キールへの道のりの間を2章中編としてお届けします。
尚、中編にはとらふりはございませんのでご了承ください。
それではどうぞ
最後の家族 ■■■VS???
+ + +
固く鍵が掛けられた鋼の扉――
そしてそこに忍び寄る2つの影……
『小僧…いい加減しろ。こんな事を続けていても相手の心象が悪くなるだけだ。それに俺の勘が今日はマズイと言ってる』
『小僧って言うなよ!俺だって一人前の男なんだ!それにアンタの勘は当てになんないよ!見てろ!今日も俺が華麗にキメてやるからな!』
『ハァ……危機意識がまるでなっていない』
『大丈夫だって!それじゃ行くからなっ!扉が空いた瞬間が好機だ。アンタは動きが鈍いから俺に任せときなよ!』
『おいバカ!よせっ!どうなっても知らんからな……』
無鉄砲な片割れが飛び出して言ってから数秒後――
『に、逃げろ!見つかった!』
『言わんこっちゃない……』
二つの影は走った。
だが――
「お前達が犯人だな?逃げても無駄だ!」
『『!!?』』
2つの影は動揺した。
何せ声を掛けてきた者から見て、彼等は完璧に死角であったからだ。
『く、くそぅ!何でだよ!』
『あ、あれを見ろ!』
『!!?』
2つの視線の先には、照明で延びた扉の前に立つ者の影の形状は……
『おい!あれニンゲンの影じゃないぞ!』
『とにかく走り続けろ!今は逃げるしかない!』
『あ、ああ!』
2つの影は更に加速するが――
「無駄だと言っているだろう!」
『『!!!』』
彼等の脇を何かが高速で追い越して飛び跳ねる。
そして――
キュピー!
『『………』』
奇っ怪な音と共に、ソレは彼等の眼前に立ち塞がるようにして着地した。
その姿とは――
『『……!』』
「フハハハッ!どうだ!この私の姿を見て怖じ気付いたか?」
『『クマだ……』』
彼等の前にはクマのぬいぐるみの姿をしたキリシマが仁王立ちしていた。
+ + +
「ねぇ艦長…最近スキズブラズニルの食料が盗難に遭ってるってしってる?」
「えっ!?そうなの!?」
芽衣からのもたらされた突然の内容に、明乃を含めた全員が驚愕した。
無理もない。
陸地とは異なり、物資を補給しない限り手に入れる事が事実上不可能な海上に於いては、銃弾の一発や水の一滴に至るまで無駄に消費する事は許されない。
取り分け食料に至っては、在庫や一食に使う食材の分量までも厳格に管理されている位なのだ。
それが管理者以外の第三者が無断で持ち出したとなれば、事態は決して軽視出来る問題でない事は明らかだろう。
今回に於いては、食料庫に侵入した人物が食材に毒物を混入したり、または弾薬庫など危険物を取り扱う部所への侵入や破壊工作が成されなかったから良かったものの、物品管理の徹底をガルトナーが指示した事は言うまでもない。
「それは一大事だな……艦長、私達も今一度物品管理の方法を見直した方が良いのかもしれません」
「シロちゃんの言う通りだよ。ミミちゃん聞こえる?」
『どうしたの?』
「スキズブラズニルで食材の盗難があったみたいなの。もう一度、主計部の皆で物資の管理方法に不備が無いか確めてくれないかな?」
『えっ!?本当に!?信じられない……私も見学に行ったけど、かなり厳重に物資の管理はされていたわよ?』
「だよね……」
ウィルキアは、この世界には存在しない技術を多数所有している為、兵器情報が流出して軍拡競争が加速しないよう重要区画に見張りを置いたり、潜入を目的にした工作員に対応する部隊が24時間体制で詰所に待機していた。
今回はその網目を潜るようにやられた事になり、キールを前にしてブルーマーメイドの信頼を失墜しかねない事態に、ガルトナーとシュルツは話し合いの結果、普段は敵地の情報を奪取するべく行動している陸軍特殊部隊を工作員捜索の名目で艦内各所に配置して、犯人の捜索を行う事になったのだ。
『因みにさ、どんな食材が盗まれたわけ?』
「えっ!?め、芽衣ちゃん知ってる?」
「う~ん、聞いた話だからどこまで本当か解らないんだけどさ、なんか¨肉と魚¨ばっかり無くなるみたいだよ?肉抜きのカレーとか、なんか嫌だよねぇ……」
「うぃ……このままじゃビーフカレーもシーフードカレーも食べられない……犯人許すまじ!」
