トライアングル・フリート   作:アンギュラ

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大変永らくお待たせいたしました。


南欧海戦の後半戦になります。


それではどうぞ。


宵の光条  VS 超兵器

   + + +

 

 

 

 

 

「時間が惜しい。準備急げ!」

 

 

 

「はっ!」

 

 

 

ヴェルナーの指示で、艦内が緊張に包まれる。

 

 

 

実弾防御装甲を有した駿河には、まともな方法で損傷を与えることが出来ない。

 

 

そう、¨まともな兵装¨ならば…だ。

 

 

 

ミサイル発射官には、通常のミサイルよりも一回り大きく、先端が特殊な形状をしたミサイルが装填された。

 

 

 

一方の弁天に於いても動きが慌ただしくなる。

 

 

 

メアリースチュアートから、超兵器の装甲について連絡を受けた真冬は、遂にある決断を下す。

 

 

 

 

「砲雷班に伝えろ!¨例の弾頭¨の使用を許可すると!」

 

 

 

「例のとは一体何なのですか?」

 

 

「質問は受け付けねぇぞ平賀。まぁ正直、どんな兵器でもアレを抜ける気がしねぇが、やらないよりはマシだ。早く伝えろ!」

 

 

 

「は、はい!」

 

 

 

平賀は慌てて真冬の命を伝える。

 

 

それにともなって艦内が一段と慌ただしく動き始めた。

 

 

その間も、双方の砲撃が止むこと無く駿河に殺到し続ける。

 

 

 

航空隊の一宮も、空対艦ミサイルを発射し、駿河を牽制していた。

 

 

 

「くっ…なんて堅ぇ装甲なんだ!化け物か?…だが!」

 

 

 

敵の装甲は、こちらの攻撃を一切の受け付けていない。

 

 

しかし、唯一装甲に覆われていない超兵器の直上には攻め入る隙があると彼は確信する。

 

 

 

 

「全員、攻撃を駿河直上にある装甲に覆われていない箇所を狙え!」

 

 

 

彼が指示を飛ばし、隊が駿河の直上に接近した時だった。

 

 

 

ビービービー!

 

 

 

「!?」

 

 

 

不愉快な警告アラームが鳴り響き、一同は急に嫌な汗が吹き出てくる。

 

 

 

それは、自らの機体が¨ロックオン¨されている事を示していたからだ。

 

一宮は、急いで通信機に向かって声を張る。

 

 

 

「対空ミサイルが来る!全員散開して回避に努めろ!敵は対空防御に長けているぞ!」

 

 

 

航空隊がバラバラに逃げ惑い、直後に駿河から大量のミサイルやパルスレーザー、そしてバルカン砲が凄まじい数で襲ってくる。

 

 

そして航空隊は、各々チャフをばら蒔いて散開した。

 

 

 

(危なかった…播磨とは別物だな。広い甲板を狙う作戦はアイツには通用しない。)

 

 

 

播磨型の最大の武器は、双胴である広い甲板に大量の兵器を搭載出来る点ではあるが、逆にそれがあらゆる攻撃を受けてしまうの弱点でもあるのだ。

 

 

特に航空機からの攻撃は回避が難しく、彼等のいた世界に於いて、空母艦隊による航空攻撃によって、甲板上の主兵装を破損した播磨は、後続の艦隊によってあえなく撃沈を喫している。

 

 

 

しかし、駿河はそうはいかない。

 

 

誘導性や速射性の高い兵装を大口径の砲塔の代わりに大量に設置することで防空対策を万全にし、更に実弾防御装甲によって艦砲やミサイルをも通さない鉄壁の防御を実現していたのだ。

 

 

 

 

これにより異世界艦隊は、攻め手を失ってしまうわけだが、彼等には秘策があった。

 

 

 

『こちらメアリースチュアート。攻撃準備完了!攻撃隊は、牽制のミサイルを一斉発射後、超兵器より距離を取れ!』

 

 

 

 

「了解!」

 

 

 

航空隊は、一斉にミサイルを発射して駿河から離脱を謀る。

 

 

 

(後は頼みます!)

 

 

彼等の望みは、2隻の艦艇へと託された。

 

 

 

   + + +

 

 

「艦長、ご命令を!」

 

 

筑波の声に、ヴェルナーは大きく頷く。

 

 

 

「長々とお前に付き合うつもりはない!¨侵食弾頭弾¨撃て!」

 

 

 

「はっ!」

 

 

 

バシュォオ!バシュォオ!

