ヴィルヘルム×ジェーン・ドゥのマリィルート転生後。
いい女を気取るけど気持ちは純粋で初心なアイリーンと、強引ないい男ヴィルヘルムの恋の話です。
マリィルート転生後、うっすら前世の記憶のあるジェーン・ドゥ視点。
いい女を気取るけど気持ちは純粋で初心なアイリーンと強引ないい男ヴィルヘルムの恋の話です。
燦々と照る太陽が、眩しい。
平日とはいえ人波が絶えない雑音だらけの大通り。
雑踏に混みれながら、かつかつと響くお気に入りの赤いピンヒールの音。
気持よく歩いて目指す横断歩道の向こう、ザラザラしたアスファルトを忙しなく踏み越えるいくつもの知らない人影。
――その、中に。
「……っ」
思わず、息を呑んだ。
驚きすぎて、足が止まる。横断歩道の信号機は、青。
歩いて渡らなくちゃいけないのに。
足が、動かない。
その場から、進みたくないと心が拒むかのように。
雑踏の中に見つけてしまったひとつの面影。
そこからぎゅっとじっと、目が離せない。
綺麗な
いつかと違って、さらりと揺れる肩までの長髪ではなくて、短くさっぱりと整えられた短髪。
それでも、変わらずとても綺麗で透けるような白色。
その髪と同じに透けるような美しい肌もそのままで、まるで夜の月のような鮮烈な赤い瞳もそのまま。
変わらない姿で、そこに在って。
――どうしてこんな風に、会ったこともない
まるでいつか感じた恋心が甦るかのよう。
けれどそれを可笑しいとは思えない。
きっと、私にとっては当たり前の感情なのだと、すとんと心の奥に落ちてきて。
だから、この偶然の
いつかと同じように、一瞬でその存在に魂を奪われる。
それほどまでに鮮烈に私の中身をを造り替えてしまうほど、美しい
奪われ続けたまま、距離が縮まっていく。
けれど私は動けないから、一方的に歩み寄られて縮まるだけの距離。
向こうはじっと見つめるしかできない私になんてまったく気づいていなくて、関わることすらできない一方通行。
綺麗な横顔が、横断歩道を渡り切る。
まったく視線が触れ合うことすらなく私の隣に辿り着く。
擦れ違う。
擦れ違ってしまう。
それが何故だか無性に悔しくて、悲しくて、このままでは何かが報われない気がして。
昔、愛された男に
――勇気を。
これで終わりだなんて、イヤだもの。
できるはず。
あなたのために命すら止めた私がどこかにいるのなら、あなたを振り向かせることだって、きっと。
歩き去ってしまいそうな背中へ必死に手を伸ばす。
「――待っ……きゃっ!?」
けれどその手は虚しく空を切って。口から零れたのは制止の言葉でなく、ただの悲鳴。
凸凹のアスファルトの窪みに運悪く嵌ったピンヒール。
ぐらりと崩れたバランスに、つられてぐらりと歪む視界。
届かない悲しさに、唇を噛む。涙すら、滲みそう。
――だったれど、力強く私を引き寄せる予想外の腕に、その涙はきゅっと引っ込んでしまった。
「おい、大丈夫かよ」
「……えっ?」
みっともなく尻餅をつくはずだった身体は、凸凹のアスファルトに立ったまま。
抱きとめられて、事なきを得て。
反射的に引き寄せられて、不可抗力に寄り添う腰。呆然とした形のまま、掴まれている右手。
取られた腰に感じる、温かい手のひらの感触。
――ああ、まるで、ダンスでも踊るかのよう。
私はあなたのために誂えて着飾ったパーティードレスじゃないし、あなたは正装の軍服を身に纏っていないけれど。
可笑しいわね。いつかの昔より、よっぽど様になってるわ。
そう思えたら、なんだか泣けてきて。
一度はちゃんと引っ込んだのに、さっきからいろいろと緩んでいた涙腺が、ついに完全に決壊しそう。
じわりと、目尻に涙が滲む。
……だけど、ダメよ。泣いたら、ダメ。
せっかくの、まるで時を越えたかのように感じる再会なのに、こんなところで泣いたらみっともないから。
いい女は泣きどころくらい弁えていないとダメだから。
そうでなきゃ、このヒトを誑かしたりなんてできないから。
ぐっと、堪える。
滲みそうな涙の代わりに、唇にのせたのは甘い誘惑の口説き文句。
「ありがとう。助かったわ
――だけど、びっくりし過ぎて腰が抜けちゃったみたいなの。
もう少しこのままでいてもいいかしら?」
ぬけぬけと、嘘をつく。
いい女にはそれも必要なことだわ。
だって、まだ離れたくないもの。
弱々しい声に、ひそめた眉。じっと上目遣いで見つめる。
それに誑かされた優しいヒトは、呆れたように笑って私の腰を抱き寄せる。
そっと、しなだれかかって甘える仕草で頬を寄せた。
さらりとしたシャツの感覚がひんやりと冷たい。
口説き文句は嘘だけど、零れた安堵のため息は、本物。
胸を満たすのは幸福。
こんな風に優しく抱きしめられることがあるなんて、あると思わなかったんだもの。
「ねぇ、あなたの名前は?
