それではどうぞ
+ + +
会議が終了したその夜
はれかぜクルーは洋上にて見張りを行っていた。
「艦長。如何でしたか?」
「うん。厳しい戦いになりそうだね」
彼女の表情は優れなかった。
6年前に発生した海上要塞奪取事件とは意味も規模も余りに違うのだ。不安に思うのも無理はない。
「大丈夫ですよ」
「シロちゃん?」
真白が明乃へと歩み寄る。
「仲間が――いえ、家族がいますから」
「そうだよ艦長!皆を信じて撃って撃って撃ちまくっちゃえば、ドドーンと解決だよ!ねぇタマ!」
「うぃ!腕の見せどころ……!」
「ここっ、怖くて逃げ出したいけど、皆といればへっちゃらだよね!」
「女にゃ、行かねばならん時ってのがある!!仲間がいりゃ百人力じゃけん!儂ゃあつくづくそう思うけんのぅ!」
「皆……ありがとう」
明乃が笑顔を見せた時、艦橋の扉が勢い良く開いた。
「やぁアケノ!遊びに来たぞ!」
「ミーちゃん!?いいの勝手に来ちゃって」
「良いんじゃ!ヴィルヘルムスハーフェンからこっち、訓練ずくめで皆と話す時間も持てなかったからのぅ。どうじゃ?久しぶりにゆっくり話さんか?」
「おいおい……仮にも任務中なんだぞ?」
「相変わらずカタいのうマシロは……同部屋だった仲じゃろう?フフッ、そうじゃ!マシロが良く寝言で言っていた事が有るんじゃが、確かアケノが――」
「わぁー!やめろ!解った!許す、許すから!」
「シロちゃん、私がどうしたの?」
「い、いえっ!何もっ私は何も言ってませんから〃〃」
顔を真っ赤にして頬を膨らませる真白に一同から笑顔が溢れた。
「ところでミーちゃん。どうやってはれかぜに来たんですか?確かグラーフツェッペリンは401の向こうに居ましたよね?」
幸子の問いに、ミーナは少し興奮ぎみになる。
「あっ、それはのう。甲板を歩いていたら、401の……そう!ハルナじゃ!ハルナさんがおったから、はれかぜに連れて行ってくれと声をかけたら承諾してくれてのぅ!」
「え?ハルナさんが?珍しいですね。もっとドライな方と思っていましたが……」
「この間ミーちゃんがブルストを食べさせてあげたからじゃない?蒔絵ちゃんと良く遊んでいるのを見かけるし、ああ見えて凄く面倒見の良い人だよ」
「うむ!儂を抱えてひとっ飛びじゃったのう!ああいう経験は儂も初めてじゃった!」
「ハルナさんはその後どうしたの?折角だから来れば良かったのに」
「儂もそう言ったのじゃが、私にはやる事があると言って断られてしもうた。残念じゃのう……しかし、401に帰った様子も無かったのじゃが、何かしていたのか――」
ピピッ!
「あっ、ちょっと待って通信が来たみたい」
通信が入る音がして、明乃は会話を遮断した。
+ + +
月黄泉の艦橋にて、平賀は真冬へと歩み寄る。
「上機嫌ですね真冬艦長」
「まぁな。弁天を降りちまったのは残念なんだが、こいつはこいつで根性のある奴みたいだ。まるで自分の手足みたいに動きやがる。でもってダイナミックな兵装に、少しじゃじゃ馬な機関。なんか俺にピッタリじゃねぇか!」
「嬉しいんですね」
「あ?何がだ?」
「ずっと、足手まといは嫌だと言ってましたから……」
「いや、おまっ――!違う!」
否定はしきれなかった。
いかに完璧な指揮と操縦が出来たとしても、超兵器と現在の戦力では開きがあった事は隠しようも無く、特に弁天クルーは地中海での戦いでそれを痛感していたからだ。
これで漸く、皆と並んで戦える!護ってゆける!
そう思うだけで、真冬の心は少し楽になった。
2度と目の前で誰かが無惨に死ぬのを指を加えて見る事は無いのだからと
「隠しても解りますよ」
「チッ!ほっとけ!」
真冬は少しふて腐れた様に俯く。
「ん?なんだありゃ」
「暗くて良く見えませんね……ただ、ウィルキアの補給艦フンディンだとは思いますが」
「おい、いちおう強制接舷の準備と制圧班の組織を急げ」
「え、えぇ!?どうしたんです急に」
「静かすぎる。エンジンを切って惰性で接近した証拠だ。それに探照灯も消してやがる。はれかぜの探照灯の合間を縫って進んで来たのか?どちらにしても、これはブルーマーメイドが海賊に夜襲制圧をかける時に使う手口と似てる!急げっ!もしかすると先行部隊は乗船しているかもしれん!」
「は、はい!」
真冬の怒号に、平賀は慌てて指示を飛ばし始めた。
(あいつらは一体なにを考えてやがるっ!)
