トライアングル・フリート   作:アンギュラ

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混沌の狂宴 後編  …Mix freet

   ⊿ ⊿ ⊿

 

 

 

優秀な人材が多数いるウィルキア陣営に於いても、シュルツの副官を任せられる人物はそう居るものではない。

 

 

故にシュルツは、3人の副長とナギに全幅の信頼を寄せており、彼等もそれに答えてきた訳だが、今はそうではなかった……

 

 

 

 

「ぐぅ……流石は副長達、手強いです!ですが、艦長との¨でぃと¨が掛かったこの勝負!負ける訳にはいきませんよ!」

 

 

 

ナギは艦橋内で吠えていた。

 

 

 

一人に成りたいシュルツに上手く丸め込まれた彼等は、軍艦コロシアムにある艦隊バトルロイヤルにエントリーしていた。

 

 

ルールは以下の通りだ。

 

 

 

   ▽ ▽ ▽

 

 

 

・エントリー者は艦長として艦隊を指揮する

 

 

・艦隊は決められた数の中から好きな艦種を選んでレンタルして構成

 

 

・旗艦を撃沈されると失格

 

 

 

   ▽ ▽ ▽

 

 

 

至ってシンプルではあるが、それ故に指揮が物を言うことは確かであり、徒党を組む事を禁止していない為、あらゆるライバルたちが一斉に敵にとなって四面楚歌になることもありうる。

 

 

 

 

今回エントリーされた50もの艦隊も、その半数は徒党を組んでいる。

 

 

 

しかしだ。

 

 

副長達は自らの艦隊のみで、ここまで生き残っていた。

 

 

 

「筑波大尉は、日本艦中心の大鑑巨砲中心ですか……アウトレンジの砲撃とあの硬さは脅威です」

 

 

 

筑波は、日本の代名詞である大型艦を中心に艦隊を構成している。

 

 

 

尤も、正確無比の砲撃技術が伴わなければ、無用の長物であり、小回りが利かず巨体は航空機の格好の的に成りうるのだが、弱点を敢えて晒して敵の攻め手を航空機に集中させる事に成功した彼の指揮は的確であり、きっちりと防空を意識した装備を備え、長年の経験から培った砲撃は風や距離、そして敵艦の同行を正確に察知してまるで狙撃の様に相手を射抜いて行く。

 

 

 

「ヴェルナー副長は駆逐艦から戦艦までバランスのとれた布陣ですね……」

 

 

 

 

ヴェルナーは対空や対潜、そして攻撃に優れた布陣を敷く。小さい艦であってもミサイルを使った攻撃は驚異であったし、防御面を除けば手堅い布陣であり、小回りも利く。戦況を冷静に分析して確実に敵を減らす胆力は流石であった。

 

 

 

 

「最後は博士。空母を中核とした機動艦隊ですね……厄介です!」

 

 

 

 

博士は自らを含めた数隻の空母を運用して戦いに挑む。圧倒的リーチを活かしたら攻撃も可能だが、彼女はそこまで単純ではない。限られた航空編成を偵察に回して情報を収集分析し、的確に攻撃隊を向かわせ無力化する。

勿論、自身の艦隊の警戒も怠ってはいない。

 

 

 

そしてナギはと言うと……

 

 

 

ポーン!

 

 

 

なんと潜水艦を旗艦とした艦隊を形成していた。

 

 

海上には巡洋戦艦を中心に駆逐艦が展開している。

 

 

彼女はその真下に潜航して、巧みに自身の姿を消していた。

 

 

これはタカオが演習で使っていたトリックである。

 

 

 

卑怯と言えばそうなのだが、この競技は飽くまでも旗艦が被弾しなければ良いのだ。

 

 

 

「フフフ……悪いですけど艦長との花火は私のものです!」

 

 

 

 

彼女がほくそえんだ時……

 

 

 

ドゴォ!と言う轟音と共に、艦に激震が伝わった。

 

 

 

 

 

「うぐっ!?……な、なに?」

 

 

 

『フハハハハッ!我らは第893連合艦隊!おんどれぁ!今から海の藻屑にしちゃるけぇのう!』

 

