山猫の砲撃手   作:中澤織部

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やっと書けたあぁ…。
最近はまぁ色々とあってねぇ。
アズールレーン始めたりブラボ再開したらフルボッコにされたり冬コミ落ちたり、ね。

やっぱウィッチャーって面白いよなぁ。
何かウィッチャーネタで短編でも書こうかしら。


余興は終い、斯くして日々は変わらず

「そろそろ出番よ。急ぎましょう」

 

直ぐ後ろを歩くメノの言葉を聞きながら、加藤勇季はネクスト用スーツを身に纏い、格納庫に向かっていた。

大番狂わせにより熱狂的な盛り上がりを見せた公開カラードマッチの1回戦が滞りなく終了し、各企業による新商品の紹介と1回戦の各試合の振り返りが放送されたいる間、多くのリンクス達は次の2回戦に向けて備えていた。

昼食を終えた勇季とメノも例外ではなく、ダンやミリア達と別れた後、選手控え室に居たのだが、そこで企業傘下の報道陣が待ち受けていたために、2回戦まで録に休めていなかった。

 

「なあメノ、次の相手の情報を教えてくれるか?」

 

早足で通路を行く勇季の問いに、メノは手元の端末に詳細な情報を提示し、勇季に手渡す。

 

「相手はアルドラ所属のランク13、ヤンさんね。搭乗機のブラインドボルトは高火力重装甲の強敵よ」

 

「それでランク13だと? 弱点の一つくらいは有るんだろ?」

 

「ええ、ブラインドボルトは火力の代わりに弾数がないの。相手の弾切れまで避け続けて、後はグレネードを主軸に撃ち続けるのが有効ね」

 

「四脚に避け続けろっていうのもどうかと思うが、まあやったみるさ」

 

そう言葉を交わしながら格納庫まで辿り着くと、愛機であるローザ=ファルチェが出撃を今か今かと待つように佇んでいた。

機体のパーツ交換や修理は既に完了していたらしく、作業員の半数が格納庫からの移動を終えていた。

と、勇季の前にGAから派遣された派遣技師のオリヴァーが立ち、姿勢を整えて言う。

 

「ローザ=ファルチェの修理が完了いたしました。試合には余裕で間に合いますよ」

 

「ああ、有り難う。それと、そっちが試供した新型バズーカだが……」

 

「まさか、お気に召して居ただきませんでしたか?」

 

「いや、凄く気に入った。今度から率先して使わせてもらよ」

 

「おお……、それは有り難う御座います! それでは、私は本社へ報告に参りますが、今後とも御贔屓に」

 

そう言って格納庫から立ち去るオリヴァーを見送った勇季とメノは、それぞれコックピットとオペレートルームにそれぞれは向かい、試合に向けた最終調整に入った。

オペレートルームに置かれたモニターには、クレイドルや地上の各居住施設などから中継される観衆が映されており、それぞれの場所が熱気に満ち溢れているのが解った。

 

『さあ、間もなく公開カラードマッチ2回戦第二試合が開始されようとしています! 選手は方やアルドラ社唯一の精鋭にしてプロフェッショナルのヤン。そしてその相手は先程のミリア・カーチスに次ぐジャイアントキリングを成し遂げた新鋭の独立傭兵、加藤勇季!』

 

カラードマッチを中継するスタジオで揚々と宣う司会の説明と共に、勇季とヤンの顔写真とそれぞれのプロフィールが表示される。

まだ始まってもいない試合に、観衆の盛り上がりは更に苛烈さを見せていた。

だがーー

 

 

 

……

 

 

 

先ず最初に空気が変わったのは、中継スタジオからだった。

突然、スタッフの一人が血相を変えてカンニングペーパーを片手に司会の元へ駆け寄ってきたのだ。

 

『え? 企業連から急報だって? ーーえ!? そ、その情報は本当なのか……!?』

 

スタッフが耳打ちすると司会は顔を青ざめさせ、再度確認をとった。

司会の戸惑う声に、観衆の声色の中に困惑と不安の声が湧いた。

戸惑いを抑え、冷静に届いたカンニングペーパーを読み上げる司会の声は、しかし震えていた。

 

『……えー、アルゼブラ社の新資源プラントPA-N51を所属不明のネクストが襲撃し、同地の防衛に当たっていたリンクス、イルビス・オーンスタインが重傷を負ったとのことです。……カラードマッチは一時中止とし、参加していた全リンクスは各自待機するよう、統治企業連合から通達されました……』