 

 

 

複数の侵食弾頭ミサイルがメアリースチュアートから発射され、駿河へと飛翔して行く。

 

 

 

勿論、ウィルキアを含めた人類が、未知なる技術で造られた侵食弾頭兵器を開発することは不可能であったが、彼の艦は日本を出発する前に蒼き鋼からの技術提供とヒュウガの協力により、侵食弾頭兵器を彼等以外の軍艦に搭載する事を可能にしていたのだった。

 

 

 

通常弾頭とは異なり、複雑な誘導パターンを実現できる侵食弾頭は、蛾の繭と化した駿河の外縁から放たれる光学兵器群や迎撃ミサイルを悉く交わし、実弾に対して驚異的な強度を誇る実弾防御装甲へと向かって行く。

 

 

 

そして、

 

 

ビジィ!

 

 

 

着弾と同時にあらゆる物質を崩壊させるタナトニウムが、分厚い装甲を意図も簡単に崩壊させ、それと同時に超絶な重力が原子レベルに迄に分解された装甲を押し潰して抉り取っていった。

 

 

 

次々と着弾する侵食弾頭に対し、実弾防御装甲に複数の穴が穿たれ、メアリースチュアートはそこにミサイルを間髪入れず叩き込んだ。

 

 

 

実弾を防壁装甲に任せて、電磁防壁を展開していた駿河の甲板で複数の爆発が発生する。

 

 

 

だが、ヴェルナー達ウィルキアの乗員が安堵の表情を現す事はない。

 

超兵器を知り尽くし、多くの戦友を失ってきた彼等は、敵の破壊に対する執念を決して侮ってはいなかったのだ。

 

 

 

 

「砲撃は継続!装甲に穴を開けられた敵は防御重力場を展開するかもしれない。より厳しくなるぞ!」

 

 

 

「はっ!」

 

 

 

乗員達の気が一層引き締まり、動きが洗練されて行き、艦が速度をあげる。

 

 

艦橋内も、情報の収集が慌ただしくなった。

 

 

 

「艦長、弁天より攻撃準備完了の連絡が入りました!」

 

 

 

「よし!航空部隊を下がらせろ!牽制弾の装填急げ!弁天を援護する!」

 

 

 

「はっ!」

 

 

 

 

 

   + + +

 

「艦長。噴進魚雷ではなくVLAでの発射なのですか?」

 

 

 

「ああ、無駄弾を撃つ余裕は俺達にはねぇ。確実に当てる!」

 

 

 

 

真冬は駿河から一切視線を外さず、攻撃の隙を伺う。

 

 

 

VLAと噴進魚雷。

 

 

仕組みは似ているが根本的に違うものがある。

 

 

それは¨誘導性¨だ。

 

 

航空技術の進歩に乏しかったこの世界に於いてのミサイルや噴進魚雷と呼ばれる物には、厳密に言うとウィルキアや蒼き鋼の兵装のような誘導性能と言うものは存在しない。

 

 

 

言うなれば、大まかに敵の方向へと飛翔する弾頭や魚雷を意味しているのだ。

 

 

ウィルキアに於いては、それらを噴進砲と呼称し、ミサイル等と区別をしている。

 

 

 

その技術すらも異世界から来た技術に大きく劣っている訳だが、通信を円滑にするべく衛星を宇宙へ打ち出す迄に、どれ程の苦悩と挫折があったのかは想像するまでもないのだが…。

 

 

 

噴進魚雷もまた噴進砲の類似品であり、敵の方向へ大まかに飛翔、その後一段目を切り離して魚雷部分がパラシュートで落下し、着水の衝撃でパラシュートを切り離した後は無誘導で直線的に進行する。

 

 

ただ、風向きによって着水方向が乱れる事や、魚雷の角度によっては全く見当違いの方向へ進行してしまう事も多々あり、噴進魚雷を扱う部所では天候や風速、敵との距離や発射角度を即時に計算して、最適かつ効果的に使用する事を求められている。

 

 

 

どれ程困難なのかは、6年前のRATtウィルス事件の時、ウィルスに犯され暴走状態となった戦艦【武蔵】を停止させる際にブルーマーメイドが使用し、あれ程巨大な武蔵の船体に全弾を命中させた事を芽衣が目を丸くして驚愕した程なのだ。

 

 

 

海賊対策の際には主に威嚇として使用され、場合によって相手船舶に損傷を与えなければならない場面では、魚雷発射官からの発射がブルーマーメイドのセオリーとなっている。

 

 

 

それに対してウィルキアから提供された防空システム求められている含めたミサイル技術一式は、追尾性能が極めて優れており、正に世界に革命をもたらしたと言えよう。

 

 

 

しかしながらこの技術は、ボタン一つで世界の任意の場所をピンポイントで破壊できる技術も内包しており、実感を伴わない破壊は、戦争を始める上でのボーダーラインを低く設定してしまう事にも繋がりかねない。