 

 

 

スピーカーから汚ない笑い声が聞こえ、突如現れた大量の軍艦達が各々の艦隊へと迫ってくる。

 

 

 

「な、なんか¨怖いお兄さん¨達が現れましたが、私の決意は揺るぎませんよっ!」

 

 

 

「フン!子童がっ!一捻りにしてくれるワイ!」

 

 

「僕の愛を受けてみろっ!」

 

 

「その攻撃パターンは分析済みです!」

 

 

 

彼等は、一斉に動いた。

 

 

正確な砲撃にミサイル、そして航空機からの重爆撃、更には雷撃の嵐が第893連合艦隊に殺到し……

 

 

 

『ぎ、ギエェェェ!』

 

 

 

 

汚ない悲鳴だけを残し、怖いお兄さん方は瞬く間にリタイアしてしまう。

 

 

 

 

「フン!こんなものかの!」

 

 

「先輩!見てくれていますか?僕の愛をっ!」

 

 

「計算通りでしたね!」

 

 

 

 

「これで残りは……」

 

 

 

彼女達は、互いの艦隊を睨み……

 

 

 

 

「「貴様らじゃあああ!」」

 

 

 

 

一斉に攻撃を仕掛けようとした。

 

 

 

たが……

 

 

 

バシュン! バシュン!

 

 

 

 

 

彼等は気付いていなかった。

 

 

敵は怖いお兄さん等では無かったのだ。

 

 

 

 

「魚雷接近!回避間に合いません!」

 

 

 

「は?」

 

 

 

間抜けな表情を見せたのはナギばかりではない。

 

 

 

副長達3人も同時に呆けた顔をしていた。

 

 

 

次の瞬間、轟音と共に艦が揺れ、艦内に気の抜けたファンファーレが鳴り響く。

 

 

 

『お疲れ様でした!皆さんは撃沈判定となり失格になりまぁ~す♪』

 

 

 

 

「そ、そんな!回りに敵なんて見えなかっ……あっ!」

 

 

 

ナギは今更ながら気付いた、彼等は¨潜水艦のみ¨で形成された艦隊だったのだ。

 

 

 

『と言う事でっ!今回の軍艦コロシアムの優勝は!奇抜!潜水艦のみの艦隊で見事な連携を見せてくれました。チーム【紺碧】の優勝で~す!』

 

 

 

 

「そんなぁ……」

 

 

 

ナギはその場に崩れ落ちた。

 

 

 

敗北の悔しさと言うよりも、手元の端末に表示された順位がナギや副長達が同率2位であったことの方が重要だったのだ。

 

 

シュルツの出した条件が、順位の最も高かった者と言う条件からすれば、全員に権利が発生するのだが、彼を独り占めにしたい彼女達にとっては只の徒労に過ぎない。

 

 

 

「はぁ……こんな事ならじゃんけんで決めれば良かった……」

 

 

 

艦長のスケジュールを部下がじゃんけんで決めるなど、あってはならない訳だが、今の彼女達にはその道以外に残されてはいない。

 

 

ナギと副長達の戦いは、じゃんけんによる延長戦に突入して行くのだった。

 

 

 

 

 

   ⊿ ⊿ ⊿

 

 

 

「うわぁ~!」

 

 

 

航海班と静は、軍艦フィギアを観戦していた。

 

 

これは、軍艦の航跡によっていかに美しい図形を描くか、またはいかに美しい艦隊運動を行うかを競う競技である。

 

 

 

「皆様とても素敵ですわ!」

 

 

「う、うん!思わず見入っちゃったね」

 

 

 

楓と鈴は目を輝かせる。

 

 

 

「あ、あれ?次のチーム、何故か女の子が出てきたぞな!?」

 

 

「水上スキーみたいな物を履いてますね……」

 

 

「でもなんか小さくて可愛いね」

 

 

 

「チーム【第六駆逐隊】?あの娘達って軍艦なの!?」

 

 

 

「ああ……イオナさん達みたいにメンタルモデル的な?」

 

 

 

「う~ん……エントリー者紹介には【艦娘】って書いてあるよ?」

 

 

 

「あの娘達自身が軍艦って事?信じられない……」

 

 

「え~っと……暁ちゃん 響ちゃん 電ちゃん 雷ちゃんって名前みたい」

 

 

 

巨大モニターに写し出されたチーム第六駆逐隊の幼い少女達は水上スキーの様な物で一列に並び、定位置に付くと、陣を組み直した。

 

 

そして……

 

 

 

ガチャリ!

