戌子が東中央支部を発ってから僅か三日後、俺は
内容はある町についての調査で、既に手回しは終わっているらしい。仕事が早いのは性分な所もあるが、俺から拒否権を奪う意味でもあったのだろう。俺は“かっこう”とは違い、任務に積極的ではないから危険だと感じた物は極力関わらない様にしている。一応、自分の実力くらいは分かっているつもりだ。
ちなみに、今回はサポートが付くとか言っていた。号指定を寄越せとまでは言わないが、せめてまともなヤツを期待していたのだが……。
「現実はこれだ……」
“まいまい”という荷物を持たされてしまった……。いや、正直“まいまい”の能力は使えるには使えるのだが……。
『あーー!? 見て下さい、“大蜘蛛”さん!! 平日だから何処も空いていますよ! さあ、れっつごーです!』
当の本人はこれだ。わざわざ外に出て来たってのに、コイツは……。
「…………………」
『あぐぅ!? む、無言でぐりぐりしないで下さいー!!』
本当に懲りているのか、些か不明だが周りから視線を向けられている事に気付き、手を離す。
別段、怪しまれてはいないみたいだが、何処か暖かい眼差しだった。どうやら“まいまい”とは兄妹と思われているらしく、今のやり取りも兄妹ならではのコミュニケーションと思われた様だ。
「……はぁ……」
よりによって兄妹に見られるとは……俺はそんなに、このハイテンション眼帯馬鹿と似ているのだろうか? 軽く鬱になる……。
現在、俺達は拠点としているマンションを出て、街を詮索している最中だ。調査は足と昔の人は言った、いい言葉だと思うが個人的に実行したくはなかったな。
「一応、言っておくがコードネームで呼ぶなよ」
今回は監視任務とかではない為学校には行かず、その分詮索に時間をかけるようだ。平日だからか比較的休日より人が少ない街道を二人で歩く。うっかり勝手に何処かに行ってしまいそうな“まいまい”の首根っこを引っ張りながら注意する様に告げる。
『はい! わかりました、“大蜘蛛”さ……』
「ふん!」
『んーーー!!』
が、言ったそばからこれである……。
罰として拳骨を喰らわされた頭を抑える“まいまい”に振り返り、追い討ちとして眉間を中指の第二関節部でぐりぐりと押し付ける。
『あ〜〜うぅ〜〜!!』
「三歩歩けば忘れる鳥頭か? お前は」
『ご、ごめんなさいー! で、でも“大蜘蛛”さんの本名知りませんし……』
「……あぁ」
その言葉を聞き、特環局員の個人情報が厳重に管理されている事を思い出した。それにコードネームとは本来、素性がばれない為にあるものだ。いつもそのコードネームで呼びあっている俺達がお互いの名前を知らないのはある意味当然の事だった。
「……元」
『え……?』
「三野元。それが俺の名前だよ」
呆気なく名乗った俺を“まいまい”はぽかーんとした表情で見つめる。
まあ、“まいまい”の気持ちは分かる。正直俺も言うべきかどうか悩んだが、言わなかったらいつまでもコードネームで呼ぶのは分かり切っている。だから正直に言う事にした……口の軽い“まいまい”だから少し心配ではあるが……たかが十号指定局員の情報を欲する物好きなどいないだろう。
『元さん、ですか……では、“まいまい”ちゃんも!』
「あ、お前はいいや。今更だし」
『わっつ!? まさかの拒否されました!』
信じられないといった様子で驚く。あんまり興味がないから仕方ない……てか、まず第一に。
「コードネームをそのままペンネームにしてネットアイドルしているヤツは何処のどいつだ」
『ギクリ……』
「しまった」と言わんばかりの表情を浮かべた“まいまい”だったが、次の瞬間にはしらを切ろうと視線を明後日の方へと向ける。ふーふーと吹けていない口笛付きで。
「……まぁ、支部長が何も言わないようだから、俺もとやかく言うつもりもないけどな」
中央本部なら確実に罰則食らって何処かやばい所に飛ばされそうだが、生憎
『ふぅ……何とか誤魔化せました』
本気で誤魔化せたと思っている“まいまい”は、本人の前で安堵の息を漏らす。……もう、この時点で色々駄目だろ……。
「………………」
『て、あーー!? 待って下さい、お……元さん!!』
相手をするのに疲れた俺は、いつの間にか歩いていたらしく。それに気付いた“まいまい”は慌てて後を追って来る。
客観的に見ると、確かに俺達は兄妹の様に見えてしまうのかもしれない……凄く不本意だが。
