無責任野郎! 武蔵丸 清治   作:アバッキーノ

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腰に続いて、今度は百日咳とは… おかげで3週間近く会社を休むハメになりましたよ。来月の生活のことを考えると頭痛くなってきた…(´;ω;`)


第柒章 スペシャルニャンコ編
F01 変化するのは戦況だけじゃない


――― これはとても勝てん…

 若者はまだ打ち合う前からそう思った。相手は10歳になったばかりの少年である。

 時間は少し遡る。若者は師である人物の紹介でこの道場にやって来た。なるほど、師が言うだけあってなかなかの遣い手が揃っている。

 しかし、どうも自分に比肩するものは多くは無さそうだった。事実、紹介を受けたあと4席だという人物と立ち合ったがさほど苦戦もしなかった。

 続けて3席、次席の遣い手と立ち合ったが次席の相手に少々苦戦したものの、どうにか勝つことができた。

 休憩を挟んで席次1番の者と立ち合うことになったのだが、それがこの少年だった。若者は馬鹿にされたように感じた。

 だが、すぐに彼はそれが間違いであることに気付くことになった。幼いその目に宿る光は、到底その年代の少年のそれとは思えぬほどに鋭い。まるで若者を刺し貫くかのごときものであった。

 やわらかに竹刀を絞った手、年齢を感じさせないほどにしなやかに座った腰、静かで鋭い足配り。まさにそれは、一流の剣士のそれであった。

 若者は足構えを踏み変えたり、切っ先をやや激しく動かしてみた。そうして相手の変化を誘おうとしたのだが、少年はひたと若者に視線を向けたまま、ぴたりと正眼に構えて微動だにしない。

 若者は動いた。このままでは目の前の少年の言い知れぬ圧迫感によって押しつぶされそうに感じたのである。走り出した瞬間に勝負は見えていた。

 すべるような足運びで、居並ぶ道場の門人たちが息をする間もなく相手との距離を詰めた若者は、おそるべき速さで相手の肩に打ち込んだ。その尋常ならざる鋭い一撃は、しかし相手の少年によって軽々と跳ね返された。

 恐るべき返し技だった。その返しのあまりの強さに、若者は手から竹刀がすり抜けてしまうのではないかと思ったほどである。

 若者は後ろに下がると十分に距離を取った。少年は最初に構えた位置から一歩も動いていなかった。

「もうその辺でよかろう」

 道場主のその一言で構えを解いた時、若者は自分が全身に尋常ではないほどにびっしょりと汗をかいていることに初めて気がついた。

 

 敵襲来ル ―――

 その一報を受けた時、清治は唐沢と共に三門市から新幹線で二駅ほど離れた仁別郡に来ていた。三門市と同じ県内で駅周辺こそ発展しているものの、少し駅から離れるとすぐに田園風景が広がるという、典型的な郊外の田舎だった。

 そこには、ボーダーの有力なスポンサーである八陽(はちよう)電産という会社があった。日本屈指の大型企業体である八陽グループ傘下で主に家電とITソリューションを提供している企業である。

 昨今の低価格嗜好に押されて日本の家電メーカーは苦戦を強いられていたが、そんな中でも八陽電産はその流れにはあえて乗らない戦略を取った。

 現在の会社のトップである杉田(すぎた) 武之助(たけのすけ)が打ち出した方針は、そうした低価格帯のものを生産するのではなく、同じ価格帯にしてはハイスペックと言える機能を持った『ちょっとだけ贅沢』な製品の開発・生産だった。

 この戦略は当初、海外に電気メーカーを売却した他のグループと比較すると苦戦を強いられたが、異様なまでの低価格嗜好が一段落すると、消費者は比較的低価格なのに1ランク上の機能を持った八陽の製品を求めるようになった。

 これは他の国内家電メーカーが低価格競争に参加してジリ貧になっていく中で、劇的なV字回復を達成して経済界など各方面からおおいに注目されることになった。必然的に経営者としての杉田にも注目が集まることとなったのである。

 多くの大企業経営者に少なくない武道経験者がいる中で、杉田もまたそうした例に漏れない人物だった。剣道の世界では高名な無外流・武蔵丸 政実の高弟であったことはあまりにも有名な話だ。

 さて、武蔵丸の名の通り、政実氏は清治の祖父であり師でもあった。強制的に武蔵丸流の、昨今であれば幼児虐待案件と言える苛烈な修行において、杉田もまた幼少期の清治の頭を(力加減はともかく)しこたまに打ち据えた人物の一人だった。

 そして、10歳になった清治に自らの剣が届かないことを悟った杉田は、以降清治を「若先生」と呼び師弟としての礼を持って接するようになった。

 そんな杉田が、清治が参加するボーダーに対して手厚いスポンサードをするのは当然のことなのかもしれなかった。また、家電メーカーとして未知の技術であるトリオン技術について、一方ならぬ関心を持ったのも当然のことだと言えるだろう。