 

 

 

「!!?」

 

 

 

彼女の背面や側面から砲筒が飛び出したのだ。

 

 

 

そして、優雅な音楽と共にチーム第六駆逐隊は時には発砲しながら水上を可憐に舞って図形を描き、満面の笑みで会場を魅了した。

 

 

 

「可愛いですわね!」

 

 

「はい~持って帰りたくなってしまいます!」

 

 

 

可愛いらしい笑顔に、思わず楓も静もホッコリした気持ちになり、勿論彼女達だけではなく、審査員を含めた会場の誰もが同じ思いであり、チーム第六駆逐隊は見事軍艦フィギアを優勝で飾ったのであった。

 

 

 

   ⊿ ⊿ ⊿

 

 

 

「お~い!蒔絵!ハルナ!全く……二人ともどこへ行ったんだ。世話が焼ける!」

 

 

 

 

キリシマははぐれてしまったハルナと蒔絵を立腹しつつも探していた。

 

 

 

実際の処、食べ物に夢中になる余り、注意を怠ってはぐれたのはキリシマの方なのだが……

 

 

この食い意地が彼女に災難をもたらす事になるのだった。

 

 

 

 

「おい!キリシマ!」

 

 

 

「ん?ハルナか?……え゛!?お、お前は………!」

 

 

 

 

クマの姿ではイマイチ緊張感に欠けるが、キリシマはとてつもなく動揺した。

 

 

 

無理もない、目の前にいた人物は、黒いドレスにピッグテールの金髪を携えた彼女達の元旗艦¨コンゴウ¨のメンタルモデルだったのだから。

 

 

 

(ぐ……コイツ!何でこんな所にっ!)

 

 

 

「キリシマ!説明を聞こう、貴様が私のメンタルコアに侵入してこの疑似空間に私を閉じ込めたのか?」

 

 

 

(疑似空間だと思っているのか?それにしても……)

 

 

明らかに不機嫌そうなコンゴウの手にはピーマンだけが残ったバーベキューの串が握られており、その氷の様な風貌とのギャップが極めて緊張感に欠ける気がした。

 

 

 

 

楽しんでいるじゃないか……

 

 

 

 

呆れるキリシマをよそに、コンゴウはピーマン片手ににじり寄ってきた。

 

 

 

「ほぅ……飽くまでシラを切るつもりか?ならば艦隊旗艦として貴様には相応の対応を取らねば……」

 

 

 

「おい!キリシマ!」

 

 

 

「ん?……はぁあああ!!?」

 

 

 

突如声のする方角に視線を移したキリシマはいよいよ参ってしまう。

 

 

何故なら……

 

 

 

「こ、コンゴウがもう一人……だと!?馬鹿なっ!こんな事があり得るのか!!?」

 

 

 

そこには鋭い眼光を携えたもう一人のコンゴウが佇んでいた。

 

しかしながら、目の前の彼女は長い髪を降ろしてストレートロングに、袖口と裾にフリルの付いた半袖の黒いシャツと、膝下くらいまでの白いショートパンツを着たラフな格好をしており、キリシマのイメージするコンゴウとは別物だった。

 

 

 

「は、ハハァーン!さては貴様はコンゴウを語る偽物だな!?」

 

 

 

「そうか?では、コアのコードを調べてみるがいい」

 

 

 

チ…チ……

 

 

 

「嘘だろ?本物だ……」

 

 

狼狽したキリシマを見たラフコンゴウ(便宜上)は、口許を少しニッと吊り上げる。

 

 

 

 

「ではどっちがニセモノなんだ……お前か!」

 

 

「貴様……艦隊旗艦の私を忘れるとは良い度胸だな」

 

 

 

「ぐっ……ではやはり貴様がニセモノか!」

 

