虎眼転生-異世界行っても無双する-   作:バーニング体位

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第十九景『奇抜派剣法双子兎(きばつはけんぽうふたごのうさぎ)

 

 “瞬間移動”という手品がある。

 マジシャンが姿を消すやいなや、ありえない速度で舞台上の別の地点に出現するのだ。

 

 これら瞬間移動手品の種明かしをすれば、実はマジシャンが“双子”である事が往々にしてある。彼らは双子であることを決して他者に気付かれないよう、日々の生活からトリックを仕込む必要があった。

 

 このように相手を欺くことが重要なのは剣術にとっても同様で、決闘の場に於いて相手の予想外の事態を引き起こし、これを出しぬくのが“秘剣”の骨子である。

 

 魔法都市シャリーアにて虎が遭遇せし奇抜なる双子の兎剣士。

 

 この兎剣士達もまた、相手を出し抜く為に奇々怪々な剣法を多用せし“魔剣豪”の素質を備えていた。

 後に“異界虎眼流四天狗”に名を連ねる双子の獣人剣士ナクル・ミルデッド、ガド・ミルデッドの二人と、若き虎ウィリアム・アダムスとの邂逅は、決して穏やかなものではなく……。

 それは、魔剣豪同士による血腥(ちなまぐさ)きものであった。

 

 

 栄達の為でなく

 

 まして求道(ぐどう)の為でなく

 

 ひたすら孤高の憤怒(ふんぬ)を晴らす為に剣を磨きし者共

 

 

 魔剣豪(まけんごう)と呼ぶべし──

 

 

 

 

 

 

 

(なんだか……イメージが変わったわね……)

 

 ルーデウス邸からラノア大学学生寮へと続く街路。

 ナナホシはウィリアムとノルンが手を繋いで歩いている姿を見て、それまでのウィリアムが見せていた苛烈な印象とは真逆の姿に困惑しつつ、グレイラット兄妹の後ろを歩いていた。

 武芸者の足取りは得てして常人のそれより速いものであるが、この時のウィリアムは妹に歩調を合わせるべくゆるりと歩を進めている。

 

 手を繋ぎながらはにかんだ笑顔を見せるノルンの手を、そっと握り返すウィリアム。ウィリアムの表情はナナホシがそれまで目にしていた峻険なそれとは一変しており、無表情ではあったが柔らかい空気を纏わせていた。

 そんなウィリアムの様子を見たナナホシは、まるで“孫娘と手をつなぎ散歩をする祖父”のようだと、その白い仮面の下で密かに表情を崩していた。

 

(まぁ、妹さんだけに甘いのかもしれないけれど)

 

 妹に対し存外な優しさを見せるウィリアム。だが、あくまでそれは例外中の例外であり、この虎は余人に対し滅多に心を開くような事はしないだろうとも断じていた。

 溜息を一つ吐いたナナホシは、ルーデウス邸からこれまでの顛末に思いを巡らしていた。

 

 

 ウィリアムとの奇妙な邂逅により、心身共に消耗し果てたナナホシ。

 異界の地にてこびりついた疲れを癒やすはずの入浴は、虎と獣人乙女達によって無残に蹂躙されており、それに加えてウィリアムの過剰なまでの“葵紋”への反応、トドメと言わんばかりの薩摩者共による血塗れた狂宴、おまけのアリエル王女達の訪問で、ナナホシは胃は短時間で荒れ果てていた。

 

 まさかアリエル王女までウィリアムに会いに来ていたとは予想だにしていなかったナナホシは、痛む胃を押さえつつ虎を取り巻く各人の思惑に思考を巡らす。

 おそらくアリエル王女は七大列強と成ったウィリアムを配下に納めんが為、態々ルーデウス邸まで足を運んだのだろう。

 それは別に良い。というより、平成日本への帰還を目指すナナホシにとって、この異世界の政争は何ら興味も無く、自身には全く関係ない事であった。

 

 だが、問題はウィリアムがナナホシを徳川家縁の者だと断じ、敬い奉っている事であった。

 

(ほんと、面倒臭いことになったわね……)

 