+ + +
『此方は補給艦フンディンです。至急はれかぜに接舷を要求します』
「シュルツ艦長?」
『艦長、フンディンが此方に接近してきます!ただ……』
「野間さんどうしたの?」
『フンディンは全ての灯りを消しています!砲も此方に……あ゛っ!』
「野間さん!?どうしたの!?野間さん!」
『岬艦長、これよりフンディンは内通者が判明した為、身柄を拘束する措置に入ります。どうか落ち着いて聞いてください』
「え――?」
明乃だけではない、その場にいる一同全てが言葉の意味を理解できていなかった。
「どう言う事ですか!?内通者って……まさか私達の中に!?何かの間違いです!」
『残念ながら本当です。出来れば此方としても無傷で捕らえたい。ご協力願えますか?』
ここまでの一連の会話とフンディンの不審な動き、マチコとの音信が途絶した事が明乃の中でグルグルと回り始めている。
そして――
「――っ!」
「ん?な、なんじゃ?急に儂など見て」
彼女達のやり取りに一同の視線がミーナへと向けられる。
「な、何なのじゃ!?先程から何を言っておるのか知らんが私は何も関係無いぞ!?」
「違う!ミーちゃんじゃない!多分野間さんはハルナさんに何かを――」
「!」
真白も明乃と同じ考えに至っていた。
ヴィルヘルムスハーフェンから加わって間もなく、一度食事をしただけの関係のミーナをハルナが此方に連れて来ると言う状況がそもそも不自然なのだ。
そしてフンディンの不審な動きは、敵艦船の制圧のカリキュラムに酷似している事から、向こうがはれかぜを制圧しようとしている事は明らかだった。
「待ってください!私達の中に内通者がいるなんて信じられません!事情を――事情を聞かせて下さい!でなければ接舷は認められません!」
「ねぇ艦長!どう言う事!?私達どうなっちゃうの?」
「こ、こわいよぅ……」
一同に同様が広がっていた。
勿論、通信が筒抜けのはれかぜ艦内全ての者がだ。
「内通者だってぃ?!なにフザけた事抜かしてやがんでぃ!」
「マッチは!?マッチはどうなっちゃったの!?」
「バッキューンとピンチかも……」
「そもそも何を根拠に内通者と言ってるんスかね……」
「特定の誰かって事?」
「もしかして私達はれかぜクルー全員を疑ってるとか?」
艦内は不安に覆われた。
明乃は混乱する心を必死に抑えながらも、RATtウイルス事件で晴風クラスが冤罪をかけられて追われる身となった事件を嫌でも思い出してしまう。
(私達は何もしていない!信じているから、だからっ!)
明乃は意を決してシュルツに乗船拒否を伝えようとした時――
『ご協力頂けないなら、言い方を替えた方が良いかもしれません。速やかに投降してください。はれかぜ記録員――』
一同の視線が集まった先に居たのは――
『納沙幸子さん』
「――!」
幸子は目を大きく見開いた。
「そんなココちゃんが内通者!?」
「じょ、冗談だよね?」
「当たり前だろ!納沙さんがいつ超兵器と通じてたと言うんだ!?辻褄が合わないぞ!」
同様が広がるはれかぜクルーを尻目にシュルツは淡々と続ける。
『あなたは過去にハッカーとしての経歴をお持ちですね?確かemptyと言う名前でしたか、あなたは6年前、横須賀女子海洋学校の入試試験において点数を不正操作し、現在のはれかぜクルーを落ちこぼれ艦と言われた晴風に配属するよう操作していた』
「え?」
愕然とするより他は無かった一同は、必然的にシュルツの言葉に耳を傾けざるを得ない。
『皆さんの経歴は見せて貰っています。不自然だったのです。個々人の能力だけ見れば、多少の学力の差異を無視したとしても、技術力は学生の域を既に脱していた。にも関わらず、なぜ晴風所属となったのか――』
「そんな!確かにみんなは頑張ってくれましたけど、それとこれとは別――」
『別ではありません。海上要塞奪取事件当初は、学園祭が開かれて居たようですね。そこでのシュミレーション模擬戦において、大和型の艦長達を差し置いて入学して数ヵ月の岬艦長と宗谷副長が決勝まで進んだ事を不自然には思いませんでしたか?』
「それは……」
『RATtウイルスの様な事件や海上要塞奪取事件は、本来学生が関わる事案では無いのです。なのに何故、あなた方はいつも事件の中心で矢面に立たされて居たのか疑問を持たなかったのですか?』
「………」
『我々は通信記録から、日本政府のある要人が納沙さんと接触した記録を入手しています。その方はいわゆるタカ派と呼ばれる部類で、日本に軍を持たせる事に執着していた。その為にはブルーマーメイドと言う存在は邪魔だった訳です』