 

技術の提供に当たってシュルツを含めたウィルキア陣営がいかに葛藤したのかは言うまでもないだろう。

 

 

だが、超兵器が航空機を兵器として使用し、それが国家戦力をいとも簡単に打ち砕いてしまった悪しき前例が作られてしまったが故に、ウィルキア陣営は優れた航空機の撃墜システムを提供することで、ゼロからのパイロット育成の手間からの撃墜による損失に対する徒労感を各国に植え付ける狙いがあったのだ。

 

 

 

話を戻そう。

 

 

 

真冬が平賀に伝えたニュアンスよりも、今から発射される弾頭は生易しい物ではない。

 

 

 

しかし、そうでも言わなければ彼女ですらも自分を保てる自信がなかった。

 

 

 

【光子弾頭魚雷】

 

 

 

VLAに搭載されている弾頭だ。

 

 

 

それは、メアリースチュアートが超兵器に放った光子榴弾砲の魚雷版であり、明乃達ですらも未だ使った事の無い強大な兵器なのだ。

 

 

 

ヴェルナー達の世界に於いての第二次世界対戦の際、広島と長崎に原子爆弾を投下した飛行機の乗組員は、そのあまりの威力に精神を病んでしまった者もいたと言う。

 

 

 

 

弁天は恐らく、この世界で初めて強大な兵器を使用する艦艇となるだろうが、メアリースチュアートの光子榴弾砲の威力を知っているだけに、真冬は決断を迫られていた。

 

 

 

もしかしたら発射を指示した自分や、クルーが自らのしでかした行為に押し潰されてしまわないか、更には強大な力の魅力に囚われてしまうのではないかと不安になる。

 

 

 

しかし相手は、機械の様に慈悲無き殺戮を容赦なく撒き散らしてくるのだ。

 

 

 

沈めなければ、多くの一般市民が犠牲となる。

 

 

 

 

(そんなのさせてたまるかよ!)

 

 

 

彼女は、自らの心に存在する迷いを殴り付けて黙らせ、そして周りが気付かぬようには大きく息を吸い込んだ。

 

 

 

決して責任を仲間には背負わせたりしない。

全てを自分が背負って行くと覚悟し彼女は眼前をしっかりと見つめる。

 

 

 

そしていよいよその時は、やって来た。

 

 

 

彼女は吸い込んだ息を吐ききるように一際大きな口を開ける。

 

 

 

 

「攻ぅ撃始めぇえ!」

 

 

 

バシュォオ!

 

 

 

発射官から光子弾頭魚雷をのせたミサイルが放たれ、一直線に飛翔して行く。

 

 

カチャン…。

 

 

光子弾頭弾は、尖端がロケットブースターが切り離されて魚雷がパラシュートで降下し、着水と同時に切り離された弾頭が駿河へと走って行く。

 

 

 

「………。」

 

 

真冬はその様子をから一切視線を外さなかった。

 

防衛や救助を主任務とする彼女達が使用するには余りにも過ぎた武力を行使する【罪】…。

 

真冬はそれから目を逸らしたくは無かったのだ。

 

 

「魚雷、間も無く着弾します!」

 

 

「ああ…。」

 

 

 

彼女は唇を噛み、拳を握り締めて震えを抑える。

 

 

そして、光子弾頭を搭載した魚雷が駿河に着弾するその刹那に…。

 

 

《如何ニ鋭キ刃トモ、通サヌ決意ハ我ガ誉…。》

 

 

 

「!!?」

 

 

 

 

頭に直接響く声は重く、そして何よりも高く越え難い困難を示しているかのように彼女を動揺させる。

 

 

 

次の瞬間、駿河は展開していた実弾防御装甲を瞬時に¨格納¨したのだ。

 

驚愕の表情を真冬が浮かべ、そして…。

 

 

 

チカッ…ブゥオオォ!

 

 

 

彼の超兵器に光子弾頭魚雷が直撃し、反応熱によって急激に膨張した海水が熱波と衝撃波を伴って一気に爆発する。

 

 

 

数秒も経たぬ内に荒れ狂う波が弁天へ押し寄せ、乗員達の悲鳴が艦内を埋め尽くした。

 

 

 

真冬は、己の所業に力を失いそうになる脚を何とか踏ん張り、駿河がいるであろう眼前の水蒸気の塊を睨む。

 

 

 

「確認を急げ…駿河はどうなった!」

 

 

 

「は、はい!超兵器駿河は…あっ…。」

 

 

 

平賀の声が全てを物語ってしまった。

 

 

