まぁあまり重要ではないので読み流しで大丈夫です
華琳さんから纏まった休暇を貰ったある日、俺は久方ぶりに大自然を感じるべく、陳留郊外の森へと散策をしに入った。
まぁ城に残るのが気まずいからってのもある。
前回文若さんの策に便乗して、俺の案を後乗せサクサクした結果、最近の文若さんの俺を見る目がかなり厳しいものになっていた。
まぁ普段から男というだけで厳しい視線なんだけどね?
けど一応は御機嫌取りにと思って、以前に約束した華琳さんをモデルとした主人公の本を休暇初日に仕上げ、それを提出したのだ。
プロットは既に完成していたからな、文字を書き込むスピードなら誰にも負けないと自負している俺なら一日あれば充分だ。
しかしながら、まぁあれだ。
寡兵で突撃したり地面に文字書いたりと、最近は暴走気味にはっちゃけてたのが良くなかったのかもしれない。
何より久しぶりの休暇でテンションがハイになってしまった俺は、本の内容を少しばかり過激にしてしまったのだ。
……過激って言ってもR18方面じゃないよ?
いやまぁ、ある意味ではR18と言うか、閲覧禁止になってもおかしくないけども。
後になって落ち着いた頭で冷静に考えたら不味い事に気がついてしまった。
何故そうなってしまったのかと言うと、約束した内容の下級文官の娘が中央政府でのしあがって行く話を書いた結果、中央政府が施行する経済の裏話的な展開から、ドロドロした派閥争いの政争の話になり、腐れ役人が蔓延る政治腐敗の内容にシフトしていき、最終的に主人公の女の子が汚職高官をばっさり粛清して高職を得るという、まるで現在の中央政治を否定するかの様な風刺本になってしまっていた。
……完全に現在の宦官共に喧嘩を売る内容ですわ。
これが世に出回ったら、俺暗殺されるんじゃねぇの?
下手したら皇帝からの勅使、という宦官共の手下に死罪宣告される可能性も微レ存……。
……今のうちに賄賂でも送って見逃して貰った方が良いかな?……まぁしないけど。
しかしこれがまぁ、文若さんを通してうちの陣営の書物を好む全員に回し読みされ、うちの陣営では大好評となり、はよ続刊を出せと言われる始末だ。
特に華琳さんなんて、『高い能力と苛烈な性格、粛清する時の手際の良い手腕。……この主人公とは気が合いそうだわ。こんな子が現実に存在しないかしら。』と、溢していた。
そりゃまぁあんたがモデルなんだから気は合うだろうよ。
だがそんな奴が二人と居てたまるか。
文若さんに至っては、『今までで一番の名作よ!最初からこういうのを書きなさいよ!』と、何故か逆ギレまでされてしまった。
だが一番の名作は『神農本草経』だ。
そればかりは譲らん。
普段は俺の味方である筈の姉さんも、霊里と一緒に全国販売の展開計画を始動させてるし、後方支援で華琳さんと文若さんが全力でゴーサイン出してる。
……俺の自業自得とは言え、ちょっと位は俺の命の危機も考えてはくれませんかね?
まぁもう良い、仕方ない。
こういう事にはもう慣れたさ。
名君論の時に比べたらまだマシだろうよ。
今日は現実逃避と気分転換を兼ねて、森で自然の一部となり、無に還ろう。
─────
うーん、気持ち良い。
木々の間から覗ける輝かしいこぼれ日が凄く綺麗でいて、爽やかな涼しい風が俺の身体を緩やかに抜けて行く。
これはめっちゃ癒される。きっとアロマテラピー的なやつなんだろう。詳しくは知らんけど。
都会の喧騒から抜けて一人、時間がゆったり流れるこの感じは素晴らしい。
まぁ、街の人混みも肩がぶつかって独りぼっちなんだろうけどな。微笑みの爆弾的に。
俺が歩いている場所の直ぐ近くには、幅も短く底も浅い綺麗な小川が流れていて、チョロチョロと聞こえる静かな水の音も俺を癒してくれる。
うーむ、釣竿でも持って来て太公望ごっこでもすれば良かったかもしれん。
……いや、それで華琳さんみたいな大物が釣れても困るからいいか。
まぁ俺が既に華琳さんに釣られているみたいなもんなんだけどね。
……そういや、山で修行してた時もこんな感じだったっけなぁ。
俺がそんな風にノスタルジックに浸っていると、小川の反対側の茂みからごそごそと中々大きい猪が水を飲みに姿を現した。
そういや山で修行してた時もこんな感じだったな!
今夜の晩飯ゲーッツ!