「私達の評価を過小にする意味と、クラスをひと纏めにして監視し易くしていた?」
『ご明察です。犯罪履歴の抹消を餌に取引を飲んだのでしょう。だが結局の所、あなた方の存在が邪魔になった政府要人は、RATtウイルス事件とその後発生したブルーマーメイドの汚点とも言うべき海上要塞奪取事件にて学生艦……取り分けあなた方を実戦投入するよう圧力をかけたのです。もしかすると知名艦長も標的であった可能性もありますが』
「待ってください!私達より前にだって優秀な方は居ました。何故、私達だけ操作が成されたんですか?」
『貴女の存在ですよ岬艦長』
「私?」
『貴女はご自分が、国の【指定監察対象】に指定されている事は存じている筈です』
「………」
指定監察対象とは、政府が機密や特定技能を持つ人物によって国家が¨甚大な打撃を被る¨と認定した人物の一部自由を憲法の例外として制限する法案である。
具体的には、その者が有する国籍の根幹を剥奪し、憲法の定める権利の対象から除外すると言うものだ。
明乃の名目上の国籍は日本であるが、国の有する中央サーバーとは別にスタンドアローンのサーバーが存在し、照会をかけた場合は国籍不明となった情報が表示されるのである。
故に彼女は、勤務によって洋上に出ているなどの例外を除いて、国の監察官と定期的に面会を受けなければならず、拒否した場合は国外への機密流出や国家への破壊行動と見なされ拘束を受けるのだ。
シュルツは、こうした明乃の事情を鑑み、政府内部の人間が、取り分け優秀な晴風クルーに明乃の特別な力や、政府に不都合な技術を修得して行く事が目障りだったのだと推察したのだった。
だがシュルツが問題視しているのは明乃の過去ではないだろうと彼女自身は思った。
重要なのは、幸子が晴風クルーの情報を集める段階で、¨明乃の秘密に触れていた¨かどうかなのである。
最も、現段階でシュルツの言葉が全て真実である確証もないのも事実なのだ。
故に、明乃の次の切り返しは当然の如くこうなのである。
「話をすり替えないで下さい!確かに私は――ううん、私達は学校で出会う前の皆の過去を完璧に把握している訳では有りません。ただ、過去と今回の超兵器の件とは切り離して考えるべきです!バルト海での戦いに向けて憂いを払いたい気持ちは解ります。でも、私はココちゃんが超兵器と内通していたなんて信じられません!」
「艦長……」
真白は、明乃の艦長として毅然とした態度に感銘受けていた。
もしこれが自分の立場であったなら、話に流されて疑い持ってしまったかもしれないと――
艦船といった閉鎖的な空間の中で、疑心は感染症のように伝播し、孤独を撒き散らす。
故に明乃は、シュルツとの会話に殆ど間を開けていなかった。
会話で発生する一定リズムを崩した方が、一挙に追い込まれると知っているからである。
ここで最も重要なのは、それを断ち切らない事であるのだが、明乃は内心焦っていた。
相手に合わせて高速で思考を回転し、言葉を紡いで返すのは明乃にとっては些末な事だろう。
だが、乗組員全員がそうではないのだ。
飽くまで明乃と話すよう見せ掛けて幸子を標的にした会話は、着実に本人を混乱と不安に陥れる。
彼女は言葉の防戦を展開して、回りにいるメンバーが不用意なアクションを取らないように努めなければならなかったのだ。
だが、度重なる戦闘で疲弊しきった幸子の精神は明乃の予想よりも早く限界に達してしまった。
「ごめんなさい……」
「ココちゃん!ダメ!」
「でも私……私……」
『認めるんですね?』
「めぐちゃん!早く通信を切っ――!」
『切っても無駄です。量子通信がありますので』
「くっ――!」
「ねぇココちゃん、ごめんなさいって一体どういうこと?」
「メイちゃん!それ以上は――」
『通信遮断を命じたと言う事は、内定者の隠匿と解釈されますよ』
「待ってください!少し話を――」
『調査に対する明確な拒否と受けとりました。我々はこれよりはれかぜに強制接舷を敢行し、状況を制圧します』
「シュルツ艦長!」
『抵抗はしないで下さい。我々はブルーマーメイド連合本部より銃の携帯並びに砲撃の許可を頂いています。抵抗すれば射殺や撃沈もやむ無しと』
「艦長!フンディンが此方に探昭灯を照射!」
『401のエンジンが始動しましたわ!まさか401も私達を?』
「マロンちゃん機関始動!防壁を展開、乗船を阻止し――」
『遅いですよ』
ガゴン!