真冬は小さく舌打ちをすると、晴れて行く水蒸気から一部が見え始めた駿河を一層鋭い目で睨んだ。

 

 

「超兵器ノイズ確認。駿河は…。」

 

 

湯気の中から戦艦大和を思わせるアンテナが姿を現す。

 

 

正面から見たそれは、彼女からはまるで鬼の角の様に見えたのだった。

 

 

 

《全テヲ正面ヨリ受ケ止メ、尚モ沈マヌハ我ガ誉…。》

 

 

 

「健在です!」

 

 

 

「…………。」

 

 

全容が露になった駿河の船体からは至る所で黒煙が上がり、右舷側に装備されていた一部の兵装が熱で変形し、高温に熱せられた船体と海水が接触して白い湯気を立ち上らせる。

 

 

しかし、あれほどの攻撃にも関わらず船体は一切傾く事無くそこに鎮座し、一部を失えど未だ多数存在する砲塔群を全て弁天に向けてゆっくりと移動を開始した。

 

 

 

その様は、まるで動物が標的に狙いを絞り、牙を剥いて戦闘体制に入ったかの如き猛烈な威圧感を放っており、死をより現実に実感した真冬は、身体が硬直し、声を上手く発する事すら出来ない。

 

 

 

(こ、こいつは本当に無人の軍艦なのか!?はれかぜの連中や知名は、こんな化け物を前にしてたって言うのかよ!)

 

 

心臓の鼓動が速い。

 

身体から吹き出す汗を止める事も出来ない。

 

 

もし許されるなら、今すぐにでも子供の様に泣き喚いて逃げ出したい。

 

 

 

そんな気持ちが止めどなく湧いてきしまう情けない自分に、彼女は吐き気を模様すような嫌悪感を禁じ得なかった。

 

 

 

それと同時に、何故明乃やもえか達が何の疑問もなく超兵器に立ち向かえるのか疑問に思ったのだった。

 

 

 

彼女達の若さ故か…いや、少なくとも怖いもの知らずで立ち向かい続けられる程の相手ではない事だけは確かだろう。

 

 

 

では何故なのか…。

 

 

 

《海の仲間は¨家族¨だから。》

 

 

 

明乃の口癖だ。

 

 

 

両親を失った彼女は、少なくとも自らの周りに出来た絆を決して疎かにはしないし、それは同じ境遇であるもえかも同様でろう。

 

 

 

そう、彼女達は失った命が、そして失った者と過ごす筈だった時間が決して戻らない事を自覚している。

 

 

それは、彼女達と波乱の青春時代を過ごした友の深層意識にも共有されているに違いなかった。

 

 

 

故に彼女達は、正規のブルーマーメイドの隊員として各所に配属された際にも、常に緊張感を持った訓練に終始し、現場に於いては救助者を救えなかった事を何よりも悔やみ、彼等の遺族の気持ちを誰よりも察して涙流してきたのだ。

 

 

 

(……!)

 

 

真冬は、まるで眼前を覆っている何かが晴れて行く様な感覚を覚えた。

 

 

 

その先に見えたのは、家族に優しい笑顔を向け、一度海に向けば鋭くも凛々しい表情に変わる母の姿。

 

 

 

強烈に憧れた。

 

 

 

 

真冬にとって母は本物の¨人魚¨だったのだから…。

 

 

自分も母の様に成りたいと表向きの人格を演じながら、陰では努力を惜しまず勉学に励み、横須賀女子海洋学校を首席で卒業する迄に成長し真冬は、ブルーマーメイドに配属された後も訓練を順当にこなしていった。

 

 

 

しかし彼女の積み重ねてきた自信は、現場にて敢えなく打ち砕かれる事となる。

 

 

 

 

人命の掛かった緊迫した現場での作業は、訓練とはまるで違いマニュアルが全く通用しない。

 

 

 

対処事項の概要や現場での天候状況。

 

 

それらを瞬時に把握し、最適な答えを導き出して行動に移す行程は困難を極め、先輩の機敏な行動について行けず罵声を浴びせられながらも任務をこなして行く。

 

 

それでも命というものは全てを救いきれる訳ではない…。

 

 

 

港で無事に帰ってくると信じて待つ家族の眼前には変わり果てた姿で戻ってきた遺体が置かれ、耳を覆いたくなる悲鳴が辺りに轟き、そしてやり場の無い感情が罵詈雑言となってブルーマーメイドの隊員へと向けられるのだ。

 

 

 

真冬は、遺族の感情を一身に受け止め、深々と頭を下げ続ける先輩隊員達を目にしながら己の未熟さに対する悔しさと、それにも増して失った命以上の人を救って行く決意を新たにするのだった。

 

 

 

(海に生き、海を守り、海を征く…か。こんな事も見失っちまうなんて、情けない限りだ…。)

 

 

 

彼女はいま一度眼前に視線を向ける。

 

 

そこに佇むのは¨双胴の悪鬼¨。

 

 

 

ブルッ!

