――転生と言えば、まあ見慣れた単語だろうと思う。神様なんて居るのだろうかという世界規模の疑問をブラジルに放っておけば、二次創作とかだとだいぶメジャーな部類だと思う。
俺は好きだ。何でって、そりゃあ面白いから。モン○ンでモンスターになるなんて大好き。勿論自分が好きな分野の艦これの転生ものも好きだった。
一々長々しいのは癖で申し訳ないのだが、要は俺は二次創作とかは好きだ。特に転生モノとか、当事者になりたいまであったと思う。
「ほれ、直ったぞ」
「どうも」
まっさらに新しい物語はもう生まれないだろう、みたいなのを読んだことが有る。何でも使い古しになってるものばっかりで、要は情報に新品といえるものが無いからだそうだ。
決して、生産を止めた仮定の物流社会の話ではない。
――素人目にはどれも新しいのだが、要素を分解すれば二番煎じなんだろう。ぶっちゃけ俺はどうでも良いと思う。
求めるのはニーズを満たす内容だからな、別段二番煎じとかは読者としてはあまり興味があったり無かったりというところだ。
「にしても急に壊れるなんて思わなかったなあ」
じゃあ何でそんな事を話したんだって? 察しが悪いなあ。もうちょっと本とか読んでみようぜ、目疲れ以外はなかなか良い趣味になってくれるからな。
「とりあえず、動くんでしょうね……」
漫画であるだろ?
『た、例えばの話だけど!』
って前置きのやつ。俺はテンプレがニガテだったりするから、あまり詳しい話はしたくないが。雰囲気だけでも目新しいものを常に好むのだ、俺という人間は。
「……ん?」
話が逸れ過ぎたが、要はそういうのよそういうの。見え透いてる質問じゃないか? 萌えるでしょう――ああ、そうでもない? 美少女だったら喜ぶでしょ?――そうですかい。
まあ、もう話を引っ張るのも限界が近いのでとりあえず一言。
『何でカセットテープにされなきゃならんのだ!?』
「知らないわよ!」
――洗いざらい丁寧に話すとこういう話である。
『何時転生したのか何故転生したのかも全くよく分からんが、多分艦娘愛用のカセットテープレコーダーに転生した』
こういう感じなのだ、現在進行形で。テンプレに併せるにはやや厳しい転生先だ。むしろ何が出来るんだよこれ。
――お先は真っ暗、視界は不良。ついでに声はイヤホンから流れていってるようなわけだ。
「よし、一回電源を切ってみよう」
『やめてやめて!?』
そして誰かは分からんが、持ち主はあまり情がない可能性も有る。
「誰よアンタ!?」
『こっちが聞きたいんだが!?』
視界もない中、彼と少女はお互いに叫んだ。
――聞くだけで分かる。彼の相手をしている(のだろう)少女の声は、明らかに現実世界の住人の声ではなかった。底抜けに明るそうで、聞き心地の非常に良い透き通った声。
――答えを聞く前に、彼は少し考えてみた。予想としてある少女の名前が上がりはしたものの、まさかそんな都合のいいことが、と彼は忘れることにした。
むしろこの状況下でその予想は大当たりのはずなのだが、彼は肝心なところで中々鈍いようだ。
「ア、アタシから名乗れと? 正体不明さで言えば上のアンタは先にアタシに自己紹介をしろと。そう言うわけですか?」
『そういう訳だよ。取り敢えず名乗ってもらわなきゃ困る』
状況に呑まれてヤケを起こした態度で彼は尋ねる。ハイテンションのままに振る舞う彼は、しかし顔も体もないので、実のところ声色だけが興奮を示しているだけだった。
少女はこのヘンテコなカセットテープを叩き捨てるのもやむを得ないと思案したが、さすがに頭に血が上り過ぎだと理性が一蹴した。
「陽炎型駆逐艦、ネームシップの陽炎よ」
その名前を聞いた瞬間に驚愕、歓喜――その他諸々で気絶しような勢いで彼は舞い上がった。しつこいようだが、気分しか舞い上がっていない。
『え、マジで? あの陽炎? 不知火の姉貴の?』
彼は先程も言っていたように、艦これに関しても詳しくはなくとも、まあ疎くはない程度に知識があった。中でも陽炎という少女はかなり気に入った部類で、話せるというのは状況によっては夢のようだった。
「まあ、そうなるわね。何でそんな信じられなさそうな感じなわけ?」
そう言われた時に、彼は答えに迷った。想像してみてほしいのだが、自分のいる世界がゲーム、もしくはゲームに限りなく近いとか言われたらどうだろうか? 彼の場合は、巫山戯んなと言ってからカセットテープレコーダーを叩き割るらしい。最近の若者は物騒なものである。
――カイジ曰く、人は自分が行う事以外の想定は出来ないらしいのだが、そういうわけで焦りつつ、彼は幾分か考え事をしていた。
例えば、ウィットに富んだ返しで誤魔化そうにもそんな饒舌かと言われればそうでもなく。それならばと、状況をどこかの白銀戦車のように長々と説明するわけにもいかないのだ。
『まあ、色々有るんだよ』
彼が絞り出した答えは非常に陳腐そのものだった。審査会を開けば、満場一致で『よくある』に丸をされてしまう感じだ。
「えらく時間をかけた割には雑な返しね」
陽炎は思ったことをそのまま口に出した。この短い時間で、そうしていい奴だと断定したようである。
『本当に困ると、考える余裕なんて殆どないじゃないですか?』
「まあ、そうだけど」
陽炎は、一応の納得をした。
この奇妙なカセットテープレコーダーが何をどうしてこうなったかなんて言うのは全く預かり知らぬ話だが、だからといってこれをこのまま放置するのも不味かった。彼女的には、非常に不味かった。