助けてくれたついでに教えてくれない? お礼がしたいわ」
自然な流れで、名前を問う。
それに返ってきた答えは、やっぱり身に覚えがあるもので。
本当に可笑しいわね。そんなこと、あるはずなんてないのにね。
「ヴィルヘルム・エーレンブルグ。別に礼なんていいぜ、たいしたことはしてねえだろう」
すぐ側で綺麗な顔がからりと笑ったから、吐息がさらり私の髪を揺らす。
それがくすぐったくて心地良い。
ずっとこうして触れ合っていたい、踊っていたい。そう強く思うほどに。
「あんたは?」
聞いたくせに答え返さないから、上からせかす声が届く。
それが、嬉しい。
私だけを今、見てもらえているのだと。
問われて、逞しい胸板からそっと顔を上げれば、至近距離に私を見つめる赤く綺麗な瞳がある。
――そのまっすぐな視線に、魂が喜びに打ち震えたわ。
堪らなくって、身悶えそうよ。
いつかの昔、運の悪い女がいたの。
間が、悪くって。
大好きなヒトに告白したのに、今は他で手一杯だからって振られた可哀想な女が。
夜を愛していたヒトだったから、身体すら別のものに造り変えて、全身で愛を体現したわ。
大好きなヒトにふさわしいように、って。
好みだとも言わせたわ、だって愛していたから頑張ったもの。
文字通り、私のすべてを捧げたのよ。それくらい言わせて当然だって強気で言い切れるほどに。
一世一代の、愛の告白だったのよ。
――それなのに、唇ひとつ重ねられず、まともにこっちを見てすら貰えなかった。
お互い、間が、悪すぎたのね。あなたの好みだったはずなんだから。
邪魔だと罵られて、結局叶ったのは大好きなヒトに
最高に歪んでいて、それはそれで素敵な最期だったけれど。
だからね、不思議でしょう?
かつての昔、闇に生きると誓った私達だったのに、こうして青空の下で再会を果たすなんて。
――あなたは私に気付きすらしないけれど、構わないわ。
こうして逞しい腕に抱きとめられて、まるで踊るように寄り添ったまま見つめ合えるなんて幸せが、起きるなんて奇跡だもの。
魂の奥深く。
間の悪い死人の女が、青空の下で起きた奇跡に、喜びで打ち震えている。
まっすぐに見つめ合える喜びに、頬を染めて喜んでいるのがわかる。
そしてここにいる私も、嬉しくて堪らないの。
――ああ、それだけで、十分だわ。
長い間報われないまま燻っていたいつかの私の後悔は、いまこうしてここにいる私で報われたのだと実感する。
幸せだわ、と。
ずっと遠い魂の奥深く、いつかの死人の女の残像が微笑う。瞼の向こうで、ゆっくりと幸せに溶けていくかつての恋心。
だから、大丈夫よ。ありがとう、ヴィルヘルム。
「私はアイリーン・カートライトよ。
あなたに会えて嬉しいわ、ヴィルヘルム」
「そうかい。こんな美人にそう言って貰えるのは光栄だな」
社交辞令じみた遣り取り。でも、込めた気持ちは心の底から本心よ。
それを受けて間近でくしゃりと崩れた顔に、ぎゅっと心が締めつけられる。
それは、とても陽溜りの似合う素敵な笑顔だったから。
もうあなたは、夜に生きるヒトじゃないのね。
こうして何も憚ることなく、太陽の下を歩けるのね。
そして私も、もう
ねえ、知ってるかしら?
たとえ自分の恋が叶わなかったとしても、恋する相手の幸せを女は望むのよ。
それが心からの愛ならば、ね。
かつてのあなたに
あなたにひとつの言葉を送ったわ。
幸せに、なって欲しかったから。気付いて、欲しかったから。
だって、好きだったんだもの。あなたの悲しい顔なんて、見たくなかったんだもの。
“神様はとても意地悪でどうしようもないけど、愛にだけは怖いぐらい真摯。不真面目な遊び人には絶対望みを叶えてくれない”
――この言葉、まだあなたの魂に刻まれているかしら?