「あぁっ!」
激しい振動がはれかぜを襲った。
「み、みんな大丈夫!?ココちゃんも――ココちゃん?」
気が付いた時には、既に幸子の姿は無かった。
しまった……
彼女は心の中で歯噛みしながらも、伝声管まで走って声を張る
「みんな、ココちゃんを保護して!このままじゃ――!」
『任せろってんでぃ!』
『私も向かいますわ!』
事態は一気に動き出す。
「アケノ、儂らも行こう!今のココは不安定じゃ!向こうの出方も解らぬまま一人には出来ん!」
一同は頷くと一斉に艦橋から飛び出した。
+ + +
「どうしよう。私…皆に迷惑かけちゃった」
幸子は艦内を走っていた。
目には涙を一杯に溜めて、溢れ出す罪悪感で押し潰されそうになりながらも、それでも走った。
自らを差し出せば、最悪他の皆は無事かもしれないと思ったのであろう。
「は、早く。早く甲板に――」
「見つけた!」
「――っ!」
目の前に現れたのは麻侖と機関部の面々であった。
「何があったか知らねぇが、こんなフザけた話はねぇよ!安心しな!このマロンちゃんがどぉーんと守ってやらぁ!」
「そうよ納沙さん。あなたが気にすること無いじゃない」
「今日は皆で立て籠りパーティーだね!」
緊迫した状況であるにもかかわらず、一同は笑顔であった。
だが、今はそれすらも幸子を追い詰めていたのだ。
幼い頃より引っ込み思案で友人が少なかった彼女とって、パソコンは唯一の友と言うべきものであった。
両親にねだって買って貰った本の知識を、難しい字や用語を1つずつ調べてパソコンと向き合い、気付けば大人顔負けの技術を修得した。
だがそれは、彼女の孤独を一層推し進めてしまう事になる。
中学校に通い始めて数カ月後。
彼女は学校の生徒達の間で使われている裏アカウントの噂を聞き、それを突き止めた。
彼女にとって素人の造ったパスワードを突破するなど造作もなく、そこで彼女は友人達が自分に対して心ない言葉を残した文章を発見してショックを受けてしまうのだった。
だが、ここで彼女が小学校時代に教師の言った言葉が浮かんできたのだった。
【人の気持ちを解ってあげる人になりましょう。自分がされて嫌だと思う事はしてはいけませんよ】
幸子は思った。
裏アカウントを公表すれば、みんな悪口言われるのは嫌な筈だから、きっと言わなくなるだろうと
彼女は直ぐ様、ネット上に裏アカウントの情報を晒し、書き込んだであろう生徒の端末やパソコンを特定してその生徒の保護者にも情報を送り付けたのである。
当然ながら世間は炎上した。
保護者が激怒して学校に詰め寄り、ネット上で悪口を書き込んだ生徒の個人情報が暴露されるなどして騒ぎになる事態に発展してしまったのだ。
学校は事実上崩壊した。
毎日の様に保護者が詰め掛けて教師を罵倒し、ストレスの溜まった教師が生徒を罵倒する。
生徒同士に疑心暗鬼が蔓延して常に喧嘩や悲鳴が耐えなくなった。
その頃から幸子は、学校から逃げて部屋に引き籠る生活を送るようになる。
「どうして……」
自分は正しい事をした筈なのに、なぜあんな事になったのか
いくら自問自答しても答えは出ない。
しかしいつの日か、彼女は正しい事をしたのに正常に戻らない日常の方がおかしいのだと思うようになる。
「私は間違ってなんか……」
幸子は、隠された秘密を除く事に没頭するようになっていた。
しかし、法律的や道徳的に悪と言われる情報を幾ら晒した所で彼女の心が安堵を得ることは無かったのである。
寧ろ、侵入を繰り返す度に心が空っぽになるような孤独感に苛まれた彼女は、いつしか侵入したサイトに空っぽや出涸らし等の意味を持つemptyの名を残す様になった。
個人の影口から芸能人のスキャンダル、政治家の不正や金の問題など、手当たり次第に情報をすっぱ抜いていたある日の事。
一通のメールに幸子の顔は青ざめた。
《あなたemptyですね?》
「――!」
彼女は一気に夢から醒めたような気持ちになり、恐怖の余り否定の返信を送る。
《違います》
《いえ、こちらは貴女のこれまで犯した侵入ログを入手しています》
「うそ、でしょ?」
彼女の言葉をまるで聞いていたかの様に、自分が今まで侵入してきたサイトのログが送り付けられてくる。
そして――
《此方はこの情報を警察に提供する用意があります》
「い、いや―――!」
恐怖のあまり、彼女は思わず椅子から滑り落ちて尻餅をつく。
因果応報と言うべきか、正しいと思ってやっていた行動をいざ自分が受けた時、これ程の恐怖と不安が襲うなど想像もしていなかったからだ。
その時――
ピリリリッ!