「わ、私は太りたくないからちょっと嬉しいかもって思うけど、やっぱり仕事するにはそう言う食材も必須だよね……」
「知床さんはそんなに太ってないじゃないですか!私の集めたデータでは■■kg……」
「ひぃ~!!ココちゃんやめてよぉ~!」
『まぁそれはともかくとして……私の方でも色々やってみるわ』
「うん、お願いミミちゃん」
美海に後を任せた艦橋メンバーは再び頭を抱える。
「どうされますか?」
「一応スキズブラズニルで話を聞いてみようよ。原因の一端でも見つかれば力になれると思うし」
「じゃあ決まりだね!」
一同ははれかぜを降りて、スキズブラズニルで調査を行う事にした。
+ + +
一同は、スキズブラズニルに停泊している401の元へとやって来る。
「あっ!いおりさんだ!いおりさ~ん!」
「ん?岬艦長!?みんな揃ってどうしたの?」
スパナを手に401を整備していたいおりは首を傾げた。
「いおりさんは食糧盗難の件は知ってる?」
「ああ……うん知ってるよ。それで調査してるんだね?」
「うん。蒼き鋼は盗難とかに遭ってない?」
「ここは大丈夫かな。何か不自然な出入りがあれば、イオナが気付かない訳無いし、他のメンタルモデルもいるからね。ヒュウガもセキュリティーを見直すって言ってたし」
「そうなんだ……」
「力になれなくてゴメンね~」
「ううん、大丈夫だよ。それよりも盗難には気を付けてね。今は食糧だけが標的みたいだけど、静さんもいるし、下着とかが狙われたらヤダから」
「えぇっ!?それはヤだなぁ……解った!気を付けてみるよ!」
「うん。何か解った事があったらいつでも言ってね」
「ありがとう!」
収穫のなかった一同は401を後にし、現場となった食糧庫へと行ってみる事となった。
その途中――
「アケノー!」
「ミーちゃん!?」
遠くからミーナが走ってくる。
「何やら厄介事のようじゃの」
「うん、食料庫が盗難に遭って、その調査をしてるんだ」
「そうじゃったのか……うむ!内部の構造や人の顔を覚える意味でも同行させてもらおうかの!良いか?」
「訓練はもういいの?」
「地獄じゃったが……今日は無いそうじゃ!」
「解った。一緒に行こうミーちゃん」
一同はミーナを加えてスキズブラズニルへと向かった。
+ + +
スキズブラズニルの食料庫に辿り着いた明乃達は、ウィルキアの兵士に事情を聞く。
しかしながら、これと言って有力な情報は集まらなかった。
「手掛かりは無しですね艦長……」
「見た限りだと管理に不備が有ったとも思えなかったしね……」
「見張りも施錠もされているのに何故なのじゃろうのう……」
「……」
「気が付いたのじゃが……この通路は見通しがあまり良くないのう。ここまで来ればもう見張りには見えん。交代の隙に忍び込んだとは考えられんか?」
「う~ん難しいかなぁ……見張りはその場で交代な訳だし、隙は無いと思うよ」
「良い考えだと思ったんだがのう……そうじゃ!あの~何と言ったかのう。蒼き鋼に居ったじゃろう?クマのぬいぐるみが」
「え!?キリシマさんに頼むの?う~ん、良いアイディアだけど本人が承諾するかなぁ……」
「聞けばキリシマとやらは肉が好きと言うではないか?なら儂らのブルストを好きなだけ食べさせてやると言ってくれんか?食料が無くなればそうも言ってられんからのう」
「解った。千早艦長に相談してみるよ」
+ + +
それから――
「肉をたらふく喰えるだと!?し、仕方がない!大戦艦である私をこき使おうとは良い度胸だと思ったが、食料の為とあれば一肌脱ぐしかないな!」
「分かり易過ぎるわね……」
「なんだと!?じゃあお前がクマになれタカオ!」
「冗談よしてよ!何で私が――」
「まぁ待て二人とも。岬艦長、事の重大さは報告を受けて知っております。本人も乗り気の様ですし、ぜひ問題を解決なさってください。俺達もスキズブラズニルに厄介になる以上、他人事ではありませんからね」
「ありがとうございます千早艦長!」
「いえ……では早速今夜からと言う事で宜しいですか?」
「はい、お願いします」
「と、言う事だ。頼んだぞキリシマ」
「フンッ!私の実力を思い知らせてやる!」
+ + +
その夜――
キリシマは、食料庫から少し離れた地点で見張りを開始した。
(意気がったのは良いが、本当に現れるのか?)