 

 

「さっきコアのコードを見せて証明したではないか?」

 

 

 

「ぐぅ……では貴様か!」

 

 

 

「ハ~イ!私も金剛デ~ス!」

 

 

 

「「「………」」」

 

 

 

キリシマはコアがオーバーヒートしそうな感じを得る。

 

 

いつの間にかラフコンゴウの隣にいた巫女服の様な格好の少女が自身もコンゴウだと主張していたのだから

 

 

 

「いや、お前はニセモノだろう……明らかに」

 

 

 

「違いマ~ス!私はイギリス生まれですから!こう言う感じなだけデ~ス!」

 

 

 

 

「いや、コアが検知出来ない時点でお前がニセモノだろ……」

 

 

 

「う~ん……ハイ!解りま~した!私がホンモノの金剛であると証明すれば良いのデ~スネ!」

 

 

 

 

「出来るのか?」

 

 

 

「おっ任せ下サ~イ!」

 

 

 

 

 

コンゴウ?(便宜上)は、笑顔のまま何かを準備し始めた。

 

声紋パターンが何故か401のソナー手と同一だったが、そんなことはどうでも良い。

 

 

問題は彼女が、霧の艦隊旗艦であるコンゴウ×2を納得させられるかどうかだ。

 

 

 

 

「準備出来ました~♪」

 

 

 

「これは……」

 

 

 

「ハ~イ!Tea timeの準備デスネ~♪あなた方も私と同じ金剛なら~Tea timeには少々こだわりがある筈デ~ス!」

 

 

 

「な、成る程……」

 

 

 

何が成る程なのかは正直解らないが、彼女の言うセリフには妙な説得力があった。

 

その証拠に、コンゴウやラフコンゴウも異論は無いようだ。

 

 

 

 

「~♪」

 

 

 

コンゴウ?はその妙な雰囲気とは対照的に手際よく紅茶を沸かしてカップへと注いで行く。

 

 

 

「「ん……」」

 

 

 

フワリと立ち上る湯気から、芳醇な茶葉の薫りが立ち、二人の嗅覚センサーに刺激を与えた。

 

 

 

「出来ました~♪サァ!二人とも呑んで下サ~イ!」

 

 

 

「「……!!」」

 

 

 

紅茶を口にしたコンゴウ達の目が見開かれる。

 

 

 

「うまい……」

 

 

「うむ、見事だな……」

 

 

 

二人の納得の表情をみたコンゴウ?は胸を張る。

 

 

 

「ドウデスカ~?これで私が金剛だと信じて頂け……」

 

 

 

「「いや、それとこれとは話は別だ!」」

 

 

「へっ?えぇえええ!?」

 

 

 

 

やっぱりな……

 

 

 

キリシマはこの混沌とした状況に、しばらくの間拘束される事となる。

 

 

 

 

   ⊿ ⊿ ⊿

 

 

「うわっ!盛り上がってんなぁ!俺もこんなにのんびりしたのは久しぶりだぜ!なぁ姉さん!」

 

 

 

「真冬は呑気で良いわね……まぁでも状況は掴めて来たわ。多分だけど、ここはあらゆる世界が混在する世界みたいね」

 

 

 

「あぁ……だから色んな武器や格好の奴がいるって訳か?陸の奴も幾らか混じってるみたいだが、大体は海の奴らだな」

 

 

 

「ええそうね。でも、見てあれ……」

 

 

 

「ん?な、なんだありゃ!!?」

 

 

 

 

 

「こうして¨アノ娘¨の外へ出るのは初めてね。とても新鮮だわ」

 

「くっ!当たらないわね……纏めて掃除しても良いかしら?」

 

 

 

 

 

二人の視線の先には、黒い長髪にウェディングドレス姿で綿飴を頬張る女性と、黒い和服を妖艶に着崩した狐耳の女性が射的に興じている姿が目に入ってきた。

 

 

 

「アレはどう判断すべきかしらね……」

 

 

「い、いや……俺も流石に何とも……だけどなんだか、姉さんの声に似てねぇか?それに怒らすと怖そうな雰囲気が………」

 

 

 