 ウィリアムが七丁念仏を手にした経緯を詳しく聞き出し、平成日本への帰還の手掛かりにしたいナナホシであったが、ウィリアムへこれ以上関わるとややこしい事には巻き込まれる事は必然であった。おそらくは、アリエル王女からの接触も増えるだろう。

 そこまで思ったナナホシは、一旦ウィリアムから距離を置くことを決め、ラノア大学の寮へ戻りしばらくは引き篭もる腹積もりでいた。

 

 シルフィエットら家人に帰宅を告げるべくリビングへ顔を出したナナホシであったが、何故かノルンとアイシャを両腕にぶら下げながら現れたウィリアムに面喰らい、変わらず謝り倒すシルフィエットをなんとか宥め、慌ただしくルーデウス邸を後にしようとした。

 

「御逗留場所へとお送り致しまする」

 

 間髪入れずナナホシに追従するウィリアム。有無を言わせない虎の迫力に気圧され、断る事が出来なかったナナホシは早くも己の意図が破綻したことに諦観の表情を浮かべていた。

 これ幸いと自身も学生寮へと帰宅するべく引っ付いてきたノルン。そんなノルンへ恨みがましい視線を送るアイシャと、尚も申し訳なさそうにするシルフィエットに見送られ、こうして転生武士とその妹、そして転移女子高校生の奇妙な組み合わせはラノア大学学生寮へと向かう事になったのだ。

 

 

「あの……ウィリアム兄さん」

 

 しばらく穏やかに歩んでいた兄妹と女子高生であったが、ふとノルンがおずおずとウィリアムへと視線を向ける。

 

「ウィリアム兄さんは、ずっとシャリーアにいるんですか……?」

 

 妹の無垢な視線を受け、ウィリアムはしばし考えるような素振りを見せる。

 ちらりとナナホシへ視線を向け、やがてしっかりとノルンの瞳へ視線を返した。

 

「静香姫の御帰還の目処が立つまでは」

 

 ウィリアムの言葉に、ノルンは悲しげに俯いた。

 

「そう、ですか……」

 

 ナナホシの帰還の目処が立つまでは。つまり、それ以降は一緒にいられない。

 言外にそう伝えたウィリアムに、ノルンは一抹の寂寥感を感じてしまう。

 

 “ずっと、一緒に、シャリーアにいてください”

 

 喉元まで出かかったその言葉を、ノルンはぐっと飲み込んだ。

 甘く、馨しいその想いを飲み込み、少女は兄に言わねばならぬことがあった。

 

 ノルンはウィリアムが七大列強に叙された事を知り、ある思いが胸の中から湧き上がっていた。

 そのことを言う資格は、自分には無いことも理解していた。

 そのことを言えば、アイシャから顰蹙を買うことも理解していた。

 だから、こうしてウィリアム以外の家族がいないタイミングで、言う必要があった。

 

 意を決したように表情を引き締めたノルンは、ウィリアムへ再びその可憐な瞳を向けた。

 

「ウィリアム兄さんは……ルーデウス兄さんと、お父さんを……お母さんを、助けに行かないんですか?」

 

 少女の切なる思い。

 それは、“家族全員”が再び揃って、穏やかに、幸せに暮らすこと。

 

 痛ましいまでの少女の願いに、虎は無表情に言葉を返した。

 

「父上と兄上がいるなら、問題なかろう」

 

 短く言葉を返すウィリアム。その言葉を受け、ノルンは再び押し黙ってしまう。

 後ろで見ていたナナホシは、その薄情とも言えるウィリアムを見て眉を顰めていた。だが、ナナホシには思い至らない事であったが、このウィリアムの言葉はあながち間違っているわけではなかった。

 

 ウィリアムの父であるパウロは、確かにウィリアムに比べ剣術の業前に雲泥の差があった。しかし、事は単純な戦闘力がものを言う世界ではない。

 特に、“迷宮”という厄介な場所をよく知っていた(・・・・・・・)ウィリアムは、パウロが迷宮探索を専門としていた冒険者であった事実も知っており、自分が態々加勢せずともパウロならばゼニス救出はいずれは果たすであろうと思っていた。それに、一角の冒険者となったルーデウスがいるのならばゼニス救出の確度はより上がるというもの。

 

