トライアングル・フリート   作:アンギュラ

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2章後編になります。

伏線の回収に入って行く章になるでしょう。


2章 後編  感染性フェルカーモルト
進行性群発侵食症候群


+ + +

 

元総理大臣でもある國枝から助言を受けた真雪は海から離れ、真霜から連絡をあった内通者に関する調査も兼ねて東北の地へと赴いていた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

(海で生きてきた私が、まかさこんな所へ来るなんてね……)

 

 

 

タクシーの窓から見える山に囲まれた田園風景は、彼女は少し窮屈に感じる。

 

 

しばらく車に揺られて着いた先には、なにやらゲートらしきものがあり、数人の自衛隊員が車に向かって歩いてくる。

 

 

「申し訳ありませんが、ここからは立ち入り禁止です」

 

 

 

「私は横須賀女子海洋学校校長の宗谷よ。この先にある集落に用事があるのだけれど」

 

 

 

「宗谷――!も、申し訳ありません!少しお待ちください!」

 

 

 

隊員が慌てた様子で、見張り所へ駆け戻って何やら連絡を取っていた。

 

 

 

「ええ……しかしこの先には……え!?総理の!?はっ!至急ご案内致します!」

 

 

 

少し取り乱した様子の隊員が車に戻ってくる。

 

 

 

「先程は大変失礼致しました。お手数ですが、この先は我々の車両にてご案内致しますのでお乗り換え頂けますか?」

 

 

 

「解ったわ」

 

 

真雪は、自衛隊の車両に乗り換えてゲートの向こうへと入って行く。

 

 

 

(どうやら清蔵さんが根回しをしていたみたいね。岬さんの件が超兵器関連の事柄と密接に関係していた事で、許可が降りたと言う所かしら……)

 

 

 

 

真雪は人を食った様な大湊の顔を思い浮かべながら窓の外を眺めている。

 

 

 

車両は更に山奥へと入って行き、辺りの景色は更に一変して行く。

 

 

某県の最北端、三県に股がるその地区は、切り立った崖や山と、急流が流れる渓谷が存在する天然の要塞とも言える地点にその集落はあった。

 

 

 

鬼が棲むと言われた事に由来する¨旧鬼庭集落¨、山とは無縁とも思える彼女だが、実は名前だけは聞いた事があった。

 

 

 

地盤沈下によって、沿岸部の面積が減ったとは言え、船舶が発達する世ではやはり海の近辺が発展する事は必定だろう。

 

 

 

しかし、エネルギーや食料問題を抱える日本において内陸部の活用は必要不可欠であった。その問題に立ち向かったのが他でもない、真雪の夫たる宗谷征人である。

 

 

 

征人は、開拓が困難で人口が少ない山岳地帯に着目し、放牧による除草と農地の開拓、そしてその土地での太陽光や風力、急流を行かした水力発電を推し進めて、生産に乏しい日本での問題解決に力を注いでいた。

 

 

そのモデル事業として彼が着目したのが旧鬼庭地区だった訳だ。

 

 

 

太古の厳しい自然が残るわりに市内からの距離が近い事が実験に最適だと判断したためであり、賛同する人々によって、事業は成功目前までこぎ着けていた。

 

 

しかし、この事業は十数年前に突如として中断を余儀なくされる。

 

 

 

そう、明乃が超兵器によってこちらの世界へ来る切っ掛けとなった客船の事故の年――

 

 

 

 

旧鬼庭地区は国によって突如買い取られ、防衛省によって立ち入りを厳しく制限される事になったからだ。

 

 

 

征人達開拓者達は、今まで投資した金額には届かない微々たる金額を支払われ、事業は振り出しへと戻される事となり、征人達が訴えを起こした当時はマスコミを巻き込んで結構な騒ぎとなった。

 

 

 

自衛隊を軍とするための新たな施設の増設、はたまた征人の事業が食料やエネルギーの最大の取引先である米国の目に留まって圧力を受けたのか

 