ともかく、と陽炎は話を半ば無理矢理切った。
「音楽は流せるの? 何でもいいから聞きたいんだけど」
『ん? まあ――じゃあ、はい』
そう言って彼が流しだしたのは、どこぞの同人作曲を流し聞きしていた時にふと気に入った、「take a shot」だった。
「こんな曲、聞いたこと無いけど……まあいいわ。答えなくて」
後、巻き戻さないで良いわ、と陽炎は小さくつぶやいた。別に巻き戻そうとかそういう気はないのだが、彼は彼女の言葉の真意がいまいちつかめなかった。
『何か俺が覚えてる曲しか流せないみたいだ。流し方とか聞くなよ、説明できないし』
答えなくてよかったのに、と陽炎は居心地の悪そうに呟いた。
『何でだよ』
――詳しくは割愛。しかし激しく理由を追求する彼に、根負けしたように陽炎は説明した。
「あのね――さっきから、私。変な目で見られてるのよね」
確かに激しい独り言に聞こえるな、と彼は変に感心した。
「ねえ、陽炎。せっかくだから明石さんに見てもらおう、ね?」
「いや行かないから。私正常だから」
時雨の進言を陽炎はぶった切る。
――自室に戻ったからと言って、彼と陽炎に安寧は訪れなかった。噂は広まるのが早いものらしく、矢矧、飛鷹と多種多様な人物が陽炎の部屋を訪れ、陽炎に追い出されていった。
その中にルームメイトである時雨が追加されたあたりで、陽炎は精神的にまいってしまいそうになっていた。
『いや、ごめんねホント。世話かけちゃって』
そう彼が左耳から謝罪を入れる。本気で申し訳無さそうなので、陽炎は何も答えなかった。
陽炎が思うには、恐らく喋るカセットテープレコーダーなんて鎮守府に広まれば、まず間違いなく没収されるとのことだった。勿論色んな人物によってあられもない姿(陽炎はこの時失笑した)にされるのを恐れた彼は
『俺のヌードを広めないために何とか隠してください』
と頼みに頼んで(この時の陽炎は薄ら笑いを浮かべているようにも思えたらしい)、ようやく納得してもらった。
彼が思うに、元々陽炎は手放す気がないような雰囲気を隠していた。実態は未だに分からないが。とりあえず頼んでもらう体にしたかったのだろう、と適当にそこは片付けておくことにする。
――例えば、彼女は彼を手放したくない理由がある、という予想は、これっぽっちもしなかった。
「そんなに時間はかからないから、見るだけなら無料だよ?」
「いや、怪しいセールスマンかっての」
『怪しいのは間違いなく陽炎だけどね』
このレコーダー、と咄嗟に布団に投げつけそうになった左手を必死で抑える。時雨はその様子に焦るように、しつこく明石の所に行くように催促する。
――正直な話、陽炎は彼の軽口には其れ以上の意味を感じた。わかりにくいが、まあ何だか喋りたいだけ、という雰囲気には思えなかった。
彼女が感じたのは恐らく「淋しい、心細い」という彼の本音なのだろう。
事実上私しか話し相手も居ないんだから、陽炎ががそう思えば思うほど、イヤホンを外そうという気にはならなかった。自分に母性とか、女らしい要素はないといつか言い切っていた彼女だったが、まあそうでもないようである。
「――君がそこまで言うのなら僕は強要しないけど、無理はしちゃいけないよ?」
耳を溶かしてくるような優しい声に、陽炎の耳がゾワゾワするのだが、これは何かの間違いだと理性が抑えつける。本日の陽炎の日記には、後に理性が大活躍だったと記入される事となる。
――変な高鳴りを無視したいがために壁を指でコツコツと叩いていると、彼はからかうようにこんなことを口走る。
『レズ的行為は俺の電源を切るか、俺をどこかに置いてきてからすることをオススメするぞ』
「しないわよ!」
顔を真っ赤に染めて陽炎はレコーダーに叫ぶ。その後も何やら流れのある言葉を陽炎がひたすら続けるのを見て、時雨はいよいよ心配の色を濃くした。
確かに、時雨から見れば精神異常者以外の何物でもない。ここにレコーダーを頑なに渡さない、が追加されるともう完璧におかしな人なのだ。
――さすがにこれ以上に好感度を下げてもなるまいと、彼はそれきり黙り込んだ。彼女が怪しまれたりするのも彼的には好ましくないと思ってのことのようだが、今までこれだけ会話しておいて、という話だろう。
――しかも。正直な話、陽炎は彼のことを全く邪険に思ったりはしていなかった。
『何食ったさ』
「マグロ」
『刺し身なの?』
彼女には知り合いというものが居なかったと言えばそうではない。むしろ明るい人柄はあまり人から嫌われるものではなかったし、彼女はそういう点では特に困ることはなかったと思う。
「刺し身よ、最近は貴重なんだけどねえ」
『いいなぁ、俺も食いたいな――まあ、この体に突っ込まれても困るけどよ』
カセットテープも、陽炎も、ピクリとも動かなかった。彼の冗談は正直、あまり冗談になってない。
ベッドで明かりもつけずに話すこれらが、意外と陽炎は嫌いではないと思った。彼のことはよく知らないのだが、信頼を置くに足ると自然と思わせるものが有った。
――まとまらない思考を続ける陽炎に、いつの間にか静かになっていた彼が突然会話を再開した。
『なあ、弱音を吐いてもいいか? 初対面の野郎で悪いんだが』
彼女は迷子の子供のような震える口調の彼を、止める気にはなれなかった。
――別段、情だとか綺麗事を抜かすつもりはなく、まあ自分がそれを止めるような悪人だと思いたくないだけだ。陽炎はそう思って自分を戒めた。
