ムシウタ~夢捕らえる蜘蛛~   作:朝人

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ラブコメってこんなのでいいのかな……?
真っ当な恋愛なんてしたことがないので変な所があったら教えてください。


謝罪

 唐突だが失恋とは何か考えたことがあるだろうか?

 

 「失恋」とは好きな人にフラれたり、恋人が別れたり、恋心が冷めたりすることを意味する。

 それは極めて一般的な常識であり、皆当たり前のように受け入れている。故にこの知識はどこも間違ってはいないはずだ。

 そうだ、それなのに……。

 

「……なんだこれ」

 

 げっそりとやつれた時にでも出るような声が漏れた。見た目に変化はないが内面的には正にそんな心境の元。

 そうなった原因に視線を向けると目があった。そして少女、水無月満は満面の笑みを浮かべて微笑み返した。

 

 元が彼女を振った翌日の朝の出来事であった。

 昨日のことが脳裏にこびり付き夢でリフレインまで果たした元の朝は、最悪だった。

 告白の返事をした後、満の目に涙が浮かんでいた。涙を浮かべ、しかし完全に泣く前に教室から走って出て行った。

 その時の彼女の表情が傷ましくて見てるだけで……いや、思い出しただけでも胸が張り裂けそうだった。それは一晩たった後も変わらず残り続けていた。

 目覚めた後も上の空だったり、食があまり進まなかったり、着替えてる時にうっかり扉に腕をぶつけたりとフった影響がかなり出ていた。

 しかしそれでも監視任務がなくなるわけではない。つまりどう足掻いても学校には行かなければいけないのだ。

 どんな顔をして会えばいいのか……。重い足取りのまま家を出、どんな展開になっても対処できるように頭の中で何度もシュミレートを行いながら通学路につく。

 気が重く、偶にため息を吐きながらとぼとぼと歩いていると、分かれ道の前に一人の少女がいた。

 まだ肌寒い所為か既に衣替えの時期だというのに未だに学校指定のブレザーを着ており、大和撫子を思わせる長い黒髪を途中でばっさりと切った様な不出来なセミロング。

 泣いたカラスがもう笑った。そんな言葉の通りに別れ際の涙が嘘のように引き、嬉しそうに笑顔を浮かべている彼女--水無月満は、待っていたと言わんばかりに分かれ道の前に立っていた。

 

「あ……」

 

 予想外の出来事。

 昨日あんなことがあったのだから避けられても仕方ないと思っていた元にとってこの邂逅は不意打ち以外の何物でもなかった。

 頭が混乱し、どう切り出していいものか分からずただ言葉が濁るばかり。しかし、そんな元の気持ちなどお構いなしに満は気を引き締め歩み寄ってくる。

 一歩、一歩と進む度にその足音が何かのカウントダウンのように感じられた。それが永遠のようにも感じられたのは確かな負い目があるからだ。「振った」という事実が元の心を蝕み罪悪感を駆り立てる。

 何をされても文句は言えない。ぶたれても受け入れる以外の選択肢なんて元には最初からない。

 そう心に決めていたはずなのに、いざ目の前にすると逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。理性でなんとかこの場に立ち尽くすことができるが、それも恐らく長く続かない。何かの拍子で弾けるように駆け出すかもしれない……。

 --だから、もし「それ」をするのならさっさと済ましてくれ……じゃないと俺は……。

 

「--ごめんなさい」

 

 罪悪感に耐え切れず、限界に近付いていた元に届いたのは、罵声や痛みではなく謝罪だった。

 

「………………え?」

 

 それを受けた元の頭は今困惑していた。

 何故泣かした側ではなく泣いた側が謝らなくてはいけないのか? 謝るのは本来自分の方ではないのか? 第一何に対して謝っているというのか?

