ムシウタ~夢捕らえる蜘蛛~   作:朝人

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更にフラグを撒いてしまったような気がするが気にせず書いた。


『速人』

「どう?」

 

 リビングの床にしゃがみ込みながらも心配そうに訊ねたラナにほのかは首を横に振った。

 

「駄目、全然目覚める気配がない」

 

 もしかしたらと思って問いた答えは、ある意味で予想通りであり、しかしそれ故に落胆するには十分だった。

 先の戦闘から二日が経過した。

 あの後、四季の仲間にしてほのかの元仲間のリーダーと言える少年、早条に助けられたラナ達。砂を媒体とする彼の虫の力により地上から地下の下水道へと穴を作り逃れた彼女達はそのまま彼らと共に逃げることを果たした。

 一度南条邸に戻るものの翌日になっても一向に目覚めない元に不安を覚えたほのか達は一先ず潜伏先のマンションに戻っていた。マンションの自室には元が万が一に備えて色々と用意したものがあると“まいまい”が応えたからだ。実際その通りであり、緊急用の通信機や医薬・解毒の類すら見つかった。用意周到、念には念を入れるタイプだとは思っていたが流石にここまでくると感心よりも呆れてしまう。

 極めつけは……。

 

「結局取れなかったんだ?」

 

「ま、まあ、ね……」

 

 ほのかの質問に「あはは」と乾いた笑いを溢し、視線を逸らしながら答えるラナ。その眼前には黒いロングコートが敷かれていた。東中央支部所属の特環局員の装備品であるそれは、しかし他の物とは違うところがあった。

 見た目こそあまり変化は見られないが、実は使われている材質からして違うオーダーメイドだ。元が一番最初に西中央支部の技術班に頼んだ物であり、大蜘蛛の糸をふんだんに使った軽くて丈夫な代物だ。実際絹のような重さしかない優秀なそれは、実は「二代目」であり初代は中央本部に行った際にとある人物に貸した結果そのまま返して貰えなかったそうな。「“大蜘蛛”たんのコート、凄く温かいから気にいったんだよぉ」とは借り奪った本人の言である。実際現在普及されているロングコートの中では最も高性能らしく、おまけに大蜘蛛の糸からでしか作れなかった為量産することも難しい一品である。

 そんな経緯を持つ特注品のコートに僅かに膨らみがあった。捲りあげ中を覗くと、そこにはあらゆる種類の護身用装備が張り付いている。

 恐らく大蜘蛛の糸で貼り付けたのであろうそれは軽くとも十は越えており、初心者の目から見てもスタングレネードにスタンガン、拳銃にナイフといった物騒極まりないものが鎮座していた。その内ナイフや拳銃は袖の方にも仕込んでおりすぐに取り出せるようにも改造されている。

 暗殺者も驚くようなその完全装備は、いずれもが虫に対抗しうる為のものなのだろう。本人も言っていたが、彼の虫は戦闘に向いているわけではない。そうなるともし戦闘に直面した時純粋な火力以外で欠点を補わなければ生き残ることすら難しい。

 そういう、殲滅するより生き残ることを優先に考えた装備品を詰め込んだコート。それが一般のコートと同じ重さなはずがない。怪我がないか確認する際に一度脱がしたのだが、このあまりの重さについ落としてしまったことがある。どんなに軽くても五kgはくだらないと思われたそれを常に身に纏って戦っていた元の体力と胆力に正直驚かされた。

 しかしここまで仰々しい装備を身に付けても実際に効果のある虫はどれほどだろうか?

 実態を持たない特殊型、厚い殻で覆われた分離型、そして超人的な身体能力を持つ同化型。

 これだけ用意しても尚嘲笑うかのようにほとんどの虫に効果はない。

 頭を使い、物を使い、虫を使い、それでやっと生き延びれることができる弱い人間。元はそういう下位の存在のはずなのだ。

 

「…………」

 

 だが、思い出されるのはあの夜の出来事。

 死んだ虫の復活、泡、繭、そして白い大蜘蛛。

 この町のことすら完全に把握できていないというのに次から次へと……わからないことが多すぎる。

 何か知っているであろう本人は未だ目覚めず。相棒であるはずの頼りない眼帯の少女はパートナーが倒れたことであたふたしている。

 

「……どうなるんだろう、一体……」

 

 吐きそうになったため息を何とか呑み込み、代わりに先が見えない状況についほのかの口から愚痴が溢れてしまった。

 

 

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「ねぇ、貴方の夢をきかせて」

 

 二度と耳にしたくない声が後ろから聞こえた。

 嫌だ、振り向きたくない、向かい合いたくない、二度と関わりたくない。

 --そんな俺の意思とは真逆に『僕』は声を掛けた赤いコートの女性と向かい合う。

 

「貴方の夢をきかせて、速人ちゃん」

 

 もう一度、まるで催促でもするように紡がれた言葉には不思議な力が宿っていた。

 胸に(くすぶ)っていた想いを表面へと押し上げ、手繰り寄せるかのように口に導く。その結果それはまるで抵抗することなく自然と紡がれることになる。

 教えた覚えのない自身の名前を知っていることすら不思議とは思わずに、ただその問いかけだけに応えてしまう。

 

「僕は、誰よりも速くなりたい」

 