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「で、調子はどうだ?」
あれからそれなりの時間が経ち、現在俺達はあるファミレスにいた。主だった収穫はなく、ついでに昼時で腹が減ったという理由もあるが、最もな理由は“まいまい”の能力を引き出す事にある。
“まいまい”の能力は機械に自分の“虫”を潜り込ませて操るものだ。今はまだいない電気そのものを触媒とする“C”と比べると性能は劣るものの、使い方次第では情報を抜き取る事も可能なはずなのだ……本来なら。
『ま……待って下さい! 今、いい所なんです。この人が大きく打ってくれれば逆転出来るんです!』
……が、肝心の“まいまい”はこれだ。
後ろのテーブルに座っている人のケータイテレビに野球の映像が映っている。ツーアウト、ツーストライク、スリーボールで満塁、まるで絵に描いた様な光景が広がっている。おまけに点数は三点差で、満塁なのは無論負けている方だ。
素晴らしい程のアニメ的展開に、内心俺も気になる……が。
「はっはっは……おい、“まいまい”。その無用な事しか考えられない頭、いらないよな? ……俺が握り潰してやるよ」
無防備に晒されている後頭部をガッチリホールドすると、徐々に力を加えていく。
『のおーっ!? “まいまい”ちゃん、未だかつてない程の命の危機に瀕していますーー!』
「分かってるんなら真面目にやれ! 本当に前線送りにされても知らないからな、俺は!」
いつまで経ってもふざけている“まいまい”にいい加減腹が立ち、つい“まいまい”のタブーに触れてしまった。
しまったと思うも時既に遅く、“まいまい”の体はぶるぶると震えている。
『う……うぅぅ……戦いは嫌です……怖いです……痛いのは、いやぁ……』
……完全に鬱モードに入ってしまった……。
“虫憑き”は大抵何かしらのトラウマを持っている者が多い。それがなる前か後は知らないが、彼らの境遇を考えれば仕方ない事だろう……しかし、その中でも特に特殊型は顕著だ。
原因は特殊型を生み出す原虫――“浸父”と見て間違いないだろう。アイツは歪んだ夢が好きだから、人の精神に揺さぶりを掛けて夢が歪んだ後“虫憑き”にする。だから特殊型は結構歪んだり狂ったりしたヤツが多いし、“まいまい”みたいにトラウマが悪化する場合もある。まあ……コイツの場合は元々家庭内で問題があったみたいだから尚更か……。
「あ〜……と、その、ゴメン、悪かった……さっきのは冗談というか……やる気を出す為と言うか……」
『えぐ……』
幾ら謝罪の言葉を並べても、返ってくるのは泣き声だけ。正直、子どもの扱いは苦手なので既にお手上げ状態だ。だが、任務がある以上このままにしておく訳にもいかない……。
「……はぁ……わかったよ、もう……」
あまり無責任な事は言いたくはないが、今回ばかりは俺も悪いし……仕方ないか……。
「前線に送らされる様な事態には俺がしないから、いい加減泣き止んでくれ……」
『えぐ……本当、ですか……?』
若干投げやり気味にそう言うと、“まいまい”の動きが止まり、確認の為に訊いてくる。
「ああ。俺と組んでる間はそんな事にはさせないし、目に見える範囲でなら守ってやるから」
『ぐず……わ、わかりました……』
涙を拭って頷くと、近くにあった紙ナプキンで鼻をかむ。一枚では足りなかったのか、二枚目も使う。
『えっと……す、捨ててきまーす!』
居た堪れなくなったのか、“まいまい”は鼻をかんでくしゃくしゃになった紙ナプキンを片手に席を立つ。
「お待たせいたしました」
そして、入れ替わりに店員が料理を持ってきた。空気を読んだのかタイミングがかなりいい。
料理は二人分運ばれてきたが、肝心の“まいまい”はいない。仕方なく、一人寂しくフォークでパスタを絡めとる。
「ん?」
その瞬間、まだ完成し切っていない“巣”に反応があった。本格的に使う場合は“巣”の中心部に行かなくてはいけないが、感知するだけなら“巣”の中に居れば何処に居ても分かる。
糸が切れる感覚が二つ。一つは此処より少しばかり離れた場所。もう一つは意外と近く、現在俺らの居るファミレスの道路を挟んだ向かい側、そのデパートの屋上…………って。
「近過ぎだろ! おい!」
あまりの超至近距離に、此処がファミレスであった事も忘れ、俺は一人声を張り席を立っていた。
“まいまい”の本名って原作でも明かされていないよね、確か……。