 

 

 

彼女の身体が震える。

 

 

しかし、それは恐怖からではなかった。

 

 

 

「艦長?どうされまし…。」

 

 

 

「るあぁぁぁあ!」

 

 

ガンッ!

 

 

「!?」

 

 

突然の叫びと共に、真冬が頭を机に思い切り衝突させ、平賀を始めとしたクルー達は唖然とする。

 

 

 

「フゥ…。」

 

 

 

大きく息を吸い、それを全て吐き出すように口を開く。

 

 

 

 

「聞け!今俺達の目の前には越え難い困難がいる。アイツを止めるには、生半可な覚悟じゃダメなんだ!だから俺は光子弾頭弾の使用を決めた!だがな…強すぎた力による事態の解決は、堕落を享受したい人間の心を容赦なくくすぐりやがる…。当然だよな…自分が死ぬかもしれねぇ、家族が死ぬかもしれねぇ、横須賀で死んでいった奴らみたいにな…。でもな、俺達は¨何なんだ¨?何の為にここに来た!救うためなんだよ!」

 

 

 

艦内にいる全ての隊員が彼女の言葉に耳を傾けていた。

 

 

その誰もが拳を握り、疲労でフラつく脚を力を振り絞って踏ん張っている。

 

 

 

「いいか!力に怯えるじゃねぇ!それに屈した瞬間から、異世界もこの世界も、超兵器の存在の有無も関係無ぇ!世の中が終わっちまんだ…。」

 

 

 

 

「………。」

 

 

 

彼女達は、真冬の言葉の意味を理解した。

 

 

 

たとえ超兵器打倒が叶ったとしても、一度火の付いた戦火はそう簡単に消せはしないのだ。

 

 

 

世界では軍拡競争が加速し、強大な武力を用いる国の驚異に人民の心は不安に支配され、結果として強大な武力に対抗する為に更に強力な兵器の開発が行われるだろう。

 

そして最悪の場合、攻め込まれる前に叩くと言う理論の下、泥沼の戦争が幕を開けるのである。

 

 

それこそ、人類がこの世界から消えてしまうその日まで…。

 

 

 

平和を守る彼女達ブルーマーメイドは、武力を用いつつも、それがもたらす甘い誘惑の危険に呑まれてはならず、尚且つそれらの事実を根気強く国家や民衆に説いて行かねばならないのだ。

 

 

 

それには、培ってきた技術だけでは到底足りない。

 

 

 

【心】だ。

 

 

 

心を鍛え上げ行かねばならず、それにはあらゆる経験が必要となるだろう。

 

 

 

「だから俺達は失っちゃいけないんだ!強大な力に立ち向かう心を!力に溺れない心を!そして…。」

 

 

 

 

彼女の脳裏に救えなかった者達の顔が浮かんできた。

 

 

苦悶や絶望。あらゆる表情を見てきたが、一つだけ全てに共通することがある。

 

 

《なぜ…?》

 

 

 

最早ものを写す事が叶わぬ虚ろな瞳で、彼等はそう問うてくるのだ。

 

 

 

《なぜ私がこんな苦しい目に…。》

 

 

《なぜこんな所で…。》

 

 

《なぜ僕が死ななくちゃいけないの?》

 

 

《なぜ ナゼ 何故何故何故何故何故何故何故?》

 

 

 

 

死者達の問いに、真冬は何一つとして答える事が出来なかった…いや、答えられる者などいる筈が無い。

 

 

 

 

だがこれだけははっきりしている。

 

 

 

彼女達はそれらに答えられなかった悔しさを、世界を埋め尽くさんとする¨なぜ?¨の数を減らす原動力に変えてきたのだ。

 

 

 

自己満足なのかもしれない…。

 

 

彼等の¨なぜ?¨に対して《あなたの死がもたらした無念は、私達が他の誰かを救う決意に変わっています。》…と。

 

 

 

綺麗事も甚だしい。

 

吐き気を模様すような偽善。

 

 

 

しかし、その独善的な思いとは裏腹に、本来そのまま放置されれば¨なぜ?¨に統一されてしまうであろう人々を救出して命を繋ぐ事で、彼等が様々な思考で人生を歩んでこれた事実は消すことは出来ない。

 

 

 

 

今はこれでいい…。

 

 

 

彼等の¨なぜ?¨へ答えられなくとも、¨なぜ?ではない¨自分達にはするべき事がある。

 