「もう一度言ってごらん真冬……」

 

 

 

「はい、すみません……」

 

 

 

笑顔の威圧に真冬は小さくなる。

 

 

 

 

 

   ⊿ ⊿ ⊿

 

 

 

「レオナ、あっちで好きな飛行機に乗れるコーナーがあるらしいわよ」

 

 

「本当かザラ。では皆で行くか!おいキリエ!パンケーキを食べながら歩くんじゃない!迷惑だろ?」

 

 

「ほ~い!でもさユーハング……じゃなかった¨日本軍¨が通って来たって言う¨空の穴¨に飛び込んだらこんな所に繋がってるなんてね!」

 

 

 

「奇想天外……」

 

 

「ケイトの言う通りですわね。ですが、金品を支払わずに飲食できて経済的でしたわ!」

 

 

 

「エンマは金にうるさいなぁ~私はさ!クウボ、だっけ?海に浮かぶ滑走路を見てみたい!だって今まで海なんか見たこと無かったし!」

 

 

 

「はぐれないで下さいましよ?チカはすぐ突っ走るですから!」

 

 

「はいはい!解ったよエンマ!」

 

 

 

 

 

恐らくは明乃達とは別の世界の住人なのだろう。

 

彼女達の話では、海が存在せずに航空機が主役の世界である事が伺えた。

 

 

 

楽しそうにはしゃぐ彼女達と擦れ違いながら、明乃は一人で歩いている。

 

 

 

「大和の丘か……」

 

 

 

彼女が視線を向けた先には、小高い山に戦艦大和が埋もれて出来た丘の公園が存在した。

 

 

中腹には、艦首と主砲の砲身が顔を覗かせ、山頂に突き出ている艦橋はお酒が呑めるバーとなっている。

 

 

 

「………」

 

 

 

少し影のある表情を浮かべながら、明乃は公園へと足を進めた。

 

 

 

   ⊿ ⊿ ⊿

 

 

 

ガラン~♪

 

 

艦橋バーの扉を開いたシュルツは中を見渡す。

 

 

 

(意外に空いているな。というより誰もいないが……)

 

 

 

「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」

 

 

 

シュルツの視線に、バーテンダーの格好をした鉛色の髪と瞳を持つ女性が目に入る。

 

彼女に促されてカウンターの空席へと腰を下ろす彼の目の前にウィスキーを入れたグラスが置かれた。

 

 

 

「まだ注文してないが?」

 

 

「あちらのお客様からです」

 

 

「!?」

 

 

 

確かに誰もいなかった筈……

 

 

だが、シュルツの2つ隣の席には軍服を着た男が最初からそこに居たように氷の入ったグラスを口へと運ぶ姿があった。

 

 

 

「失礼ですが、これはあなたからですか?」

 

 

 

「他に誰が居るんだ?」

 

 

 

男はぶっきらぼうに言い放った。

 

 

 

 

「いや、その……ありがとうございます。しかし、何故私に?知り合いとは思えませんが――」

 

 

 

「まぁとにかく座れ」

 

 

「え、ええ……」

 

 

 

シュルツは席に座り、グラスを男の前にかざしてから口へと運ぶ。

 

 

 

カラン……

 

 

 

球状の氷が心地よい音をたて、冷たい酒が喉と心を癒して行くのを感じる。

 

 

 

「ハァ……」

 

 

 

月に1度は飲酒の機会を作っているとは言え、任務中に彼の心が休まる事はない。

 

 

だが、今はまるでかつてあった平和な時を自宅のベッド過ごしているような安心感が、彼の心を満たしていた。

 

 

 

 

「美味いか?」

 

 

 

男がグラスを揺らしながら語りかけてくる。

 

 

 

 

「ええ、こんなに安らいだ気持ちで酒を呑むのは久しぶりです。ありがとうございます」

 

 

 

「そうか……」

 

 

 

「先程も訪ねましたが、何故わたしに?」

 

 

「感じたんだ。お前に懐かしい匂いをな」

 

 

 

「懐かしい……ですか?」

 

 

 

「ああ、俺は¨とある艦¨の艦長をしていた。美しい艦だった……」

 

 