 

 

実際の所、真実に辿り着いた者はいない。

 

 

しかし、今の真雪ならその理由が解っていた。

 

 

 

 

 

「到着です」

 

 

 

彼女が降りて先ず目に入ったのは、自然と上手く調和した美しい景色の開拓の地。

 

 

風力発電の風車や太陽光パネルが至る所に並び、集落の人々がそれぞれの農作業に汗を流している。

 

 

 

小規模ながらスーパーマーケットすらある不自由の無い穏やかな空間だった。

 

 

 

「ここが、あの人の造った場所……」

 

 

 

「その通りです」

 

 

「あなたは?」

 

 

「私は、¨彼等¨を任されております小田島一佐であります」

 

 

 

【彼等】とは――

 

 

あの時客船に乗っていた乗客たちの¨生き残り¨の事だった。

 

 

 

不要なパニックを避けたかった事と、彼等を法的にどの様に扱うのか解らなかった当時の政府は、彼等をここに軟禁することを決定したのである。

 

 

戸籍上存在しない彼等を隠匿する事は比較的容易ではあったが、それでも異世界の日本に属している人間である事に相違はない。

 

 

中には明乃の様に厳しい管理下の元に外に出た者もいる。

 

 

だが、元の世界との余りの違いや、政府の厳しい目に耐えかねて、殆どの者がここでの生活を選択する事となったのである。

 

 

 

尤も、幼かった明乃はこの世界を元の世界と異なるとは考えてもおらず、むしろ自分の身体を調べられる苦痛と、両親を失ったショックが大きかったのもじじつなのであろが……

 

 

 

「岬さんが、世に出たのはここの住民がこの世界に適応出来るかの試験も兼ねていたのね?」

 

 

 

 

「お察しの通りです。結果はご覧の通りでしたが、人格が形成される前段階であれば対象番号0137……岬明乃のケースの様に社会適合も可能です」

 

 

 

「………」

 

 

思わず彼女を番号で呼称した事に、彼等への差別的観念が有ることを認識しつつ、真雪は表情を代えずに小田島と向き合う。

 

 

 

「取り敢えず、資料を見せてもらえるかしら?彼等の名簿、そして彼等が有していた¨能力¨についてもね」

 

 

 

「それは……」

 

 

 

「総理はその件に関しても了解しているから私をここへ通したのではなくて?超兵器の世界侵攻は未だ打破出来てはいないわ。仮に主戦場が海であり貴方達と関係が薄かったとしても、横須賀の件でその脅威は認識しているのではないかしら?」

 

 

 

 

「……解りました。ご案内致します」

 

 

 

小田島は苛立ちを込めた眼差しを真雪に向けて踵を返す。

 

 

 

女性主体のブルーマーメイド、しかも海上が主役であり、陸上での活動意義が薄いこの世界に於いて、男性中心の陸上自衛隊がある意味恨みに近い羨望や嫉妬の感情を向けている事は知っていた。

 

 

だが、事が一刻を争う事態に真雪が動じる事は微塵もなく、淡々と彼の後を付いて行くのだった。 

 

 

 

  + + +

 

 

小田島に案内され、真雪は資料の置かれた建物へと案内され、手荷物は全て一時没収となった。

 

 

ペン1本やメモ用紙に於いてもだ。

 

 

 

「では、ご自由にご覧になってください」

 

 

 

小田島はそう言うと、見張りに声をかけて去って行く。

 

 

 

 

「先ずは彼等の能力についてね」

 

 

 

 

生存者に関する特異な現象を記録した医学文書に目を付けた真雪はページをめくる。

 

 

 

  ▽ ▽ ▽

 

 

検証の結果、彼等には共通して一種の【未来視】の様な現象が見受けられた。

 

しかしながら、見ることが出来る未来の時間はそれほど長くはなく、せいぜい30秒~1、2分先程度である。

 

 