 シャリーアに来るまでは“泥沼”が兄ルーデウスであったことを知らなかったウィリアムであったが、“泥沼”の評判、そしてその強さを聞いたウィリアムは、余程の事がない限りあの父子がゼニス救出を問題なく果たすであろうと断じていた。

 

「……ウィリアム兄さんがいたら、お母さんを助けるのにもっと力になると思います」

 

 ノルンはきゅっとウィリアムの手を握る力を強める。

 

 パウロお父さんや、ルーデウス兄さんの力は信じている。きっと、お父さん達なら、お母さんを助けることができる。

 

 でも、万が一……万が一、失敗してしまったら。

 お母さんが、お父さんが、ルーデウス兄さんが……死んでしまったら。

 

 そのような最悪の想像に囚われたノルンは、ルーデウスが旅立った今でも自分が駆けつけ、ゼニス救出の一助になりたいと思っていた。

 だが、ノルンは無力である。

 剣術も、魔術も、体力も年相応の少女のそれでしかない。

 自分がベガリットに行くことで、逆にパウロ達の足を引っ張るのが容易に想像することが出来た。

 

「お願いします。お母さんと、お父さんを……ルーデウス兄さんを、助けてあげてください……」

 

 だから、ノルンは懇願する。

 自分の不甲斐なさと、やっと出会えた次兄への慕情。そして父や、母、長兄への憂慮。

 様々な感情が少女の中で混じり合い、どうしようもない思いに囚われた少女が“七大列強”という大強者と成った兄に縋るのは、誰が責められるのであろうか。

 

(ノルンちゃん……)

 

 少女の切なる想いは、平成日本女子高生の胸を打つ。

 己の無力を棚上げしても尚、いじらしく懇願するノルンの姿は、この異世界に一線を引くナナホシですら心を動かされる光景であった。

 

『あの、岩本さん』

 

 ナナホシから発せられた日ノ本言葉に、ウィリアムは少しばかりの驚きを浮かべ、その白い仮面を見る。

 仮面の下で、ナナホシはきりりと表情を引き締めていた。

 グレイラット家の者には少なからず恩がある。特にルーデウスには。ならば、その妹の苦悶を少しでも和らげてあげるのが人情ではなかろうか。

 

『もし……もし、ベガリット大陸に行くのなら……後で、私の研究室へ来てください』

 

 ルーデウスへ伝えたあの転移魔法陣の在処を、ナナホシはウィリアムにも伝えようとしていた。

 通常の手段でベガリット大陸へ至るには、片道で一年以上の時がかかる。

 だが、龍神が使用し、その存在を秘匿していた転移魔法陣を使用すれば、半年でシャリーアとベガリット大陸の往復を可能たらしめていた。

 

『それは、将軍家御連枝様からの御指図でありましょうや』

 

 ウィリアムはナナホシの白い仮面を色の無い瞳で見やる。虎の怜悧な瞳に気圧されたナナホシは身を竦ませるも、絞り出すように言葉を返した。

 

『……いいえ。私、個人の、助言みたいなものです』

 

 仮面の下で冷えた汗を垂らしながら、ナナホシはウィリアムの瞳を真っ直ぐ見据えていた。

 変わらずウィリアムの手を握っていたノルンは、突然不可解な言語で話し出したウィリアムとナナホシへ困惑とした表情を浮かべている。

 

 ウィリアムは目を閉じ、黙考する。

 不安げにウィリアムを見つめるノルンとナナホシ。

 妙な沈黙が、虎と少女達を包んでいた。

 

 やがて、ウィリアムはゆっくりと瞼を開くと、ノルンへと視線を向けた。

 

「母上に、会いたいか?」

「……はい!」

 

 ノルンはウィリアムの言葉に確りと頷く。

 少女の可憐な瞳を見て、虎は小さな溜息を一つ吐くと、ナナホシへ深々と頭を下げた。

 

「御助言、承りたく……」

 

 ノルンは兄のこの言葉に相好を崩し、思わずその腰へと抱きついた。

 

「ウィリアム兄さん!」

 

 ぎゅっと抱きついてくるノルンへ、ウィリアムはやや嘆息混じりにその頭を撫でる。

 妹にはどうも甘くなってしまったと、虎は自身の心境の変化に戸惑いを覚えていた。だが、ノルンが放つ日向のような暖かさを感じていく内に、ウィリアムは気乗りしないベガリット大陸行きにそれなりの意義を見出し始めていた。