 

「兵器が美しいですか?」

 

 

 

「違う。誰しもが大切な者を護るために行く。その気持ちが乗り移った様なと言う意味だ」

 

 

 

 

「解ります。我々ヒトの手ではどうにも出来ない相手もおりますから」

 

 

 

「そうだ。¨アレ¨はどうにも出来なかった」

 

 

 

「アレとは?」

 

 

 

「それは………」

 

 

「お客様、呑みすぎですよ」

 

 

 

バーテンの女性が割って入ってくる。

 

 

「あぁ、もう一杯で止めとくよ」

 

 

「仕方ありませんね……」

 

 

 

バーテンは呆れたように、スコッチを小さなグラスに注いでテーブルに置いた。

 

 

 

「まぁ……なんだ。アンタに言ってどうこうなるものじゃあ無いんだ。忘れてくれ」

 

 

 

「ええ。それよりもあなたはココの常連なのですか?随分と彼女と親しいようですが?」

 

 

 

「親しいねぇ……腐れ縁だよ。好きで常連になった訳じゃない。俺は――いや、本当に呑みすぎた様だ。済まんな」

 

 

 

「いいえ、私の方こそ出過ぎた事を言ってしまって……」

 

 

 

「いいんだ。なぁアンタ。もし……もしだぞ?もしアンタが¨彼女¨と関わっているとしたら……」

 

 

 

(彼女?少なくとも、この方との知り合いであることは確かのようだが………)

 

 

首を傾げるシュルツをよそに男は瞳は真剣そのものだった。

 

 

 

 

「どうか彼女を救ってやってくれないか?彼女はきっと絶望してしまっている筈だから。この私の様にな……」

 

 

 

「絶望?一体何の事で――」

 

 

 

カラン……

 

 

 

気づくとそこには氷の入ったグラスだけが置かれ、男の姿は消えていた。

 

 

 

 

「私は呑みすぎたのか?」

 

 

 

シュルツは、まるで狐に摘ままれた気分になる。

 

 

 

 

 

 

「どうかされましたか?」

 

 

こちらを覗き込んできたバーテンの女性にシュルツは少し慌てて視線を逸らす。

 

 

「いままでそこに……いや、何でもないんだ。それよりも貴女はここの内情に詳しいのですか?」

 

 

 

「アインです」

 

 

「え?」

 

 

「私の名前はアイン・クリッグシッフ」

 

 

 

「アイン・クリッグシッフ!?まさか、からかうのはよしてくれ!」

 

 

 

「本当の事です。ここは癒しの場所。あなた方に取っても、¨私達¨にとっても」

 

 

「そんなバカな……」

 

 

 

【Ein Kriegsschiff】つまりはドイツ語で軍艦を指す言葉だ。

 

 

彼は突然の告白に驚きつつも、妙な得心を得ていた。

 

 

 

「ここは軍艦の為の空間……いや、軍艦に携わる私達全ての為の空間なのか?」

 

 

 

「惜しいですね」

 

 

 

「なに?」

 

 

 

「ここは、物語を諦められない。¨終えられない¨方々の癒しの場所です」

 

 

 

「終えられないだと?」

 

 

 

「戦いが……平和なあの日を取り戻すその時まで戦いが終わらない方々のですよ。こちらへ……」

 

 

 

手にいつの間にか自分のグラスを持ったアインは窓際の席にシュルツを導いた。

 

 

 

 

「ここから何が見えると言うのです?」

 

 

 

「皆さんの顔です。物理的に遠くて見えないなど、言いっこなしですよ?」

 

 

 

アインは少しイタズラっぽく笑って見せる。

 

 

 

「ああ……貴女の言いたい事は解る」

 

 

 

賑やかな町の風景を見たシュルツには、皆がどの様な表情をしているのかが直ぐに想像できた。

 

 

 

戦を忘れて友と笑い合う者、シュルツのように落ち着いた時間を過ごす者。そして――

 

 

 

「あれは……」

 

 

 

艦橋バーの窓辺から見渡せる大和の丘。

そこに一人の女性が歩いてくるのが見えた。

 

 

 

「岬艦長……」

 