「ひっ!」
彼女の携帯端末が呼鈴を鳴らす。
恐る恐る立ち上がった彼女がパソコンの画面に視線を移す――
《出て》
「あ、ぁっ、あ……」
幾ら天才的なパソコン技能があったとしても、彼女はまだ中学生の少女なのである。
幸子はもはや従うより他なく、携帯端末を拾って通話ボタンを押した。
「も、もしもし……」
《手短に話すわ。これから私の言う事に従って貰える?でなければ……》
「え、あ……」
電話からは意外な事に若い女の声がした。
だが、そんな事は混乱を極める彼女にとってどうでもよい話だ。
「あ、あの、私はどうすれば……」
《心配しないで、こちらの指示に従っていれば通報はしない。いいわね?》
「で、でもっ!」
《これから、リストを送るわ。そのリストに載っている子達の試験結果を操作して欲しいの》
「誰の?何のために?」
《理由は知らなくていい。言われた通りにして。こっちもリスクを負ってそっちにかけてるの。余計な事は言わないで》
「はい……わ、解りました引き受けます」
《それと、あなたには横須賀女子海洋学校の試験を受けて貰うわ。書類は既に通してある》
「横須賀女子……ブルーマーメイド養成校の!?む、無理です!あんな難関校!」
《あなたならどうとでも操作出来るでしょ?とにかく手段は問わない。必ず成功させて。失敗すれば、あなたに未来はない。文字通りね》
「あっ、ちょ……」
通話はそこで切れてしまい、幸子は力尽きた様にベッドへとへたりこんだ。
しかし、直ぐ様パソコンに向かい直し、携帯端末を繋いで通話先の場所を追う。
「え?実際には存在しない電話番号?発信先は――永田町」
それは国の中枢から成された発信であった事を意味し、自身に未来はないと告げた女の言葉があながち嘘ではないと言う証拠でもあった。
「どうしよう……」
途方にくれる幸子に追い討ちを掛けるかの様に、先程の女からであろうか、一通のリストが送られてきた。
「横須賀女子海洋学校 受験願書……」
そこには顔写真付きで、30数名の個人情報が記載されていた。
ブルーマーメイドの卵を養成する学校は横須賀以外にも複数あるが、共通しているのは、一般企業や大学よりも願書の受付期間が半年以上も前にある点が特徴だ。
理由は、学生でありながら給与で金銭が支給される事と、仮にも兵器を扱う事にもなるので、家族や自身への犯罪歴、借金の有無、心療内科による証明書の提出や身辺調査はブルーマーメイド機関で行うよう法律およびブルーマーメイド内規で定められており、それらと共に体力を含めた基礎学力や、取り組み姿勢の内申を精査するのに時間を要するからである。
「岬明乃 宗谷真白 柳原麻侖、……みんな出身も経歴もバラバラ。そして――」
彼女はまたも頭を抱える事になる。
学力差を差し引いても彼女達は余りにも優秀であり、メールにはこれ等の人物を合格させつつ落ちこぼれへとなるように操作せよと記載されていたからだ。
しかしそれは単純な仕事ではない。
実力がある者が失敗するには、ある程度の理由付けが必要だからであり、それは直接その者を観察する必要があったからだ。
「………」
幸子は数日の間、全く眠らずに悩んだ。
そして――
そして――
心配する両親には反対されたものの、部屋を出る切っ掛けとして無理を言って許して貰い、彼女は約半年以上も籠ってきた部屋を出る覚悟を決めたのである。
「あっ……!」
変装の意味合いでレンズの大きなサングラスを掛けたものの、久し振りの太陽の光が刃物の様に目に刺さるのを感じた。
「最初は柳原麻侖さん……かな」
そう、幸子は夏休みの期間を利用して後の晴風クラスの日常を直接見てみようと考えたのだ。
旅先で彼女が見たものは、みんな笑顔で自分の好きな事に没頭する輝く光景であった。
「いいなぁ……」
羨望と言うべきなのだろう、彼女達の生き方とはまるで違う彼女達にかえって自信を失ってしまった。
「どうしよう。来るんじゃなかったな……」
ベンチに座り込んだ彼女がボソリと呟いた時――
「ミケ姉ちゃん!」