 

(ベガリットは魔大陸と双璧を成す強者が集う地……己の業を磨くには、丁度良き哉)

 

 あくまでゼニス救出は二の次であり、優先すべきは己の修行。

 虎は、ノルンの柔らかい髪を撫でつつ、そう自分に言い聞かせていた。

 

 

 

 

 

 


 

 ラノア魔法大学は中央大陸北部に位置する魔法三大国と魔術師ギルドが共同で出資し、魔術を志す者が世界中から学びに来る、まさに魔術のメッカともいえる教育機関である。

 人種や国籍問わず広くその門戸は開かれており、世界中から集まった在籍学生の人数は一万人を超える。

 

 魔法大学では魔術だけではなく、軍学や商学も科目に取り入れており、異世界の総合大学といっても差し支えない教師陣を擁していた。

 また、出資しているのは魔法三大国だけでなく、アスラ王国やミリス神聖国、王竜王国などの列強各国も出資しており、各国の有力貴族の子弟もこの大学へ通っている。

 故に、貴族子弟達による学生外交も水面下では活発に行われているのが、この大学の暗黙知となっていた。

 

 学内を囲む高い塀は全て対魔レンガで建てられており、有事の際は要塞として稼働できるほどの威容を誇っている。もっとも、そのような剣呑とした思想を学校運営側は持っているわけではなく、単純に危険度の高い魔術を実習で使用する為、学外へ魔術の被害が及ばないようにする為の内向きの措置であった。

 

 学生達は先述の通り世界中から集まっており、大抵の学生は学内に併設された学生寮で暮らしている。

 中にはシャリーア出身の者で自宅から通学する者や、シャリーアの知己を頼り下宿先から通う者もいたが、通学に圧倒的な利便性がある学生寮以外を選択する者はごく少数に留まっていた。

 

 既に日は中天に差し掛かっていたが、大学構内は次の授業を受けるべく校舎間を移動する学生達の活気に満ちあふれている。

 学生達は前年にナナホシによって提案された共通の学生服を身に着けており、その意匠はナナホシが平成日本で着ていた高校の制服を模したものとなっている。男子は詰め襟の学生服、女子はスカートとブレザータイプの制服だ。

 

 そのラノア大学の構内で、二人の男子学生、二人の女子学生、そして一人の幼女が連れ立って歩いている。

 二人の女子学生は猫耳、犬耳を生やしており、スカートの隙間から獣族特有の尻尾をふりふりと揺らしている。

 

 男子学生の方は、一人は痩身でありながら大柄な体躯を持っており、面長で丸眼鏡を着用している。傍ら小人族用のサイズの制服を纏った幼女を付き従わせている姿は、やや犯罪的な光景ではあったが事情を知る者にとっては見慣れた光景であった。

 ちなみに幼女はちんまりと可愛らしい人形のようで、彼女が男子学生の奴隷である事実を忘れさせる程の愛嬌を持っていた。

 

 もう一人の男子学生は小人族の血が混じっているのか、大柄な学生に比べてその低身長が目立っている。

 だが、気の強そうな面持ちはプライドの高さが滲み出ており、彼が気難しい性格を持っていることを窺わせていた。

 もっとも最近出来た淫靡な伴侶や、ルーデウス・グレイラットとの出会いを経て、彼の性格はラノア大学に入学した当初より穏やかなものへと変化している。元々、彼が持っていた性格に戻ったというのが正しいのかもしれないが。

 

 ルーデウスの同窓であり、友人達である獣族の姫君リニアーナ・デドルディア、プルセナ・アドルディア、大柄な学生のシーローン王国第三王子ザノバ・シーローンとその奴隷である炭鉱族の少女ジュリエット、そしてミリス教団教皇の孫であるクリフ・グリモルは、次の授業が行われる魔法大学内の校舎へと連れ立って歩いていた。

 

 

「それにしても、ルーデウスに弟がいたなんてな」

 

 何気なしに呟くクリフ。

 この二人の獣人乙女達が、午前の授業が休講だったことでルーデウス邸に遊びに行っていたことはクリフも知るところであったが、ルーデウスに弟がいて、尚且つこのシャリーアに来ていることは初耳であった。