 

 

   ⊿ ⊿ ⊿

 

 

大和の丘

 

3連装砲塔展望台に二人の姿はあった。

 

 

 

 

「ここで良かったのか?」

 

 

「うん」

 

 

イオナは無表情で眼前の景色を見つめる。

 

 

「色んな意識が入り乱れている」

 

 

「そうだな……」

 

 

「群像?」

 

 

「ああ、どうした?」

 

 

「本当に良かった?ここに来た事。もっと何かしたい事があっ……」

 

 

「いや、これでいいんだ。君が進路を自分で決めた。それで俺は十分だから」

 

 

 

「進路を?」

 

 

「俺は、霧と人類は歩みよれると信じている。それにはきっと、彼女達が自立した意思を持たなければならないと考えているんだ。命令されたからではなく、そうしたいと自分で考える意思が」

 

 

「……」

 

 

「イオナ。君は先の戦いでも今回も、自分でここへ来たいと言ってくれた。理由はどうあれ、それは貴重な一歩だと思うんだ。それに……」

 

 

「それに?」

 

 

 

「霧と人類との間の問題が全て終わってしまっても、俺達の航海は終わらない。その時、進路を話し合う相手がいなければ俺はどちらに進むのか解らないしな」

 

 

 

「艦長は進路を決定する者、私はあなたの艦。あなたに従う」

 

 

 

「そうだな……確かに、¨決定は出来る¨だが、進路とは話し合って決めるものだ。誰か単一の意思によって決定されるものじゃない。いままでだって、皆と話して決めてきただろ?俺はその意思を代表者として口に出しただけだ」

 

 

 

「解らない……内容は同一のもの」

 

 

 

「今は解らなくてもいいさ。僧や杏平だってそれぞれやりたいこともあるだろうし、全てが解決した後に皆がいるとは限らない。そしたらきっと、また二人で航海する時が来る。その時は二人で話し合って進路を決めよう」

 

 

「二人で……でも、わたしが進路を決めるなんて」

 

 

 

「命令に無いことするのは怖いか?」

 

 

 

「怖い……うん、その言語が最も近い」

 

 

 

「みんなそうさ」

 

 

「え?」

 

 

瞳を僅かに大きくしたイオナに、群像は手をとって優しい笑みを向ける。

 

 

 

「誰だって怖いよ。まだ誰も知らない世界に漕ぎ出すのはね」

 

 

 

「群像も怖いの?」

 

 

「怖いよ。でもそれ以上に楽しみなんだ。知らないもの、見たことも無い世界を見ることが出来る喜びが大きいから」

 

 

 

「……」

 

 

 

「見に行こう。絶対に!どこまでもだ!」

 

 

 

「群像……」

 

 

町の灯りのせいか、彼女頬が少し赤みを帯びた様に見えた。

 

 

 

その実、イオナはコアが満たされて行くような不思議な感覚を得る。

 

 

二人が初めて会ったあの時、俺をお前に乗せてくれと彼が懇願した時には感じなかった感覚だ。

 

 

自分を導く存在と、種や立場の垣根を超えて共に行く果ての無い航海。

 

 

イオナはそれに不安を覚えつつも、真にはそれを望んでいたのかもしれない。

 

 

 

こちらの世界に来て、あらゆる意識に触れた彼女のコアは、最早人形とは程遠いものとなっていたのであった。

 

 

 

 

「?」

 

 

「イオナ、どうした?」

 

 

「………」

 

 

彼女はふと向けた視線の先には――

 

 

 

「あれは、岬艦長?」

 

 

 

    ⊿ ⊿ ⊿

 

 

 

大和の丘に到着した明乃が景色を一度眺めて目を閉じ、大きく息を吸い込むと、潮の香りを含む心地よい風が彼女の心を撫でた。

 

 

 

「……」

 

 

 

明乃はゆっくりと艦長帽を取って地面に置き、髪留めを解いて自らも芝生へと腰を下ろす。

 

 

 

 

賑やかな町の灯りと共に、楽しそうな声が彼女の耳に届いていた。

 

 

 

 

「――っ」

 

 

 

 