 頭が軽くオーバーヒートしてしまいそうなほど高速回転で思考を巡らすも、しかし元はそれらの答えにたどり着けなかった。

 状況がいまいち呑み込めない、そんな表情を浮かべる元を微笑みながら覗き込む満。

 不意に顔が近くに寄られてドギマギしてしまった元とは対照に、呆気にとられたような表情を見て満足したのか前に向き直る満。

 

「わたしね、今まで恋ってしたことなかったの」

 

 分かれ道の右側を進み始めた彼女。そっちは学校のある方角……どうやら遅刻しないためにも歩きながら話すようだ。

 

「なんて言ったらいいのかな? わたしはなんでも感覚で決めちゃうの、それは服だったりテストの回答だったり夢だったり、色々ね」

 

 満の後ろ、声が届く範囲でおおよそ二メートルほどの間隔を空けて歩く。

 感覚で決める、か……。その適当とも思える決め方で出来た夢、それから生まれた虫の所為で今自分は此処にいるわけなのだが……それを彼女は知らないし、仮に知ってもどうすることもできないだろう……。

 

「その所為かな、わたしは皆が感じる異性の魅力っていうのが感じられなかったの。学校で一番かっこいい人とか見ても「あ、この人モテそうだな」ってくらいの印象しか持てなくてね。わたし自身何回か告白されたことはあるんだけど、心がつき動かされたことは一度もなかった……」

 

 表情は見えないが、声色から寂しそうに語っていることが窺える。

 話を聞いて元が彼女に抱いたイメージに「天才」という言葉が追加された。

 「天才」とは何も頭のいい人間だけにつけられる言葉ではない。何か他に類を見ないほど特出した能力の持ち主を呼ぶ際にも使われることがある。例えば学年最下位の知力しかなくても誰よりも走るのが速く、それを実感したものならば皆口にするだろう、「天才だ」と。「天」から賜った「才能」、故に「天才」。

 しかしてこういった才能の持ち主は常人とはズレた感性を持つ場合がある、芸術家ほどではないがそういった影響を満も受けているのだろう。そうでもなければ虫憑きにもなるほどの夢を感覚で決めるなんてことはないはずだからだ。

 

「『恋がしたい』そう思っていた時にキミが転校して来た。一目ぼれっていうのかな? 見た瞬間びびっときたの、わたしが待ち望んだ人はきっとこの人なんだって」

 

 そう言って振り返った彼女の顔には昨日までとは別のベクトルの笑顔が浮かんでいた。そこには喜びと嬉しさと感謝の気持ちが籠もっていた。それだけ元の存在は満の中では大きかったのだろう。

 

「……だからだろうね。嬉しくて嬉しくて、自分のことしか考えてなかった。……キミのこと、見てるつもりが見ていなかったんだ」

 

 --故に、大きすぎたが故に満は元の気持ちを汲み取ることが出来なかった。

 好きだから成就する、自分が好きだから相手も好いてくれるはず。そんな、まるで恋に恋してるような状態に満は陥っていた。

 そんな妄想と夢想が入り混じったような甘い思考はしかし、元の「付き合えない」という発言の前に脆くも崩れ去った。

 夢が覚め、待っていた現実は厳しいものだった。しかしなにより満が赦せなかったのはそんなことにも気付かずに彼に告白した自分自身だ。満にとって告白は憧れだった、それなのに熱に浮かされその本人をちゃんと見ずに行った自分が赦せるはずがない。

 振られて当然だ。家に帰り、冷静になって考えればそういう結論に辿り着くのに時間と苦労は掛からなかった。

 

「だから--」

 

 唐突に近寄り、手を差し出す満。

 昨日振られてから色々考えて反省した。きっと自分は行き急いでいたんだろう、慣れたつもりだったが今の生活にどこか恐れを抱いていた。もしかすると明日何かの拍子に死んでしまうかもしれない、もし死ななかったとしてももう「人」として生きていくことはできないかもしれない。

 そんな不安が心のどこかにあったのだろう。だから待ち望んだ人が現れただけであんなに取り乱した。

 振られたのは辛いがそれでも一緒にいたいと思う。焦らずゆっくりと距離を縮めていく、今はそれでいい。

 

「お友達からお願いします」

 

 だから友達(此処)から関係を始めよう。

 

「……ああ、よろしく」

 

 元も、理由はどうあれ向こうから関係を修復してくれるのは願ってもいなかった。任務のこともあるが、何より三野元という人間にとって水無月満はよくも悪くも目が放せない存在になっている。

 告白されたこと、振ったこと、正面切って友達になろうと言ったこと。いずれも元が初めて体験することばかりだ。控えめに言って気になる特別な存在、大胆に言うのなら多分好きなのだろう。