「?」
声のする方角には多くの子供達がおり、彼等は誰かを迎えに来ているようだった。
「あれ~?みんな来ちゃったの?でも迎えに来てくれてありがと」
幸子の目の前を一人の少女が沢山の買い物袋を持って駆けて行く。
(あれは……岬明乃さん?他の子達は兄弟って訳じゃ無さそうだけど)
「ミケ姉ちゃん遅いよ!」
「ねぇねぇ!今日はどんな晩御飯作るの?」
「エヘヘ、商店の福引きで1等の商品券が当たっちゃったから、ついつい買い込んじゃった!だからね、今日はカレーにしようと思うんだ。しかもデザートに……ジャーン!プリンもあるよ!」
「やったぁ!ぼくミケ姉ちゃんのカレー大好き!」
「プリンはミケ姉ちゃんが食べたかっただけでしょ?」
「エヘヘ、バレたかぁ~」
彼女も、それを囲む子供達も皆は幸せそうな笑顔で包まれている。
リストには、対象の詳しい家庭環境などは書いておらず、会話の内容から子供達と同居しているであろう明乃の立場が気になった幸子は、彼女達の後を追う事にした。
やがて、彼等は横須賀の街を一望できる山の中腹に建てられた小さな庭を持つ古民家に辿り着き、そこには【うみかぜ園】と書かれた大きな木の表札があった。
「いま準備しちゃうね。カコちゃんとヨウ君は皆と洗濯物を畳んでね。皆もお兄ちゃんお姉ちゃんを手伝ってあげてね~」
「「は~い!」」
小学校高学年の子供達を先頭に皆で洗濯物を畳み、その間に明乃は夕食を作り始め、庭先まで広がる良い香りが幸子の鼻をくすぐった。
その後、食事と風呂を済ませた子供達は早々に布団に入って眠りに付き、居間には明乃が一人で家計簿らしきものに記入をしている。
「ミケ姉ちゃん……」
「ん?ヨウ君どうしたの?」
「ボク知ってるんだ。ミケ姉ちゃんがブルマーの試験受けるの……」
「………」
「ねえ!居なくなっちゃうの!?モカ姉ちゃんみたいに居なくなっちゃうの!?」
「………」
「解ってるんだ。施設にお金が無いこと。だからモカ姉ちゃんもバイト代送ってくるし……だからミケ姉ちゃんも給料の良いブルマーに行くんでしょ!?でもボク嫌だよ!?お父さんもお母さんも、モカ姉ちゃんも遠くに行って、ミケ姉ちゃんまで遠くに行っちゃうの……ヤダ!」
「ヨウ君……」
明乃は目に涙を一杯に溜めた少年と向き合う。
「ヨウ君、おいで」
「ん……」
彼女は穏やかな顔で少年を抱きしめ、寝かし付ける様にゆっくりと身体を揺する。
「大丈夫、例え私がブルマーに行っても、絶対に¨遠く¨へは行かないよ。だってヨウ君も皆も私の大切な【家族】だもん。モカちゃんだってそう。皆といたいから、今は勉強に集中してるだと思う」
「でもボク、寂しいよ……寂しいのは嫌だよ」
「うん、そう、そうだね……私も寂しいのは嫌。でも¨寂しい¨を知ってるから皆が大切な家族だって思えたんだと思う。一人だったら、私はダメダメだから」
「そんな事ないよ!ミケ姉ちゃん毎日いっぱい優しくしてくれたもん!」
「ありがと。だからヨウ君。私が帰ってくるまで、皆のお父さんになってあげて」
「お父さん?」
「うん。皆がケガをしないように護って一緒に一杯笑って、そして一緒に寝てあげるの。そうすると、どうしてかなぁ……ちっとも寂しく無くなっちゃうんだ」
「ミケ姉ちゃんみたいに?」
「うん」
「ボクがお父さんだったら、カコはお母さん?そうすればカコも寂しくない?」
「そうだね。二人なら百人力だよ。私とモカちゃんが一緒にいた時みたいに」
「……」
「どう?出来るかな?」
明乃が顔を覗き込むと、少年は何かを決意したかの様に頷いた。
「うん偉いね」
「じゃあボク寝るね」
「待ってヨウ君」
「ん?」
「久し振りに一緒に寝ようか。いつもは小さい子とだけどね。たまにはカコちゃんとヨウ君とも一緒に寝たいなぁって」
少年は目を輝かせた。
そんな彼に優しく微笑むと、明乃は電気を消して少年の手を引いて部屋へと向かうのだった。
「………」
幸子は言葉が出てこなかった。
ここが¨孤児院¨である事は明白であったが、何よりここには子供達を導くべき大人の存在が無かったのだ。
