはお灸を据えてやらないとね! いくよ、みんな!」
赤ずきんがコートを翻し、武器を構え直して皆に号令をかける。
そしてかつて敵であった赤ずきんとアリスたちが力をあわせ、悪い狼三匹を懲らしめる戦いが始まった――
『そして赤ずきんたちは力をあわせて見事に悪い狼たちを打ち倒し、たっぷりと懲らしめてやるのでした。その後、赤ずきんは改心したジャックとアリスと友達となり、仲良く楽しく面白い日々を過ごすのでした。めでたしめでたし』
――というところでグレーテルの語りにより、劇は終演となった。ちょっと中途半端だがここから更に続けたら確実に収拾がつかなくなってしまうからだ。そうなったらもうアリスたちの力を借りてもジャックの手には終えない。
だがそんな中途半端な劇でも内容がかなり濃いものであったおかげだろう。それでも子供たちは大いに喜び、歓声を上げてくれるのだった。
「ふぅ……一時は赤ずきんさんのせいでどうなることかと思ったけど、ちゃんと子供たちちを喜ばせることができて良かった。頑張った甲斐があったよ」
演劇が幕を閉じ皆で舞台袖に引っ込んだ後、やっと落ち着けるようになり盛大な溜息を零すジャック。
今は孤児院出身である親指姫三姉妹が舞台に立って子供たちに感想を聞いたり話をしたりしているようなので、休息を取りながらそれが終わるのを待っているところだ。
「ジャックー? 何であたしだけのせいにするのさ。親指だって結構色々してたじゃん」
「それはそうだけどやっぱり赤ずきんさんが一番色々してたと思うんだ。まぁある程度そうなることは予想出来てたし、最後は真面目にやってくれたから良いんだけど……」
「まぁそりゃあ、あんな事故を起した責任があるからね……」
事故を思い出したのか赤ずきんの頬が若干赤くなり、視線が居心地悪そうに彷徨う。実は事故ではなく故意でわざとジャックとアリスにキスさせたのではないかと思っていたので、その反応を見たジャックは疑ったことに対して多少の罪悪感を抱くのだった。
しかし次の瞬間には面白がるような視線となっていたため、胸の痛みはあっさりと引いてくれた。
「けどジャック、あんた本当は事故が起こって良かったって思ってるんじゃないかな? アリスとキスできて何だか嬉しそうにしてるしさ?」
「え、そ、そんなことないよ! あ! お疲れ様、アリス! シンデレラ!」
何とか誤魔化そうとしたが図星を指された挙句にアリスの唇の感触を思い出してしまってはまともな誤魔化しができるわけもない。結局まともな誤魔化しも否定もできなかったので、追求を避けるためにジャックはこちらへと歩いてきた二人に声をかけた。
「いえ、本当にお疲れ様なのはあなたよ、ジャック……」
「ええ。本当にお疲れ様でしたわ、ジャックさん……」
「う、うん……ありがとう、二人とも。あ、かぐや姫もラプンツェルもお疲れさま。はい、お菓子だよ」
酷く気の毒そうな表情で労わってくれる二人にお礼を言い、更にかぐや姫とラプンツェルにも声をかける。ラプンツェルには白雪姫に用意してもらったお菓子(事後報酬)をその手に握らせつつ。
「わーい、おかしだー! ありがとー、じゃっく!」
「本当に疲れました~。約束どおり、ジャックは明日から五日間わらわの僕ですからね~?」
「……あ、うん。もうそれで良いよ。ハーメルンもお疲れ……って、どうしたの?」
もう否定するのも疲れたので頷いたジャックはそのままハーメルンに視線をやったのだが、何故か今にも泣きそうな表情で震えていたのでさすがに驚いてしまった。しかもがっくりと膝をついて悔しげに拳で床を叩いている。
「くっ、何故だ!? 何故ワレの台詞で小童どもは一様に笑ったのだ!? ワレの演技は完璧だったはずにゃ! ……だ!」
「だ、大丈夫だよ! ハーメルンは最初から最後まで真面目にやってくれたから、アリスも喜んでるよ!」
「ええ。本当に良くやってくれたわ。ありがとう、ハーメルン」
「そ、そうか! うむ、お嬢が喜んでくれたのなら小童共がどう思おうと大した問題ではないな!」
アリスに褒められ途端にすぐさま輝かしい笑みを浮かべて喜ぶハーメルン。