年齢に於いては、30歳を超えた者には能力の消失が著しいものの、幼少期や10代半ばでの能力発揮者にはその傾向は限定的であった。

 

 

 

能力の発揮はその者が身体的ならびに精神的に強烈なストレスを感じた際に発現が見られる。

 

 

 

聴取によって、彼等が過ごした日本にこの様な能力は存在しないとの事であるが、空を高速で飛行する乗り物が有るなどとの虚言も見られ信憑性は低いと考えられる。

 

 

ただ、今回の海難事故の一件と彼等との間に何らかの因果関係は認められず、根本的な原因解明には至れなかった。

 

 

 

   ▽ ▽ ▽

 

 

 

 

「報告にあった超兵器の意思との因果までは探れてはいないか……尤も、異世界艦隊もその手法を見つけあぐねているようだけど」

 

 

 

 

 

真雪は、次に被害者のリストに目を通す。

 

 

 

この世界の住人ではない為か、当時あの現場で無くなった者の写真は無く説明も簡易であったのだが、前述の通り彼等の経歴に超兵器を思わせる記述は存在しなかった。

 

 

 

 

「岬さんの名前も有るわね」

 

 

 

 

   ▽ ▽ ▽

 

 

岬明乃

 

彼等の中では最年少となる。

 

 

両親の死亡によるストレスか、幼児と言う事もあり未来視の能力は抜きん出ている。

 

 

様々な用途での利用が見込まれる為、慢性的に精神的または心的なストレスを与える実験を行ったが、最終的には能力の不安定さや、一種の攻撃性を孕む人格の形成を成す可能性が示唆された為、実験は中止された。

 

 

また彼女への実験は倫理的に非常に残虐と言わざるを得ず、彼女を通じて彼等に実験内容が口達された場合の暴動に備え、彼等の社会的適合性を加味する試験として、防衛省の監視下で孤児院での経過観察実施の要望を近く提出の見込み

 

 

   ▽ ▽ ▽

 

 

 

 

「岬さん……」

 

 

 

真雪は明るい印象しか無かった彼女の過去に愕然とする。

 

 

 

両親の死亡を明乃のせいだと敢えて糾弾してストレスを与える質問や被害者の死体を写真で見せる、挙げ句には裸にして拘束して医師に身体の至る所を調べさせるなどの残虐な仕打ち。

 

 

 

思わず目を覆いたくなる内容が書かれていた。

 

 

そして、明乃の蘭にのみ防衛省だけでなく経済産業省や文部科学省、そして厚生労働省の閣僚の承認印も見られた事から、当時の閣僚らが未来視を利用して株価操作や洗脳教育、並びに人間の兵器化に付いて興味を示していることも同時に示唆する文章すらあった。

 

 

 

 

「こんなスキャンダルを隠していたなんて……公表したら日本だけの問題では済まなくなるわね」

 

 

 

 

真雪は見てはならぬ物を見てしまった気がした。

 

 

だが、そこに大湊の覚悟を感じたのも事実である。

 

 

流石の宗谷家でも国家を転覆させる内容は口を紡ぎ、今回の一件の真実のみを見つけるだろうと。

 

 

 

 

 

その勘は当たっていた。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

真雪はあることに気付く。

 

 

 

 

「生存者は全て、番号が割り振られてる。岬明乃さんの0137みたいに。でも一ヶ所抜けている番号が有るわ」

 

 

 

 

彼女は何やら背筋が寒くなるのを感じつつも、抜けている番号の人物を追う。

 

 

 

「これね、現在ここに居住している被害者と岬さんと同じく外部へ出た人物のリスト………やっぱり数が合わないわ。誰かが外で暮らしている?」

 

 

 

 

彼女は、彼等がここへ来る際に取られた写真を見つけて指でなぞった。

 

 

「ここには全員いるわね。リストと照合すれば消された人物の人相くらいは掴めそうだけど……え!?」

 

 

 

真雪は顔から血の気が引いて行くのを感じた。

 

 

 