 杉田と会談して久闊を詫び、ボーダー職員としての打ち合わせや折衝を行い、杉田に請われて剣の手ほどきをしている最中に三門市が近界民の襲撃を受けているとの報が入ってきたのであった。

「すんませんね杉田さん。どうやらわしもそちらに向かわなければならんようで」

「いや若先生。若先生の本分はそちらなのでしょうから、こちらについてはご心配なく。後のことは唐沢さんときちんと詰めておきますよ」

 

 その場で清治は今後の自身の行動について確認した。さしあたり公共交通機関はすぐにも止まってしまうだろうから、移動は自前の移動手段を確保する必要があった。

「駅前にデカいハーレーのショップがあったんで、そこで買えるやつ買って移動します。ちょうど欲しいのもあったんで」

「そうか。それなら、所轄の白バイに先導を頼もう。おそらく高速道路も閉鎖されているだろうから、きみ一人で行っても通してもらえないだろう」

 所轄の警察には唐沢から連絡を入れてもらい、清治はその足で駅前にあるバイクショップへと向かった。

 駅前は予想通りの大混乱だった。一報が入って鉄道がストップしてどれ程の時間も経っていないというのに、既に駅はごった返している。ほとんどが三門市に親族なり友人なりがいて心配している人々なのだろうが、中には情報を得ようとするマスコミ関係者や、単に騒ぎたいだけの不心得者もいることだろう。

 清治の姿はいかにもボーダー隊員であるため、こうした連中に捕まるのは面倒だ。清治は巧妙に人混みにまみれてショップの入っている建物の裏に回り込んだ。

 ショップの中は静かなものだった。表がああした状況だから商売にならないのだろう。店員も所在なさげに立っているか、互いにこの状況について不毛な推論を披露し合っていた。それだけに、ひと目でボーダー所属の人間とわかる清治がぶらりと裏口から入って来たのには驚いた様子だった。

「すんまへんね。ご存知の通りの状況なんで、一刻も早く現場に戻って戦闘に参加せんといかんのですわ」

 本当にそう思っているのかさえ疑わしいような呑気な口調でそう言う清治に、店員たちは最初度肝を抜かれたが、落ちつくとすぐに矢継ぎ早に口々に質問を投げかけてきた。

「詳しい状況はわしもここにおるんで分からんのですがね。ただ、この状態を一刻も早く通常に戻すためには、どうしてもわしが帰らんといかんのですわ」

 実際には多少イラつきつつも、清治はそういって店員たちをなだめ、到着時にチラッとみて気になっていた型落ちながら慣らし運転済の新車(いわゆる新古車)のFAT BOBについて説明を求めた。

 排気量1.6リッターで118Nmのエンジントルク、18.9リッターの巨大なタンクを搭載した、まさに『アメリカ・オブ・アメリカ』なそのマシンに密かに魅了されていた清治は、細かな手続きはショップに任せてそのバイクを購入した。

――― 面倒ごとが終わったら、まっさんをツーリングに誘ってみるかねぇ。

 そんな事を考えながら、購入手続きを済ませた清治は駅に押し寄せる人波とは逆方向に走り出した。

 高速道路の入り口は、予想通り規制が張られていた。口々に不満を言い募る人々の中をかき分けて規制線のそばに行き、そこに立っている警官に名乗ると、警官は胡散臭そうな目で清治を一瞥すると、いかにも厭そうな態度で清治を中へ案内した。

「先導させていただきますぅ。よろしくお願いしますぅ」

 案内の警官とは真逆のえらく腰の低い、どこかオネェちっくな口調でそういう人物が、清治を先導する警察官のようだった。移動中に唐沢からもらった連絡によると、所轄の交通機動隊に所属する凄腕の巡査部長らしい。

――― マジか… じぇんじぇんそうには見えんのじゃけど。

 そう思いつつもホンダと名乗るその巡査部長に、清治は丁寧に礼を言った。

 バイクに跨ると

「それじゃ行くぜ! しっかりついて来いよにいちゃん!!」

と、これまた到底同じ人物とは思えない表情と口調で言い放つホンダ巡査部長。そのまま、まるでカタパルトでも装着しているかのような凄まじい勢いで白バイを発車させる。

「オラオラどけどけてめぇら!」

 先程までの態度もさることながら、『お巡りさん』のイメージとは真逆の口調で疾走するホンダ巡査部長のバイクを追いかけるのは、トリオン体とはいえ一般的なバイク乗りに過ぎない清治にとっては大変な仕事だった。

 

 清治がホンダ巡査部長とバイクスタントを繰り広げている頃、三門市ではボーダーが奮戦していた。

 当初の予定の通り迅と天羽をそれぞれ西、北西方面に配置して敵を殲滅し、それ以外の方面に拡散していく敵を他の部隊が追う。

「おお…! こういう時は頼もしいねぇ…!」

 普段彼らの問題とも気まぐれとも言える行動に苦虫を噛み潰す思いを味わっている根付ですらそう言うほど、戦闘時における迅と天羽は首脳部においても絶大な信頼を勝ち得ていた。