 その弟……ウィリアムと一悶着あった獣人乙女達は、尻尾と獣耳を逆立てながら憤慨する。

 

「ボスの弟はとんだスケベ小僧だったニャ!」

「ファックなの。乙女の入浴中にキンタマ見せつけるドブぬめりクソ野郎なの」

「キンタマて」

 

 虎がこの場にいないのをいいことに、獣人乙女達は思う存分悪態をつく。

 乙女達の口汚さには慣れているクリフであったが、いきなり男性器が話に出てきたことで戸惑いを隠せなかった。

 

「ますた。キンタマとはいかなるものなのでしょうか?」

「おお、ジュリ。あれだ、キンタマというのはだな……」

 

 ジュリエットがザノバの制服の裾を引きながら無垢な瞳を浮かべてその顔を見上げる。獣人乙女の口から聞き慣れぬ言葉が出てきたことで、その意味をいじらしく覚えようとするジュリエットの姿は大変愛らしいものであった。

 そんなジュリエットに、ザノバは懇切丁寧に男性器について教える。未だ人間語に慣れぬジュリエットの為、身振り手振りを交えての説明だ。

 これは自身の奴隷である前に、共にルーデウスを師匠に抱く妹弟子への惜しみない愛情の一つであり、懸命に諸々の知識を得ようとするジュリエットに快く応えるザノバの優しさでもあった。

 

 獣人乙女達がギャアギャアと喚き散らす為、この小さな惨劇をクリフが察知することは無かった。

 

「まじありえんからニャ! 助平なボスですらもっと紳士的だったニャ!」

「ファックなの。ボスに全然似てないなの。出歯亀ドブ虫ゴミ助平丸なの」

「まぁ、本当ならひどい奴だな……」

 

 既に獣人乙女達に付き合いきれなくなっていたクリフは溜息混じりに適当な相槌を打つ。

 本当ならさっさと授業が行われる校舎へと向かいたいところであったが、ルーデウス抜きでの学内ヒエラルキーでは獣人乙女達より下であるクリフが、このワガママな乙女達を置いて一人で行くことは許されなかった。

 

「ところで、師匠の弟殿はどのような御容姿だったのですかな?」

 

 唐突に、ザノバが乙女達に割って入る。クリフとしても似ていないと断じられたルーデウスの弟の容姿についてはそれなりに興味があった。

 ザノバの後ろで顔を真っ赤に染めながら俯いているジュリエットへ若干訝しんだ視線を向けるも、クリフはザノバと同じように乙女達を促す。

 

「爺みたいな白髪だったニャ! ドスケベ白髪小僧ニャ! あとまうで虎のごつ雰囲気だったニャ!」

「ファックなの。きっと白髪になるまで助平根性発揮してたの。えげつん精力なの」

 

 ほぼ悪態しか言わない獣人乙女達に、クリフはやや目眩がしつつも我慢する。

 何故か得心がいったという風のザノバは深く頷きながら、やおら正門の方向へ指差した。

 

「ふーむ。なるほど。丁度、あのような感じですかな?」

 

 ザノバが指差した先に、白面の女子生徒、そして見慣れた泥沼の妹の姿があり

 

「そうそう。あんな感じのセクハラタイガー……ニャ」

「あんな感じの助平虎なの。まじファック……なの」

 

 

 その傍らには、獣人乙女達が先程まで悪態をついていた虎……ウィリアム・アダムスが、憮然とした表情で佇んでいた。

 

 

「助平と申したか」

 

 

 抑揚の無い声が、暖かな日差しに包まれた魔法大学構内を絶対零度まで引き下げる。

 そこからのリニアは、後日ジュリエットがいたく感心してザノバの従士であるジンジャー・ヨークに語る程、飛燕の如き素早い動きを見せた。

 

「ギニャアアアアアアアアア!! あ、あちし達、さようなつもりはぁ!!」

 

 どのようなつもりだったのだろうか。

 ひぃー! と、一瞬で腹を曝け出すように仰向けになるリニア。これは獣族が強者に対し絶対服従を誓う姿勢であると同時に最大限の謝意を表す、いわゆる獣族版の土下座である。仰向けになった際、スカートから覗くリニアのパンティはしめやかに濡れ塗れていた。