余りにワザとらしくするのは得策ではないと、見張りはいるものの、犯人が出没する日取りにこれと言って規則性は無い。
加えて、ぬいぐるみと言う容姿が潜入に向いているか否かを捨て置くとしても、好戦的な艦艇として有名だった彼女は性格がそもそも潜入向きでは無いのである。
更に――
犯人が内部事情に精通していた場合、痺れを切らしてキリシマが姿を現せば、危険を察知されて身を潜められてしまう可能性すらある。
だが、今回に限っては彼女の意思は予想以上に堅かった。
(クフフッ!話を聞けばブルストとやらは相当美味いそうだな。何としても犯人を捕まえてありつかなければならん!)
どういう仕組みかは分からないが、キリシマは口元からヨダレらしきものを滴らせながら、状況を見守る。
事態が動いたのは、それから一時間程あとのことだった。
調理班が食料庫を訪れて明日に使う食材を取り出そうと扉を開けた時だ。
(ん?なんだこの反応は――)
彼女のセンサーは、忍び寄る二つの存在を検知していた。
だが――
(警戒しているのか?動きが鈍いな。益々怪しい……)
犯人とおぼしき反応は予想よりも遅く、忍び寄る様にゆっくりと食料庫へと近付く。
驚くべき事に、ここまで近付いているのにも関わらず、見張りが気付く様子は全く無い。
(早く動け!現行犯で押さえなければ意味がない!)
元々好戦的な彼女がここまで良く我慢した方だと賞賛すべきだろう。
しかし流石に焦れて来たらしい。
一層の事、飛び出して問い質した方が早いと考えたくらいだ。
ところが――
(むっ!?動いたぞ………なに!?)
彼女は先程までの考えを即座に訂正した。
相手はとても彼女が話して通じる相手ではなかった……いや、そもそもどうやって話せば良いのかすら解らなかったのだ。
(くっ!仕方がない、とにかく現行犯だ。捕まえて突き出すしかないっ!)
キリシマは飛び出し、彼女に気付いて逃げ出した彼等を飛び越えて着地する。
キュピー!
間の抜けた着地音が辺りに響き渡る。
+ + +
キリシマに突き出された犯人の正体に皆が驚愕した事は言うまでもないが、取り分けはれかぜクルーの驚きは頭ひとつ抜けていた。
「嘘……でしょ?」
明乃は思わず、身体を屈めて犯人を¨抱き上げる¨。
「ムゥ……」
犯人?は少しむくれた顔で彼女を見上げた。
「五十六……それに多聞丸も!どうしてここにいるの!?」
五十六と多聞丸。
彼等は、人間ではなく¨猫¨であった。
彼女達が学生時代、数奇な出来事を共に過ごしたマスコット的存在である。
多聞丸に於いては、RATtウィルス事件で晴風が武蔵を追って航海を続けるなかで新橋商店街船の座礁事故と遭遇し、その最期救出者となり、真白になついた事からそのまま晴風の仲間として加わった経緯がある。
勿論、危険な航海に連れて行くつもりなど毛頭無かった訳だが、彼等は彼女達の隙を突いてスキズブラズニルに忍び込み、今まで残飯や食料庫から食べ物を調達していたのだった。
「………」
真白は鋭い目付きで多聞丸を見下ろす。
怒って当然であろう。
自分のペットがこれだけの騒ぎを起こしたのだから。
彼女と寝食を共にしている彼だからこそ、真白の気持ちが手に取る様に解ってしまうのだ。
「ニャァ……(ゴメンよシロ……でも俺、どうしてもシロと離れたくなかったんだ)」
多聞丸はすっかり落ち込んだように尻尾を垂らして俯いている。
「多聞丸!お前って奴はっ!」
ビクッ!