「どうして……あなたが?もしかして貴方も被害者の一人だったと言うの?」

 

 

 

嫌な予感を感じた。

 

 

 

そもそもおかしかったのだ。

 

明乃に関する非合法な実験の記述を残しておきながら、何故この者の存在自体を削除しようとしたのか――

 

 

 

ドクン……

 

 

 

だとしたら誰の差し金なのか……いや、この問題で彼の者の存在を最も¨知られたくない¨のは誰か――

 

 

 

ドクン……

 

 

 

そもそも何故、岬明乃はブルーマーメイドを志したのか……

 

 

この国で最も【武力】を有する組織であるブルーマーメイドに――

 

 

 

ドクン!

 

 

 

「いけない……私は今、知ってはいけない事を知っ――」

 

 

 

コッコッコッ――ガチャン!

 

 

 

廊下で足音と共に嫌な音が響いた。

 

 

銃の遊底を引く音だ。

 

 

 

 

ドクン!

 

 

鼓動が高鳴り、緊張が身体を駆け巡る。

 

 

 

(思い出して!真霜何を言っていた?)

 

 

 

≪超兵器の意思は、私達人間の攻撃性を増大させるように仕向けるわ。もしかしたら操る事も――≫

 

 

コッコッ!

 

 

足音が更に近付いて来る。

 

 

≪超兵器と接触した者にもその意思は干渉しうる可能性もあるの――≫

 

 

 

 

(しまった……)

 

 

迂闊だったと真雪は後悔した。

 

 

超兵器と接触した過去がある彼等と行動を共にしていた自衛隊員達。

 

 

 

知らず知らずの内に干渉を受けていてもおかしくはないとの懸念を失念していたのだ。

 

 

 

カチャ……

 

 

 

「――!」

 

 

 

ドアノブが捻る音がして、真雪は咄嗟に動いた。

 

 

 

ドンドンドンッ!

 

 

立て続けに3発の銃声が響き、つい今しがた真雪が座っていたポイントに銃弾が着弾する。

 

 

 

「いない?……あ゛っ!」

 

 

 

ドアの後ろに身を潜めていた真雪は、ドアを思いきり蹴飛ばして襲撃者を怯ませ、腕をつかんで壁へと投げ飛ばす。

 

 

 

「がっ!く……はっ!」

 

 

 

気絶した襲撃者は、小田島だった。

 

 

 

 

(やってしまった……)

 

 

 

眉を潜めるも事態は火急を要した。

 

 

 

 

(もし、自衛隊員全てに超兵器が干渉していたとしたら……)

 

 

 

 

つまりはこう言う事だ

 

 

 

超兵器に干渉されている者全てが将棋やチェスの駒だとする。

 

 

個人がやられても他の駒は不干渉であるが、プレーヤーである超兵器の意思には、どの駒が倒れたのかがつぶさに解るのだとしたら―――

 

 

 

 

(もう彼が気絶した事に気付いて対処して来る筈……まずい!)

 

 

 

 

真雪は小田島のホルスターから銃を抜き取ると直ぐ様資料室を飛び出して走った。

 

 

 

 

(正面からではまずいわ、どこか出口は……あっ!)

 

 

 

彼女はトイレと駆け込んで、窓から外の様子を見て伺う。

 

 

 

 

(人が集まってきてる。やはり向こうにはお見通しって訳ね)

 

 

 

真雪はトイレの窓から素早く身を乗り出して地面に着地し、体勢を低くして駆けつけてきた自衛隊車両に近付く。

 

 

武装した隊員達が建物へと入って行くのを確認した真雪は、車へと乗り込んでエンジンをかけた。

 

 

 

 

 

「おいっ!いたぞ!」

 

 

 

「――!」

 

 

真雪はアクセルを思いきり踏んで車を発進させた。

 

 

 

 

 

パパパパパッ!

