ムシウタ~夢捕らえる蜘蛛~   作:朝人

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今回は久々の一人称を交えて書いてみました。久々過ぎてうまく書けたかちょっと不安。


『早条』

 静かになった部屋でベッドに寝転び天井を仰ぎ見る。

 腕を持ち上げ目の前に持ってくる。「ああ、これは紛れもなく自分の腕なんだ」と何故か感慨深い思いに囚われた。

 それと同時に先程襲われた感覚を思い出し頭を抱えた。

 

 --キミ、誰?

 そう言われた瞬間“まいまい”はまるで心臓に冷水をかけられたような、頭をハンマーで殴られたような表情をしていた。

 それから「冗談ですよね?」と何度も俺の体を揺らし、必死に名前を呼びかけていた。忘れられるのが怖かったのか、それとも純粋に心配してか……恐らくは前者であろうが嫌な思いをさせてしまったことに変わりはない。

 事実、俺は“まいまい”に名前を呼ばれるまで本当に忘れていたのだから弁明のしようがない。

 名前を呼ばれるまでは自分が他の誰かのような錯覚を覚えていてまるで夢の中にいるような酷く曖昧な気持ちだった。しかし名前を呼ばれたことによりあるべき場所に収まったような感覚が胸に湧き、全てが鮮明になっていった。

 そうしてきちんと自分のことも“まいまい”のことも思い出した俺は慌てて泣きそうになっている“まいまい”に謝った。

『ゴメン、寝ぼけていたみたいだ。もう大丈夫だから』

 流石に本当のことは言えず、そう言い繕うことでその場は何とか収めることができた。

 必死に宥めどうにか気持ちを落ち着かせた“まいまい”は今、俺が目覚めたことをリビングにいるほのかとラナに伝えに行ったようだ。

 意識を失ってから三日。あの三人は交代に俺の看病をしてくれたらしい。ほのかや“まいまい”はわかるが、まさかラナにまで面倒をみられるとは思ってもみなかった。なんだか申し訳ない気持ちになるが、それよりも事の顛末が気になった。

 ……というのも、どうにも俺は途中から記憶が途切れており結局どうなったのか全く分からないのだ。一応俺が覚えてるのは四季を倒して手当てをしようと近付いた所までで、そこから先は途切れたように覚えていない。

 つまり、俺はそれからいきなりベッドに寝かされていたわけで、そんな状態に陥れば普通状況など真っ当に把握できるはずがない。だから確認したかったのだが、生憎と“まいまい”はあの場にいなかったため詳細を知らない。そうなれば残された手段は一つ、俺と共に戦ったラナか後から合流する予定だったほのかの二人に事情を聞くしかない。

 気になることや違和感が多すぎて混乱している頭、それを必死に整理しようと目を閉じた瞬間扉をノックする音が耳に入る。

 ああ、来たのか。そう思い「どうぞ」と中に入るように促す。

 それが伝わり、ゆっくりと扉が開くとそこにはまったく予想打にしていない奴がいた。

 

「--ッ!?」

 

 明るいさらさらとした髪に、人が良さそうな雰囲気、男とは思えない白い肌。何処かの学校の制服を身に纏う俺と同じ歳の少年は、しかし確かに見覚えがあった。否、忘れるわけがない。

 俺が『あの事件』で自分以外の誰かを憎むとするならまず間違いなくこいつしかいない。

 護れなかったのは俺だ、弱かったのも俺だ。だからアイツはあんなことをしてまで護ろうと……救えなかったのは俺の所為だ。

 だが、そんな事態を招いたのは誰かと聞かれれば間違いなくこいつと応えるだろう。こいつがいなければ恐らくあんなことにはならなかった。もしかしたら今も俺はあいつと一緒にいられたかもしれない……。

 そんな思いが、記憶が、あり得たかもしれない未来が頭を一瞬で駆け抜けると、ゆっくりと頭に血が昇り始める。歯軋りがするほど強く噛み締め、目付きも自然と鋭くなる。

 内側から殺意が溢れ出る。それに呼応するように虫が現れ、口と八本の脚全てから糸を出し瞬く間に部屋を白い糸で覆い尽くす。窓も扉も、外部に繋がるもの全てを塞ぎ退路を絶つ。その様は正に蜘蛛の巣の中にでもいるようだ。

 そして白一面に覆われた部屋の中に異物である存在を排除しようと無数の糸がその姿を包み込み首と手足を縛りつける。

 いつでも殺せる。生殺与奪はこちらにある。

 そう睨みつけているにも関わらず、あいつはまるで受け入れるかのように静かに目をつぶっている。抵抗が一切感じられないその姿に、更に俺の怒りの炎は燃え上がった。

 

「テメェ、どの面下げてきやがった! 早条!」

 

 内からくる衝動に任せ、あいつを--早条駆を壁に叩きつける。

 虫の力で叩きつけられたからか、鈍痛が体を貫き苦悶の声が漏れ床にひれ伏す。しかしそれでも構わず立ち上がり、反撃もせず虫すら出さずただ立ち尽くす。

 まるで罰を受けるのを待っているかのようなその姿は、やはり俺の神経を逆撫でさせた。

 