 

司会のアナウンスに観衆はざわめき、次いで画面が切り替わり、企業連からの通達が簡素に表示された。

 

《所属不明ネクストへの対応指示について

 

1:不明ネクストによる襲撃に備え、各地域の市民は自主的、または軍による誘導に従って避難すること。

 

2:各地の軍や所属部隊はネクストによる襲撃を想定した臨戦体制を整え、警戒を厳とすること。

 

3:カラードに所属するリンクスの内、企業専属は各企業の指示に従い、独立傭兵は企業連からの通達を待って待機すること。

 

以上の指示に従い、節度、効率に優れた対応をお願いします》

 

繰り返される企業連のアナウンスに、観衆からは困惑と些かの悲鳴や怒号が上がるが、それも次第に収まっていく。

安穏たる空気で、人々は祭りの終わりを感じていた。

 

 

 

……

 

 

 

突然のカラードマッチ中止。

それに対し、怒りや戸惑いを覚えたのは市民だけではなかった。

 

「何だよそれ、じゃあ試合は? 折角名を上げる機会だってのに……!」

 

暇を理由に、ミリアの控え室に居座っていたダン・モロが、声を荒げて言った。

このカラードマッチは、企業による統治の中で漏れ出る不平不満に対するガス抜きとして企画されたものだ。

ただの演目というわけではなく、勝敗如何によってはカラードランクの変更が視野に入っていたため、下位のリンクスの多くが名を売る目的で参加していたのだ。

それが中止ともなれば、リンクスの間でも不満は出る。

 

「それは負けた俺達が言うことじゃないだろ? 本当にショックなのは、勝利したミリアや勇季なんだぞ……」

 

激昂するダンをカニスが諌める。

カニスも1回戦第六試合において、有澤隆文が搭乗する雷電に撃破され、敗退したのだ。

ダンと同じようにジャイアントキリングに挑んだ身で、だからこそ、勝利の意味を無くしたミリアや勇季が最も辛いと考えていた。

 

「……私は気にしてない。大丈夫……」

 

ミリアが平然とした表情で言うが、言葉に反して表情と声色は優れない。

当然だ。しかし、ダンやカニスが何を言ったとしても、気休めにもならないのは事実だ。

 

「今のコイツに必要なのは、慰めじゃあない。お前達も、自分のネクストの調整ぐらいは済ましておけよ」

 

部屋の奥で書類を整理するセレンの言葉に、ダンとカニスは黙って頷き、自分達の機体を見に行く。

二人が出ていった後、俯くミリアから嗚咽が小さく漏れたが、セレンがそれに言及することはなかった。

静かな室内で、小さな嗚咽と紙束の音だけが空しく響いた。

 

 

 

……

 

 

 

その日の夜、カラード本社ネクスト格納庫の脇に設置されたベンチで、勇季はただ沈黙して座っていた。

周りには誰も居ない。何時も側にいたメノも、GA社との報酬確認のため、カラード本社中央棟の方に出向いていた。

格納庫の中は暗く、愛機であるローザ=ファルチェが僅かな照明で照らされているだけだ。

勇季が公開カラードマッチに参加したのは、単にGA社の依頼を受けたからだけではない。

相手によっては有り得たランクの変動。

勝ってランクが上がれば名は売れ、企業から注目されればより良い報酬の仕事が得られると考えてもいた。

欲をかいたようなものだが、しかしランク11のダリオ・エンピオを打倒したという事実は、勇季の自信をつけさせるには充分なものだった。

だからこそ、突然の中断は一層堪えたのだ。

AMSの影響かも知れないが、余り気分は優れているとは言えない。

だから一人でただ座り込み、精神を落ち着かせていたのだが……。

 

「……君が、加藤勇季君だったかな?」

 

ふと、暗闇から聞こえた声に顔をあげれば、目の前に片目を眼帯で隠した、禿頭の中年が立っていた。

彼は手に持っていた缶コーヒーを軽く放り投げ、勇季はそれを危なげなく手に取った。

 

「アルドラコーヒー……、自社商品の宣伝ですか?」

 

「そう言わず、貰い物は素直に受け取るべきではないかね?」

 

大袈裟に肩を竦めて、アルドラ唯一のリンクスであるヤンは勇季の隣にドカリと腰を下ろした。

国家解体戦争は国軍兵士を務めていたというヤンの背丈は二メートル近くあり、筋骨隆々とした体躯は衰えを見せない。

 