 

 

 

 

乾いた音が幾重にも響いて車体に着弾する。

 

 

 

 

「やはり撃ってきた!」

 

 

 

 

防弾仕様とはいえ、万が一があってはならない。

 

 

 

真雪は蛇行をしながら加速し、来た道を一気に駆け抜けた。

 

 

 

 

 

(一本道の道路を走っても挟まれるだけ!でも道のすぐ脇は絶壁……万事休すね)

 

 

 

 

海に生きてきた彼女にとってまさにアウェーな環境だった。

 

 

しかし、不測の事態なら海でも陸でも関係なく襲ってくる。

 

 

 

仮にもブルーマーメイドを率いていた彼女は決して取り乱したりしなかった。

 

 

 

 

(少しは時間を稼げるとよいのだけどっ!)

 

 

 

 

真雪はカーブに差し掛かる寸前にアクセルを踏み込み、そしてドアを開けて外に飛び出した。

 

 

 

「あ゛っ!ぐっ!」

 

 

 

 

凄まじい衝撃と痛みが全身にほとばしるも、真雪は運転手を失った車はガードレールを突き抜けて谷へと落下して行くのを見送り、直ぐ様立ち上がって山を駆け上がる。

 

 

 

 

(大した距離じゃない!一山越えれば町に出られる!)

 

 

 

 

彼女は走った。

 

 

 

(もし防衛省そのもの……いや、もしかしたら政府中枢まで侵食が進んでいたのなら清蔵さんも!世界の国々だってどうなっているか解らない!誰をっ!どのまで信じればいいのっ!)

 

 

 

《コノ世デ信ジラレルノハ己ノミ。イママデモ ソウシテ生キテ来デハナイカ ナラバ己ノ衝動ニ身ヲ委ネヨ……》

 

 

(――!)

 

 

 

雑念が脳を止めどなくよぎる。

 

幻聴すら聞こえる。

 

 

 

しかしそれを振り払うが如く、真雪は草木で顔を擦りむいても岩に膝を打ち付けて血が出ても走った。

 

 

 

解るのだ。海を彼女達ブルーマーメイドが守って来たように、彼ら自衛隊は陸に生きるスペシャリスト達なのである。

 

 

 

警戒して警戒して警戒して!

 

 

それでも足りない。

 

 

 

まるで死神にでも追われている気分であった。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 

いつの間にか、彼女は山を抜けて町へと辿り着いていた。

 

 

 

 

のどかで平和な風景、人々が行き交う賑やかな日常がそこにはあった。

 

 

だが、今の真雪にはそれすらも何か造られたモノに感じてしまう。

 

 

 

 

「おいっあんた!どうしたってんだ!?あちこちケガをしてるじゃないか!病院に連れてってやるから車に乗りな!」

 

 

 

通りがかった農家のおじいさんが声を駆けてきた。

 

しかし――

 

 

 

「――っ!」

 

 

 

「おいっ!どこ行くんだ!」

 

 

 

真雪は逃げるように走り出した。

 

 

 

(連れて行く?何処へ?本当に病院なの!?)

 

 

 

 

彼女の中で何かが壊れてしまいそうになっていた。

 

 

 

 

自分達ブルーマーメイドは海の平和だけでなく、陸の安定も守る。

 

ひいては、彼のような市民を守っていると言う自負に満ちていた。

 

 

 

だが今は、精神の侵食と言う目に見えない敵を前に、全てが疑いの色に塗り潰されてしまっているのだ。

 

 

 

 

(私は……何のために家族と離れて海に出ていたの!?)

 

 

《己ノ自己顕示欲ヲ満タス為ダ。私ガオ前達ヲ守ッテヤッテイル……ト》

 

 

 

 

(違う!私はっ――!)