だが、今の彼女の表情はとても辛そうだった。

 

 

 

自身の判断ミスによる両親の死から始まり、差別的な目で見られる地獄の様な日々。

 

 

そして、多くの人の死を目の当たりにしたあの日。

 

 

 

彼女は気丈に耐えてきた。

 

孤児院でも年長だった彼女は泣くわけにはいかない。

 

 

救助に携わる自分が、艦長である自分が泣くわけにはいかないと――

 

 

 

だが、今は違う。

 

 

 

この空間が彼女に許しを与えていた。

 

 

まるで母の腕に抱かれているが如くの安堵が明乃の心を満たしている。

 

 

 

《泣いてもいいよ。一人の¨人間¨になっていいんだよ》

 

 

故に――

 

 

 

「うっ……あっ、あぁぁ!」

 

 

 

目から涙が溢れてくる。

 

 

 

両親にか、失った人々達の為か、それとも自分か。

 

 

否――

 

全てであろう。

 

 

 

 

「あぁぁっ!」

 

 

 

明乃は泣いた。

 

 

声をあげて、子供の様に泣きじゃくって気持ちを放出させた。

 

 

 

艦長としてではなく、人間【岬明乃】として……

 

 

 

 

「群像?」

 

「ん?いや……何でもない」

 

 

 

彼女を見ていた群像も、そしてシュルツも彼女が泣いてる事を理解していた。

 

 

いや――

 

 

 

¨漸く泣けたのだ¨と思っていたに違いない。

 

 

 

同じ艦長として、部下や仲間を率いる立場の彼等だからこそ、今の明乃が¨癒されている¨と真に理解出来るのである。

 

 

 

 

「アインと言われましね」

 

 

「はい」

 

 

 

「ありがとう。彼女を癒してくれて」

 

 

「………」

 

 

「ありがとう。私達が忘れかけていたものを思い出させてくれて」

 

 

 

「どの様なものですか?」

 

 

「¨当たり前¨の日常です。私達はそれを取り戻す為に行く。皆を死なせない為ではない。その先にある日常に皆を帰す為に行く。それを私達は思い出すことが出来た」

 

 

 

「そうですか……」

 

 

 

アインは優しい笑みをシュルツに向けた。

 

 

 

「行くよ。私達の戦いは終わっていない」

 

 

 

「はい。あなた方の航海に幸あらん事を……」

 

 

 

カラン……

 

 

 

グラスの中の氷が美しい音を奏でた時、彼の姿はそこには無かった。

 

 

 

 

「また……いつかのご来訪をお待ちしております」

 

 

 

 

   ⊿ ⊿ ⊿

 

 

 

 

「!!?」

 

 

一同は、何に言われるでもなく辺りを見渡した。

 

 

 

いつもの艦橋の風景、いつもの海。

 

ここはキールへと向かう道程であるカテガット海峡であった。

 

だが、違和感は拭えない。

 

 

「か、艦長。私達、ずっとここに居ましたよね?」

 

 

 

「何かいままでどこかに居たような……」

 

 

 

「わ、わたしも……」

 

 

 

みなが口々にそう言い放つ。

 

勿論、明乃も同じであったが何か覚えているわけでも無かった。

 

 

しかし、不思議と気持ちは晴れやかであり、悪気持ちはしない。

 

 

明乃は穏やか表情で微笑み、一同を見渡す。

 

 

 

「さぁ!もうすぐキールだから、気を引き締めて行こう!」

 

 

「あっ!そ、そうですね!皆も、もう一度機器の点検をして万一に備えるよう通達してくれ!」

 

 

 

「「ようそろ~!」」

 

 

 

艦内から威勢の良い声が響き渡ったのであった。

 

 

 

 

 




飽くまで、今作のミケちゃんと劇場版のミケちゃんの心理を照らし合わせるなら


家族を失う……もっと言えば、孤独に対する恐怖があるシロちゃんが別の艦の艦長になることは、彼女にとってとても不安だったのでしょうね。



でも航海の経験があって、ある種納得ができた。


でも今作は、別れイコール死であるわけで……

そんな極限にさらされるミケちゃんを癒したくてこの話を書きました。





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