決して自分は優しかったり、善人であるとはいえない。彼女はいつもそう自分にきつく言い聞かせたがる艦娘だった。
お好きに、ぽつりと呟くように答えた。
『俺さ、手の位置に馬鹿みたいに拘りがあってさ。暇な手は必ずポケットに突っ込んでるんだ』
陽炎は彼を一瞥した。勿論、小さなカセットテープレコーダーが動く様子が目に入るだけであったが。
――彼は居心地の悪そうに動いていると陽炎には感じたが、今の彼にはどう考えても無理だ。
『でもよ、今は突っ込む手だってありやしない。俺は――これからどうなるんだろう』
帰れるのかな、と彼はつぶやいたようだった。それきりイヤホンから音は鳴らない事に、陽炎は酷く不安のようなものを感じた。
――似たようなものを自分も感じていたからだろうか。自分の感情をごまかしたかったのか、彼に少し暗い同情をしたのかは定かではない。
彼女は突然に彼を強く握り、胸の前に押し付ける。彼は酷く冷たく、まさしく死人のようだったと思ったのを陽炎は記憶している。
「ねえ、心臓の音とか聞こえる?」
彼は状況を飲み込めずに固まっていた。お互いが沈黙に晒されて、少し経った頃にボソリと答える。
『……しっかり聞こえるぞ、意外と鼓動って大きいんだな』
トクトクだとか、ドクドクだとか、そういう細かい話はどうでもいい。彼には取り敢えず、その鼓動は大きなものだと感じられただけの話である。
「でしょ」
彼は眼がなかったが、彼女は優しく微笑んでいるようだと後に回想する。
「ところで、こんな可愛い女の子に抱かれている以上に、幸せなことは有るかしら?」
『無いな、全く』
空元気かもしれないが、彼は笑った。
あまりに優しいから、余計な心配はかけられないとその時に思った。だから彼は――それ以来弱音を吐くことはなかった。
――決して彼だけの努力の賜物ではないというのは、その日から彼女がその変なレコーダーをほぼ手放さなかったということからも分かってもらえると思う。
「もっと良い曲は無いの?」
つまらなさそうに陽炎は尋ねる。彼の立ち位置は、話し相手兼ラジオだった。
――とはいえ専属DJである彼は、彼女に尋ねる。
『注文をどうぞ、お嬢さん』
陽炎は少し考え込む仕草を始めた。彼もそう早くに結論を出して欲しいわけでもないから、無言で待っている。
――彼女は常に話しかけた。周りの奇異の目は、なるべく気にしないようにした。
――彼は常に飽きさせまいとする。彼の話題は陳腐だったが、退屈ではない。聞きなれない話に陽炎は心から耳を傾け続ける。
「例えば――そうね、明るい曲」
『注文が大雑把すぎな』
彼と彼女は意外に気が合った。どちらも大雑把で、どっちも中々に皮肉が好きだった。
――元々なのか、境遇からの馴れ合いなのかは結局よくわからないな。そう陽炎は皮肉めいた回想をすることになるのだが、恐らくそんな後ろめたいものではなかったように見える。
「じゃないとアンタが嫌気が差すでしょ」
『音楽で誤魔化すしか無いのはどちらだかねえ』
お互いに、意外と気を遣っていた。
彼女は、彼をなるべく暗くなんてしてやらないようにしていた。自分も当たったことのある局面だが、やはり孤独は誰かが癒やすのが一番早いと知っていたからだろう。
――彼はその後、彼女にこんなことを聞いた。
『何で俺にそんなに構ってくれるんだ? 別にそこまでしなくても――』
「またこの前みたいにしょぼくれた声を出されたら、こっちが気分が悪いのよ」
陽炎はバッサリと言った。
――彼は、自分がなるべく暗く見えないように努めた。見ず知らずの他人が近くに居て、それが暗い雰囲気――というのがどうしようもなく良い気分がしないと思うからだろう。
――そんな二人は、過程はともかく形の合ったデコボコのようなものなわけで。全くお互いを気にしないというのも、まあ無理な話なのである。
『陽炎さ』
「何よ」
陽炎はいつものように答える。周りの奇異の視線は次第に減ったとはいえ、まだ残ってはいるのだが、彼女はまるで気にする様子がない。
――正直、彼はそんな陽炎に感謝で足りない感情は有った。変人扱いされているのも何度か見たが、それでも彼女は懲りずに彼に話しかけてくれるのだ。
元々、彼は見ず知らずの他人には非常に冷たい性分だ。社会人なのだからまあ当然だろうと彼は言うだろうし、そうなのだが、ともかく彼は少し他人に冷たいのだ。
だからこそ、陽炎の行動には尊敬とか、そういう感情も混じっていった。状況証拠的にはこちらが嘘をついてるわけがないだろう、とは言いようがある。だがそれでも、彼には到底出来ないと確信できていたからだ。
『俺がこっちに来てから、出撃してるのを一回も見たこともないんだけど』
彼は、陽炎が少しバツの悪そうな顔をしたのには気づかなかった。
「……今は、艤装が駄目になってるのよ。修理中だから」
普段のような張り合いを感じる声色ではないのを彼は不思議に思ったが、特に深くは考えなかった。
『俺さ』
彼の突然の話は、陽炎が昼食を終えてから部屋に戻るまでに始まった。
「隙あらば自分語りね」
うるせいやい、と彼はふてるように言った。
――そもそも、彼は質問と自分語り以上には何もできなかった。喋って、考える一人の人間の精神構造であろうと、どんなに頑張っても彼はカセットテープレコーダーな訳だ。
むしろそれ以外が出来る方が、奇妙な話としか言いようがない。
『せっかく女が言われたい台詞を言おうと思ったのによー』
「私にそういう女らしさは求めないほうがいいわよ?」