「いい加減にしろ! 目障りだ、さっさと消えろ、殺すぞ!」

 

 最も出会いたくない、目にしたくない奴に会った。その上癪に障る行動ばかり起こした為、ついに怒りが爆発し声を荒げる。

 どうしてこいつが此処にいるのか、何で今頃になって現れたのか。そんな疑問を訊ねるよりも今はとっとと目の前から消えて欲しい思いで一杯だ。

 そうしないと本当に殺しかねない……世界で一番憎んでる奴を前に落ち着いていられる訳がない。

 

「キミが望むなら構わない」

 

 必死に殺意を押し殺そうとしている時に当の本人は更にこちらの地雷を踏んできた。

 構わないだと? あの時何人もの犠牲を出して生き延びた奴が今更何を言っているのか?

 もしそんな思いがあるのならあの時大人しく散るか捕まればよかったのだ。今になって自責の念にでも囚われているのか?

 だとしたら--。

 

「とことん都合が良いな。何だ? 俺が殺せないと侮っているのか? 確かに俺は甘い部類の人間だろう、だがな……仇を見逃せるほど出来た人間でもねぇぞ!」

 

 身を焦がすほどの怒りが、憎しみが爆発し虫に伝わる。首と四肢を縛る糸に力が入り、そのまま切断しようとして……それは叶わなかった。

 早条の体にはいつの間にか砂のケラが潜んでおり、それが糸との間に砂の膜が形成されていた。恐らく最初から仕込まれていたのだろう、結局高密度の膜を切り裂くことはできなかった。何が「キミが望むなら構わない」だ、ふざけてやがって……。

 

「でもね、今はまだダメなんだ。まだ僕は死ねない」

 

 媒体である砂を刃に変え呆気なく糸の拘束を解除すると真っ直ぐに俺を見つめそう言い切った。

 その目には覚悟があった。「それをやらずに死ぬことは出来ない」という想いが籠められている。

 

「……本当に都合良過ぎだな」

 

「ごめん」

 

 目の前で改めて実感した実力差。俺の個人的な診断だが少なくとも五号指定以上の力はあるはずだ。

 これほどの力を持ちながら今まで逃げることしかしなかった奴が、よりにもよって俺の前であんなふざけたことをのたまうとはな……人生何があるかわかったものじゃないな。

 覚悟を決めた早条の気に当てられ僅かばかりだが殺意は鳴りを潜める。そしてその間に頭を冷やし冷静になろうと努める。

 大きく息を吸うこと数回、切り替えることはできずとも『逸らす』ことには成功した俺は改めて向き直り早条に質問する。

 

「それで、ならお前は一体なんで俺の前に現れたんだ?」

 

 俺に殺されるわけでも、逆に俺を殺すわけでもない。かと言って嫌がらせで来るほど「いい性格」でないことは知っている。

 下手をしたら殺されるかもしれない、可能性は低いが決して0ではない。そんなリスクを背負っても『俺』に接触した、命を懸けてもいい理由。

 それを訊ねると早条は大きく息を吸い、呼吸を整えて応えた。

 

「この町で起きてること、僕が……僕達が知っていること全てをキミに開示するよ」

 

 そうして意を決して語り始めた。

 この辺り一帯の支部が今どうなっているのか。

 地下闘技場が出来た理由。

 底王とはどんな存在か。

 そして、それらを後ろで手引きしていた人物についてを……。

 

 

 ――――――――――

 

 

「ねぇ、よかったの? 二人っきりにして」

 

 リビングでまったりとお茶を飲んでいるとラナがそんな疑問を投げてきた。

 クォーターであり、所々に外人らしさを持つラナが湯飲みでお茶を飲む姿は中々に違和感を抱く構図だ。生まれも育ちも生粋の日本人だというのに血の力とは凄いものだ。

 そんな感想を抱いたのはほのか……ではなく水野という少女だ。

 ほのかのかつての仲間である水野は、早条とともにこの場に訪れた。万が一敵が襲ってきてもいいようにと感知能力を持つ彼女を早条が連れてきたのだ。

 しかしながら肝心の早条が「彼とは一人で話をしたい」と言った為彼女はラナ達と共にリビングでお茶を啜っていた。

 

「う~ん、早条は話の分かる相手だし、下手に危害を加えることはないと思うけど……」

 

「ふーん……信頼してるんだ、アンタのこと見捨てたのに」

 

 仲間であった少年のことをそう評価するとラナは拗ねたように唇と尖らせる。

 最近になってわかったことだが、ラナは思った以上に人を信じやすく、おまけにすぐに肩入れしてしまうほど情に脆いようだ。つまり、分離型に見られる典型的なお人好しである。その為如何に理由があろうとも自分の知り合いである少女を裏切った彼らをラナは信用できず、許すことも出来ずにいた。

 そんな姿を見て「優しいな」と思ったほのかはくすりと微笑を溢した。

 