 さーせん! さーせん! と、涙目になりながら必死になって謝り出すリニアに、ザノバ達は呆気に取られた表情を浮かべている。

 

「プ、プルセナ! 何してんニャ! プルセナも早く謝って……」

 

 リニアは顔と股間を濡らしつつ、仰向けになりながら未だ棒立ちのプルセナへと視線を向ける。

 視線を向けた瞬間、リニアはプルセナの下半身から聞きたくなかった水音を聞いてしまった。

 

「ミギャァッ!?」

 

 じょぼぼぼぼぼぼぼぼぼ。

 盛大にスカートを濡らし、止めどなく尿を漏らすプルセナ。リニアは同胞(はらから)の無残な姿を見て素っ頓狂な叫び声を上げる。

 突如現出した凄惨且つ衝撃的な光景に、ザノバ達はただ呆然とその光景を見つめていた。

 

「まずは黄色のご挨拶なの……思わずおもらしでございますなの……」

「プルセナー!?」

 

 目のハイライトが消え去ったプルセナの無残な姿に、リニアは悲壮感を溢れさせながら同胞の名を叫ぶ。

 

「赤は目出度たい目出度い日には金色おおきになの……お兄さんお代ちょうだいなの……」

「プルセナー! しっかりいたせー!」

 

 色の無い瞳……否、残酷色の瞳を浮かべ、再び被虐の妄想へと旅立ったプルセナ。リニアは勢い良く立ち上がり同胞の肩をゆさゆさと揺するも、プルセナの意識は滅法の世界へと誘われたままであった。

 

「めっぽううまいめっぽうそば」

「洒落にニャらんわコレ!」

 

 相変わらず意味不明なことを呟くプルセナ。リニアは覚醒を促すべくバシーン! バシーン! と乱暴に往復ビンタをかましていたが、いくら頬を叩かれてもプルセナは現世へと帰還することは叶わなかった。

 

 棒立ちになり、失禁しながら被虐の世界に囚われたプルセナ。

 そのプルセナを、失禁しながら往復ビンタをし続けるリニア。

 

 控えめにいっても大惨事となったこの状況に、ウィリアムを除く全員が思考を停止させていた。

 

 

「……」

「ウィ、ウィリアム兄さん?」

 

 惨劇の最中にある失禁乙女達に構わず、ウィリアムは鋭い視線で構内のある一点を睨む。

 ウィリアムが僅かに殺気を纏わせ始めたことで、ノルンが不安げにその裾を掴んだ。

 乱痴気騒ぎに捕らわれていたザノバ達、そしてナナホシも、ウィリアムが放つ怜悧な空気で一瞬にして素面に戻り、その視線の先へと目を向けていた。

 

「何奴」

 

 出現したのか。

 始めからそこに居たのか。

 虎の視線の先に、兎耳を生やした一人(・・)の獣人剣士が、不敵な笑顔を浮かべて佇んでいた。

 

「北神三剣士が一人、“双剣”ナックルガード」

 

 邪気を感じさせない声色が、逆に剣士の異様さを際立たせている。その黄ばんだ眼球は内臓の不調からではなく、獣人剣士が孕む精気の漲りによるもの。

 蓬髪から覗く兎耳は、強者を求め、その存在を感知する野性の器官なり。

 

 構内ではザノバ達以外にも学生達がいたが、現出した異様な光景に皆足を止めて見入っている。

 たちまち人だかりが出来上がり、渦中の虎はそっと七丁念仏の鯉口を切っていた。

 

「“双剣”ナックルガード……」

「知っているのかザノバ?」

「余も名前くらいしか知り得ぬ者ですが、たしか北王の伝位を授けられた北神流高弟の一人と聞いております」

「なんだってそんな奴が魔法大学に……?」

 

 緊張した面持ちで語るザノバに、クリフもまた現出した“双剣”の姿を見て固唾を呑む。

 人だかりが出来上がっていたが、辺りは妙な静寂に包まれており、リニアもまたプルセナの胸ぐらを掴んだまま身を固くしてその姿を見つめる。

 ちなみにプルセナはリニアの張り手が良い所に入ったのか、白目を剥いて気絶し果てていた。

 