 

 

 

 

「学園長!」

 

 

 

「あっ!あなたは?」

 

 

 

パニックに陥った彼女の前に見知った人物が現れる。

 

 

 

「古庄さん……どうしてあなたが?」

 

 

現れたのは、『古庄めぐみ』横須賀女子海洋学校の教官である。

 

 

 

「学園長!長らく戻られていないので、勝手ながら行方を追わせて頂きました!早く乗ってください!沖合いに停泊している船で手当てします!」

 

 

 

 

「え、ええ……」

 

 

 

何故いま彼女が現れたのか、タイミングが良すぎないか、もしや彼女は……

 

 

 

(ダメ!疑っちゃ――)

 

 

《彼女ハカツテRATtウイルスニヨッテ正気ヲ失ッテイル。今回モ――》

 

 

 

 

「違うっ!」

 

 

 

「学園長?」

 

 

 

古庄は、様子のおかしい真雪に首を傾げた。

 

 

 

《娘達ハオ前ガ居ナクテイツモ寂シカッタ。陸ノ者ハオ前達ノ事ナド気ニモ留メナイ。海ノ者ハオ前達ガ助ケテクレルノヲ¨当たり前¨ダト思ッテイル。オ前ノ存在意義トハ一体ナンナノダ?》

 

 

 

 

「黙れ!黙れ黙れっ!」

 

 

 

「学園長!学園長!!」

 

 

 

「あっ!か、はっ……!」

 

 

 

まるで喉を締め付けられる様な苦痛と、吹き上がる怒りに我を失いそうになった。

 

 

その時――

 

 

 

「学園長!」

 

 

 

パンッ!

 

 

 

「!!?」

 

 

 

張り詰めた痛みが頬を打ち、真雪は正気に戻る。

 

 

気付けば自らの手で己の喉を締め上げていたのだ。

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 

ジトリと頬を伝う嫌な汗すらも感じる程、彼女の頭は急速に熱を失っていた。

 

 

 

「古庄さん私は……」

 

 

 

「学園長が何をお調べになって何を知ったのかは解りません。ただ……」

 

 

 

古庄は真雪を肩を掴んでゆっくりと抱き寄せた。

 

まるで恐怖で潰れてしまいそうな被災者を救助するカのように

 

 

「あ……」

 

 

 

温かな体温が彼女に伝わる。

 

 

「これだけは言えます。海でも陸でも、独りになる事が最も恐い。物理的な話では有りません!【心】がです!」

 

 

 

 

「!」

 

 

 

真雪は目を見開く。

 

 

 

「目標を見失っても、奇跡を疑っても、絶対に私達を信じてくれている人の為に、私達も信じるんだと教えてくれたのは貴女ではないですか先生!」

 

 

 

「古庄さん……」

 

 

 

思い出した。

 

 

若き日に、人魚として海へ往くと決めた日の決意の事を……

 

 

 

どうして忘れていたのか。

 

 

頭の中で響く声のせいか?

 

 

違う

 

 

 

あの声は真雪の心にある不安を増幅させたに過ぎない。

 

 

だから彼女はそれを言い訳にはしなかった。

 

 

 

「ごめんなさい古庄さん。そうだったわね。何時だって……現場でも仲間が、学園では生徒達がいた。それはとてもかけがえの無い事よね。そんな事も忘れてしまっていたなんて、とても恥ずかしいわ」

 

 

 

「わ、私はその様なつもりでは……」

 

 

「良いのです。これは戒めなければならない事だから」

 

 

 

真雪は古庄の手を握って、笑みを向けた。

 

 

 

「では……!」

 

 

「ええ!連れて行って頂戴」

 

 

「はいっ!」

 

 

二人は車に乗り込み、洋上に待機する学生艦へと出発する。

 

 

 

その車の中で、真雪は今回の一件に関する考えを巡らせていた。

 

 

 

(私にも聞こえた超兵器の意思と思われる声、そしてウィルキアの世界で起きた帝国の躍進と世界大戦。無関係では無さそうね……)

 

 

 

シュルツ達の世界にて帝国は数ヵ月を待たずして世界を掌握した。

 

 

最初は超兵器による圧倒的武力によってとも考えていたが、実際問題そんなことは有り得ない。

 

 