「今更だけど、一応擁護すると早条は最後の最後まであの案には否定的だったよ。ただ他の……あたしらが既に限界に近かったから多数決って形で無理矢理決めたんだよ」

 

 暫く湯飲みを傾け様子を眺めていた水野が唐突にそう語る。

 自分達を裏切った者達の脅威は日を増す毎に大きくなっていった。そんな中未来が見たという可能性、そこに至るための要因にして生け贄が必要となり、その白羽の矢が立ったのがほのかだったのだ。

 無論あの作戦を聞いて初めから諸手を挙げて賛同するものはいなかった。しかし時間が経てば経つほど彼らは追い詰められ、余裕がなくなっていった。

 そして、結局は人身御供として彼女を差し出す他なかった。下手をしたら殺される、欠落者にされる(おそ)れすらあったというのに……彼らにはその選択肢しかなかったのだ。唯一早条だけは諦めず最後まで、それこそ執着すらみせるほどに認めず反抗的だった。虫を使っても護ろうとするその姿は酷く切羽詰まっており、まるでアキラ達以外の“何か”からも追いやられているようだったと水野は感じていた。

 早条は昔のことは語らない。自分がどういった経緯で虫憑きになったかはともかく、それからどうやって此処まで生き延びてきたのかは絶対に誰にも話したことがないのだ。

 恐らく、その触れられたくない「過去」にあの特環局員は関係しているのだろう。初めて彼を見た時の早条は端から見ても酷く動揺していた、まるで幽霊でも見たかのように顔は青ざめ、呼吸は乱れっぱなしだった。

 あの時--ほのか達を回収してアキラから逃れる時に見たその顔が今でも忘れられない。

 きっと彼らには何か因縁があるのだろう。本当は二人っきりにさせるべきではなかったのかもしれない。しかし、あんな覚悟を決めた表情で「頼む」と言われると断ることなどできなかった。

 口や態度には出さず大丈夫と思っていても、やはり心配なことに変わりはない。

 --早く戻ってこないだろうか。

 理由を聞かされて尚まだぶつぶつと文句を垂れるラナとそれを宥めるほのか、自分と同じで心配なのか落ち着かない様子の“まいまい”を尻目に水野からそう思いながらもお茶を一杯口に含んだ。

 結局早条がリビングに戻ってきたのはそれから三十分経ってからだった。

 

 

 

「なんであんなこと言ったのさ、早条」

 

 元との対面を終えた早条は、やることは済んだと言わんばかりに早々にマンションを跡にする。

 その際、元にあの“泡”のことは一切触れないようにほのか達に強く言い聞かせてきたのだが、水野はそこが気になり質問をした。ラナ達から聞いた話だとその“泡”が何かしらの鍵になると踏んだからだ。

 だが……。

 

「……あの泡が僕の知るものと同じなら下手をするとこちらにまで被害を被ることになるからね」

 

 早条はそれだけ言うと後は黙ってしまった。不服そうな表情を浮かべる水野とは違い、早条の心境は穏やかではなかった。

 自分の知る“大蜘蛛”の能力に「泡」というものはなく、ましてやそんな見るからに脆そうな力を持つ虫はそうはいないだろう。彼が知る中でそのような能力を持っていたのは今まで一人しかいない。しかし『彼女』はもう……。そうなるとやはり納得のいかないところがいくつも浮かぶ。未来の予知もそうだ、彼女の予知は未だに変化していない。つまりまだあの光景が現実になる可能性が消えていないのだ。

 そこまで考えるに至って早条は徒労を吐き出すように息を深く吐いた。自分が把握できていない問題があり、それを解くのには時間が掛かるのだろう。

 それを解明できるのが一体いつになるのか? それまでに彼らの脅威から逃れ続けられるだろうか?

 問題は山積みであり、時間もそれほど残されていないだろう。

 頼みの綱と思っていた者が因縁のある人物であったことも早条の心労に拍車をかけている。

 本当は今すぐにでも逃げたい。かつての自分なら仲間を見捨ててもそうした。しかし、一度味わったあの『後悔』の念が異常なまでに体に纏わりつく、呪いのように張り付くそれはもう二度と早条に同じことをさせないだろう。元来臆病で内側に溜め込みやすい早条、恐らくもう一度あんな行為を行えば激しい自責の念に絡め取られ自ら命を絶ってもおかしくはない。

 『あの事件』で元とは違った方面で彼も心に傷を負った。自他共に認めるほど酷いことをした、弁明はしないが話たくはない。唯一打ち明かした少女はいるが、しかし……。

 

「どしたん?」

 

「……いや、四季もそろそろ目が覚めるかなって思って……」

 

 気落ちしていると水野が様子を伺ってきた。早条の心は今意識が戻らない仲間に想いを寄せていた。何かと聞き上手な彼女なら早条の心労を幾分か軽くしてくれるかもしれない。

 そんな願望を交えながらも早条は彼女の安否を按じながら帰路を進んだ。




早条が何をしたかは過去篇で明かす予定です。

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