直ぐ様投げた俺の双頭槍は見事に猪の頭部にヒットした。
これは良い土産が出来た。
猪を食べるのなんて俺も久しぶりだし、城の皆もかなり久しいだろう。
特に華琳さんと季衣は猪が好物だし、かなり喜ばれるだろう。
俺はルンルン気分でその場で猪の血抜きをし、綺麗な小川を猪の血で染め上げた。
穏やかな時間?太公望ごっこ?知らんなそんなもの。俺は旨い肉が喰いたい。
血抜きは終了したが解体にはそれなりに時間が掛かるので、持ち帰ってからやろうと思い、俺が森から帰ろうとした時に、複数の女性の悲鳴が聞こえた。
悲鳴の源は近いと感じた俺は武器を持って現場へと駆ける。
おいおい、この時代に武力のない奴が護衛も無しで森ガールしてないだろうな?
森ガールファッションならたまに街で見掛けるけどな!
どうなってんだこの世界は!
と、俺が現場に到着したら、何故か見慣れた顔馴染み達がいた。
「へ、蛇がっ!」
「あ、あわわわわわっ。」
……何してんの文若さん、凪。
特に凪、お前だったら蛇くらい余裕だろ。
二人は焦っていて周りに目をやる余裕もないらしく、俺が来た事にも気付いてない。
俺はため息を吐きながら蛇に近づき、スパンと頭を切り落とした。
「……ほんと、何してんの?」
「そ、蒼夜様!?」
「あ、あんた何時からそこに!?」
「いや、今ですけど。」
俺が急に現れた事に二人は驚いていたが、蛇の恐怖からか、顔は真っ青だった。
……どんだけ蛇怖いんだよ。
いやまぁ毒蛇だったらわからない事もないか。
俺はそう思って、チラッと蛇の死骸を確認した。
……普通の蛇だった。
「何があったんや!?凪、桂花!無事っ───そ、蒼夜様!?」
「凪ちゃーん!桂花ちゃーん!返事してー!無事な───何で蒼夜様が居るのー!?」
やせいの真桜と沙和があらわれた!
ふたりはかおをあおくしている!
蒼夜はどうする?
どうもしない。
……以前の説教が効き過ぎたせいか、二人はやたらと俺に畏まる傾向がある。
別にフランクで良いんだけどなぁ。
まぁサボりは赦さんが。
真桜と沙和の登場で場が混沌としてきたので、仕方なく俺からここに居る理由の事情を説明して、全員から話を聞いた。
「森に不審な影がある?」
「えぇ、街でそんな噂があるから私達は調査に来たのよ。」
文若さんの話では、その調査の最中に二人一組で辺りの痕跡を調べ、蛇に出会ったと言う。
「……その、すみません。私はどうしても昔から蛇が苦手で……。」
「そうか。まぁ苦手な物は仕方ない。」
凪は蛇が大嫌いだと言う。
今でも蛇の死骸にすら視線をやらない。
しかし遠征とかになったら、山や森を通過する事はよくあるから蛇は付き物なんだが、大丈夫かな?
「……それで?不審な影の正体は突き止めたのか?」
「私達の所は蛇以外は何もなかったわ。」
「やぁ、うちらん所もなーんもありまへ───せんでした。」
「……別に口調は畏まる必要ないぞ?」
とは言うものの、暫く真桜と沙和はこの調子だろうな。
しかしどうしたものか。
休暇中だと言うのに仕事に直面してしまった。
「な、なぁ沙和、あっちの茂みの方、がさごそしとらん?」
「えっ?……う、嘘、あれ───」
不審な影ってのは些か不安だな。
「く、熊や。大熊が出てもうた……。」
「な、凪!熊なら大丈夫でしょ!蛇じゃないんだから倒せるでしょ!」
まかり間違って賊とかだと放置する訳にもいかん。
「こ、腰がまだ抜けてて、ぐっ!普段なら、訳もないのに!」
「ど、どうするのー!?私と真桜ちゃんじゃ熊倒せないのー!?」
「これが不審な影の正体だったって訳ね。……不味いわね。」
けど猪も放置しぱなっしだしなぁ。
「ぐるおぉぉぉお!!!」
「うっさい!」
─────
その日の晩餐は熊と猪の豪華な食事で、質、量、共に素晴らしく、華琳さんも大満足だった。
後日談
俺の本が全国販売されて数日。
「よく来てくれたわ。私は貴方達を重宝しましょう。」
「「「ありがとうございます!」」」
中央政府で清流派と呼ばれるエリート文官集団の一部が陳留に俺を訪ねて来て、華琳さんに雇われに来た。
……清流派とは、とどのつまり、宦官に反抗して高職につけない有能な人物の集まりを指す。
ウボァー
「「「元倹様もご指導の程、よろしくお願いします!」」」
「オ、オウ、カ、カンゲイスルワ。」
その時の俺の口調は決して震えていなかった。
後に蒼夜はそう語ったそうです。