つまり、彼女達は全ての物事を自分達でこなさねばならないという事に他ならず、それには耐え難い苦労や強固な絆が存在している証しでもあるわけだ。
そこで彼女は、自分の人生を振り返ってみた。
両親との関係こそ良好ではあるものの、それに甘えてか周囲と壁を作って一人一人を理解しよう等とは考えもせずに、一方的に自身の存在を世間に押し付けてきた。
「私……バカだ。これじゃ何時まで経っても、私は¨寂しい¨ままだ」
彼女の目からは涙が絶える事なく溢れてくる。
だが、いくら泣いた所でそう簡単に自身が変わる結論に至る筈もない。
しかし同時にこうも思うのだ。
今まで出会ってきた¨彼女達¨と一緒なら、何か答えを見つけられるのではないかと――
「――っ!」
何かを決意した幸子は、足早に自宅へと戻り机に向かう。
「取り戻さなくちゃ!今までの遅れをっ!」
彼女は横須賀女子海洋学院の入試に向けた勉強を開始していた。
どうしてもこれだけは不正ではなく自らの力で勝ち取りたいと考えていたからである。
故に、学校にも出席して他の生徒達の好奇の視線にも耐え、苦手な体育にも努めた。
更に自宅では、将来官僚を目標とする者達が通う難関校の入試問題をかき集めて解きまくり、尚且つブルマーの厳重なネットワークに侵入出来るよう腕を磨き、それでいて海洋学校で通用するよう海流や天候に関する基礎知識も身に付けて行った。
そして彼女は見事に合格を勝ち取ったのである。
残る問題は、晴風クラスの点数の操作であるが……
それぞれの科に実技試験があり、高得点が予想されるメンバーを予測して、基礎学力テストの点数を落とした。
もっとも、解答欄をズラしてしまい壊滅的な点数になってしまった真白と、基礎学力が低すぎた留奈に関しては、逆に点数を上方修正せざるを得なかったのだが……
しかし、これで幸子は晴風クラス一緒に生活する事となったのである。
結果としては、ブルマーを陥れたい政府の者によって、数々のピンチを向かえる事になるが、それがかえって彼女達の結束やポテンシャルを上げる事に繋がったのは言うまでもないが、幸子自身としては入試に不正介入した罪悪感と、恐らくは幸子もろともあわよくば始末しようと考えている政府の企みに不安を拭えない日も続いていた。
もっと早く打ち明けるべきだったのだろう。
だが、彼女達とのかけがえの無い日々が崩壊する恐怖ゆえに、今日までひた隠しにしてしまったのだ。
(これは私への罰、だから私が解決しないとダメ!)
彼女は、麻侖達を振り切って甲板へと走った。
(真実を!真実を伝えないと!私は――)
扉を開け、外へ飛び出した先には――
「動くな」
カチャ……
冷たい声の方向に視線を向けた彼女の目の前には銃口をこちらに向けてくるフリッツと、複数の男達の姿があった。
恐らくは、はれかぜを制圧する為に組まれた特殊部隊なのだろう。
だが、幸子は怯まずにフリッツを真正面に見据えた。
「ふ、フリッツさん?わ、私――」
「悪いが時間がないんだ。死んでくれ」
「え?」
幸子は彼の言葉の意味が飲み込めなかった。
それを察しているのであろうフリッツは、更に一歩前へと踏み出す。
「拘束で済むのなら、始めからやっている。俺達が今ここにいる理由くらい察しがつくだろう?」
「そんなっ!い、いやっ!私はまだ――」
身体を翻そうとする幸子の身体を何かが急に拘束する。
「ぐっ、動けなっ――は、ハルナさん!?どうしてっ!」
「抵抗するな。状況がややこしくなる」
ハルナは冷たい声で彼女に言い放つ。
そして更に、後からゆっくりと近付いてくる足音の方向に視線を向けた彼女は混乱の最中に叩き落とされた。
「うそ、でしょ?どうして――」
+ + +
「あっ!」
「うわぁ!な、なんだ艦長か……脅かすなよ」
「それよりマロンちゃん!ココちゃんは!?」
「甲板の方に行っちまった」
「そんな……早く行かなきゃ!」
合流を果たした明乃達は一斉に甲板へと走り出す。
(ココちゃん!)