今はまだ意味を成さないだろうけれど、いつかの私の最期の言葉があなたの役に経つと信じてるわ。
あなたはいつだって前向きで強いもの、とても。
それを信じられることが、いつかの私にとっては本当に幸せ。
あなたがいい男だって、信じて疑わないの。疑いようがないのよ、だって愛してるもの。
愛には真摯で意地悪な神様は、今はまだあなたに手を出さないでしょう。
女神の統治に在る限り、いつか幸せを手にできると約束されている。
ああ、だからあなたはいまこうして、太陽の下でこんなにも素敵に笑えるんだわ。
そして私も、やっと笑えるわ。
あなたと同じに、陽溜りの似合う顔で。
ずっと魂の底に燻っていたかつての私の後悔を、変わらない綺麗な赤い瞳で拭ってくれたから。
「私、あなたのがこと好きよ、ヴィルヘルム。
――助けてくれて、ありがとう」
お気に入りの赤いピンヒールのつま先に力をこめて、きゅっと、背伸びをする。
踊るように触れ合った体勢はそのままに、一瞬、掠め取るように唇を奪う。
驚きに見開かれた目が、可愛くて。愛しくて。
「お礼よ。いい女からのキスなら、嬉しいでしょう?
もしまたどこかで逢えたなら、今度はちゃんとあなたと手を取り合って踊りたいわ」
それだけを一方的に告げて、するりと支えてくれていた腕の中から抜けだした。
――かつての私の恋は、これで決着。
いつかの記憶と違って、おとなしく唇を奪われてくれたことに感謝して、緩む頬を隠すように足早に背を向けて、歩き出す。
アスファルトに響く、かつかつと小気味よいピンヒールの音。
アイリーン・カートライトは、これでいい。
薔薇に魂まで吸われた
彼の驚いた顔が、嬉しい。
あのときはムリだったけれど。
今こうして、とても素敵な方法で一矢報えた、
本当に素敵だったわ。満足よ。
抱きしめられて唇を重ねられた、それだけでかつての恋心に決着をつけて、私は前を向いて歩いていける。
だから、突然のキスのあと、少し遅れて響いた声は、本当に予想外で。
「アイリーン、忘れもんだぜ」
「えっ?」
歩き去りかけた腕を掴まれて、困惑に零れた声。
そのまま力強く腕の中に閉じ込められて、強引に奪われたのは――私の唇。
さっきとは逆に、見開いてしまった私の瞳。
それに至近距離で映る、意地悪く笑う男らしい顔。
「されっぱなしは性に合わねえんだよ。
いい男からのキスも嬉しいだろうが」
からかうように届いた声。
それに、ぎゅっと締めつけられた感情の正体を、私はずいぶんと前から知っている。
かつての私が、それを教えてくれたもの。
ああ、ダメだわ。
せっかく決着をつけたのに。これでかつての恋心はおしまいのはずなのに。
また新しく、火をつけられてしまった、今ここにいる私の恋心。
惚れないとか、ムリよ。
そもそも最初から堕ちているようなものだわ、このヒトに。
だってかっこいいもの。強引な男も、好きだもの。
このヒトがどれだけ素敵なのか、初めて会ったはずなのに十分過ぎるほど理解している不思議な私がいるわ。
だから、認めましょう。
いい女は足掻かないの。いつだってスマートに振る舞わなきゃ。
そうじゃなきゃ、素敵なダンスなんて踊れないでしょう?
――時を越えて、大好きなあなたをもう一度誘うわ。
あなたは快く、受け取ってくれるかしら。もう、間が悪いなんて、言わないかしら。
「ねえ、私と踊って欲しいわ。
私、あなたが好きなの、ヴィルヘルム」
期待と不安を綯い交ぜにして、そっと手を差し出す。
かつてから続く私の魂、時を越えて、都合二度目のダンスの誘い。
一度目は手酷く断られたけど、二度目はどうかしら?
期待と不安に揺れる瞳が、赤い瞳に囚われる。
綺麗な赤から目が離せなくて、はしたないほどに私の頬が赤く染まっていく。
いい女を装っているくせに、まるで初心なこの初恋。
かつての私も、きっとこうしてこのヒトに舞い上がったに違いないわ。
そして激しく翻弄されて、ぐちゃぐちゃに融け合いたいとみっともなく望んだんだわ。
今の私も、そう思うもの。
このヒトに、一途に激しく愛されたいって。
「いいぜ。いい女の誘いは断らない主義なんだ。おまえと踊ってやるよ、アイリーン」
楽しげにくつくつと喉を鳴らして。
私を二度も惚れさせたヒトは燦々と照る太陽の下、まるで騎士のように敬々しく差し出した手を取ってくれたわ。
生まれ変わったのね、私。
愛される喜びで満たされて、
それはなんて幸せなことかしら。
あなたに
私、心からあなたを愛してるもの。あなたを、私が幸せにしたいもの。
いっしょに生きたいと、思うもの。きっとあなたとなら素敵なダンスを踊れるはずだわ。
――だからね、これからもずっといっしょに踊りましょう、ヴィルヘルム。
ふたりで寄り添って生きて、透けるような青空の下で愛を囁き合いながら、ずっと幸せに。
いつか世界が、二人を別つその時まで。
END
ロマンチックな二人にいっしょに踊って欲しかったので書きました。
読んで頂いてありがとうございました!