 満の気持ちに応えるように元は彼女の手を握る。女の子との接触に内心緊張していることは悟られずに努めながら。

 

「それと--」

 

 虚勢を張ることに必死だった元は不意の出来事に対応できなかった。

 腕を引っ張られバランスを崩し前のめりになる、なんとか倒れまいとその場で踏ん張るがその瞬間。

 

「ん……ッ!?」

 

 正に目と鼻の先に満の顔があり、唇が何かに触れて……いや“塞がれている”のを感じた。

 ほぼ0距離で彼女と目が合った、その瞳は潤んでいた。勇気を出して臨んだからか、はたまた勢いでやって自己嫌悪(後悔)でもしたのか……しかしそれも一瞬で成りを潜め、嬉しさで目が細まった。

 体感時間で一時間は経ったと思うほど長い時間、しかし現実には数瞬すら経っていないその行為は満が離れることで終わりを告げた。

 

「な、ぁ……おぉ、まッ……バぁ……ァッ!?」

 

 経験も免疫も一切ない元に対してその不意打ちはかなり効果的だった。金魚のように口をパクパクと、蛸のように顔を真っ赤にする。

 その表情を見て、「してやったり」と言わんばかりに舌をペロっと出す満。

 

「キミのこと諦めたわけじゃないから。絶っっ対わたしを好きになってもらって、そして今度こそちゃんと告白するからね」

 

 頬が朱色に染まりながらも想い人を指差しそう宣言する。

 振られたことで奇しくも彼への想いを再認識できた。

 やはり自分は彼が好きだ、どうしても諦められない。だからもう一度だけ当たってみよう、今度はゆっくり相手のことも見ながら。

 今回の「それ」はそのことに対しての挨拶であり、宣戦布告でもある。絶対に落としてみせるという意思の顕れだ。

 微笑を浮かべてはいるものの、そこには確かな決意があった。

 

「そ、それじゃあ、わたし先に行くから。遅刻しちゃダメだからね!」

 

 だがしかし、数秒後突如満の顔が真っ赤になった。

 昨日のように熱に浮かされた勢いではなく、今回はちゃんと自分の意思で行った、本当の意味での初めての告白。それを理解しているからこそ、全てが終わると恥ずかしさで気持ちが一杯になった。

 昨晩、担任の教師に彼の自宅の場所を教えて貰ってから今の今までずっと緊張しっぱなしだったのだ、ポーカーフェイスには自信はあったがそれも既に限界。

 気付けば、逃げ出すように元を置いて先に行く。本当はもっと一緒にいたいのに今はこの燃えてしまいそうな体を静めたかった。そうしなければ彼の傍にいるなんて、とてもじゃないができやしない。

 昨日とは別の、ぽかぽかとしたまどろみのような温かさではなく、燃えるような熱が体を駆け巡る。

 苦しくても、確かな心地良さを感じた満は知らずに笑みを零していた。

 

 残された元は満の後ろ姿を見送りながらそっと唇を撫でた。

 満からの不意打ちである「それ」……キスは、元にとって初めての体験だった。

 時間も忘れ、その時の感触を何度も思い出しながら唇を撫でる。

 結局、元が正気を取り戻すのには数分以上の時間を有した。

 転校二日目、遅刻が確定した。




行動力があるヒロインをデレさせたらこうなった、後悔はしていない。

今回のサブタイが謝罪なので私も一つ謝っておこうと思う。
実は私…………原作からではなくアニメからムシウタ入った口です。正確には、当時のクラスメイトがその特集が載った雑誌を持ってきたことで知りました。
それからアニメ(序盤の方)を見て、世界観や設定が気に入り、おさわりとして一巻を買い、そこから当時の原作とbug全巻揃えるほどどっぷりとはまりました。
シムウタ、シムウタ呼ばれている黒歴史のアニメですが、そういった経緯を持ってる私はある程度は感謝しています。恐らくあれがなければ私がムシウタに興味を持つことはなかったでしょうからね……。

……ただ、だからといってアニメの出来が悪いことは否定しませんからね。
どうしてああなった……。
bugのドラマCDの続きマダカナー(遠い目)

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