「……有り難う御座います」

 

勇季は礼を言うと缶のプルタブを開け、コーヒーを口にした。

瞬間、勇季は顔を僅かにしかめる。

舌に味が届いた時点でとにかく苦いのだ。

通常のブラックコーヒーの二、三倍はあるのだろうか。

 

「ハハハ 、……やはり苦いな」

 

渡してきたヤンも、呆れたように苦笑して呟いた。

自分ですら苦いと苦言するようなそれを、どういう考えで他人に渡すのだろうか。

噂でしかないが、ヤンは生真面目で義理堅い気質の軍人タイプで、嫌がらせはしない主義だと聞いていた。

これも何かを思ってのことなのだろうか、と勇季は疑いつつもちびちびとコーヒーを喉に流し込む。

 

「気付け薬の代わりだ。落ち込んだ気分には刺激が必要だからな」

 

ヤンは一気にコーヒーを呷ると、おもむろに煙草のケースを懐から取り出しし、勇季に確認をとった。

あまり煙草が好きではない勇季は首を横に振り、ヤンは頭を掻きながら煙草を仕舞った。

そうして格納庫の天井、天窓から見える夜空を見上げながら、ヤンは勇季に問いかけた。

 

「君の思っていることは大体想定できる。今日一日の為に費やしてきたことは無駄なのか、と思っているのだろう?」

 

僅かな沈黙の後に勇季は頷き、言葉を紡ぐ。

 

「……まあ、カラードランクのことは甘言とは思ってました。でもランク11に勝ったことは誇るべきこと……そう考えてはいます」

 

「君とあのベルリオーズの遺児は、確かな実力を見せつけたのだ。企業も君達を重要な戦力として評価するだろう。……ランクとはあまり関係がないがな」

 

そう言うとヤンは笑みを浮かべてベンチからゆっくりと腰を上げた。

ふと腕時計を見れば、時刻は夜の0時をとうに過ぎている。

 

「何時までも悔やんで引き摺るのではなく、それを糧に前を向くといい。何故ならば、君には才能があるのだからな」

 

それに、と言葉を続けて、ヤンは去っていった。

 

「リンクスというのは、誇りこそあれど面の皮が厚い奴ばかりではないよ」

 

ヤンの立ち去る姿を見送った勇季は、たで一人でアルド ラ社製コーヒーを呷った。

濃すぎるカフェインと苦味で冴えた頭を働かし、ヤンの言葉を幾度も反芻する。

カラードマッチが中止となった現状、企業は次なる企業間紛争への対策を講じていくだろう。ガス抜き目的のソレを中継された民衆は憤るだろうが、それが直ぐに終息するのは解りきったことだ。

寝て目が覚めれば、何時も通りのリンクス稼業が待っているーーそのことに嘆息しつつ、勇季はコーヒーを飲み干すと、それをベンチ脇の屑籠に捨てた。

眠るために勇季が立ち去ると、何者も居ない格納庫は無音に沈んだ。

ただ、非常用口のライトが寂しく点灯し、明滅していた。

 

 

……

 

 

「ゆ、勇季、ちょっと大変……!」

 

翌日、カラード本社に近い港に停泊していた戻った勇季がまず行ったのは、焦った調子のメノを落ち着かせることだった。

 

「どうしたんだ? 何か襲撃があったわけじゃないだろうに……」

 

勇季がそう言うと、メノは仕事の依頼などに使用する携帯型端末の画面を震える手で見せた。

支援企業でもあるGA製特有の頑丈さを重視した厳つい端末の画面には、つい先程になって届いたらしいメールが表示されていた。

企業連特有の形式ばった長い文面を読み進めると、ある一文に目が行く。

 

「……これ、本当なのか?」

 

信じられないような目でメールを読み終えた勇季は、そうメノに語りかけた。

端末に表示されたメールの文面、それは端的にこう記されていた。

 

『カラード及び企業連は加藤勇季をランク11へ昇格させることを認めた』と。

 

 

……

 

 

遡ること数刻程前のローゼンタール本社。

リンクスに関わる諸々の責任を任されている部署の一室で、ローゼンタール社重役を勤める男が眉間に皺を寄せていた。

 

「……本気なのかね?」

 