彼は身体を震わせる。
きっと思い切り叱られるのだろうと覚悟した時――
ガバッ!
「!!?」
「多聞丸!大丈夫か?怪我とはしてないか!?何でついてきたんだ!もしお前に何かあったら私は……」
ああ……シロの匂いだ
久しぶりに抱かれる彼女の腕の中はとても暖かく、そして何より彼女が自身を大切に想ってくれる事が何より嬉しかった。
「とにかく、後でいっぱい叱ってやるからなっ!」
「ニャァ……(そんなぁ……)」
勿論、今までの行いがチャラになる訳では無いのだが……
「まぁ……ともあれ事態が解決して何よりです」
「申し訳ありません。シュルツ艦長、千早艦長」
「いいえ、食料庫の警備内容を見直す良い切っ掛けになりました。報告はこちらからしておきますので我々はこの辺で……」
「はい。ありがとうございます!」
シュルツと群像ははれかぜを後にする。
「おいっ!ミーナとやら!犯人を捕まえたんだから早くブルストとか言うのを私に食べさせろ!データを取りたい」
「ん?ああ……そうじゃったの。ウチのブルストは最高じゃぞ!そうじゃ!お主だけではなく、そちらの二人もどうかの?」
「え!私とハルハルもいいの?」
「うむ!折角知り合いになれたのじゃ、もてなさねば末代までの恥じゃからのう!テアもそれで良いか?」
「ああ。直ぐに準備するよう連絡しておく」
「やったぁ~♪これもヨタロウのおかげだねっ!」
「ふ、フン!この位大戦艦である私なら造作もない〃〃」
「蒔絵、あまり誉めるとまた暴走するからやめた方がいい」
「な、なにぃ!?」
艦橋に笑顔が溢れ、事件は解決したのだった。
+ + +
真白にコッテリと絞られた多聞丸であったが、今は目の前のキャットフードを思い切り貪っていた。
ネットワーク状に載っていたデータを元にヒュウガが造ったものである。
『これ結構イケるな!……って食べないのかよ』
『俺はあまりお腹が空いていないんだ』
『なんだよぅ……勿体無いなあ』
『何なら俺の分もお前が食え』
『え!良いのか?それじゃあ甘えるぜ!』
旺盛に食べる多聞丸とは対照的に、五十六は身体を丸めて目を閉じる。
「五十六ちっとも食べないね。どこか悪いのかなぁ……結構歳もとってるんだろうし」
「うぃ……心配」
芽衣と志摩が屈んで五十六の身体を撫でながら心配そうに覗き込むも、彼は気にする様子も見せずにそのまま目を閉じている。
「安心したんじゃ無いのかなぁ」
「艦長?」
「きっと五十六は多聞丸が無茶して怪我をしないように守ってたんだよ。でも、その必要は無くなったから安心したんだよきっと」
「そう言うものかなぁ~」
(この娘は、たまに確信を突いてくるな……)
図星を突かれた五十六は、少し動揺するもそのまま暫しの眠りにつく。
+ + +
その夜――
多聞丸は久しぶりに真白に抱かれて眠りにつき、五十六はクルー達に再三部屋で寝ようと誘われたが、結局は艦橋の隅で寝ることを選んだ。
静かで暗い艦橋の中央に淡く輝く光の珠が現れて五十六を優しく照らし、彼は目を開けて光を見上げた。
《相変わらず連れないんだね君は……みんな君を誘っていたのに》
『アンタは……【晴風】さんか?』
《久しぶりだね。居たのは気付いて居たけど、それ処じゃなかったから》
『どうして戻ってきた。アンタは――』
《うん。私は¨あの時¨沈んだ。でも、未練があって、少し¨ズル¨をして戻ってきてしまったんだ》
『未練……ね』
《知ってるでしょ?》
『あの子の事か……』
《そう。ミケちゃんが……皆が心配でね。君もそうなんでしょう?》
『違う。俺は多聞丸の奴が危なっかしいから見張っていただけだ』
《ふふっ。意地っ張りも相変わらずだね》
『そんな事より、アンタ気付いてたのか?¨アレ¨に……』
《……うん。初めから気付いていたよ。君もなのかい?》
『いや、俺はもっと後だ。6年前の雷の夜と、武蔵との戦いの最中にな』