何故なら兵器技術の進歩とは別に、人類の思考がそれに追い付かないからだ。

 

 

 

つまり、超兵器によって帝国が世界に宣戦布告をしたとしても、通常は反発が起きて世界を掌握するには年単位の時間を要する筈だからである。

 

 

 

ところがだ――

 

 

ウィルキア陣営の話を事実と仮定して、速すぎる帝国の躍進は、全世界の国民レベルに至る所まで¨瞬時¨に帝国の思想に染まった事を意味しているが、人類の思考を瞬時に統一する難しさは真雪であっても容易に想像が出来た。

 

 

 

 

(!!!)

 

 

 

そこまで考えた時、真雪の額に嫌な汗が滲む。

 

 

 

 

仮にだ、超兵器の襲撃その物が全世界の人類に恐怖や不安と言う思考の統一に不可欠なものなのだとしたら――

 

 

そして先程の彼女の様に不安をアノ声に煽られたのだとしたら、人々が武力に心酔して行くのも理解が出来る。

 

 

 

超兵器など無くとも、人々はいずれ争い合うだろう。

 

 

 

(あれ?)

 

 

 

しかし、ここまで来て更に疑問が浮かんだ。

 

 

北極海の超兵器は、1隻で世界を相手にしうると聞く。

 

 

では何故、わざわざ人々を不和に持ち込まなければならないのか。

 

 

起動まで時間を要する超兵器への時間稼ぎなのか?

 

 

きっと一理あるが満点の答えではないだろう。

 

 

 

精神面と物理面と言う2つが、超兵器の意思と超兵器との関係性と対応したとして、恐らくは1つの結果として直結する筈だ。

 

 

 

つまりは、こう言う構造になる。

 

 

超兵器の襲撃→超兵器の意思による不安の増長→世界の不和による争い→北極海の超兵器の起動→世界の終焉

 

 

 

いままで別々に存在した点と点が繋がった気がしたと同時に、真雪は背筋が寒くなるのを抑える事が出来なかった。

 

 

 

物理的事象に囚われがちな人間の心理を巧みに突いて、超兵器は世界中の人間の精神にも同時多発的に攻撃を仕掛けていた事になるからだ。

 

 

 

 

それも対応策を考えなかったばかりか、ロクにその事実を知らぬまま数ヵ月の間も放置していた事実は看過出来るものではない。

 

 

 

(内通者の件もある。急いで異世界艦隊に知らせなければ!)

 

 

 

 

真雪は事前に真霜から渡されていた量子通信端末から情報の一部を送信すると同時に、日本ブルーマーメイド本部に機密データベースへのアクセス許可の申請を打診した。

 

 

 

(あとは、日本のブルーマーメイドが素直にデータを開示するかどうかだけど……)

 

 

 

 

   + + +

 

 

キール到着目前に届いた母からの通信内容に、真霜は頭を抱えていた。

 

 

 

(流石は母さんね。まさか自力で精神干渉に関する答えに辿り着くなんて……で、だけど)

 

 

 

ブルーマーメイド本部にデータの開示を要求したものの、真霜の立場をもってしても開示には漕ぎ着けられなかった。

 

 

 

今回の超兵器襲撃に関する事だからと伝えたのにも関わらずだ。

 

 

まるで何か圧力をかけられている様にも感じたが、直ぐに直談判出来る距離でもない。

 

 

 

「はぁ……どうしたものかしら」

 

 

 

途方にくれる彼女へ一人の男が近付く。

 

 

 

「お困りですか?宗谷室長」

 

 

「エドワードさん……ええ、人物に関する機密情報が本部から開示されないのです」

 

 

 

「では此方をどうぞ」

 

 

 

「え?」

 

 

エドワードから手渡された端末には、ブルーマーメイドの機密情報が載っていた。

 

 

 

「これをどこで……って、大戦艦ヒュウガですね?」

 

 

 

「ご明察です」

 

 

「一応、私がブルーマーメイドだと知っていての事ですよね?」

 