 

そう死者と生者。

 

 

存在が隔絶された両者は、決して互いに干渉し合えないのだ。

 

 

しかし、¨生者と生者¨ならば…?。

 

 

 

故に彼女は訴え、そして指し示すのだ。

 

 

混沌のなかで、方向を指し示す灯台の様に…。

 

 

 

 

「私達が救えかった者、そして何よりも残された者の気持ちを推し量る心を持て!今、お前達に問う!俺達がするべき事は何だ!」

 

 

 

隊員達は胸に手を当て、そして決意の瞳を開いて行く。

 

 

 

『海に生き、海を守り、海を征く!』

 

 

 

 

「俺達は何なんだ!」

 

 

 

『ブルーマーメイド!』

 

 

 

真冬は、もう一度双角の鬼を見据える。

 

 

その瞳に最早恐れはなかった。

 

 

 

「よし!戦闘体制を継続!出し惜しみはするな!最善をやり尽くして奴を止めるぞ!…攻ぅ撃始めぇ!」

 

 

 

『はい!』

 

 

 

弁天の全ての兵装が火を吹く。

 

 

駿河は、殺到するそれらを防御重力場で受け、攻撃を加えてくるメアリースチュアートや航空隊を無視するかの様に砲門の全てを弁天へと向けて発砲した。

 

 

ドゴォオ!

 

 

「あぐっ…うぉおお!」

 

 

防壁を展開しても尚、激しく揺さぶられる艦内で、真冬は…いや、¨彼女達¨は次なる行動へと動き続ける。

 

 

 

それは正に、生者の意地に他ならかった。

 

 

 

 

   + + +

 

 

「まずい…弁天が狙われている!援護を続けろ!」

 

 

 

 

航空隊やメアリースチュアートからの絶え間ない攻撃にも関わらず、駿河は弁天に容赦なく攻撃を加える。

 

 

 

このままでは、彼女達の身に危険が及ぶ事は明らかだった。

 

 

 

 

ヴェルナーは更なる攻撃を指示。

数多の砲弾が超兵器へと殺到して行き、それと同時に駿河が実弾防御装甲を展開して彼等の攻撃は無惨にも爆散してしまう。

 

 

しかし、

 

 

 

ガゴン…ギ、ギィ!

 

 

 

「何!?」

 

 

 

駿河の両舷を覆う様に左右から展開される筈だった実弾防御装甲は、左舷のみが展開され、右舷からは悲鳴の様な不愉快な軋み音が響いていた。

 

 

状況を観察していた筑波は目がギラリと光る。

 

 

「成る程…。これは光子弾頭魚雷の影響の様ですな。恐らく熱によって格納されていた実弾防御装甲が周囲に¨固着¨したのでしょう。艦長、この機を逃す手はありませんぞ!」

 

 

 

「はい。総員、敵は光子弾頭魚雷で右舷側の装甲と兵装の一部を損傷している。本艦は駿河の右舷へ回って攻撃を集中させる!準備急げ!」

 

 

 

 

メアリースチュアートが進路を変え、駿河への再接近を試みようと動き始めた時、その悪夢は突如現れたのだった。

 

 

 

 

「な、何だ!?」

 

 

ヴェルナーを始めとした艦橋にいた全ての者が視線を一点に向けている。

 

 

 

その先には、夜の闇を不自然な程に明るく照らす白く巨大な光が見てとれた。

 

そしてその中心には、闇よりも深い黒い色の戦艦が鎮座していたのだ。

 

 

彼等は確信する。

 

 

その禍々しい威圧を放つ者こそが、この艦隊の旗艦であることに…。

 

 

 

「来たかナハト…いや、ヨトゥンヘイム!」

 

 

 

 

「か、艦長!ヨトゥンヘイムから発する光はもしや…!」

 

 

 

 

「光子榴弾砲か!?しかしこれは…。」

 

 

 

 

『急いでその場から待避しろ!』

 

 

 

 

「!?」

 

 

 

 

突如通信に割り込んで来た声に、我に帰ったヴェルナーは艦を全力発進させてその場から離脱を謀る。

 

 

 

だが、敵がそれを見逃してくれる筈も無く、ヨトゥンヘイムは甲板から発する激しい光をメアリースチュアートに向けて発射した。

 

 

 

 

夜の海を凄まじい速度で白い光の線が走って行く。

 

 

 

ヴェルナーは、それが防ぎきれる攻撃でない事を悟った。

 

 

 

その時だ。

 

 

 

ゴォ…。

 

 

 

「か、艦長!あれを!」

 

 

「何だ…あれは!」

 

 

 

 

誰もが死を覚悟した時、ヨトゥンヘイムの遥か後方から青白い光が猛烈な速度で迫ってきた。

 

 

 

それはヨトゥンヘイムの放った光とメアリースチュアートの間に割り込ん出来たのだ。

 

 

 

 

『急いで防壁を展開しろ!全力でだ!』

 

 

 

 

「………っ!」

 

 

 

メアリースチュアートが防壁を展開した直後に…。

 

 

 

グゥゴゴゴォォッ!