意地悪そうに答える陽炎を、彼は最早無視して語りかけ始める。いつにもなく緊張感の有る息遣いのようなものが、イヤホン越しに彼女に伝わる。
『からかってるんじゃなく、お前のために死ぬぐらいは俺は構わんぞ』
「馬鹿言わない、殺されるのはまだしも死ぬのは無理よ。案外難しいんだから」
いつも通り「そうだな」と笑いながら返してくるのかと思ったら、彼は黙りこくったままである。いよいよ陽炎は困惑し始める。
――大体、何故自分の為なんぞで死なれなければならないのだとさえ、彼女は思っている。そういう彼女の『自分の命を軽視する癖』については、彼はとっくに気づいている。
『もっと現在進行に合わせた言い方をするとだな、俺のせいで被害を被るぐらいだったら、さっさと海にでも放り投げてくれ』
何を馬鹿な、と陽炎は言えなかった。どうやらそれは冗談とか、甘え半分ではなく、本気で言っているらしかったからだ。
――少し息を呑んでから、陽炎は鋭く一蹴した。
「もうちょっと命は大事に扱いなさいな。別にアンタのせいで被る被害なんて、大したものは無いわよ」
『俺が言うのはもしもの場合だ。例えこれから俺にどれだけ情が湧こうが、俺以外のものを必ず優先して欲しい』
彼がこういう話をするのは訳があった。
――というのも、彼には奇妙で不吉な予感が有った。
というより、おかしいのだ。現状は
仮にも自分は二次創作ものみたいな境遇に有るのに、このまま幸せ――いや、彼は『平穏』というのだが、それは続いてくれるのだろうか、と。
予感だったものが、かなり前より確信に変わっていた。だからこそ、決意を感じさせるには十分過ぎる言葉を、彼はまだ続ける。
『陽炎の意志がどうであれ、こうも依存されると少なくとも愛着みたいなのは湧くもんだ』
「……そうかな」
『そういうもんだぜ』
彼は珍しく断言した。陽炎はうまく返せない自分に憤りつつも、彼の話を注意深く聞いていた。
――奇遇なのか、彼女は彼の自己犠牲精神のような今の言葉が、想いが。とりあえずは蔑ろにされてしまう確信があった。
別にかまわないのだが、彼にわざわざ不幸に突っ込まれるのも気分が悪いと陽炎は判断した。
『でもな、依存しといてなんだが、こういう関係は長続きしちゃ駄目なんだ。だから、捨てれる時に捨ててくれ』
「命は粗末にするな」
強い口調だった。陽炎はいつも張り合いの有る喋り方だったが、今までに断固とした芯をぶつけるような喋り方はあまりしなかった。病人に鞭打つようなもの、死体蹴りみたいなもんだとさすがに良心が邪魔をしていた。
敢えてセーブしていた感情を露わにしたのだから、彼が少し後ずさりするような錯覚に陥るのも、無理のない話だ。
――だが、彼は後ろを向いたり、歩みを止める気はなかった。
「アタシはね、好き好んでアンタの相手をしてるのよ。そこには同情とか、そういう甘ったるいだけの感情はないのよ」
『それでもだ、約束をしてもらいたいんだ』
陽炎の強い口調に、彼は怖気づきはすれど、道は譲らなかった。彼にとっては、それが何よりも彼女のための言葉だから。絶対にはいと言わせたかった。
――長い時間を無言で歩いていたが、陽炎は根負けしたようだ。ため息を付きながら、頭を掻く。
「……分かった、分かりましたよ! アンタを捨てる機会なんてありゃしないでしょうけど」
『有難う』
彼は静かに礼を言って、「god knows」をかけ始めた。後の彼としてはこの曲選はかなり死にたい感じのやつだな、とのことである。
「最近は楽しそうだね」
「そうかしら?」
朝食を食べている途中に、弾丸は突然に陽炎を撃ち抜いた。
彼女は茶碗から目を離して時雨を見る。鳩が豆鉄砲を食ったような、という表情は多分これのことなのだろう。
「うん、君の話しかけてる彼って、どんな人なんだい?」
時雨は彼女を案外あっさりと信用した。しがない一般人だった彼が実験に出されるのは酷だろう、という旨にもその通りだね、と爽やかな笑顔で返していた。流しているのでもなく、本気でそう同意していたのは陽炎の観察眼が保証する。
陽炎を信用するとするなら、質問の「彼」とは、要は彼しか居ないというわけである。
「口が悪くて、言葉に重みのない奴よ」
忌々しげに陽炎は説明するなり、味噌汁を中々の勢いで飲み込んでいった。
時雨はそうなんだ、と笑ってこんな事を言った。
「確か陽炎の好みは『気兼ねなく話せて、楽しい気分にしてくれるやつ』じゃなかったっけ?」
「……そんなこと、言ったっけかなあ」
誤魔化すように食事のペースを上げる。その様子を見ていた時雨は、席を立ち去る前にこんな事を言った。
「そうだなあ。僕は陽炎が喋っている彼と、ちょっと話してみたい気もするよ」
「……ま、好きにすればいいわ」
陽炎は適当に答えた。時雨は彼女の拒絶するようなことをするタイプではなく、絶対に彼を突然持ち去ったり――なんてことはしない。だから彼に関してどうしようが興味がない――と思っている。
勿論、何となく親しく語り合っている様子が想像する気になれなかったのは敢えて忘れた。
ちなみに時雨が食器を片付ける最中、陽炎は朝食の半分も食べることが出来ていなかった。
「やあ、聞こえるかい?」
『……』
彼は時雨の質問にノーコメントを決め込み、流していたのは何故か「oath sign」だった。
彼の作戦としては、このままただのカセットテープレコーダーと押し通したかったようだ。無駄な苦労を彼女にかけたくない、というのも勿論だが、彼は朝は疲れているのだ。