 学年で、いや学校で一番足の速い少年、崎守速人(さきもりはやと)はその名前を表すかのように走るのが得意だ。県内の陸上大会では必ず上位に食い込むほどの実力者であり、それは友達、恩師、家族、そして何より彼自身にとって最大の自慢だった。

 誰よりも速くなりたい。彼はその夢を叶えるため(たゆ)まぬ努力をした。親に、兄弟に、友に、恩師に誇れるように。ただひたすらに、がむしゃらに走り続けた。

 そんな、いっそ愚直と称していい程までの真っ直ぐな想いは多くのものを引き寄せた。友に宿敵に名誉、そして……異形の怪物を。

 赤いコートの美女、“大喰い”に夢を喰われた速人はその瞬間虫憑きと呼ばれる存在になっていた。

 虫憑きになった直後は意識なく暴走するケースが多々ある。それは速人の場合も例外ではなく、意識を取り戻した際には彼が立っていたグラウンドは見るも無残な姿に変わり果てていた。

 地面は抉れ、軽いクレーターが幾つも出来ていた。鉄棒や木々は悉くが切断され薙ぎ倒されている。

 何故こうなった。そんな思いと焦燥感が胸を焦がす中、唐突に自分の後ろに気配を感じ振り返る。

 そこには成人男性並みの大きさを持つコクワガタに似た“何か”が羽音を発て浮いていた。

 それを見て、既に自分が人ではなくなったことを理解してしまった速人はその場で泣き崩れた。

 --夢を求め、ひたすら努力した結果がこれか……なんて世界は不条理で理不尽なんだ。

 悟ったように、諦めたようにそう感じて呟いたその言葉は速人のこれからを暗示していた。

 信じていた者達からは「化け物」と(さげす)まれ、生まれ育った故郷から追放された。世間から白い目で見られているような猜疑心に常に心が蝕まれていた。特環から逃れるために戦い、撃退し続けることで心身はともに磨耗していった。

 そして--。

 ある町でついに特環に捕らえられた速人は薄暗い部屋に幽閉されていた。無指定どころか八号指定すら倒したことがある彼の実力は本物だ。その力をむざむざ捨てるような真似はなるべくならしたくないのだろう。今までに何人もの局員達が説得に来るものの、そのいずれにも速人は首を縦に振ることはなかった。

 もういい加減諦めて欠落者にされるのではないか?

 そう覚悟する日が数日は続いたある日。一人の少年が速人の許を訪れた。

 初めて見た時からその少年には違和感があった。今まであった説得者達は皆特環の装備を必ず着けていたはず、にも関わらずその少年はYシャツにジーンズ、そこに申し訳ない程度に弛く結んだネクタイというかなりラフな格好だった。この時点でもおかしいのだが、最たるものは少年の纏う雰囲気だ。

 仮面のように張り付いた気味の悪い笑顔。純粋と汚れを混ぜたかのようなそれに速人は嫌悪と恐怖を抱いた。

 --きひっ。

 動物が威嚇のために牙を見せるように少年の口が三日月状に歪む。それが“笑み”だと理解した時少年の後ろに白い線の様なものが浮かんで見えた。

 それが何か判断する暇もなく、速人の意識は闇に溶けていった。

 

 

 -----------------

 

 

「……ぁ」

 

 意識が浮上し、微かに目蓋が動く。息を吸って吐くと自然と声が漏れた。

 外が明るいのか窓から差し込んだと思わしき光が目蓋を刺して、いっそ痛いとすら感じる。それから逃れるように右腕を盾にして遮り慣れるまで一時置く。

 ようやく光に慣れ、呆けていた頭も覚醒を始めると体を起こす。

 その際重く感じたのは恐らく寝起きだからだろう、暫くしたらいつも通りに普通に動けるはずだ。

 そう思いながらベッドから降り体を伸ばす。骨が鳴る音が聞こえ、その音で目覚めたのだと実感すると身なりを整えるため着替えようと服に手をかける。

 

『あ……』

 

 その瞬間、ガチャリと音を発て部屋の扉が開く。

 驚いて視線を向けると、そこには携帯電話を持った眼帯の少女--“まいまい”の姿があった。虫の力がないと話せない“まいまい”は元が眠っている間ずっと肌身離さず持ち歩いていたようだ。ちなみそのケータイは“まいまい”のではなく元の物である。

 

『うわああああん!! ようやく目を覚ましたんですね、“大蜘蛛”さん! ほのかさんもラナさんも真面目で“まいまい”ちゃんすごくさびしかったでちゅッ!』

 

 倒れてから三日。ようやく意識を取り戻したパートナーに喜びを覚えた“まいまい”は助走を付け元に抱きついた。そして涙目に『か、噛んでましぇん! 噛んでましぇんからぁ!』と噛みながら慌てて言い繕う。

 

「……?」

 

 目覚めてから間もない元は今一状況が理解出来ず首を傾げる。何故彼女は泣いているのか? どうして此処にいるのか? どうして抱きつかれたのか?

 いや、まず第一に。

 

「--キミ、誰?」

 

『……へ?』

 

 元の発したその一言で、喜びに浮かれ熱を帯びていた“まいまい”の頭は一気に凍りついた。




久しぶりの“まいまい”登場。ちなみに“まいまい”ちゃんは四季戦の時邪魔だからって置いていかれてました。うん、まあ、仕方ないよね。

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