 

 

 

「ぐっ!」

 

 

「あぁあああ!」

 

 

 

猛烈な閃光と爆圧、そして轟音が艦に襲い掛かり、中は悲鳴に埋め尽くされる。

 

 

 

これ程の攻撃を受けても艦が沈まない訳は、先程割り込んで来た青白い光のせいなのだろうとヴェルナーは推測する。

 

 

 

そして、それを放った者の正体も彼には見当がついていた。

 

 

 

「やはりあなたでしたか…大戦艦ハルナ!」

 

 

 

『ああ…だが少し違うな。』

 

 

「違う?」

 

 

『おい!私も忘れるなよ!』

 

 

「大戦艦キリシマ!?」

 

 

 

攻撃による余波が薄れ、視界が晴れた夜の海に、蒼き鋼の艦艇が有する智の紋章(イデア・クレスト)がはっきりと浮かび上がり、此方へと向かってくる。

 

 

 

 

だが2つの声とは裏腹に、艦艇の数は一隻しか存在しない。

 

 

 

 

「一体何があったのです?」

 

 

 

『事情を説明している暇は無いが、まぁ私達は一つの船体を2つのメンタルモデルが共有しているとでも考えくれればいい。』

 

 

「そんなことが…。」

 

 

彼は驚愕しつつ、彼女達の登場に安堵を覚えた。

 

 

1対1で相手が出来る程、ヨトゥンヘイムは脆弱ではない。

 

 

 

現状に於いての最高戦力の合流は、心強い限りだった。

 

 

 

一方のハルナ達であるが…。

 

 

 

量子弾頭爆弾が引き起こした重力に呑まれる寸前、キリシマは超重力砲を重力の中心へと発射して中和することに成功していた。

 

 

しかし、度重なる超兵器からの攻撃と量子弾頭爆弾の影響で、彼女達の船体は既に満身創意の状態であったことは言うまでもないだろう。

 

 

 

クラインフィールドに於いても同様だ。

飽和率が上がっている状態では、量子弾頭弾を中和した際に発生した爆圧を防ぎきる事が出来ない。

 

 

だが彼女達は、フィールドを¨ラッセル状¨に展開して力を効率的に逃がす事で消失を免れていた。

 

 

刑部蒔絵のアイディアである。

 

 

彼女は兵器開発の傍ら、クラインフィールドの効率的な運用についても思考を凝らしていた。

 

 

 

従来の様にまともに攻撃を受けてしまえば、超兵器級や大戦艦級が相手だった場合、盾としての役割が減衰してしまう。

 

 

よって形状変化も含め、状況に応じたクラインフィールドの適切な使用はこれからの戦いで必須になってくるのである。

 

 

 

爆圧を防いだ彼女達は、それぞれに再起を謀っていた。

 

 

しかし、ヴェスヴィオ火山の周辺までナノマテリアルを回収しに行く時間は最早残されてはいない。

 

 

よって彼女達は、互いのナノマテリアルを¨合わせる¨事で船体を形成していたのだ。

 

 

 

船体の制御を2つのメンタルモデルが受け持つそれは、言わば【ハルナ・キリシマ】と言うべきであろう。

 

 

 

 

互いの智の紋章が混在したような幾何学的な模様が入った金剛型の甲板上には、ハルナとキリシマが立っている。

 

 

 

キリシマが主に火器管制を担当し、各種センサーによる探知や操鑑、そしてクラインフィールドの制御をハルナが担当している。

 

 

 

驚異度合いが高い艦艇の登場に、ヨトゥンヘイムからは凄まじい数の光学兵器が彼女達を襲う。

 

 

ハルナはそれらをフィールドで弾き飛ばしつつヴェルナーに超兵器の情報を伝えていた。

 

 

 

 

「どうやらデュアルクレイターは¨超兵器専門¨の工作及び補給艦の意味合いがあったようだ。本来ならば撃沈は急務なのだろうが、遺憾ながら此方を優先したためデュアルクレイターの逃走を許した。済まない…。」

 

 

 

『何ですって!?まさかそんな機能が追加されていたとは…しかし、ヨトゥンヘイムを放置すれば南欧は壊滅してしまう。ご英断感謝します。それで、先程超兵器が放った光は何なのですか?見たところ光子兵器の様にも感じましたが…。』