彼は元々ローゼンタール社の事務職であったのだが、リンクス戦争後の粛清によってほぼ総ての重役が追放された為に、成り行きで役職を任された経緯を持っている。

『責任者とは責任を取るのが仕事』というのは良く言われていることだが、それは実力に関係なく、いざというときには全てを押し付けて切り捨ててしまえばいいからに他ならない。

そういった面倒くさい立場の、しかも扱い辛いネクスト部門の責任者ということもあって、彼は齢五十前の時点で重度の胃痛に悩まされていた。

そんな彼が頭を悩ませて問うた相手は、机を挟んで立つ男。

糊の効いた質の良いビジネススーツを着込んでいても抜けきれない野卑さが特徴的なのは、ローゼンタールの主力リンクスであるダリオ・エンピオだ。

重役の胃痛の大半ともいえる彼は、普段の野心と敵意を剥き出しにしたような表情ではなく、覚悟をこそ決めたような眼差しをしていた。

重役は再度溜め息を吐き、机の上に置かれた紙を見やった。

 

「しかし嘆願書とは……、しかも自分の降格願いなんて一体どうしたと言うんだ?」

 

「……あんな負けかたをしといて、ランク11のままというのは烏滸がましいってだけだ」

 

半ば不貞腐れて言うダリオだが、それに驚いているのは重役に他ならない。

普段のダリオという人となりを知っている彼にとって、ダリオ・エンピオとは欲深い野心家という印象で自らの敗北を省みようとする人間ではなかった。

今回の敗北から何かを得たのだろうか、と勘繰りをしてしまいそうになる重役ではあったが、今のご時世で余計な詮索は死に繋がる。故に深く追求してしまいそうになる自分を抑える。

 

「それで、これは受理されんのかよ?」

 

ダリオの言葉に、重役の男は苦々しく応えた。

 

「本人の希望したこととは言え、本来は受理されることはないのだがね……、少し前に一つの申請が受理されたから、これも通るだろうな」

 

「少し前、だ? 俺以外にいたのかよ、それ」

 

意外な様子でダリオが問うと、重役は訥々と語った。

 

「ああ、BFFのリリウム・ウォルコットからの申請があったらしくてな。企業連とカラードに潜ませた諜報部からの報告で判明した」

 

「へぇ、あの御嬢様がねぇ……」

 

冷ややかで淡々とした彼女へのイメージからか、ダリオは興味深そうに呟いた。

 

 

……

 

 

「さて、再度問うことになるが、お前は本当に良いのか? リリウム」

 

所変わって大西洋に浮かぶBFF第二艦隊が停泊する海上ドックの一室。

木彫りを基本とした彫刻を初めとして、くすんだ赤色に似た室内は、中国由来の調度品が置かれ、ほんのりと鼻孔を擽るような香が焚かれている。

己の故郷に似せたそこはカラードランク8位に在籍する老年のリンクス、王小龍の自室である。

欧州において英国本土を本拠とするBFFではあるが、その中枢を担う幹部の何割かは中華やインドを筆頭にした旧植民地出身の面々で構成されていた。

国家解体戦争以前からBFFは複雑な内情を抱えており、王小龍はその頃から卓越した政治的手腕を見せていたことから、リンクスでありながら企業の幹部として相当の権利を保有している。

BFFの新しき女王として活動するリリウム・ウォルコットの後見人でもある彼は、しかしまだうら若き彼女には敵わぬことがあった。

 

「ーーはい。リリウムは今一度、自らの在り方を振り替えるべきと考えました」

 

目映く思える程のプラチナブロンドの髪を長めに切り揃え、纏う衣服を黒や灰に白色のアクセントを加えた彼女は、完璧と言える所作で己の意思を表した。

今から数時間ほど前に起きた敗北、それは多くの観衆の前で記録されており、故にリリウムにとって非常に堪えるものだった。

過去に国があった頃の政治家や今の企業幹部のような者達は不都合だと簡単に揉み消すのだろう。しかし、そのような臆面もなくそれを行う程、リリウムは面の皮が厚いわけではなく、彼女の清純で慎ましやかな性格がそれを許さなかった。

政治には向かないであろう、その無垢な有り方は戦場では異彩を放つのだが、民衆に対するイメージ戦略としてならば最も適している。

かつて、リンクス戦争において重要なネクスト戦力の悉くを失い、本社でもあったクイーンズランスの轟沈によって大打撃を受けたBFFが復興を果たしたのは、GAの支援を取り付けた王小龍ら穏健派とリリウム・ウォルコットの求心力に依るところが大きい。