 とはいえ、現在の防衛体制では手薄である感は否めない。実際に各部隊が揃うまでにはまだまだ時間が掛かりそうだし、清治のように所用で遠出してしまっている隊員もいる。

 非番の隊員の中には休暇を満喫するために出かけてしまっている者もいるから、とにかく可及的速やかに集まることのできる隊員で場当たり的に対処する必要がある。

 防衛戦であるとはいえ後手に回ってしまっている状況だ。現に東・南・南西の方角に広がる敵に対して攻撃できる範囲に隊が到達していない。

「防衛部隊が追いつく前に市街に入られるわけにはいかない」

 もちろんそれについても対策は練られている。開発室長の鬼怒田は勿論、トラップ関連のトリガーの開発を主任務としているエンジニアたち、さらには現役トラッパーとしてA級トップの隊を率いる冬島、極めつけはそうしたものを最も効果的に運用する(こす)い頭脳の持ち主である清治を加えて、念入りに準備をしていたのである。

 効果的かつ辛辣な位置に配置されたトラップの数々は、配置を指示した鬼怒田自身が驚くほどに効果的に敵のトリオン兵を排除していった。

 とはいえ、それで完全だというわけでは勿論無かった。何しろ敵の数が多い。現時点で正確な数を把握できているわけではないが、本部の試算では、今回の攻勢は4年前のそれと比較すると、およそ2〜6倍程度と予想されていた。

「いざとなれば基地から砲撃もできるが、早う隊員が着かんと基地のトリオンが空っケツになるぞ」

 しかし、それは無用な心配だった。えげつなく配置されたトラップを突破できない敵がまごついている間に、ボーダーの主力であるB級の各隊が敵の尻尾を捉えたのである。

「諏訪隊現着した!」

「鈴鳴第一現着!」

「東隊現着」

 この他にも荒船隊、柿崎隊、茶野隊、さらにA級部隊である風間隊と嵐山隊も敵を掃討しつつ先着の隊と合流すべく移動している。序盤の戦いにおいてはまずまずだと言える状況だった。

 同じ頃、戦闘区域へと急ぐ三雲と空閑、レプリカは戦況を確認しつつ先を急いでいた。

『数ではトリオン兵が圧倒しているが、敵はなぜか戦力を分散している。後続の部隊や非番の隊員が駆けつければ、戦況はボーダー有利に傾くだろう』

 事前の情報や予知によってしかるべく準備をしていたことが奏効していると言って良い状況だ。

 だが、もちろんそれで安心できるわけではないことを空閑が指摘する。

「今攻めて来てんのがこないだのラッド騒ぎと同じ国のやつらだとしたら、ボーダーの戦力が大体どのくらいかは予測済みのはずだろ」

 こちらのある程度の数と戦闘力、対処力を把握した上で仕掛けてきた。ということは、それでも勝算があるということになる。

 偶発的な遭遇戦ならばともかく、戦略的目標を掲げて戦闘を挑んで来ている以上、そのための対策は十分に練られていると考えるのが妥当だった。

「やつらが戦力を分散させたのには、きっと何か狙いがある」

 有り余るパワーを持った新しいバイクと、それを上回る荒々しいホンダ巡査部長に振り回されつつも、戦況の報告を逐次受けていた清治もまた、空閑と同じようなことを考えていた。

 戦闘に勝利することを考えた場合、大兵力ならばそれを逐次投入したり分散したりするのは愚策だった。集中的に運用して短時間で敵を叩くのがもっとも理想的な方法だ。

――― 敵はこっちの戦力をある程度把握しとったはずじゃ。なのに、一気呵成に殲滅戦を仕掛けて来ん。つまりは、敵の戦略的目標はわしらの壊滅や占領なんかではなぁっちゅ〜こっちゃ。

 そこまで考えた時、清治はふと思い出した。彼らのこちらに対する欲求は、国は違えども全て同じはずだ。

――― トリオンか!

 相手の狙いは、つまりはより多くのトリオンを手に入れる事。また、状況によってはトリガーを使用することに長けた人材の確保である。平たく言えば、敵の目的は戦闘に勝つことではなく人を攫うことである。

 とはいえ、先程の通りこちらにも既に近界民に対する戦闘能力を持った集団がいることを敵も把握している。そのため、より多くの戦力を使ってこちらに攻撃を仕掛けてきたわけだ。

――― そうなると狙いは…

 既に一定以上のトリオン量とトリガーを使う才能を有している者。つまり、ボーダーの戦闘員ということになるのではないか。

 清治の思考がようやくそこまでたどり着いた時、現場ではまさに戦況が変わろうとしていた。新型の登場である。




先導の白バイ隊員は、某伝説のジャンプ漫画のあの人ではありませんよ。ええ違います。じぇんじぇん別人ですとも(白目)

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