「このまま明石さんに見せてこようかな~」
『ああ待った待った。降参だよ時雨ちゃん』
彼は手を上げて降参しているかのように喋ったが、時雨はその芝居がかったような喋り方には特に何の感想もなかった。
「陽炎はまだ朝食が終わってないから安心していいよ。僕と話してるのは分からないからさ」
『何に安心するんだ俺はよ』
本気で言ってるのか? と時雨は尋ねそうになったが、そんな事は聞いている時間がない。呆れる表情だけで我慢して、早めに本題を切り出した。
「まず、君は誰だい?」
『ここで公表するのはルール違反でね』
「そうか、じゃあ仕方ないな」
時雨があっさりと引き下がったのに彼は驚いていた。というより、やけに冷静だと感心していた。
――そういう感心も、次の一言の衝撃がかき消すこととなったが。
「ところで、陽炎は君と喋り始める少し前から訓練に出ないんだけど、彼女も提督も理由を教えてくれないんだ。君は知らないかい?」
『え?――艤装が壊れているだの言ってたけど、違うのか?』
君はそれを信じたのかい、と時雨はもう一度呆れてため息をつく。
確かに彼女の挙動は不審だった。けれど、そんな嘘をつくメリットがないのだから、嘘をつく必要は無いのだ。
彼には、彼女が計算高く嘘をつくのは何とか想像に付しても、意味のない嘘に興じるのはあまり想像することができなかった。
「陽炎は嘘をつく時に必ず髪をくるくると弄るんだ――と言っても、君は見えてないのかな?」
『そうなんだよなあ』
結局、カセットテープレコーダー如きには囁くのと聞くのが限界だと彼は早期に悟った。無理に視界を手にしたいだとか、そこまで欲張らないように努めていた。
時雨は、先程より少しだけ重々しい口調で、こんな事を言った。
「陽炎は、多分だけど――君に何か大きなことを隠してると思う。勿論僕にもだけど、君には尚更教えられない事があるんだ」
『何で言い切れるんだ、時雨ちゃん』
ちゃん付けは辞めてほしいなあ、と時雨は苦笑いをする。
「だってさ、僕には言わないんだよ? でも君には嘘をつく。違いは明白だろ?」
『すまん、これから鈍感二段を名乗ることにするわ』
ああ、名乗ったほうがいいかもね。時雨は最早哀愁すら帯びる口調で言った。この二人は前途多難以上のものを感じるな、と話と全く関係のないことまで考える。
「君にだけは勘付かれたくないんだ、一ミリたりとも。だから付け入る隙がないように、先に嘘で塗り固めておくんじゃないか」
『あぁ――まあ、その通りだな』
言われてみれば、彼は納得せざるを得なかった。たしかに理論としてはごもっともだし、この世界における時雨という少女が、間違ったことを言う気は何故かしなかったらしい。
もう時間がないかも、と時雨は焦りながら最後にこういった。
「陽炎は引っ張る引っ張られるより、寄り添う方が好きだってさ」
『何の話だよ』
君は一生色恋沙汰には縁がないね、と時雨は笑いながらイヤホンを外して、部屋を後にした。
――結局、時雨の言葉は間違っていたのだろうか。陽炎が戻ってきたのは、朝食だけとはとても思えない時間がたった後だった。
帰ってきてそうそう、彼女はイヤホンを耳につけた。半ば歯磨き、顔洗いのようなレベルに食い込む生活習慣となっているようだ。
『……どうした?』
彼は率直に尋ねた。あまりにも陽炎が長い間、一言も言葉を発さなかったのだから仕方のないことだろう。
彼女はいつにもなく弱々しい口調で答えた。
「あぁ……アンタか――私、今回は作戦に参加するなってさ」
彼も、近々大規模な作戦が有ることについては聞いていた。色々な艦娘が言っているのを小耳にはさむ程度では有るが、一応情報収集はしているのだ。
『艤装、直ってないのか?』
「うん」
陽炎の返答は心ここにあらず、という感じだった。
――初めて見る陽炎の弱った反応に、彼もどうしていいかがよく分からなくなる。機嫌ぐらいは違ったことが有るが、これは根本的に違うのだ。
『でもよ、艤装が直れば――』
「無理よ、直らないって言われたもの」
陽炎は切り捨てるように言った。
彼はそんな彼女を、心から『励ましてやりたい』とだけ思った。上っ面でも、とりあえずでもいいから。参っている彼女の声だけで、思ったより彼は心に重く響いた。
例え彼女がそんな最中に嘘をついているのだとしても、彼には到底関係のない話だった。
『信じてみろよ。信じる者は救われるんだぜ?』
「絶対無理なものは無理」
取り付く島もないとはこのことだな、と内心彼は呟いた。
『まあまあ。希望的観測はクソの役にも立たないが、慰みには思ったより使えるんだぜ?』
「慰みって公言しちゃ駄目じゃない」
彼女はくすりと笑った。彼は気にせずに言葉を続ける。むしろもっと笑えとすら思っていた。
『取り敢えず、筋トレでもしてみろよ。少なくとも人間ってのは、長い間運動しないと精神的にも肉体的にもダメダメになっちまう。陽炎もそうなのかもしれないぜ』
「アタシはダメダメってか」
そうだな、と彼は笑った。陽炎は言葉よりは気分が晴れたように彼は予想していた。
思いの外、声色だけでも判断できるようになるものだ。音だけを聞いて研ぎ澄まされた彼の観察眼は(まあ眼なんぞ無いのだが)、彼女の気分くらいは声から判断できるまでになっていた。
「じゃあ――まずは腕立てでもしてみますかね」
『そうだな、限界になったら教えてくれよ。限界を知ってから、それのちょっと上ぐらいを毎日続けるのがコツなんだぜ』