厳格な中央集権体制で知られたBFFは、アナトリアの傭兵による強襲作戦で首脳部が壊滅し、残された残存兵力と中央から左遷の憂き目にあっていた穏健派幹部を王小龍が纏めあげたことで辛うじて存続した経緯があり、その際に活躍したのがリリウムだった。

BFFにおける貴族派閥の数少ない後継者であり、リンクス戦争で戦死したウォルコット姉弟の血縁という経歴を持つ彼女が最初に行った功績は、リンクス戦争直後の混乱が続くBFFが統治する各コロニーへの復興支援であった。

彼女がウォルコット家の私財を擲ってまで見せたその姿勢に民衆は感嘆と尊敬の念を抱き、その結果としてBFFの早期復興を果たしたと言える。

現BFFの基盤を支えたに等しい彼女は、うら若い年頃であっても、発言力は王小龍と同格に近い。……もっとも、ネクスト操縦などの多くを教えたのは小龍であるために、リリウムは彼の意思を尊重しているのだが。

そんなリリウムが自らの意思で行動を起こすのは珍しいが、それがよりによって自身の降格を求めるものだとは流石の小龍とて驚いていた。

 

「受理されれば、お前がランク最下位へ降格するのは確定だろう。自らに勝ったリンクスとの入れ換えなどと、何があったというのだ?」

 

「王大人にはご迷惑を御掛けしまうでしょう。……ですが、リリウムは未だに未熟だということを理解させられてしまったのです。不正に甘んじることはできません」

 

一瞬の静寂に室内が沈み、幾ばくかを置いて小龍はリリウムを見据えて言った。

 

「まあ、お前が言うのならば、私はなにも言えんよ」

 

ただし、と小龍は付け加えて、

 

「ランク最下位となるからには、強引にでも駆け上がらねばなるまい。最低でも三ヶ月以内にはランク15まで戻らなければ此方が困るのだ」

 

ネクスト操縦の師として、小龍が出した課題にリリウムは無言で頷く。

三ヶ月でランク中堅までという、よくよく考えれば無茶な内容に見えるが、小龍はそれが出来て当然と考えており、一方のリリウムも、それが出来ねばならないと認識していた。

 

「話はそれだけでよいな? では戻れよリリウム。直ぐに行って貰いたい場所があるのだ」

 

「承りました、王大人。……ご迷惑を御許しください」

 

リリウムがそう言って部屋を退出するのを見届けると、小龍は直ぐ様に電話を鳴らし、何処かへとかけた。

暫くして相手が応答を見せると、老人は言う。

 

「イアッコスか? 私だ。……先程リリウムからランク降格の要望があった。カラードへの通達と……ああ、そうだ。ベルリオーズの娘に連絡を取りたい」

 

突然の降格に起こるはずの混乱は、老獪な政治屋の手によって起こる前に静まって行く。

ランクの変動などは、大きな騒ぎの起きぬように日々は過ぎて行くだろう。

BFF軍首脳部に地位を置く元リンクスのイアッコスと、リンクスでありながら政治を動かす王小龍。

孫のようなリリウムの願いという我が儘一つ叶えられずして、BFFや企業連を動かせはしないのだ。

 

 

……

 

 

翌日、BFF社所属のランク2、リリウム・ウォルコットとローゼンタール社所属のランク11、ダリオ・エンピオの降格が発表され、それと同時に二人の独立傭兵がその地位にそれぞれ昇格されることが伝えられた。

本来ならば一大ニュースとなるようなそれも、王小龍ら政治屋の苦労やストレスと引き換えに騒ぎになりすぎぬよう抑えられた。

公開カラードマッチの結果と同一のそれは、一部の反発や不信感を招いたものの、華々しく舞台に躍り出た若き二人のリンクスを歓迎し、讃える声を民衆がしたことにより、改めて、カラードランクの変動が正式に認められることになった。

その意外な顛末を受けた勇季とメノの二人は、電子メールで知らされたランク昇格の通達に戸惑い、しかし気を取り直して返信を送った。

それから暫くして、昇格の際に必要な各種面倒な手続きを終わらせた勇季の通信端末に、ダン・モロからのメールが届いた。

文面には、ダンとカニスからの提案で、ランク11への昇格を祝して夜に飲もう、というものだった。

メールには店の場所が添付されており、そこはカラード本社の住居区に置かれた、安くて美味い品と高級な品がそれぞれあるとカラード社員に評判の、有澤重工とBFFの二社がスポンサーになっている酒場だった。