実際の所それなりに役にはまっていたし、アドリブも交えず真面目にやってくれたのでジャックとしては何の問題も無い完璧な演技であった。まぁ子供たちが笑う原因である、度々台詞を噛む部分については触れないことが優しさだ。
「ふふ……大盛況みたいね、ジャック。私も大いに楽しむことができたわ。もともと童話が蹂躙されることは最初から予想済みだったのだけれど、まさかここまで原型が残らないほど踏みにじってくれるなんて期待以上よ?」
「うん……さすがに僕もここまでおかしな話になるとは思わなかったよ……」
小さく耳打ちしてきたグレーテルは自分の予想を遥かに上回る面白いものが見られたせいか非常に満足気だ。しかしさすがにグレーテルも元となった童話が完膚なきまでに踏みにじられるとは思っていなかったらしい。
何にせよ色々大変なことはあったものの、結果的には大盛況に終わったのだ。ジャックとしても苦労した甲斐があって実に喜ばしかった。
まぁ子供たちのためとはいえもう一度同じような演劇をしてくれと頼まれたら、さすがに素直に頷ける自信は無かったが。
「聞いてください、ジャックさん! 子供たちはとっても楽しんだみたいです! 皆期待してましたよ!」
「ん……期待……!」
「そっか。良かった、苦労した甲斐があったよ……って……期待……?」
話を終えたのか興奮した様子で駆け寄ってきた三姉妹に頷いたところで、ジャックは白雪姫の言葉に首を傾げた。期待、とはどういうことだろうか。もう劇は終わったというのに。
背筋に寒気が走るくらい嫌な予感に見舞われたジャックだったが、白雪姫は無情にも笑顔で絶望の言葉を紡いだ。
「はい! できればまた別のお話を見たいそうです! あ、でもまたお話が作れるならの話ですけど……」
「あら、構わないわよ。話のストックは大量にあるもの。そう、あなたたち一人一人が主人公を演じられるくらい、ね……」
「えっ、ええっ!? アレをもう一回!?」
あっさりと了承し、意味あり気な笑みを浮かべるグレーテル。
ジャックとしてはその笑顔の理由と言葉の真意が気になったが、白雪姫の言葉に戦慄を覚えていて考える余裕はなかった。さすがにあの苦行をもう一回などできればごめん被りたい。
「本当ですか! 嬉しいです! また別のお話を演じられるって、皆にも話してきますね!」
「その時は今日みたいに頑張りなさいよ、ジャック! 劇を台無しにしたらぶっ飛ばすからね!」
「ん……よろしく、ジャック……!」
「あ……」
しかし三姉妹にこれ以上ないほど眩しく可愛らしい笑みを向けられてしまえば、正面からすぐさま断ることなどできるわけもない。
ジャックが笑顔のせいで怯んでいる内に、三姉妹は再び舞台へと戻り子供たちに向けてまた演劇が行われることを伝えてしまっていた。すでに手遅れだった。
「ふふ、次は誰のお話にしようかしらね。一体どれだけ童話が変貌するのか楽しみだわ……」
固まるしかないジャックの横でグレーテルが不穏な呟きを零して笑う。
どうやら気苦労はまだまだ続いてしまうらしい。しかし今更断ることもできないため、ジャックは身に降りかかるであろう災難を思い深い溜息を零すのだった。
せめて今回のアリスとの口付けのような、ちょっとした役得があれば良いなと思いながら。
ジャックはムッツリ。
余談ですが別パターンとしてジャックが湖に沈められてアリスが救出からの人工呼吸を行い、赤ずきんへの復讐に走るという展開もありました。どうして今回のパターンになったのかは不明です。
ちなみに私は幼稚園児くらいの子供たちが人形劇を見る様子をたまに目にする機会があるので、こんな話を書こうかなと思ったという裏話もあります。見ている子供たちの反応も意外と面白いです。さすがにここまで露骨に野次は飛ばしませんがわりと好き勝手言ったりしています。
この作品はこれで終わりですが今現在別のメアリスケルターの話を執筆中です。せっかく2が発売決定したので。
いつ投稿するかは分かりませんが良かったらそっちも読んでやってください。
それにしても2はPS4で発売なんですね……どうしよう、PS4持ってない……。