そう言って彼が突然にかけ始めたのは、どういうわけか「Super Driver」だった。
ところで、彼は何者だろうか。いい加減、追求が必要になってきたと思う。
――端的に言って、まあ普通の男だ。突出した特技は特になく、趣味はミーハーではないがコアでもない程度の、はっきり言って中途半端なアニメ鑑賞。後、PCゲームにも精が出ている、どこにでもいる男だ。
実は前世が凄いだとか、家系には秘密があるだとか、何一つ無いのが逆に不気味な男だった。あまりにも普通を買い揃えすぎて、むしろ不揃いなのが一番の特徴だった。
――彼の趣味の一つであるPCゲームは、別にブラウザゲーを除外はしていない。ブラウザゲーの中で彼が最も気に入ったのは、これまた普通に『艦これ』だった。
特にケッコンはしなかった。彼的には、ちょっと仰々しいというのが正直な感想だったからだ。ただ――可能な艦は居たはずだ。
とはいえこんな普通な彼は、突然普通をまるまると強奪された。普段と同じであることができなくなった彼に伴った苦痛は、ちょっと頭がおかしくなるレベルだったかもしれない。
――救い。まあ救いが有るなら、彼の持ち主は陽炎という艦であったことだ。艦が少女として正体不明の巨大生物を血で染め上げる、鉛と油の箱庭。そんな場所に、取り敢えず知っている場所に。たどり着けた辺りぐらいは幸せなことだろう。
――だが世の常に反する。幸せが続けば、世界は何も苦労しないのだ。
不幸も伴うのが、世の常だ。
「え……?」
陽炎は言語能力を根こそぎ持って行かれそうになった。殆ど第三者視点に近い彼ですら、その一報に耳を疑った。
――時雨が死んだそうだ。何でも信号が読まれていたとかで、彼女たちの大規模侵攻は筒抜け、袋叩きにあったそうだ。
それでは、と黒い軍服を着た男は何処かへ歩いていった。残ったのは、立ち尽くす彼女と、言葉をかけられない彼だけだった。男が早々に去っていった理由が分かるな、と彼は文句をつけたくなる。
『きっとボロ勝ちで帰ってくるさ、今回は選び抜かれた精鋭だからね』
時雨はそう言って出撃したのだ、信じられないのは当たり前といえばそうなのだ。
彼の驚きなんてたかが知れていたが、陽炎の其れは隕石衝突さえも眼ではないものだろう。彼女が信頼を置くというのは、要はそれだけ生き残り、それだけ気の合った仲だったということなのだから。
「そんな……まさか……」
『――さすがの俺だって予想がつかんぞ、こんな展開は』
神を呪わんばかりに忌々しげに彼は呟いた。
それからというもの、陽炎の生活は散々だった。マトモに食事も取らず、ただ引きこもった。外からの声はまともに答えず、唯一――イヤホンからの、俺の声だけには、何とか答えていた。
自らが公言していたように美少女そのものであった陽炎だが、その間に随分とひどくなった。かろうじて水を飲むばかりで顔はやつれ、髪は艶を失い、瞼は泣き続けたせいで赤く腫れていた――らしかった。
俺はその様子を目で見ることは出来なかったが、決してろくな状態じゃないと容易に断定できるほど、陽炎は酷い有様だった。
――その俺の質問は、陽炎が引きこもって二日目の、三日月の光のもとに尋ねられた。
『お前、俺に途轍もなく重要なことを隠してるだろ』
陽炎は答えない。図星なんだな、と俺は確信を持つに至る。
――俺は陽炎をずっと観察し続けていた。こうなる以前から、カセットテープレコーダーになった直後から。
――陽炎と交わした言葉の数は、それはもう凄まじい量だ。俺には、彼女を調べるに足るアーカイブを記憶として貯蓄していた。
――だからこそ、何か生半可ではないことを隠しているのは、何となく予想がついていたのだ。
『それも時雨に関するすんげー事だ。多分生き返らせるなんて生易しいのじゃない――!』
いい切る前に頭に閃光が横切った錯覚をした。何かが急速に脳内で回転を始めた、普段の俺なんか嘲笑えるとてつもないスピードだ。
――同時に俺は凄い勢いで何かが繋がっていくことに気がついた。酷い話だが、時雨の事から生まれた副作用のようなものだ。浮足立った感覚は、かえって俺の中の何かを研ぎ澄ました。
『巻き戻さないで良いわ』
――彼女は以前、俺にそういった。別に巻き戻してもかまわないだろう、普通。
大体、巻き戻すのの何が都合が悪かったんだ?
『アンタを捨てる機会なんてありゃしないでしょうけど』
――彼女は以前、俺にそういった。保証なんて無いはずなのに。
まるで生涯の必需品とでも言わんばかりの言い草じゃないか。
『ところで、陽炎は君と喋り始める少し前から訓練に出ないんだけど』
――時雨は以前、俺にそう言っていた。奇妙な偶然なものか?
俺は全くそうは思わんな。何か俺とコイツの不調には共通点が有る。
『君にだけは勘付かれたくないんだ、一ミリたりとも』
――時雨はいつか、俺にこういった。俺に都合が悪いとしか思えない。
自分の利益のために俺に嘘をつくと思えるほど、残念ながらの俺のコイツへの評価は低くないもんでな。
――そして一番おかしいのは今だ。コイツは今までに何度も死線をくぐり抜けた雰囲気があるのに、
大体、このレコーダーに記録がないのも奇妙だ。何故俺の記憶からしか再生できないんだ?
考えろ、俺の知識を総動員しろ。
この世界は物語に違いない。何かにそってなきゃならない。俺が知っている二次創作で、こんな状況の場合に考えられるのは何だ?
――アイツとコイツの残した伏線は何だ?