 

 

 

「お前の推測は概ね当たっている。しかし決定的に違うのは、あれが¨ビーム状¨に発射されると言う点だな。言わば¨反物質ビーム砲¨とでも呼称すべきか…。」

 

 

 

『反物質ビーム砲!?と、言う事は…。』

 

 

 

 

「ああ。一発での威力でも脅威だが、あれは光子榴弾砲が発する熱や衝撃波を、照射している間¨断続的¨に発生させる兵器と考えた方が良いだろうな。単発での威力はあのレールガンには及ばないが、あれは連射も利く。」

 

 

 

『厄介ですね…。』

 

 

 

「対策は考えてある。今は、集中して対処に回れ。」

 

 

 

『解りました。』

 

 

 

 

通信を終えた彼女達は、ヨトゥンヘイムからの攻撃を次々と跳ね退けて行く。

 

 

 

そんな中、ハルナに対しキリシマが複雑な表情を向けた。

 

 

 

「皮肉なものだな…。まかさ自艦に人間を乗せると言う暴挙をやってのけた401を、大戦艦である私達がこの様な形で肯定することになろうとは…。」

 

 

 

「ああ。一隻の船体を複数で操艦する事で、演算領域に余裕が生まれた。これならば正確な火器管制を行いつつも、クラインフィールドに蓄積されたダメージを排出して行く事も不可能ではない。機知に富んでいるな…。」

 

 

 

「悔しさを感じないでもないが、今はそれよりも…。」

 

 

 

「そうだな。私達は帰らねばならない…蒔絵の下に。」

 

 

 

「ああ…。」

 

 

 

 

『なぁに感傷的になってんのよ。』

 

 

 

「お前は…タカオ!」

 

 

 

 

タカオが猛スピードで戦闘海域へと飛び込んで来た。

 

 

超重力砲の連続発射による反動から回復した彼女は、全ての演算を速度へと回してシチリアに急行していたのだ。

 

 

 

「全く…遅いわよ!」

 

 

『仕方ないだろ!彼奴等に気付かれないようするのは結構難しいんだよ!』

 

 

「なぁに?メンタルモデルを持った事で¨言い訳¨を実装したわけ?」

 

 

『なにおう!』

 

 

 

「まぁまぁタカオもキリシマも落ち着いて!でもともあれ、役者は揃った…か。タカオ、私達は弁天を援護する。駿河に進路を向けて!」

 

 

 

「了解!」

 

 

 

タカオの重力子エンジンが唸りを上げて、智の紋章が一層輝く。

 

 

 

南欧を舞台とした戦いがいよいよ佳境に入りつつあった。




お付き合い頂きありがとうございます。


反物質ビームの登場。

そして、劇場版アルペジオで描かれたハルナ・キリシマの登場になりました。


南欧海戦も佳境に入り、ストーリーの折り返しも間近に迫って来ました。


リアルが多忙でどうしても進まないのですが、粗雑にならぬよう善処して参ります。



尚、今回の話に登場した人工衛星に関する記述についてですが、原作では人工衛星が存在しない代わりに類似のシステムがあるとの事でしたが、具体的な記述を発見できなかった為、ロケットを真上に打ち上げる技術はどうにか確立し、衛生は存在して通信は可能と言う独自解釈をいれましたのでご了承下さい。



次回まで今しばらくお待ちください。




































とらふり!



ヒュウガ
「フフフ…腕が鳴るわぁ!」




ハルナ
「どうした?ヒュウガ。何やら企んでいるようだが…。」



ヒュウガ
「まぁね。だってそっちももう佳境でしょう?合流すれば私はスキズブラズニルに待機が多くなるわけだし、ちょっと【改造】しちゃおうかなぁ~なんて☆」



ハルナ
「硫黄島やはれかぜの改造では飽き足らず、スキズブラズニルまで魔改造するのか?」




ヒュウガ
「だぁってぇ!こんな未知の文明を見せ付けられたら疼くじゃない?」




ハルナ
「余り調子に乗るなよ?蒔絵に悪影響が及ぶ。マッドになったらどう責任を取るつもりだ。」




ヒュウガ
「解ってるって、珊瑚ちゃんも一緒だから大丈夫よ。」




ハルナ
「サンゴ…あぁブルーマーメイドの整備員の事か?だが、奴からも何やらマッドの雰囲気が漂っていたがな…。」




ヒュウガ
「大丈夫、大丈夫!フフフ…早く着手したいわぁ!ゾクゾクゥ!」




ハルナ
「は、早く決着を着けて戻らねば…蒔絵が染められてしまう!」

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