色々な思いが沸き上がるも、彼女はそれらを振り払い必死で駆け抜け、そして外へと続く扉を開けた。
「ココちゃ――」
パンッ!パンッ!パンッ!
「!!?」
乾いた音が静かな海に響き渡り、それと時を同じくして¨何か¨がドサリと倒れる音が響いた。
ドクン……
心臓の音が何故か大きく鼓動するのを感じながら、明乃は甲板に転がるソレへと視線を向ける。
ドクン……
見覚えのあるベレー帽、まるで状況を理解していないかの様に見開かれた目。
ソレはどう見ても――
「ココ……ちゃん?」
仰向けに倒れた幸子の身体には眉間と胸部に銃弾が貫通した跡があり、どす黒い血液がドクドクと甲板に広がって行く。
「そんな、ココちゃ――」
「近付くな!」
「美波さん!?」
美波は明乃を押し退けて幸子の脈を取り、虚ろな瞳に目を向けていると、特殊部隊の合間を分けて白い軍服の男が歩いてくる。
「終わった様だな」
「シュルツ……艦長。これは一体」
「見ての通りです」
状況が掴めないはれかぜクルーにシュルツは淡々と言い放つ。
そしてそんな一同に止めを刺すかの如く美波が立ち上がり、シュルツに汚物を見るような目で睨み付け――
「最悪だな」
今まで聞いた事の無い怒りと敵意の混じった声は、同時に幸子が二度と帰る事が出来ない¨遠く¨へと行ってしまった事を確定させてしまった。
「あ、ああっ、ア、ぁア゛………」
「艦長?」
「あ゛っ、ア゛」
真白の声すらも届かない位、明乃はあらゆるマイナスの感情が吹き出して来るのを抑える事が出来なかった。
そして――
「あっあぁアぁア゛ア゛ぁァあぁ゛ぁア゛!」
穏やかな海に、絶望と怨嗟の悲鳴が海を塗り潰して行くのだった。
納沙幸子の設定について
ココちゃんの暗い過去については、原作アニメから推測しました。
艦橋要因で、あまりプライベートで仲間と過ごす場面がなく、偶然出会う形で合流する。
演技がスベった時、わりと回りはガチで引いていた。
ovaでクラス解散に最も敏感に反応し、ここでなければ居場所は無いとミーナに泣き付いた。
以上の点から、明るい人物像とは異なり、実は友人を作る事が苦手で、その裏返しとして小芝居を演じて注目を集めようとしているのではと解釈しました。
混沌として参りまして申し訳ない限りではございますが
次回までしばらくお待ちください。
とらふり!
幸子
「ジャジャァーン!復活です!」
テア
「何がジャジャァーン!なんだ!お前はさっき死んだだろう!世界観をぶち壊すような真似は控えろ!」
幸子
「えぇ!?だって楽屋で暇なんですもん!これでミーちゃんの出番が無い時は何時でも――フフフ」
テア
「貴様……それが真の狙いかっ!」
幸子
「ご名答でーす!テアさんもヴィルヘルムスハーフェンで死んでいれば、楽屋でキャッキャウフフ出来たのに残念でしたね~」
テア
「ぐぬぬ……し、しかし私は艦長だ。幾らだってその機会はある!」
幸子
「でも合流してから、一回もそんな描写無いですよ?今回だってウチに遊びに来てましたし」
テア
「浮気者の副長を再教育せねばならんか……」
ミーナ
「どうした二人とも、いつも仲が良いのぅ」
テア
「ち、違う!私はお前がはれかぜに取られてしまう等とは――」
ミーナ
「ん?なんだ、そんな事を気にしておったのか?心配は無用じゃ!」
幸子
「酷いですミーちゃん!私を置いてテアさんとだけなんて!」
ミーナ
「ん~、でも儂は皆と友達に成りたいからのぅ。シュペーの時も晴風の時も、結構みんなの部屋でお泊まり会をしてスキンシップを計っておったぞ?」
テア&幸子
(う、浮気者……)