――何が予想できる? 少なくとも普段の俺にはぱっと思いつけない内容だろう。
――俺の話はバッドエンドだろうか? いや違う。
――俺の物語は、ほぼ確定でハッピーエンドだ。
――俺のアニメ鑑賞は、どうやら偶には役に立つようだ。アニメに準拠する世界なら十分に考えうる、一つの可能性にたどり着いた。
とびっきり残酷で、最悪だな。少なくとも俺にはそう思える。
『なるほどな――陽炎』
俺の合点のいった声に嫌な予感でもしたのだろうか、陽炎が顔を上げたような音がする。
――残念だが遅い。お前が必死で隠そうとした理由は予想がついたし、俺はお前に土下座の必要性が有る気もしてきたのだが、それはこの際置いておこう。
『お前――タイムリープ、出来るだろ。それもかなり、かなーり都合がいいやつだな。死人も出ないぐらいにやり直してる』
陽炎の息を呑む声が聞こえた。
――コイツが止めない内に、言い切ってしまおう。確かにこれは、色々と怖いよな。俺も、こんな状況だったらどうするか、想像できないからな。
『しかも起動条件は俺――というかこのレコーダー。多分、巻き戻しボタンで始まるんだろ』
陽炎は息すらしていなかった。それほど言いたくなかったんだろうな、言ってほしくもなかったんだろうな。
――だが、言うさ。俺は今までの言動を改めた上で、お前に言わにゃならんことがあるんだからな。
俺とお前がウィンウィンで終わるためには、必要なことなんだ。
『なら、これを使え。言っただろ、被害を被るぐらいなら――』
「其れは無理な相談ね!」
陽炎は泣いているのか叫んでいるのか、分からなかった。
――俺は追い詰めてる悪いやつだ。今は其れでも良いから、彼女に言葉を突きつけなくてはいけない。これが俺に出来る、最大限の優しさだ。
釣られるように俺も大きな声を出す。
『俺が消えるか消えないかなんて分からない! そもそもこれが使えるかだって分からないんだからな!』
「それでもよ!」
陽炎の声は枯れているようにも思えた。頭の奥がチリリと停止信号を必死で出しやがるが、其れは無理な相談だ。
追い詰めるように俺は捲し立てる。
『俺一人の命がどうのこうのぐらいで何十人も助かるなら――』
「人の命に一人だから十人だからなんて無いわよ! 皆死んでいい訳ないでしょ!?」
全くその通りだった。人の命なんてそもそも一人でも計測不能みたいなもんで、一人対十人だろうが、釣り合わなくとも比べられるものではない。
陽炎は間違いなく泣いていた。嗚咽が聞こえるたびに謝罪とか後悔とか俺の個人的好意が必死で俺にストッパーを掛けたがる。
――絶対ダメだ。
「アタシだって何回も、何回も考えたわ! この二日間、本気でただ泣いてただけなんて思ってるわけ!?」
思ってねえよ、少なくとも今は。泣き叫ぶのを聞きながら、静かに否定した。
――大体、今に限らない。以前から俺の言動は、お前のことなんかこれっぽっちも考えてないような内容ばっかだ。
でもな、ここで退くのは駄目なんだ。絶対に駄目な理由を一つだけ知ってる。
『あのな、俺は前までは趣味で哲学書やら成功の方法やらを読んでたんだがな――『やらずに後悔していい』なんて内容は一度たりとも見てねえんだよ』
陽炎は俺の言葉を静かに聞いていた。こんな時でも俺の言葉にちゃんと耳をかせる当たり、お前は主人公格だな。
――俺なんかよりはよっぽど向いてるな。
「でも――アンタが消えたらアタシ、これから誰と喋ればいいのよ。誰にご飯の感想を言うわけ?」
心からの悲痛な叫びに思えた。ごめん、ごめんな。俺だってこんなやり口はおかしいと思う。お前に強制させる俺も、運命ってやつもクズ以下だとは思う。
――でも、俺は何時消えるかも分からんこんなレコーダーの野郎なんかより、もっと大事にしてほしいんだ。
「高い戦績も、理想も、親友だって置いてきたのに――何でアンタがそんな事を言うの!?」
『――ああーわかった! お前の言いたいことはよーくわかった!』
何も分かってないんだろうな、実のところ。言葉を遮るかのように、無理やり言葉で黙らせる。
――でもよ、ここで泣いてる奴を置いていく奴なんて、人間としても数えれねえと思うんだよ、俺はな。
『大丈夫だ! こんなクソッタレな機械なんぞ無くても絶対にここに戻ってきてやる!』
心からのバカ丸出しの叫びは、思いの外陽炎に通じたのだろうか。嗚咽は止まっていた。
――出来もしないことをべらべらと、と呆れながらも続ける。
『俺を舐めんなよ? お前が寝てる夜をずっとくぐり抜けた男だぞ? カセットテープレコーダーとかいう訳の分からん転生でも生き残った猛者だぞ? 戻ってこれないわけがない!』
――だが、何が何でも言ったことを達成する意志はある。俺が軽口しか叩かないのは、口にしたことは本当にすると決めているからだ。あまり責任のある言動は嫌いなんだ。
陽炎は呆気にとられているのだろう、間違いない。俺だってこんな滅茶苦茶を言うようになるとは思わなかった。
『だから心配なんかご無用だってんだ、お前ごときの能力に振り回されるほど俺は小物じゃねえんだよ!』
完璧に固まる陽炎に、もう一発とトドメの一言を入れる。
『俺とお前の物語が、バッドエンドで終わるわけがないだろうが!』
「何それ、本気で言ってるわけ?」
長い静寂は、笑い声に破られた。
――本気だとも
「とんでもない馬鹿ね、アンタ」
――お前に言われたかねえ
「そうね――アンタなら、何か戻ってくるかもって、今思った」
――男としての格が上がったな、俺も
「もしかして、私の事好きだったりする?」
――ああ、バレたか?