「……!」

 

 “双剣”の姿を見るウィリアムの瞳孔が、猫科動物の如く拡大する。

 その虎眼で、“双剣”の正体をいともたやすく看破していた。

 

「双子か」

 

 ウィリアムの一言に、ナックルガードは僅かに驚いた表情をするも、直ぐに獰猛な笑みを浮かべた。

 

「すごいや。先生達以外で最初に僕達が双子だって気づいたのは、キミが初めてだよ」

 

 そう言うないなや、ナックルガードの肉体が二つに別れた(・・・・・・)

 幻術めいた光景を見てざわめく周囲の人間とは対照的に、ウィリアムは冷静に双子の剣士の様子を見ていた。

 

 双子の剣士。

 嘗て己が下した舟木一伝斎の息子達、日坂最強の剣士であった舟木兄弟を連想したウィリアムは、一伝斎への憎悪が再び燻るのを感じ、ぎりりと歯を食いしばらせていた。

 

「ナクル兄ちゃん。やっぱり魔法大学で探してよかったでしょ?」

「そうだなガド。ていうかちょっとやりすぎだな。もうお尋ね者スレスレになってないか俺達」

「だって、オーベールさんが描いた人相書きが下手くそすぎるんだもん」

「そうだなガド。だいたいオーベールさんのせいだな」

 

 兎耳をぴくぴくと揺らしつつ、双子の獣人剣士達はウィリアムへ粘ついた視線を送る。

 

「それに、人相書きなんか見なくても一発で理解(わか)るしな」

 

 獰猛な兎達は虎が纏う怜悧な剣気を感じ取り、目当ての剣士であることを本能で感じ取っていた。

 ウィリアムは兎達の粘ついた殺気を受け、眉を顰めながら言葉を返す。

 

「あらかじめ時と場所を告げずに立ち会うのが、北神流の作法か」

 

 七丁念仏の柄に手をかけ、双子へ強烈な殺気を飛ばすウィリアム。

 常人なら気絶するほどの殺気を受けても尚、双子の剣士は笑みを浮かべていた。

 

「我ら一人は半人前!」

「二人で一人の一人前!」

「二対一にてその実力!」

「検分成就つかまつる!」

 

 大音声を張り上げた双子の剣士達は抜刀し、ウィリアムと間合いを詰める。

 ウィリアムは傍らにて不安げに己を見つめるノルンへ、静かに声をかけた。

 

「下がれ」

「で、でも……!」

 

 不安げに声を震わせながらも、ウィリアムから離れようとしないノルン。

 無頼の兎剣士に二体一で挑まれたウィリアムの助太刀になろうと、健気に己を奮い立たせていた。

 

 ウィリアムは妹の気概に微笑を浮かべつつ、くしゃりとその柔い髪を撫でた。

 

「これは、戯れよ」

 

 頭の上で兄の暖かい体温を感じ、ノルンは自身の不安が霧散していくのを感じていた。

 ウィリアムはナナホシへ視線を送る。視線を受けたナナホシは戸惑いながらも頷き、ノルンの手を引いた。

 

「ノルンちゃん。こっちへ」

「……」

 

 ナナホシに手を引かれつつ、ノルンは尚も兄の顔を見つめている。

 既に虎は臨戦態勢を取っており、その肉体に濃厚な闘気を纏わせていた。

 

「ナクル兄ちゃん。一応名前聞いておいたほうがいいんじゃないかな?」

「そうだなガド。一応名前聞いておいたほうがいいな」

 

 臨戦態勢を取った虎を見て、双子の剣士はウィリアムがまだ名乗りを上げていない事に気付く。

 北神流に勧誘する目的でウィリアム・アダムスを探していた双子であったが、剣士としての本能からか単純に立ち合うのが目的となってしまったことに、双子自身も気づいていなかった。

 

「お前の名は!」

「名を言え!」

 

 剣を構えつつ、双子の兎剣士達はウィリアムへと蛮声を浴びせる。

 虎は、七丁念仏を悠然と引き抜くことでそれに応えた。

 

「「もう言わなくていい!!」」

 

 

 脱兎の如く、双子の北王級剣士達は虎へ襲い掛かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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