夜になって向かってみれば、そこにはダンやカニスの他に、同じく昇格が決まったミリアとその保護者のセレン・ヘイズが居り、加えてエイ・プールやウィスとイェーイの二人組リンクスや解体屋のチャンピオン・チャンプスが先に飲んでいた。

 

「なんだよ、先に飲んでたのか?」

 

そう勇季が言うと、提案者であったダンはジョッキを片手に軽いノリで応えた。

 

「よう、先に飲んでて悪かったな!」

 

ハハハ、と大笑いしながらジョッキを呷る姿は、まさに出来上がっているような状態だ。

流石に未成年のミリアは普通のジュースをちびちびと飲んでいるのだが、同じく未成年の筈のウィスやイェーイがそれぞれジョッキとグラスを片手にしているがいいのかソレ。

 

「昇格祝いなんですから、盛大に飲みましょう? 折角のタダ酒なんですから!」

 

そう言って高級なワインや豪勢な料理を注文しながら大きなタッパーに詰め込んでいるのは、何時ものインテリオル社のジャージではない、高級な筈のスーツをよれよれにして着ているエイ・プールだ。

片っ端から詰められていく料理でタッパーの中はまるで下手くそな詰めかたをした弁当の中身のようにぐちゃぐちゃとしており、勇季はその光景に言い様のない哀しみを感じた。

 

「おい、何がタダ酒だ。一応は割り勘の筈だぞ?」

 

そうドスの聞いた声で言うのは、スーツの上着を脱ぎ、ワイシャツとスラックス姿のセレンだ。

彼女の片手にはワイングラスが有り、傍らのボトルから相当な度数の品だとわかる。

 

「ふん、下らないことで騒ぐ暇があるのか? 此処の支払いは俺にでも押し付けやがれよ」

 

そう言ってウイスキーのボトルを煽るのは、勇季に負けたばかりのダリオだった。

性格の悪さで知られた彼が、どうして自分を負かせた人間の昇格祝いに来るのか不明だが、大分飲んでいるらしく、半ば呂律が回っていないように見える。

 

「畜生が…大体俺にだってなぁ、プライドっつーもんがあんだよ。負けてンのに企業様のご意向で不問だぁ? なぁオイ、聞いてんのか」

 

「ハイハイ聞いてる聞いてるってーの。酒よりも食いもん頼めよ全く…」

 

ウイスキーをグビグビと呷っていく様は、正しく酔っぱらいのそれだ。

呂律の回っていない悪態を垂れるダリオを、同じローゼンタールに繋がりを持つカニスが聞き相手として介抱する。

余程の前から知り合いだったのだろうか、カニスは手慣れているように。ダリオの手から酒を取り、ついでに肉を頼んでいた。

 

「お肉美味しい…お魚美味しい…」

 

「ミリア様、タンパク質も良いのですが野菜も摂りましょう? 成長出来ませんよ」

 

そう言ってセレンとダンの居るテーブルでミリアにサラダとザウアークラフトをよそうのは、何とリリウム・ウォルコットだった。

彼女は少食なのか、ミリアの分とは別に自身の分を小皿に分けている。

 

「一応聞くけど、なんでこの世から面子なんだ?」

 

勇季が問うと、セレンが悪態を吐くように言った。

 

「どうせ老人の指図か、それとも個人的な意思で来た以外に理由などあるまい」

 

「そうだぜ勇季、これも何かの縁…つまりは一期一会ってやつさ。一々気にすんなよ?」

 

ダンの暢気な言葉につられ、勇季は少しだけ肩の力を抜いた。

リンクス足るもの、日々万事を疑っていろとは言うが、たまにはこういうのも良いのだろう。

 

「全く…、まあいいか。俺も酒を頼むよ」

 

「ええっと、私はこのカクテルで、勇季はビールであってるかしら?」

 

こうして、一時はひっそりと揉めたランク昇格を巡る騒動を知らず、勇季やミリア達は無礼講を楽しみ、また元の日々へと戻っていく。

この後起こることを、この時の彼らはまるで知りもしなかった。

 

大いなるジャイアントキリングは、直ぐ其処まで迫っていたのだった。

 

 

 




次回は『ミミル軍港襲撃』からクレイドル21辺りまで、勇季とミリアの其々が中心となりますのであしからず。

アルトリウスとファーナムのフィギュアめっちゃカッコエェナリィィィィィ(発狂)

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