「全く、こんな男に好かれるなんて私も落ちたわね」
そう言って彼女はクスクスと笑っている。
『笑ってこそ、陽炎だろ?』
俺の問いかけに、彼女は答える。
「ええ、そうね。ポンコツレコーダー」
――さてさて。ここからは殆ど、後日談みたいなものだ。語り部としての矜持としてここは付き合ってもらいたいのだが、つまり彼がどうなったかより先に、彼女がどうなっているのかについてから話すのが良いだろうか。
「それで矢矧さんが私の胸を鷲掴みにするわけ!? 考えられる!?」
彼女は怒っているのか、そうでもないのか分からない声色でそう時雨に同意を求めた。
勿論、時雨は慣れている。陽炎を刺激しないように適当に流していく。
「最近は艦娘同士のセクハラが横行してるらしいね。でも、陽炎も満更じゃないんだろうなあ」
「バカ言わないでよね、それは無いわよ」
彼女は顔を赤くしながらも、はっきりと否定の色を示した。時雨は面白がってもう少しからかいたいとも思ったが、機嫌を損ねたくもないので辞めた。
寒々しい通路でこんな話をするのを、実のところ時雨は喜んでいたりする。
「――君は少し変わったね」
「そうかしら?」
そうだよ、と時雨は答えるのだが、陽炎にはその実感は殆どなかった。
――どちらかと言えば、自分は暗く見えないだろうか、と少し不安になるほど。いつも努めく明るく振る舞っている、と自分では思っているらしかった。
「突然変わったよ。いや、以前よりも――何というか、恋愛でもしたのかい?」
その言葉に、陽炎は明らかに反応した。真意を掴みたかった時雨だが、彼女の動揺の理由についてははっきりとわからないようであった。
――少し無言で歩くのに辟易としてきた頃に、陽炎は決意をした眼で答えた。
「別にしてないわよ、今までに一回も。多分、これからも」
時雨は彼女への詮索を諦めた。この表情の彼女にはどんな妨害も通用しないことを、身にしみて知っていたからだろうか。
――彼女の二週目は、案外あっさりと成功を収めた。恐らくあのレコーダーと、普段からのトレーニングだけで十分だったのだ。特に大きな問題もなく、彼女はあの作戦に参加し、時雨が死ぬこと無く終了した。
――問題としては、彼は居なかった。巻き戻った後には、あのレコーダーは一言も彼女の問いかけに返さなかった。
今でも毎日彼女はあのレコーダーに声をかけてみるのだが、返ってきた試しは無い。
「……何時戻るわけ、アンタ」
陽炎は一人の部屋でポツリと、レコーダーに呟いた。答えは未だ無いまま、もう何十日も経ってしまった。
――もう帰ってこないのだろう、なんとなくは察せていた。けれど直感と理想はいつもぶつかり合っていて、結局は
「いつかは戻ってくるのよね、きっと」
こう言って考えることを諦めてしまう。
――彼女はあれから、いつも筋トレを欠かさないようになった。以前はあまり重視していなかったのだが、寝る前にやるのが思いの外、気持ちが良いらしい。
彼女を応援する彼の声は、もう聞こえなかった。けれど彼女は、絶対に彼に馬鹿にされまいと、懸命にトレーニングを続けている。
――だが、彼女は時々だが、彼との出来事は夢だったのだろうか、と思い悩むことがある。自分は未来予知を偶々出来ていて、アレは都合のいい幻だったのではないか――そう思いたくなることが有った。
いっそその方が幸せだとさえ、彼女はいつも思う。
「アンタは、何だったのよ……」
彼女にとっての彼は何だったのだろうか。今では全く分からない。
彼女自身も明らかにできないことだし、ならば頼れるはずの他人も、彼と出会った世界などとうに忘れた。既に彼が居た痕跡など、彼女の記憶以外には残っていなかった。
『俺が居ないぐらいで立ち止まるなよ』
彼はきっとこう言うだろう。そういう風にいつも、彼は自分を甘く見ていた。自分が与える影響も、与えられた影響も常に侮る男だった。
だから彼女は立ち止まりはしなかった。振り返りながらでも、決して止まろうとはしなかった。
ところで、彼は何物なのだろう。私が説明して欲しいところだ。
――端的に言って、まあ平凡な男だ。突出した特技がありそうでもなく、趣味は特にないように見受けられる。彼は常に勤勉にあって、遂に私の目の前までやってきた。
実は前世が凄いだとか、愛した少女と再開するだとか、そういうふうには全く見えない男だ。あまりに普通そうに見える素材を求めすぎて、むしろ不揃いを目立たせる不思議な男だ。
「すまないね、陽炎ちゃん」
提督は艶々しい唇をはにかませて、申し訳なさそうに笑った。執務室の、執務服の彼女は、しかしとても魅力的に私には映っていた。
――提督の横にいるのは、彼女の服装によく似た服装の若い男だ。何故か初対面とは思えない気がするのだが、私は男と会ったのは数えるほどしか無いし、ましてや彼は私の印象に残るかも怪しい、影の薄そうな容貌だった。
「君に会いたいそうでね、わざわざ呼ばせてもらったんだ」
私はあくびを噛み殺す。日差しで眼を灼かれているような朝に、わざわざ呼び出すとはいい度胸である。見知らぬ男だが、後で目疲れの責任追及をしてやりたいところだ。
――失礼極まりない私の思考に勘付いたのか、提督は私に向き直って改まる。
「それでは、彼に自己紹介をしてくれたまえ」
命令ならば仕方ない。私はだれてきていた背筋を伸ばして、敬礼をする。
「陽炎型駆逐艦、ネームシップの陽炎です」
よろしくお願いします、と言うと――彼は何故かニタニタと笑っている。ポケットに突っ込まれた両手を見るに、いよいよ苛々が脳だけに留まらない雰囲気を帯び始める。
本当に何で殴りたくなるのだろうか。確かに私は短気なのだが、初対面の人間に暴力沙汰を起こしかねないまでの感情は抱かないはずだと信じていたのだが。
彼は私の紹介が終わったのを見計らって、ニヤついた顔をなおしもせずに自己紹介を始めた。
「えぇ~と、小野
変な名前だ。それに失礼だし、コイツは本当に何者なんだろうか。私の怪訝を含んだ目線を、彼は全くものともせずに立ったままだ。
彼は私の側まで歩み寄って、こんな事を言った。
「言ったろ? やっぱりハッピーエンドだぜ、俺達の物語は」
――それでは彼の話を始めよう。
まだまだ終わらず、これからも続くらしい物語を、もうちょっとだけ続けさせてもらおう。
――とりあえず、彼はその場でぶん投げられた。手加減はされてないらしく、後で手が折れたのだそうだが、彼は何も咎めないそうだ。
『まあ、あの頃は思いっきりぶん投げたら生死を分けたからなあ――仕方ない』
彼の病室での原因追求についての返答だ。
全く、惚気けるのも大概にしなよ。
――僕は少なくとも、そう思うわけだった。