《ミケちゃん、凄く怯えていたものね。恐らく両親を失うのと、友人を失うイメージを重ねてしまったんだよ。どちらも¨家族を失う孤独¨に直結しているから》
『だからアレが出てきたのか……アイツからは俺の嫌いな¨寒さ¨を感じた』
《そして今もミケちゃんを苦しめている。感じたんでしょう?》
『ああ……あの時とは比べ物にならない程寒かった。それにあの時は朧気だった姿がハッキリと見えるようになっていた』
《目玉……だね?》
『ああ……アレは一体何なんだ?なぜあの子なんだ』
《アレは、マイナスの心が生んだ悲しい結晶だよ》
『¨悪¨だとは言わないんだな』
《うん……アレを悪と断じるなら、きっとミケちゃんも半分はそうだと言わなくちゃならなくなるから》
『それは違う!』
《……》
『あの子がアレと同じな筈がない!あんな暖かな子がっ!』
《そう。ミケちゃんはとても優しく子だね。そしてとても純粋だ。でも君だって感じていたんでしょう?あの子の脆さと孤独を》
『……』
《ミケちゃんだけじゃない。生ける者は、本来全て孤独なんだ。それを隠す為に家族や友人と行動を共にしているに過ぎない。ただ、本来共にあるべき家族がいないミケちゃんには、孤独を隠す物が無かっただけさ》
『皆がいるだろう。それでは不満なのか?』
《私の様な存在ならそれでも良かったのかもしれない。でもその言葉、君にそのまま返したらどうかな?》
『痛い処を突かれたな……』
《君に意地悪をするつもりは無かったんだ。ゴメンよ》
『いいさ、本当の事だ……それよりもアンタの事を話して貰いたいね。何故ここまで執着する?アンタは見守りはするが、積極的に事に関わることはしないと思ったが』
《晴風がこんなにボロボロに……ミケちゃんが私に言った言葉だよ》
『……』
《私はそれまで、海を護るために学ぶ子達を見てきた。落ちこぼれと言われても挫けずに一杯頑張って、そして一杯笑っていた。私はそれで満足だったんだ。あの子達が将来海で生き抜ける為の¨良き教材¨である事がね。でも――》
彼女の声が少し震えるのを五十六は感じた。
《ミケちゃんはそう思わなかったんだ。失っちゃいけない家族に私を入れてくれた。嬉しかったよ、こんな事言われたのは初めてだったから。だから¨彼女¨にお願いしたんだ。もう一度みんなを護らせて欲しいって》
『誰なんだ?彼女って……』
《とにかく気高くて、とても綺麗なんだよ。でも、悲しくてとても切ないんだ。彼女は¨護れなかった者¨あり¨諦めてしまった者¨だからね》
『良くは解らないが、諦めた彼女とやらが何でアンタに力を貸したんだ?』
《私にも解らない……彼女はあまり多くを語ってくれなかったから》
『……』
《でもいいんだ。彼女のお陰で、私は皆を護って行ける。今はそれを誇りに思えるようになったんだから》
『まるで今までそうじゃなかったみたいな言い方だな』
《うん。実は¨私も¨落ちこぼれだったからね》
『アンタがか?』
《他の艦の話を聞いて確信したよ。異世界では陽炎型の艦艇に晴風という艦は存在しないらしい》
『!』
《私は戦争の末期に造られてさ、他の皆が国を護ると意気揚々と港から出て行くのを憧れながら見ていたんだ。自分だっていつかきっと……ってね。でもその時は来なかったよ》
彼女の声のトーンが少しだけ下がるのを五十六は感じた。
《役立たず、軍艦の恥と仲間達に馬鹿にされたよ。あの時は悔しかったなぁ……それに軍艦がブルーマーメイド預かりになってからも、実習生は落ちこぼればかりだったし》
『そんな事思ってたのか?』
――最初だけだよ
彼女は少し笑うと、再び声のトーンを下げる。
《あの子達のひた向きさと笑顔に私の心は動いて行った。そしてミケちゃんのあの言葉で確信に変わったんだ。あぁ……私は、兵器として誰かの大切な人を殺しに行かなくて済んだって、あの子達を乗せて誰かの大切な人を救う為に生まれて来たんだって思えたんだよ》