 

「勿論、機密へのアクセスが破壊工作に等しい行為である事は認めます。しかしそれは、我々が¨この世界の住人¨である前提ならの話です。この機密を知った所で、我々が元の世界に帰った後で何か有益になる事など無いのですから」

 

 

 

(そうだけど、ズルいわよ……)

 

 

 

実際問題、大湊を説得する際にも脅しの様な形で機密を使っていた前歴は確かにある。

 

だが、彼等がこの世界にいる限りは知識や技術を求めて身柄を狙われる日々が続く事が明白である以上、元の世界への帰還を切に願っている事も事実なのだ。

 

 

 

「なんか見透かされているみたいで釈然としないわね。私が手玉に取られているみたいで……」

 

 

 

「この間、銃を突きつけられたお返しですよ」

 

 

「え!?」

 

 

 

真霜は、目を丸くする。

 

 

 

「私とて外交官の意地が有りますからね。正直あなたの手腕を認めた上で、少し対抗意識が芽生えたのかもしれません」

 

 

 

「いえ、そんな〃〃」

 

 

 

普段から畏怖や憧れの視線は慣れているもののこう言う人を食った様な優しい笑顔を向けられる事に慣れていない彼女は、思わず頬を赤くした。

 

 

 

それを知ってか知らずか、エドワードは端末のパスワードを伝えると足早に去ってしまう。

 

 

 

「本当に……狡い人」

 

 

 

 

彼の背中を見送った彼女は、自室にてじっくりと内容を確認することにした。

 

 

 

「ウィルキアと母さんが辿り着いた真実……か」

 

 

 

文書を見つめる彼女の表情が劇的に変化したのは、そこに書かれていた衝撃的な内容だった。

 

 

 

「うそ……でしょ?でもなんで……そうだったのね!」

 

 

 

真実を知った真霜の表情から血の気が引いて行く。

 

更に――

 

 

 

「これは?」

 

 

 

文書の別のページには、真霜宛のメッセージが残されていたのだ。

どうやらエドワードが今後に関する異世界艦隊の対応を記述したものらしい。

 

 

 

「………」

 

 

 

そして最後には、真霜がこの作戦を許可するか否かを問う言葉を残していた。

 

 

「飽くまでも判断はこの世界の人間でって事か……」

 

 

 

 

彼女は直ぐに立ち上がると、携帯端末でガルトナーと連絡を取る。

 

 

 

「こちらは宗谷です。ガルトナー司令もこの件は承知なのですね?ええ……でも絶対に死傷者は出さないで下さい……ではエドワード外交官に許可するとお伝えください」

 

 

 

 

端末をしまった彼女は、席に深く腰を下ろして溜め息をついた。

 

 

 

(キールの件もこの件も、いよいよ正念場ね)

 

 

 

 

彼女はいつに無く険しい表情で、覚めてしまった机の上のコーヒーを見つめるのだった。




2章後編の入りは、陸からと言うものでした。


挿し絵の写真は私の近所です


山に住んでるので、海で水平線を見るのって凄く奇妙ですが、果ての無い先を見ているようでワクワクします




次回は場面をキールへ移します。



それではまたいつか






















とらふり!


真雪
「どう?私もまだまだ現役だって解って貰えたかしら?」



真霜
「真冬の武闘は母さんに似たのね。劇場版でも活躍してたし」



真冬
「でも歳なんだから、あんまり無理すんなよな」



真雪
「歳が、なんですって?」


真冬
「ひ、ひぃ!(この威圧感……姉ちゃんとそっくりだ)」



真白
「でも母さんは昔から色々な事件と遭遇しますね。確か、RATtウイルス事件とか海上要塞奪取事件も母さんが校長を勤めてからですし」



真雪
「そうねぇ。そう言えば行く先々で何かしらの事件はあったわね。」




真霜&真冬&真白
(真白の(私の)不幸って母さん似だからだったの!!?)

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