『晴風さん……』
《なに辛気臭い顔をしてるのさ。次は君の番だよ》
『俺の番だって!?』
《そう、君の知らない私の過去を話したんだ。今度は君が、晴風に乗るようになったのかを話す番じゃないのかい?》
『ああ……そうだな。俺も話しておいた方が良いのかもしれない』
《ん?随分素直だね。私は正直もっと嫌がるかと思っていたんだけど》
『俺はもう永くない』
《……》
『分かるんだ。最近足に力が入らなくなってきてる。食欲も無い……出来る事なら、この顛末を最後まで見届けたいが、その自信もなくなってしまったよ。だから晴風さん、アンタにだけは聞いて欲しい。俺が晴風に乗る切っ掛けをな。アンタは笑うかもしれんが……』
《ううん、笑わないよ。私が分かるのは海の事だけだから、陸での事は、君や私に乗る子達の話だけなんだ。聞かせてくれるかい?》
――ああ
彼は目を細めて、語り出す。
《俺を産んだ母さんの記憶は朧気だ。だが、兄弟と一緒に包んでくれたあの暖かさや幸せは忘れない。でも、母さんはある日突然帰って来なくなった》
《……》
『事故なのか、それとも何かに襲われたのかは解らない。だがその日から、俺達兄弟はこの弱い者は死ぬしかない世界に放り出されたのさ。』
《兄弟たちはどうしたんだい?》
『皆死んだよ。事故や病気で死に、終いにはカラスに喰われて死んで、気付いたら俺だけになってたんだ。夜風と冷たい雨、そして孤独が寒かった。そんなある日だ、空腹で限界だった俺の前にあの子が現れた』
《それがミケちゃん?》
――俺が小さい時の話だぞ?
五十六は尻尾を揺らしながら続ける。
『港に行けば、釣り人のカゴから魚を盗めると思って来てはみたんだが、生憎近くに有るのは武骨な軍艦ばかり、もうダメだと諦めようとしたら、その子が俺を見つけて食べ物をくれたんだ。夢中で食べたよ。なにせ何日も口に物をいれてなかったんだから。それからだ、俺は毎日この港に通った。その子は決まって俺を見付けると食べ物をくれて、笑顔で頭を撫でてくれたんだ』
《それが切っ掛けなのかい?》
――いや
五十六は頭を下げて俯く。
『あの子はある艦に属していた。解るだろ?アンタだよ晴風さん』
《……》
『俺はいつの間にか、食べ物よりもその子と合うのが楽しみになってたんだ。あの子手は暖かかったからな。海洋実習で長期間帰って来ない時は寂しかったよ。でも帰って来ると、真っ先に俺の所に来て頭を撫でてくれるんだ。俺はこの時がずっと続いて欲しいと思った。だが――』
彼は無理矢理絞り出すように言葉を吐き出す。
『あの子は卒業してブルーマーメイドになり、中々会えなくなった。それでも暇を見つけては、会いに来てくれていたんだが――』
《そうか……その子は¨海に逝ってしまった¨んだね?》
『ああ。あの子の友達が来て、俺に泣きながら言っていたからな。俺は信じなかった。だが、何日待ってもあの子は現れなかったんだ。とても寒かったよ。その時気付いたんだ。俺にとってあの子は¨家族¨だったんだってな』
《だから君は、晴風に乗る事にしたんだね?私に乗る子達がその子の様になってしまわないか心配で……分かるよ。私から巣立って行った子達の訃報を聞くのは辛い》
『ああ、だが俺に何か出来る訳じゃない。その後だって何人かは帰って来なかった。その度に俺は寒くて堪らなくなる。晴風さん、アンタが沈んだって聞いた時もだ』
《……》
『だから俺は今度も付いてきた。俺にとって最期の航海だ。あの子達の無事を近くで見届けたい。俺には何も出来ないが……』
《そんな事無いよ》
『晴風さん?』
《君はもう皆の家族なんだ。家族は居てくれるだけで力を貰える。ミケちゃんだって、きっと君から力を貰ってる筈だよ》
『だと良いんだがな……』
《ありがとう》
『どうしたんだ急に――』
《君とは良く話をしたけど、互いに自分の気持ちをここまでさらけ出した事は無かったでしょう?だから……話してくれてありがとう》
『こちらこそだよ晴風さん』
《そろそろみたいだね。それじゃ、はれかぜの護り神君》
『え?一体どうして――』
「誰かいるの?」
『!!!?』
突如ガチャリと開いたドアの音に五十六は慌てて丸まり、寝たフリをする。
光はが消えて暗くなった艦橋に足音が響いた。
(この足音、この匂いは――)
「五十六?寝てるの?」
姿を現したのは明乃であった。
彼女は、五十六の下まで来ると体を屈めて覗き込む。
「ねぇ五十六。今ここに晴か――ううん何でもない」
(鋭い子だ……)
彼は内心で驚くと同時に、彼女の背後からする気配に警戒を強める。
伝わって来るのは、彼が嫌いな寒さだった。
「ヴゥ……」
「五十六震えてる。寒いの?ねぇ、やっぱり私の部屋で一緒に寝よう……ね?」
「……」
何も反応を示さない彼に、明乃は少しだけ寂しい気持ちになる。
その時――
《一人……オ前ハ一人ダ岬明乃》
『――!』
堪えられない程の強烈な寒さを五十六は感じた。
同時に、明乃の心に存在する彼と似た喪失感の様なモノが伝わり、いても立ってもいられなくなってしまう。
「ンニャァ~」
「五十六!?」
彼は、思うように動かない手足を何とか動かして立ち上がり、明乃を見上げた。
(やっぱり放っては置けない……)
彼の反応を了承と解釈したのか、明乃は五十六を抱き上げて自らの部屋へと向かった。
+ + +
寝巻きに着替えた明乃は、布団を捲って自身の隣にスペースを開けてポンッと叩く。
「ホラ、五十六こっちだよ」
「ンニャァ~」
彼はヨタヨタと歩いて彼女と隣で丸くなり、そんな彼に笑顔を向けて頭を撫でた明乃は電気のスイッチを落とした。
「消すね。おやすみ五十六」
パチッ!
部屋が暗くなった事で、五十六は明乃の腕の中の体温を一層暖かく感じた。
まるではるか昔に母に抱かれていたあの時の様に……
暫くすると、明乃から穏やかな寝息が漏れ、五十六も久々の温もりに目蓋が重くなるのを感じる。
しかし――
「う゛…う゛ぅ……」
明乃は苦悶の表情を浮かべてうなされ、強烈な寒さが彼を襲った。
瞳を開いた彼の前に、獰猛でグロテスクな目玉が彼女を見下ろしているのが見えた。
「フ~!フ~!!」
彼は立ち上がり、普段はあまりない鋭い目付きで威嚇をし、2つの存在は睨み合う。
向こうは彼など恐れてはいないだろう。
対するこちらは、恐怖と寒さで足が震える。
だが、彼は決して伏す事なく懸命に毛を逆立てて牙を向けた。
(引かない、引けない!)
例え非力な存在であろうとも、護りたいものはある。
況して彼の前には、苦しんでいる女性がいるのだ。
一匹の男として引く訳にはいかなかった。
「フ~!!」
《………》
どれ位時間がたっだろうか。
いつの間にか目玉は消え失せ、明乃は穏やかな表情で眠っていた。
彼は、まるで寄り添うように彼女の腕の中へと潜り込み目を閉じる。
(大丈夫だ。お前は一人じゃない!俺がいる。俺が見届けてやる!)
彼はその日、いつの日ぶりかの深い眠りについた。
かつて母が彼を抱いていた時の様な温もりを一杯に感じながら……
+ + +
翌日――
ガツガツガツ!
「あれ?五十六、今日は食欲旺盛だね。何かあったの?」
五十六は回りの声など意に介さない程、夢中でエサにかぶり付く。
そんな様子に多聞丸も思わず目を丸くした。
『どうしたんだよ一体。何かあったのか?』
『何でもない。お前のエサ、モタモタしてるなら俺が貰うぞ!』
『や、やめろよ!こいつは俺のだ!』
エサを取り合う二匹の様子を見た明乃は、安心した様に笑顔を向けるのだった。
お付き合い頂きありがとうございます。
独自解釈で五十六がはれかぜに係わるまでを描いてみました。
暫く戦闘続きだったので、なかなか慣れないのですが何とか初期構想で入れたかった話を形には出来て安堵しております。
中編は、言わば休息だと思って頂ければ幸いです。
それではまたいつか